ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2007年09月22日

やばいぞ日本のルーツ

ヤマちゃん日記9月22日

かなり前から、日本はどうもおかしいと思い始めていた。

例えば、教科書問題、靖国神社参拝に関する中国からの批判があった時、

ヤマちゃんおやじは

これは日本に対する内政干渉ではないか。主権国家たる日本の外務省は内政干渉にあたるとして何故反論しないのか? 

と大きな疑問と憤慨をかんじたものである。

9月21日のヤマちゃん日記

で、あくまでフィクションとした上で、「国のあらゆる階層に配置された善人面をした亡国の徒」の存在にふれた。今までの日本で起ったことを振り返ると、「善人面をした亡国の徒」は存在しなかっただろうか?


ヤマちゃんおやじは、「迷走日本の原点」(438円)と云う本を3日前に購入して、半日掛けて読んだ。

この本は平成15年4月1日発行であり、その時から知っていたが購読には至らず、恥ずかしながらようやくの購読となった。

この本をよんで、ヤマちゃんおやじの疑問が、相当部分詳しくわかった。

この本を日本の現状に疑問を持つ方で、この本を未読の方には参考になります。詳しくは原著をお読みください。

              「迷走日本の原点」の購入はこちら


以下 ≪読後感≫ として書きとめると、


<1> 1982年教科書書き換え問題 について
 まず、 時系列的に推移を並べると、
 @ 先ず各マスコミが 教科書書き換え を大きく報道
 A 文部省が教科書を調べ@の3週間後に誤報だとわかった
 B @の一ヶ月後に、中国政府が、日本の報道によれば、事実とすればとの条件付で善処を抗議
 C 外務省首脳が文部省を非難
 D 参議院文京委員会で、文部省から書き換えの事実はないと答弁
   新聞はこれを無視
 E 当時の内閣の閣僚、一部の政治家から内政干渉ではないかとの意見もでた
 F 外務省官僚栗山局長は「中国政府の申し入れは内政干渉に当たる   性格のものではない」と国会答弁
 G 以降中国共産党機関紙は、激しい非難論評を展開
 H Dのおよそ一ヶ月後宮沢官房長官が、謝罪談話を発表し,政府の責任で教科書検定制度を是正していくと発表。この談話には書き換えが誤報であったとは言及されなかった。

この章の締めくくりとして、

 ”教育という国家の根幹部分に他国の介入を許すという痛恨の仕組みを日本は、政治家と官僚が揃って作ってしまった” とある。

このくだりは、ヤマちゃん日記でいう、「民間企業のがんばりに比べて、日本の官僚の後進性と、的確に官僚を指導しなかった政治の後進性が大問題(ドラッカー)」とするくだりと共通していると感じる。

DSCF0615.JPG


 大河も源流の一筋の流れから

 始まる






 ≪ その後の読書感 ≫


☆ この場合では、大新聞、TVなどマスコミは誤報を見分ける能力もなく、内容の正誤に関係なく単に情報を流すだけの存在でしかない、と言わざるを得ない。

これが、マスコミ情報の本質 なのである

  更に、Dにあるように、「国会での誤報であるとの答弁」を無視した。これは些細なことは報道するが、場合によっては国会答弁での重大な事実をも報道しないことがあるというマスコミ報道のマイナスの本質を表わしている。

(産経新聞は、誤報を素直に認め、誤報の経路を綿密に読者に報告し大々的に謝罪した。朝日はこの大誤報事件について、今なお釈明も謝罪も行っていない) との別の情報もある

☆ Fの外務省官僚栗山局長の内政干渉に当たらないという国会答弁は、理由はどうであれ、

 一国の外交を担うはずの外務省の幹部が発言すべきものではない。他国の国益、意見を自国の主権、国益よりも優先させた発言は、売国的行為と見做されてもしかたがないのではいか。

また「当たらない」は、国会答弁としてはいかようにも解釈できる不明瞭な表現であり

 イ.誤報によるものであり、中国は誤報を前提にしているので内政干渉に当たらない
 ロ.中国を刺激したくないので、内政干渉に当たらないとする
 ハ.いまさら誤報とはいえないので、内政干渉に当たらないとする
 
 等論旨が定まらず、的確は判断のための基礎にすることはできない。


☆ Hの官房長官の言動たるや、これが国政をあずかる政府の2の高官の発言か ? いくら事情があるにせよ 主権国家の政府を代表する発言とは言えない。

☆ 中国政府は最初は、日本の報道によれば、事実とすればとの条件付で、逃げ道を用意しながら軽くジャブを出したつもりが、最後には、なんと誤報と判った後にもかかわらず、「官房長官までもが、謝罪談話を発表し,政府の責任で教科書検定制度を是正していくと発表したので"何と日本はおめでたい国”だとびっくりしながらも内心喜び、日本の弱腰ぶりを見抜き・確信したではなかろうか。

この首相や官房長官の態度は、

国益よりも中国の意向を尊重した一見平和尊重的とも解釈できるが、実は”おめでたい(然るべき国家主権を行使しない)国日本”を自らが示した亡国的行為とも解釈できる。

☆ 中国は、日本の弱腰ぶりを確認できたのでこれ以後、

日本の領海内や経済水域内での中国艦艇などによる海底調査の強行、

東シナ海での日本経済水域内のガス資源の吸い取り等の領海侵犯行為を、

中国は大手を振って進めていく方針がなされたものと推測できる。


☆ 中国側は、日本の海上自衛隊が領海侵犯に対しても事実上武力を行使しないだろうと確信していたのではないか。

その理由は、平和憲法違反、侵略戦争の再来等、反動勢力等の殺し文句で世論を操作する一部マスコミによるキャンペーン部隊(売国的組織)の活躍、意思を外に表わさない国民性、弱腰を見せた政府では領海自衛という国家主権を発揮することはないと踏んでいたのではないだろうか。


☆ 誤報であるもかかわらず、「国の根幹部分の教育に関してでも、他国の干渉を優先しますよ」明言して、日本の国家主権の行使を放棄する姿勢を示し、暗に自国の領海侵犯行為、自国の領海内資源の吸い取り等を容認し、結果的にそれらの実現を幇助した外務官僚・政治家の行為は、今から思えば売国(亡国)的行為でないとは否定できないであろう。

野党の政治家の方々が、政府の行為に声を大にして非を打ち鳴らすことがあっただろうか。野党からもそれに反論しようとする言動は見られず、むしろ日常の国会審議の攻防、党利党略に明け暮れていた点からすれば、国の主権、国の将来にさほど大きな関心があったとも思えない。与党と同罪であろう。

☆ 故人の評価をことさら下げるのが本意ではないが、あの教科書問題で国政を誤った方向に至らしめた観点からは、今口を閉ざしてはかえって問題を放置することになる。

  色々なしがらみ、理由の中で決定されたのであろうが、事実上「当時の中国に対して日本の国家主権の行使を放棄する姿勢を示した」隷属国家的行為を行った点では、当時の首相、官房長官、外務省の所為は、戦後の政治で看過できないターニングポイントとなるのではないだろうか。

鈴木政権発足後2年後に発生した事件であるので、首相、官房長官に全責任を帰するのは穏当ではなく、既に前政権から継承・慣行化されていた政治手法・スタイルにも相分の責があるものと考えられる。

  宮沢さんは後に首相になられた。少なくとも鈴木さん、宮沢さんにはマスコミからはこの教科書問題での確固たる批判は殆どでてこなかった観がある。

この現象は一部の自覚あるマスコミを例外として、程度の差はあるものの、マスコミがもつ基本的習性と認識するのが現実的であろう。

☆ 現状の官庁、政治の2つの後進性(むしろ害毒)を先ず解決しなければ、

仮に2大政党制に移行したとしても、

多少の改善は期待できるが、いまの やばいぞ日本的な事態の根本的な原因は 大きくは改善されないであろうと思える。

その理由は、与党であれ、野党であれ上記に誤報教科書問題の対処で触れたように、

例えば=国民にとって本当は悪いことだが誰も言い出さないのに敢えて問題視して発言者が非難される愚をおこしたくない

=即ち自己愛、利己愛=口先はどうであれ、国民のためより先ず党の為

=が優先しているのが見え隠れしている感がある。

国(国民)のためなら、真意を理解できない多少の非難・反対を覚悟であえて進めるような本来の政治家は戦後においても幾人かは存在された。

また政治家個人や政党だけに責を問うのは酷となるような、途方もない想像もつかない呪縛/何か があったのかもしれない・・・。すくなくとも真相は判らない。

☆ 時には誤報も混じるマスコミから流れる断片的・皮相的なニュースから生じるフィーリングをだけで選挙に臨まず

マスコミが流さない情報にも注意を払いながら、過去から現在を眺めて見て、

国民にとって何が本当に良くて、何が本当に悪いのかに関心を持ってマスコミ情報に接する
姿勢が、

今最も必要な姿勢だと思える。

  
☆ 産経新聞が調べた、教科書問題の誤報の経路とは ?

次回は、別のケースにふれてみよう。

posted by ヤマおやじ at 12:45| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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迷走日本の原点 1/2 〜アメリカの陰謀
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