ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2014年03月14日

福島第一原発事故の主犯は東電ではない!!!

<地震に想う>

3月14日2時過ぎに激しい揺れが10秒程度続いたので目が覚めた。
30年近くこの地に住んでいるが、今まで最も強い地震の揺れであった。
結構強いゆれであったのでテレビをつけて見ると、2時6分頃伊予灘でマグニチュード6.2震源78キロ最大震度五強とのことであった。

それから頭がさえて中々寝付けず朝を迎えた。昨日昼寝をした影響かもしれない。
地震といえば、平成23年3月11日に発生した東日本大震災を思い出す。


今でも不審に思うことがある。東日本大震災によって引き起こされた東電福島第一原発事故と東北電力女川原発事故である。

東日本大震災で被災した原発に関して福島第一原発の大事故のみが大々的に報じられているが、東北電力女川原発1,2,3号機も東日本大震災で被災し高さ13mの津波を受けたが3基の原発は無事に冷温停止されている事実は、少なくともマスコミや各政党の原発論争では殆ど無視されている。
女川原発のIAEA調査では、“驚くほど損傷少ない”と記載された。

この二つの原発の対照的な被害の大きさの差異は何処に起因したのかを2013年07月09日ヤマちゃん日記http://yamatyan369.seesaa.net/article/368750312.html
に記載した。

マスコミ、政府(民主党政権)は東電を目の敵にしてきた。原子力村という曖昧な団体が悪者にされた。原子力保安院が経済産業省の管轄下にあることが非難されて独立した原子力規制委員会が新たに発足した。

東電の利益追求第一主義は責められるべきであるが、東電福島第一原発の大事故の主たる原因は別の所にある。

襲来した津波の高さは、女川原発では13m、福島第一原発では14mであり、
津波の想定高さは、女川原発では9.1m、福島第一原発では約5.7mであり、
主要設備の標高は、女川原発では14.8m、福島第一原発では約10mであった。

津波の想定高さが約5.7mであった福島第一原発では主要設備の標高を約10mにしていたが、襲来した津波の高さは14mであり、主要設備は津波で水没し激甚事故を誘発した。

津波の想定高さが約9.1mであった女川原発では主要設備の標高を約14.8mにしていたが、襲来した津波の高さは13mであり、主要設備は津波で水没しなかったので放射線の発生はなかった。

大津波から女川原発を守ったのは 1986 年に亡くなった元東北電力副社長、平井弥之助氏であったという (本家 /. 記事、The Mainichi DailyNews の記事、毎日 jp 記事より) 。

869 年の貞観大津波を詳しく調べていた平井氏は、女川原発の設計段階で防波堤の高さは「12 メートルで充分」とする多数の意見に対して、たった 1 人で「14.8 メートル」を主張し続けていたとのこと。最終的には平井氏の執念が勝り 14.8 メートルの防波堤が採用されることとなったが、40 年後に高さ 13 メートル津波が襲来することになるとは!!!氏はさらに、引き波による水位低下も見越していたとのことで、取水路は冷却水が残るよう設計されていた。
「決められた基準」を超えて「企業の社会的責任」「企業倫理」を追求しつづけた平井氏の姿勢に敬服する。

仮に元東北電力副社長、平井弥之助氏が多数意見であった「防波堤の高さは12 メートルで充分」という意見に従っていれば、女川原発も福島第一原発のような激甚事故に見舞われていた可能性が極めて高い。

一番の問題は、津波の想定高さが実際に襲った津波高さよりも5m前後低かったことである。
津波の想定高さが15mであったならば、東電だって当然、福島第一原発の主要設備の標高を15m以上になるように建設したであろう。

この最も重大な失敗を誰が指摘したのか???誰も指摘していないのだ。
この最も重大な失敗は活断層の存在でもない。

平成10年6月東京電力は、平成10年3月26日に建設省など四省庁により公表された「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」に従って、想定される津波に対する福島第一原発、福島第二原発の安全性の評価を行い、最高水位をそれぞれ4.8m,5.3mと得ており想定される津波に対して安全であると評価した。

福島第一原発における津波高さの想定の元となったのは、平成10年3月26日に建設省など四省庁により公表された「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」だった

東電は独自に津波高さを定めたのではなく、建設省など四省庁により公表された「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」に従って津波高さを定めたのであって、津波高さの想定高さを誤った責任は、建設省など四省庁により公表された「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」に帰着する。

これを指摘した情報は、少なくとも広く知られていない。

古い記録には、“青森にあった十三湊という国際貿易港は高さ30mもの大津波に襲われ壊滅した”とある。

未開の地震学を金科玉条の如く信奉する三流地震学者には、30mもの大津波という史実は到底受け入れられなかったのだろうか????

新手法を適用して得られて結果に狂喜して、結果の妥当性の検証を怠ったのかもしれない。。。

やはり普通の学者は単なるオタク馬鹿だとみなさなくてはならない。。。



東日本大震災発生後2年間政権の座にあった民主党政権は、東電福島第一原発の激甚事故の責任を全て東電に押し付けた。

ヤマちゃんおやじに言わせれば、“東電福島第一原発の激甚事故の責任の大本は、「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」を策定した国にあり、これに参画した諸団体(日本地震学会、土木学界、原子力委員会、原子力保安院など?)にある”。

原子力保安院は集中砲火を浴びて原子力規制委員会へ衣替えさせられたが、「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」を策定に関わった諸団体は何らお咎めなしであるのは犯人の隠匿である。

一方、
日本の原子力安全委員会は90年、原発の安全設計審査指針を決定した際、「長期間にわたる全交流動力電源喪失は、送電線の復旧又(また)は非常用交流電源設備の修復が期待できるので考慮する必要はない」とする考え方を示した。だが現実には東日本大震災では、送電線も非常用のディーゼル発電機も地震や津波で使えなくなった。この日本の原子力安全委員会の科学者らしからぬ決定は許し難いのは明白である。

しかし、民主党、自民党も、他の野党も、科学技術専門家達も日本原子力安全委員会を非難する者はいなかった。日本原子力安全委員会から反省の言も聞かれない!!!!

”東電憎し”を強調し、東電に巨額補償を全額負担させて倒産させる目的が隠されていた感がある。
野党であった自民党もこれに何ら反論しなかった!!!

あるのは、悪いのは全て感情的な東電、原子力村論議、活断層論議、原発ゼロコールだ。

この国の理性、知性は何処に行ったのか!!!!

科学的に根拠の無い『1ミリシーベルト以下まで除染すべし』というプロパガンダ(東大アイソトープセンター長が涙混じりに国会で芝居を熱演)がまかり通り、核医学専門家の言が無視されて実際には不要な除染作業が延々と実施されている。

どうもこの国には真っ当な思考が出来なくなった人達で運営されている感がある。。。

正論を吐いてももはや一般国民はそれを理解できなくなったのか???
posted by ヤマおやじ at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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