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ヤマちゃん日記

2012年10月31日

名将と謳われた山本五十六帝国海軍元帥・大将はとんでもない大売国奴か?!

ロバート・B・スティネット著『真珠湾の真実〜ルーズベルト欺瞞の日々〜』を2回読んで

2010年の正月に初めてこの本を読んだので、今回読んだのは2回目となる。

当時真珠湾には戦艦などの老朽艦艇だけが停泊しており、サラトガなど米海軍の最新鋭空母3隻全てが真珠湾から遠く離れた場所に退避していた事実から、米国が日本海軍の真珠湾奇襲攻撃を事前に知っていた可能性が高いことは以前から知っていた。


1回目の読書では、

『1940年10月7日米海軍情報部極東課長アーサー・H・マッカラム少佐が作成した“米国にとって都合が良い時に日本から米国に戦争を仕掛けてくるように日本を挑発するために作成された八項目の行動計画”がルーズベルト大統領に提案され、ルーズベルト大統領がその行動計画全てを直ちに実行に移した結果、米国の計画(策略)通りに日本が誘導され真珠湾攻撃を敢行するに至った』 という事実が豊富な資料とインタビューで実証された所が特に印象に残った。

それまでは、『米国は日本による真珠湾攻撃を事前に知らなかった』が通説であり、その根拠として
@日本側の暗号は真珠湾攻撃時には米国で解読されていなかった。
A仮に日本の暗号が一部解読されていたとしても日本海軍は真珠湾攻撃において無線通信の一切を禁止してい たので真珠湾攻撃の秘密は保たれた。
の2つの理由が挙げられていた。

真珠湾攻撃の時高校在学中であった著者ロバート・B・スティネットは、卒業と同時に海軍に志願入隊し1946年まで太平洋、大西洋で従軍し多くの軍功を挙げ多数の勲章と大統領感謝状を授けられた。戦後はオークランド・トリビューン誌の写真部員兼記者を勤めた後、1986年『真珠湾の真実〜ルーズベルト欺瞞の日々〜』の執筆活動を開始するために新聞社を退社し、17年間にわたる公文書の調査及び米海軍暗号解読者達への直接インタビューを積み上げて1999年12月7日に発売に漕ぎ付けた。

ルーズベルトのジレンマ(米国は他国の戦争に介入しないという大統領選挙公約があり、一方では英国首相チャーチルから米国の参戦を強く求められていた。よってルーズベルトは、日本が先に米国に攻撃を仕掛け日本から米国に宣戦布告させるように仕向けることが出来れば、米国民は参戦に同意するであろう・・・と考えた)を解決した答えが、情報の自由法に基づく請求により入手可能となった途方も無い数の文書の中に記録されている。


著者ロバート・B・スティネットが執筆に当たり参考にした史料や記録はいずれも戦前から数十年間のわたり米海軍本部地下金庫に埃を被って眠り続けたものである。それを「情報の自由法」に,よって一日でも早く公開する様に繰り返し繰り返し執拗に申請してついに機密文書の指定を解除させて閲覧に漕ぎ付けたという、スティネットの熱意は特筆すべきであろう。。。。


2回目の読書では、以下について感じる所があった。

1. 日本海軍が使用した数種の暗号と日本の外交暗号の殆どが日米開戦前の時点で米軍に解読されていたことが、機密文書と暗号解読者へのインタビューによって明らかになった。

2. 真珠湾攻撃作戦において連合艦隊司令長官山本五十六大将は、太平洋周辺に多数配置された無線監視局による無線傍受解析によって真珠湾奇襲作戦が事前に露見するのを防止するために、作戦にかかわる全艦船に対し緊急時以外の無線交信の一切を禁止していた。

ところが、真珠湾奇襲攻撃部隊の指揮官であった南雲忠一中将自らが僚艦との無線交信を多用し連合艦隊司令長官山本五十六大将による無線交信禁止令を率先して破っていた事実が米軍の暗号解読資料から判明した。

1941年11月以降21日間に米国側に傍受された電報129通のうち60通を真珠湾奇襲攻撃部隊指揮官南雲忠一中将自らが発していた。米軍から南雲はおしゃべりだとして有名であった。

このことだけからでも南雲忠一中将はとんでもない売国軍人だと断定できる。。。。

3. 真珠湾奇襲攻撃部隊指揮官南雲忠一中将は、攻撃機が保有する暗号表を出撃前に廃棄させるという鉄則の徹底を怠ったので、米軍に捕獲された攻撃機から暗号表が米軍の手に渡るという大失態を犯した。


さらには、海軍軍令部総長の永野修身大将までが無線封止の禁を破り、機動部隊の攻撃目標が真珠湾であるとの電報を発し、米軍側に傍受された。何と、帝国海軍の最高責任者たる軍令部総長自らが軍の秘密保全を破ったのである!!!!

太平洋戦争において、米軍は日本海軍の暗号を殆ど解読していたので、戦う前に日本海軍の攻撃意図、配置などが判っていたので真珠湾攻撃以降では米軍は有利に戦争を進めることが可能になった。ちなみに帝国陸軍での暗号解読率は5〜10%だったといわれ、帝国海軍 の暗号解読に対する警戒心の低さが浮き彫りになった。


日露戦争時代の帝国海軍と比較すれば、帝国海軍将官の士気の著しい低下は目を覆いたくなるほど低い!!!!

5.   真珠湾攻撃における最も重大なミスは、日本機動部隊航空機360機は、石油500万バレルを貯蔵した石油タンク、海軍工廠の乾ドック、機械工場、修理施設という戦略的施設を全く攻撃せず、浅瀬に並んだ老朽化戦艦などの艦艇と航空基地に並んだ航空機を攻撃しただけで、敵主力空母4隻は攻撃どころか発見も出来ず、山口多聞少将が進言した二波、三波の攻撃も南雲忠一中将が採用せず早々に退避したことである。

帝国海軍指揮官として恥ずべき南雲忠一中将を真珠湾攻撃の中枢を荷なう第一機動部隊司令官という要職に充てたのは他ならぬ連合艦隊司令長官であった山本五十六大将であった。

1941年11月19日山本五十六大将は、当事帝国海軍の攻撃目標になかった真珠湾攻撃を多数の反対意見を退けて、海軍連合艦隊司令長官として急遽自ら指揮を執るなどとして辞職をちらつかせてまで強引に主張した。いざ日米開戦となり真珠湾攻撃が決定されると山本五十六大将は前線から数千キロ離れた瀬戸内海に浮かぶ戦艦長門で将棋をさしながら観戦していた。

連合艦隊司令長官山本五十六大将は、“南雲なら二波、三波攻撃をしないだろう””南雲に任せるほかは無い”言い真珠湾の最重要戦略目標を攻撃しなかった南雲を庇うような(海軍連合艦隊司令長官らしからぬ)無責任発言を残している。


歴史を後世から省みて見て、『こうすべきであった』、『ああすべきであったなど』などと批判するのは簡単だといわれている。

しかし多少でも知恵がある人ならば上記第5項は、国運をかけた乾坤一擲の一大決戦を預かる軍の指揮官として絶対に許せない行為だと断言できる。。。。

連合艦隊司令長官であった山本五十六大将は、“挽回の機会を与える”という詭弁をつかって真珠湾の最重要戦略目標を攻撃しなかった南雲中将・草鹿龍之助少将らの無能将官・将校を罷免せず、1942年6月5日に行われたミッドウェー作戦でも無能であり、しくじることがわかっている南雲忠一中将や草鹿龍之助少将を最も重要な機動部隊に起用し、自らは後方400キロの北西海上で旗艦「大和」や戦艦「長門」「陸奥」などとともに主力部隊にとどまり、将棋を指しながら これまた高見の見物をしていたのである。

案の定、南雲らの稚拙な采配のもとで、日本海軍は機動部隊の中核をなしていた航空母艦4隻とその艦載機を一挙に喪失する損害を被り、ミッドウェー島の攻略は失敗し、この戦争における主導権を失った。

米機動部隊の陣形が空母中心におよそ1.5qの距離を保ち、1隻ごとに巡洋艦、駆逐艦を多数配置して輪陣を組み空母上空に濃密なる弾幕を張り、防御能力を最大限に高めていたのに対して、日本の空母は2隻並んでいる上にわずかの駆逐艦を横に配置しているだけであった。これでは空母に対する防御が手薄であり、米機にとっていかにも攻撃しやすい陣形になっていた・・・・この日本艦隊の無防備な陣形は米軍機に対して攻撃してくれと叫んでいるようなものだ!!!

戦後山本五十六海軍元帥・大将は多くの書籍などで名将として描かれている。


ヤマちゃんおやじは山本五十六が名将どころか、従来日本海軍の攻撃目標になかった真珠湾攻撃を強引に主張して実際に米国との戦争を開始させて日本を戦争に導きアメリカの参戦を引き出した後、戦力的には米国とほぼ互角であった日本帝国海軍を無残に連戦連敗させて主力空母を壊滅に導き、米海軍が早期に立ち直る機会を与えた超売国奴ではないかと疑わざるを得ない!!!

米海軍情報部極東課長アーサー・H・マッカラム少佐が米国にとって都合が良い時に日本から米国に戦争を仕掛けてくるように日本を挑発するために作成された八項目の行動計画”がルーズベルト大統領へ提案されたのが1940年10月7日。

1940年11月下旬には山本五十六帝国海軍大将が真珠湾攻撃検討開始を明言していた・・・・何となくマッカラムと山本五十六が繋がって見えてくる。。。。

広大な北西太平洋を誰にも発見されずハワイの真珠湾まで機動部隊を進め長躯奇襲を掛けるという山本五十六の真珠湾攻撃作戦は、誰が考えても無謀でしかない。

しかし、米国が広大な北西太平洋で一切の船舶を通行させずかつ、北西太平洋を真珠湾に向かって隠密行動をとって進む日本帝国艦隊が米国によって発見されてもハワイに駐留する米国太平洋艦隊が迎撃体制を取らなければ、真珠湾奇襲攻撃は100%成功することになる。

ロバート・B・スティネット著『真珠湾の真実〜ルーズベルト欺瞞の日々〜』によると実際に米国は、北太平洋を航行する船舶を南太平洋を通過するように強制し、日本海軍の発する電報を解読して北西太平洋を真珠湾に向かって隠密行動をとって進む日本帝国艦隊を発見・追跡し日ごとにその進路を知っており、ルーズベルト大統領と少数の米軍幹部には知らされていたが、肝心の米国太平洋艦隊司令官にはこの情報は一切知らされなかった。米国太平洋艦隊は座して日本軍の攻撃に曝されるように仕向けられていたのだ。。。。

あくまで仮説ではあるが、山本五十六帝国海軍大将は、日本帝国艦隊が発見されて米国が知る所となっても、米国太平洋艦隊はこれを迎撃しないことが事前にわかっていたのではないか?????
だから誰が考えても無謀な真珠湾攻撃を山本五十六は(米国の利益ために)主張し実現させたのではないか!!!!

換言すれば、山本五十六帝国海軍大将が強引に企画提案し実現した真珠湾奇襲は、米国ルーズベルト大統領一味と事前に示し合わせた『出来レース』ではなかったのか?????

また山本五十六帝国海軍大将は、真珠湾奇襲以降のミッドウエー海戦等において南雲中将・草鹿龍之助少将らの無能将官・将校を罷免せず虎の子の機動部隊を任せることで有力空母全てを失わせることによって、優勢な戦力を誇る日本帝国海軍をわざと負けさせて戦力を消耗させた。

この仮説に従えば、名将と謳われた山本五十六帝国海軍大将はとんでもない大売国奴となる!!!

この他に、山本五十六帝国海軍大将大売国奴説を窺わせる情報がたくさんあることが判ったが相当のボリュームがあるので、次回に譲ることにする。。。。
posted by ヤマおやじ at 20:56| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ことごとく負け戦の指揮をとっていた山本氏が名将とは、戦後の日本はある意味、もう日本ではないということですね。
もちろん、アメリカでもありませんが。
アメリカの華やかな物質文明に魅了されて売国するとは、山本氏のなんと中身の空っぽな信念の無さでしょうか。
もはや、売名のために「偽和製ベートーベン」と、かってでた無名劇団員と大差無い人格です。
先日亡くなった小野田さんとは人間としての格が違いますね。
Posted by at 2014年03月12日 13:32
まさにその通りだと思う。山本は竹中で、120パーセント、米のエージェントです。撃墜されて死んだのではなく、パラシュートで米軍側に逃げたらしいですし。
Posted by 西 雄一 at 2015年01月28日 13:59
お二人によるコメント有難うございます。

ご存知kも知れませんが、最後となった飛行機に搭乗時山本五十六は逃亡に適した迷彩軍服を着用していたという情報もあります。

山本五十六の副官は殉死直後の死体検分を強硬に拒否したとの情報もあります。

東京裁判では帝国陸軍では多くの幹部が死刑判決を受けましたが帝国海軍では重大な罪を免れています。

戦勝国は東京裁判において、日本帝国海軍の売国奴行為を斟酌したのでしょうか。

戦後帝国海軍を美化した小説を発表した阿川某なる作家も怪しいですね。
Posted by ヤマちゃんおやじ at 2015年02月14日 10:38
山本は売国奴ですが、真の売国奴は昭和天皇です。山本を始めとする海軍高級将校達は、昭和天皇の意志の下で働いたのです。
「西亜作戦」をご存じですか?
インド洋に進出し、連合国の大動脈を遮断し、独伊と連携を図り、中国、イギリス、ソ連を屈服させる作戦です。当初の計画通り発動されていれば、間違いなく日本は戦勝国になったでしょう。
独伊が勝ち、米英が負けることを阻止したかった昭和天皇は、日本の国防の要である海軍を操り、日独伊を敗戦に導いたのです。
Posted by 小沢 at 2015年03月11日 00:04
小沢様コメント有難うございました。

海軍内部で決定済みの西亜作戦を覆し強硬にごり押しして真珠湾攻撃に切り替えたのが山本五十六だと聞いています。昭和天皇は陸軍が原爆開発研究を続行しているのを知り中止させた・・・と言う情報もありました。当方が思うに、山本五十六はフリーメーソンの一員としてルーズベルト大統領の対日戦略に同調した感があります。もし宜しければ、昭和天皇売国奴説の根拠・論旨を御教示戴けると幸甚です。
Posted by ヤマちゃんおやじ at 2015年03月11日 10:15
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