ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2018年02月26日

正真正銘360度パノラマ化した真田ヶ岳山頂

<2月24日(土)>


好天なので山口市真田ヶ岳に整備登山した。

本年1月6日に久しぶりに真田ヶ岳に登った時山頂からの眺望が大きく改善され概ね360度(340度)パノラマに大変身していたので大いに驚いた。

というのも真田ヶ岳には過去数回登っているが独立峰にしては散在する雑木に囲まれた山頂からの眺めがいまいちだったからである。

おそらく2,3年前にどなた様か知らないが、山頂の周囲で眺望を邪魔する雑木を大々的に刈り払われたので山頂からの眺望が圧倒的に改善されたのはほぼ間違いない事実であろう。

よって本年1月20日には、真田ヶ岳山頂南面で眺望を邪魔していた雑木を刈り払い360度パノラマがほぼ得られるようになった。

今回は山頂北方でポツリポツリと眺望を邪魔する立木の上部を切り払うことにした。

12時過ぎに山頂に着き作業を開始し、15時頃遅い昼食を採り、さらに30分程度作業をした結果正真正銘の360度パノラマガ得られるようになった。

山頂から2.3ⅿ降るとやや太めの雑木があちこちで切り倒されていたことが判った。切り口から推定すれば切られてからあまり年数は経っていない(2〜3年以内?)と思われた。眺望を大きく改善された先人が居られたことに敬意を覚えると同時に眺望改善作業に大いに感謝した。

この日は霞みが掛かり山頂からの眺望はいまいちであったが、蕎麦ヶ岳から反時計まわりに撮影した。
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大気の状態が良ければ、蕎麦ヶ岳、西鳳翻山、東鳳翻山、龍門岳、物見ヶ岳、高羽ヶ岳、大蔵ヶ岳、十種ヶ峰、津々良ヶ岳、日暮ヶ岳、野道山、三ツヶ峰、高岳山、弟見山、莇ヶ岳、石ヶ岳、平家ヶ岳、羅漢山、馬糞ヶ岳、大高神山、蓮華山、高照寺山、烏帽子ヶ岳、四熊ヶ岳、大平山、綾ヶ峰、矢筈ヶ岳、右田ヶ岳、楞厳寺山、大海山、火の山連峰などが眺められるであろう。

いずれ大気の状態が良い時期に再度登って見たくなった。

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残念なことに、治癒したかに見えた左手のひらの厚い皮膚に切れ目が入りひび割れが再発した。右手の手のひらは大丈夫だった。
左手の平は完治していなかったが、右手の手のひらは完治していた。
やはり作業をした影響であろうか???

本年1月6日の整備登山では鋸を使って3時間程度作業したがひび割れは発生しなかったのだが・・・

本日は大型剪定鋏ばかり使用して3時間半作業をした。剪定鋏使用による振動が治癒寸前の手の平にひび割れを発生させたのか???

次回からは手のひらが完治してから、作業することにしよう。

夜は冬季五輪女子カーリング三位決定戦をライブで視聴した。
日本チームは強豪英国と互角の勝負をした。最後に日本チームに運が味方し三位銅メダルを見事に獲得した。

女子スケート、マススタートで高木菜那選手が優勝した。高木菜那選手の優勝を事前に予想した人は聞いたことがない。高木菜那選手の賢さと技術が優勝に導いたように思えた。

五輪メダル獲得者だけでなく入賞者にも、ただただ敬意を払い拍手を送るのみである。



<2月25日(日)>


本年最初の公園ボランティア活動に参加した。他のメンバー4人は1月、2月も参加している様子であった。

当方は9時から12時まで、雑木を伐採した後の土地に残る切株を除去する作業を行った。

まず切株の周囲を開墾鍬で掘り起こし土を除き溝を掘った後、土中に残る根を全て切断除去し、最後に切株を土中から掘り出すという作業を繰り返し、大小20個もの切株を除去した。

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2018年02月20日

蓮華山〜河内蓮華 周回

<2月18日(日)>


山友とそのゲストと岩国市の蓮華山(標高576ⅿ)〜河内蓮華(標高500m)を周回した。

5時頃起床し、温かい生姜湯を作り予熱したポットに入れた後、ポットの周囲にホッカイロを巻き付け保温ケースに収納した。更にウール布にくるんだ保温ケースをザックインナーに納めた。

朝食を摂り、登山用衣類を着て7時30分頃、車で待ち合わせ場所へ向かい、途中コンビニで買った温かいムスビの上からホッカイロで囲みウール布でくるんだ後ケースに収納後その上からウール布で包んだ後ザックインナーに収納した。

冬季での山登りでは温かい飲料とムスビは何よりの御馳走となるので、保温方法を過去色々トライしてきた所、上記の方法が今年2月11日の吉和冠山冬山市民ハイクでその有効性を確認できた・・・という経緯があった。

即ち2月11日では、生姜湯は朝5時頃ポットに入れザックに収納し8時間半も経過した13時半頃においても気温マイナス7度で寒風か吹きすさぶ冠山山頂でも生姜湯を少し冷まさないと飲めない程の暖かさを保っていたのでその保温方法の有効性は十分大きいことが実証された。同日に上記方法で保温し山頂で食したムスビからは湯気が立ち上っていたのでその温かさも合格点が出せるレベル・・・だと証明された。ちなみに携行したジェルは吸い口部分でジェルが凍結固化して吸引できなかったことを付記しておく。

9時10分頃合流場所に着き、ゲストの車に乗せてもらい登山口の比叡神社前の駐車場に10時前に着いた。

10時5分頃 樹齢千年といわれる千年杉
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に見送られて市の迫滝コース
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から登り始めた。

枯沢沿いに植林地帯を登り、10時22分頃 市の迫滝
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に着き小休止し、滝を眺め観音様を拝んだ。

ここからは滝を高巻いて、ようやく姿を現した水を流す沢沿いにひたすら高度を稼ぐ登山道の幅は細くはあったものの階段やロープが適宜配置されており、急所ではしっかり整備されていたのは大いに助かった。

換言すればこれらの階段やロープが無いと道から滑り落ちる危険を感じる場所がかなりあるということになる。よってこのコースを登りに使うのが良いように思えた。

11時前に東方に塔ヶ森や高照寺山などが望見されるスポット
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で歩を休め、一部岩稜を含む傾斜が相当きつい展望地コースを経て11時半頃晴天で風一つない蓮華山頂に着き、
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石祠を拝み安全祈願した。

少憩後西へ700ⅿ程度向かい11時45分頃西峰展望台(標高550ⅿ)へ着いた。
ここからの展望は想像以上のもので思わず歓声を上げたほどだった。

北面と南面には『蓮華山登山道を整備する有志の会』による素敵な展望案内板
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2枚があり、展望の良さが十分堪能できたのは有り難かった。

北方には物見ヶ岳、雪を頂いた安蔵寺山、小五郎山、寂地山、吉和冠山、羅漢山、さらには三倉山などが、
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DSCN7488.JPG <先週登った吉和冠山方面アップ>

南面には銭壺山、氷室岳、中山湖、大黒山などが、
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西方には松の木の間から下松・周南市方面も望見でき、
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さらには周防大島の高嶽の天辺も見えた。
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しばし絶景を楽しんだ後蓮華山へ引き返し、無風で日光がさんさんと降り注ぐ絶好の登山日和の下で、湯気の立つムスビと温かい生姜湯を食した。

その後ヒヨドリ越えから尾根伝いに河内蓮華方面へ向かい、標高差30~40ⅿのアップダウンを繰り返し530ⅿピークを経て若干息が上がりそうになりながらも13時37分頃ツガノオの頭(標高556.6ⅿ)
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に着いた。

少憩後河内蓮華を目指して北方へ進み適宜付けられた赤/ピンクテープに従い歩を進め14時前に視界が開けた河内蓮華(標高500ⅿ)に着いた。
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ここから北方には、大山地区、錦川、柏木山方面が眺められ、特に錦川の青い川面が見えたのにはに大いに驚かされ、
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樹木の続く縦走路の先に急に表れた明るい景観出現による驚きも加味されて感慨深いものとなった。

特に北東に広がる 宮島連峰、広島湾、能美島・倉橋島方面の眺めは全く想定外であり驚きでもあった。
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帰宅後21日に下に示す写真を拡大した時 倉橋島の近辺に砕石場の切羽と思しき風景に気が付いた。
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この採石場は一体どこにあるのか??? お得意の探求心が頭をもたげてきた。

拡大した写真画像では、特徴的な稜線の少し北側の後方に件の砕石所らしき大型切羽の映像が映っていた。

地形図で2時間ばかり試行錯誤的に類推した結果として、件の採石場は呉市上蒲刈島の中国物産(株)蒲刈砕石所ではないか???・・・という結論に達した。

その理由は
@河内蓮華から見える能美島、倉橋島、下蒲刈島、上蒲刈島の西側対岸の地形図をしらみつぶしに調べた結果大規模な切羽(標高差≒230ⅿ)を有する採石場は上蒲刈島の中国物産(株)蒲刈砕石所しか存在しなかった。

A宮島弥山連峰から南方向に沿って視界に入ると思われる稜線・海岸線を二万五千分の一の地形図で辿ると,和木町三井石油化学工場・JXTG麻里布製油所へと続き、さらに南側へ辿ると305ⅿピーク〜大応山(標高405ⅿ)の特徴的な稜線が見つかり、305ⅿピークの少し北側を河内蓮華と中国物産(株)蒲刈砕石所とを結ぶ線分が通過する。
の二点からであった。

このような面倒くさい作業は暇が沢山ある物好き老人ならばこそできるのかもしれない!!!


話を下山に戻すと、

ゲスト様から美味しい大豆餡入り饅頭の差し入れを戴き元気を回復した14時過ぎに河内蓮華を出発しいったんツガノオの頭まで戻り、そこの木の枝に架かる指導票に従い谷津峠方面へ下ることになった。

14時50分頃520ⅿピーク
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を通過し、一部若干荒れたもののしっかりした赤リボンが適宜付けられたルートを迷うことなく下り15時40分頃無事に谷津峠(標高210ⅿ)
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に着いた。

四差路である谷津峠から南西方向へ下れば谷津上地区へ至る(地形図上では北東方へ向かえばハタ木地区へ、南東へ向かえばハタ木山方面へ行けるようだ)。

谷津峠で小休止し、古道らしき若干荒れた道を南西方向に下り、谷津上の最終人家の前を通過し車道を歩き16時半頃比叡神社駐車場に着いた。

DSCN7509.JPG <山名は???>

当方にとっては初めての蓮華山であったが、ベテラン山友氏の適切なガイドによって迷うことなく安心して蓮華山〜河内蓮華を周回できたのは誠に有りがたく厚く御礼申し上げたい。また比叡神社まで車に乗せてでいただいた上に美味い饅頭の差し入れを頂いた山友のゲスト氏に厚く御礼申し上げる。

今回の周回は歩数17000歩、歩行距離11qとのことで十分な運動となり佳景を愛でて目の保養になり、かつ好天気と気心の知れた同行者との楽しい山歩に恵まれた有り難い山行であった。

標高500ⅿ前後の稜線が複雑に入り組んだ長い主稜線と多くの周回路の全域にわたり適切な登山道整備をなされている『蓮華山登山道を整備する有志の会』の方々の熱意と蓮華山に対する愛情がいやがうえにも感ぜられた山行でもあった。

『蓮華山登山道を整備する有志の会』の方々に大いなる感謝の念を抱きながら家路に着いた。19時頃帰着。

諸々に感謝、感謝、感謝。。。。

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2018年02月16日

平野歩夢の銀メダルは妥当だったのか? 誤審では???

<2月15日(木)>


平昌五輪女子カーリング日本対韓国戦のライブを見た。
初めは日本は押され気味であったが、終盤日本は正確なショットで韓国にプレッシャーを掛けて2つのミスを誘発させて接戦をものにした。



<平野歩夢の銀メダルは妥当だったのか? 誤審では???>


さて2月14日に行われたスノーボード男子ハーフパイプ決勝で日本の平野歩夢選手は、スーパープレイを連発したものの惜しくも銀メダルになり、米国のショーン・ホワイトが金メダルに輝いた。

表彰式やインタビューで見せた平野歩夢の表情は一見冷静な勝負師のように見えたが、
ヤマちゃんおやじは彼の表情に悔しさを通りこした一種の諦観を感じた。

諦観とは、過去のスノーボード男子ハーフパイプにおいて、平野歩夢とショーン・ホワイトが同一技を両者が完璧に演技した時、審判団は平野歩夢の演技に対し99点を、ショーン・ホワイトの演技に対し100点と評価した経緯があり、“やはり日本人は欧米人(白人)よりも低く評価される”・・・というある種の諦観が平野歩夢の頭をよぎったのではないだろうか????


この判定が誤審だとする情報を見つけたので以下にご紹介する。

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平野歩夢の銀メダルは妥当だったのか?
絶対王者の“演技”見抜けず誤審も……
構成:スポーツナビ 2018/2/14 23:00
https://pyeongchang.yahoo.co.jp/column/detail/201802140008-spnavi

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五輪や国際大会では、しきりに公明正大さが謳われている。
多くの日本人は五輪や国際大会では全てが公明正大に実施されるはず・・・と信頼感をよせているであろう。

五輪や国際大会で過去に行われたルール改正の歴史を見ると意外と公明正大さが欠如しているものが少なからず存在する。


ヤマちゃんおやじは五輪や国際大会に関するルール改正をつぶさに調べたことはないが、明らかに『アンチ日本』『日本を不利にし、欧米を有利にする』ルール改定が行われた実例を覚えている。

二三の例を挙げてみる。


<F1レース>

一時期日本の車メーカーホンダのエンジンを搭載したフォーミュラーカーが圧倒的に強く、F1レースのエンジン部門ではホンダが常勝であった。

その理由は、世界広しと言えどもターボチャージャー搭載のエンジンではホンダの右に出るエンジンメーカーが無かったからだ。それだけホンダのターボチャージャーエンジンに関する技術力は世界中の有名エンジンメーカー、メルセデス。フェラーリ、ルノー、フォードなどを圧倒し続けていたのです。

ホンダ以外のエンジンメーカーではホンダのターボチャージャーエンジンに太刀打ちできないことがはっきり判った時点で、F1レースの運営主体はルールを変更した。

このルール変更は、F1レースでのターボチャージャーエンジンの使用を禁止したのである。
裏を返せば、日本メーカーホンダのターボチャージャーエンジンの優位性を抑え欧米のF1
エンジンメーカ―に助け舟を出したことに他ならない。



<男子スキーノルディック複合>


荻原健司は1992年アルベールビル・1994年リレハンメル両冬季五輪・ノルディック複合団体2大会で連続金メダリストとなった。1995年3月にサンダーベイで行われた世界選手権の団体戦(阿部雅司、荻原次晴、荻原健司、河野孝典)ではオリンピック・世界選手権を通じての日本チームは4連覇を果たした。

当時の日本チームの強みはジャンプであり、日本勢の勝利パターンはジャンプで得点を稼ぎ、比較的苦手なクロスカントリースキーの弱点を補うというスタイルであった。

この分野での日本勢のジャンプでの優位性を低下させ日本勢の勝利をなくするためにルール改正が行われ、欧州勢が苦手で日本選手の得意なジャンプ得点の配分割合が縮小される一方日本勢が苦手で欧州勢が得意なクロスカントリースキー得点の配分割合が増加された。

このルール改正によってそれ以降の男子スキーノルディック複合での日本選手の優勝は途絶えた。



<女子スキージャンプ>

近年ワールドカップでは2011年以降日本の高梨沙羅選手が優勝を重ねていた。
一時期小柄な高梨沙羅選手が賢明にもユニフォームと身体との隙間を翼のように使って飛翔していることに欧欧米国が気付いた。國際スキー連盟は高梨沙羅選手の保有する技を封じる目的で、ジャンプユニフォームを身体との隙間を生じさせないように規定するルール変更を行った。絶えず技術向上を図ってきた高梨沙羅選手は自分にとって不利なこのルール改正を跳ね返し優勝を重ね現在ワールドカップ53勝という世界タイ記録に並んでいるのは特記すべき快挙と言わねばならない。

上記のごとく公明正大を表看板とする五輪やワールドカップなどの国際大会ではあるが、裏では欧米諸国に有利なようにルール変更が実施されているのである。マスコミもこの事実を報道しないので一般大衆はこの汚い手口を知らないでいる。


<欧米諸国の得意技はダブルスタンダード>

欧米諸国の得意技はダブルスタンダードであり表と裏が違うが、綺麗ごとの表だけを宣伝し、汚い裏を隠蔽するのが極めて巧妙であるので通常ばれることが少ない。

日本人は根が正直だから欧米諸国のトリックにコロット騙される。
その上日本人は騙されているという自覚がないのでおめでたい限りだ!!!

欧米人の言う“スポーツマンシップ”とは聞こえは良いが、上記のような汚い行為(我田引水)をも含んでいるのである。


欧米諸国は過去500年間アジアやアフリカ大陸を侵略し植民地として支配し植民地から莫大な富を略奪し、多数の原住民を殺傷してきました。彼らこそアジア大陸やアフリカ大陸を五百年間もの長きにわたり侵略・支配・略奪した強盗国家でありました。

先の大東亜戦争において日本は人種平等の理念に基づき、欧米諸国によるアジアの植民地支配を解消し民族独立を実現すべく欧米諸国と戦争を開始するに至りました。

米国参戦や山本五十六提督などによる日本帝国海軍壊滅作戦により日本は戦いに敗れ連合国に無条件降伏しました。

なお山本五十六に関しては2012年10月31日のヤマちゃん日記『名将と謳われた山本五十六元帥・大将はとんでもない大売国奴か?』http://yamatyan369.seesaa.net/article/299797938.html
を参照されたい。



米英仏蘭露などの連合国は、日本が文明に対する罪を犯したという法理学上存在しない罪状を捏造し、日本がアジアを侵略したとして起こした東京裁判を開き日本に有罪判決を下しました。

東京裁判においてインドのパール判事以外の全判事は国際法の知識も国際裁判の経験もなかった事実をパール判事が証言しております。このパール判事の証言は、いかに東京裁判が法理を無視した出鱈目裁判だったことを立派に証明しています。

東京裁判こそは欧米諸国が犯したアジア大陸における五百年間の植民地支配の罪を日本に擦り付けたインチキ裁判に他なりません。

このインチキ東京裁判をあたかも正当な裁判として日本中を洗脳した極悪人が東京大学法学部主任教授を務めた横田喜一郎です。かれはこの洗脳功績で最高裁長官まで上り詰めました。横田のように日本の敗戦をネタにして国民に嘘をついて洗脳し自分の栄達だけを得た非国民は敗戦利得者と呼ぶにふさわしい。

この項詳しくは ヤマちゃん日記2012年10月23日『最大級の反日売国奴 = 元東京大学法学部主任教授 横田喜三郎』http://yamatyan369.seesaa.net/article/298593713.html
を参照願う。

今なお横田喜一郎の多数の教え子(東大法学部卒)は日本の法曹界を牛耳っています。



換言すれば欧米諸国による五百年間にも及ぶアジアの植民地支配は善であり、日本による
たった4年間のインドシナ半島・インドネシアの占領を絶対悪と断定したのです。

これが欧米諸国のお得意のダブルスタンダードであり、彼らは有能な偽善者です。



<欧米慈善団体の欺瞞>

『国境なき医師団』という慈善団体を装うNGOがある。

一般的には、
“国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)は、 独立・中立・公平な立場で医療・人道援助活動を行う民間・非営利の国際団体です。1971年に設立し、1992年には日本事務局が発足した。
MSFの活動は、緊急性の高い医療ニーズに応えることを目的としている。紛争や自然災害の被害者や、貧困などさまざまな理由で保健医療サービスを受けられない人びとなど、その対象は多岐にわたる。“

とあり、善意あふれる奉仕団との印象を与える。


しかし国境なき医師団が活動した多くの地区では、彼らが活動して立ち去った後4,5年で欧米のエネルギーメジャー企業によって石油や天然ガスの巨大鉱区が開発され、石油やガスの本格生産が開始されている。この事実はマスコミで報道されることはない。


一体国境なき医師団は未開な開発途上国で実際は何をしているのであろうか???
彼らが未開な開発途上国で行う医療行為は秘密使命を隠すためのカムフラージュと言われている。
国境なき医師団も欧米諸国がお得意のカムフラージュ作戦、ダブルスタンダードとみられる。

日本人は表しか見ず裏があることを知らない場合が多い。

マスコミはミャンマーのスー・チー夫人を擁護し褒め上げる。

しかしスー・チー夫人の実際の姿を知ればアット驚く為五郎!!!

マスコミこそが国民の知る権利を侵している事実に気が付くべきだ!!!
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2018年02月15日

春を待つ常磐公園

<2月14日(水)>

2月11日に参加した宇部市冬季市民ハイクでの筋肉痛・疲れがようやく取れた。

今から思い出せば過去に参加した冬季市民ハイクの中では、本年の吉和冠山が最も雪が深く、最も寒く、最も大きな氷柱があり、最も冬山らしくもあり、最も冬山の怖さを感ぜられた 感がある。

来年は冬季市民ハイクが実行されるか否か不明であり、中止される可能性も否定できないとのこと。

今年の一般市民出席者は22名であり、過去がほぼバス満席の45人前後だったのに比べると非常に少ないのでいささかびっくりした。
今年はニュースなどで降雪の多さが頻繁に報道されたのでドタキャンがあったのかもしれないが、一般参加者の大幅減少は寂しい気がする。

来年冬季市民ハイクに参加できるか否か不明なので、過去に参加した冬季市民ハイクをヤマちゃん日記から振り返ってみた。


<過去参加した宇部市冬季市民ハイクの記録>



2010年2月24日 島根県安蔵寺山に樹氷を愛でる
http://yamatyan369.seesaa.net/article/141139672.html

2011年1月23日 雪の小五郎山 
http://yamatyan369.seesaa.net/article/182419645.html

2013年1月22日 雪の鬼ヶ城山を歩く
http://yamatyan369.seesaa.net/article/314664605.html

2014年1月21日 冬山市民ハイキング=広島県深入山=>
http://yamatyan369.seesaa.net/article/385776627.html

2018年2月11日 宇部市市民ハイキング 厳冬期の吉和冠山
http://yamatyan369.seesaa.net/article/456834401.html



いずれも今でも記憶ははっきりしており自分にとって素晴らしい経験として心に残っている。
宇部市冬季市民ハイクの企画・運営管理に多大な貢献をされた宇部山岳会に皆さまに絶大なる謝意を表したい!!!


午前中は冬季五輪中継録画を視聴した。ベストを尽くして戦った日本選手諸氏に拍手を送った。

男子スキー・ハーフパイプ決勝では、二位になった平野選手の表情が何故か今一つ冴えないのが気になった。この競技の得点は複数の審判の総合的印象で決まるというあいまいさが問題であり、何かアンフェアアー審判となる可能性が多々あるとの解説者の勇気ある説明があった。

件の解説者は、平野選手の二回目の得点は最高難度の技を2回連続して完全に成功させたにも関わらず想定外の低得点(低評価)に終わった・・・と嘆いていたのが印象的であった。


午後は梅の開花を観に常磐公園に行った。


<春を待つ常盤公園>

菜の花
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今時珍しく路傍に咲く赤い花
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遊歩道と野外彫刻
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鴨と斜長橋
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白梅
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紅梅
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椿
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2018年02月12日

宇部市市民ハイク;厳冬期の吉和冠山

<2月11日(日)>


吉和冠山に登る宇部市市民ハイクに参加した。

宇部市市民ハイクは初夏、秋、冬に各一回の年に3回行われる。

昨年は初夏の久住山に参加し感慨深いものであった。冬季の市民ハイクでは過去、安蔵寺山、小五郎山、鬼ヶ城山、深入山に参加したがいずれも冬山の良さの一端を味わうことができた。

正式な登山訓練を受けずに60歳前後から我流で近郊の中低山主体に山登りしてきたヤマちゃんおやじにとっては、冬山登山は怖くて厳しい別世界の存在であり高根の花であった。

ところが冬季の宇部市民ハイクでは、宇部山岳会に方々がコース下見から、雪道のラッセルまたは通路作り、山頂での温かい飲料(コーフィー、スープ)の提供、故障者などへのサポート等至れり尽くせりの面倒を見て下さるので、冬山での経験・技術・体力を有さない一般登山愛好家でも、冬山の魅力の一端を無雪期とほぼおなじ感覚で楽しめるという大きな利点がある。
そういう意味ではまさに宇部山岳会様々と毎回感じてきた…という経緯があった。

さて、2月11日には4時起床後、お茶漬けを食し腹ごしらえし、山頂で飲むアツアツのドリンク(500cc)として、生姜湯を作り煮沸後、予熱しておいたポットに注入し、ポットの周囲にホッカイロを張り付け、その上からプチプチシートでくるみ、収納ケースに納め、さらにウール布で全体を包み込みザックインナーに納めた。この方法は過去数回試し3,4時間後でもアツアツで賞味できることを確認している。

携行品は前日に揃えていたので、着替えなどを別の袋に入れて6時頃出発した。

コンビニで買ったムスビ2個を最大限度まで温めて貰い、袋の上からホッカイロ4枚を張り付けた上からウール布で包んだ後収納ケースに入れ、その上からさらにウール布で包みザックインナーに収納した。ザックインナーの底部にはウール布を敷いた。

6時30分頃バスに乗り込み広島県吉和の汐原温泉に向かった。
徳地を過ぎるころから雪が降り出し、中国縦貫道は冬用タイヤ規制で速度制限されていた。

吉和SAでレインウエアを着込みスパッツを付けるなどの登山準備をして9時25分頃雪の降る中を汐原温泉に着き、準備後9時40分頃積もった雪(15cm位?)を踏みしめながら歩きはじめた。
中国縦貫道ガード下には冠山登山者のものと思われる4,5台の駐車があった。

登山道にはしっかりしたトレースがあったお陰で、深みに嵌らぬよう注意する以外は無雪期とほぼ同じ感覚で登れた。

大岩に架かる氷柱を左に見送り(大滝崖?)、
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積雪が97pもあった林道を横切り、
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やや南にコースをとり谷筋を進むも左上方から吹き降ろす雪交じりの寒風をまともに受け、指先が痛い程冷え、左頬も痛みを感じるようになった。

冷え切った指を首筋に当てて温め、歩を休める時には頭を風下に向けながら進む様はまさに寒風との闘いであった。

12時半頃広い鞍部
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でいったん休み、ここで昼食を採るか又はさらに急坂を上り頂上を目指すかを主催者の宇部山岳会が判断し、結局 山頂を目指すことになった。

ここからが最難関の壁のような急坂がはじまった。段差も大きくなりダブルストックで体を持ち上げながら、数歩進んで10秒休む の繰り返しが長い間続いた。

登るにしたがって急坂の傾斜は増し、最も大きな傾斜は50度以上あったのでは???
無雪期ではこの急傾斜を迂回して登るのだが、今回は雪中歩行なので距離が短い直登りコースを選んだとのこと。。。
DSCN7419.JPG <写真では判り難いが・・・急斜面を喘ぎながら登る一団>

自分よりも小柄な老婦人が懸命に急傾斜の大きな段差をゆっくりではあるが懸命に登っていく様に元気をもらいながら急傾斜に取り付いて約一時間後の13時20分頃山頂に着いた。

山頂の銘板の天辺が辛うじて雪から頭を出していたので積雪は優に1m以上はあったであろう。

山頂では雪交じりの寒風が吹きすさび息をするのがやっとの状態であった。北側の岩陰に下りて昼食をとることになった。

ここでも雪が舞い、すこしながら寒風が吹いているが、我慢できる程度であった。

先ず冷え切った指先と頬を温めるために生姜湯を全部飲んだ後、ムスビを食うことにした。
幸いにも充填以来8時間を経た生姜湯は、少し外気で冷まさないと飲めない程の温度を保っていたので、カップで5,6杯飲むうちに指先と頬のこわばりは無くなってきた。

宇部山岳会員が温かいコーヒーを作って持参してきてくれたので早速戴いた所ようやくムスビを食す気になった。

6時間前にコンビニで買ったムスビはまだ暖かさを保っていたので、美味しく頂けたのはラッキーであった。

次に宇部山岳会員が温かいスープを作って持参してきてくれたので早速戴いだので、冷え切った体がかなり暖かくなったのは有り難い限りであった。

しかし吹きすさぶ雪交じりの寒風は止むことは無く、しだいに足元から体が冷えてきた。
帰りのバスで聞いた所、山頂の気温はマイナス6度であり、寒風を考慮した体感温度はマイナス10度くらいだとのことであった。このくらいの寒さだと寒いだけではなく痛さが加わってくる。
DSCN7420.JPG <山頂の風景(1)>

DSCN7421.JPG <山頂の風景(2)>

DSCN7422.JPG <山頂の風景(3)>


14時頃下山開始。当初案では復路は松の木峠へ下る予定であったが、トレースが無く時間も1時間遅れていたのでトレースがある往路を引き返すこととなった。

下りの急傾斜で滑り気が付くと雪中を頭を先頭にして下っていた。上方から宇部山岳会員が立ち上がれるか?と声を掛けてくれたので腕に力を入れてみたが体重が頭の方に掛かり雪中から脱出できなかった。差し出した腕を宇部山岳会員が引き上げてくれたのでようやく雪中から脱出できた。

なにせ積雪1m以上の急傾斜を下った経験も技術もなく、尻制動も掛けなかったので、前のめりに転倒し頭を先頭にして5,6m雪中を滑り下ったことになる。

さらに200m進んだ所で再度滑り頭から雪に突っ込んだが自力で立ち上がれた。

雪道の下りでは踵に力を入れて歩を進めれば滑りを防ぐ上で効果的だという話が後方から聞こえてきたので、さっそく滑り易い場所で実行してみた所かなり効果があった。

林道で小休止し、
新たな氷柱(高さは5m位)
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を発見し

山頂から汐原温泉までを約2時間半で下った。

バスに乗ると雪が強く降ってきた。

雪が降る中での吉和冠山の冬山登山は、登り3時間40分、下り2時間30分で無事に終わった。

出発時到底無理と思われた降雪中での吉和冠山で山頂を極められたのは全くの想定外であった。

宇部山岳会の強力かつ適切なサポートが大きな支えであったのは言うまでもない。それに加えて、小柄な年配女性が懸命にかつ着実に難路を進んでいく様も大きな力を与えてくれたような気がする山行であった。

宇部山岳会へ感謝、感謝、感謝。。。
頑張った爺さん婆さんに感謝、感謝、感謝。。。

諸々に感謝、感謝、感謝。。。
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2018年02月07日

春を待つ常盤湖畔を歩く

<2月7日(水)>


今年は雪が降る日が多い。
午後晴れてきたので運動を兼ねて冬の常盤湖を歩いて一周した。

昨年は1月中旬に畑一面に咲いていた菜の花は今年はチラホラで、寒さに震えているように見えた。
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湖面を渡る風は冷たく手袋の無い両手は冷え切ったのでポケットの手を突っ込んで歩いた。

以前土のサッカー練習場は人工芝で覆われていた。

紅一点の寒椿は存在感があった。
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湖面にたむろす野鳥の姿がやけに目に入ってくる。
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薬草園では水仙とナンテンなどが眼を楽しませてくれた。
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白鳥大橋を渡り、
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牡丹園の前を通リ、
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暖かさと花を求めて植物園に入った。
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野外彫刻が並ぶ丘
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を越えて再度湖のかかる橋を渡り、梅園を覗いた所開花は10日後くらいか?

2時間掛けて6kmの湖畔を歩いた。
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2018年02月05日

5,6年振りの亀尾山は大変身していた

<2月3日(土)>


美祢市半田弁天様に行き天然水を戴いた。
折角ここまで来たので、ひょっとすると一部氷結した滝が拝めるかもしれないという淡い期待を胸に白糸の滝まで足を伸ばした。

幸いにも滝入口駐車場までの道路は凍結が無く一安心。
遊歩道に入ると所々に残雪があったものの通行には支障が無く白糸の滝に着いたが、残念ながら滝の凍結は見られなかった。


<5,6年振りの亀尾山は大変身していた>

2月11日には市民ハイクで冬山に行く予定なので、予行演習的に山に登る必要性を感じ,雪のない秋穂の大海山に登り足慣らしを行った。

ルートは千防川砂防公園駐車場→勘十郎岳登山口→勘十郎岳→中岳→大海山→千防川砂防公園駐車場とした。

12時過ぎに着いた駐車場はほぼ満車であった。
雪深い山奥を敬遠して雪のない亀尾山はこの時期人気が高いのかもしれない。

12時25分頃勘十郎岳を目指して歩き始めた。

このルートは5,6年振りであったが、新しい階段が多数追加されていた。
階段のつくりは登る人のことを十分考慮して設置されている様子がしっかり感ぜられた。
特に段差の高さが高過ぎもせず低過ぎもせず歩きやすい高さだと感じた。

12時47分頃第一展望所に到着。
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めぼしい木には樹木名を書いた木札が新たに追加されていた。
12時53分頃椅子がある第二展望所を通過。
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7,8名の年配の一団に道を譲り、
12時56分頃夫婦らしき二人が記念撮影している勘十郎岳に着いた。
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ここには数多くの手作り椅子が配置されていた。おそらく一度に20人程度は椅子に座れるのではないだろうか???やはり名山ともなると多数のハイカーが一度に訪れることを想定されているのかもしれない。


『珍岩』
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という特徴のある岩にはネーミング板が取り付けらていたので、その方向をズームアップすると・・・
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ナンジャ コリャー !!!
そういえば チン○○ に似ているよう気がしてきた。

DSCN7227.JPG <亀尾山を望む>

更に進むと1十数人もの一団に出会い道を譲り、
DSCN7228.JPG <エメラルドグリーンの湖を望む>
鞍部手前で当方のすぐ後に出発した年配ご婦人に出会い、挨拶を交わし久しぶりに歩いた縦走路の変貌ぶりを話した。

縦走路から派生する枝ルートも新たに数個増えていた。
この枝ルートを回れば一日では時間が不足するかも???

DSCN7229.JPG <火の山連峰を望む>


14時頃亀尾山に着いた。
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誰もいない山頂でシャツを脱ぎ汗をタオルで拭い下山しようとした時に男性が山頂に登ってきたので挨拶し、久しぶりに来た亀尾山が良く整備されている様を告げると、登山歴50年というこの男性(以下ベテラン男性と略す)はこの山で行われている登山道整備について具体例を挙げて詳しく教えてくれた。


亀尾山の登山道整備は、地元の人達と亀尾山を愛する登山者との合同チームで実施されているとのこと。一例を挙げれば、昨年の登山道整備では、危険なスズメ蜂5kgを駆除されたそうである。なんとスズメ蜂5kgとは恐れ入りました!!!

亀尾山といえば、カズさんのお庭ではないか。カズさんがこの亀尾山の登山道整備に関わられておられるはず。だとすればこの素晴らしい登山道整備コラボ体制は当然の結果かもしれない。

地元の人であれ、他地区の人であれ、やはりその山を愛する人たちが協力して登山道整備されるのがベストな形態なのかもしれない。。。


これを機に色々会話が弾み一緒に下山する時にも多方面に話題が及んだ。
見晴らし台には若い男性がいた。
ヤマちゃんおやじの経験則〜若い人が登る山は名山の証拠だ〜によれば亀尾山はついに名山となった!!!

ここから先はベテラン男性が勧める行者山コースから下った。
岩屋根付き祠にお不動様が鎮座されていた行者山からの眺めは初めてあったが中々味わい深いものがあった。

再度訪れたくなった山がまた一つ増えた。

感謝、感謝、感謝。。。

駐車場で聞いた話ではこの男性は当方と同じ年齢でありほぼ同じ地域に住んでおられるとのことがわかり再開を約して15時半頃駐車場を後にした。

最近の寒さでここ一週間ばかりビールを飲んでいなかったが、この日は若干の汗をかいたので久しぶりにビールを飲んだ。

やはり汗をかいた後のビールは美味い!!!
posted by ヤマおやじ at 12:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする