ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2016年04月30日

山口市阿東神角の山芍薬大集落満開に圧倒さる!!!

<4月29日(金)>


天気予報は肌寒いが晴れというので、最近にわかに関心を深めた山芍薬の大集落がある山口市阿東神角地区を訪れた。

2003年ごろからこの大集落の存在は知っていたが、当時は山芍薬自体にあまり興味が湧かず、また3年前頃には豪雨による土砂崩れによって登山道が被害を受けた話しを聞いていたので、今までご無沙汰していた。

ところが昨年あたりから清楚な山芍薬の魅力に引き込まれたのを機に神角の山芍薬大集落への関心が一挙に拡大した。

聞く所によれば山芍薬大集落に至る登山道も修復され、今月29日あたりが花の満開だろうということで、29日の朝早く起きて準備し、6時50分頃神角を目指して出発した。

山口市内から阿東篠目あたりまで時速40qの軽トラに先導された影響もあったが、神角八幡様横の駐車場に着いたのは8時15分頃となった。
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すでに20台くらいが駐車していた駐車場では有り難いことに、白線が引かれた区画に地元の男性の方々が案内されたので混乱も無くスムーズに駐車できた。

難路を想定して軽くストレッチをした後8時20分頃 歩き始めた。
駐車場脇に設置された大型案内板をみて山芍薬神角上りコースの概要を頭にいれた。
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青葉をつけたしだれ桜の下をくぐって進むと、右手に生き木のお地蔵さまが鎮座されており拝んだ後安全登山をお願いした。
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路傍にイカリ草を発見した。植物に無関心な従来では完全にこれを見逃していたであろう。
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歩くほどに舗装された林道の傾斜は段々大きくなり、小股で歩かないと苦しくなってきた。
林道終点から登山道となり、少し登った後、8時55分頃谷底に降り立った。
DSCN2373.JPG <この急な石ころだらけの谷底を登る、かなりの険路なり>

此処からこのコースでのいわゆる難所が始まる。小休止し、岩混じりの急登に備えストックをザックに収容し、上着を一枚脱いだ。

油断のならない箇所が数箇所あり、三点支持で確実に歩を進める。

古いタイプの砂防堰堤があり、設置はかなり古いものだと思われた。
半壊した古いタイプの堰堤から流れ落ちる渓流を左に見送り少し登ると、行列の先方から感嘆の声が上がった。

9時16分頃白い花を咲かせた山芍薬の姿が現われはじめ、少し歩を進めると山芍薬の
大群落が姿を現した。
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蕾も一割程度はあった。
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登山者は進入禁止柵で左右を囲まれた通路を進みながら山芍薬を傷つけ無いように想い想いに写真を撮る。

何と 前後左右すべて山芍薬の花と蕾で埋め尽くされている。小さな谷を挟んで対岸にもこの群落が見られた。
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このような大群落を見たのは初めてだ。
2箇所で花の数を数えたら、いずれ1m四角の中に5個〜10個程度あった。

撮影に満足したあとも大群落は延々と続くような感じがした。
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9時35分頃ようやくさしもの大群落も終わりとなり、ロープを頼りに急坂を登り9時41分頃鞍部に出て福谷コースに合流した。
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コースを左に取り十種ヶ峰に向かう。
山頂の直前で眼下に神角地区が俯瞰できた。
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三つ葉ツツジもあった。
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9時56分頃山頂に到着。

冷たい風が吹く山頂には十数人が休憩し、360度の大パノラマに見入ったり写真に収めたりしていた。

寒かった山頂を10時2分頃出発し熊野神社に参拝後、鳥居前にいたり階段に座ってでカロリー補給としてチョコレート片を三個口に入れ小休止した。

ここから神角コースを下り、11時8分ごろ駐車場脇の神角八幡様で賽銭箱に駐車協力費300円をお供えし、地元のご婦人連中が机の上でお土産物を売っていた駐車場に着いた。
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“見事な山芍薬の大群落でした”とお礼を述べた。梅干しの汁を薄めたというスッパイ冷たい飲み物をタダで戴き、この飲み物で疲れも吹っ飛んだ。

駐車場の出口で見送る地元の男性陣にも“素晴らしい山芍薬でした、有難うございました”とお礼を申し上げた。

個人的感想ではあるが、神角の山芍薬大群生は山口県、いや日本のお宝ではないか!!!とおもった。

下山後気がついたのは、以下の4点
@県内はもとより、北九州や広島ナンバーの車もかなり有った
A駐車場は大小5,6箇所あるようで、山勘ではあるが100台程度は駐車可能かも
B大群落の通過時間は20分。歩行を秒速20cmと仮定すれば群落エリアの長さは≒240mとなる。群落エリアの幅を20mと仮定すれば群落エリアの面積は4800平方メートルとなる。花の密度=株の密度=2.5本/平方メートルとすれば、総本数は12500となる。しかしこれは山勘の数字であり公式数字ではなく、この数値は過大かもしれない。
C山芍薬は準絶滅種であり、個体減少の主因は、採取・盗掘、山林伐採だといわれている。神角地区の場合山林伐採は考えにくいので、採取・盗掘が最も心配である。


次に向ったのは弟見山である。

当初はシャクナゲ尾根コースから莇ヶ岳へ登る予定だったが、途中で気が変わり、弟見山のカタクリの様子を見たくなり行く先を変更した。

とりあえず徳佐の国道315号線脇のセブンイレブンでムスビを三個買い、2個を食べ次の弟見山登山に備えた。

シャクナゲ尾根コース前に駐車して歩き始め、林道屋敷支線に入り駐車場を通過した時2人の年配の男女がいたので挨拶した。

当方が“午前中に訊ねた神角の山芍薬大群生はほぼ満開で素晴らしかった“とはなすと、”別の場所では山芍薬の盗掘があったというブログを読んだ“と件の男性が答えたので、”そのブログの主は私です“と答えた。そうすると、男性は、”ヤマちゃん日記のヤマちゃんではないですか“?というのでそうですと答えた。話は昨年5月に高羽ヶ岳大規模登山道コースの687mピークで出会った話しになったので、当方が”ブログ『御山野風景』
http://shinshinsaba.web.fc2.com/index.html
の管理人さんですか?“と聞いた所”そうです“という答えが返ってきた。

という訳で、共に山頂に設置したベンチの話題などで話に花が咲き、久しぶりに楽しい山行談義となった。笹ユリの種まきについて貴重なアドバイスも貰った。再会を約し12時20分頃駐車場を後にした

林道終点からの急坂では4、5回休みながら登り、縦走路に出た時はヘロヘロ状態だった。

14時2分頃二人の息子を連れた男性がいた弟見山山頂に着いた。
カタクリの花は日陰に70輪くらい咲いていたが、大部分のカタクリは緑色の種を付けていた。

14時25分頃縦走路と屋敷川林道終点コースとの合流点を通過し縦走路に入った。15時10分頃シャクナゲ尾根コースとの合流点に着き、疲れていたので莇ヶ岳には行かずそのままシャクナゲ尾根コースを下った。

標高900m辺りの第三ベンチに座り3つ目のムスビを食いカロリー補給した。

此処からはかすかにではあるがはるか彼方に十種ヶ岳が見えた。
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今回は一日で十種ヶ岳と弟見山とのダブル登山した関係で殊更感慨深く感じた。

かなりの強行軍であったが18時前に無事帰着した。

今回のダブル登山の累計登り標高差は1260mもあり、今年最大であった。空気がひんやりしていた事と、登りでは終始小股で歩いたのがプラスしたのかもしれない。

いずれにしても、山芍薬大群落が丁度見頃の十種ヶ岳と、盛りは過ぎたがカタクリの花で有名になった弟見山とのダブル登山が無事完了できたのは大いにありがたいことだ。


諸々に感謝、感謝、感謝。。。。
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2016年04月27日

準絶滅危惧種である山芍薬を勝手に採取しないでください!!!

<4月21日(木)〜4月22日(金)>

落合莞爾著「天皇とワンワールド」を読み返した。おそらく5回目くらい読み返したことになる。この本は何回読んでも新しい発見がある。著者の落合莞爾氏は当方が敬愛する馬野周二博士と水谷民彦氏と三人で「ガガアル研究会」を結成してユダヤ研究を続けた・・・と記されていたので落合莞爾氏への信頼度はいやがうえにも向上した。

当方が敬愛・尊崇する著者は、馬野周二博士、足立育郎氏、森田健氏であったが、新たに落合莞爾氏も加わったことになる。

とにかく暇があれば、落合莞爾氏の著書を読んでいる昨今である。ありがたいことだ。。。

<4月23日(土)>


実家の裏山に生える筍を切り倒しに出かけた。裏山に生える筍を放置しておくと、成長した竹の葉が屋根に落ちて雨どいを閉塞させて雨漏りの原因になるので、十年位前から毎年春に2回は行ってきた。筍の生える時期は五月雨的であり一回の切り倒しでは不十分なので最低年に2回は行うことにしている。

この日は15本位の筍を切り倒した。その中で土中から顔を出して間もない柔らかいもの8本を副食用に持ち帰った。

その後狭いながらも持ち山となっている檜林を訪れた。当方の誕生を記念して祖父母が植えてくれたものだ。当方が中学生時代にも父母が追加の植林をしたくれたので、手伝いに赴いた思い出がある。

駄賃狙いで急な山道をネコ車を押し上げ割木を積んで麓まで運搬した記憶も蘇った。73歳の今では空身でも登るのに息が切れるのだが、15歳当時は本当に体力があったものだと感心させられた。やはり若さは尊いものだと今にして分かった・・・分かるのが遅すぎたようだが嗚呼。。。

この植林には誠にありがたく感謝しているが、その後60年近くも手入れが無かったので、一昨年あたりから檜林の様子を見に出かけ始めたという経緯があった。

今回は檜に巻きついた蔦10数本を全て切除した。今までは蔦を見過ごしていたが、先日弟見山からの帰途、樹木に絡みついた葛を多数切除した記憶が蘇った格好となった。

樹齢70年の筈であるが、樹径は最大が35p位でその数は少なく30p未満のものが結構あるのは、日当りなどの立地条件もさることながら、然るべき時期に間伐を実施しなかったことに起因する密集さが影響した可能性もある。樹間距離が1m程度では生育に好ましくないと感じた。せめて1.5mは必要なのではないだろうか?

しかし細い檜でも樹高は15〜20m近くあるので、今さら間伐をすれば隣接する立派な檜を傷つける可能性があるので判断に迷う。当面試験的に間伐してみた結果で間伐実施か否かを判断するのが妥当だと思った。

大きく成長した時期遅れのワラビが生えていたので、柔らかそうな部分だけを採取した。

帰る間際に無人の筈の本家の畑に人影が見えたので近づいてみると、従兄の武夫さんだった。約55年ぶりの再会であり、互いに近況を語りあい、再会を約して帰途に着いた。

<4月24日(日)>


午前中公園ボランティア活動。4月19日に訪れた弟見山カタクリ鑑賞会の写真を戴いた。
寄る年波はしかたないが中々よく撮れていた!!!
2L版の写真には、L版を圧倒する迫力があったのも新発見だった。

感謝、感謝、感謝!!!


<4月25日(月)>


某所に山芍薬の花を観に出かけた。

この日最も期待に胸を膨らませていたのは通路脇にあった4,5株の山芍薬の開花であった。

現場に来て見ると、満開の筈の4,5株の山芍薬の全てが忽然と無くなっていた。神隠しか???

何と言うことだ〜盗掘だ!!!!・・・・大きな失望と怒りが同時にわが身を襲った。

その山芍薬は登山道から1m脇の視線の高さにあり、以前同行した方が発見して教えて戴いたものであり、この地域では当方が初めて見たものであった。かねてから盗掘されないことを気遣っていたが、まさか盗掘/採取する人は実際にはいないだろうとタカを括っていたので落胆は大きかった。

悔しさのあまり、4,5株の山芍薬が消えた場所を調べてみた。
DSCN2352.JPG  <枯れ草、石塊除去後の盗掘・採取跡>

以前4,5株の山芍薬が固まって存在した場所には30p×50p程度の綺麗な長方形の範囲で赤土が埋め戻してありその上に2個の石塊が置いてあった。赤土で埋ッた長方形の下に掘られた穴はスコップのような垂直に掘ることができる道具を使って掘られたものであり、4,5株の山芍薬が根こそぎ一緒に掘り出された様子がはっきり窺われた。

その上、盗掘した穴を赤土で綺麗に埋め戻した上には2個の石塊が置かれていたのは、この場所に山芍薬が生えていたことを知らない人ならば、ここで4,5株の山芍薬が丸ごと盗掘されたとは夢想だにさせないための細工だと思われた。これは盗掘を隠す為の意識的な証拠隠滅工作である可能性が高い。。。

スコップなどの盗掘専用道具の使用による綺麗な穴堀跡と証拠隠滅工作から推論すれば、恐らく盗掘/採取のプロの仕業であろう。いずれにしても盗掘/採取の確信犯による仕業であろう。

スコップなどの採掘専用道具を持参しない通常の登山者であれば、あれほど綺麗は掘削できない。とにかく鍬やスコップなどの掘削道具がないことには、土中に大きな穴を掘って4,5株の山芍薬を根毎に盗掘・採掘する芸当はできない。仮に通行人が発作的に枝だけ摘み取ったとしても、株は地表に残る。

常に採掘用具を持参している山野草盗掘(採取)マニアの仕業か、又は以前此処に山芍薬があることを知った人間が後日盗掘(採取)目的で専用用具を持参しての心もとない仕業であろう。

やはりこのルートは秘密であるべきであったのか!!!

“このルートの豊かな自然が荒らされないためには、あまり多くの人達が此処を訪れないのがよいのです”・・・という某登山愛好会の方がふと漏らした言葉を思い出した。

“多くの人達が訪れればその中には盗掘(採取)する不届き者が必ず居る”からであることをこの時になってはっきり気がついた。

盗掘(採取)への怒りと失望に打ちひしがれながらも更に奥へ歩みを進めた。

幸いにも切り立った対岸に何か白いものを見つけた。
何と 別の山芍薬の花が咲いていた。良かった!!!
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幸いにも対岸にいたる谷底は多数の腐った倒木に覆われ通行は阻まれており、急な斜面は棘のある植物に覆われているので、通常では人が容易に近づけない場所であった。

多くの写真はズームで撮った。
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いずれも群生には至らず、何故か散発的存在だった。

別の白い花の群生もあった。
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青い花の群生もあった。
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帰りにウドを見つけた。昨年ウドが採れた場所には未だ姿は見えなかったので、今回はウドを諦めていたが、今までとは別の思いも付かぬ場所にウドがあった。ウドはこの山域の各所に豊富にあり、山菜として採取させていただいだ。


複雑な気持ちで帰宅した後、山芍薬をネットで調べた。

ウイキペディアによれば山芍薬の種の保全状況は、
〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
環境省のレッドリストの準絶滅危惧(NT)に指定されている。2007年に、以前の危急種(絶滅危惧II類)から変更された。総個体数は約20,000、平均減少率は約40%、減少の主要因が園芸用の採集、森林の伐採、林道工事であると推定されている。
日本の以下の都道府県でレッドリストの指定を受けている。
•絶滅(EX) - 東京都、千葉県
•絶滅寸前または絶滅危惧種(絶滅危惧I類、CRまたはEN) - 宮城県、群馬県、大阪府、和歌山県、佐賀県、  鹿児島県
•絶滅危惧種(EN) - 福岡県、長崎県
危急種(VU) - 青森県、岩手県、山形県、福島県、茨城県、群馬県、埼玉県、新潟県、富山県、福井県、山  梨県、長野県、愛知県、三重県、奈良県、岡山県、山口県、香川県
•準絶滅危惧(NT) - 北海道、秋田県、岐阜県、静岡県、滋賀県、鳥取県、広島県、徳島県、熊本県、大分   県、宮崎県
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜
であった。

山芍薬は準絶滅危惧種であり、大事にすべき植物として、その盗掘、野放図な採取は許されないはずだ!!!

盗掘はもっての他だが、たとえ園芸用の採集であっても、山芍薬が稀少なこのルート/この場所での採取/盗掘は遠慮していただきたいものです!!!

山芍薬といえば山口県では十種ヶ峰の大集落が日本一とも言われ有名である。
今年は是非訪れてみたいものだ。

そこでは4月29日(金、祝日)頃が最盛期だと言われている。
多数の人出が予想されるので、この近辺の平日がねらい目かもしれない。

某所の山芍薬は、“”十種ヶ峰には及びもせずが、せめてなりたや小規模集落“”までに成長すれば万々歳であろう。そのためにも この地区での山芍薬盗掘・採取はご遠慮願いたい!!!

当年とって73歳の当方の目の黒いうちにこれ(小集落)が実現すればありがたいことこの上ない。

山野を歩かれる方々へお願いです、“どうか山芍薬は採取せず、見るだけにしていただきたい!!!


<4月26日(火)>


昨日採取したウドはその日のうちに調理する予定であったが、夕食後疲れとショックで就寝したので、この日の午前中に調理した。
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先ず、洗ったウドの根の部分を長さ4p位に切り、硬い外皮を除去した柔らかい部分を短冊型に切り、水を張ったボールに30分位浸けて灰汁を抜き,水きり後酢味噌和えにした。
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次に、ウドの柔らかい葉先部分を切り取り、天婦羅にした。
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最後に、茎の外皮を除去した柔らかい部分を長さ4p位で3ミリ角程度に切った短冊型と、柔らかい葉先を2p角に切った物を一緒に鍋に入れ、醤油、みりん、酒、砂糖、塩(少々)を加えて煮込み煮詰め、佃煮を作った。
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この3種のおかずを昼食に出した所、カミサンは今回初めて作った天婦羅だけは完食し好評であった。

味噌和えはまあまあであった。佃煮は葉の部分が若干硬く感じたので今後は柔らかい茎だけの方が美味いように思えた。

今後ウド料理では天婦羅は絶対外せないと感じた。
諸々に恵みに感謝、感謝、感謝。。。

今春再度ウドを採りに行きたくなった。アテはある。
十種ヶ峰の山芍薬大集落も見に行きたい。

久しぶりに歩いて見たい道なきルートもある。多分ルートは荒れているかもしれないが、ダメモトではあるが ひょっとすると珍しい植物・花にであえるかもしれない。

マア いろいろ山行ができる内が花かもしれない。。。
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2016年04月21日

平成28年 弟見山カタクリの花partU

<4月20日(水)> 平成28年弟見山カタクリの花partU

昨日4月19日には宇部市の知人3人をカタクリの花満開の弟身山にご案内し、ご好評を戴いたので安心した。

ところが当日ザックに入れていたデジカメの電源スイッチがショックで電源ON状態になり電池が消耗したので、肝心の弟身山では電池切れで撮影不可となったのは大きな心残りとなった。

ソフトケースに入れていたデジカメは過去複数回電池切れ状態となった経緯がある。昨夜来 原因をいろいろ考えた末一つの結論に達した。

何らかのショックがソフトケースを通過してデジカメの電源スイッチのボタンに力を及ぼして電源オン状態になり、ズームレンズが伸張を始めるがソフトケースがズームレンズの伸張を許さないのでデジカメはズームレンズを駆動し続け、終に電池切れに達する。

よって対策として、ソフトケース内に厚紙を挿入して、ソフトケース外からのショックがデジカメの電源スイッチのボタンに力を及ぼさないように工夫した。

4月20日は昨日よりも好天気の気配がしたので、8時半頃再び弟見山に向って出発した。
同じ山に2日連続で登るのは恐らく初めてではないだろうか???

9時40分頃河内峠鹿野側手前の林道屋敷線入口に停車していたら、一台の車が止まり弟見山への登山道の状態について色々聞かれたので、できるだけ懇切丁寧にお答えした。昨日の弟見山カタクリ行事の新聞記事を見て急遽来たとのこと。
DSCN2245.JPG <林道屋敷線入口>

石楠花尾根登山口の空地には既に1台が駐車していた。空スペースに注意して駐車して10時頃歩き始めた。
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橋を渡り石楠花尾根コースの登り口の看板を右に見送り林道を進む。
DSCN2247.JPG <石楠花尾根コースの登り口>

10時5分頃二俣に着いた。ここには弟見山4kmと書いた立派な看板がある。
DSCN2248.JPG <弟見山4kmと書いた看板>

ここから右折し屋敷林道支線に入り10時10分頃本来の駐車場に着いた。
DSCN2249.JPG <新装なった駐車場>

この駐車場は最近砂利を敷き詰め整地し拡張されたらしく、昨年までは3台程度の駐車しか出来なかったが、今では恐らく10台は駐車可能であろう。やはり屋敷林道からの弟見山登山者がかなり増えた証拠であろう。既に10台近く駐車していた。

ヤマちゃんおやじが初めてこの林道経由で弟見山に登った12,3年前では、林道は荒れ果て落石の崩落も多数見られ、踏跡らしきものは殆ど無く、棘のある植物が通路を塞いでいる場所が多数あった。林道終点から縦走路に這い上がるルートでは踏跡も無く、行く手を阻む無数の曲がり木(又は馬酔木)と格闘し、縦走路付近で登山者の熊よけの鈴の音を聞いたとたん大いに安堵した 記憶が蘇った。

昨日たまたま鋸を持参したお陰で同行者のご要望に応え、樹木に巻きついた直径10cm以上の葛を切った場所を通過した。
DSCN2258.JPG <直径10cm以上の葛>

11時過ぎに小滝を通過し、11時30分頃林道終点に着いた。ロープは出来るだけ使わないで急坂を登り11時50分頃縦走路に合流。ピストンで下山する人2人、縦走路・石楠花尾根コースで下山する数人もいた。

12時頃10人程度の先客がいる弟見山の肩に到着した。空地に座り先ず冷えたノンアルコールビールを飲み、ムスビ2個を食しようやくカタクリを眺める余裕が出た。

昨日はカタクリの写真は1枚しか撮れなかったので、今回は弟見山の肩から山頂までゆっくり歩き沢山撮った。山頂の平坦部でも仏峠へ下り始める所までほぼ満開であった。
DSCN2263.JPG <仲良しカタクリ>

DSCN2267.JPG <弟見山の肩〜山頂に至るカタクリロード>

DSCN2270.JPG <山頂手前1>

DSCN2272.JPG <山頂手前2>

DSCN2283.JPG <山頂>

DSCN2284.JPG <山頂のカタクリロード>

DSCN2292.JPG <山頂のカタクリ>


山頂からは高い木々の枝が折れ、北方の峰々がかなり見えたので楽しみがまた一つ増えた。
肩でであった一団は話しの内容から察すると、北九州辺りから来たメンバーらしく昨年も縦走路でであったような気がした。

12時50分頃弟見山の肩を出発し、昨日断念した縦走路に入った。
やはり983mピークに標高差60m登り返すのはかなり堪える。さらに次の950mピークまでの標高差50mアップダウンも結構きつい。

石楠花尾根への分岐点から莇ヶ岳にいたる部分では、ブナの木々の間から鈴の大谷山などが垣間見えるので中々味わいがある。
DSCN2312.JPG <ブナの木々の間から垣間見る鈴の大谷山>

日当たりの良い場所でイワカガミの花を見つけた。イワカガミの草はこの地域では多数見られるが、花を見るのは過去1、2回でしかない。
DSCN2306.JPG <縦走路950mピーク〜莇ヶ岳に咲いたイワカガミ>


14時10分頃莇ヶ岳着。誰もいない山頂で四囲の景色を眺め、14時15分頃莇ヶ岳を出発した。

頂上付近から眺める弟見山は何回見ても飽きがこない!!!
DSCN2301.JPG <振り返れば弟見山>

途中でイワカガミの花を撮影し、
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石楠花尾根への分岐点に近づくと数人の男女が休憩していた。

行く先を聞くと石楠花尾根を下るというので、下山をせかしては悪き気がして一旦先に下ることにした。標高900m辺りの手製ベンチで休んでいると一行が下ってきたので、遠望できる弟見山と十種ヶ峰をご案内した。話題が石楠花尾根コース開設の話しになったので、私が開設しましたとお伝えした。

びっくりされた一人が当方の写真を撮ってくださった。

谷コースの下り通路が判らないという人が居られたので、シャクナゲ尾根コースを一緒に下ることになった。

メンバーの一人はその昔周南愛山会の方々と地図を片手に藪を搔き分けてシャクナゲ尾根を下った話しをされた。メウゼン川を遡行して西大沼ヶ原方面に行かれた話も聞いた。当方は10年位前に寂地山系メウゼン川を遡行して土滝山近傍を通り冠合流点に至ったことを思い出した。このメンバーの中々の方々はかなりの通ではないか・・・と感じた。

鞍部から植生が豊富な谷コースを下った。急坂を回避するために作った稲妻型のルートを先導した。

野生のワサビを探しておられた人のために、沢の最上流の秘密の場所で採取した。

メンバーの中には植物に関心をお持ちの方々は、植物の写真撮影にかなりの時間を掛けておられた。

当方が名前を知らない植物をかなり教えて戴いた。

二輪草もあった。
羅生門葛の花も教えてもらった。
DSCN2315.JPG <羅生門葛>

双葉葵(三つ葉葵の元)という花もあった。
DSCN2316.JPG <双葉葵(三つ葉葵の元)>

聞いた名前を忘れた草花も2、3あった。。。


二日続けての弟見山カタクリの花探訪(屋敷林道ピストン、縦走路・シャクナゲ尾根経由)であったが、いずれも多くの新しい発見があり大いに満足させられた山行であった。

弟見山カタクリの花増殖にご苦労された方々、屋敷林道登山コース開設整備に関わった方々,縦走路整備の方々、同行され植物を教えてくださった方々、諸々に感謝申し上げます。。。
posted by ヤマおやじ at 18:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

4月19日弟見山のカタクリの花は満開

<4月19日 弟見山のカタクリの花は ほぼ満開>

公園ボランティアの方3人と林道屋敷線終点から弟見山に登った。

石楠花尾根コース入口で車を止めていた時数台の車が奥の駐車場を目指して登って行った。
新しく整地された駐車場には十数台の車が駐車していた。
何故かこんなに車が多いのか???

DSCN2235.JPG <陽光に輝く山桜の新芽>

DSCN2236.JPG <錦川の最上流屋敷川の流れ>

DSCN2240.JPG <小滝を渡るボランティアメンバー>

その理由は林道を歩き始めて1時間経過した時に判った。

DSCN2241.JPG <みつばツツジ>

若い男性ハイカーに”何処から来ましたか?”と聞くと、
この近くのいろいろな人が弟見山のカタクリの花を見るために集まりグループで登っているという。

山頂は70人近い人で満員状態であった。

弟見山の肩のあたりから山頂までカタクリの花はほぼ満開であった。

ただただ 圧倒された !!!

ノンアルコールビール付き昼食を食べた後 無数ともいえるカタクリの花を愛でた後 林道終点経由で帰った。

道中 新芽が出始めたばかりなので、背景と奇妙にマッチして想定外に美しかった。

DSCN2238.JPG <想定外の新芽グラデーション>

残念ながら写真機が誤動作して電池切れとなり、肝心のカタクリの花の写真は撮れなかった。

一旦電池をカメラから外し起電力を回復させた所、なけなしの電池パワーで一枚だけカタクリの花の写真がとれたので添付します!!!

DSCN2242.JPG <たった一枚撮れたカタクリの花の写真>

とりあえず、弟見山のカタクリの開花状況を『満開』をお伝えします。
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2016年04月16日

4月16日早朝熊本・阿蘇地震、HAAPに想う

<4月10日(日)>


だめもとでタラの芽探しに行った。やはり三番煎じは小型で少量だったが、酒の肴には丁度よかった。これで今年のタラの芽はさよならだ。タラの芽さん有難う様でした!!!

<4月11日(月)>


大規模林道〜高羽ヶ岳コースの笹刈をした。

現地に着いて、剪定鋏がないことに気がついた。
どこかに放置し忘れた可能性が高い。
痴呆化が進んだのか???? 

しかたなく持参の高枝剪定鋏で代用した。

使う筋肉が異なったためか両手に痺れが来たので687mピーク先の鞍部で作業をやめた。

<4月12日(火)〜13日(水)>

落合莞爾著『天皇とワンワールド』を読み返した。
読む度に新たな発見がある。
最低でもあと、4,5回は読み直したい。

<4月14日(木)>


午前中公園ボランティア活動。両手の皮膚炎の経過はまあまあだ。
弟見山のカタクリの花を見に行く話しをした。

<4月15日(金)>

預かっている家庭菜園で スイカを植える下準備をした。

3m×3mの畑を耕し、直径0.7m位の穴を掘り堆肥、油粕、鶏糞、石灰などを惜しみなく埋めた。

陽射しが強い中で2時間ばかり鍬を振るった。丁度良い呆け対策となった。

午後近くで咲いているつつじの写真を撮った。
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<4月16日(土)>
早朝熊本・阿蘇大地震あり


午前一時25分頃に大きな地震動で目が覚めた。
大きな揺れは15秒くらい継続したようだった。
今まで経験した中で最も大きい揺れであった。
家族の無事を確認した後、テレビを点けると熊本で再び大地震が発生したニュースを伝えていた。

この地震のマグニチュードは気象庁の当初発表が訂正されて7.3だと報道され、阪神淡路大震災と同じマグニチュード(地震規模)だと解説されていた。

八代市では二階建アパートから出火し炎が暗い夜空を照らしていた映像が映し出され、フト阪神淡路大震災の火災風景が思い出された。しかし幸いにも多数の消防車が出動し懸命なる消火活動によって周囲への延焼を見事に防いだのは頼もしい限りであった。

また地震で半壊した宇土市役所の映像も闇の中に浮かび上がっていた。

夜明けとともに熊本・阿蘇地区での甚大な被害の様子がヘリコプターから送られてきた。

阿蘇では大規模な地滑りが発生し、阿蘇大橋が土石流に飲み込まれていた。
阿蘇神社の立派な楼門は完全に破壊され、本殿も大きく損傷していたとのこと。

結局朝の8時まで地震中継放送に見入ってしまった。

震源の深さはほぼ10kmで直下型地震であり、地震波成分も長期振動波が多く阪神淡路大震災に類似していると報道されていた。

また毎日新聞によれば、“気象庁の青木元(げん)地震津波監視課長は16日午前の記者会見で、熊本、阿蘇、大分へと北東方面に拡大していく地震現象について「広域的に続けて起きるようなことは思い浮かばない」と述べ、観測史上、例がない事象である可能性を示唆。「今後の(地震)活動の推移は、少し分からないことがある」と戸惑いを見せた。”とあった。

湯布院や別府市でも地震が発生した。震源は熊本→阿蘇→由布→別府へと移動し、一方では宇土市の方向へも広がっている。阿蘇山も初期的な噴火活動を開始したことが観測された。

とにかく本震発生の16日1時25分以来殆ど5分〜10分おきに余震が頻発していたのには驚かされた。

最悪、熊本〜阿蘇〜別府を走る大断層地帯を境に九州が北と南に2分されるのではないか???  と感じたほどであった。

阪神淡路大地震の地震波形には、一般的な初期微動波形が全く存在せず、突如本震波形が発生しており、人工地震/地震兵器ではなかったか? と疑う人達も結構居られる。

話は変わるが、ここ一週間ほど落合莞爾著『天皇とワンワールド』を読み返した(4回目)。

この本の15ページに
“もはやご存知の方も多いと思われる気象・地震兵器のことです。日本の官僚機構は、HAARP(高周波活性オーロラ調査プログラム)に因るさまざまな現象を一括して「異常気象」と呼んで済ませようとしていますが、地震・噴火はもとより大型旅客機の空中消滅やヘリコプターの墜落が「異常気象」で済むわけがなく、地震学会と気象学会の間で、責任を相手に押し付けあう対立が始まりました。”
と記載されておりました。。。。

HARAMONIESハーモニーズ
http://blogs.yahoo.co.jp/rocket_bus_company  というブログがあります。
内容の真偽のほどを確かめる術を持ちませんが、HAARPによる人工地震を言及しているブログです。
・熊本地震の前日、日本を覆う巨大電磁波
http://blogs.yahoo.co.jp/rocket_bus_company/68081398.html
“熊本地震が起きる前日の夕方、日本列島全体を襲う巨大電磁波がMIMICSのマイクロ波衛星画像に捉えられています。明らかに日本をターゲットにしたもので、14日の地震の事前準備ですね。

いわゆるHAARP方式により地層を「柔らかく」する目的での照射であって、その後、地下核爆発により起爆して断層がズレるようにすれば、容易に人工地震を起こせるわけです。

東日本大震災以来、5年間にわたってこのレベルの大地震は起きていませんでしたから、日本が人工地震によって攻撃されている事実と、その裏側にある黒い意図に、眠れる日本国民が気付く良い機会になって欲しいと思います。“・・・という記事がありました。

・阿蘇大橋は故意に破壊された
http://blogs.yahoo.co.jp/rocket_bus_company/68082501.html
という記事もありました・・・ご参考まで。。。


気になるニュースチェックします・・・というブログの
“HAARP東日本大震災は自然災害ではない2014-05-07 10:05:42”
http://ameblo.jp/midre/entry-11843830783.html
から引用させてもらいますと。。。
〜〜〜引用開始〜〜〜
今日はちょっと不思議なお話をしてみます。
日本は地震国ですね、阪神大震災や東日本大震災ほんとに怖いです。
この地震ですが、なぜかある特別な日に起きているんです。

それは、土日や祝日です。
株式市場が休みのときに起こることが、なぜか圧倒的に多いのです。
つまり株式売買に日本が参加できないときです。
不思議ですね。

1995年1月17日  阪神大震災 連休明けの火曜日
            前日の16日は、成人の日の振り替え休日
            地震が起きたのは、株式市場が開く3時間前でした。
2003年7月26日  土曜 宮城県北部地震
2004年10月23日 土曜 新潟県中越地震
2005年3月20日  日曜春分の日 福岡県西方沖地震
2005年8月16日  お盆休み 宮城県沖地震
2007年7月16日  祝日海の日 新潟県中越沖地震
2011年3月11日  金曜 東日本大震災

偶然と考えればそれまでですが、不思議だとは思いませんか?
地震の際には、どういうわけか特定の株が理由なく高騰することも明らかです。

HAARPハーブとは、正式名を高周波活性オーロラ調査プログラムといいます。
一応、高層大気、電離層、電磁波、宇宙環境などの研究機関です。
米アラスカ州にあります。

この施設には、人口地震を起こす能力があるとされています。
元ミネソタ州知事ジェシー ベンチュラは、東日本大震災は
HAARPによって引き起こされたと述べています。
気象操作にも利用されたといいます。
この兵器は正式に存在します。
1997年に環境改変兵器禁止条約というものが締結されています。

ベトナム戦争では、ポパイ作戦の名の下、人口降雨が使われました。
民間レベルで気象操作が可能なら、気象兵器が存在しないとは言えない。
HAARPが人口地震を起こした可能性がないとは言えない。

1944年米軍は対日攻撃のため、核兵器を海底のプレートに植え込むことで
地震と津波を発生させる計画シュミレーションを繰り返していました。
ニュージーランドの実験では、30メートルの津波を起こさせることに成功していた。

1944年、1945年日本の太平洋岸を大きな地震が襲い
それぞれ数千人が犠牲になりました。
このとき米軍の目標であった三菱重工業や中島飛行場の工場が
破滅的な打撃を受けました。

どうして福島だったのか

福島原発3号機は、極秘のうちにプルトニウムが使われていた
プルサーマル発電でした。
日本の科学技術は、一週間もあれば核兵器を8000発
作る能力があると海外ではみているのです。

一般の日本人は思いもよらないが、世界ではそう思っています。
そんな日本を海外では、恐れているのです。
だから日本国民が消滅するような、日本国家の機能が失われるような
被害を出さなければならない。

東日本大震災は、日本海溝あたりの海底で核爆発を3連発連続させて
起こされた地震テロでした。
地震は自然災害とほとんどの人が思っています。

2012年3月17日JCOMテレビ配信の米国ヒストリーチャンネル
サイエンスフィクション番組で、3・11以降HAARPを取り上げました。
この番組は3・11事件より以前に米国で製作されました。

HAARPから発信される電波を電離層で反射させて、地震多発地帯に
照射するとHAARP電波の低周波成分が、地球内に侵入して不安定地層を
共振させたとき、地震が起きると解説しています。

またHAARPによって現実に地震が起きた実例も紹介しています。
また、航空機で大気中にヨウ化銀を大量散布し、そこにHAARP電波を
あてると人工的に雨雲を作れるという。

これはベトナム戦争のとき、ベトナム上空で実験し洪水を起こすことに
成功しポパイ作戦と呼ばれました。
HAARPは台風の進路もコントロールできます。

大きな台風が続けざまにやってきたり、いつまでも動かなかったり
尋常ではない被害が起こりましたね。
例年なら台風は、秋ごろと考えるのにこの頃では
季節に関係なくやってきます。
人が気象災害を操作しているなら、いつどんなときにやってくるのか
どれくらい頻繁に起こされるのかほんとに
恐ろしくなります。

タイでの洪水では、日本企業は工場地帯が直撃されましたね。
このように自然災害で起こると考えられる大きな、地震、津波、洪水、台風などが
実は人口的に起こされていると考えます。

HAARPは、大気圏外で用いられる大量破壊兵器です。
〜〜〜引用終わり〜〜〜


では、双子の赤字に悩む米国はどのようにして巨額のHAARP研究開発費を捻出したのであろうか???

答えは、ヤマちゃん日記2015年12月31日 ”プラザ合意に秘められた日本国富収奪の罠“
http://yamatyan369.seesaa.net/article/431903527.html
に記載した。この内容は、落合莞爾著『〜地球経済の管理者たち〜金融ワンワールド』からの引用である。


落合莞爾氏は著書「日本教の聖者西郷隆盛と天皇制世界主義」から引用しますと、

〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
“上空に向けて照射された電磁波が電離層で反射して地球に戻り、地殻深部にある水分子を振動させれば、電子レンジの原理で、温度が上昇するため地下水は膨張します。熱膨張による爆発力の凄さは、銀杏を電子レンジで加熱してみれば容易に実感できます。その爆発力が活断層に作用すれば大地震が起こる原理は、素人でも理解できるのではないでしょうか。同様に、電離層で反射した電磁波により海面水が振動して熱膨張すれば、当然サイクロンヤハリケーン、タイフーンが発生します。「地震・台風に限らず、大雪・旱魃その他の異常気象もHAARPによるものが多い」との見方を一概に否定する論説は、それこそ根拠がありません。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

電子レンジの原理を老婆心ながら申し上げると・・・水分子は回転運動をします。水分子の回転運動の周期は電磁波のマイクロ波の振動周期と同じです。したがって、水を含む食物にマイクロ波を照射すれば、食物中の水分子はマイクロ波のエネルギーを吸収してその回転運動を促進加速するので食物中の水の温度が上昇します。よって加熱された水を含む食料も間接的に加熱されることになります。


では何故、日本は地震攻撃を受けるのでしょうか???

ヤマちゃんおやじは次のように感じています・・・これは他人の受け売りではありませんが、過去1年間にリアル・インサイト等から入手した新しい情報を総合して得られた答え(感触)です。。。

日本だけが近い将来世界を平和にする役目を負っているからです。
日本しかこの尊い役目はできません。

多くの日本人は、日本に課せられたこの崇高な役割に気がついていないようです。
この大事な役割に日本人が気がつかないように、日夜洗脳されているからなのです。

世界平和が到来すると困る勢力がいます。

かれらが日本を滅ぼそうと躍起になっているものと思料します。

阪神淡路大震災、東日本大震災、今回の熊本大震災etc・・・
日本はアジアを侵略し悪いことをした、外国人を性奴隷にしたetc・・・・
日本人を世界の悪者に仕立て上げれば、もはや世界平和は実現しない!!!

日本人がこの悪しき洗脳から脱して、真の日本人の価値観(支配ではなく共生する)、歴史、秘められた使命に気がつけば、世界平和はようやく実現するものと思われます。
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2016年04月09日

また聞きですが、4月9日弟見山のカタクリの花は7分咲き

<4月9日(土)>

久し振りに大規模林道から高羽ヶ岳に登った。
登山道の笹の生え具合を確認する意味も有った。

早くも笹が登山道に生え始めていた。
1,2ヶ月以内に笹刈が必要と思われた。

山頂ではアマチュア無線を楽しむ若者2人とであった。
物見ヶ岳から高羽ヶ岳を経て道の駅長門峡へ帰るというので、安全な尾根コースの存在を教えてあげた。

時間があったのでシャクナゲ尾根・谷コースの様子を見に行った。
国道315号線脇の広場に駐車して、歩いてシャクナゲ尾根・谷コース登山口へ向った。


<弟見山の肩の部分ではカタクリの花は7分咲き>

今日は休日なので道幅が狭い林道屋敷線を下って帰る登山者の車と出会う可能性があるので、登山口まで歩いて行くことにした。

案の定2台の車が狭い林度を下ってきた。
2台目の車が急に止まったので、運転席を覗くと、何と顔見知りの周南愛山会のお二人であった。

彼らの話では、

弟見山の肩の部分ではカタクリの花は7分咲きであり、花弁も反っていた。

仏峠側はまだ咲いていなかった

・・・とのことであった。


とりあえず 弟見山のカタクリの花速報 として記載しておきました。

谷コースを鞍部直下まで登りそこから引き返した。

帰りに、柚木温泉の売店で『ワサビ、ガニメ漬け=900円=』を買った。
明日から1週間が食べ頃だとのこと。
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2016年04月07日

国連女子差別撤廃委員会委員長は ど左翼弁護士林陽子 即刻罷免を!!!

<4月2日(土)>

この日は終日タラの芽を採って回った。

先ず第一の場所では、高木の先に顔を出しているタラの芽を6、7個採取。
第二の場所は、1kmも歩いて数年ぶりにわざわざ訪れたが収穫はゼロ。
第三の場所でも、高木の先に顔を出しているタラの芽を6,7個採取。

車で1km移動。

第四の場所はタラの木そのものが枯れていた。

車で500m移動。

第五の場所は、全てのタラの芽は枝ごと採取されていたので収穫ゼロ。
第六の場所では、標高差で30mもの崖をよじ登り25、6個採取。
第7の場所では、5,6個採取。

車で1km移動。

12時になったのでセブンイレブンで買ったムスビ2個を食べた。
第八の場所では3,4個採取。

車で1km移動。

第九の場所は、全てのタラの芽は枝ごと採取されていたので収穫ゼロ。

車で2km移動。

第十の場所では、急斜面で3,4個採取。
第十一の場所では、急斜面で3個採取。
第十二の場所では、15個採取。
第十三の場所では、5個。

車で5km移動。

第十四の場所では、全てのタラの芽は枝ごと採取されていたので収穫ゼロ。
第十五の場所でも、全てのタラの芽は枝ごと採取されていたので収穫ゼロ。
第十六の場所で15個採取。

後三箇所ていど採れそうな場所を知っていたが、風邪気味なので切り上げた。

3,4年前までは、訪れた殆どの場所で採れたが、それ以降は枝毎全て刈り取る人がでてきて収穫ゼロの場所が増えた。

いわば落穂ひろいの格好となった昨今ではあるが、一日中かかって90数個採れたのは有り難い限りである。

恐らく今年最後のタラの芽採りかもしれなかったので、ご近所におすそ分けした。

快い汗をかいたのでビール2缶の肴に食したタラの芽の天婦羅は中々美味であった。
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天地の恵みに感謝、感謝、感謝。。。。


<4月5日(火)>


2,3日後には雨が降るという天気予報なので、運動不足解消として近くの山野を歩くことにした。

最近行ったことの無い場所として、佐波川ダム上流の林道を歩くことにした。

この林道は鹿野町飯ヶ岳から南方を眺めた際 山頂付近を横断しているのが気になり、一年近くその存在場所を足で探した結果ようやくその場所を突き止めた経緯があり 毎年2回くらい訪れている。

佐波川ダム上流注ぐ支流に滑川があり、その支流に半五郎川がある。半五郎川に沿っ伸びるは林道は標高670mまで登りその後ほぼ水平に1q程度進みその後下り祖父地区に下る。

山頂の近くをほぼ水平に1q程度走る林道が飯ヶ岳からしっかり眺められたのであった。

佐波川ダム上流にある出合地区の広場(標高200m)に駐車して, 滑川に沿って1.6q程度進むと左手の道に進み、沈下橋を渡ると山神様の社を左手に見送り林道に入る。

昨年この林道を軽四が通過しているのに出会った。しかし今回は週日であり材木を満載した大型トラックが頻繁に通過していたので徒歩にしたのは正解であった。

歩くこと1時間余りで林道最高点(標高670m)に着く。ここから南側の峰続きには標高723mの無名峰があるが、登山道らしきものは無く山頂一帯は笹原に覆われているので登る意欲が湧かなかった。

峠からは北方に飯ヶ岳の雄姿、
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野道山
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もが眺められる。

この方向から眺められる飯ヶ岳は他の山からは余りお目にかからないのでそういう意味ではこの林道歩きは貴重ともいえる。

最高点から新しい林道が東側に分岐しており、トラックはこの林道から出入りしていた。
新しい林道を少し進むと、特徴ある十種ヶ峰が彼方に見えたのは初の発見であった。
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この新しい林道の行く先は不明だが、恐らく工事中であろう。

今回は新しい林道を右に見送り水平に走る林道へ進んだ。
この水平道が下りに掛る寸前の所では、鹿野町の石ヶ岳が辛うじて見えた。

これから先は、林道は野父川に沿って下っていく。途中ニッセイの森などの看板があり、植樹が行われている様子だった。

遠くの山も近くの山も、山桜、白いタムシバで染まり春の賑わいを見せていた。
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濃いピンク色の山ツツジも花を咲かせていた。珍しい三つ股の花にも出会った。
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麓の祖父地区に下っていくと、男の子を連れた年配女性にであった。“立派な神社が出来ましたね”と挨拶したら、今までは山の上に神社があり、年配者の登り下りが大変になったので麓に新しく神社(祖父大神宮)を建立したとのことであった。

駐車場所には珍しい桜が満開であった。
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10時頃から15時過ぎまでほぼ歩きづめであり、運動としては十分であった。

入浴後缶ビール2缶を飲んで直ちに就寝。



<国連に巣食う反日左翼弁護士林陽子の罷免署名を!!!>


本年3月8日、国連女子差別撤廃委員会(CEDAW)が日本に関してまとめた最終見解案に皇位継承権が男系男子の皇族だけにあるのは女性への差別だとして、皇室典範の改正を求める勧告を盛り込んでいた ことが判った。

日本政府は駐ジュネーブ代表部を通じて国連女子差別撤廃委員会(CEDAW)に強く抗議し、削除を要請したため、3月7日に発表された最終見解からは皇室典範に関する記述は消えていた。

この皇室典範の改正を求める国連女子差別撤廃委員会(CEDAW)の勧告は、日本の主権を公然と侵すものであり、とても正気の沙汰とは思えない・・・狂気そのものだ・・・裏に何かがある!!! と咄嗟に感じた。


慰安婦問題に関し、本年2月16日に安倍政権は政府代表の杉山晋輔外務審議官をジュネーブで開かれた国連の女子差別撤廃委員会に出席させ、「慰安婦」問題について、強制連行があったとする吉田清治氏の証言を「捏造」「完全に想像の産物」と述べさせ、証言を繰り返し報道した朝日新聞が「誤りを認め謝罪した」ことを説明させた。また、強制連行を確認する資料を見つけることはできなかったこと、20万人というのは女子勤労挺身隊と混同した朝日新聞記者による過ちの数字であること、いわゆる性奴隷という言葉は事実に反する、と証言さた。

にもかかわらず本年3月6日、国連女子差別撤廃委員会(CEDAW)は、日本政府代表の杉山晋輔外務審議官による事実誤認説明を無視し、従来の誤った慰安婦認識を踏襲することで、中国や韓国の思惑を重視し日本政府の証言を一顧だにしない姿勢を明確に示したのです。

この国連女子差別撤廃委員会(CEDAW)は一体何をしているのか???

大きな疑問が生じた。


3月中旬にヤマちゃんおやじは、国連女子差別撤廃委員会(CEDAW)をネットで調べてみた。


何と 国連女子差別撤廃委員会(CEDAW)委員長は日本の林陽子弁護士 だったのだ!!!

一体弁護士林陽子とはいかなる人物か????

ネットで調べると、弁護士林陽子がとんでもない人物であることが判明した。

林陽子弁護士は2008年1月に、国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)の委員にご就任した。日本弁護士連合会(日弁連)はこれを祝し林陽子弁護士へのインタビューを行った。

このインタビューで林陽子弁護士は『1987年から1988年まで英国ケンブリッジ大学大学院に留学し、さらに女性の権利についてヨーロッパにおける議論状況、その知的伝統に触れることができました。帰国後の80年代後半から10年ほどは、Asia Pacific Forum on Women Law and Development(APWLD)の運営委員を務めました。これはナイロビで開かれた世界女性会議で作られたNGOのネットワークで、スリランカやインド、フィリピン、タイなどアジア諸国で開催される会議に毎年出席しました。

日本からは、故松井やよりさん(ジャーナリスト)と私が委員をしており、松井さんからはアジアの女性運動について多くのことを学びました。APWLDは、「女性に対する暴力特別報告者」として有名なラディカ・クマラスワミ氏や、人権擁護者(human rights defender)に関する国連事務総長特別代表だったヒナ・ジラニ氏もメンバーで、CEDAWのアジア各国の委員を数多く輩出しています。』と語った。

林陽子弁護士とともにAPWLDの運営委員を務めた“松井やより”はバリバリに反日左翼活動家としてつとに有名であった。

松井やより は朝日新聞編集委員を退職後平成12年(2000年)12月、自らが代表を務めるNGO極左組織「戦争と女性への暴力 日本ネットワーク」(略称、バウネット・ジャパン)の主催で 、日本軍性奴隷制を裁く「女性国際戦犯法廷」と称する劇を開催し、昭和天皇を被告にして裁判を行ない、昭和天皇に強姦罪による死刑を宣告した。「女性国際戦犯法廷」はNHKで放映され、朝日新聞で繰り返し報道されたので、ほとんどの日本人が知らないうちに特に海外で「日本軍には性奴隷制度があった」という事実に反する主張が宣伝された・・・という経緯がある。

このように 松井やより は札付きの極左活動家であり、この松井やよりを師と仰ぎ尊敬する林陽子弁護士もバリバリの左翼活動家と容易に断定できる。

国連女子差別撤廃委員会(CEDAW)委員長の林陽子弁護士は反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)の顧問も兼務している。

反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)役員一覧
理事長
武者小路 公秀 北朝鮮が最も信頼する反日左翼文化人

副理事長
組坂 繁之 部落解放同盟中央執行委員長

専務理事
西島 藤彦 部落解放同盟中央書記長

理事
中澤 勇夫 公益社団法人全国人権教育研究協議会代表理事

稲葉 奈々子 上智大学教授、移住労働者と連帯する全国ネットワーク

根本 昌廣 『同和問題』にとりくむ宗教教団連帯会議議長

奥田 均 部落解放人権研究所
加藤 忠 社団法人北海道アイヌ協会理事長

金 秀一 かながわみんとうれん事務局長
申 惠丰 青山学院大学教授
加藤 良輔 日本教職員組合中央執行委員長

北口 末広 部落解放同盟中央副執行委員長
福地 曠昭 沖縄人権協会理事長
山岡 尚哉 東京人権啓発企業連絡会理事長

顧問
林 陽子 弁護士


監事
中山 武敏 弁護士
片岡 明幸 部落解放同盟中央財務委員長

さらに、『反差別国際運動日本委員会』と『部落解放同盟中央本部』の所在地は同じ。

反差別国際運動日本委員会の役員構成からわかるように、反差別国際運動日本委員会は日本の反日左翼陣営の中心勢力の一つである部落解放同盟の中枢部と日教組幹部から構成されているれっきとした反日左翼勢力であることが判明した。

このような反日左翼の林陽子を女子差別撤廃委員会(CEDAW)委員に推薦したのは外務省だといわれている。
外務省の目は節穴らしい。それとも日本の外(害)務省には国益という概念は存在しないのかもしれない。。。。

日弁連は20年以上も前から国連の場で日本を貶める活動を行っていた。

日本弁護士連合会(日弁連)は1992年から1997年3月まで戸塚悦朗弁護士を海外調査特別委員に任命して国連人権人権委員会を舞台にして、存在しなかった“日本軍における性奴隷”という文言を捏造させ世界中に日本を非難する運動を展開した。

詳しくは
2013年11月18日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/380584647.html
『反日左翼勢力日弁連の罪業』を参照されたい。

今回も日弁連所属の反日左翼活動家である林陽子が、性奴隷に加えて皇室典範まで持ち出して国連の場で日本を貶める活動に邁進しているのは許しがたい売国奴行為である。

中国は世界制覇戦略の一環として、日本が如何に悪い国であるかを世界中に宣伝しようと躍起になっている。国連女子差別撤廃委員会もその舞台の一つである。


国連女子差別撤廃委員会の委員長を務める日本人の林陽子弁護士が、中国、韓国と共同して日本を貶めているのは日本国民として許しがたい裏切り行為である。

タイムリーなことに、先日NPO百人人の会というブログで、国連女子差別撤廃委員会委員長の林陽子弁護士の罷免を要求するネット署名の御協力文が掲載れていたので早速ネット署名した。

以下転載いたしますので、ご賛同いただける方々へはネット署名をお勧めいたします。


〜〜〜〜〜転載開始〜〜〜〜〜

慰安婦問題・皇室典範問題
日本政府に不当な見解を出した国連女子差別撤廃委員会の林陽子委員長(日本弁護士連合会)のリコールを求める署名にぜひご協力を!


<署名主旨

 本年3月に国連女子差別撤廃委員会が日本政府に出した慰安婦問題に関する最終見解は、日本政府の説明を一切無視した、これまでの認識と何ら変わらない一方的なものでした。さらに見解案では「皇室典範」についても触れ、それが女子差別にあたるとして改定を求めるという考えられない記述がありました。日本の国体・伝統・文化をないがしろにした暴挙とも言えるこの所行は、日本国民として到底受け入れられるものではありません。
日本弁護士連合会は国連協議資格NGOである立場を利用し、これまで国連の場で長年にわたり反日活動を続けてきました。そして外務省は、この左翼NGO団体ともいうべき日弁連に属する林陽子氏を同委員に推薦した経緯があります。今回、同委員会から極めて不当な意見書が出される事態となった責任は外務省にもあると言わざるを得ません。
 よって私たちは、外務省に対して林氏のリコールを求めるのと同時に、今後、国連にまともな人材を推薦することを求めて行きます。多くの皆様のご協力をお願い申し上げます!

ネットからの署名はこちら → ウェブ署名はこちらから

用紙のダウンロードはこちら → 用紙ダウンロード

*署名は6月末締切りです

この件に関するお問い合せ先:慰安婦の真実国民運動 事務局 
(電話)03-6912-0047 (メール) ianfu-shinjitu@tsukurukai.com



慰安婦の真実国民運動国連活動報告会

井上が転送します。国連の「女子差別撤廃委員会」は日本政府に対してフザケた勧告を出し続けてゐます。
それもその筈、なんといつの間にか札付きの反日女が委員長に就任してゐました。このトンデモ女を辞め
させるためのネット署名に御協力ください。↓


慰安婦の真実国民運動HP(http://www.ianfu-shinjitu.jp/LMC/?p=1620


拡散もよろしくお願ひします。

〜〜〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜〜〜

弁護士の方々には立派な方が多数居られます。

しかし日本弁護士会の上層部は反日左翼の塊です。

独断で政治活動を推し進める日本弁護士会の上層部は、弁護士から訴えられております。

反日左翼思想にまみれて国内外で公然と日本を貶める活動に邁進している日本弁護士会の上層部は糾弾されてしかるべきです。。。
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2016年04月01日

北朝鮮でもツンボ桟敷置かれた日本

<3月29日(火)>


夜、リアルインサイト主催の無料web口座『2016世界の大転換と日本の役割』を視聴した。

エピソード1、エピソード2、エピソード3、エピソード4の総括版であった。

エピソード1及びエピソード2の概要は本年3月18日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/435096086.html
に記載した。

エピソード3の概要を以下に記載する。

<エピソードV:支配者の逆襲> 元公安調査庁第2部長 菅沼光弘氏
〜世界の裏金が流れ込む驚愕に新天地=北朝鮮=〜

☆ 世界中のメディアが 北朝鮮=ならず者国家と宣伝する理由は?
☆ 北朝鮮の核に関する六者会議の欺瞞とは?
☆ 何故北朝鮮が新天地なのか?
☆ 北朝鮮に熱い視線を送る者たち
☆ 日本人だけが知らない北朝鮮の実態

2002年小泉首相が北朝鮮を訪問し朝鮮労働党総書記金日正との日朝首脳会談後ピョンヤン宣言に署名した。宣言では、日本側が過去の朝鮮併合に対し、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明し、過去の清算に関しては互いに請求権を放棄し、代わりに、国交正常化後の無償資金を始めとする幅広い経済協力を実施する旨を約束した。

この直後米国の大統領特使ケリーは北朝鮮を訪れ北朝鮮は核開発を行っていると非難した(核疑惑)。北朝鮮は米国との間でプルトニューム濃縮を実施しないという協定を結んでこの約束を守っていたが、ウラン濃縮に関しては両国間で協定は存在しなかったにもかかわらず、ケリーは北朝鮮の核疑惑をぶち上げた。ケリーによる北朝鮮核疑惑によって日本と北朝鮮との国交正常化は不可能になった。

2003年北朝鮮の核開発阻止の為に六者(米、中、ロシア、韓国、北朝鮮、日本)会談が発足し、核、ミサイル、拉致問題解決を六者間で取り扱う事となった。この六者会談の共同声明には、貿易、投資、エネルギーなどの経済面では協力推進するとあった。


この直後から中国とヨーロッパ各国からの北朝鮮投資は激増したが日本だけが蚊帳の外におかれたままであった。

英国もヨーロッパ諸国も北朝鮮に大使館を設けている。米国は連絡所を設けている。日本は北朝鮮には大使館も連絡所も持っていない。北朝鮮にはAP通信のピョンヤン支局もある。

これは米国、欧米、中国が、日本が北朝鮮と国交回復し日本の資金で北朝鮮が経済成長して日本の経済圏の入ることを恐れ邪魔した・・・というのが北朝鮮の核に関する六者会議の欺瞞であった。

日本だけがメディアが流す“北朝鮮ヤクザ国家説”に洗脳されているが、他国は夫々の国益の為に積極的に北朝鮮に進出している。

2005年マカオにあるバンコデルタ銀行の北朝鮮口座が米国の愛国者法によって凍結されたのを機に、北朝鮮は英国のシティと連携して世界中から北朝鮮への投資窓口を作った。

北朝鮮政府の出資を受けているコーメット社の株式がロンドンの証券市場で上場された。

北朝鮮には中東・アフリカにも太い人脈がある。アフリカで独立を勝ち取ったゲリラ幹部の多くは北朝鮮ピョンヤンのゲリラ教育機関の世話になったからだ。

北朝鮮のノドン、テポドンミサイルはエジプトから提供されたスカッドミサイルを分解しリバースエンジニアリングによって改良進化させたもの。

中東戦争でイスラエルと戦ったエジプトにはロシアからミグ戦闘機が援助されたが、エジプト人パイロットは使い物にならなかったので、北朝鮮から優秀なミグ戦闘機パイロットがエジプトに派遣されてイスラエル空軍機と戦った。エジプトは北朝鮮に感謝してスカッドミサイルを北朝鮮に提供した。


米国が進めたFACTAによるタックスヘイブン撲滅作戦によって、世界中のアングラマネーは活躍の場を失いつつある。世界中で動乱を撒き散らすグローバリストもタックスヘイブン経由でテロ勢力に資金提供してきた。

ロンドンシティをはじめ一部のタックスヘイブンは、米国が進めるFACTAによるタックスヘイブン撲滅作戦にしたたかに抵抗している。

金融面でロンドンシティと連携する北朝鮮が、行き場のなくなったアングラマネーの受け皿になる可能性は決して否定できない。

これはテロ蔓延による世界的政情不安きっかけにして世界支配を狙うグローバリストが、ロンドンシティ、北朝鮮と組んで進める国家に対する逆襲といえる。

日本の隣国北朝鮮に関してもメディアの洗脳によって何も実態を知らない日本こそ激動する世界の中で進路を誤る可能性が極めて高い。

日本も世界もメディアはグローバリストの支配下にある。


しかし明るい光も少し見え始めて来た

昨年リアルインサイトが有志(現行メディアによる洗脳に不満を持つ有志)から集めた資金だけを元に、グローバリスト(国際金融資本)に支配されないメディア活動を始めた。

歴史の基本ルールは“follow  the money” 『金の出所を追えば真の歴史がわかる』
だ。


いずれにしても、リアルインサイトからの情報はそういう意味で極めて貴重な情報だと想います。

明治維新で金の無い坂本竜馬に金を出した者を追えば明治維新の真相がわかる!!!

土佐藩脱藩者であった坂本竜馬に金を出した者は長崎のグラバー邸で有名なグラバーだ。グラバーの身元を洗えば、明治維新の胴元がわかる。そこにはロンドンシティの世界戦略があった。。。。

我々は『坂本龍馬ら薩長土肥の若い志士達があの壮大な明治維新を成し遂げた』と教育洗脳され、誰もそれを疑わない。大歴史作家とされる司馬遼太郎も“坂本竜馬”という小説でグローバリスト(国際金融資本)のお先棒を担いだ。

この司馬遼太郎という三流小説家はいたる所で嘘の害毒を垂れ流したことは、一般には余り知られていない。


エピソード4、総括版のさわりは別途記載の予定。
エピソード1〜エピソード4を15000人の方々が視聴されたといわれている。

仲間が益々増えますように!!!!


<3月31日(水)>


午後選抜高校野球決勝戦智弁学園(奈良)対高松商(香川)をテレビ観戦した。

両校の息詰まる熱戦で延長戦となり智弁学園(奈良)が延長11回裏劇的なさよなら勝ちで春の全国優勝を果たした。いずれも実力は伯仲しておりどちらが優勝してもおかしくない試合だった。

両校のファインプレーが続出するなかで、延長11回裏無死で智弁学園先頭打者のライト線ギリギリの長打コースに飛んだライナー性飛球を高松商右翼手が超ファインプレーで好捕した。これで流れは高松商に傾いたと思われたが、智弁学園の次打者が信念のヒットで出塁した。その後センターオーバーの2塁打が出て本塁でのクロスプレーがあったが辛うじてサヨナラ勝ちとなった。

いずれにしても、重苦しいプレッシャーが掛る中で萎縮することなく溌剌とプレーした選手諸君は凄いと思った。


<男子フィギュアスケート羽生結弦選手の失敗を狙うデニス・テン選手>

産経ニュース3月31日12時50分
http://www.sankei.com/sports/news/160331/spo1603310014-n1.html
によると

“”フィギュアスケートの世界選手権で男子の羽生結弦(ANA)が30日、ボストンの練習リンクで自身の曲をかけた練習中にデニス・テン(カザフスタン)に進路に入られ、緊張が走る場面があった。テンのマナー違反は明らかで、羽生陣営は日本スケート連盟にテン側への注意喚起を要請した。
 曲をかけた練習では、周りの選手は進路を譲るのが礼儀だが、テンがリンク中央でスピンを続け、羽生の進路を妨害する形となった。羽生は「それはねえだろ、おまえ」と声を荒らげ、直後のジャンプで転倒すると壁を強くたたいた。29日の練習でも、2人は進路が重なる場面があった。(共同)“”とあった。
以前別の会場で羽生結弦がリンク上で転倒した際、デニス・テンが羽生結弦をめがけて疾走してきた事件もあった。
デニステンが羽生の進路を2回も妨害したのは故意としか思えない。
デニステンの国籍はカザフスタンだが、デニス・テンは抗日運動の英雄の子孫でキムヨナのオール・ザット・スポーツと 契約している・・・との情報があった。

かって羽選手は中国の国際大会の練習時 中国選手から激突され負傷させられた。当方の直感ではあるが、これは故意であったと思う。

シナ(中国)人と韓国人は恥というものを知らない。
欧米人も彼らとほぼ同様であるが・・・・不正行為を一応隠そうとする習性がある。

シナ(中国)人と韓国人は目的の為ならいかなる不法行為であっても恥じることはない。

しかし、日本人とロシア人には“恥を知る”という文化がある・・・といわれている。

賢明にも福沢諭吉翁は、日本はシナ(中国)と韓国とは深く付き合うな・・・と注意された。

しかし何故今でも 日本で日中友好がしつこく叫ばれるのであろうか???

大いなる疑問であるが、大体その理由が判った昨今ではある。
posted by ヤマおやじ at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする