ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2015年12月31日

プラザ合意に秘められた日本国富収奪のワナ

<12月28日(月)、29日(火)>

正月に暇つぶしネタとしてインターネットから購入した落合莞爾著『〜地球経済の管理者たち〜金融ワンワールド』が到着したので2日間で一気に読んだ。

最近買った『天皇とワンワールド』、『日本教の聖者・西郷隆盛と天皇制社会主義』の3回購読が終わっていないにもかかわらず、新しい読書を始めるのは後ろめたいが、どうしても読みたい衝動に駆られた。

大筋は当方が抱いていたワンワールド勢力の仕業との共通点が多少あったものの、『〜地球経済の管理者たち〜金融ワンワールド』の方が数千倍も濃い内容であった。

いずれにしても浅学菲才の当方が書評をものすなどの行為は非礼のそしりを免れない。
上記三冊を少なくとも5,6回読んだ後にはじめて、具体的な読後感が得られるであろう。


<金融ワンワールドによる脅威の巨大プロット>

『〜地球経済の管理者たち〜金融ワンワールド』を読んで大きな衝撃を受けた内容の一つを以下におおまかに記載しておく。

<プラザ合意に秘められた日本国富収奪のワナ>

日本で1990年に発生した株式大暴落は欧米金融資本家連合によって人為的に発生させられた詐欺事件ではないか?とヤマちゃんおやじは疑っていた。その辺の事情は2007年11月21日のヤマちゃん日記
の<バブル崩壊・雑感>に、1990年の日本株式大暴落(1989年の大納会(12月29日)に最高値38,915円87銭を付けたのをピークに暴落に転じ、1990年10月1日には一時20,000円割れと、わずか9ヶ月あまりの間に半値近い水準にまで暴落した)は通常の経済現象ではなく欧米金融資本によるバクチの仕掛けではないか?・・・と言う記事を具体例な根拠を挙げて記載していた。

『〜地球経済の管理者たち〜金融ワンワールド』には、日本で1990年に発生した株式大暴落に関して驚くべき企み(仕掛け)のカラクリが記載されていたので以下に引用しておく。



〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜

――――その後、経済評論及び歴史研究に余生を見出したわたし(落合莞爾氏)は、平成17年になって、プラザ合意の真相をその筋から教わりました。以下の通りです。
米軍が1968(昭和43)年に作成したHAARP計画は先送りされてきたが、1980(昭和58)年の米議会はカーター大統領のもとで、HAARP計画の基礎費用として2500万ドルを可決し、予算の実行成果を約束した。見返りは、HAARP計画をマンハッタンサイズで北極圏に作って、電磁波の備蓄場とし、全米エネルギー需要のコスト・ゼロの達成と定めた。軍と科学者はレーガンに冷戦構造を解消させる手柄を見返りにして、HAARP資金として日本の金を収奪する作戦に着手する。それがプラザ合意であった。――――

HAARP計画については、大手マスコミは全く報道せず、インターネットで検索する以外にはありませんが、本稿はこれにはタッチしません。ともかく上記情報を分析すれば、プラザ合意とは、各国の協調介入でドル高を潰し、その結果円高になった日本を困らせて「円売りドル買い」という反対行動に追い込み、過剰流動性を強制してバブルを発生させる意図に行われたもの、と観るべき筋合になります。

そこで地価高騰から狂乱株価となった日本に、日経225株価指数の先物取引を創設して、大蔵省の指導で生保はじめ機関投資家に買わせ、反対に外資系証券会社にこれを売らせて、外人売り邦人買いのポジションを作り、平成2(1990)年の三重野暴落によって、一挙に国富をレーガンに贈呈したわけです。日本のバブルの崩壊で得た資金を、レーガンはHAARP計画に回します

ここで思い出すのは、レーガン大統領が1983(昭和58)年3月23日に突然言い出した「スターウオーズ作戦」(SDI)です。SDIは、「アメリカや同盟国に届く前にソ連のミサイルを迎撃」し、「核兵器を時代遅れにする」手段の開発を呼びかけたものでした。

SDIが実現すれば核戦略におけるアメリカの優位が確立するため、東西の緊張が高まりましたが、当時のソ連にはもはや軍拡競争を行う経済力がなく、ゴルバチョフは軍拡路線を放棄したので、第三次世界大戦(米ソ冷戦)の終結とソ連の崩壊が実現しました。

まさに人類の歴史の流れ変えたSDIですが、発表された軍事技術にソ連を崩壊させるほどのインパクトを感じないのは、私(落合莞爾氏)の偏見でしょうか。私は、SDIには公表されない本当の「スターウオーズ作戦」があったと観ています。すなわち、HAARP計画です。

地球社会を根本からコントロールしているのは、このような巨大な計画なのです
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

ヤマちゃんおやじにとっては、以下の2点で目から鱗であった。
@平成2(1990)年の日本株式大暴落の伏線としてのプラザ合意の存在(深慮遠謀)
A米国が日本から収奪した巨額資金がHAARP計画の実行に使われた

話は変わるが、HAARP技術は、地震兵器、気象兵器としても利用される可能性がささやかれている。
2011年3月11に発生した東北大震災には、不思議なことがある。
@従来の地震には必ず見られた初期微動が無く、突如本地震の大きな振動が発生した。
 即ち地震波形従来のものと大きく異なっている。人工地震ではないかと疑われている。
A東北大震災救援の米軍による ともだち作戦 に参加した米原子力空母ロナルド・レーガンが、地震発生時何故か日本の近くにいた。報道では韓国へ向う任務の途中であったといわれている。米原子力空母ロナルド・レーガンが派遣されるほどの危機が当時のに韓国近辺にあったような記憶がないが・・・

急激な円高を招き日本の国益を圧倒的に損ねることになったプラザ合意に関しては、当時の内閣総理大臣・中曽根康弘、大蔵大臣・竹下登、日銀総裁・澄田智らは、日本がアメリカの赤字解消のための為替操作を容認した対米妥協策くらいに考えていた。しかし、金融ワンワールドは日本から巨額の金を収奪することを最終目的にしていたのだ。

マア、日本の政治家や役人どもがいくら想像力を駆使して逆立ちしてもワンワールドの悪智慧には遠く及ばないことが上記から一目瞭然である。増して、一般庶民をや・・・・

更に話しが飛ぶが、最近の低オイル価格の継続現象が不思議とは思われませんか?
報道では、米国のシェールガスを駆逐する作戦だといわれているが、真相は別にあるのではないか????

単なる勘であるが、もしかすれば石油や天然ガス、石炭などの化石燃料を不要にする画期的な技術(フリーエネルギー技術)が実用化される直前になったのかもしれない。

最近、世界で石油を牛耳る米ロックフェラー財閥のトップが、今後はオイルビジネスでは儲けない・・・というような発言をしたらしい。。。

ひょっとすれば、2016年は後世からみれば歴史的転換の年になるかもしれない・・・・


<平成27年を振り返って>

1.最も大きい出来事は、落合莞爾秘史に出会ったことだ。
  落合莞爾秘史を知るきっかけはリアル・インサイトの有料会員になったことだ。

年金暮らしの当方にとって、リアル・インサイト有料会員年会費5万円は清水の舞台から飛び降りるに匹敵したが、落合莞爾秘史だけでもそれだけの価値はあったと実感している。

2.体力的に衰えが一層進んだ。
  皮膚病が中々治らず、終に医者に通うはめになった。

3.高羽ヶ岳尾根ルートを開設した。
このルートは2万5千分ノ一の地形図では破線で示されているが、本年4月末までは人跡まれな道無き道であった。ところがそれ以降地籍調査による尾根筋の笹刈が512m付近まで行われたのを契機に、当方が678mピークから林道たたら線終点までの尾根コースを整備して本年5月10日に開通に漕ぎ付けたものだ。

より具体的には、
4/11、4/16、4/18、4/22、4/27、5/1、5/5、5/9、5/10、5/13,5/15、6/17、7/30、7/31、8/15、8/18、10/7、10/16、10/21、10/26、10/28、10/31、11/29,12/5、12/13:計25日の整備作業



4.既存ルートの整備
一昨年5月末に開設した莇ヶ岳・シャクナゲ尾根コース;昨年開設した大平山牧場〜綾ヶ峰〜堀溝林道コース、大平山牧場〜林道仏峠線〜607mピーク〜(周南)展望所コース、大平山〜555mピーク〜大谷山(真尾)〜牟礼峠コース、矢筈ヶ岳・一の瀬コース、矢筈ヶ岳・牟礼峠コース他のメンテナンスも行った。

より具体的には、
・莇ヶ岳・シャクナゲ尾根コース:3/28、4/25、5/21、6/23、6/27、8/29、9/11、9/14
・大平山牧場〜綾ヶ峰〜堀溝林道コース:1/20、1/24、1/27、2/15、2/17、2/18、8/5、3/14、3/21、   3/22,6/4、9/5、9/8
・大平山牧場〜林道仏峠線〜607mピーク〜(周南)展望地コース:5/28、6/6、6/13、6/17、
・大平山〜555mピーク〜大谷山(真尾)〜牟礼峠コース:1/13、1/16、1/18、5/28、6/17、7/28、     9/28、11/19
・矢筈ヶ岳・一の瀬コース、矢筈ヶ岳・牟礼峠コース:5/26、12/18、12/20、12/25
・飯ヶ岳:9/19
の計37日

5.常盤公園ボランティア活動
 昨年に引き続き9:00〜12:00 計14回 仲間6人と共同で実施した。

6.山行
1/5  大平山周辺600m級3峰
3/8  一の瀬〜矢筈ヶ岳〜牟礼峠〜綾ヶ峰〜607mピーク〜(周南)展望地〜大平山〜大谷山(真尾)〜牟礼峠〜矢筈ヶ岳一の瀬
4/4  大平山〜林道仏峠線〜607mピーク〜(周南)展望地〜607mピーク〜綾ヶ峰〜大平山
4/25  林道屋敷線〜弟見山〜莇ヶ岳〜シャクナゲ尾根コース〜林道屋敷線
5/28  奥匹見峡
5/31  男池〜平治岳〜男池
6/17  道の駅長門峡〜林道たたら線〜高羽ヶ岳沢コース〜高羽ヶ岳〜687m峰〜高羽ヶ岳尾根コース〜林道たたら線〜道の駅長門峡
6/21  林道屋敷線〜弟見山〜莇ヶ岳〜シャクナゲ尾根・谷コース〜林道屋敷線
7/11  ゴキの里〜安蔵寺山〜伊源谷コース〜三段滝〜三葛〜上畑トンネル〜ゴキの里
8/3   道の駅長門峡〜林道たたら線〜高羽ヶ岳沢コース〜高羽ヶ岳〜687m峰〜高羽ヶ岳尾根コース〜林道たたら線〜道の駅長門峡
8/8  周南市湯野〜城山〜望海山〜607mピーク〜綾ヶ峰〜607mピーク〜城山〜湯野
10/4 道の駅長門峡〜林道たたら線終点〜高羽ヶ岳尾根コース〜高羽ヶ岳〜物見ヶ岳〜橋本〜道の駅長門峡周回という縦走コース
10/11 道の駅長門峡〜林道たたら線〜尾根コース〜高羽ヶ岳〜縦走路〜物見ヶ岳〜尾根コース〜相ノ木踏切〜道の駅長門峡 周回コース 
10/18 美祢市 如意ヶ岳
10/19 林道屋敷線〜シャクナゲ尾根谷コース〜莇ヶ岳〜松の木尾根コース〜ブナ林コース〜シャクナゲ尾根コース〜林道屋敷線
10/24 牛小屋〜恐羅漢山〜旧羅漢山〜台所原〜牛小屋、深入山
11/5  大規模林道〜高羽ヶ岳〜大規模林道
11/11 林道屋敷線〜シャクナゲ尾根谷コース〜莇ヶ岳シャクナゲ尾根コース〜林道屋敷線


ヤマちゃんおやじの来年は果たしてどんな1年になるやら????


平成27年ヤマちゃん日記を訪れて戴いた皆様 ご訪問有難うございました。

来年もヤマちゃん日記をよろしくお願いいたします。

来年が皆様方にとってよりよい年でありますように。
posted by ヤマおやじ at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月27日

天海僧正は徳川家康の指導者だった!!!

<12月21日(月)、22日(火)>

落合莞爾著『天皇とワンワールド』の2回目購読に終始した。


< 天海僧正は徳川家康の指導者だった !!! >

天皇とワンワールド』では、余りにも初めて耳にする内容が多すぎてただ驚愕し感心するばかりだった。

浅学非才の当方は、あと数回読み直しても落合莞爾氏が伝えようとする内容を全ては把握できないであろう。

『天皇とワンワールド』の内容に関してあくまでほんの一例であるが紹介する。

天下を統一して徳川幕府を開いた徳川家康は側近の天海僧正に全幅の信頼を寄せていたことは以前から知っていた。天海僧正は江戸幕府の都と定めた江戸において風水をふんだんに取り入れた都市開発設計を行ったことは以前から承知していた。天海僧正は江戸城の鬼門である北東に上野寛永寺を建立し、裏鬼門の南西には増上寺を建て、中心となる江戸城の地下には直径○○センチの黄金の玉を埋めさせた。また江戸城を中心にして渦巻き状に道路・市街地を配置し、その風水配置効果によって江戸城は江戸幕府を倒した明治維新という大革命に際しても、また関東大震災でも、大東亜亜戦争においても無事安泰であったといわれている。

また天皇に代わり自ら皇帝にならんと欲した織田信長を誅した明智光秀が生き延びて天海僧正に化け、徳川家康の天下取りを助けた・・・という俗説もある。

ヤマちゃんおやじにとっては、全国制覇を狙う武将が高位とはいえ僧籍に身を置く天海僧正に全幅の信頼を寄せたこと自体極めて異常なことに思えた。何故徳川家康が天海を側近として重視するのかも不明であった。

ところが落合莞爾著『天皇とワンワールド』によると、以下引用すると

〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
伏見殿邦房親王の引き合わせにより家康の指導者となった天海は、家康に命じて慶長5(1600)年に『関ヶ原の戦い』を仕掛けさせます。
この戦いの真の目的は、イエスズ会にそそのかされた西国大名を一神教から解放するためで、ようするに宗教戦争です。
『関ヶ原の戦い』に勝利した家康に命じて江戸幕府を開かせた天海は、慶長14(1609)年に水戸徳川家を建てて江戸定府とし、実際の幕政運営機関とします。つまり水戸徳川家がウラの江戸幕府だったのです。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

現在までの世界歴史で、戦争やテロの根源はキリスト教、ユダヤ教、イスラム教などの一神教である

一神教では自宗教以外は全て敵と看做し攻撃し、自宗教への改宗を迫るから、争いが争いを引き起こすのである。一神教を奉じる国では、異教徒の奉じる国を攻撃し異教徒国家を征服し改宗させることが神への厚い信仰の証しとなる。異教徒を殺し侵略し征服・改宗させるのは神の御心に応えることになる。イエスズ会はキリストし教を押し立てて世界を侵略する尖兵の役割を果たしてきた。

俗世間では徳川家康の側近とされた天海が実は家康を指図する指導者であった・・・とすれば、家康が天海からの献策を忠実に実行に移したという不可解な謎が一挙に氷解する。

落合莞爾の別著によると、“イエスズ会か鉄砲の火薬を餌にして西国大名を手なつけた”という記載があった。海千山千の戦国大名がおいそれと単なる信仰心に目覚めキリスト教に改宗するわけが無い・・・と怪しんでいたヤマちゃんおやじは、妙に落合説に納得させられた。

落合史観では驚愕の内容オンパレードであるので、残念ながら当ブログで一々列挙できない。

真の日本史に興味をお持ちの方は、落合秘史シリーズを直接お読みになることをお勧めする。


<12月23日(水)>


運動不足対策として午後散歩に出かけたが、結局以前ムカゴが採れた草原に足が向いた。

余り期待していなかったが、茨で覆われた草むらの中にムカゴをつけた蔓が各所に見つかったので有り難く頂戴した。大小400個位採取できた。


<12月25日(金)>


12月20日に訪れた矢筈ヶ岳の新たな眺望スポットをすこし綺麗にして腰を下ろせる仕掛けを作る目的で再び矢筈ヶ岳に登った。

今回は長さ2m余りの高枝剪定鋸を持参することにしたので、久しぶりに最も登り易い敷山コースから登った。敷山城跡から上は結構な急傾斜があり、汗をかかないように休みながら登り林道終点から1時間40分くらいで山頂に着いた。

早速山頂から歩数を数えながら180歩程度石鎚山(一の瀬)コースを下った地点にある新眺望スポットに11時30分頃着いた。

早速視界を邪魔する枝などを除去し、枯れた松を倒し、真っ直ぐな幹の部分を眺望スポットに運び立木を支点にして横に並べて腰掛に流用した。この簡易腰掛に座って昼食のムスビを食った後、最近倒れたとおぼしき高さ250cm位、直径27cm位の松枯れ松の幹が視野の真ん中に残っていたので三回の休みを挟んでどうにか切り倒した。
DSCN1724.JPG <北方の展望>

DSCN1726.JPG <北東の展望>

最近力仕事をしていないのが原因か、さらなる老化進展が原因なのか不明であるが、手足が痺れて動かなくなったので作業を切り上げて、ルートに応急的な案内板を立木に取りつけて下山した。

山頂には『90m先、北方展望スポットあり』とかいた案内板を木に取り付けておいた。
DSCN1728.JPG <山頂の案内板>

DSCN1730.JPG <分岐での案内板>

DSCN1727.JPG <新眺望スポットを示す案内板>

従来の眺望スポットからの景色は全て南側の防府市街方面のものであり、この山頂から90m先にある新しい眺望スポットからは、矢筈ヶ岳では唯一の北方の眺望が得られるので希少価値があると思う。

残るルート整備候補は、大平山〜大谷山(真尾)〜牟礼峠、大平山〜堀溝林道、大平山牧場〜綾ヶ峰〜堀溝林道、607mピーク〜展望地〜605 mピーク〜石砂谷林道、大平山林道仏峠線〜607mピークなどがあるが、来年に整備したい。
posted by ヤマおやじ at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月22日

最高裁の反日左翼売国奴裁判官5人

<ムカゴ採り>

もう新たにムカゴが取れそうな場所を思いつかなくなった。
それでも12月15日(火)と12月17日(木)には午後ムカゴが採りに出かけた。

いずれも手ぶらで帰る寸前にムカゴにありつけた。ダメモトで以前採取した場所に立ち寄ってみたら、取り残したムカゴが結構残っていたので再度採取したまでのことであった。

12月15日(火)には、帰る途中に新潟県出身の82歳になる男性から声をかけられた。
件の男性は、当方が持参した登山用ストックを目ざとく見つけて、中々良いストックだと褒めてくれた。当方がムカゴ採りをしていると聞いた件の男性は、本格的なムカゴ採りの話しを始めた。彼は秋口に山に入り、山芋のつるの下に蝙蝠傘を広げた後、山芋のつるを長い棒で叩き、衝撃で落ちるムカゴを蝙蝠傘で受け止め採取する。この方法では短時間でバケツ一杯のムカゴが採れたとのこと。しかし秋口なのでしばしばマムシが出てきたので閉口した、などなど・・・とはなしてくれた。

山ちゃん親父も今年携帯式蝙蝠傘を使ってむかご採取したことがあったが、蜘蛛などの小さな虫もムカゴと一緒に集まるので余り好感をもっていなかった。

件の男性は、春先にはタラの芽も採取するそうであり、取れそうな場所をいろいろ教えてくれた。年齢を聞くと83歳であり、一昨年までスキーをやっていたという。

元気な年寄りの方を見ると本当に嬉しくなる。
当方も出来る限り元気でいたいものだ。

12月17日には、恐らくムカゴが一杯詰まっていると思われたビニール袋を片手に持ち、足早に通過する初老の男性を発見した。推定では少なくとも700〜800グラムはあったであろう。

当方が今シーズンで最も多く採取したムカゴの量は約300グラムであった。
彼は恐らくムカゴ採りのベテランではなかったか???

第一彼の歩く早さが常人の2倍位あったのは、タダ物ではない!!!

ムカゴ採りにしても、タラの芽採りにしても、これらの猛者・プロとの競争であることを身をもって実感した2日であった。


<12月18日(金)>


前日は気温が下がり本格的な冬の到来と言うことで、県内でも標高の高い所では降雪があったと言うニュースを聞いて、雪を戴いた山並み見たさに防府市の矢筈ヶ岳に登った。

本心では、島根県境にある莇ヶ岳か、島根県の安蔵寺山あたりに登り直接雪を踏みしめたい所であるが、なにしろ凍結した道路が無性に怖いので、雪の無い防府市辺りの山が対象となった。防府市辺りの山といえば、右田ヶ岳、矢筈ヶ岳(一の瀬コース)、大谷山(真尾)、大平山があるが、やはり当方がコース整備した矢筈ヶ岳(一の瀬コース)、大谷山(真尾)に大きな愛着がある。

矢筈ヶ岳(一の瀬コース)では、予想外に倒木があり、羊歯の生育も予想外であったので、それらの除去を行いながらで登った。大岩を登った所で昼食。予想通り、ここからは雪を戴いた石ヶ岳や徳地の山々が望見できた。莇ヶ岳などは雪雲で見えなかった。結局山頂まで2時間近く掛った。お陰で急坂の連続にもかかわらず汗は殆どかかなかった。

しかし久しぶりの訪れにもかかわらず、鋸を持参しなかったのは大きな判断ミスであった。お陰で通行の邪魔になる小枝や羊歯を手でむしり取る羽目になった。通路を塞ぐ倒木は素手で応急的に処理し、後日鋸で処理することとした。通常は鋸をザックに常備的に収納しているが、この日に限りザックを軽くすることにこだわり常備の鋸をわざわざザックから取り外したのであった。

我ながら、判断力・思考力が大幅に退化したと実感した。当方が久しぶりに訪れるルートは荒れているのが常識であったのだが・・・・

しかしながら山頂の北斜面で新たな眺望場所を発見できたのは嬉しかった。

山頂に登り近くの眺望スポットで景色を眺めていると、眼下の岩峰に年配男性がいた。久しぶりに眼下の岩峰に赴いて見ると、ここからの眺めはやはり優れていた。岩峰からの眺めのほうが、山頂近くの眺望スポットから見る景色よりも視野角が広いことが改めて判った。

復路は牟礼峠コースを下った。やはり倒木が4箇所もあったが、応急処置としてどうにか通過できるようにはしておいた。古くなった赤テープも貼り直した。赤テープを貼る位置も改良すべき所が多々あったので、新たに貼り直したものもあった。

当初は大谷山(真尾)の展望所まで登る予定であったが、予想外のルート整備作業で夕方になった。

普段の1.5倍程度時間を掛けて登ればほとんど汗をかかないで済むことが今回ではじめて判った。


<12月20日(日)>


12月18日に応急処置しておいた場所で鋸を使ってルート整備をするために矢筈ヶ岳で整備登山をした。

12月18日に見つけた眺望スポットで、どうしても視界の邪魔になる雑木の枝を刈り取った。古い切り跡があったことから判断すれば、以前にも邪魔な枝は除去されたことが窺われた。やはり考えることは一緒か?!

視角はそれほど広くは無いが、最奥のシルエットに、大蔵岳、十種ヶ峰、高岳山、三ツヶ峰、弟見山、莇ヶ岳、石ヶ岳などが望見され、徳地地区の山々、真田ヶ岳など、眼下には佐波川の流れと集落が眺められるのはこの地域では随一だと感じた。

この場所は、矢筈ヶ岳山頂から一の瀬ルートを北へ100m程度下れば到達できるので、お勧めの眺望スポット(矢筈ヶ岳から北方を見渡せる惟一のスポッ)としてお勧めしたい。

よって、登山道から立ち寄り易いように、入口を刈り取っておいた。

復路は牟礼峠コースを下り、12月18日に応急処理しておいた場所で鋸を使ってルート整備した。
DSCN1722.JPG <ルートを塞ぐ倒木>

DSCN1723.JPG <倒木を除去したルート>

この日はピアノ演奏会視聴の予定があったので14時30まで下山せねばならず、牟礼峠に出ずに済むように、標高190m付近の鞍部から林道に出て石置き場から林道に出た。この石置き場は以前雑草に覆われていたが、最近雑草が刈り取られたのできれいな広場に変身した。地元の方々のご尽力だと思う。

今回の整備登山で一応整備は済んだ。できれば新しい眺望スポット周辺をもう少し小綺麗にできたらと思う。

更にこのスポットの西側に古い道跡らしきモノを前回発見した。これがもし麓に通じるルートになり得れば面白いことになるかもしれない!!!単なる獣道かもしれない!!!


<夫婦同姓違憲裁判>

NHKはこの裁判の判決日の10日も前から当該裁判をニュースで盛んに宣伝していた。
NHKがこの手の事前報道を行うのは何らかの思惑がある時に限られる。

一般国民にとっては、夫婦同姓が当たり前であり、こんな裁判を何故起すのか不思議な思いがあったのではないだろうか。また現行法体系下でも結婚後旧姓を名乗り活動する婦人も少なくない。よって女性の社会進出によって夫婦同姓が非効率だという主張も根拠が無いこととなる。

しかしNHKが判決日の10日も前から当該裁判をニュースで盛んに宣伝しこの手の事前報道を行ったからには(在日幹部が牛耳る)NHKにとっては何らかの理由が有ったはずだ。

夫婦別姓の国はシナとコリアである。フランスなど事実婚が婚姻関係の半数以上を占める国では夫婦別姓は珍しくないのは、事実婚が主流だからである。

日本では事実婚は婚姻関係の数%以下であるので、日本で夫婦別姓を主張する人物・団体は何か特殊な存在であり、何らかの隠された意図を保有している疑いがある。

夫婦別姓を主張している政党は、共産党、公明党、民主党、社会民主党であり、夫婦別姓を主張している国会議員の中には、社会民主党の福島瑞穂、民主党の辻元清美、自民党の野田聖子などでコリアとの関係が濃厚である所が共通項だ。

共産党、民主党、社会民主党は、いわゆる反日左翼勢力であり最終的には日本を共産主義専横国家に変えるのが党是である。公明党は自民党と与党を形成しているが本心はシナ、コリアに極めて近く、隠れ反日勢力だ。夫婦別姓を主張している政党は、全て反日勢力である。

自民党の野田聖子は、夫はコリア系であり、言動からすればシナの手先だ。シナもコリアも反日なので、野田聖子は自民党ではあるもののシナの手先。福島瑞穂と辻元清美は国会議員とは名ばかりの根っからの反日左翼活動家だ。

夫婦同姓違憲裁判の原告は一体どういう人物なのか興味が湧いたので12月21日色々調べた所、富山県の塚本協子、東京都の加山恵美・渡辺二夫の事実婚カップル、東京都の小国香織、京都府の吉井美奈子の5人だと判明した。

ニュースでは原告を明らかにせず一般市民だと思わせる報道をしていた。

この原告の事実上の団長とも目される塚本協子(80歳)なる人物は元教師と言われているが、実際には、秘密保護法反対、原発反対、安保法制(集団的自衛権行使)反対などで呼びかけ人や賛同者に名を連ねるバリバリの左翼活動家である在日だと言う情報にたどり着いた。塚本協子は若い頃からジェンダーフリーに傾倒し、以降左翼活動に邁進してきたと言う経緯があった。

加山恵美は在日コリアとの情報があり、小国香織は今回の最高裁判決(夫婦別姓は合憲だと判決した)について「チンケな判決」と罵倒しましたところからすると、まともな人物とは思えず、コリア系かもしれません。

吉井美奈子は表向きは武庫川女子大学 文学部教育学科専任講師であり報道では専ら大学講師として紹介されている。が色々調べてみると吉井美奈子の裏の顔が現われてきた。吉井美奈子は選択的夫婦別姓実現協議会に関与しており、選択的夫婦別姓実現協議会を代表して『ジェンダー平等政策を求める会』のよびかけ人・賛同人に名を連ねている。

『ジェンダー平等政策を求める会』は、の基本ポリシーとして、憲法9条厳守、原発ゼロ、選択的夫婦別姓実現などを掲げるレッキとした左翼系反日政治団体である。吉井美奈子は大学講師を装ってはいるが実際は反日左翼運動家として働いている者と思われる。

結局原告の大半は、左翼系反日政治団体と深い関係を持つ特別な人達ないしは異常人格者であることがわかった。

マスコミは、日本国憲法をノーベル平和賞候補に推薦したキチガイじみた人物を主婦だと報じたが、調べてみると反日左翼の常連メンバーであったことが露見した。

高浜原発稼動差し止め裁判の原告は一般市民だとマスコミが報道したが、実際はバリバリの反原発運動家であったことも露見した。この裁判では福井地裁の裁判官が原発は違憲だと断定し原告側の勝訴となった。原告側の勝訴のカラクリは、この裁判において原告は当初担当に決まった裁判官が反日左翼に好意を持たない裁判官だったので一旦出した訴状を撤回し、当該裁判の担当裁判官が反日左翼に近い思想を有する裁判官が担当裁判官になる日時を選んで原告側が訴状を改めて提出したからである。

夫婦同姓違憲を主張する勢力は、夫婦別姓が実現することによって得られるメリットを享受できる人達であろう。

左翼やフェミニストは夫婦別姓制度を支持しています。
夫婦別姓論者の福島瑞穂は、「ロシア革命の後、様々な政策が根本から見直され、一時的であれ、事実婚主義がはっきり採用されていたとは素晴らしいことだと思う」(『結婚と家族』岩波新書)と手放しで絶讃している。

しかし共産革命後の初期段階において強権によって家族の絆を弱める目的で夫婦別姓を推奨し事実婚を奨励したソ連では家庭崩壊による社会の大混乱を招き国力の低下をきたした。ソ連は家庭崩壊と社会不安を増大させた夫婦別姓や事実婚を禁止することに方向転換したと言う経緯があります。換言すれば夫婦別姓制度は安定した社会の敵なのです!!!

日本での共産革命を狙う共産党、社会民主党や、日本という国家を解体することを党是とする民主党、シナと親密な公明党にとっては、日本で夫婦別姓を推奨し事実婚を奨励し社会混乱を起せば共産革命が一層容易に実現できるので大賛成ということになる。

また夫婦別姓であれば、日本人と外国人の偽装結婚などを見抜きにくくなります。夫婦別姓は「外国人(シナ人、コリア系人)」のための政策といえます。シナ人が日本でスパイ活動するためには帰化人による協力が必要になり、そのために偽装結婚が有効となります。

近年シナ人の妻を持つ自衛隊員から軍事情報が漏洩した問題があって以来、シナ人の妻を持つ自衛隊員に対する機密保持が厳重になったので、シナとしては次の手である偽装結婚によるスパイを欲しがっている可能性がある。

結局夫婦別姓を認めない民法の規定が違憲かどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は12月16日、夫婦別姓を認めない規定は「合憲」とする初判断を示し、原告側の上告を棄却した。

<最高裁の反日左翼売国奴裁判官5人>

ここで問題なのは、夫婦別姓を認めない民法の規定が違憲と判断した最高裁判事が(20人中)に5人もいたことになる。

これに反対した反日左翼裁判官は、

櫻井龍子、岡部喜代子、鬼丸かおる、山浦善樹、木内道祥だ。

桜井 龍子 1947年生 元労働省官僚 2008年(平成20年)9月11日 最高裁判所判事。
岡部 喜代子 1949年生 元家裁判事 2010年(平成22年)4月:藤田宙靖・最高裁判所判事の後任として、最高裁判所判事に就任。
鬼丸かおる 1949年生 元弁護士2013年2月6日、最高裁判所判事に就任 。
山浦善樹 2012年3月1日、野田内閣により、同年2月27日に定年退官した宮川光治の後任として最高裁判所判事に任命される。
木内道祥 弁護士出身、として2013年4月25日に最高裁判事に就任した。
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2015年12月15日

高羽ヶ岳、沢コース/尾根コース連絡ルート探索

<ムカゴ採り>


12月8日、12月10日、12月11日は、午後いずれもムカゴ採り。

里山では長く歩くものの収穫はほとんどゼロ。
日当りの良い草原、草の生えた土手では結構採れた。
これで5日分のムカゴ飯分は確保できた。

12月11日には、今まで通ったことのない道を通り知らない地所に出たところでムカゴを発見した。とある民家の前の荒れた畑に雑草が蔓延っている中に、鈴なりのムカゴを発見した。野良仕事をしていた住人らしき年配の女性が“何が取れるのか?”と聞いてきたので『ムカゴです。このムカゴを採ってよいですか?』と答えると、『庭にはムカゴが生えて蔓延るのですっかり刈り取ったほどです。どうぞご自由にお取りください』との返事を戴いたので心行くまでムカゴ採りに専心した。

しかしながら帰り道で、宇部市近郊ではもはや新たにムカゴを探す場所を思いつかなくなった。

概ね過去一ヶ月間殆ど毎日ムカゴ飯を食したこととなり、今シーズンはすっかり堪能させて頂いた。感謝、感謝、感謝。。。。


<落合秘史再読>

少なくとも3回は読み返す必要がある『天皇とワンワールド』再読(2回目)中。



<高羽ヶ岳、沢コース/尾根コース連絡ルート探索>

12月13日(日)に高羽ヶ岳新ルート探索に出かけた。
天気予報は曇りであったが、山頂には雲が掛っていた。

豪雨ではなく霧雨なのでレインウエアを羽織り予定通り、高羽ヶ岳沢コースから尾根コースに連託するルートヲ探索した。

新ルート探索の狙いは、沢コースの登りで三段滝を鑑賞した後から度重なる流水で荒れた険路を延々と縦走路合流点まで標高差約200mを登るのがオックウなので、沢コースの登りで三段滝を鑑賞した後 適当な場所から尾根コースに這い上がるルートがあれば、気が抜けない荒れた谷底険路を通過せずに済み、687mピークからの眺望も鑑賞できる・・・からだ。

前回は時間切れで新ルート探索できなかったので、今回の往路では野イチゴには一切手を出さず沢コースに入った。

折角なので、赤テープが欲しい場所には赤テープを追加しながら進んだ。

沢を高巻くルートに左岸から右岸へ渡河する場所で、豪快に流れる2段滝が上方に見えた・・・と言うより、増水により普段のチョロチョロ流れが豪快な(?)2段滝に変身したのであった。

DSCN1703.JPG <2段滝>

DSCN1704.JPG  <2段滝の下部>

しかしなかなか見ごたえの有る滝であり、改めて高羽ヶ岳沢コースの持つ潜在力を再認識させられた。

恐らく高巻道の右方の沢には相当な急流/連滝があるような雰囲気が濃厚であった。

今後機会があって危険が無ければより近くに接近してこの急流/連滝を眺めてみたい欲求が湧いた。

金光さんの本に記載の3段滝は、増水によって下段の滝が二条に分かれ中々見応えがあった。
DSCN1706.JPG <増水時の三段滝>

左岸沿いに登る沢コースを若干外れて沢を渡り、右岸の立木に10月31日に赤テープを貼っていた高羽ヶ岳尾根コースへの登り口(標高≒530m)に到達した。

この登り口から始まる古道らしき踏跡は上昇後下降に転じていたので、新たに支尾根に沿って急斜面をおよそ10m間隔で青紐をつけながら登り、標高590m付近で尾根コースに合流したので目印に青紐を雑木に括りつけておいた。
DSCN1707.JPG <連絡ルートと尾根コース合流点>

ここから678mピークを目指したが途中で風雨が強くなったので林道終点まで尾根コースから下山することにした。

自分が開設したコースなので尾根コースに愛着がわくのは自然かもしれない。

しかし欲目かもしれないが沢コースを下る場合と尾根コースを下る場合を比較すれば、沢コース下りの場合では圧倒的に心理的ストレスが大きいと感じた。

尾根コース渡河地点で案内版を立木に括りつけておいた。
DSCN1708.JPG <案内版>

林道終点から道の駅長門峡までは,野イチゴをほおばりながら帰った。

次回は再度、沢コース〜尾根コース連絡道を再度通過して若干の整備も行い、問題がなければ案内板も設置する予定だ。

今回は、増水時とはいえ、

@新しい2段滝を発見したことと、
A2段滝よりも上流側に未知の滝/急傾斜沢の存在が窺えた点、
B三段滝通過後で沢コースと尾根コースを連絡するコースを実地に確認出来た点
・・・で有意義であった。
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2015年12月07日

普天間基地移設反対デモの日当はシナ共産党が出資!!!

平成27年もいよいよ最後の月に入った。

この一年もあっけなく過ぎようとしている。
今年は例年に無くむかご採りに熱中した。

<ムカゴ採り>

<11月30日(月)>


一時悪化した皮膚炎は、皮膚科医院で診察加療ごは順調に快方に向かい始め、足首の腫れは消え去り、踝も見えてきた。

こうなると元気が出て、午後むかごを求めて近所の山野を散歩した。
山野を2時間ばかり歩いたが、むかごを付けた山芋という植物自体は簡単に見つからない。

諦めて住宅団地の境界を通過していたら、たまたま密生した山芋のつるを発見した。
近ずいてみると、むかごが鈴なり状態なのでしっかり採取させてもらった。

山芋のつるは住宅の境の外側に密生していたので所有権の帰属は余り問題とならないだろうと判断した。

<12月1日(火)>


皮膚科医院に行き診察を受けた。
塗り薬と内服薬の効果によって相当症状は良くなったので、医師は塗り薬を弱い薬に変え、内服薬も少なくなった。次の診察は2週間後となった。

<12月2日(水)>

この日も午後にむかご採りに出かけた。
行き先はやはり、タラの芽の採取場所となる。

真締川最上流の未来湖ダムの周囲を歩いた。湖を巡る遊歩道は、進むにしたがって荒れていた。昨年までは舗装道は綺麗であったが、今回では舗装道路の両端は殆ど雑木雑草に覆われていた。こんな状態はここ5,6年ではじめてのことだ。

折角公金をかけて作った道路が無残に荒れ果てていくのは、なんとも残念では有る。公共財はもっと大事にされるべきではないのか???

役人が使う金は税金であり、自分の金ではない。よって税金で作った公共財が補修されずに朽ち果てても、公共財を作った役人は何ら懐は痛まないので気にも留めないのかもしれない。このような無駄は随所に存在する感があるが・・・・

肝心のむかごは湖を一周したが収穫はゼロであった。数少ない山芋のつるがあったが、先人がむかごを採取した後であった。

諦めて帰る途中、ふと崖の上に黄色の葉っぱが見つかったので急傾斜を登ってみると、そこには山芋のつるが密生しており、沢山のむかごが鈴成り状態であった。

最後になって一山当てた。

散歩中の老夫婦が何が取れるのか?と聞くのでむかごだと答えたが、食用になるとは知らなかったようだ。


<12月3日(木)>


この日も午後むかご採りに出かけた。むかご飯は美味いので食が進む。食が進むので運動を兼ねてむかご採りに出かける・・・という循環ができつつある。。。

予ねて当りをつけていた某病院近辺に行った。予想通りむかごをつけた密集した山芋のつるを見つけたので、邪魔になる小枝を剪定鋏で除去しながら戴いた。

その後、阿知須ゴルフ場付近の雑木林に行ったが収穫はゼロ。


<12月4日(金)>


この日も午後むかご採りに出かけた。常盤公園に隣接する雑木林を僅かに残った紅葉を惜しみながら約2kmばかり歩き回ったが収穫はゼロ。
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だめもとで最後に入った雑草地で黄色の山芋の葉を見つけ数箇所でむかごを採取できた。帰路に立ち寄った高速道路脇では前回取り残したむかごがありここでも採取した。


<12月5日(土)>


皮膚炎が相当良くなったので、久しぶりに山歩きすることにした。
最初は、島根県あたりに遠出するつもりであったが、ひさしく休んでいたので無理をせず、山口市高羽ヶ岳にした。

出来れば、尾根コースと沢コースを連絡するルートを探す狙いがあった。

沢コースは直滝と三段滝がある渓流を遡る野趣に富む味があるコースだが難点の一つは、林道終点から三段滝手前までに初夏から秋までは雑・草雑木でルートが完全に覆われるので、これを除去しないと容易に通過できない場所が2箇所ある所だ。2つ目の難点は谷沿いに岩路伝いに進むルートでは踏み外すと谷底に落下する危険箇所が3,4箇所ある所である。

この沢コースの2つの難点(特色!?)を回避するためには、
@尾根コースで炭焼窯跡(標高360m付近)から沢コースの三段滝手前に出るルートと、A沢コースの三段滝通過後に尾根コースへ登るルートがあれば・・・可能だ。。。

このルートがあれば、尾根コース炭焼窯跡→沢コースの三段滝→尾根コース→687mピークと言うルートが可能になるからだ。

沢コースで三段滝を通過した後で尾根コースに登り、687mピークを経由して高羽ヶ岳に登るコースが仮に出来れば、見所が2つあることになる。

更に別の理由としては、三段滝〜縦走路出会までは悪路・険路なので出来れば通過せず尾根コースを通過する・・・という狙いもあったからだ。。。

例によって道の駅長門峡に駐車して、たたら川沿いに歩き林道たたら線終点を経て尾根コースに進み、炭焼窯跡(標高360m付近)に到着した。ここで谷に沿って水平方向に20m程度進んで踏跡を探したがそれらしきものは見つからず、有るのは急傾斜だけであった。

よって尾根コースを高羽ヶ岳まで登り、帰路で沢コースを下り連絡コース候補地を探ることにした。

512mピークから687mピークまでの登りは中々の急傾斜が三箇所もあるが、当方が設置したロープのお陰で余り苦労せず登れたのは手前味噌とは言い難いところだ。

687mピークではどなたかが新たに笹薮を刈り取られていた。当方も東側の笹薮を刈り取っておいた。

高羽ヶ岳直下で中年夫婦とであった。鈴の音から判断すれば沢コースではなく、尾根コースへ下った様子であった。

帰りは、沢(谷)コースを辿った。やはり悪路であり険路でもあった。

三段滝(標高430m)付近で尾根に登れそうなルートを探したが可能性ゼロ。
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問題の春〜秋に雑木・雑草が密生する箇所では、持参の雑木カッターを使って幹を根元付近から切断した。今後は多少でも今回の雑木幹切断の効果が出てくるのを期待したい。。。

丁度この時期では野イチゴが熟れはじめていたので、往復で100個以上は口に入れた。
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次回は、本年10月下旬に発見した尾根コースから沢(谷)へ下るルートに特化して詳しく歩く予定とした。



<落合秘史シリーズ読書>

落合莞爾著

京都皇統の解禁秘史〜天皇とワンワールド(国際秘密勢力)〜』

『日本教の聖者・西郷隆盛と天皇制社会主義』
12月3日から12月6日かけて一気に読んだ。

驚愕する内容が満載されていたので、いまだ頭の整理ができていない。

著者の落合莞爾氏は、少なくとも3回は読むように言っておられた。あと少なくとも2回は読み直ししないと内容が理解できないであろう。

落合莞爾氏は『天皇とワンワールド(国際秘密勢力)』の序において、以下のように述べている。

〜〜〜引用開始〜〜〜
本稿は平成24年4月20日に発表した『金融ワンワールド:地球経済の管理者達』に続くもので題を『天皇とワンワールド』とします。本著のテーマは、私が国際秘密勢力の淵源を追求するなかで浮かんできた、わが国体と『ワンワールド』の相互関係です。本稿のいう『ワンワールド』とは国際秘密勢力の略称で、金融のみならず宗教・軍事など人類社会を構成する基本的な分野に、密かに存在する国際的な秘密勢力のことです。前著『金融ワンワールド』の中心テーマの『ワンワールド・バンカー』はいわゆる『国際金融連合』で、『ワンワールド』の一部分にすぎません。
〜〜〜引用終わり〜〜〜

馬野周二博士の持論・著書の影響を受けて、2007年8月以来ヤマちゃん日記では、フランシス・ベーコン以来の世界を裏から事実上支配してきたイルミナティを、世界金融機関の大本山、国際金融機機関、グローバリストなどと呼称し、イルミナティが密かに世界単一政府(ワンワールド)樹立による世界支配を狙っている・・・としばしば記載してきた。

ヤマちゃん日記で記載してきたイルミナティ=世界金融機関の大本山=国際金融機機関=グローバリストは、落合莞爾氏による『ワンワールド・バンカー』に該当する。

いずれにせよ落合莞爾氏は、ワンワールド勢力の存在・活躍を具体的に言及しているので、馬野周二博士の持論と相通じる所があったので久しぶり引き込まれるように一気に読んだ。

上記2冊は少なくとも後2回読むとして、『金融ワンワールド:地球経済の管理者達』を是非購読したくなった。


<普天間基地移設反対デモの日当はシナ共産党が出資!!!>


いささか旧聞に属するが、沖縄で普天間基地移設反対でもに参加した韓国人が、デモに参加した妊娠中の妻が官憲から無理矢理排除された・・・として訴えを起こしたと言う情報があった。

何故韓国人夫婦が沖縄で普天間基地移設に反対するデモに参加するのか大いに疑問が有る。

本土から沖縄にわたりデモに参加する左翼勢力も相当数にのぼるらしい。
本土から野でも参加者は、核マル派などの左翼勢力、日教組上がりの爺さん婆さんや、各労組からの指令で参加する労組員などなどが大半であり、地元沖縄からのデモ参加者は少数派らしい。

デモでのプラッカードに書かれた文字がハングル文字や、簡略漢字(シナで使われ日本では使われない)が使われているいるのは、韓国人やシナ人の存在を如実に示している。

このデモに参加すれば一人2万円の日当が支払われるので、夫婦で参加すれば1日4万円の収入になる。

中には桜を雇い日当2万円から1万円もピンはねして1万円支払う輩もいるらしい。
この日当は誰が出しているのであろうか???

米国弁護士ケント・ギルバート氏は、朝まで生テレビ 2015年11月27日 最新 朝生
https://www.youtube.com/watch?v=x6HlmWlfJXU&feature=youtu.be&t=2h13m
にて、この普天間基地移設反対デモ参加日当はシナ共産党が出している
と発言した。

別の情報では、沖縄ではシナ共産党の街宣車も活動中だと聞く。

普天間基地移設に強硬に反対する沖縄県知事翁長は、国連の場で沖縄独立を叫んだ。

これらの情報を考慮すれば、沖縄県知事翁長はシナ共産党と組んで本気で沖縄をシナ共産党に献上するつもりなのではないか???・・・と強く懸念せざるを得ない!!!


posted by ヤマおやじ at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする