ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2015年08月30日

九月一日中共政府が開催する「抗日戦勝記念行事」は田舎芝居

<8月27日(金)>


スイカの葉が枯れ始めたので2株植えたスイカを引き抜き、次に植える大根のために畑を耕作し、石灰を撒いた。

今年のスイカは我が家的には大豊作であった。大玉12個、中・小玉10個が採れたのは過去3年間では断トツの出来であった。

今年のスイカの特徴は2株共に、長さ3m程度の根(太い所で直径7〜10mm)が数本あったことである。その根から更に直径2mm程度の一回り細い根が多数派生していた。その細い根は地下20cmよりも更に下へ延びていた。昨年はひげ状の根しかなかった所と比べるとその根の差は一目瞭然だったことが畑を耕して初めて判った。

今年は畑に直径1m程度深さ30〜40cm程度の穴を2個掘り、夫々大量の牛糞、油粕と少量の化成肥料をほぼ等量の土で混合して埋めた。茎以外の土を黒ビニールシートで覆った。梅雨前には化成肥料を追肥した。

今年の反省点は、土中に埋めた小玉の10個の中には真っ赤に熟れたものが3個位あったが、事前に熟れ具合を確かめもせず廃棄したことだ。


<8月29日(土)>


天気予報では雨が降らないのは29日だけというので、周南市鹿野町シャクナゲ尾根谷コースの草刈を行った。

10時30分から16時まで小雨がぱらついたが腰が痛くなるまで登山道の草刈に専念した。
前回の草刈は本年7月4日だったが、約2ヶ月後の今回は通路はどうにか見えるものの通路の左右の草はかなり伸びておりむさ苦しく感じた。

この辺りは自然環境が極めて良いので吸血昆虫である虻が沢山澄んでおり、滅多に訪れることが無い人間が来れば手ぐすねを引いて襲い掛かってくる。

防虫スプレーを露出部に吹きかけるだけでなく、シャツの上からも咬まれるのでシャツやズボンにも防虫スプレーを吹きかけて作業に臨むようにしている。

ところが顔やスプレー効果が薄い場所を狙って3、4匹虻が執拗に襲ってくる。そうなるとこちらも怖い存在であることを虻に示さないと益々侮って攻めてくる。長さ2.5cmくらいの虻を手で捕まえ殺して見せしめにし、さらに小型の虻も1匹殺した。その上で、防虫スプレーを再度体全体に吹きかけようやくしつこい虻の攻撃をかわすことができた。

安全保障でも他国から攻撃を受ければ直ちに厳しく反撃しないと敵は益々攻撃を強めてくる。シナ事変当初幣原軟弱外交が一切の戦闘を禁止したので、蒋介石軍は益々攻撃をエスカレートさせ日本人を大量虐殺し、激昂した日本の世論に押され終に日本を戦争に引きずりこはまれた。当初日本が毅然たる反撃を蒋介石軍に加えていれば、多数の犠牲者発生を恐れて蒋介石軍による攻撃のエスカレートは起こらなかったであろう。

戦争を起こさせない為には軍事的抑止力が絶対必要である。平和、平和と叫んでいるだけで軍事的抑止力を持たないと侵略戦争を引き寄せることになる。


最初はかなり丁寧に草を刈っていたがいたずらに時間が経過するので、半分の行程の所から延びた草だけ刈り取ることとし、3時30分ごろようやく鞍部手前の植林帯まで刈り終えた。
DSCN1221.JPG <草刈前の登山道>

DSCN1223.JPG <草刈後の登山道>

台風で倒れ通路を塞いだ木があったが、折角鋸を持参したが作業場所には携行せず悔やんだが後の祭りで、やむを得ず枝を切断して通過しやすいようにした。

出来れば後半の部分は再度草刈したいが・・・・何時のことになるやら。。。。

柚木の物産店で買った柏餅4個280円を弁当にしたが、中々美味であった。
DSCN1220.JPG <昼食の柏餅>


子供時代母がよく作ってくれた柏餅の味と似て懐かく思い出した。



<九月一日中共政府が開催する「抗日戦勝記念行事」は田舎芝居>

8月28日のニュースで国連の潘基文事務総長が北京で9月3日に開催される抗日戦争勝利記念行事に 出席すると発表した。韓国の朴大統領の抗日戦争勝利記念行事参加はシナ共産党が先に出席を発表した3日後に韓国政府がようやく発表した。

欧米諸国首脳は全て欠席を決めている。安倍首相も欠席を決めた。
主要国首脳が出席するのはロシアのプーチン大統領だけだ。

今までシナ共産党が「抗日戦勝記念行事」を行うことは聞いたことが無かった。
日本の反日マスコミ共は当然のごとく、韓国大統領と国連の潘基文事務総長の出席は報道するが欧米首脳が欠席する事実は報道していない。

シナ共産党が戦後70年経過した今年になって何故初めて唐突に「抗日戦勝記念行事」を開催するのかについても全く報道していない。
ということは、“シナ共産党が開催する「抗日戦勝記念行事」にはまともに報道できない胡散臭い裏がある”ので報道を避けているのだろうと推察した。

ヤマちゃんおやじは、シナ共産党軍は日支事変(日中戦争)において、精強な日本部隊とは戦を避け、専ら戦力の無い輜重(輸送)部隊攻撃程度しか戦っていなかった事実を知っていたので、シナ共産党が「抗日戦勝記念行事」を行うこと自体歴史から遊離したプロパガンダであると直感した。日本軍と戦ったのは蒋介石軍であり、シナ共産党軍は延安というど田舎の隠れて対日戦闘から逃げ回っていたので、抗日戦勝を祝う資格は毛頭もないのだ。


ネットで調べてみると、何と中華人民共和国建国の父と称される毛沢東は生涯一度も「抗日戦勝記念行事」を開催していなかったことが判明した。

1995年に抗日戦勝記念行事を大々的に始めたのが江沢民だが、その理由は
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/08/post-3872.php
によれば、江沢民の実父が日支事変(日中戦争)時代に親日の汪兆銘政権管轄下にあっ特務(スパイ)機関の官吏だった秘事を隠蔽するために反日運動を強化せざるを得なかった為であった。勿論江沢民は一般民衆が共産主義政権の矛盾に遠からず気がつくので、共産主義政権への不満を外部に逸らす必要性から反日活動を強化したのが第一の理由かもしれないが、意外と自己の権力保持の為の反日活動というのが江沢民の本音かもしれない。。。

この辺りの個人的事情は親日と言われた朴正煕元韓国大統領の長女である朴槿惠現韓国大統領が、自身が親日だと看做されれば国賊扱いになる現在の韓国において世論から攻撃を受けないように徹底して反日姿勢を貫いているのと似ている。

もちろん事大主義の本家である韓国は強大で傲慢なシナのご機嫌をとるために反日を貫いているのが最大の理由であるのは韓国の歴史を振り返れば当然の行為であろう。

中華人民共和国では、習近平政権下の2015年から新たに9月3日を「抗日戦争記念日」として祝日とした。

抗日戦争記念日式典では習近平としては、以下の3つの狙いがあったと言われている。
@民進党優勢が伝えられる来年1月の台湾大統領選挙へ軍事パレードなどで軍事力を見せ付け圧力をかける
A米国に対抗できると言う触れ込みで軍事力を誇示する
B式典への世界各国首脳出席による習近平政権への権威付け
欧米各国首脳の欠席により少なくともBの目論みは失敗した感がある。


いずれにしても、反日だらけの日本のマスコミ・論壇・学会や、GHQによる日本弱体化を踏襲して日本の歴史を改竄して自虐史観を教える歴史書などからは窺い知れない日本近代史の事実を知ることは、『日本と米国を離別させて日米同盟を解体し、日本と韓国を離別させて日米韓によるシナ封じ込め体制を瓦解させて日本を孤立化に追い込み、日本を含む東アジアを支配しようとするシナの策略』(この策略のためにシナは年間一兆円もの巨額を投じている)に乗せられないためにも、非常に重要である。


日支事変(日中戦争)開始の状況に関しては
2012年10月23日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/298593713.html
の<日支事変では戦争を嫌がる日本を中華民国が無理やり戦争に巻き込んだ>に当時自分が把握していた情報から、“日本はシナ大陸で侵略を始めたのではなく、コミンテルンや欧米諸国から膨大な援助を受け唆された国民党軍によって無理矢理戦争に巻き込まれた状況”を記載した。


これに関し極最近 新しい興味深い情報を得た以下の二編をご紹介する。


「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成27年(2015)8月28日(金曜日)弐
  通算第4638号 に“中華人民共和国は日本が創った”という見出しで西村眞悟の時事通信の内容が掲載された。内容が優れていたので転載します。

〜〜〜〜〜転載始め〜〜〜〜〜
中華人民共和国は日本が創った
@@@@@@@@@@@@@@

 中共の新華社は、 昭和天皇が戦争指揮を行ったので、今上陛下は中共に謝罪すべきだ、という記事を配信した。
 中共の政府は九月一日の「抗日戦勝記念行事」にあわせて、九月一日から五日まで、TVでの娯楽番組を禁止し、抗日戦争に関する映画やドキュメンタリーを放映し続ける通知を出した。
 北朝鮮の三代目から圧力を受けている南朝鮮(韓国)の大統領は、九月三日の抗日戦勝軍事パレードへ出席して参観する。北よりも南の方が、かつての宗主国様に覚えめでたいことを示そうとする伝統的事大主義に基づく行動である。事大主義とは何かと言えば、卑屈、ということである。
 朝鮮では、その卑屈の結果、保身だけに関心が集まり、自己統治ができなくなる。今、そうなりつつある。
 以上が、共産党内の権力闘争の熾烈化と市場の崩壊の渦中において、各所の原因不明の大爆発と都市部の地面陥落(手抜き工事の結果)と大気汚染に見舞われている中共から発信されているニュースである。
 もはや、中国共産党政権にとって、自らの政権誕生の正当性と、現在政権が存続している正当性を、共に基礎づける「口実」は、「抗日戦勝プロパガンダ」しかないのである。
 哀れな政権の断末魔ではないか。そこに擦り寄る南朝鮮の大統領も哀れなるかな。

 この支那と朝鮮の哀れさから、出てくる文明は「嘘をつくことは悪くない、嘘に騙される方が悪い」ということになり、歴史は現に、支那にとってはプロパガンダになり、朝鮮にとってはファンタジーとなっている。彼らは捏造した嘘によって、政権の正当性と栄光を基礎付けようとしている。
 しかし我ら、日本の文明は彼らと決定的に違う。
 我らは、「嘘をつくことは悪いことである」という文明に生きている。従って、歴史は、ファクト(事実)である。
 従って、彼らが彼らの文明によって生きるように、我らも我らの文明によって生きようではないか。我らはこの文明と伝統に忠実に生きた先祖の名誉にかけて、断じて、支那のように「恥知らず」であってはならず、朝鮮のように「卑屈」であってはならないのだ。
 よって、九月の三日にかけて、支那もそれを報道する我が国の「卑屈」なマスコミも五月蠅いので、うるさい蠅を一蹴するように事実を指摘しておきたい。

(1)中華自民共和国は、大日本帝国陸軍のお陰で誕生した。
 我が陸軍の武勲がなければ中国共産党は支那の政権を掌握できなかったのである。そして、これは彼ら共産党・コミンテルンの戦略を彼らが実現した結果であることを「痛恨の思いを以て」認める。
1.共産党・コミンテルンは、支那において、「内戦から戦争へ、敗戦から革命へ」即ち毛沢東の「政権は銃口から生まれる」という戦略によって支那に共産党政権を樹立しようとした。
 その為に、まず民衆と外国軍部隊との衝突を求め、その外国の標的を英米ではなく日本に定めた。それは一九二六年(大正十五年)から二十八年までの蒋介石軍による北伐の期間ではないかと思われる。その北伐の時、我が国は幣原協調外交によって北伐軍に対して英米との武力による共同防御の態勢をとらずに無抵抗を貫いたので、共産主義者は日本こそリスクなく攻撃できる絶好の外国であることを発見したのである。

2.この北伐後に中国国民党と中国共産党は「内乱」状態に入り、国民党軍を率いた蒋介石は、ほぼ共産党軍を駆逐して中国のメインランド(中原)を制圧する。他方、装備の劣悪な共産党軍は僻地の延安に逃げ込んで逼塞する。そして蒋介石は、ドイツから卓越したフォン・ゼークト将軍を中心とする軍事顧問団を招いて、ドイツ製武器を装備した近代的軍隊の建設に乗り出す。
 このようにして、蒋介石は昭和十二年の日華事変前には、上海を中心に二百万を超える近代軍を有するに至っていた。

3.昭和十一年十二月、西安を視察に来ていた蒋介石を満州軍閥張作霖の息子である張学良が拘束して監禁する事件が起こるや、毛沢東と周恩来は直ちに西安に来て蒋介石を殺さず、反対に対日戦争開始を蒋介石と約束して第二次国共合作(国民党と共産党の合体)を成立させる。
 この結果、昭和十二年七月、北京郊外の蘆溝橋で共産党分子が夜間演習中の日本軍部隊に銃弾を撃ち込んで日華事変を勃発させ、翌月の八月、蒋介石は上海において邦人保護のために駐留する四千名の日本海軍陸戦隊に対して総攻撃をかける(第二次上海事件)。これが、以後、昭和二十年まで続く、日中全面衝突の発端である。即ち、これがコミンテルンの戦略の本格的発動となる。
 その全面衝突の間、中国の重慶には蒋介石の国民党政府があり僻地の延安には毛沢東の共産党政府ができる。そして日本軍は、重慶の国民党軍と戦っていたのである。延安の共産軍と戦っていたのではない。ただ、延安政府は、日本軍が蒋介石軍を駆逐したあとの農村に宣撫要員を送り込んで勢力圏を拡げていた。

4.昭和十九年四月、帝国陸軍は、とてつもない作戦を開始する。
 それは、五十一万人の大兵力を動かして北京から南の南寧までの二千五百キロの鉄道と沿線を制圧してインドシナ・タイと連結し、アメリカ軍のB29の航空基地を占領するという一号作戦(大陸打通作戦)である。
 この一号作戦の発動によって、まず五十万の国民政府軍は消滅し、日本軍が近づくにつれて五万人の国民党軍が農民に武装解除されたり、将軍が家財道具や財産を汽車に乗せて逃げ出し軍の組織が崩壊した。
 そして、日本軍は大陸打通作戦を完遂する。この時点で、つまり日本の敗戦の直前に中国共産党が決して勝つことができなかった最大の敵である中国国民党軍は、日本軍によって中国のメインランドで殲滅されていたのである。

5.昭和二十年八月十五日、大日本帝国天皇は、ポツダム宣言の受諾を国民に発表せられ、
 同時に大元帥として大陸命および大海令を発して、支那大陸と満州と南方に展開する四百万の陸海軍に直接作戦行動の停止を命令され、さらに同日、皇族を各部隊に派遣し、現場で停戦の「聖旨」を伝達される。

6.この結果、毛沢東や周恩来から観て、信じられない驚くべきことが起こった。彼らの目の前で、恐るべき最大の武力、即ち、一号作戦を完遂した無敵の精鋭部隊が天皇の命令に従って、部隊ごと逃亡することもなく、秩序を保って自主的に粛々と武装を解除したのだ。この時点で中国共産党は戦わずして中国の政権を掌中に入れた。
 彼らに残された道は、ソビエトの援助をもらい、日本軍の武装解除によって手に入った武器を以て、日本軍と戦って衰弱した国民党軍との内戦に臨み政権を樹立することであった。中国共産党は自らの前に厳然と存在した無敵の精鋭を一言で武装解除させた大日本帝国天皇の御稜威(みいつ、威徳のこと)に頭を垂れるべきである。

7.よって、本年の九月三日には、中国の主席習近平は、何を為すべきか。
 それは「抗日戦勝70周年記念軍事パレード」ではなく、「抗中国国民党戦勝70周年軍事パレード」と「大日本帝国陸海軍感謝70周年パレード」そして、「日本国天皇陛下万歳」である。

(2)次ぎに、のこのこ北京に行く韓国大統領に関してはコメントするのも面倒くさい。
  親父に聞いてなかったのか。親不孝者。親父は、日本国民として生まれた偉人であった。
 朝鮮が、支那の属国であった李氏朝鮮の疲弊を克服して近代化の基礎が建設されたのは 日本統治時代、つまり親父を始め朝鮮半島の人々が日本国民であった時代である。その三十六年間で、朝鮮半島の人口が二倍になっている事実がそれを雄弁に語っている。
 李氏朝鮮の疲弊のままだと人口低下はあっても増加はない。
   ◎◎◎
〜〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜〜

これに続き読者の東海子さんがコメントを出しました。
この内容も滅多にお目にかからないほど価値が高いと思ったので以下に転載します。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成27年(2015)8月29日(土曜日)
  通算第4640号 (読者の声2)から転載します。

〜〜〜〜〜転載始め〜〜〜〜〜
貴誌前号にでた西村真悟先生の「中華人民共和国は日本が創った」への感想です。平素は西村真悟先生には感謝しています。先生のご著書の紹介について以下参考意見です。
1.中共の対日戦争勝利問題:
2.支那事変の勝利者は蒋介石を傀儡に使ったソ連です。支那事変のおかげで生存をかけた対独戦に専念できたからです。中共はソ連の現場代理人であり戦後支那事変のおこぼれとして内戦に勝利し支那を統一しました。蒋介石は支那事変の実行犯で形式的に日本軍の降伏を受け入れましたが、ヤルタ会議でソ連に外蒙古を奪われてしまいました。中共もソ連の外蒙古奪取の手伝いをしたので支那人の民族主義者から見ると漢奸と云えましょう。支那事変は重層的、複合的なので事情をよく知らないと欺されます。

3.中華自民共和国は、大日本帝国陸軍のお陰で誕生した。これは社会党代表団に対する毛沢東の「感謝」がもとですが、毛沢東の真意は日本に対する冷笑と嘲笑なのでよろこんではいけません。残忍な毛沢東の好きな諺は「馬鹿は大石を持ち上げて自分の脚の上に落とす」(=骨折り損のくたびれもうけ)でした。
スターリンの罠に掛かった日本を馬鹿にしているのです。なお、コミンテルンというのはスターリンの手袋と言われたソ連KGBの偽装工作組織なので、独立した組織のように語るべきではありません。

4.戦前の中共とは: 1921年にソ連共産党の支那支部として発足しました。資金、武器、権威、監督官をソ連に仰ぎ、祖国はソ連でした。
毛沢東もスターリンの承認がなければ指導者の地位を維持することは出来ませんでした。中世のローマ教皇支配体制に類似しています。

5.1930年代の中共:ソ連の極東政策にしたがったものです。実際ソ連のボロディンら監督官が中共を管理していました。スターリンはヒトラーが政権を取ると将来の対独戦に備え準備を始めました。
内部では戦争時の権力闘争を防ぐために共産党、赤軍幹部を皆殺しにしました。大粛清です。対外的には、ドイツとの東西挟撃をさせないために、東部国境の反共勢力の蒋介石と日本を戦争させ無力化を図りました。それが支那事変となります。

5.西安事件と中共:その工作の発端は1936.12の西安事件です。ここで西安に会議に出張した蒋介石は部下の張学良に裏切られ生け捕りにされ降伏しました。このとき蒋介石はスターリンに決定的な弱みを握られました。裸にされ写真を撮られたのではないかと思います。
スターリンはじめから蒋介石を生かして使うつもりでした。中共の毛沢東や周恩来はスターリンの指示に従って動く現場管理人でした。
なおスターリンはその後、支那事変のソ連工作員をモスクワに召喚し日本のスパイとして処刑しています。口封じです。

6.ヒトラーの戦略:彼が蒋介石の国共内戦を支援したのはソ連を挟撃する準備でした。だから支那事変勃発後も日本との講和を仲介しました。いわゆるトラウトマン工作です。しかし蒋介石が講和に乗らないことから、スターリンの手に落ちたことを察知し、1938.8にはドイツ軍事顧問団を全員帰国させました。俗説のヒトラーが蒋介石に支那事変をやらせた論は間違いです。
というのは蒋介石は支那統一の五分前にあり、対日戦争は百害あって一利無し、だからです。蒋介石が何故自分の損をする対日戦争をしかけたのかが支那事変の鍵です。それは満州事変ではなく西安事件です。

7.盧溝橋事件の理解:西安事件後、ソ連は蒋介石に3億ドルの軍事借款を与え、蒋介石は盧溝橋事件の前には半年かけてすでに厖大な対日戦の準備を完了しました。そして挑発を開始したのです。
その目的は日本人を激昂させ判断力を奪うことと欧米に蒋介石の開戦責任が分からなくするためと思われます。これは成功しました。なお近代戦は補給線であり偶発や突発はない事を知っておきたい。したがって中共が日本と蒋介石軍の双方に撃ちかけたという俗説はあり得ません。近代戦はヤクザの出入りではない。
これらはすべて極秘裏に周到に準備されて行われたものです。「政治事件に偶発はない、すべては準備されている」ルーズベルト。

8.重慶政府:支那事変中、重慶に蒋介石の政府がありましたが、そこにはソ連のボロディン、中共の周恩来が詰めており、蒋介石を監視していました。しかし蒋介石は自分が損する戦争をやりたくないので、戦意が低く、米国は困って、一時中共と接触しました。毛沢東は武器さえもらえば日本海から日本本土に上陸すると言ったそうです。これは蒋介石と米国共和党の反対で実現しませんでした。

9.戦後:蒋介石が「恨みを恩で返す」といったのは、降伏した日本軍が中共軍に参加しないように早期復員を勧めるためでした。ですから真に受けてはなりません。そして毛沢東はソ連から兵器をもらい満洲から国共内戦が再開します。中共はソ連の手下であり、現在のような対等の地位にはなかったことを確認したい。

10.朝鮮併合の理由は対ロシア自衛:日本が李氏朝鮮を併合したのは、朝鮮がロシア帝国の手先となり、日本攻撃をする可能性があったからです。日本の朝鮮統治善政論は事実だが、日本は朝鮮人の生活向上のために超大国ロシアと国家の生存を賭けて戦ったわけでない。あくまでも日本の生存のためです。「国家の生存を欠けて経済植民地を争う国はない」と覚えたい。したがって日本の李氏朝鮮併合は正当な自衛でした。戦後の日本人の対朝鮮罪悪意識は欺されているのである。
 マキャベッリは「隣国を助ける国は滅ぼされる」と述べています。日本は朝鮮を開発せず李氏朝鮮の原始的なままにしておくべきでした。いま北朝鮮は核大国となり日本に牙をむいています。
   (東海子)

〜〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜〜


以前にも度々言ってきたが、日本のマスコミ(産経と八重山日報は除く)は反日であり、日本の国益は無視し特定の第三国の国益を優先した報道に徹していますので、スポーツの結果位しか信頼が置けません。

では真面目に日本の将来を案じる日本国民は何を頼れば良いのでしょうか???

ヤマちゃんおやじは、
@無料メルマガ「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
A無料メルマガわたなべりやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」
B三橋貴明オフィシャルブログ
Cリアルインサイト無料版
DメルマガNPO百人の会
などを主たる情報源にしています。


<8月30日までの優良WEBセミナー(無料)のお勧め>



8月24日21時から23時までリアルインサイト無料版で放送された
無料WEBセミナー
【未来予測の巨匠 北野幸伯氏 国内書出演】
『支配者思考で集団自衛権問題を斬る』
を視聴し大変感銘を受けました。

その概要を当ブログに記載する予定でしたが、

同一の無料WEBセミナーが8月30日までリアルインサイトから
http://editor-ex.jp/Lbk73525/14061

で再放送されています。


これらの情報源から得られる情報は、反日マスコミがもたらす洗脳情報・偏向報道内容とは全く異なり、世界の動向把握に真に役立ものが多いと実感しております。


未だ視聴されていない方には是非ともご視聴されるようお勧めいたします。

新聞やテレビから得られるガセネタ情報とは全く次元の違った情報によって、集団自衛権問題の核心について確固たる理解が得られるでしょう。
posted by ヤマおやじ at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月28日

安保法制に反対する勢力はシナのスパイ!!!

<8月23日(日)>

9時から12時まで久しぶりに公園ボランティア活動をした。

参加者は2人。当方は雑木林の中で雑木をひたすら伐採した。
天気は快晴、林の中は無風であり、シャツと下着上下は汗でびしょ濡れになった。
帰宅後シャワーを浴び、昼食時には缶ビール2本を飲んだ。


<国際政治の地殻変動>


この日のメルマガNPO百人の会で、本年8月6日に桜井よしこ氏が広島で、国際政治の地殻変動を誇張なく淡々と語られたyou−tubuを視聴した。

2013年9月10日米国のオバマ大統領は、“アメリカはシリア内戦に軍事介入しない。アメリカは世界の警察官ではない。”と世界に向け発信した。

その半年後、ロシアはウクライナからクリミア半島を取り上げ、シナは南沙諸島での埋め立てを加速させた。

何故ロシアとシナは軍事力を行使して侵略を開始したのか???

2013年9月10日まではロシア、シナにとってアメリカの軍事力だけはとてつもない脅威であったが、2013年9月10日にアメリカが世界の警察官の役目を放棄したので、ロシア、シナにとってもはや怖い国はなくなったので、大手を振って侵略を開始した。

シナは米国に対し“今後は米国とシナという二大国が世界を支配しよう”と提案し続けて来た。これに対し米国はNOといっていないしYESとも言っていない。

シナは米国がシナの核心的利益に手を出さないように要請している。
シナは米国の核心的利益に手を出さない・・・といっている。

シナの核心的利益は、@チベットAウイグルB台湾C南沙諸島D尖閣列島だとし、これには手出し無用と言っている

オバマ大統領は“尖閣列島は日米安保条約の対象となる“と日本に言った。
といいながらオバマ大統領は世界の警察官の役目を放棄した。
米国大統領が軍に緒戦の出動命令を出しても、米軍の本格的参戦には議会の承認が必要となる。

オバマ大統領が世界の警察官の役目を放棄した理由は、
アメリカでは3億5000万人の人口の中で、5000万人は健康保険に加入していない。

日本は日米安保条約で米国に安全保障を丸投げし、経済に専念し高度な社会福祉社会を実現している。
NATO(北大西洋条約機構)で米国が守ってきた、英国、フランス、ドイツ、北欧なども同様だ。財政に苦しむ米国だけが世界の警察官を今後続ける理由が無い。オバマ大統領としては、米国の社会保障充実に力を入れたい・・・・ということらしい。


今まで日本は、“日本が侵略を受ければ日米安保条約があるから米国が守ってくれる”として経済に専念してきた。
また、“戦力を放棄した平和憲法があるので日本は他国から攻撃・侵略されない”と錯覚してきた。

憲法9条があっても、シナは尖閣列島を自国領と主張し沖縄も本来はシナ領だと主張している。憲法9条があっても、北朝鮮は多数の日本人を拉致した。韓国は竹島を不法占拠している。

抑止力が無い平和憲法では他国からの侵略は阻止できない現実がある。

日米安保条約に関しては、従来の日本では集団的自衛権は認めていないので、仮に尖閣列島周辺で日本を守る米軍がシナ軍から攻撃を受けていても近くいる日本の自衛隊はシナ軍から攻撃を受けている米軍を守ってはならないのだ。日本を守るために戦っている米軍を日本の自衛隊は助けずにみすみす見殺しにするのである。

どう言う訳かしらないがこのような馬鹿げた思考がまかり通っている日本は何と言う馬鹿な国か???

米国民がこれを知ったら、日米安保条約を破棄せよとの大合唱が湧き上がるであろう。
これを日米安保条約に関する片務性という。

<米国次期大統領候補トランプ氏が日米同盟の片務性を非難>

http://miu.ismedia.jp/r/c.do?qiO_Du_KX_sds
によると、
〜〜〜〜〜抜粋引用開始〜〜〜〜〜
共和党の米国次期大統領候補トランプ氏は、8月21日にアラバマ州モービル市の集会で演説した。巨大なフットボールスタジアムの会場に約3万人ともされる参加者が集まった決起集会で、トランプ氏は赤い野球帽をかぶって檀上に登場し、日本の防衛について次のように熱く述べた。

「(現在の日米同盟の下では)米国は、もしも日本が攻撃を受けた場合、日本を防衛することを義務づけられています。しかし日米安保条約の規定では、日本は米国を助ける必要はないのです。こんな状態を、みなさんは良い取り決めだと思いますか?」

 会場の聴衆の間からは「ノー」という声がどっとわき起こった。

 日本が現状では集団的自衛権の行使を自ら禁止し、米国本土が攻撃を受けた場合はむろんのこと、米国民や米軍がたとえ日本のすぐ近くで攻撃された場合でもなんの支援もしない、という日米同盟の現状を、不公正だと非難したわけである。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

今回安全保障法案で安倍首相が集団的自衛権容認を打ち出した理由は、従来の日米安保条約における片務性の解消である。

朝日新聞や野党の言う如く、国会が集団的自衛権容認にを認めなければ日米安保条約自体が空中分解する可能性は大きくなり、日米安保条約が無くなればシナは喜んで日本を占拠し支配下に収めるだろう。




換言すれば国会で審議中の安保法制に反対している諸勢力はシナのスパイと看做さざるを得なくなる。シナが日本支配をしやすくするために、シナのスパイたちが集団的自衛権を容認する安保法制に反対している図式である。

櫻井よし子氏は、今回の安保法制を実現させ抑止力を確保した上で、次に戦力を放棄した現憲法を改正すべきだとおっしゃっていた。けだし正論である。


https://www.youtube.com/watch?v=xcBMol-rkLQ&list=PLhJB-DFcMvZEsenKTiD-u2--6TODbyxQH

の視聴をお勧めいたします。


<8月24日(月)>


午前中スイカ2個収穫。葉っぱも茎も枯れてきたのでぼちぼち終わりの時期を迎えたようだ。感謝、感謝、感謝。。。

【北野幸伯】アメリカは必ず日本を守ってくれますか?・・・という主題で無料WEBセミナー「【北野幸伯】世界を動かす支配者の思考法」 「洗脳されて、思考停止しているすべての日本人へ!」・・・を21時から2時間視聴した。

非常に濃い内容であった。概要は別途報告予定。

            

<8月25日(火)>


台風15号が接近したので、暴風に飛ばされそうになったサンルームの日除けカバーを雨に濡れながら取り外した。

かなり強い暴風雨に襲われたが幸いにも被害らしいものはなかった。


<8月27日(木)>


天然水採取のために美祢市別府弁天の池に行ったが停電のため取水不能だった。やむなく嘉万の如意岳の麓の天然水を戴いて帰った。

この採取場所から如意岳登山道が始まっていた。いずれここから如意岳に登って見たくなった。
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2015年08月22日

反日左翼官僚 谷野作太郎 & 日本の官僚・公務員の世界では左翼が主流派

<8月17日(月)>


最も面白いといわれる高校野球準々決勝を見た。
早稲田実業が九州国際大付に圧勝した。三番清宮(1年生)、4番の連続本塁打は圧巻であった。この時点で早稲田実業優勝の予感がした。


<8月18日(火)>


盆休みでビールを飲んでは食べ寝るの繰り返しで腹に脂肪がたまったので兎に角歩く目的で、高羽ヶ岳に登った。

先日作った水場の状況確認と、山頂の雑木の天辺に登って景色を見ることとし、小型の木製ハシゴを持参しながら大規模林道登山口から登った。わざわざ小型ハシゴを持参したのは、山頂の保安林でハシゴ製作のために木を伐採しないためであった。

水場のパイプからは問題なく清らかな水が流れ出ていた。

山頂の雑木に持参した梯子を立てかけ天辺からの景色を眺めた。
既設の雑木天辺からの景色よりも、十種ヶ峰、大蔵岳、黒獅子山、青野山、法師山、高岳山が見える分だけ若干良い感じがした。北西〜西方向は立木が林立して眺めは得られない。

十種ヶ峰、大蔵岳、黒獅子山、青野山、法師山、高岳山を含む180度パノラマは687mピークから眺められるので余り新鮮味は感ぜられなかった。

ハシゴを担いで15時過ぎに下山した後は、腹廻りの贅肉を減らす目的で15時30分頃から長門峡入口〜竜宮淵5.9kmを往復することで2時間30分早足で歩いた。

上流に民家や水田があるので流れは清流とは言い難いが、奇岩、淵、絶壁などの見所はあった。
DSCN1210.JPG

DSCN1212.JPG

目的の胴回りは少し細くなったのでマアめでたし、めでたしであった。


<8月19日(水)>


高校野球準決勝を観戦した。あわよくば優勝か・・・と予想していた早稲田実業が敗退したのは全く予想外であった。


<8月20日(木)>

高校野球決勝を観戦した。最後までシーソーゲームでありなかなかの熱戦であった。


<8月21日(金)>


家人が実家家庭菜園からスイカを2個採って帰った。
ことしは恐らく既に12個程度野スイカを食し、未だ2,3個は食えるようなので、大豊作であった。今年ほどスイカを飽食した年は無かった。ありがたいことではある。

追肥の効果も考えられるが、大豊作の大元は義父が永年にわたり菜園の土作りに地道な精進を重ねられたお陰だと感じている。感謝、感謝、感謝。。。



<反日左翼売国奴官僚 谷野作太郎>

村山談話、河野談話という史実に反し日本を貶めたに二大談話に深く関わった人物で谷野作太郎という官僚がいる。色々調べてみた。

村山談話とは、1995年(平成7年)8月15日、当時の村山富市首相が戦後50年の節目に発表した談話。正式名称は村山内閣総理大臣談話「戦後50周年の終戦記念日にあたって」 と言い、日本の過去の戦争・植民地支配など、いわゆる歴史認識問題について、日本政府の公式的立場とされている。村山談話では、「日本が植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」 と述べ、「痛切な反省の意」と「心からのお詫びの気持ち」を表明した。


村山談話は、先の大東亜戦争に関し史実に反し且つ国際法に違反して、日本を侵略国家だと詭弁でもって断定した東京裁判を全面的に肯定した自虐史観そのものである。

村山談話のいかがわしい出生の秘密については
2009年2月22日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/114662164.htmlに記載した。


1993年8月4日宮沢内閣官房長官だった河野洋平は従軍慰安婦問題で、国内調査では軍による強制連行を示す資料が全く見つからなかったにもかかわらず、当時の金詠三韓国大統領による“日本が軍による強制連行を認めれば以降韓国は日本を一切非難しない”という甘言に乗せられて妥協を図り、外務省からの悪智慧を借りて『(狭義の強制連行は無かったが)広義での強制連行は存在した』という内容の河野談話を発表した。

この悪名高い河野談話と村山談話に深く関わった谷野作太郎という外務官僚がいたことを最近知った。


<河野談話を事実上作成したのは、当時の外政審議室長谷野作太郎>

河野談話では、従軍慰安婦に関して『広義での強制連行は存在した』として軍の関与を事実上認めた表現にした悪智慧を出したのは外政審議室長谷野作太郎であった。これには、伏線があった。河野談話発表の約4カ月前には、当時の谷野作太郎外政審議室長が参院予算委員会で「強制は単に物理的に強制を加えることのみならず、脅かし、畏怖(いふ)させ本人の自由な意思に反した場合も広く含む」と答弁した。この発言内容は、河野談話の『広義での強制連行は存在した』と同一内容であり、谷野作太郎は少なくとも河野談話発表の4カ月前には既に河野談話の落し所を決めていたフシがある。

谷野作太郎は当時、主だった言論人を呼びつけ、机上にうずたかく積み上げた資料を見せ、「これだけ証拠がある。慰安婦問題での日本政府の謝罪についての批判は慎まれたい」と警告した。

谷野作太郎は河野談話をめぐって日韓間で文言のすり合わせ等の調整があったのではないかという疑惑については「韓国政府と一言一句文言を詰めたということは絶対になかった。また、そういうことがあったとの根も葉もない噂が出ること自体も大変遺憾なことだ」と強く否定していた。ところが、2014年6月に公表された河野談話の検証結果では、談話作成時に文言のすり合わせが実際におこなわれたとしており、谷野作太郎は大嘘を平気でついたことがばれてしまった。


<村山談話を書いた谷野作太郎>

ダイヤモンドオンライン 週刊ダイヤモンド編集部【第7回】 2015年8月13日に
“「村山談話」を書いた元官僚・谷野作太郎氏、その誕生秘話と意義を明かす”が掲載されていたので読んでみた。

谷野作太郎は1995年当時、内閣外政審議室長の要職にあり、村山富市総理の出された「村山談話」の原案を書き、大きな修正は無かった・・・と述懐している。

谷野作太郎は、“(大東亜戦争という)あの無謀な戦争の結果、あるいは朝鮮半島の植民地支配の結果、日本が中国や朝鮮など近隣のアジア諸国に物心両面で大きな苦痛を与えた”・・・と2015年8月に時点でも自信満々に答えている。連合軍総司令官を解任され『老兵はただ消え去るのみ』との名台詞をはいて退役したマッカーサー元帥は米国上院軍事委員会において、『大東亜戦争は日本にとって自衛戦争であった』と証言した事実からすれば、”日本はアジア諸国を侵略した”という歴史観は偽りであり単なるプロパガンダでしかない。

また谷野作太郎は、“衆議院では、少なからぬ議員方が反対、棄権され、全会一致の決議とはならず”という発言をしている。これは当時衆議院議長であった土井たか子が“本日は国会審議がないので地元に帰っても良い”と言って多くの衆議院議員が地元に帰った後急遽衆議院開院を宣言し約半数の議員が欠席した中で村山談話と同じ内容の衆議院決議をおこなった詐欺的事件を隠蔽している発言である。

日本は“朝鮮を植民地支配した”というのは事実無根のプロパガンダであり、実際には日本は朝鮮を併合したのであり、併合後日本は朝鮮人を日本国民として取り扱い朝鮮の近代化のために国家予算の1/5という巨費を振り向けたのである。この事実を否定する谷野作太郎は国政を担う高級官僚としては失格である。もしかしたら谷野作太郎はシナのスパイ(エージェント)かもしれない。

谷野作太郎は、“朝鮮半島の人たちに日本流の氏名を強要(創氏改名)した”と明言している。しかし“朝鮮半島の人たちが日本式の名前に変えた(創氏改名)のは、日本人式の名前に変えたほうが韓国風の姓名よりも信用が大きく得られたから自ら日本式名前に変更したに過ぎないという事実”があった。しかし谷野作太郎この事実を曲げ、日本が朝鮮人に創氏改名を強要したという政治的プロパガンを熱心に吹聴している。

また谷野作太郎は、歴史上存在しなかった南京事件なる捏造プロパガンダが実際に存在したかのようにシャーシャーと宣伝している。

谷野作太郎は、最後の部分では、英語で「タンゴは2人でなければ踊れない」という言い方がありますね。「和解」も彼我(シナと日本)の間の共同作業です・・・と締めくくっている。馬鹿か。。。。シナが尖閣列島・沖縄ばかりか日本全体を支配下に置こうとしている現在、何故シナと日本が和解を行わなければならないのか!!!!

こうなると、谷野作太郎は完全にシナのスパイでしかない!!!

いずれも、谷野作太郎が日本国益の反対極にあるシナの言い分を全面的に認めている反日左翼売国奴官僚であることを見事に証明している。

谷野作太郎の略歴を見てみよう。

元駐インド・中国大使、(公財) 日中友好会館顧問。外務省の「チャイナスクール」元老、福田康夫元首相の同級生。1936年生まれ。東京大学法学部卒業後、1960年外務省入省。駐韓国公使、アジア局長、内閣官房内閣外政審議室長などを経て、1995年より駐インド大使、98年より駐中国大使。2001年に退官し、小泉首相タスクフォースメンバー、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科客員教授などを務め、2012年よりアジア奨学会会長。

日中友好会館顧問、外務省の「チャイナスクール」元老、東京大学法学部卒と揃えば、正真正銘の反日親シナ(左翼)売国奴である。

日中友好会館顧問、外務省の「チャイナスクール」元老という肩書きからすれば当然、谷野作太郎は反日親シナ左翼官僚であり、日本の国益よりもシナの国益を優先させるのは当然であろう。

東京大学法学部卒となれば、東大法学部主任教授を務め戦時国際法に違反した東京裁判を詭弁で正当化しGHQに取り入り、 “日本はアジアを侵略した罪深い国だっだ”と偽りの自虐史観を東大生に刷り込み、最終的には最高裁長官にまで大出世したあの大反日売国奴横田喜三郎の門下生の教え子である。


定年退職後反日マスコミ&反日勢力の情報を集め初めて早12年にもなるが、恥ずかしながら谷野作太郎という反日親シナ(左翼)売国奴官僚の存在を極最近まで知らなかった。

ということは、谷野作太郎クラスの反日親シナ売国奴官僚は他にもうじゃうじゃ存在している可能性がある。

しかしヤマちゃんおやじは、外務省、文部科学省、財務省では相当反日親シナ(左翼)官僚どもが蔓延っているのではないか!!!!????と直感していたのも事実である。


<日本の官僚・公務員の世界では左翼が主流派!!!>

最近、ブログ:風林火山
http://ochimusya.at.webry.info/201102/article_4.html
日本を蝕む内なる敵を斬る! 官僚編 作成日時 : 2011/02/09 23:25
を読んだ。なかなか内容が良かったので、引用する。

〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
深田匠著の『日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略』(2004年発刊)の中でも、特に衝撃的な内容を紹介したい。

マスコミの偏向・捏造報道は、多くのネットユーザーの間では周知の事実だが、官僚や政治政党に蔓延るマルクス・レーニン主義(共産主義)に関しては、殆ど知られていない。

戦後の日本で、武力テロや麻薬取引を画策して公安にマークされていた日本共産党の驚くべき事実、その立党の経緯、そして国民知らない衝撃的な実態が多々語られている。

かなりの長文だが、是非精読してほしい。



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    『日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略』 (P490 〜 P502)
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【日本の国家戦略(二)】

祖国を蝕む内なる敵を斬る!

さて、この国を滅ぼさんとする元凶としては次に、近年批判を受けている「官僚支配」が挙げられる。

欧米などの官僚は完全なる公僕であり、政治家に従う実務集団としてのポジションを越えることはない。

米国なんかは政権が交替すると課長級以上の官僚もほぼ全員が交替するが、これは政治が政治家主導で行われているため、共和党と民主党の政策の大きな差異に適応する政治的信条の人物を両党がそれぞれ官僚に任命するからである。

しかし日本の場合、東大の横田喜三郎法学部教授や大内兵衛経済学部教授ら反日マルキスト学者に学んだ「東大閥」、次いで井上清京大教授らに代表される左翼全盛の「京大閥」が官僚支配構造を確立し、権限を超えた権力と利権を握りつつ、反日マルクス主義を思想ベースに置いて政策まで左右し、日本を左翼官僚国家に改造してしまったのである。

その結果、閣議の前日に各省庁のトップが集合する事務次官会議が開かれ、この場で閣議に提出される案件が決められ、閣議ではそれを形式的に決定又は承認するだけという仕組みができており、内閣の意志決定を行っているのは首相や閣僚ではなく官僚たちという時代が長く続いている。

そしてマルキスト官僚たちは巧妙に提出案件の中にマルクス主義の思想を混入させているわけである。

共産党は「国公労連」(日本国家公務員労働組合連合会)という直属組織をほぼ全ての省庁を網羅する形で張りめぐらしており、全ての省庁には国公労連傘下の共産労組が存在している。

例えば厚生労働省には「全厚生」、法務省には「全法務」、国土交通省には「全建労」、経済産業省には「全通産」、総務省には「全行管」、文部科学省には「文労」……、キリがないのでもう止めにするが、要するに日本の省庁には一切例外なく大量のマルキストが侵入しているということだ。

気象庁みたいなところにまで「全気象」という共産労組があるぐらいなのだ。

またそれは地方自治体も同様で、共産党系の「自治労連」(全日本自治体労働組合総連合)は全都道府県のあらゆる職域の地方公務員を網羅しており、例えば美濃部東京都知事の時代には都庁の管理職の九割以上が「赤旗」を購読していたという記録が残っている。

それは蜷川京都府知事など地方の府県政においても同様であり、「赤旗」や共産党出版物の購読を拒否した職員は出世コースを断たれ閑職へと飛ばされた。

共産党はとりわけ京都・沖縄・北海道の三府県を集中的オルグ対象拠点(重要区)に指定し、今でもこの三府県の行政機関には共産党員が異常に多い。

札幌市営地下鉄が「週刊新潮」誌の「共産党一家が育てた劣化ウラン弾高校生」という見出しの車内吊り広告に紙を貼って目隠しをするという奇態を演じたのも、同市が共産党の牙城であることと無関係ではない。

このように国も地方も官公庁は赤色思想に侵されたマルキストが今だに多く要所に座っており、旧社会党系の「自治労」「官公労」など左翼思想を奉じる組合員官僚も多く、しかしいくら共産主義者だと分かっていても「思想信条の自由」を楯にされるとクビにはしにくいというジレンマの中に現在の左翼官僚支配は延々と継続している。

「国公労連」の加入者数は約十二万九千人と発表されており、「全労連」系列下の「自治労連」の加入者数は約二十五万二千人である。さらに人事を決める人事院にも「人職」という共産党直属組合が有って約二百人が加入しており、この二百人がマルキスト官僚を「出世」させるために思想選別人事を行っている。

つまり官僚・公務員の世界では左翼が主流派なのだ。

さらに十四万六千人を擁する「全教」のマルキスト教師に教えられた生徒たち、仮に1クラスを四十人と仮定すると五百八十四万人の生徒たちの何割かは教師の影響で反日マルキストとなり、さらにその一部は日本を共産国家に変えるために官庁入りを目指すという構造がある。これではキリがない。

小泉首相が構造改革を言うのではあれば、まず「国公労連」「自治労連」に加入するマルキスト官僚を公務員誓約違反で全員解職しなければ、日本の左翼官僚支配構造は何も変わらない。

マルキストが「共産主義者という理由で解職するのは思想信条の自由を侵す憲法違反」などと言っても、国家の解体や政府の転覆を企図する共産主義の思想信条はそれ以前の次元であり、破防法指定容疑団体たる共産党の関係者は、民間はともかく公務員としては絶対に許されないものである。

なお外務省や文部科学省について言えば単なるマルキストだけでは出世できず、「自虐史観」と「親中主義」の待ち主であることも出世のバロメーターになっている。

これは例えば外務省においては田中均や慎田邦彦・阿南惟茂らキャリア組の親中派マルキストがトップに居座っているため、出世を目指す者は上層部の「思想」に迎合する必要があるためである。

それはノンキャリアでも同様であり、例えば鈴木宗男と結託しての背任罪他で逮捕された佐藤優は、学生時代はマルクス主義運動に没頭した左翼で、逮捕後も獄中から左翼誌「世界」に論文を発表しているぐらいだ。

要するにこれは上司からの「引き」を得られるかどうかということであり、一般企業でも上司の考え方に相反する部下が遠ざけられることと同様である。

ちなみに文部科学者においては約六百名の「文労」組合員が教科書検定言のポストを独占しようと躍起になっており、さらに現在の文科省事務次官はかつて全学連の闘士として赤色革命に邁進した共産主義者でもある。

デタラメな「南京大虐殺」だの「従軍慰安婦強制連行」だのといった記述がフリーパスになっているのは、「近隣諸国条項」に加えてこの「文労」組合員が検定官となっているからではないかと私は推測している。
 
大蔵省(現・財務省)でも大内兵衛の系譜にある東大マルキスト派が今でも実権を握っており、実はこの大不況はその勢力が引き起こしたものなのだ。

大不況の引き金となったバブル崩壊は、平成二年三月二十七日の大蔵省銀行局による「総量規制」が原因となって起こっている。大蔵省のマルキスト官僚が「上地の値上がりによる経済格差(資本家の増加)はマルクス主義の思想に反する」と考えて、上地価格を暴落させるために、不動産・建設・ノンバンクの三業種には一切融資しないように金融機関に通達しだのが「総量規制」なるものの正体である。

大蔵省では「総量規制」のみならず、さらに土地や株の取引に途方もない重税をかけることまでして、バブル潰しを図ったのだ。

この「総量規制」通達から一〜二ヵ月で土地は平均三割も暴落し、約一千百兆円の国内資産が瞬間にして消滅した。これは日本のGDPのほぼ二年分に相当する。

あまりの急激な景気悪化にさすがに大蔵省もあわてて、翌平成三年十二月に「総量規制」を廃止したが、もう手遅れであった。

かくしてバブル崩壊と平成大不況が始まったのだ。この大不況を生み出した全ての責任は、マルキスト官僚、官庁に巣喰う左翼勢力にある。

そしてこの「総量規制」を行った大蔵省元銀行局長は一切何の責任も問われずに、現在東京証券取引所理事長に天下りして高給を得ている。

ちなみに付け加えるならば法人税減税に反対しているのもこの勢力であり、その真意が企業・資本家を敵視するマルクス主義に由来するものであることは言うまでもない。

厚生労働省として合併された旧労働省がマルキスト官僚に支配されていたことは有名だが、実は旧労働省には「全労働」(全労働省労働組合)に加入する一万九千人かおり、ここに「厚生共闘」(厚生省労働組合共闘会議)の四万一千人と「全厚生」四千人が加わった為に、全省庁の中で最多の共産党系直属組合員を抱えることになったのである。

共産党労働組合に占拠された労働行政がどのようになるかは明白の理であり、それ故に厚生労働省は、奇型マルクス主義思想に基くジェンダーフリーやフェミニズムを主唱し、スチュワーデスや看護婦などといった呼称を禁じ、「企業の求人には男女を区別してはいけない」という不合理の極みを命じ、全国の労働基準監督署なんかは企業敵視のマルキストの集会場所のようになっている。

政府は「ジェンダーフリーという名称は使用するべきでない」と述べたが、名前だけ変えても中身が変わらなければ同じことである。

現在、国家公務員の人件費は十兆八千億円で、国家予算一般会計の十三%強を占めている。一人あたりの平均年収は六百九十四万円で、退職金(勤続三十年の場合)に至っては一人あたり平均五千五百十四万円も取っており、さらに退職後の天下り先として不要な特殊法人を大量に設立してきたのだ。

民間人の何倍もの退職金を取った上で特殊法人でも再び高給を取り、そしてさらに特殊法人を退職する際にも莫大な退職金を取っているという仕組みだ。

つまり国民の血税をいかに吸い上げるかという吸血寄生虫のようなことをやっており、しかもこれだけの高収入を得ながら「マルクス主義の実験」を行い続けている。これが官僚支配の実態である。日本国民は自分たちが左翼官僚群の「実験動物」にされていることを自覚しているのであろうか。

ちなみに「日本は平和に対する罪を犯した有罪国家だ」と主張していたマルキスト法学者の横田喜三郎の影響は法曹界全般にも波及しており、弁護士や裁判官にはマルキストが異常に多いという現状が続いている。

平成十六年四月に告訴棄却する判決の理由欄で前代未聞の「靖國神社首相参拝違憲論」を並べ立てた亀川清長福岡地裁裁判長なんかは、100%間違いなく共産主義者であろう。

共産党直属の法曹組織は「自由法曹団」「日本国際法律家協会(国法協)」「青年法律家協会(青法協)」「日本民主法律家協会(民法協)」「日本労働弁護団」など多数に及び、また被害者の弱身につけこんで共産党に引き込むために「全国公害弁護団連絡会議」などを結成し、水俣病被害者など全国の公害患者を集めてマルクス主義勉強会を開いてもいる。

「青法協」は弁護士総数の約十五%、「自由法曹団」は約十%を占めており、この二団体だけに限っても弁護士の四人に一人は共産党直系といった状況なのだ。

そして、とりわけ深刻な問題は、全ての弁護士が強制加入させられる日本弁護士連合会(日弁連)が完全に共産党に実効支配されかけている現状である。

日弁連を脱退したり除名されたりしたら弁護士資格を喪失するという性格上、日弁連はあらゆる思想信条の弁護士か所属する機関として政治的に左右に傾くことは本来許されない。

しかし昭和四十一年の党大会で決定した方針に基き、共産党は「自由法曹団」を中心にして日弁連の委員ポストを独占する戦術を進め、大半の弁護士は日常の活動が忙しくて委員なんかにはなりだからないことから、やがてほとんどの委員ポストが共産党系弁護士で占められるに至り、今や日弁連は共産主義者に事実上支配される機関と化してしまったのである。

革マル派系の「報復戦争に反対する会」の発起人に名を連ねていた日弁連の士屋公献元会長なんかは、「日本政府は戦争責任の謝罪と賠償と関係者の処罰を時効抜きの事後立法で行え」という法律家にあるまじき暴論を主張し、二〇〇一年九月八日に中共の反日史観プロパガンダ団体「南京大屠殺索償聯盟」がサンフランシスコで開催した国際的反日工作イベントに公式出席しているぐらいなのだ。

その他、二〇〇三年九月十七日に上海で中共の肝入りで開催された「日本のアジア侵略・戦争責任問題国際シンポジウム」を始め、土屋元会長が出席している中共の反日プロパガンダイベントは枚挙するにキリがなく、また国内のその種のイベントに日弁連が協力しているケースも数多い。

なお平成十五年八月二十五日に日弁連は、八十年も昔に起きた関東大震災朝鮮人迫害事件について朝鮮人に謝罪するようにとの勧告書を小泉首相に提出しているが、日本人拉致との「相殺」を狙う北朝鮮の対日工作に加担したる意図は明白であり、今頃唐突に八十年も昔の件を持ち出す理由など他に存在する筈もない。

この反日マルキストの司法界支配は検察庁もその例外ではなく、例えば改憲や歴史教育是正に尽力してきた村上正邦・中尾栄一・小山孝雄といった正続保守派の政治家を起訴する一方で、加藤紘一や田中真紀子といった中共シンパの売国左翼政治家は議員辞職するだけで逮捕せずに見逃している。

村上正邦氏は、議員辞職後も毎朝欠かさずに靖國神社に参拝され、「国難の折に国政に携われず申し訳ない」と英霊に詫びておられるとのことだが、このような国士が政界から去ったことは日本にとって大きな痛手であり、この起訴か不起訴かをイデオロギーで決めるという検察の不公正さは、まさに横田喜三郎の「遺産」なのである。

なお辻本清美の逮捕までには、事件発覚以来実に一年四ヶ月も時間を要しているが、これにも理由があるのだ。

警視庁捜査二課は辻本立件に積極的だったのだが、辻本を逮捕したくない左翼びいきの検察官は警察を抑えて消極的な姿勢を取り続けた。

しかし警察が一年四ヶ月もかけて完璧な証拠固めを行い、それを検察庁に突きつけた為に、検察官も渋々了承したという
のが真相なのである。警視庁捜査二課の努力によってかろうじて辻本は逮捕できたのだ。

辻元清美が設立したNGO「ピースボート」は、北朝鮮とベトナム(どちらも共産主義国)との往来を行うことを主目的としており、その運営会社である(株)ピース・イン・ツアーの社長は赤軍派の北川明、役員には北朝鮮から朝鮮総聯への指示文書で対朝協力者だと名前のあかっている小田実(べ平連)、共産党シンパとして有名な灰谷健二郎などの名前が並んでおり、前述のように筑紫哲也も「支援者」として船上講師を務めている。

公安はこの「ピースボート」を事実上の北朝鮮対日工作団体だとして監視してきたのだが、例えば平成十二年に「ピースボート」の一行は万景峰号にコメを山積みして訪朝し、朝鮮労働党幹部候補生の学生たちとディスカッションを行い、なんと拉致だの核だの強制収容所や人権弾圧だのには一言も触れずに「ともに日本の戦争責任を追求しよう」と気勢を上げている。

赤軍派よど号グループが北朝鮮から日本へ密入国したのも「ピースボート」の船だといわれており、辻元の周辺には赤軍派と北朝鮮工作員が溢れかえっていたのだ。

それ故に警視庁捜査二課は、この事実上の北朝鮮工作員でありながらも無知な大衆やマスコミに人気のある辻元の議員バッジをはずさせることに執念を燃やしたわけである。

しかし残念ながらその判決は執行猶予付きとなり、全く同罪で逮捕された山本代議士が獄中に在り中島代議士が保釈中に自殺したことに比べると、裁判官が左翼であったとしか思えない判決が下されたのだ。そのためにこの犯罪者が再び参院選に出馬するという事態に至ってしまった。
 
実は裁判官にも相当な割合でマルキストが存在しており、偏向した不公正な判決を下し続けている。

一例を挙げておこう。平成十三年七月七日に故松井やよりを講師に招いた左翼集会が開催され、模擬戦犯裁判「女性国際戦犯法廷」のVTR上映とフリー討論会が行われた。

この集会は入場料を払えば誰でも入場できるため、五名の愛国者有志(いわゆる右翼活動家ではない民間の一般人)が入場し、VTR内容のあまりのひどさにヤジをとはしたところ、なんとこの五名は逮捕され四〜六ヶ月間も拘留されたのである。

さらに同裁判の河邊義正裁判長は、単にヤジをとばしただけのこの五人に不当な有罪判決を下しだのみならず、ブルーリボン(拉致被害者救出運動のシンボル)と日の丸バッジを付けていた傍聴人に対して「それをはずさないと入廷させない」と通告した。

もし仮に傍聴人が赤旗バッジを付けていたのならば、この裁判長は「それをはずせ」とは言わなかったであろうことは容易に推察できる。

司法界の左傾化か指摘されて久しいもの、およそ世界中のあらゆる裁判において、傍聴人に自国の国旗バッジをはずさせるという裁判長が存在する国は日本だけである。

本件は西村真悟代議上が国会で追及されたが、我々保守陣営はこのマルキスト裁判長の名前をしっかりと記憶しておかなければならない。

ちなみに「従軍慰安婦」と自称する元売春婦の訴えのままに国に慰謝料支払いを命じた山口地裁下関支部や、中国人のでっちあげた「強制連行」の与太話を鵜呑みにして八千八百万円もの賠償を国に命じた新潟地裁など、この種の政治的偏向判決は年々増加しており、その傾向の共通点は「左翼びいき」「国と政府を敵視」「中共や中国人の主張は丸呑み」といった点にある。

国の体質が変わるときは先ず司法の体質から変わることは前述した。

スペイン共産党書記長S・ガリョは共産主義化へ向けたプロパガンダ装置として「マスコミ・学校・司法を味方につけられれば時間の問題で共産主義革命に至る」と述べているが、日本はこの三つともすでに共産主義勢力の手中に落ちかけているのだ。

司法改革をいうのであれば、将来的に日本をアメリカのような賠償金目的乱訴大国に変えかねない裁判員制度導入なんかよりも、不適格な反国家思想を持つマルキスト裁判官を弾劾して解任追放するほうが先決である。

ドイツでも裁判員制度を設けているが裁判員は有識者から選ぶと定めており、日本のように年令・学歴・思想信条に関係なしに抽選で選んだりすれば、頭カラッポのそこらのお兄ちゃんや感情論にだまされやすいオバサンなんかがマルキストの裁判官や共産党系の「人権派」弁護士に巧く乗せられて、中国人凶悪犯の主張どおりにパンパンと無罪判決を出しかねない。日本はまた馬鹿な制度をつくってしまったのだ。

さて次には社民党と極左過激派との深い関係について少し述べておこう。辻元清美の「ピースボート」は前述のように日本赤軍の北川明が「自分の女につくらせた赤軍支援団体」であり、つまり辻元とは赤軍が政界に送りこんだエージェントである。

また福島端穂党首は学生時代からずっと中核派を支援しており、平成十一年五月二十二日には中核派活動家約七十名が参集した集会に出席している。

中核派とはご存知のとおり極左暴力団として認定されているテロ組織である。

自民党の誰それが右翼と一緒に写真に写っただのといって騒ぐマスコミは、なぜ左の場合にはこうも沈黙するのだろうか。

ともあれ極左過激派は、共産党とは近親憎悪的に敵対しているため、社会党に目をつけて幾多のエージェントを潜入させてきた。

中核派、革マル派、日本赤軍、そして朝鮮総聯などのエージェントが社会党には多く浸透しており、社会党(現社民党)とは実に極左過激派のカモフラージュ政党に他ならないのだ。

米国民主党には極左SDS分派に属する議員が混在するものの、それでもまともな議員も存在する。しかし社民党、そして民主党へ逃げこんだ旧社会党系には、まともな議員はI人もいない。背景を洗えば必ず極左か朝鮮総聯とのつながりが出てくるのだ。とかく極左は「ピースボート」のように偽装団体で表社会にくいこむ戦術に長けているのである。

それでは次に共産党の実態について述べよう。

その前にまず一考して頂きたいのは、元々反共を国是としてきた韓国が現在のように完全な赤色政権へと至ったのは何故かということだ。

資本主義国として先進国入りしている韓国が今頃になって共産主義へと傾く外形的要素は何もない。その原因はただ一つ、労働組合と教育界へのマルキストの浸透を放置したことにある。

そして若者が赤化すれば、その国は年々「左」へと傾いていくことになる。日本でもこの韓国と酷似した土壌が出来つつあることを忘れてはならない。

教科書の自虐史観と共産主義礼賛の記述は、戦後最悪のレベルに達しており、民青やWPNなどの共産主義組織は反米ナショナリズムを餌にぶらさげて若者を引き込み続けている。

平成十五年十一月の衆議院選挙で共産党は議席を減らしたとはいえども、前述のように労働組合を先兵とする共産党の「赤い細胞」は中央官庁から地方自治体、マスコミから教育界や法曹界に至るまであらゆる職権と職域に侵入しており、平成十一年四月の統一地方選挙では四千四百十三名を当選させて政党別地方議員数では何と第一党となっていることからも、共産党に対してまだまだ気を抜いてはいけないのだ。

平成十年の参議院選挙では比例代表で共産党に投票した人間は八百十九万余人だが、これは未成年者など選挙権のない人やノンポリシーの棄権者の比率を鑑みると、日本人有権者の二割近くが共産党に投票したことになる。

つまり大人が五〜六入いれば、その内の一人は共産主義者なのである。社民党や民主党左派(社会党出身議員)を支持した人も合わせると、日本人の三〜四人に一人は確信犯的な左翼だという見方もできよう。

こんなに左翼比率の高い国は、自由主義国では韓国、ドイツ、日本ぐらいのものではないだろうか。

ちなみに沖縄には地元ローカル政党ながら、「朝鮮労働党日本支部」とでも呼ぶべき極左マルクスーレ・ニン主義政党である沖縄社会大衆党というものが有り、一定の議席を保持している。

沖縄社会大衆党は朝鮮総聯は勿論のこと北朝鮮の主体思想を信奉する国内親朝左翼諸団体と不可分な関係にあり、なんと「沖縄を琉球人民共和国として独立させよ」と主張している。つまり沖縄を北朝鮮のような国にしたいわけだ。
 
沖縄社会大衆党や旧社会党が北朝鮮の工作機関から資金を受け取ってきたことは明らかになっているが、共産党もまたソ連から莫大な金を貰っていた外患誘致政党であり、スターリンの指示で武力革命を行おうとしたことは内乱罪に該当する。

そのため共産党は破防法適用の容疑団体に指定されているが、共産党に投票している人々は自分たちがオウムと大差ない組織に投票していることを自覚しているのであろうか。

「民商に入ると税務申告をやってくれるから」とか「融資してもらえるから」といった理由で民商に加入する馬鹿な零細企業や自営業者がいるが、私から見れば阿呆の生き標本みたいなものである。

民商や共産党に入るということは破防法指定容疑団体の構成員になるということ、つまりオウムの信者になるのと同じことなのだ。それ故に破防法を目の故にする左翼陣営がオウムの破防法適用に対して、一致団結して反対を唱えたる所以である。

平成五年に共産党議長の不破哲三が『日本共産党に対する干渉と内通の記録』という著書を出版している。

これは宮本顕治派が野坂参三派を攻撃するために、つまり共産党内部抗争の材料として出版されたものだが、この本には野坂や志賀義雄ら共産党の幹部の多くがソ連共産党のスパイ(工作員)となり、ソ連から活動資金を支給されクレムリンの指示に従って活動していたその事実が詳しく書かれている。

これはまさに不破自ら語るに落ちたというべき珍著であり、日本共産党がソ連の対日工作部門であった事実を証明するものである。

日本を仮想敵国とする外国から数百億円もの裏資金を貰って自国政府の転覆を企図する、この共産党の行為は死刑に該当する刑事犯罪ではないか。

高校や大学でオルグされて民青に入り街頭で「自衛隊イラク派遣反対の署名をお願いしま〜す」と叫んでいる馬鹿学生たちは、この不破による共産党売国史のカミングアウト著書を読んだことがあるのだろうか。

日本共産党の実態とその歴史を調査研究すれば、同党がまさに日本国内の「ミニ北朝鮮」「ミニソ連」のようなことを行ってきたことは明らかである。

例えば共産党は党の方針や上層部を批判する党員を、当人がまったく正常であるにも関わらず精神異常者として、代々木病院精神科など全国の共産党系病院に「強制収容」している。

共産党は民医連(全日本民主医療機関連合会)という直属の病院を多く持っており、全国で病院経営している政党なんて共産党ぐらいのものであるが、要するにこの病院は共産党の「強制収容所」の役割を果たしているのである。公安調査庁や警視庁公安部はこのような実態をもっと積極的に国民に公表するべきではないか。

共産主義国のまさに縮図のような事件の代表例は、やはり日本共産党革命左派所属の永田洋子らが起こした連合赤軍の群馬県榛名山アジト十二名リンチ殺人であろう。

永田や森恒夫ら幹部の意見には全て無条件で「異議なし」と答えさせられ、少しでも幹部の気に入らない言動を取った者は「革命意志が足りない。共産主義戦士の自覚がない」とされて死ぬまで殴られた。

もしも幹部に対して疑問を呈したら「公安のスパイだ」と決めつけられて殺害された。こうして十二名を殺害した残党がかの「あさま山荘」へと向かったわけだが、この榛名山アジトがそのまま国家規模になった国がソ連・中共・北朝鮮等々なのである。すなわち日本共産党員が目指す国のことだ。

これは観念論ではなく、共産党の頂点に長らく君臨した宮本顕冶議長はリンチ殺人で逮捕されたことのある人物であり、殺人犯を党首に載く政党なんて共産党だけなのである。

この宮本のリンチ殺人について共産党は「党と社会進歩をめざす闘争の正しい前進を防衛するためにおこなった正義の闘争」(昭和五十一年一月八日・日共中央委員会)としている。

殺人を「正義の闘争」と断じる政党は日本においては共産党だけである。

共産党は一九五一年に「日本で暴力革命を起こせ」というスターリンの「五一綱領」を受けて「軍事闘争・武装革命」を呼号し、交番に火炎ビンを投げ込んでまわり警官殺害などを行ってきた。

日本において自国政府を暴力で転覆しようとしたテロ政党も共産党だけである。共産党革命左派の永田洋子らのテロ活動は、暴力を肯定するマルクスの思想を忠実に実行したものであり、現在の共産党が表向き掲げる「人権、反戦、民主」なんてマルクス主義とは真っ向から相反する単なるカモフラージュに過ぎないことを裏付けている。

山岳アジトでリンチ殺人を繰り返し、入管事務所や交番に火炎ビンを投げ込み、大企業への無差別爆弾テロで罪もないサラリーマンを多数殺害する、それが共産主義という思想の真の顔であることを決して忘れてはならない。

マルクス主義が暴力を肯定するイデオロギーであることは前述した通りだが、それ故にマルクス主義陣営同士でもその好戦性から内ゲバが絶えない。

中核派と革マル派の内ゲバは有名だが、国単位でもソ連と中共、ソ連とチェコスロバキア、中共とベトナムなど、共産主義国の憎み合いはそのイデオロギーの持つ暴力性に由来する。
 
日本共産党の成り立ちは、一九一九年にソ連が国際共産主義運動の司令塔コミンテルン(第三インターナショナル)を創設し、各国にその支部を設けたところから始まる。

日本も含めて各国ではコミンテルン支部としての共産党が体制を転覆させるために反政府活動を行ったが、戦前の日本は共産主義という「悪魔の思想」の正体をよく理解していたことから、これを非合法として禁止した。

実に正しい政治判断である。

しかし日本は敗戦し、GHQニューディーラーが共産党員を釈放し、焼け跡に赤い旗が乱立した。

一九四七年九月、ソ連は欧州各国の共産党代表者をポーランドに招集してコミンフォルム(コミンテルンの後継組織)を結成し、また同年五月にはアジアにおいても、中国共産党・朝鮮労働党・日本共産党が連携して武力でアジア全土を赤化するための「東方解放人同盟」(同年十一月に「アジア社会主義同盟」に改称)を結成した。

この同盟のトップには中共の朱徳(後の中共全人代常任委員長)が就き、ナンバーツーには野坂参三が就任している。

そして翌一九四八年、ソ連は「コミンフォルム指令第百七十二号」により、欧州とアジアの各国共産党に対し「十二〜十三万丁の銃で武装し、発電所・送電線・送電施設を破壊し、反動的人物を暗殺せよ」と指示した。

この指令は同年の米軍第九七一諜報部隊(CIC)の報告書によって明らかにされているが、各国共産党はコミンフォルムの指令通りに銃を集め武装革命の準備に着手し、そして多くが未遂の段階で検挙された。

さて時は移って一九七六年(昭和五十一年)、同年四月一日付の「世界日報」紙と同年六月十六日付の産経新聞は、「共産党がのべ千八百丁もの銃を所持していたことを警察庁防犯部筋が明かした」と報じている。

もはや説明の必要もないだろう。十二〜十三万丁ではなく千八百丁しか集まらなかったが、共産党は大規模な反政府テロと要人暗殺を計画していたのだ。

そして計画はしたもののGHQの占領下で結局行動には移せなかっただけなのだ。こんなアルカーイダと人差ないテロ政党が平和主義を連呼するに至っては、冗談は志位和夫の顔だけにしてもらいたい。

私の手元には共産党のこの真の顔を裏付ける多くの情報や資料加他にも多くある。全てを列挙するのは不可能なので、最も衝撃的な例をもう一つだけ紹介したい。

米国防総省戦術技術部元副部長のジョゼフ・ダグラス博士は旧ソ連KGBの対米謀略工作文書の解析を専門としているが、このダグラス博士が発見したKGB公式報告書の中に「ベトナム戦争時に、沖縄の米軍基地周辺で中国が提供する麻薬が蔓延したが、実際に米兵を標的に麻薬を売る役割を日本共産党が担当し、その仲介役は在日本チェコスロバキア駐在武官が担当した」というものが存在している。

さらに同文書では「中国共産党と日本共産党は表向きは対立しているが、一九六四年に麻薬による在日米軍士気低下を目的とする工作活動の合意文書を交わしており、麻薬の売上の25%が日本共産党のマージンとなる旨が取り決められた」ともある。

米国に亡命したチェコスロバキア諜報機関のJ・セスナ大佐も同文書の内容を裏付ける証言を公聴会で述べており、ダグラス博士は「中共政権が崩壊すれば、この日中両共産党の合意文書が公になるであろう」と述べている。

文化大革命の最中、ベトナム戦争において日本共産党は反米国際統一戦線を主張したが、中共は反米反ソ戦線を主張して決裂、それ以後中共は日共を「宮本修正主義集団」と呼んで両党関係は断絶した、表向きは。

しかしソ連と中共、ソ連とチェコスロバキア、中共と日本共産党、それぞれ対立はしていても実は麻薬戦略については共闘していたという証拠文書をダグラス博士は発見したということである。

中共が国内に数百ヵ所の麻薬精製工場を持ち人民解放軍が管理していることは公知の事実だが、過去に存在した共産主義国も例外なく国営麻薬精製工場を所有しており、「資本主義国を麻薬禍で弱体化させるために、ソ連は米国及び欧州を担当し、中国はアジアとアフリカを担当する」という中ソ秘密協定が存在していたことはCIAも報告書にまとめている。

ソ連崩壊後も中共は、一九九九年の軍事戦術マニュアル「超限戦」の中で、サイバーテロや金融テロ、心理戦や情報戦、環境破壊テロ、メディアを通じた洗脳、これらの戦術とともに重要戦術の一つとして麻薬による敵国の弱体化を挙げているのだ。

さて果たして共産党が麻薬密売工作を本当に実行していたのか否か、その真偽は現時点ではまだ断定するには至らない。しかし少なくとも、その旨を記したKGB文書が米国防総省戦術技術部に保管されているのは事実だということである。

〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

有権者からの信任を得ない反日左翼官僚共が如何に日本を食い物にしているかが少しはお分かりになったものと思う。

官僚・公務員の世界では左翼が主流派というのは大大大問題 !!!
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2015年08月17日

戦後70周年安倍首相談話の真意 & 蟻地獄に落ちたシナ経済

<8月14日(金)>/span>

戦後70周年を迎えての安倍首相談話が発表された。

首相官邸HPから記者会見の模様、安倍首相談話を以下に転載する。

〜〜〜〜転載開始〜〜〜〜
【安倍総理冒頭発言】
 8月は、私たち日本人にしばし立ち止まることを求めます。今は遠い過去なのだとしても、過ぎ去った歴史に思いを致すことを求めます。
 政治は歴史から未来への知恵を学ばなければなりません。戦後70年という大きな節目に当たって、先の大戦への道のり、戦後の歩み。20世紀という時代を振り返り、その教訓の中から未来に向けて、世界の中で日本がどういう道を進むべきか。深く思索し、構想すべきである。私はそう考えました。
 同時に、政治は歴史に謙虚でなければなりません。政治的、外交的な意図によって歴史がゆがめられるようなことは決してあってはならない。このことも私の強い信念であります。
 ですから、談話の作成に当たっては、21世紀構想懇談会を開いて、有識者の皆様に率直かつ徹底的な御議論をいただきました。それぞれの視座や考え方は当然ながら異なります。しかし、そうした有識者の皆さんが熱のこもった議論を積み重ねた結果、一定の認識を共有できた。私はこの提言を歴史の声として受けとめたいと思います。そして、この提言の上に立って、歴史から教訓を酌み取り、今後の目指すべき道を展望したいと思います。

 100年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、19世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。
 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、1,000万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。
 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。
 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。
 そして70年前。日本は、敗戦しました。
 戦後70年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。
 先の大戦では、300万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。
 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。
 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。
 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。
 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。
 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。
 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。
 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。
 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。
 戦後、600万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた3,000人近い日本人の子供たちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。
 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。
 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。
 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後70年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださったすべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。
 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。
 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。
 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。
 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。
 私たちは、20世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。21世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。
 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。
 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。
 終戦80年、90年、さらには100年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。
 以上が、私たちが歴史から学ぶべき未来への知恵であろうと考えております。
 冒頭、私は、21世紀構想懇談会の提言を歴史の声として受けとめたいと申し上げました。同時に、私たちは歴史に対して謙虚でなければなりません。謙虚な姿勢とは、果たして聞き漏らした声がほかにもあるのではないかと、常に歴史を見つめ続ける態度であると考えます。
 私は、これからも謙虚に、歴史の声に耳を傾けながら未来への知恵を学んでいく、そうした姿勢を持ち続けていきたいと考えています。
 私からは以上であります。
〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜


色々な意見があるだろう。

確かに安倍談話では、村山談話に盛り込まれた『日本は進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました』『先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ち』などの文言が再登場したので失望した向きもあったかもしれない。


しかしヤマちゃんおやじは、“安倍首相は実に上手いことをやった”と感じた。

【1】特に“その先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。”と安倍首相が発言されたのはとてつもない快挙だと痛感した。

その伏線になったのは、“欧米諸国が過去100年間繰り広げた植民地支配”に言及した部分である。これは行間に“過去100年間にわたりアジア・アフリカで広大な植民地を支配し搾取してきた欧米諸国は何らお詫びも自己批判もしていない”という事実を強く印象付けた箇所であり、“日本だけがお詫びをし続ける理由が無い”ことを言外に表明した重要な部分だと感せられた。これで今後日本の首相が『日本はアジアを侵略し多大な迷惑を掛けた』と毎年毎年繰り返し史実に反して詫びるという悪習(シナや韓国の政治プロパガンダ)から解放されることになる。

【2】“また 同時に、政治は歴史に謙虚でなければなりません。政治的、外交的な意図によって歴史がゆがめられるようなことは決してあってはならない。”という下りは、シナ、韓国、日本の反日マスコミ共が史実に違反して日本を貶める政治宣伝耕作を行っている現実を真正面から指摘非難したものと感じました。

鈴木内閣以来野田内閣まで連綿と続いたシナ、韓国からの歴史認識にかこつけた政治宣伝・内政干渉に対し為す術も無く甘受してきた不甲斐ない姿勢から【1】【2】によって第二次安倍内閣が始めて脱却させた快挙だと感じた。


反日的プロパガンダや反日教育によって簡単に洗脳され史実を知らない人々は、『村山談話が継承された』と感じたかもしれない。

史実を知り反日的プロパガンダや反日教育で簡単に洗脳されていない人々は、安倍首相が行間に張り巡らせた文言の真意をしっかり汲み取ったものと思う。


「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成27年(2015)8月15日(土曜日)
  通算第4627号の読者の声から転載します。

〜〜〜〜転載はじめ〜〜〜〜
読者の声3)安倍談話が発表され、保守陣営から不評の声を聴きますが、ともかくさまざまな反応を国内外に巻き起こしています。
先生のコメントを是非お聞かせ下さい。

(宮崎正弘のコメント)安倍談話は有識者会議の議論や、直前までの予測報道から、それほどの期待をしておりませんでした。ところが、この談話、極めつきに良いですね。なぜなら「行間を読む」べきです。そこにはアジア侵略は欧米列強だったことが示唆され、また日本のお陰でアジア諸国の独立が達成されたことをやんわりと示唆しています。
「謝罪」の項目も次世代の日本の若者が何時までも、し続けることより未来志向で歩もうと、全体的に中国、韓国への配慮もありますが、村山談話と継承するという表面看板とは裏腹に日本の正しい歴史認識の回復という意味が深く込められている。
 まさに安倍談話は「行間を読む」べきです。

〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜

シナ、韓国、村山富一、反日マスコミどもは、村山談話が継承されるように事前に入念な宣伝工作を行って来たが、安倍首相による見事な返り討ちに遭い、悔しさを滲ませた非難メッセージを出すはめに陥った。

今回の安倍首相談話は、平和馬鹿にも上手く対処し、憂国の士にも相当な満足を与えたもので高等戦術に基づいた秀逸なものだと感じ入った。

当方は終戦70周年首相談話に関し浅学菲才を省みず首相官邸にメールで提言したが、当方の危惧は杞憂に終わったようである。

手前味噌めくが、当方が提言した事項の大部分は安倍首相談話の中で行間にしっかり盛り込まれていた感がある。安倍首相談話では名指し非難を避けて言うべきことはしっかり言っているので敵を作らない!!!さすが馬鹿正直なヤマちゃんおやじとは数万倍も上手(うわて)である・・・めでたし、めでたし。。。。


<8月15日(土)>


登山経験のない知人から当方がベンチを設置した山に登りたい・・・という電話があった。

当方がベンチを設置した山、登山道は、周南市鹿野町シャクナゲ尾根コース途中に3基、防府市綾ヶ峰山頂に2基、山口市阿東町高羽ヶ岳山頂に1基ある。

とりあえず最も見栄えの良いベンチがある高羽ヶ岳を想定し、初心者が難儀するであろう山頂直下の急坂にロープを設置することにした。

折角なので以前から目をつけていた湧き水にパイプを引き、飲み水が得られるようにした。

最短距離の大規模林道登山口を10時30分頃出発し、途中で延びた笹を刈りながら登り、687mピークで昼食を採った後、持参したステンレスパイプを湧き水の出口に固定して少量ではあるが飲料水が得られるようにした。この湧き水はたたら川の水源であると思う。水量は125cc/分程度の少量だが水切れ時には大きな助けになるであろう。
DSCN1194.JPG <水源の湧き水>

次いで山頂に着き、山頂直下の急坂に長さ20mのトラロープを設置した。ロープには概ね50cm間隔に結び目を作り握り易いようにした後、ロープ下に生えた笹を刈り払ったので多少の時間がかかり4時頃完成した。
DSCN1195.JPG <急傾斜に張ったロープ>

<8月16日(日)>:蟻地獄に陥った中国経済

溜まった電子メールを開封し読むべきものは読み、保管価値の無いものは処分した。
午後は昨日の作業で疲れた体を昼寝でいたわった。

シナが手持ちの米国国債を売り始めたという情報は以前から聞いていた。
その後本年7月のシナ株式市場では大恐慌に匹敵するほどの大暴落があった。

しかし日本の報道では相変わらずシナは世界第二位の経済大国であり今後も引き続き安定成長が見込まれる・・という楽観説がある、というかシナ経済悪化という報道は殆どゼロである。しかし真相はどうか????

当方が加入する無料メルマの8月16日、15日の記事から引用する。


 わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」3745号
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           平成27(2015)年8月16日(日)
安倍は安保法制を考え「小の虫」を殺した:杉浦正章
団派ナンバー2=李源潮の右腕を除籍処分:宮崎正弘
ヒラリーの犯罪追及は続く:Andy Chang
私の「身辺雑記」(250):平井修一
安倍談話、表記の修正は何のためだ:上西俊雄
                     話 の 福 袋
                     読 者 の 声
                     身 辺 雑 記
を一通り読んだ。

私の「身辺雑記」(250) 平井 修一  に、

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・瀬口清之氏の論考「中国経済は安定を持続、株暴落の影響は軽微<北京・武漢・上海出張報告(2015年7月20日〜7月31日)>8/13、“中共応援団”の臭いがプンプンする見出し
ではあるが、要旨を読む限り「中共経済は出口なし」という印象だった。・・・とあった。

一方、別の価値ある情報も得た。
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成27年(2015)8月15日(土曜日)
  通算第4627号   から転載する。

〜〜〜〜〜〜転載開始〜〜〜〜〜〜

 中国の金備蓄は予想数字の三分の一となっていた奇々怪々
  あの鳴り物入りの「国富ファンド」、財布は空に近いのでは?
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 天津浜海地区の港湾近くでの大爆発、キノコ雲という惨事の画像に、もう一つ大事なニュースがかき消されている。日本のメディアは日本企業の被害にばかり焦点を当てている。
 中国の金備蓄の「公表数字」である。

 これまで中国とインドの金買い(これこそが「爆買い」だ)、アラブ諸国顔負けの買いッぷりで、日本からも中古の宝飾品がごっそり買われた。中国の金ショップには早朝から長蛇の列があった。
国家備蓄は3000トンと予測されていた。蓋を開けると三分の一の1054トンだった。
http://lets-gold.net/chart_gallery/chart_gold_demand2.php

 中国の金消費は2014年に、じつは激減している。前年1311・8トンと世界一だったが、これを813・6トンに減らしていたのだ(じつに38%の需要減)。
 これにより世界の国別の金保有ランキングが行進された。
 米国、ドイツ、IMF、イタリア、フランスについで中国は7位に後退し、つぎがスイス、九位が日本で765トン。

次の推論が成り立つ。
第一に世界の金相場は原油価格と平行するかのように下落につぐ下落、一オンス=1200ドルを割り込んでいる。
原油は一バーレル=100ドル台から、いまや40ドル台にまで暴落した。サウジは赤字国債を発行し、ロシアは不況に陥没し、あおりを食らって米国シェールガスの開発ブームは止まった。
中国が金を売却していたのである。

第二に鳴り物入りだった中国の国富ファンドの最近の「活躍」が伝わらなくなった。サウジやクエートの国富ファンドに迫る3000億ドル規模の資金は、有益な「投資」にまわされている筈だった。この中には5兆円にものぼった日本株があった。
手元資金不如意に落ちいって、日本株を静かに売却したらしい。というのも、日本企業の株主リストは公開されているが、豪のオムニバスファンド(中国国富ファンドの別働隊)の名前が見つからないからだ。ほぼ日本株を売却したと推定される。

第三に保有する米国債を取り崩している。
中国の外貨準備は「帳面上」、世界最大となって4兆ドル近いが、それならナゼ、米国蔡を徐々に取り崩しているのだろう?
米国債保有は年初来、日本が筆頭に返り咲いている。

こうみてくるとリーマンショック直後からの財政出動と地方政府の無謀な不動産開発の拠点となった「融資平台」と、国有銀行の強気の融資によって膨らんだ中国のインフラ建設、不動産投資が、一時期は中国に未曾有の成長をもたらしたかのように報道されたが、実態は各地にゴーストタウンを造り、償還時期が来ても返済資金がなくなり、金融緩和、利下げ、預金準備率引き下げを繰り返したが、行政の金融政策でも資金不足状態から抜け出せなかった。つぎにシャドーバンキング、理財商品の販売で庶民からカネを巻き上げ、国有企業の回転資金にまわしてきた。

それでも足りなくなった外貨準備を取り崩し、国富ファンドの保有財産を切り売りし、金備蓄を取り崩して手者不如意を埋めてきた のではないのか。

こうした方法は姑息だが、静かに行われ、しかしそれでも足りなくなって株式市場に目を付けた。庶民のカネを、相場を人為的につり上げることによって高騰を演出し、個人投資家という庶民の資金を吸い上げた。だが、この株式は「市場経済」の原則からはるか遠い、出鱈目なメカニズムだったために、相場が崩れ、六月からの上海株大暴落となった。
そして人民元の切り下げである。

一連の動きを読めば、すべてはリーマンショック直後からの強圧的な財政出動のツケが回って、中国経済はいかに藻掻いても藻掻いても「蟻地獄」の陥穽から抜け出せない状況となった。

 すべては身から出た錆、株式暴落と人民元安がこれから本格的に始まる。
〜〜〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜〜〜

マスコミだけではなく、キャノングローバル戦略研究所という研究所にも色が着いているようだ。

そういえば、キャノン前社長、前経団連会長の御手洗富士夫氏は一見保守派に見えるが、2009年の衆議院選挙では経団連は従来の自由民主党支持を取りやめ自由投票にしたという記憶があり、それからすればかくれ民主党シンパではなかったのか???という疑問は残る。

グローバル企業は世界各国でビジネスを展開するので、特定の国の国益を重視することはない。そういう意味ではトヨタ自動車の元会長であった奥田碩が、シナでの自動車ビジネスを有利にする目的で時の小泉総理に靖国神社参拝をしないように要望したのと同じ心境かもしれない。

そういう意味で、グローバル企業経営者は総じて日本の国益よりも自社ビジネスの発展を重視する傾向にあることに注意すべきである。


廉い労働力を求めて日本での移民1000万人受け入れは経営者には朗報であるが、欧米での移民受け入れ失敗の事例をみれば、日本で移民1000万人受け入れは日本亡国に直結する。

経団連=偉い人というレッテルで物事を考えてはならない。
経団連なる経営者団体は、反日マスコミとは別の意味で反日勢力になる時もある。
経済同友会も同様である。経済同友会はシナ色がさらに強い。
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2015年08月13日

終戦70周年安倍首相談話に関し首相官邸への提言

<8月12日(水)>/span>

読売新聞2015年08月07日03時00分によれば、
戦後70年にあたり、中曽根康弘元首相(97)は読売新聞に寄稿し、アジアとの戦争は「侵略戦争だった」と認め、先の大戦を「やるべからざる戦争であり、誤った戦争」と総括した。こうした否定的な歴史を直視しなければ、近隣諸国から信頼を得ることはできないと指摘した。

安倍首相が終戦70周年の節目に行う首相談話に関し、シナ、韓国、反日左翼勢力などが村山談話を踏襲し“日本がアジア諸国を侵略したことを認めお詫びせよ”と一大キャンペーンを繰り広げている。

その最中の上記中曽根元首相による寄稿は、引退した政治家が元老よろしくしゃしゃり出た感はいなめない。5大反日の一人に祭り上げられている中曽根元首相ごときが元老風(ご意見番風)を吹かすんじゃーねー!!!


8月12日発行の某メールで、“8月14日に安倍総理が閣議決定する予定の終戦70周年首相談話があの忌まわしい村山談話を踏襲するらしい”という情報に接した。

村山談話とは、終戦50周年目の1995年8月15日に、当時村山富市総理が“日本が 「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」 と述べ、「痛切な反省の意」と「心からのお詫びの気持ち」を表明した首相談話である。この村山談話には8月15日午前中の閣議において唐突に村山富市首相が切り出し、閣僚の同意なしに閣議決定とされたものと言われ、直ちに公表されたといういかがわしい誕生秘話がある。

何故当時の村山富市首相が騙し打ち的に強引に閣議決定したのか???
それには伏線があった。

詳しくはヤマちゃん日記
2009年2月22日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/114662164.html
を参照されたい。

まさか安倍首相があの忌まわしい村山談話を踏襲することは無いだろう・・・とたかをくくっていた。

しかしながら、あの風見鶏の中曽根康弘が8月7日に村山談話を踏襲すべきとする一文を読売新聞社に寄稿した。

8月6日提出された「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会」報告書では、村山談話の継承を迫っており、安倍首相がこの懇談会報告書に沿った線で首相談話を発表するらしい・・・という情報も別ルートで8月12日に得た。


こうなると、浅学菲才を省みず微力ながらでもよいから首相官邸に要望書を出そうと決心し1500字余りの要望書を3時間掛けて作成し送信したので、参考までに以下にご紹介しておく。ご笑覧あれ。

〜〜〜〜首相官邸への要望書始め〜〜〜〜
表題:70周年安倍首相談話について首相官邸へ提言

8月14日に発表予定の安倍首相談話の内容は、8月6日提出された「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会」報告書の内容を踏襲したものになるとの情報があります。有識者懇談会報告書の骨子は村山談話と同じ『日本はアジアを侵略した』『お詫び』です。有識者懇談会報告書は詐欺裁判に等しい東京裁判を肯定した自虐史観に基づいています。東京裁判は戦時国際法に違反した裁判です。この東京裁判においては、パール判事以外の判事全員が国際法の素養が無いことが判っています。国際法の素養のある判事では東京裁判において日本を有罪に出来なかったからです。バンドンで開催された第一回アジアアフリカ会議では、出席した多くのアジア諸国の首脳たちは『日本が大東亜戦争において多大な犠牲を払って白人国家と戦ってくれたお陰で我々は植民地から開放され独立を勝ち取り今こうして白人国家と対等に話が出来るようになった』と大東亜戦争で欧米諸国と戦った日本に感謝した事実を安倍首相はご存知でしょう。また連合国総司令官として東京裁判を主催したマッカーサー元帥は退役後米国上院軍事委員会において、『日本が戦った大東亜戦争は主として安全保障上の自衛戦争であった』という趣旨の証言を行っています。これは東京裁判で有罪となり死刑を宣告された東条英機元首相の陳述である『大東亜戦争は自衛戦争であった』と同義です。オバマ大統領は、70周年談話において『侵略』と『お詫び』の文言挿入は強制しないといっています。有識者懇談会座長の西室泰三氏はシナとのコネクションがあり、ビジネス界で多忙を極める財界人であるので、欧米諸国が策を弄し日本を大東亜戦争に強引に引き込こんだ秘史・史実を研究学習する時間はとてもお持ちではないでしょう。座長代理の北岡伸一・国際大学長(東大名誉教授)は、日本側座長を務めた「日中歴史共同研究委員会」において、支邦側学者による史実に反するプロパガンダ学説を検証することなく無条件に認め文書化した学者にあるまじき売国奴です。「日中歴史共同研究委員会」報告書では一例を挙げれば、シナ側からみれば決定的に不利となる西安事件、通州事件などは一切記述されず無視されており、存在しなかった南京事件に関しては北岡は存在したとしシナのプロパガンダをそのまま容認し史実と認めました。北岡伸一は有識者懇談会座長代理としては最も忌避すべき曲学阿世の徒であることは相当広く知れ渡っています。このような売国奴学者を座長代理に選任した意図は一体何だったのでしょうか。
戦後70年を経た今日でも日本では歴代政権・政府の怠慢により、GHQによる洗脳活動=WGIP=が継承されているために、大多数の日本国民は“東京裁判が正当な裁判”だったと洗脳され続けています。15世紀以来500年の長きにわたりアジア諸国を侵略し植民地としアジア諸国民を家畜同然に支配し搾取を続けた欧米諸国でさえ一度も自国の侵略行為・植民地支配搾取行為を反省したり、お詫びしておりません。何故日本だけが史実に反してまでも首相が繰り返し繰り返し”ありもしないアジア侵略のお詫び”を継続する必要があるのでしょうか。村山談話は職業的左翼活動家のプロパガンダに過ぎません。70周年首相談話において村山談話の継承を求める者は、シナ、韓国、北朝鮮、国内反日勢力・反日マスコミだけです。仮に安倍首相が有識者懇談会報告書に沿った談話を発表されるのであれば、行うべきではありません。70年談話が村山談話を継承する内容であれば、戦後レジームからの脱却を公言してきた安倍首相は二枚舌だとして、今度こそ支持者から強烈な批判を浴びるのは必定でしょう。歴史は国の背骨です。背骨が曲がった国は長くは生きられないのは歴史の教訓であることを賢明な安倍首相は百もご存知であろうと拝察いたします。どうか70周年首相談話におきましては米国連邦議会での演説の如く『侵略』『お詫び』という文言のない史実に則した未来志向の内容となりますようお願い申し上げます。

〜〜〜〜首相官邸への要望書終わり〜〜〜〜

<8月13日(木)>

実家の墓参りに行った。実家の仏壇で親父が関心を持っていた原始仏教のお経をあげた。

帰ってインターネットを見ていると、『自民・稲田朋美政調会長戦後70年談話に「侵略」「おわび」不要の考え:BSフジ2015年8月11日「プライムニュース」にて』という情報に接した。

期せずしてヤマちゃんおやじも同じ考えだ。


さて、8月14日安倍首相はどのような談話を発表するのであろうか???
posted by ヤマおやじ at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月10日

周南市湯野から城山、綾ヶ峰など600m級7峰を周回す

<8月5日(水)>/span>

先日収穫したスイカを食べつくしたので、次に食べるスイカを採りに行った。

一週間前にみた時ではいずれのスイカのサイズも未だ大きくなかったので、とりあえず1個だけ採って帰ることにした。

今年はスイカは豊作と言えるほどであったが、周囲に植えた茄子、オクラ、瓜はいずれもスイカの勢いに圧されたのか不作であった。

連日の酷暑で茄子は枯れる寸前であったので、遅すぎた感はあったがたっぷり給水しておいた。オクラは元気に育っていたが給水をした。

スイカも太い茎に近い部分では葉が黄変し始めていたので、確信がもてないが根元にしっかり給水をしておいた。今後の結果でこの給水の良し悪しがわかるであろう。

スイカは連日の猛暑でも多くの実をつけながらも枯れなかったのは何故であろうか?・・・・とふと疑問が湧いた。

確かにスイカの根は土中に広く張り巡らされているが、他の要因があるとすれば、スイカを植えた土地だけに黒いシートを被せたので、土地から空中への水分放散が抑制されたのではないか・・・と感じた。

来年は茄子を植えた土地にも黒シートを被せることにした。

採ったスイカはほぼ完熟であり、美味であった。
諸々に感謝、感謝、感謝。。。。


<8月6日(木)>


久しぶりに夏の高校野球甲子園大会の開会式を観た。
今年で100周年とのこと。
炎天下で無心に玉を追いかける高校球児達の姿は素晴らしい感動を与えてくれる。

<毎年馬鹿みたいに繰り返される反戦芝居、核兵器反対芝居>

70周年目の広島被爆追悼式もライブも観た。

確かに原爆、核兵器は良くない。

第二次世界大戦勃発後米国政府に原爆開発を進言したアインシュタイン博士は、彼の進言に基いて米国が開発・完成した原爆が広島、長崎に実際に投下され30万人近い無辜の民が国際法に違反して大量殺戮された現実を目の前にして、良心の呵責からか自らの進言への反省を込めて、哲学者のバートランド・ラッセル卿、湯川秀樹博士らと共に核兵器反対運動を起こした。

日本の核兵器反対運動は総じて、欧米諸国における核兵器開発・保持には反対するが、共産主義国家における核兵器開発・保持には反対しない・・・という歪な政治パーフォーマンス的色彩が濃いものだった。


原爆被害者の痛ましい惨状からすれば、誰もが核兵器は地上から一掃されるべき・・
と思うのは自然の流れであろう。核兵器による犠牲者は広島・長崎以降出て欲しくない・・・と思うのは人情だろう。


米国のオバマ大統領も核兵器廃絶を唱えそのお陰で2009年度ノーベル平和賞を与えられた。
しかし2010年オバマ政権は臨界前核実験を行ったことから判断すれば、オバマ大統領の核兵器廃絶宣言は後世に名を残すための売名行為だとも受け取られる。

平和・反戦にせよ、核兵器廃絶にせよ、お題目を唱えていれば自然に事が成就するという甘いものではない。


毎年8月になると、“核兵器反対”、“戦争反対”なる大合唱を反日マスコミが繰り広げる。まるで真夏に声を嗄らして鳴き続ける蝉のようだ。反日マスコミは毎年何の工夫も無く、ただただ“核兵器反対”、“戦争反対”というお題目を唱えているだけである。

2014年8月6日のヤマちゃん日記に
http://yamatyan369.seesaa.net/article/403302278.html
原爆開発から広島投下までの一連の出来事を時系列的に記載した。

日本、ドイツ、イタリアからなる枢軸国を敵として戦ってきたアイゼンハワー将軍とマッカーサー将軍の両名でさえも日本への原爆投下を反対したことがわかっている。

にもかかわらず米大統領ルーズベルトと後任のトルーマン大統領は、日本が戦争を終結させるため降伏を決定していたのを知っていたにもかかわらず、多くの良識派の反対を退けて広島、長崎に原爆投下を決定したのだ。
広島、長崎への原爆投下は、戦時国際法に違反しているのも明々白々であった。

“原爆投下は戦争を終結させるためであった”という理由付けは詭弁にすぎない!!!

このように世界の良識に期待するだけの核兵器廃絶は殆ど効果が無いのは、米大統領ルーズベルトと後任のトルーマン大統領の態度を見れば一目瞭然である。

残念ながら世界の政治・経済を動かして世界中に戦争を引き起こしているのは、世界各国政府首脳ではない。グローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティ=が世界の政治・経済・戦争の主役であり、グローバリスト達が企画した筋書通りに世界各国政府首脳を操縦して、世界各地で戦争を起こさせており、世界各地で核兵器の拡散を進めているのが隠された現状である。

世界中でごく一部の人達以外の大多数は、戦争を好まないし、核戦争も好まないのは当たり前のことである。

戦争を好んでいる世界中でごく一部の人達とは、グローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティ=とその仲間達である。

しかし、反日マスコミ共はこの戦争を好まないし、核戦争も好まない一般大衆に向って、“戦争反対”、“核兵器反対”と意味の無いお題目を連日唱えている。


何故このような馬鹿げた宣伝を連日やっているのか???
その理由は、グローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティ=が世界の諸悪の根源だという事実を隠蔽するためである。

狡猾にもグローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティ=は、世界の通信、マスコミを完全に支配している。

UFOは実在する。しかし、各国政府や高名な物理学者はUFOの存在を否定する。
一般通説では、“地球以外の惑星には人間並みの高等生物は存在しない”ことになっている。
実際には、広大な宇宙には今の地球よりも遥かに優れた文明を保有する惑星は無数に存在している。

何故各国政府や高名な物理学者はUFOの存在を否定のか???
UFOの存在を肯定されたら困るのがグローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティ=だからである。

“地球より遥かに優れた文明ではお金という概念がない”ということが広く知れ渡れば、今の地球で各国の紙幣発行権を独占して巨利を貪っているいるグローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティ=が存在意義を失うからである。

もともと、紙幣とは所詮金庫の預かり証書でしかない。
重い金貨や銀貨などの硬貨を持参して大金のやり取りをするのは面倒・危険なので、金庫の預かり証書が紙幣(お金)として流通するようになった。

グローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティ=の主要メンバーであるロスチャイルド一家は一介の金貸し業から権謀術数を巡らし巨万お富を蓄え国家の財政担当をおおせつかり、終に英国を初めとする各国の紙幣発行権を独占的に任されるようにのし上がった。

グローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティ=は国債の発行に際し帳簿に金額を記入するだけで国への借金を貸付ける事が出来、国は国債を発行するものの償還時期が来れば元利合計を支払わなければならず、当然金利分は赤字となり次の借金(国債発行)で埋め合わせるはめになる。

国家の借金として桁外れに巨額なものは戦争に掛る費用だ。

グローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティ=としては、国家間に戦争を起こさせ戦争当事国が戦争に金を使えば使うほど借金が膨らみ儲かる仕組みとなっている。

仮に世界各国政府首脳がグローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティ=からの指令に楯突くとどうなるのか????

JFケネディ元米国大統領、リンカーン元米国大統領など暗殺されたか事故死した各国指導者は、グローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティ=からの指令に楯突いた結末の一例だ。

18世紀から現在に至る主な動乱、大恐慌、戦争は全て、グローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティ=が企画(エンジニアして)、各国首脳に指令を出し実現させたものだ。

レーニンがロシアのロマノフ王朝を倒し世界初の共産党政権が支配するソビエト連邦を建国したというのが通説である。しかし実際には、グローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティ=が、スイスに亡命していたレーニン一派に巨額の軍資金と大量の武器を与えて封印列車を仕立ててロシアにレーニン一派と共に送り込んだから、貧乏人集団のレーニン一派が強大なロマノフ王朝を倒すことが出来たのである。

日露戦争に際し日本軍参謀本部は敵国であるロシアのロマノフ帝国打倒を叫ぶレーニン一派やヨーロッパの反ロシア勢力を味方にすべく巨額の軍資金を与え明石大佐をヨーロッパに派遣しロシア帝国の後方撹乱を命じた。

軍事力だけに頼った昭和期の帝国軍部と異なり、未だこの頃の帝国軍部はしっかりしており、戦争の何たるかをよく知っていた。戦争とは総合戦であり、戦争において情報戦も極めて重要な要素であることを当時の帝国軍部はよく弁えていた。

実際に明石大佐の活躍は革命勢力を大いに支援しロマノフ帝国崩壊に貢献したのは、レーニンが革命政府樹立後、『明石大佐には感状を出したいほどだ』と述懐したことからもうなずける。しかしレーニンを陰で大々的に支えたグローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティについてはレーニンが口を閉ざしたのは当然であろう。一例を挙げれば、グローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティの一角であったクーン・ロエブ紹介のヤコブ・シフはレーニン率いる共産党革命勢力に2000万ドルもの大金を寄付している。

スイスからオーストリア、ドイツ、バルト三国など数カ国を通過してロシアに至る封印列車を仕立てられる荒業はとても貧乏集団レーニン一派が出来る業ではない。世界各国に絶大な勢力を持つグローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティでなければ出来ない芸当であった。

“大資本家が資本家を敵とする共産主義を応援するわけが無い”と思う人が圧倒的に多いだろう。

しかし現実には、共産主義はグローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティがマルクスに創作させた階級闘争を主題とする『資本論』をベースにしている。

換言すれば、グローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティが共産主義の生みの親なのである。だから世界初の共産党独裁国家であるソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)の独立をグローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティが陰から物心両面で支えたのである。というか、レーニンはグローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティの手駒であった。

グローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティの狙いは、階級闘争を世界各国へ拡大させ世界中を混乱と抗争の坩堝に陥いれそのドサクサに紛れて世界を支配することであった。


日露戦争時代の日本軍部に比べると、昭和時代の日本政府や軍部は、欧米諸国教官が情報戦の重要性を敢えて教えなかった表面的欧米式軍事教育に毒されて情報戦を軽視し、いや無視し日本を苦境に落とし込んだ。

日露戦争の日本海海戦では連合艦隊司令長官東郷平八郎は前線で隊列を組んだ旗艦三笠の艦橋から「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」とZ旗を掲げて全軍の士気を鼓舞し、ロシア艦隊よりも戦力的に劣勢であった帝国海軍に勝利をもたらした。

日露戦争勃発後戦時国債を世界中で売り込んだが、国力及び戦力で日本よりも圧倒的に巨大なロシア帝国と戦争を始めた日本が発行した政治国債を買う国は皆無だった。その中で圧倒的に劣勢に立つ日本の戦時国債を大量に買ってくれたのがクーン・ロエブ商会の経営者ヤコブ・シフであった。ヤコブ・シフが負ける可能性が高い日本の戦時国債を大量に買ったのは一般的には、ロマノフ王朝(ロシア帝国)がユダヤ人を迫害しているので、ユダヤ人ヤコブ・シフがロマノフ王朝(ロシア帝国)と戦う日本を応援した・・・という通説がある。

ロマノフ王朝(ロシア帝国)を倒し共産党独裁政権樹立を掲げるレーニンの共産革命を精力的に応援していたグローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティの幹部でもあったヤコブ・シフにすれば日本の戦時国債購入はレーニンが倒すべきロマノフ王朝を間接的に助けることになることからすれば当然の行為であった可能性が高い。

日露戦争の勝利を決定的にした日本海海戦では、連合艦隊司令長官東郷平八郎は日本がロシア帝国に比べ国力及び軍事力においてがはるかに劣勢にあることは意に介せず優勢なロシア艦隊に如何にして勝つかを一生懸命に追求した結果”敵前丁時回頭”という戦法を編み出し、猛特訓の末この戦法に習熟して優勢なロシア艦隊に圧勝した。連合艦隊司令長官としての東郷平八郎提督の戦意はすこぶる高かった。

戦いの勝敗は国力や戦力の差では決せず、軍のトップの力量差で決するのは、織田信長が勝った桶狭間の戦いや毛利元就が勝った厳島の戦いなど枚挙に暇が無い。近年ではベトナム戦争では米国は北ベトナムに対し圧倒的な国力・軍事力を有していたがベトナム戦争では敗北した。

東郷平八郎に比し、大東亜戦争に際し昭和天皇からの御下問に対して連合艦隊指令長官山本五十六は『帝国海軍は開戦後1年程度はあばれてご覧に入れます(しかし国力に勝る米国海軍に勝つのは難しい)』と全く戦意を喪失した回答を行った。日米の国力差を理由にした全くやる気の無い無責任回答だった。連合艦隊指令長官山本五十六の返答はまるで経済学者の答弁であった。

実際連合艦隊指令長官山本五十六は、自らは戦場から数百キロ後方に待避した旗艦に座乗しながら将棋を指して傍観し、失敗を繰り返す愚将や馬鹿参謀に虎の子の機動部隊を継続して指揮させて開戦1年余りで主力艦隊戦力を故意にほぼ壊滅させた。山本五十六は武人ではなく米国のスパイと呼ばれても不思議ではない。


世界の英雄と崇められた連合艦隊司令長官東郷平八郎と、日本帝国海軍ひいては日本帝国をを破滅に導いた売国奴連合艦隊指令長官山本五十六との差は歴然である。

日露戦争当時は未だ日本軍幹部は西洋式軍事教育に染まっておらず、軍部上層部には山縣有朋のような明治維新以来の生え抜きの武人長老達が力を持っていた。

昭和の軍幹部は西洋式軍事教育を学ぶ陸軍士官学校、海軍兵学校で育った。西洋式軍事教育を教えたのは欧米人教官だった。よくよく考えてみれば、将来戦争をする可能性がある日本に対し、西洋式軍事教育の最も重要な部分を開示するであろうか???

欧米人の性格からすればNOである。換言すれば西洋式軍事教育の最も重要な部分を除いた部分だけを日本で教えたのではないか。情報戦に関しては軍事の丸秘中の丸秘であり、日本での軍事教育ではこれを教えなかったまたは軽視したのではないか・・・と推察する。大東亜戦争当時スパイ要員訓練施設としての中野学校はあったものの、政府も軍部も情報戦には無頓着でさえあったことからすれば、概ね誤りではなかろう。

”欧州の情勢は奇怪なり”という台詞を残し内閣が辞職した日本では、情報の重要さは微塵にも感じられない!!!

日本では明治維新〜日露戦争頃までは、情報戦は戦争の基本要素であった。一例を挙げれば徳川家康も豊臣秀吉も織田信長も武田信玄も毛利元就など、殆どの有力戦国大名は情報部隊を有し育成し、戦いを有利に進める情報収集、情報宣伝戦、対諜報戦、特殊戦闘部隊などに大いに活用した。

情報部隊は一般には忍者と呼ばれ戦闘技術だけが喧伝されるが、多くの情報部隊員は潜在敵国に長期間生業をもって生活し日常生活の中で敵国の情報収集に努めた。これが日本の戦国時代の常識であった。天下統一後の天下泰平の徳川時代においても幕府は伊賀忍者、甲賀忍者などを重視し活用した。

日本は先の大戦で戦争に巻き込まれた。
現役引退後マッカーサー元帥は1951年5月3日、米国上院軍事外交共同委員会で『日本が大東亜戦争を戦ったのは主として安全保障上の自衛の為であった』という趣旨の証言をしている。これは東京裁判で東条英機元首相が『日本が大東亜戦争を戦ったのは自衛の為である』と証言したのと同等である。

日本を占領した連合軍最高司令官として臨んだ東京裁判では『日本はアジア諸国を侵略した』として日本政府及び軍部の最高指導部を糾弾したマッカーサー元帥は、朝鮮戦争で共産勢力に勝てる機会・作戦は十分にあったがトルーマン大統領と軍首脳部から勝てる作戦実行を禁止される場面が度重なった。マッカーサー元帥は共産軍に肩入れするトルーマン大統領と軍首脳部の真意を感じて大統領命令に異論を唱え終に連合軍司令官を罷免された。

ヤマちゃんおやじが思うに、この時に至りマッカーサー元帥は、トルーマン大統領と軍首脳部が共産軍の味方だと気がついたのではなかったのか。この時点でマッカーサー元帥は、トルーマン大統領と軍首脳部は共産勢力の浸透を図るグローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティの手先だと気がつき、“第二次世界大戦は共産主義に反対していたドイツと日本を滅ぼす為にグローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティが仕組んだ罠であった”と悟ったのではないだろうか。そしてマッカーサー元帥は退役後『日本は自衛戦争を戦った』という東京裁判と相反する議会証言をしたのではなかったのか???

近年といっても20年前頃から、“米国大統領はグローバリスト=国際金融資本の大本山=イルミナティの操り人形だ”・・・とようやく囁かれ始め、関連書籍も数冊発表されてきた。

マッカーサーのMacはアイルランド系特有の姓名文字である。アイルランド系民族は古代ヨーロッパ大陸に広く分布していたケルト人の後裔であり、ケルト人は好戦的なアングロサクソンとは正反対の大人しい系統の民族であり、日本人と似ている部分が多い・・・と言われている。

ケルト人の後裔であるマッカーサーは、会談において”大東亜戦争の全責任は自分にある”と発言した昭和天皇と日本に親近感を覚え、自分が実感して見つけた大東亜戦争に関する重大な真実を議会証言という形で漏らす気になったのかもしれない。マッカーサーは戦争責任を一人で背負う意思表明した昭和天皇との会談以降、昭和天皇に対しvery,well well sirという最大級の尊称を必ず付加した・・・との情報がある。


大東亜戦争での結論は、“いくら日本が戦争をしたくなくても、戦争を始めたい勢力(グローバリスト)は何としても日本が戦争を開始するようにあらゆる方策で日本に圧力掛けて戦争に導いていく”のである。

詳しくは2012年10月23日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/298593713.html
を参照されたい。

戦争を始めたい勢力(グローバリスト)が、日本人の心理的習癖をも上手く織り込んで如何に巧妙に日本を戦争に引きずりこんだかが判るでしょう。

戦争反対と叫ぶだけでは戦争はなくなりません。仮に軍隊を廃止しても、その国は侵略され支配されるだけです。軍隊の有無は戦争勃発とは無関係です。

この世の中に、『“どうしても世界で戦争を起こしたい”と念願する桁外れの力を有する勢力が存在する』と認識することが第一です。

次に、彼らの邪悪な企みを具体的に探り出し、その邪悪な企みを早期に無力化することです。


<8月7日(金)>

スイカを一個採取した。結構美味であった。
感謝、感謝、感謝


<8月8日(土)>


猛暑が続くが家でゴロゴロするのは認知症が進行するだけなので、近郊の里山を歩くことにした。

以前から構想を暖めていた周南市湯野から城山(標高453m)、望海山(標高616 m)、607m峰、綾ヶ岳(標高615 m)、607m峰、610m峰、展望所、605m峰、城山を巡り湯野に帰る山歩きを実行に移した。

8時30分:湯野公民館駐車場(標高50m)出発
DSCN1151.JPG  <西方の山頂に城山が見える>

DSCN1152.JPG <珍しい色のユリ>

8時53分:看板のある登山口通過

9時32分:見晴らしの良い鞍部で小憩
DSCN1154.JPG

9時51分:きざき様鳥居通過
DSCN1158.JPG <杵崎様鳥居>

9時58分:城山山頂着、10時9分城山発
DSCN1162.JPG <城山から弟見山方面を望む>

11時24分:望海山山頂着
11時50分:607m峰着
12時14分:縦走路T字分岐着
DSCN1172.JPG <縦走路T字分岐、ここで右折する>

12時24分:林道仏峠線入口着
DSCN1174.JPG <林道仏峠線入口>

12時26分:舗装道T字路着(綾ヶ岳案内板あり)、昼食、休憩、12時36分発
DSCN1175.JPG <舗装道T字路>

13時17分:綾ヶ峰山頂着、20分休憩、13時37分出発
DSCN1179.JPG <綾ヶ峰から瀬戸内方面>

14時23分:林道仏峠線を下り湧き水採取14時
14時58分:607m峰(2回目)着
15時01分:展望地入口(黄色房印あり)通過、
15時16分:展望地着、15時23分発
DSCN1189.JPG <展望地からの眺め>

15時55分:新設林道出会い通過
DSCN1190.JPG <新設林道出会い>

16時33分:城山(2回目)着
17時30分:駐車場着。
登り累計標高差≒1020m
スポーツ飲料2リットル、湧き水900cc採取し100cc飲用

<主な感想>
・城山登山道は良く整備されていた。
・城山登山は想像以上に傾斜がきつかった。
・城山からの眺めは想像以上に素晴らしかった!!!
・城山→望海山では標高520m辺りまで林道を歩き、以降は登山道を登った。
・シャリバテを警戒し、舗装道T字路(綾ヶ岳案内板あり)の木陰でムスビ2個を食した。小憩あり。
・綾ヶ岳登り口から綾ヶ峰まで及び山頂には、草が繁茂していたが歩行には問題なし。
・綾ヶ岳山頂の展望用立木に登り360度のパノラマをしこたま堪能した。何度観ても飽きない。
・スポーツ飲料消費が猛烈となり残りが心配となったので、通常ルートではなく林道仏峠線を下り湧き水採取 することにした。採取後縦走路に這い上がった。
・展望地からの眺めは雷雲発生により視界が半減した。
・展望地から東隣の605m峰に登り山頂から北西に下り沢に達し、新しい林道に這い上がった。ここから城山  (2回目)までは≒1.2km林道歩き。
・ 2回目の城山からは、遠く高岳山、弟見山、莇ヶ岳辺りまで望見できたのは新発見であった。城山からの眺  めの良さが改めて十分に判った。
・殆どのコースは日陰であり、暑さはそれほどではなかったが、飲料水の消費が半端ではなかった。
・帰りの最後のルートである登山口〜公会堂では15分位直射日光をまともに浴びとても暑かったので。駐車場 に着いた時はヘロヘロ状態になった。
・初めての湯野発着コースであったが個々のコースは全て経験済であったので不安なく終了できたのはありがたい。
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2015年08月04日

真夏の高羽ヶ岳周遊コース歩き

<8月1日(土)>


家人が子ども会の夏祭りに出かけたので、夜は留守番がてらに珍しくテレビ番組を観た。
池上彰のニュース解説らしき番組だった。

大体テレビに出演する評論家風情にはろくな者はいない!!!
出演する評論家風情は特定の政治勢力を代弁する曲者だ。

NHK出身の池上彰によるニュース解説は、判り易いのが売りで人気があるらしい。

どうせ反日メディアNHK出身なので池上彰が視聴者に対しどのような情報操作を行うのか興味があったので1時間近く視聴した。

<1>最初の話題はサイバーテロであった。

“標的型ウイルスの3割は中国製であり中共軍サイバー攻撃部隊によるものだ”という解説はまあ半ば常識化した話題であった。しかし北朝鮮が立派なサイバー攻撃部隊を有することに関して言及しなかったのはいただけない。

<2>次のテーマは日本の総理大臣の権限であった。

日本の総理大臣の権限として、各省庁の大臣の任命権を挙げ、“安倍首相は従来の慣例を破り内閣法制局長官に集団的自衛権を認める人物を指名した“と発言し、暗に安倍首相が恰も違反行為を犯したような印象を与えるように腐心していた。

内国法制局の“くず役所”ぶりは、2014年3月19日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/391978736.html
に紹介した。

実際はどうであったのか???さらに色々調べてみた。

『内閣法制局長官は、内閣が任命する』ことが法で定められているので、安倍首相が慣例を廃し小松一郎氏(外務省出身)を指名したのは何ら問題は無い。

問題は、現役長官と歴代長官が集まって意見交換を行う参与会だ。参与会は月に1回行われており、法律解釈が一貫性を持たせる面があるという表向きの狙いとは裏腹に、実情は組織防衛を優先させていると言われている。

高橋昌之氏のブログ2−14年1月21日
http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/tag/%E5%86%85%E9%96%A3%E6%B3%95%E5%88%B6%E5%B1%80
を読んで、驚愕すべき情報があったので一部をご紹介する。

〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜

そもそも内閣法制局がどんなところなのか、私はこれまで外交、安全保障政策の記事を書く度に取材してきたので、その本質をよく知っています。一言で言えば、彼らは国家、国民がどうなろうと関係なく、自分たちが積み重ねてきた憲法解釈を守りたいだけの「官僚中の官僚」なのです

 忘れもしない私の経験を披露しましょう。平成2年8月に湾岸危機が勃発した際、海部俊樹政権は国連決議に基づく多国籍軍を後方支援するための国連平和協力法案を国会に提出しました。実はこの時、政権内部では集団的自衛権や武力行使の定義に関する憲法解釈の変更が検討されました。

 私は「湾岸諸国に石油の大部分を依存している日本が、多国籍軍を支援しなければ国際的に批判を浴びる」と危機感を抱き、憲法解釈の変更に反対していた内閣法制局の幹部に取材し、こう質問しました。
 「国際情勢は冷戦構造から大きく転換しました。これまでの憲法解釈が前提としていた国際情勢が変わったのだから、憲法解釈が見直されるのも当然ではないでしょうか。そうしなければ日本は国際社会の中で存立できない。憲法解釈を変更しないことこそ、前文に書かれた憲法の精神に反するのではないでしょうか」。

 すると、その幹部からは「オレたちの仕事はこれまでの憲法解釈を守ることだけだ。国がどうなろうとオレたちの知ったこっちゃない!」と怒鳴りつけられました。この種の発言は何もその幹部だけではなく、その後の内閣法制局幹部の取材でも聞かされました。

〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

このような国益無視の憲法第一姿勢が連綿と歴代内閣法制局長官らの出席する参与会で現職内閣法制局長官へ強烈な圧力として掛るのは大いなる問題だ。


“内閣法制局長官が恐れるのは首相よりOB? “伏魔殿”内閣法制局の実態…(ZAKZAK)”という表題のブログ 
http://www.asyura2.com/13/senkyo152/msg/197.html
があったので一部抜粋引用する。

〜〜〜〜抜粋引用開始〜〜〜〜
一体、参与会では何が行われていたのか。 
法制局関係者は「現役長官が過去の憲法解釈を少しでも変更すれば、参与会で長官OBが『何で俺たちの解釈を変えたのだ』とつるし上げを行う。現役長官にとっては胃が痛くなる会合だ」と証言する。

 歴代長官は退任後も、最高裁判事や各種公団トップ、有名企業の監査役など、立派な肩書を得ている。先輩が後輩を推薦するケースもあり、OBの覚えがめでたくなければ、バラ色の後半人生を失う恐れがあるのだ。

 これまでは法制局ナンバー2の次長が長官に昇任する順送り人事が続き、長官ポストは法務、財務、総務、経産の4省出身者がたらい回ししてきた。

 安倍首相が、次期長官に決めた小松氏は外務省出身で、法制局勤務の経験もない。これは前述した理由に加え、硬直化した法制局の人事慣行を見直し、法制局の体質を一変させる狙いもある。

 田久保忠衛・杏林大名誉教授は「平和憲法で育った人間が固定観念にとらわれ、めちゃくちゃな憲法解釈を行ってきた。歴代首相はリーダーシップがなく、官僚の力を押さえることができなかった」と高く評価する。
 政治家が官僚から主導権を取り戻すための“宣戦布告”というわけだ。

〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

“内閣法制局は、1947年6月〜1954年12月まで長官を務めた佐藤達夫以来、赤化がいちじるしく赤色官庁になっている”という指摘がある。学会では丸秘扱いだが佐藤達夫は共産主義者であった。

歴代内閣法制局長官は、小松一郎氏(65代長官、外務省出身)長官が出現するまでは一貫して“集団的自衛権は存在するが使用で着ない”と強硬に主張してきた。

どのように美化しても、これは詭弁でしかない!!!

小松一郎氏の前に長官を務め2013年8月20日付で最高裁判事に就任した山本庸幸は、
就任記者会見で『集団的自衛権は違法』という趣旨の発言をした。違憲か否かを判断できる権限を有する最高裁判所判事が個別の事例を取り上げ個人的な憲法解釈を公表すること自体が狂人じみている、非常識だ。この発言は「司法による行政への越権的介入」に該当する。

上記トンデモ記者会見発言から判ることは、内閣法制局長官を勤めた山本庸幸という人物は、とんでもない無能役人でだ・・・ということである。

第61代内閣法制局長官を務めた阪田雅裕は、朝日新聞や毎日新聞とのインタビューなどで一貫して『集団的自衛権は違法』発言を繰り返している。この無作法な所業は左翼そのものの特性を端的に現している。

上記歴代長官共の言行からすれば、共産主義者だった佐藤達夫長官以来半世紀の間参与会を通じて赤色官庁として存続を維持してきた実態が肯定できる。

参与会は法律で規定されたものではないため、私的会合との位置付けだが、政府の予算が使われている。2014年は8回、今年も5回開催された。今年度予算には出席者への謝礼として158万円が計上されている。

安倍首相は、赤い官僚組織が連綿と国益を無視して赤い組織防衛にのみ走り続けた伏魔殿『内閣法制局』に対して、歴代首相の中で初めて聖戦布告行ったことになる。


国会議員は選挙で国民から信任の有無をチェックされる。

しかし官僚は、国民からの信任チェックを受けることが無いので、やりたい放題の野放し状態だ。多くの政治家家は官僚に国会答弁虎の巻を作ってもらわねばならないので官僚には頭が上がらない。

今回取り上げた内閣法制局は、ほんの一例だ。

あらゆる役所で、“自分の属する役所の存続と自分の役得獲得が第一であり国益なんか糞食らえ”という風土が蔓延しているのは間違いない。

木っ端官僚などやり込める程の力を持った政治家を育てる必要性を感じる。

池上彰の狙いは、安保法制をやんわりと非難することだったのか?
それとも この官僚天国を隠蔽することだったのか?

いずれにしても、小さな事実を話し、大きな悪事を隠す姿勢は許せない!!!!

<3>北朝鮮の今

池上彰は、大飢饉に見舞われた北朝鮮が新たにミサイル発射台を建設中といい、結論は
『北朝鮮は日本を頼りにしている』と締めくくった。

これは朝鮮総連の宣伝文句ではなかったのか????

以下シナの株式暴落、ギリシャ危機に関する解説があり、疑義がある内容だったがここでは省略する。


<8月2日(日)>

『そこまで言って委員会』
というテレビ番組の後半を見た。

『太平洋戦争で日本は侵略国であったか?』という質問に対し、約半数の出演者は『NO』と答えた。

これを見て日本は少し変わり始めた・・・との印象を受けた。

日本では、『太平洋戦争で日本はアジアを侵略し多大な迷惑をかけた』と大々的に言われるようになったのは、1993年に発足した細川内閣からだ。細川は朝日新聞出身の左翼だったことを知ったのは2年前だった。

1995年 (平成7年)8月15日の戦後50周年記念式典に際して、『太平洋戦争で日本はアジアを侵略し多大な迷惑をかけた』とする第81代内閣総理大臣による村山談話を発表した。

当初村山は衆議院議長の土井たか子と組んで国会決議にしたかったのだが、土井たか子が衆議院で仕組んだ汚い策謀が露見し参議院での決議が得られなくなったので、やむなく村山は8月15日午前の閣議決定で村山談話を唐突に発表するはめに陥った舞台裏は
2009年2月22日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/114662164.html
に記載した。

以降の歴代内閣はこの誤った村山談話の内容を継承している。

それまでは『太平洋(大東亜)戦争で日本はアジアを侵略し多大な迷惑をかけた』という認識は一部左翼の声であり、大多数の国民は『ABCD(アメリカ、イギリス、シナ、オランダ)包囲網によって日本は戦争に巻き込まれた』という認識であった。


元々戦争に勝った連合国が戦争に負けた日本を悪者に仕立て上げた東京裁判による影響が根底にあった。大東亜戦争を生き抜いてきた人達が実権を握っている間には『太平洋(大東亜)戦争で日本はアジアを侵略し多大な迷惑をかけた』という馬鹿げた認識は左翼勢力などの小数派でしかなかった。

1970年代初めから朝日新聞を初めとして『日本は侵略国』と断定する風潮が一段と強くなり、反日左翼活動も活発化し始めた。恐らくシナ共産党と朝日新聞などが反日共闘を開始したものと推察される。

鈴木内閣時代に至って1982年11月、シナから日本の教科書内容にイチャモンをつけるという内政干渉が発生し、日本は教科書内容に関する近隣諸国条項を制定し、自国歴史に外国からの干渉を容認するという国家主権放棄をやらかした。シナと連携してこれを主導したのが朝日新聞と外務省の栗山尚条約局長と宮沢喜一官房長官だった。

中曽根政権(1982〜1987)では、シナからの抗議と国内反日勢力とシナ市場に色気を持つ財界などからの抗議を真に受けた日和見主義からそれまで続いた首相と官房長官による靖国参拝を止めた。

祖国を護るために命を捧げられた英雄英霊をおまつりし尊崇するのは世界各国で盛大に行われている事実だ。しかし日本では首相が、祖国を護るために命を捧げられた英雄英霊をおまつりし尊崇する靖国神社に参拝してはいけないのである。全くの言語道断だ。

以降靖国参拝を行ったのは小泉首相と安倍首相だけだ。靖国神社に参拝しなかった元首相連中は大した人物ではない。

『日本は侵略国ではなかった』という趣旨の歴史実話論文を書いた自衛隊航空幕僚長であった田母神俊雄氏は反日勢力から猛攻撃を受けて、2008年11月に解任された。

反日勢力が総力を挙げて支援し2009年9月に誕生した民主党政権は相次ぐ失政で総選挙で大敗し2012年12月政権から去った。

今年は2015年、約45年間続いた『日本は侵略国だった』という自虐的歴史観という洗脳からぼちぼち目覚める雰囲気がしてきた。この誤った歴史観を根底から覆さないと日本の明日は無い・・・・と痛感している。

なぜなら、自国の歴史は国民の背骨であり、自国に誇りをもてない国は早晩滅びる運命にあるからだ。。。



<8月3日(月)>


真夏の高羽ヶ岳周遊コース歩き

一年で最も暑いこの時期に 何で低山に登るのか? それも夏草が生い茂っている可能性の高いルートを何故歩くのか???

本来ならば雪渓のあるアルプスあたりで夏山に登るのが正解であろう。。。

しかし、
@昨年の鉢盛山以来体力コンプレックスが払拭できていない
A今の関東甲信越地方では大気が不安定で落雷・集中豪雨が発生しやすい
などが不安要素となり実行計画までに至っていない。

とはいえ、認知症進行遅延の為には暑い最中とはいえ中低山登山はやめるわけにはならない。

よって、7月31日にベンチを設置した高羽ヶ岳を周回するルートを歩くことにした。

8時40分頃道の駅長門峡に着いた。
駐車場はガラガラであり、トイレを済まし、脚絆を着け、頭・首・手先に防虫スプレーを散布し、鋸をザックに収容するなどの準備をして剪定鋏を片手に持ち8時50分頃道の駅長門峡を出発した。
DSCN1095.JPG  <道の駅長門峡駐車場>

駐車場が3箇所もあり、トイレも2箇所あり、売店もある道の駅長門峡は、トレッキング基地としてはマア恵まれている方であろう。

国道9号沿いに歩道を西に進み交番を少し過ぎて右折し細い舗装道路に入り道なりに進み阿武川踏み切りを渡り、御堂跡という看板の所から林道たたら線に入り道なりに進む。
DSCN1097.JPG <阿武川踏切>

林道の草は今年春と梅雨時期に草刈した影響もあって、草は繁茂しているが通行には支障は無い。9時30分頃林道終点着。
DSCN1102.JPG <林道終点>

ここで尾根コースの最後になる植林帯を通過して見た所幼い杉を雑草から護るため下刈りが既になされていたので予定していたこの部分の草刈は不要となった。

沢にトンボがいたので撮影した。
DSCN1105.JPG <沢で休むトンボ>

9時40分頃いよいよ沢沿いに登るコースに歩を進めた。第一渡渉点までは梅雨時期に草刈した効果もあり問題なく通過できた。

9時46分第一渡渉点を通過。
DSCN1106.JPG <第一渡渉点>

しばらくは沢沿いのルートを問題なく進んだ。

問題は日光が照りつけるルートでは夏草がコースを覆いつくしていたので持参した剪定鋏で雑草を刈り払いながら進むはめになった。暫く進むと再び夏草がコースを覆いつくした場所に着きここでも繁茂した雑草を刈り払った。2箇所で30分くらい草刈に時間を使った感じだ。

前回コースを間違えた場所はしっかり記憶しており、渡渉を繰り返し沢沿いに登り10時46分頃ユニークな案内板がぶら下がっている高巻道入口に着いた。小休止し水分補給した。
DSCN1107.JPG <高巻道入口(左岸)>

11時4分ごろ滝の落ち口付近に到着し、ルート右側の倒木を跨いで落ち口に至り写真を撮った。
小規模ながら高さ8mから落下する水はかなりの涼味があった。
DSCN1110.JPG <滝>

滝の上部には滑滝(5段の連続滝にも見える)があり11時9分ごろ着いた。この滑滝を見ながらしばし腰掛けて休みたい気分に駆られたが腰を下ろすものが無いのが残念だった。
DSCN1111.JPG <滑滝>

11時47分ごろ炭焼き釜跡がある二俣に着き小休止した。ここから急登となるので剪定鋏をザックに固定し手足をフルに使う総力戦で臨んだ。
DSCN1112.JPG <二俣、右を進む>

12時4分ごろ大規模林道コースとの合流点着。一気に標高差100mを稼ぐきつい登りで疲れた体を休め水分補給した。
DSCN1113.JPG <大規模林道コースとの合流点>

残る急坂をどうにか登り12時23分頃新設ベンチが待つ山頂にたどり着いた。
林道終点から草刈時間を除いて約90分で登ったことになる。
DSCN1114.JPG <ベンチが待つ山頂>

DSCN1115.JPG <景観観賞用立木から見る弟見山〜石が岳方面>

景観観賞用立木に登り景観を楽しんだ後 木陰のある椅子に座り昼食を採った。
運よく涼風が吹きつけ苦しい登りに疲れた体に心地よい。

やはり立ち食いよりは椅子に座った方が飯は美味い!!!

昼食後少し伸びた笹を刈り大きく成長させないように刈り取った。
13時20分頃山頂を出発。

13時30分頃谷を下るコース(往路)との分岐点を通過し、いよいよ高羽ヶ岳尾根コースに入った。
DSCN1123.JPG <分岐点の案内板>

ショートカットコースを草刈しながら下り標高差で5m程度登り返し鞍部に達し、そこから標高差で30m程度登り13時49分頃687mピークに到着した。北方に広がる180度パノラマを眺めながら小休止し水分を補給した。
DSCN1124.JPG <687mピークより黒獅子山、大蔵岳、十種ヶ峰、青野山方面を望む>

13時55分頃選定鋏を片手に持ち尾根コースへ入った。

ここからは笹刈・草刈をしながらの下りとなった。
687mピーク直下では概ね10分間位時間を掛け、芽を吹いた笹を出来る限り刈り取った。

14時20分頃512mピーク着。小休止し水分補給す。
DSCN1127.JPG <512mピーク>

ここからは羊歯がかなり成長していたので刈り払いながら下った。

15時1分頃林道終点に着いた。草刈り時間を除くと山頂から林道終点まで凡そ90分掛ったことになる。

林道終点から草花を探しながらゆっくり日陰の林道を下り、途中で木の枝そっくりの蟷螂を見つけた。こんな蟷螂を見たのは初めてだ。。。。
DSCN1138.JPG <木の枝そっくりの蟷螂>

DSCN1139.JPG

DSCN1143.JPG

15時53分頃道の駅長門峡に着いた。

尾根コースは本年5月に開通させたが、この周回コースは今回初めて歩いた。

沢沿いの登りは、今回繁茂した夏草は刈り取ったので当分の間は大きな問題では無く、殆どが日陰の沢沿いのルートは両手を使ってよじ登る場所ややや危なく感じる箇所が2,3あるが夏でもマアマアのコースかな〜・・・と思った。

しかし真夏の山歩くきはとにかく暑い。山頂までスポーツドリンク800ccを飲み干し、下山終了まで更に1000ccを飲み干した。

もう少し具体的に言えば、凍結した900ccのボトル1本と500ccのボトル2本をインナー内に保管し、先ず歩行開始時に凍結した900ccのボトル1本をザックのポケットに保持し氷を溶かしながら適宜飲み山頂まで利用した。凍結した500ccのボトル1本を二俣でザックのポケットに移し解凍させ始め、残りの500ccのボトル1本は587mピークでザックのポケットに移し解凍させ始めた。こうすれば解凍が終わるまでは冷たい飲料水を保持できる!!!

沢沿いに登る途中で長袖シャツの上から肘を虫に刺されたので防虫スプレーを両手、両腕に吹きかけた。それ以降はシャツの上から虫に刺されなかった。

しかし山頂でゆっくりしている間に長袖シャツの切れ目の左手首を虫に刺され手で虫を殺した所虫の腹から鮮血がほとばしり出たのでかなりの血を吸われた模様だった。

暑いので本日はいつも着用の手袋をしなかったので手首を虫にやられてしまった。
夏の山歩きには虫刺されは当然ではあるが、油断があったのは否めない。

復路の尾根コースは標高差30m程度の登りがあり急な下り坂は3箇所あるがロープや立木に掴まって下れば問題は無く、危険箇所はほぼゼロで岩場も無い安全コースであり、殆どが日陰なので、体が疲れた復路にはもってこいのルートだと思った。

この周回ルートでは累計登り標高差は640m程度あり結構な運動量にもなり、見所として高さ8mの小滝、連続5段の滑滝、山頂の立木からのパノラマ(弟見山〜物見ヶ岳までの180度パノラマ)、678mピークからのパノラマ(黒獅子山〜日暮ヶ岳までの180度パノラマ)などがあり、往復4〜5時間の手頃さ、スタート地点と帰着地点は道の駅長門峡だというのも周回コースとしては嬉しい所だ。

尚、夏季では沢水を飲まない場合、最低2リットルの飲料水は必要と思われます。
また当然のことながら、夏の中低山登山では防虫対策は必須です。

ということで、初めての道の駅長門峡を起点/終点とする高羽ヶ岳周回コース歩きはマアマアであったような気がするが、できれば春先か秋の登山が望ましいことには変わりはない。

ダメモトのつもりなれば、盛夏での登山も無きにしも非ず・・・という所かもしれない!!!
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