ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2015年05月31日

九重連山の平治岳に登る

<5月31日(日)>

春の市民ハイキングに参加し、九重連山の平治岳(標高1643m)に登った。

3時30分頃起床。朝食の味噌汁、大根摺りを作り、4時頃朝食を食べ終えて、所持品などをチェックして4時15分頃自宅を出発した。コンビ二で昼食のムスビとノンコールビールを買い交通局へ向った。

点呼の後バスに乗り込み5時に出発した。総勢56人の内一般参加者は40名で宇部山岳会16名がスタッフとして参加した。医師と看護師が同行するハイキングはさすが宇部市民ハイクだ!!!

昨年の6月1日以来ご無沙汰していた東九州自動車道は、苅田町、行橋市、豊前市、中津市などで営業開始され、九重方面へのアクセス時間が大いに短縮されがのを目の当たりに見た。

8時30分頃登山口の男池(標高860m)に到着し、9時から平治岳へ向けて歩き始めた。
DSCN0838.JPG <男池の湧水>

9時35分頃かくし水(標高950m)に到着。ここの湧き水は美味しかった。
DSCN0840.JPG <かくし水>

10時5分頃 ソババッケ(標高1097m)着。ここから岩混じりの急登りとなるのでストックをザックに収納して進んだ。
DSCN0859.JPG <ソババッケ>

ソババッケから大戸越(おとんごし、標高1470m)までは非常に苦しかったが、立ち止まって休むことはなかった。11時8分頃大戸越に到着した。ガスのため眺めはイマイチ。
DSCN0857.JPG <大戸越>

平治岳に登らず大戸越で休む人達を尻目に11時10分頃平治岳に向かった。
12時5分頃平治岳山頂着。
DSCN0853.JPG <山頂>

ことしの平治岳のミヤマキリシマは虫害でやられたとのことであったが、山頂付近ではミヤマキリシマの群生が見られたので気分が良くなった。
DSCN0852.JPG <山頂のミヤマキリシマ>

DSCN0854.JPG <山頂付近のミヤマキリシマ群生>

よく冷えたノンアルコールビールを一気に飲んだ途端下山することになった。

山頂は狭いので12時12分に下山開始し大戸越で昼食を採ることになった。
宇部山岳会によるコーヒーサービスとコンソメスープサービスは有難かった。

滑りやすい下り道では細心の注意を払いながら下り、15時過ぎに男池登山口に着いた。
15時30分ごろ男池登山口を出発し、19時15分頃宇部市交通局に帰着した。

前日までは、とても山頂まで登れる自信は無く、“途中で引き返しても良い”というスタンスであった。

ところが今日実地に登って見ると、最も早いグループに山頂まで付いていけた。
これは久しぶりの朗報である。。。

宇部山岳会を始め、今回の市民ハイク実施に関わられた方々に深甚なる謝意を表したい。
感謝、感謝、感謝。。。。。
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2015年05月29日

奥匹見峡 & 整備登山 & ケント・ギルバートに日韓近代史を学ぶ

<5月26日(火)>

自ら整備したハイキングコースの中で草刈が未完のものがかなり残っている。

出来れば、草が柔らかいこの時期にやってしまいたい。

とはいえ、毎回整備登山では飽きが来るので、島根県の奥匹見峡を久しぶりに訪ねた。

匹見町のHPに、“5月〜6月に奥匹見峡ではシャクナゲの花が見られる”と記載されていたので、シャクナゲの花に出会えるかもしれないという淡い期待もあって急遽草刈の前に訪れることにした。

午後からは矢筈ヶ岳での整備登山を予定していたので、6時ごろ匹見に向けて出発し
8時40分頃奥匹見峡駐車場(標高530n)に着いた。

奥匹見峡を初めて訪れたのはおよそ20年以上前であり、その後数回訪れている。前回訪問の4年くらい前と比べると、当時の荒れたコースが立派に整備されていることに歩き始めて気付いた。

行く先の三の滝(大竜頭ともいう、落差53m,標高750m)まで1.1kmを峡谷に沿って遊歩道があり、片道40分の行程に、詰立、飛び渡り、魚切、小竜頭、姫滝、二段滝、夫婦滝、大竜頭など見所がある。
DSCN0775.JPG <大竜頭>

DSCN0777.JPG <夫婦滝>

DSCN0772.JPG <二段滝>



大竜頭に登る急傾斜の階段は、4年前には穴の開いた踏み板を恐る恐る登ったが、今回はアルミ製の立派な階段となっていたので安心して登れた。

また以前にはなかった夫婦滝まで下る階段も新規に設置されていたので、夫婦滝を初めて眺めることができた。

シャクナゲを目を皿のようにしてさがした復路では、ようやく数株の群生を3箇所ばかり見つけたが、開花は見られなかった。開花前の袋がなかったので、すでに花は終わっていた可能性もある。しかしシャクナゲのあり場所をこの目で確認出来たのは収穫であった。

さらに遊歩道から北方に急傾斜を登る踏み跡を見つけ、標高で10m程度登ってみた。このあたりは地形的に高い断崖の存在も予想され準備なしでの深入りは危険と想われたので遊歩道へ戻った。

DSCN0768.JPG <シャクナゲの群生の中を登る踏み跡>

ひょとすればこの踏み跡は、奥匹見峡駐車場裏から野田ヶ原の頭、天杉山、中川岳、台所原を経て恐羅漢山に至る縦走路の途中の960mピーク付近に出るものかもしれないが、上級者向けの危険なルートの匂いがした。

古い案内板にシャクナゲ峰という文字が大竜頭の北方に記載されていた。シャクナゲ群生の峰であろうか???


13時頃防府市真尾一の瀬に着き、矢筈ヶ岳一の瀬コースと牟礼峠コース(いずれも仮称)の整備登山を始めた。鋸、鎌、剪定鋏を持参しての急登りは楽ではないが、下草の伸びは大したこともなく山頂に達した。

牟礼峠コースを羊歯や小枝を切除しながら下った。途中赤テープが欲しいと想われる場所に赤テープを数箇所追加し17時30分頃牟礼峠に着いた。

牟礼峠コースは、一の瀬コースに比してかなりの人が通過している感じがした。


<5月27日(水)>


休養日。

ケント・ギルバート氏(米カリフォルニア州弁護士・タレント)による
“韓国人こそ歴史を学べ!――朴槿惠大統領は父親を糾弾すべし”
を読んだ。

ケント・ギルバート氏は米国人ながら日韓近代史をしっかり把握されている。
その内容をWEB VOICEに寄稿されている。

本来ならばしかるべき日本人のオピニオンリーダーが、ケント・ギルバート氏の如く正しい日韓の歴史を発表すべきであるが、・・・・

またNHK出身の政治評論家池上彰は、韓国内での8月15日の呼び方を「光復節」と呼ぶことを大々的に紹介し、韓国が日本の支配を逃れて国家に光が回復した日だから「光復節」なのだという(史実に反する)韓国政府の言い分をそのまま鵜呑みにして報道した。

しかし、史実は池上説とは180度異なる。
史実の一端を挙げれば

2012年08月23日のヤマちゃん日記から抜粋転載する。

〜〜〜〜抜粋転載開始〜〜〜〜〜
@日本に併合される前の韓国での識字率はたった4%であったが日本が教育に力を入れたため終戦前には80%まで急上昇した
A日本に併合された後の韓国人の寿命は、併合前の2倍に達した
B日本の大阪帝国大学、名古屋帝国大学設置を差し置いてまでにソウルに京城帝国大学を設置した
C日本は多いときで国家予算の10%以上を投入し朝鮮にダム、発電所、農業用水、道路・通信網などの産業インフラを整備した(当時、冷害に悩む日本の東北地方からは何故韓国にこれほど多額の援助を行うのかという抗議の声が多数政府に寄せられたほどであった)等等。

池上彰ら反日論者は“韓国は日本の植民地支配を受けた”と尤もらしい言葉を並べるがこれは史実ではない!!!

日本は韓国を併合したのであって、併合とは韓国民を日本国民と同等に扱うことなのであり、宗主国が外国人をあたかも家畜のごとく支配する植民地と併合とは天地の差がある。

換言すれば、“併合と植民地主義との区別も知らない無学な贋知識人=池上彰ら=が尤もらしい嘘を国民に触れ回っている”ことになる!!!”

しかし反日勢力が牛耳る日本のマスメディアや言論界では、この基本的な誤りすら指摘され、非難されることは一切無いのだ・・・それほど今の日本のマスメディアや言論界は腐っている!!!  反日勢力にまみれている!!!

反日勢力が支配するテレビに10年近く頻繁に登場したこと自体、池上 彰は大反日キャスターといっても過言ではない。

池上 彰は現在、東京工業大学教授、信州大学特任教授、京都造形芸術大学客員教授、特定非営利活動法人日本ニュース時事能力検定協会理事を勤めている。

東京工業大学は、一般には知られていないが、幾多の反日学者、反日文化人、反日政治家などを輩出している反日大学の名門としてつとに著名である。これらの反日大学では大学の自治というわけの判らない美辞麗句によって反日活動が大々的に堂々と行われているのを文部科学省は見てみない振りをしている・・・これも立派な反日活動である!!!。

池上 彰が現に所属する 信州大学、京都造形芸術大学、日本ニュース時事能力検定協会も反日拠点である と看做さざるを得ない!!!


【韓国は日本への併合によってもたらされた重大な恩義を忘れた忘恩国家だ】

〜〜〜犬や猫でも受けた恩義を忘れず恩人に感謝するが、受けた恩義を忘れ恩を仇で返す韓国は犬猫以下???〜〜〜

日本が韓国を併合した前後の状況をネットから列挙してみよう。。。

1 朝鮮半島の人口が2倍に増えて
2 24歳だった平均寿命が30年以上伸ばされて
3 人口の30%を占めていた奴隷が解放されて
4 幼児売書や幼児売買が禁止されて
5 家父長制が制限されて
6 家畜扱いだった朝鮮女性に名前がつけられるようになって
7 度量衡が統一されて
8 忘れられていたハングル文字が整備され、標準朝鮮語が定められ
9 朝鮮語数育のための教科書、教材が大量に作成され、持ち込まれて
10 5200校以上の小学校が新たにつくられて
11 師範学校や高等学校があわせて1000校以上新たにつくられて
12 239万人が就学して、識字率が4%から61%(終戦直前では80%)に上がって
13 大学(京城帝国大学)がつくられて、病院がつくられて
14 カルト呪術医療が禁止されて
15 上下水遭が整備されて
16 泥水すすって下水垂れ流しの生活ができなくなって
17 日本人はずっと徴兵されていて戦場で大量に死んだのに
18 朝鮮人は終戦間近の1年しか徴兵されす、内地の勤労動員だけで済まされていて
18 志願兵の朝鮮人が戦死したら、日本人と同じく英霊として祀られてしまって
20 100キロだった鉄道が6000キロも敷かれて
21 どこでも港がつくられて、どこまでも電気が引かれて
22 会社がつくられるようになって、物々交換から貨幣経済に転換して
23 二階建て以上の家屋がつくられるようになって
24 入浴するよう指導され
25 禿げ山に6億本もの樹木が植林され、ため池がつくられて
26 今あるため池の半分もいまだに日本製で
27 道路や川や橋が整儀されて
28 耕作地を2倍にされて
29 近代的な農業を教えられたせいで、1反当りの収穫量が3倍になってしまって

加えて、
朝鮮から国会議員も選出し、
「洪中将」のように、朝鮮名であっても、中将に昇進させ、
貧民の出身であっても、朴大統領のように、優秀な人材は、
校長が進学させ、幹部候補生学校で恩賜の金時計を賜った。
・・・・などがある。

朝鮮人であっても日本の士官学校にも入学を許された。士官学校を卒業した朝鮮人将校は何百人、何千人の日本人軍人を指揮できたのだ。

このようなことは欧米諸国が搾取したアジア・アフリカの植民地では到底ありえない事柄であった。。。

インドを植民地にしたイギリスは、インド人に文字を教えなかった。インド人が文字を知れば知恵がつきイギリスに反抗することを怖れたのだ。。。。これが苛烈を極めた欧米諸国による植民地支配だった。

併合とは英語では、MERGEといい、現在風に言えば 企業の対等合併 を意味する。
日本の朝鮮併合は欧米諸国によるアジア・アフリカ植民地支配とは天地の差があるのだ!!!

この歴史的事実は “当時韓国は儒教思想に縛られて旧態依然たる封建社会から自力で近代国家へと脱皮できずにいた。日本が韓国を併合することによって日本国家の総力を挙げてその近代化を推し進めたお陰で、韓国はようやく近代国家として歩む基礎ができた”ことに他ならない。この歴史的史実を忘れた今の韓国はまさに忘恩国家以外の何者でもない!!!


【韓国人の正体を昔の日本人は周知していた】

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成24(2012)年8月21日(火曜日)参 通巻第3731号読者の声に興味深い記事があったので紹介する。

(読者の声3)竹島・尖閣問題でNHKですら「島根県の竹島」と報道しているのに、共同通信はあいも変わらず「日韓が領有権を主張する竹島」、朝日新聞同様に世の中の空気が変わったことが読めていないようです。

韓国の大統領選候補は今後もさらに「反日」を競い合うことでしょうから、次の大統領が誰になろうと日本との関係改善は不可能。

犬を甘やかすと自分が人間よりも上位だと勘違いしますが、韓国を甘やかし過ぎたためにここまで増長してしまいました。

ネットでよく見かけるものにつぎのようなものがあります。本物かどうかわかりませんが、現在の韓国を見ると本物かと思われます。

併合時の日本政府から朝鮮総督府への通達

一、朝鮮人は対等の関係を結ぶという概念がないので、常に我々が優越する立場であることを認識させるよう心がけること。

二、朝鮮人には絶対に謝罪してはいけない。勝利と誤認し居丈高になる気質があり、後日に至るまで金品を強請さるの他、惨禍を招く原因となる。
三、朝鮮人は恩義に感じるということがないため、恩は掛け捨てと思い情を移さぬこと。
四、朝鮮人は裕福温厚なる態度を示してはならない。与し易しと思い強盗詐欺を企てる習癖がある。
五、朝鮮人は所有の概念について著しく無知であり理解せず、金品等他者の私物を無断借用し返却せざること多し。殊に日本人を相手とせる窃盗を 英雄的行為と考える向きあり、重々注意せよ。
六、朝鮮人は虚言を弄する習癖があるので絶対に信用せぬこと。公に証言させる場合は必ず証拠を提示させること。
七、朝鮮人と商取引を行う際には正当なる取引はまず成立せぬことを覚悟すべし。
八、朝鮮人は盗癖があるので金品貴重品は決して管理させてはいけない。
九、朝鮮人には日常的に叱責し決して賞賛せぬこと。
十、朝鮮人を叱責する際は証拠を提示し、怒声大音声をもって喝破せよ。
十一、朝鮮人は正当なる措置であっても利害を損ねた場合、恨みに思い後日徒党を組み復讐争議する習癖があるので、最寄の官公署特に 警察司法との密接なる関係を示し威嚇すること。
十二、朝鮮人とは会見する場合相手方より大人数で臨む事。
十三、朝鮮人との争議に際しては弁護士等権威ある称号を詐称せる者を同道せる場合がある。権威称号を称する同道者については関係各所への身元照会を徹底すべし。
十四、朝鮮人は不当争議に屈せぬ場合、しばしば類縁にまで暴行を働くので関係する折には親類知人に至るまで注意を徹底させること。特に婦女子の身辺貞操には注意せよ。
十五、朝鮮人の差別、歴史認識等の暴言に決して怯まぬこと。証拠を挙げ大音声で論破し沈黙せしめよ。
十六、朝鮮人との係争中は戸締りを厳重にすべし。仲間を語らい暴行殺害企てている場合が大半であるので、呼出には決して応じてはならない。
 最後から二番目の「朝鮮人の差別、歴史認識等の暴言に決して怯まぬこと」というのはまさに現在の状況です。
韓国は事後法で親日派の財産を奪うという近代以前の国です。韓国がオリンピックを開催した1988年に起った「大沢プレス事件」では社長が日本大使館の公用車に乗っている所を襲撃されて一ヶ月以上も拉致監禁された。社長は結局、5000万円の補償金と大統領側近など政府筋に2000万円もの裏金を支払う事で開放されました。給料不払いだのと問題になった「スミダ電機事件」も同じ頃。今の中国も撤退しようとすると日本人は空港で逮捕されかねない。中国進出は株と同じで余裕資金で行う、あるいは全部捨ててもいい、くらいの覚悟がないとできませんね。

支邦人と同じく韓国人は世界中で嫌われているのが現状です。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

最近では自民党訪韓議員連は、韓国に対し正しい日韓の歴史的事実=日本は国を挙げて韓国の近代化におおきく貢献した=について全く言及しなかったばかりか、韓国からの言われなき批判に対し何ら反論しなかった。

民主党、社会民主党、共産党などの反日左翼政党は、韓国からの言われなき批判に対し何ら反論しないばかりか、史実に反する韓国の誤った日本批判に全面的に同調しているのだから全く始末に負えない!!!

少なくとも今の民主党、社会民主党、共産党などの反日左翼政党には、日本の国益という概念が存在しないという証拠になる。

このような日本の国益という概念が存在しない反日左翼政党が、本気で日本の安全保障を考えることはありえない。

マスコミは“安全保障を巡る国会論戦”と報道しているが、日本の安全保障をずたずたにしてシナ共産党に日本を売り渡すのが反日左翼政党の真意である。


2007年9月7日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/54097300.html
でも日本が税金を上げてまで国力を注ぎ込み韓国の近代化に大きく貢献した事実の一端を記載してきた。

正に “韓国こそ真の歴史を知れ”である!!!


<5月28日(木)>


この日は9時過ぎから16時30分頃まで、牟礼峠(標高200m)〜大谷山(真尾, 標高445 m)〜555mピーク〜堀溝林道(標高395m)の整備登山を行った。

555mピーク〜大谷山(真尾, 標高445 m)〜牟礼峠(標高200m)までのコースは本来は下り向きであり、これを反対方向に登るのは当方が設置した3箇所のロープを活用しても見かけ以上に苦しいものがある。

しかしその苦しさも、大谷山の約150m手前の標高400m辺りの稜線からの眺めに接すると疲れも苦しさも吹っ飛んだ。

DSCN0820.JPGDSCN0821.JPGDSCN0822.JPGDSCN0823.JPGDSCN0824.JPG 

コース整備者が言うのも多少気が引けるが、ここからの眺めは大平山・矢筈ヶ岳一帯で言えば、綾ヶ岳の立木からの眺めに次ぐものだと感じる。

不足すると想われる数箇所に新たに赤テープを張った。

問題は、555mピーク〜堀溝林道(標高395m)の谷筋コースであった。

日当たりが良い場所では、一面に草が繁茂しており、草刈作業量が一気に増えこの区間だけの草刈に3時間30分を要した。

さすがに終盤では鎌の切れ味が悪くなり、疲れが一気に増した。やはり砥石を持参すべきであった・・・後の祭り!!!

入浴後缶ビール2本を飲み飯を食って直ちに就寝した。

残る草刈コースは、大平山駐車場〜農村公園、大平山T字路〜綾ヶ峰、綾ヶ峰〜堀溝林道、林道仏峠線入口〜607mピーク〜展望地、607mピーク〜望海山だ。飯ヶ岳鹿野コースの笹も心配ではあるが・・・

できれば梅雨前に終えたいが・・・・
しかし無理をしては何にもならない!!!


<ケント・ギルバート氏の示す日韓近代史実>

韓国人こそ歴史を学べ!2015年05月25日 公開
ケント・ギルバート(米カリフォルニア州弁護士・タレント)
韓国人こそ歴史を学べ!――朴槿惠大統領は父親を糾弾すべし
http://shuchi.php.co.jp/voice/detail/2330?
posted by ヤマおやじ at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月25日

大阪都構想選挙に敗れた橋下徹氏に想う

<5月21日(木)>

気になっていたシャクナゲ尾根・谷コース(莇ヶ岳登山道)の草刈を行った。

9時過ぎにシャクナゲ尾根・谷コース登山口に到着し、新調のスパッツを着用して草刈を始めた。

入口から草は結構伸びていた。幅1mをめどに鎌で草を刈り払っていった。30m進むのに左右で500回合計1000回位鎌を振り回した。

途中で剪定鋏を使ってみたが、仕上がりは綺麗だが時間が掛り過ぎた。大型の払い鎌は重すぎて腕が疲れた。

結局小形鎌が最も効率が良く疲れも少なかったので、専らこれを使って雑草を刈り払い13時ごろに標高700mの鞍部に達した。途中山アジサイは極力刈り払わないよう注意した。

鞍部からは、剪定鋏で笹を刈り払いながら進み、15時前に縦走路まで刈りあがった。
雨上がりのせいか、第3ベンチ(標高900m辺り)からは、十種ヶ峰がはっきり見えた。
DSCN0731.JPG <第3ベンチより 十種ヶ峰アップ>

DSCN0734.JPG <第3ベンチより 弟見山アップ>


この日は久しぶりの快晴だったので縦走路からは手ぶらで莇ヶ岳に登った。


山頂からはかなり遠くまで見渡せた。岩国方向で海がかすかに見えたようだった。

鈴の大谷山の東側の裾野の後ろにかすかではあるが十方山らしきシルエットがはっきり見えた。
DSCN0738.JPG <鈴の大谷山、十方山方面>

DSCN0737.JPG <十方山アップ>


下山時も刈り残した笹・雑草を刈り払いながら下り17時30分頃登山口に着いた。
シャクナゲ尾根コースは開設以来満2年を迎えた。通行者がかなりあるようなので開設者としては嬉しい限りだ。

昨年一昨年は7月、8月も谷コースの草刈りを行った。今年もこれを踏襲したい。



<5月22日(金)、23日(土)>

21日に一日中草刈を行ったせいで足腰の痛みを和らげるべく休養した。


<5月24日(日)>


一ヶ月ぶりに公園ボランティア活動に参加した。

参加者は6人で盛況であった。作業を軽く流す予定で望んだが、つい本気で作業してしまった。

メンバーの一人からも大平山周辺の新規ハイキングコースへ案内するよう話があったので、草刈が終わった後案内することにした。

残る草刈予定コースは、
@一の瀬〜矢筈ヶ岳
A矢筈ヶ岳〜牟礼峠
B牟礼峠〜大谷山(真尾)〜555mピーク〜大平山舗装道
C大平山駐車場〜神宮線入口〜大平山舗装道
D大平山舗装道〜綾ヶ峰〜堀溝林道
E555mピーク〜堀溝林道
F林道仏峠線〜三叉路〜607mピーク〜望海山
G607mピーク〜展望地
などがあり、後4,5日は掛るであろう。

〜〜〜〜最近のニュース雑感〜〜〜〜

<大阪都構想選挙に敗れた橋下徹氏に想う>

5月17日に実施された大阪都構想選挙にて、大阪都構想を掲げる大阪維新の党は一万票あまり投票率で0.8%という僅差で負け、この選挙に負けたら政治家から引退することを事前にアナウンスしていた橋下徹氏は大阪市長任期満了の時点で政治家を引退することを記者会見で明らかにした。

報道では高齢者の大阪都構想反対が多かったことが決め手になったといわれている。

橋下大阪市長が高齢者向けの無料バスを財政改革によって50円/回自己負担としたことへ高齢者が反発したとの解説もあった。

橋下徹氏に対する評価は大きく分かれている。

最近の日本では政治家にしろ学者・識者にしろ、自分の意見をはっきり示さない風潮が極めて強い。

自分の考えをはっきりさせることによって反対派からの反対意見が出てくるので、自己保身の上では自分の意見を明示しないのが得策だと想っている人が多いものと感じる。

日本での問題ははっきり悪い(良い)と判っている事に対してもはっきり悪い(良い)と言わない所である。

最近、和歌山県大地町でのイルカ漁が残酷な漁法として国際機関から非難され、このイルカ漁で獲れたイルカを飼育した動物園は国際機関から除名するという脅しがなされ、恐れをなした日本の動物園団体はイルカを飼っていない動物園に対してまで賛否を問うことでこの国際機関の勝手な言い分・恫喝にいとも簡単に屈してしまった。

和歌山県大地町でのイルカ漁は日本の文化の一つであり、他国または他者から非難される筋合いのものではない。

餌を無理矢理食わすとして、フランスのフォアグラに対しても残酷だという批判が行われた。

所が、フランスからは多数の有力者達が即座に“フォアグラはフランス固有の文化である”と反論を開始した。

国際化とは、自国のアイデンテティに誇りを持ち、他国のアイデンテティも尊重することだ。

主張すべきは主張するという点ではフランスが当然の行動を取った。

反面日本では、唯一和歌山県知事が遺憾を表明しただけであり、日本の動物園団体はなんら反対することなく脅しに屈した。日本のオピニオンリーダー達は不当な批判に対し無言だった。

日本はアメリカだけではなく何処の国からの言われない批判に対しても卑屈になり従順に従うのが習い性になっている感がある。

いささか古い話だが、中国(支邦)から靖国神社参拝を非難された小泉元首相に中国(支邦)に賛同して、靖国神社参拝中止を執拗に進言した人物の中に当時の経団連会長(元トヨタ自動車会長)と経済同友会会長(元フジゼロックス会長)がいた。

日本国首相が日本のために尊い命をささげた英霊が祀られている靖国神社に参拝すること自体他国から干渉される筋合いではない。

戦後の日本では、日本国のアイデンティテー、日本への誇りなどは消失しまっているのである。うるさい奴には逆らうな!!!・・・という意気地なしに日本は成り下がってしまった!!!

このようなだらしない風潮が日本中に蔓延する中で、橋下徹氏は言うべきことははっきり言い、行動に移してきた。

教育の低質化を推し進める日教組に敢然と立ち向い(学力テスト結果公表など)、日教組を執拗に応援する朝日新聞に対し、橋下徹氏は“朝日新聞など(の反日マスコミは)この世から無くなれば良い”と明言した。

今でこそ朝日新聞が従軍慰安婦報道で誤報を自ら認めたのでようやく世の中で朝日新聞批判の声が大きくなったが、今から3,4年前の時点でこの発言をし、朝日新聞と日教組を指弾したのは多くの首長、政治家の中で橋下徹氏ただ一人であった。彼こそ勇者ではないか!!!

従来固定資産税支払いを不法に免除されていた朝鮮総連に対し固定資産税納付を明言したのも橋下徹氏である。それまでの歴代大阪市長は朝鮮総連の不法に対し報復を恐れて目を閉じていたのだ。

刺青をした市職員を首にすると言い出したのも橋下徹氏である。

銭湯やゴルフ場でも刺青者は入場禁止だが、しかし大阪市では市職員でも刺青をしていたのだ!!!
それまでは刺青をした市職員をとがめる市長はいなかったのだ。。。。

倒産のリスクが無い役人は、常に倒産のリスクに晒されている民間企業社員と同等の報酬を受けるのはおかしい・・・として市職員の給与を下げたのも橋下徹氏だった。ヤマちゃんおやじもこの点は以前からおかしいと痛感していた。

“老人であれば何でも無料が当然”という誤った老害思想に対し、老人無料バス有料化をはじめて打ち出したのも橋下徹氏である。

この橋下徹氏に対し、社会民主党、共産党、辻元清美などの反日左翼連合と一緒に戦い反橋下運動を展開して自民党大阪府連とは一体何だったのか???

大阪市職員の外国人枠2000人の内1800人が在日コリア系だという。
何でこれだけの圧倒的多数の在日コリア系が採用されたのか????

最高裁は“生活保護を受ける資格があるのは日本国民だけだ”という判決を出している。
しかし、事実上全ての都道府県では日本国籍をもたない在日外国人にも生活保護をバリバリ支給している。

国政選挙での一票の格差が違憲であると民主党、共産党、社会民主党、日弁連、マスコミなどは大騒ぎしているが、日本国籍を持たない在日外国人への生活保護支給は憲法違反であるが、民主党、共産党、社会民主党、日弁連、マスコミなどはこの事実には口を閉ざしている。

これが日本の良識らしい!!!  リベラルらしい!!!


自民党もコリア系在日に対する不法な既得権には、目をつぶってきた。


自民党が推す兵庫県知事は、朝鮮学校に1億円/年もの血税を与えている。
朝鮮学校は日本人をウン百人拉致した北朝鮮の前指導者金正日の写真を掲げ反日教育を行うレッキとした敵性国家の強い影響下にある学校である。

沖縄米軍の若い独身兵士に対し性犯罪防止の為にトルコを使う旨の橋下発言がマスコミで大きく問題視され、橋下人気下落に大きく響いた。健康で若い兵士は元気が有り余っている。これらの若い兵士が民間女性に手を出すよりかトルコで発散させたほうがどれほど国民に対して被害が少ないか自明ではないか。。。ヤマちゃんおやじは、これは正論だと想う。この発言をマスコミや偽知識人などが非難するのは何か不純な動機があるからであろう。

橋下徹氏の家族への脅迫も跡を絶たず家族もSPに守られていたとのこと。

TPP賛成、道州制、カジノ開設等橋下徹氏の掲げる提言にすべて賛成をするわけには行かない。

しかし一体広い日本で、家族の安全も省みず市政改革を掲げ、反対勢力に迎合することなく敢然と自分の信念を表明し・貫き実行する政治家・首長が何処にいるのだろうか???

殆どの政治家・首長は、私利私欲に従い、自己保身に汲々として、良し悪しの意思表示も出来ず、国益に対する関心もない月給泥棒に成り果てている。

また多くの国民も、政治に関心が薄く、これらぐうたら政治家の不甲斐なさを批判しない。
おそらく多くの国民に政治家の質を見分ける力がないのであろう。

神仏ならぬ生身の人間は、百点満点はとれない。
必要とされる政治家の資質は、世の中の状態よって変化する。

今の日本は、“唇寒し秋の風”の感がある。
(リーダーなど)言うべき人が言うべきことを言わない時代になった。

積極的に自己の信念を情報発信する橋下徹氏こそ当面の日本が最も必要としている政治家・首長だと想う昨今である。

今後の彼に望むとすれば、“馬鹿にもはっきり判る情報発信能力”だと想う。
その理由は、最近では余程単純な善悪判断でないと理解できない有権者が増えてきたからだ。

最近の老人達は、“園児の声がうるさい”という理由で幼稚園・保育園の設置に反対する。
自分が幼児の時は、声を出さずに成長したのか???

彼らは、自己の権利のみ主張し、自分が幼少時から今まで社会から育てられた有難さを認識できない腑抜け、単なる欲呆け、感謝を忘れた犬畜生以下の存在に成り果てたのだ。

昨年大水害にあった広島市安佐地区で、地価が下がるという理由で砂防ダム建設に大反対した欲呆けが少なからずいたことが判明した。

この欲呆け人種は日本全国に沢山いるのはほぼ間違いない。
自己の権利だけ要求し、自己が果たすべき義務を忘れた愚民教育のなせる業に相違ない。
“自分さえ良ければ良い”というのが欲呆け人種のモットーだ。

これを勧めたのはGHQであり、GHQに従いこれを実践したのが日教組と文部省である。
三木内閣以来、日教組と文部省は長い蜜月状態にあった。

教育審議会は、確立された法則と児童・生徒が勝手に発想した想いを同等の価値だと定めた。要は“自分勝手な理屈が世界で通用する法則と同等である”として、自分勝手な屁理屈を正当化したのだ。

“戦力を持たない平和憲法を護持している限り日本は侵略されない”という誤った平和憲法教育を戦後一貫して実施してきたのも日教組と文部省であった。


日本が戦後他国の侵略を受けずにいられたのは、日本に70箇所もの米軍基地が存在したからであって、平和憲法が存在したからではない。

戦力を放棄した平和憲法下であっても日本に米軍基地がなかったらば、日本はロシア、シナ、朝鮮などに分割支配された確率は極めて高い。

ところが日本には、戦力を放棄した憲法9条を死守する9条の会なるものが無数に存在している。
平和憲法という誤った教育のお陰か???
日本支配に意欲を燃やす敵性国家の回し者か???

二大政党制を理想とする通論がまかり通っている。

この二大政党が共に国益を重視するのであれば、二大政党制も一応の存在意義がある。

日本の実情はどうか???

日本の野党を構成する民主党、共産党、社会民主党、みんな等の政党は、日本の国益よりもシナ(中共)、北朝鮮・韓国の国益を重視する。

このような野党が政権をとれば日本の国益は大きく損なわれる。下手をすれば日本という国は消滅する。

先の民衆党政権で沖縄基地県外移設を唱えた途端、ロシア大統領はは北方領土に上陸し、シナは尖閣諸島で領海侵犯を加速させ、日本の巡視船に武装漁船を体当たりさせた。米軍基地を追い出したフィリピンでは中共がパラセル諸島を我が物にした。

国の安全保障に少しでも隙が生ずれば必ず他国がそこを突いてくる・・・これが国際政治の鉄のルールだ。
知らぬは平和呆けの日本ばかりなり!!!

今の日本ような外国の国益を優先させる野党の有様では、二大政党など全く無意味である。
にもかかわらず、マスコミや似非学者・知識人たちは、日本での二大政党制を賛美している。

これこそ馬鹿の極みである。

維新の党代表に納まった松野は、年内にも野党の結集を図る・・という。
今の野党のままでいくら結集しても、国民の為になる政治は実現しないだろう。

といっても今の自民党にも日本の国益を忘れ外国のために働く政治家が少なからず存在している。

橋下徹氏にしっかり国益を理解した師・参謀が付けば、鬼に金棒と想うのだが。。。。
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2015年05月19日

新ルート経由で高羽ヶ岳周回コースを歩く

<5月17日(日)>


この日は、従来の高羽ヶ岳登山コースを往路とし本年5月9日に開通した高羽ヶ岳尾根コース(仮称)を復路とする周回コースを初めて歩いてみた。

開通した高羽ヶ岳尾根コース(仮称)は、大規模林道縦走路上の687mピークから北西方向に伸びる尾根伝いに512mピークに至り西進した後たたら川に下り林道たたら線終点に達するものであり、たたら川に下る部分を除けば2万5千分ノ一の地形図において点線で示されたコースと概ね一致するコースである。

以前からこの点線ルートには関心があったが、本年4月16日までは687mピークから北西に延びる尾根はビッシリ笹に覆われていたので通行すら断念していた。よって従来の高羽ヶ岳登山コースの二股から左側の谷を遡るルートから687mピークへ至るルートを周回コース候補として実地に歩いてみたが流水に濡れた岩肌が滑りやすい場所が2箇所あったのでこのコースを利用する周回コースは諦めていた。

ところが本年4月22日に687mピークから北西に伸びる稜線を蔽っていた笹が刈り取られていたのを発見したのをきっかけにして、林道たたら線終点に至るまでのルートを実地確認し、更に落石の危険性がないルートの探索し、512mピーク〜林道たたら線終点に至る部分の下草刈り、赤テープ張り、案内板設置、最も急な坂(1箇所)でのロープ設置、687mピークから山頂までの縦走ルートの笹刈りなどを本年5月10日に終えた・・・という経緯があった。


<5月17日に歩いた周回コースの記録>

・8時過ぎに道の駅長門峡の駐車場着。
・8時14分から横断歩道を渡り国道9号線沿いの歩道を益田方面に向けて歩き始めた。
   交番前を通過し20m程度進んだ後右折し道なりに進み、阿武川踏切を渡り、御堂跡の看板の所から林道た   たら線に入った。路上に蔓延る草を鎌で払いながら進み、
・8時46分に“熊に注意!!!”の看板がある林道たたら線終点に着いた。2分間小休止。
・8時46分林道たたら線終点を出発し、従来の高羽ヶ岳登山コースに入った。
・8時55分最初の渡渉あり、右岸へ移った。ここから右岸〜左岸間渡渉を数回繰り返す。2,3箇所でルートを   覆う草を鎌で刈り払った。渡渉の目印を見失ったので脇道に入り、伸びた野草を鎌で刈り払ったが延々   と続くのでコースを外れたことに気付き、前のテープまで戻り今度は川の中を少し上ると目印を発見し   た。以降見印を慎重に探しながら渡渉を繰り返した。
・9時30分 手指の形をした案内板に到着。ここから右岸に渡り沢を高巻ルートとなる。
・9時44分 左側に落差8m程度の滝が現れた。
・9時47分 3段の滑滝現る。標高500m辺りか。なかなか形の良い滑滝だと感じた。
・10時8分 二股到着。標高600m辺り。右側の沢を登る。
・10時26分 大規模林道からの縦走路と合流。標高700m辺り。
・10時40分 高羽ヶ岳山頂着。コース間違いと草刈で25分程度のロスを差し引くと、
   林道終点から1時間30分位掛ったことになる。健脚者は1時間程度で登っているようだ。見晴らし用の立   木に自己責任で登り180度パノラマを鑑賞し、小憩す。

・10時47分 下山開始。
・10時55分 大規模林道からの縦走路に入る。案内板あり。
・10時58分 ショートパスルートに入る。標高675m辺り。
・11時11分 687mピーク着。北方に広がる180度パノラマ鑑賞。
・11時16分 案内板に従い林道たたら線に向うルートに入る。
・11時34分 512mピーク着。
   その後赤テープを追加・削除し、通路を塞ぐ倒木3本を処理しながら下山。
・12時10分 たたら川を渡る。
・12時12分 平地を50m横断し林道たたら線終点着。
 復路は倒木処理などのロス10分を除くと、75分程度掛ったことになる。


☆ 沢沿いに登る往路では、沢を高巻く岩道部分では滑落しないように緊張する場所が3、4箇所くらいあり慎重に通過した。個人的感想ではあるが、下りにこの部分を再び通過したくない気がした。

☆ 復路では、岩場はなく殆どが日陰の柔らかい地面を歩くことになるが、急な下り坂が3箇所ある。687mピーク直下の急坂には長さ60mほどのロープを設置してあり、他の2箇所の急坂では立木に掴って下れば大きな危険はないだろう。往路に通過した沢沿いの滑りやすい岩道を再び通って下山するのが嫌な人にとっては、この新コースはそれなりの価値があるのではないだろうか。。。

この新コースでは、687mピークで北方に広がるパノラマ展望が見られるという特徴もある。

あまり過度の期待をしないでこの新ルートを通過すれば、このルートの特徴がそれなりに判るであろう。


<道の駅長門峡駐車場>
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<阿武川を跨ぐJR山口線鉄橋>
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<御堂跡>
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<林道たたら線入口>
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<林道終点:熊出没!!!注意!!の看板>
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<最初の渡渉地点、左岸→右岸>
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<指型の案内板、ここから右岸の巻道に入る>
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<落差8m位の滝>
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<三段の滑滝>
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<二股>
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<縦走路との合流点>
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<山頂>
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<眺望用立木(自己責任)>
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<180度パノラマ>
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条件が良ければ、この立木から安蔵寺山、弟見山、莇ヶ岳、高岳、日暮ヶ岳、長野山、馬糞ヶ岳、石ヶ岳、金峰山、烏帽子岳、徳山湾、四熊ヶ岳、大平山、狗留孫山、白石山、真田ヶ岳、山口尾、りょう巌寺山、龍門岳、物見ヶ岳などが眺められる場合がある。

<尾根コースへの分岐、案内板>
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<ショートパス入口>
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<678mピーク>
DSCN0712.JPG

<678mピークでの180度パノラマ:左クリックで拡大を>
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条件が良ければ、西側から東側に向けて、黒獅子山、陸上自衛隊むつみ演習場、大蔵ヶ岳、十種ヶ峰、野坂山、青野山、法師山、高岳山、弟見山、津々良ヶ岳、莇ヶ岳、長野山、馬糞ヶ岳、日暮ヶ岳、国立徳地青年の家などが望見できる場合がある。

<678mピークでの“林道たたら線案内板”>
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<512mピーク>
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<小さなコンクリート製堰でたたら川を渡る:右岸→左岸>
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<この平地を50m横断すると林道終点>
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その後、駐車場で昼食を採り小憩後車で大規模林道登山口に赴き、天板を背中に担ぎ再び高羽ヶ岳に登りコタツの型枠(5月15日運搬済み)の上に乗せて帰った。この台にザックなどを置くことが出来る。体重が70kg未満であれば腰掛に使えるだろう。しかし華奢な作りなので2〜3ヶ月もてば御の字かもしれない。

当方はこの新コース開設は当初は到底無理だと思っていたが、687mピークから北西に伸びる稜線で密集した笹薮を刈り取られた山林境界確定作業をされた林業関係者のお陰があって初めて実現したことを感謝を込めて記載しておきたい。


帰宅後缶ビール2本を飲んで夕食後直ちに就寝した。
諸々に感謝、感謝、感謝。。。。
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2015年05月16日

橋下維新の功績

<5月13日(水)>


この日は、高羽ヶ岳尾根コース(仮称)の687mピーク直下の急坂にロープ20mを追加設置した。
また687mピークに繁茂していた笹を4平方メーターほど刈り取った。

<687mピークからの180度の眺め>
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斜めに生えた松の幹を利用して腰掛けができないかと思いを巡らしたが妙案は出てこなかった。

その後、高羽ヶ岳山頂に登り、ここでも繁茂していた笹を4平方メーターほど刈り取った。


<5月15日(金)>


高羽ヶ岳山頂にザックなどを置く台を設けようとして、古い電気コタツの木枠を運び上げ、試しに座って見た所天板が壊れてしまった。昨日自宅でこの古い電気コタツの木枠の上に座り壊れないかをテストしていたにもかかわらず、山頂に運び上げるとこの有様だ・・・

仕方なく、破れた天板を除去し、山頂に放置されていた雑木の切れ端4本を紐で木枠に固定して座って見た所壊れることはなかった。ただし見てくれは余りパーとしないので、空地の奥のほうに目立たないように置いて帰った。

今後、林道たたら線終点〜たたら川谷筋〜高羽ヶ岳山頂〜尾根コース(仮称)〜林道たたら線終点なる周回コースを実際に歩いてみて魅力の程度を実感し、その評価でベンチを設置の可否を決定することにした。


<5月16日(土)>


ここ3年間にわたる笹刈作業によってスパッツがボロボロになったので新調した。昨年よりも定価が千円も値上がりしており消費税込みで9160円にもなった。

アウトドアグッズ販売店の店長が、“私はマムシ避けにこの厚手のスパッツを着用している”という殺し文句で即座に購入を決めた。できるだけ早い時期に高羽ヶ岳周回コースを回ることにした。いまからはマムシのシーズンとなるが、この厚手のスパッツを着用しておけば心強い味方になりそうだ。。。

<大阪都構想選挙>


大阪都構想の是非を問う住民選挙はいよいよ明日17日を残すのみとなった。

ヤマちゃんおやじは先日のブログで大阪都構想を掲げた橋下徹氏が師と仰ぐ大前研一氏について良からぬ情報を記した。

ところが、5月15日のNPO百人の会(メルマガ)において、橋下維新の功績について情報があったので、以下に引用する。

〜〜〜引用開始〜〜〜
私は大阪都構想は、利権死守派と利権解体派の戦い。
その一語に尽きると思う。利権。大阪の行政は戦後70年、なんで栄えてきたのか。
全て同和利権と言っても過言ではない。と、私は踏み込みたい。
二重行政と言うが、一重はどこにでもある支出。二重支出にし、一重を同和に回さないと利権の旨みがない。そしてそれが赤字で残る。
同和利権解体の最後手段が大阪都構想。私はこう考える。
もうやめようぜ。利権に集るのは。             

おつるとは、年に2つか3つくらいは意見が合うな!    H27-5-14 増木
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大阪都構想 17日投票まであとわずか、橋下維新の功績について感じたこと
大阪都構想 17日投票まであとわずか、
私の思いと
橋下維新の功績について感じたこと

                              川西市 中曾千鶴子

都構想は 反対派が強く厳しい状況です。

美しいもの、正しいこと、正義は負けるのが世の常で
ずるいもの、汚いものが勝つ世の中ですから

負けるかもしれませんね。そうなると残念です

下記は、おもに保守の考え方の人に対する
私の返事をまとめたものです。
いろいろな方から、この都構想について意見をいただいたり
メールを頂いたりしています。
そのお返事なども含めて自分の思いを書いてみます。

大阪が壊されるとか、大阪を変えてはならないといいますが、

大阪市そして、利権構造などが確立して長年続いていますが
それは、ほとんど戦後70年の「大阪市」です

日本の歴史、伝統、文化を守りたい保守の方、
憲法を改正しよう、憲法を破棄しよう、占領憲法は無効だ、
歴史文化を大切にしよう、教育直後や道徳教育が大切だと
いいますが

その占領憲法で、つくられ、教育も政治も文化もすべて
他国に牛耳られてきた戦後70年間
もちろん高度経済成長など、日本がそれにもかかわらず頑張ってきた
努力は、技術力で、精密機械や車、電化製品など多くの輸出、製造業も
頑張ってきたことは素晴らしいと思いますが

その高度経済成長を続けた自慢の経済もバブルがはじけて、今、経済も
ジャパンアズナンバーワンでなくなってしまいました。

しかし、経済だけでなく
教育や、戦前の文化、歴史を大切にしてこなかった事、道徳の排除など、戦後70年間、間違いが多かったと見直すべき時期であり
歴史教科書も変えなければならない、マスコミの姿勢も変えなければ
ならない

保守の方もそれを目指しているはずです。

今の大阪、日本を変えなければならない、
戦後70年間のシステムを変えなければならない

だから憲法改正や憲法破棄の議論を保守の方は一生懸命
されているのではないでしょうか

今、都構想反対派は、憲法護持、憲法改正反対、憲法9条の会や
日教組、また朝鮮総連系など、

戦後70年、自分たちがつくりあげてきたこのシステムを
変えられるのは困るという連中ではないですか。

大阪が壊される、大阪を変えられるのが嫌だというのも
そういう事でしょう。


保守の方では、藤井教授や西田昌司さんを信頼しているゆえに
またもともと、橋下市長が嫌いだとかいう感情論で、
理由もなく、なにがなんでも反対と言っています。


しかし、日教組やカウンター、反天皇、反安倍、
労組や反日、売国奴と保守の方々が今までさんざん、批判してきた
人たちの事は、嫌いではないのでしょうか

どうして、そんな人たちと組めるのか

自分に信念があり、今までの自分の言動に自信があれば

自分が、抗議してきた団体と共闘することなど
できないはずです。

先人が残した、日本の大切な大阪市と言いますが、私は、大阪市の歴史はたかが、100年
それ以前の長い長い日本の歴史を考えると、「大阪市」が特別宝だと思いません
江戸時代は、和泉・河内・摂津という国、藩にわかれていました。

関西魂、大阪の心はもちろん大切ですが、特に戦後70年の日本というのは、
敗戦し、教育も憲法も、文化も音楽も、何もかも、「日本」を失った状態だと思っています。

100年前に「大阪市」ができたと言っても、そのほとんどは、「日本」を見失った期間

特にこの70年間の教育の間違いは徹底的に直さなければなりません。
完全に今のシステムを壊した上で、まだ今後、正常にするまでに70年はかかるでしょう。
今の世の中 若い親が子を虐待し、殺す、簡単に中絶する、子供どうしで殺しあう、
礼儀も行儀もない、今の小さな子供たちと若い親を見ていると、手遅れだと思うこともしばしばです。

それほど戦後70年の日教組の教育は、ひどく、特に大阪、阪神間はひどい。

大阪の小学校、各地の小学校で勤務しましたが、
今の子供たちに愕然とします。悲しみでいっぱいになりました。
子供たちは、純粋でみな可愛い子です。しかし、戦後の70年の教育で、親世代にもう
どうしようもない人もいます。すべての親ではありませんが、
子供は救われないのです。


たとえば書道ですが、一時間の授業で、半数の子供が、落ち着いてじっと静かに筆で文字を書く事が、できません。
特に男の子は、墨汁をわざとふりまいたり、一枚書いたら、もう、じっとしていられないのです。
まだ、授業を受けれる子はいいですが、そもそも学校に来ない子、来ても道具を持ってこない子も。

給食の時間では、おはしをちゃんと持てる子が少なく、手づかみで食べたり、
ひじをついて、お茶碗を持たず、犬食いをする子がたくさんいます
注意すると「だって、パパもママも携帯でメールとかおしゃべりしながら、ひじついて、お茶碗なんか
持たずに食べてるもん」といいます。食事中に走り回ります。

人に怪我させたり。

若い先生、他の先生の授業では
授業じたいがなりたたず、全員で先生を無視してしゃべり続けるとか、授業中、出ていく
走り回る、席につかないなど、
クソババアなどと言われて、ノイローゼになる先生もいます。

そして、関西では
在日や帰化した、元在日の子供も多いのですが、

服装もきちんとしていて、とても行儀よく、挨拶もできて
書道でも、家庭科でもきちんと落ち着いている子は、最近、
在日や元在日の子なんです。
私はこれには、とても驚きました。
なぜなら、在日の親は、たいへん苦労をし、努力をし、弁護士になったり医者になったり起業して、商売をしたり、スポーツ選手になったり、
今、阪神間や大阪では、在日の家庭のほうが、生活にゆとりがあり、裕福であったりします。
ですので、家庭も落ち着いていて、それが、子供たちにいい影響を与えているのです。裕福ですから、習い事、ピアノ、スイミング、クラッシックバレエ、バイオリン、塾
中高で、優秀な私立に行く子も多く、上の兄弟姉妹は、国立大学や有名私立大学にいっていたり
これからの日本で、そういう子が活躍していくのでしょう

日本人(たぶん、先祖は、武家、士族や公家だったかもしれないというような苗字の子も)
親が、ヤンキーで、子供を放置しているとか、親が不倫など恋愛に夢中だったり
生活保護を受けているのも日本人の家庭が多く、
洗濯もしていない服を着てきたり何日もお風呂に入っていない子、まったく食べさせてもらってなくて
給食をむさぼるように食べる子など。。。。様々です。
問題をおこしたり、不登校も多い、またモンスターペアレントと、わけのわからないクレームを
言ってくるのも日本人の家庭です。
もちろん学力も低く、塾にも習い事も行かせてもらえるはずもなく・・・・

これは、公教育の場合ですから
私学や国立、また地域によっても、すべてがこの状況とはいえませんが

こういう状況をまのあたりにして、今は、在日など差別されてきたという人々と
実は、日本人の生活状況などは逆転していることに驚いて
こういう子供たちが、今度は、大人になっていくのですから
日本の教育、日本の状況は、変えないと、日本人は破滅してしまうと危機感を持っています。

そんな時に、大阪で、国旗・君が代、教育の正常化、西成区の改革など、橋下維新がしてきた事は
正しい事です。 貧しい子供に塾に行かせるシステムなどは、評価できます。
大阪、箕面のように維新の議員が多いところでは、
維新の改革で、北大阪急行が延伸され、学校の放課後に民間の塾が、学校の校内で
子供たちに勉強をさせたり、素晴らしい改革が行われています。

私の夫は、大阪府の公務員で、

橋下維新になってから、給与はずいぶん、下がりました。退職金も下がります。
生活は苦しくなっています。でも、夫は、教育を改革する事が必要で
民間に比べて、仕事も保障されていて、組合活動ばかりして、子供を放置する教員や
楽ばかりしようという教員もいるのだから、給与は下げることは正しい事と言っています。

橋下維新で、公務員の給与削減で、大きな税金の無駄が、はぶかれています。
大阪府全体で、これは、とても大きな額です。

また都構想が、実現すれば、議員報酬はもっともっと削減され
議員の数も減ります。これは、大きなことです。

また、中学給食が実施されているのは、素晴らしい事です。私の住む兵庫県では
選挙のたびにいろいろな候補者がもう、20年以上、中学給食実施を公約にして
市民も望んでいますが、維新がいませんから
いまだに実施されません。 

貧しい子、親に放置されている子、弁当を作ってもらえない子がいる中
これも橋下維新だからできた改革です

また、拉致問題が日本では一番、解決しなければならない必要な事で
朝鮮総連の弱体化が、最も重要なことです。
そのために朝鮮学校の補助金は絶対に停止しなければならない
それをしたのは、橋下、維新です。

兵庫の自民党推薦の 井戸知事は、いまだに、毎年一億円、市民の税金を
朝鮮学校、いえ、朝鮮総連に支給し続けています



今、憲法改正が言われ、戦後70年の見直し、戦後70年をたてなおししなければならない時です。
反対派は、それこそ、大阪に巣くう利権、特権、戦後70年の体制を守ろうとしている組織ばかりです。

今、反対しているのは、大阪の利権をむさぼり、朝鮮総連と癒着してきた自民党
共産党、反日の民主党、社民党、拉致犯罪に加担してきた辻元清美の関係者、よど号、赤軍派、過激派などの残党。
日教組、労組、左翼団体、

戦後70年、宝である大阪を腐らせ、利権をむさぼり、北朝鮮と癒着し、
天皇陛下を侮辱し、従軍慰安婦や南京大虐殺の嘘をまき散らし、いまだに従軍慰安婦支援、朝鮮学校支援をしている連中
日本を貶め、日本の歴史を否定し、道徳を否定してきた連中、自虐史観をまき散らしてきた連中

共産党や過激派、在特会、右翼は、公安調査庁がテロ団体と認定して、オウム真理教などと同列に監視していますが
そういう連中がすべて、反対派、
しかも北朝鮮系の在日朝鮮人は、反対派の活動をしています。

こんな人たちが、単に橋下嫌いだけで、これほど反対するとは思えません。
彼らにとって 都構想が都合が悪く、彼らの利権やシステムを壊すものだからです。
戦後70年の腐敗と癒着と甘い汁をすうことを続けたいからです。


こんな悪の組織が、のうのうと甘い汁を吸い続ける事は
表には出ませんから、市民は知りません。

兵庫県の知事が、朝鮮総連に毎年、一億円の支援を続けている事を兵庫県民が知らないのと同じです

私は、学校の先生の給料が下げ、貧しい子供たちが、塾に行けたり、中学給食を食べれるようになった事
これだけでも、おおきなことだと思いますが、これはごく一部です。

市バスの運転手の高給が橋下維新になってから問題視されましたが、
公務員というのは、遊んでいても休んでいても、クビにならないし、高給与が支払いつづけられます。
特に、学校の教員、表に出ていないですが、体罰で、子供に一生の後遺症が残るような怪我をさせた先生、
小学校や中学校で、学校の中で、女の子に性的ないたずらをし続ける先生、
子供の心を傷つけ、不登校においやったり、グレさせたり、人生をめちゃくちゃにする先生
一年間、教壇にたって自分の言葉で授業しないで、ただ既存のプリントだけさせて、自分はすみっこで居眠りをしている先生、
組合活動に熱心で、自習ばかりさせる先生、こういう先生を日教組、組合は、守り続けてきたのです。

これと同じ事が、大阪市役所、大阪府庁の公務員、大阪全体の公務員についても言えます。
組合が守るのです。
解放同盟、同和利権、エセ同利権、そして、大阪の朝鮮総連の施設は、長年、固定資産税が減免されていましたが
それも減免停止になりましたし、

こういう利権を排除してきたのが、橋下維新です。その効果は、大きいと思います

特に教育関連の改革をすべて見ると、その実績は大きいと思います

その上で、これでもまだ、医療・教育・福祉、市民のための改革が
大阪府、大阪市の二重行政のままでは、困難だということが、わかったからこそ
都構想に命をかけたのだと思います。

歴代の政治家の中で、大阪府と大阪市の長 両方をつとめたからこそ、
実態を誰よりもわかっているのだと思います

私は維新の市議の選挙の応援をしましたが、
維新は、候補者に対して、一円のお金も出しません。人員も出しません。
すべて自分のチカラでやれというシステムです。
そのかわり、コネがなくても、中卒でも、やる気のある人は、候補者として
公認します。 企業から献金をもらわないから特定の企業との利権や癒着はありません

都構想のためらに10億近い宣伝費使い、特別区設置に
600億使うなんて無駄だ

といわれていますが、この腐った大阪をたてなおし、未来の子供たちのため
より良い大阪、日本をつくるためには
大阪の改革、そして日本においては憲法の改革が必要です。
今のままで、未来はありません。
そのためには、この8年間で、600億どころかもっともっと、削減してきて
大阪の赤字破たん財政をたてなおしてきた、橋下さんの改革は必要だと思います。

大阪も兵庫も 戦後70年の体制は壊すべきです。

戦争で、過去の日本、大阪の歴史、日本人の心、教育が、壊されたのです。
それを取り戻すべきときだと思います。


終戦後、保守的、愛国的な戦前からの立派な教育者、学者、公務員などは、
排除され、大切な戦前の文化、歴史本などは、焚書され、

左翼の人間が牛耳る世の中になりました。大学教授などがそうです。
学校教育も、終戦後の教科書の墨ぬりから始まって
日教組の戦前否定、道徳否定で、教育がすべて変えられました。

今の大阪、日本は、そのような人間たちが作り上げたものです。

このような例は一部ですが、終戦後、日本の大切な価値観が変えられてきた
今こそ、大切な価値観を取り戻すために、今の大阪、日本はよい意味で壊すべきだと思っています。

橋下さんのやっている事は、明治維新、王政復古に似ています。
維新の志士も、獄中に入れられたり、殺されたり、侮辱されてきました。

私は、今回のあまりの反対派の 右も左も 保守も在特会も反在特会も、朝鮮人もすべてが
集結した状態で、
反対派の汚い手口、賛成の人は投票に行かなくてもよいというデマの電話まで市民にされ続けている中、

5月17日は、都構想実現は難しいかもしれないと思っています。

すべての都構想が正しいとは思いませんが、絶対に
今、大阪と日本は、変わらなくてはならない、

安倍首相がやっている事も 日本をいい意味で変えていっています。
もちろん安倍首相にもマイナスな部分もありますし、すべてが正しいとか成功だとも思いません

しかし、もし反対派が勝利して

橋下維新以前の 大阪、今までどおりの大阪が続くのであれば

危機的だと思いますし
もし都構想にマイナスな面がいろいろあったとしても、それはその都度、
変えていけばいいし、市民もこれだけ関心を持つのですから、今後、しっかりと見守っていくでしょうし
変えるという第一歩が必要な時だと思っています。

それは、もし橋下維新が、大阪に存在せず、

自民党や次世代の党の人間が、同じように 大阪を変えなくてはならないという構想を
たちあげたとしても、私は賛成すると思います。

今までの大阪が良いとは思わないからです。
一国も早く、壊さなければ、特に教育の部分が、すべての根幹ですから
その教育の体制を壊さなければ、大阪に日本に未来はないと思います。

しかし、今反対派にいる、大阪の左翼、日教組というものは
少しでも何か反論すると、激怒して、耳をふさぎ、怒鳴りまくるとか
逆に嫌がらせをしてくる・・・・など、議論はできません。
イデオロギー、共産主義革命はどんな汚い手を使っても勝ちだと思っているからです。

また、共産党や社民党の最終目標は、天皇陛下を殺し、ひきずりおろし
皇居に赤い旗をたてて、赤い国にすることが目的です。
中国や北朝鮮のような国が素晴らしいと思っています。
そのような反対派の人たちと私は、どんな事があっても共闘することはできないのです。

中曽千鶴子拝 
〜〜〜引用終わり〜〜〜

ヤマちゃんおやじは、共産党、社会民主党、日教組、部落解放同盟、自治労、朝鮮総連、辻元清美、憲法9条の会などの反日左翼は大嫌いだ。

共産党、社会民主党、日教組、部落解放同盟、自治労、朝鮮総連、辻元清美、憲法9条の会などの左翼は今回の大阪都構想住民選挙では、橋下徹氏に猛反対している。

橋下徹氏が日教組、部落解放同盟、自治労、朝鮮総連、などを目の仇にして対決してきた来たからであろう。。。

共産党、社会民主党、日教組、部落解放同盟、自治労、朝鮮総連、辻元清美、憲法9条の会は奇しくも全て日本の敗戦利得者でもある。

終戦後日本国民を徹底的に愚民化し、平和馬鹿に仕立て上げたGHQの方針と庇護を受け甘い汁を吸ってきたのが敗戦利得者である。彼らはある意味、ダニであり寄生虫であり、速やかに駆除されるべき存在だ。

そういう意味では、橋下徹氏を応援したくもなる・・・

首相官邸、菅官房長官は橋下徹氏にエールを送っている。橋下徹氏が憲法改正に乗り気だからという説もあるが・・・

自民党大阪府連は、共産党、社会民主党、日教組、部落解放同盟、自治労、朝鮮総連、辻元清美、憲法9条の会などと徒党を組んで橋下徹氏に反対しているとのこと・・・呉越同舟???

自民党大阪府連も、今まで吸ってきた既得権・甘い汁の味が忘れられない部類なのか???

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2015年05月12日

日本の報道の世界ランクは世界で59位

<5月10日(日)>

5月9日は、高羽ヶ岳尾根コース(仮称)復活開設に際して、林道たたら線終点からたたら川を左岸側に渡り急峻な落石の危険がある暫定コースに替わるべき安全なルートを確認出来た。

よってこの日は、新しいルート開設(旧道復活)によって発生するであろう混乱・疑念を回避する目的で、案内板を設置し、687mピーク直下の急坂にロープを設置することにした。

先ず、大規模林道登山口から687mピークに至り、この三叉路に『大規模林道』、『林道たたら線』、『高羽ヶ岳』を示す案内板を木の枝に取り付けた。

続いて、687mピークから林道たたら線へ向かう急坂に長さ30m程度トラロープを張り、ルート上に残っていた笹株も短く切断し歩き易くした。このロープは出来れば後20m程度延長できればさらに効果的となると思われた。

その後、大規模林道登山口から高羽ヶ岳に向う縦走路と林道たたら線終点から谷沿いに登るコースとの合流点に赴き、『大規模林道・687mピーク、高羽ヶ岳尾根コース』を示す案内板を取り付け直ちに大規模林道コースから下山し、車で長門峡入口駐車場に向った。

次いで、林道たたら線終点まで歩き、熊に注意!!!の看板の所から平らな草地を50m程度横切りたたら川を渡り、左岸から北方に続く旧道入口に『高羽ヶ岳尾根コース』を示す案内板を立木に取り付けた。

その後、尾根道(稜線)を通過せずに標高425m鞍部に至るトラバースルート(5月9日に通過して確認済み)に入り赤テープを貼り、通行を邪魔する枝を刈り払った。このトラバースルートはアップダウンがないので、尾根道(稜線)を通過するルートに比してかなり楽チンだと思えた。

最後に、林道終点からたたら川を遡るルート入口部約100mでルートを覆う雑草を刈り取った。
この日は10時〜17時ごろまで昼食の30分以外は作業に専念した。

出来れば、山頂に残された鋭い笹の切株を除去し、ベンチを置けば自分を含む登山者のより快適な休息に役立つであろう。

山頂付近の保安林の立木をベンチの用材に利用できないので、材料は別途調達したものを登山口から運び上げることとなるので厄介ではある。はたして実現できるか現時点では疑問であるが・・・

当面あと残っているのは、687mピークのロープ追加と、たたら川沿いに登り山頂に至り尾根コースから下り林道終点に至る周回コースを実地に歩いて見ることだ。

林道終点からの帰途、尾根ルートの方角を振り返ると、標高425m鞍部付近から稜線沿いに687mピークまで連なる3つのピークがはっきり望見できた。
DSCN0672.JPG

この尾根ルートを登るのは、当方のような非健脚にとってはかなりキツイのではないだろうか。
尾根ルートは高羽ヶ岳からの下りに向いているように思える。


<日本の報道の世界ランクは世界で59位で「問題な状態」>

国境なき記者団によれば、日本の報道の世界ランクは世界で59位で「問題な状態」と指定した。

ヤマちゃんおやじは2007年7月の当ブログ開設以来、日本の政治と日本のマスコミは世界で五流以下だと断定してきたが、日本のマスコミの質の悪さは大方の日本人は今でも予想できないのではないだろうか???

日本より上位にいるのは、、、
o セルビア(NATOに空爆)
o モルドバ(ソ連から独立するも貧困過疎化でエイズや人身売買が問題に)
o ニジェール(4年前に軍がクーデター)
o パプアニューギニア(国民の過半数は1日2ドル未満で暮らす貧困層)

 このような後進新興国です。日本は世界でトップの先進国であるにも関わらず、貧困で困ってる国やクーデターがおきた国以下の報道の自由しかない状態にいるのです。

何たるアンバランスであろうか。。。

 つまり日本では情報が制限されていて、テレビや新聞の情報をそのまま鵜呑みにすると、情報操作されてしまう・・・と言っても過言ではない。

仮に優れた判断頭脳力を保有していても、判断の元材料となる情報に誤りがあれば誤った結論を出してしまうのである。

日本では情報は自分から選択的に取りにいかないと、ただマスメディアからの情報を受動的に受けているだけでは、情報の発信者にいとも簡単に操作されてしまいます。そのため、本当の事を知るには、別の情報源を手に入れ、事実や背景を見て、多角的に見る事が極めて大切となる。

ヤマちゃんおやじはかかる状況の中で、マスメディア以外のより信頼度の高い情報源を探し、今ではマスメディア以外の数種類の情報源を定期的に得るようにしている。

例えば、
@宮崎正弘の国際ニュース・早読み
Aわたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」
BNPO百人の会(メルマガ)
C新世紀のビッグブラザーへ(三橋貴明オフィシャルブログ)
D正しい歴史認識・国益重視外交・核武装実現
Eリアルインサイト
・ ・・・などである。

最近新しく、西鋭夫のフーバーレポート(2980円/月)を定期購読することにした。
加えて、落合道夫(筆名=東海子)によるメルマガ「日本人の近代史講座」540円/月を受講することにした。

また、上記情報源で推奨された単行本も出来る限り購入している。
これらの情報積極的に入手することで、マスコミの偏向報道内容が手に取るように判り始めた。

またマスコミに登場する専門家の説明も批判的に聞こえるようになった。
“またNHKが嘘を報道している”“NHKはこの重大報道を無視した”
例えば、大阪都構想の具体的中身やメリット/デメリットは、テレビや新聞では殆ど知ることは出来ない。


大阪都構想を掲げる橋下徹大阪市長・大阪維新の会代表の師匠は大前研一氏といわれている。橋下徹氏は大阪都構想が実現した暁には次に道州制を狙う構想があるといわれている。

この道州制の提案者が大前研一氏であり、大阪維新の会の命名は橋下徹が大前の許可をもらって平成維新の会より名付けたものである。橋下徹氏が提唱する発送電分離は大前研一氏の発案とも言われている。

大前研一氏や橋下徹氏が提唱する発送電分離方式は、米国で実施されたが度重なる大停電を招いた原因となった。あの反日コリアン系実業家の孫正義も大の発送電分離方式賛成派である。発送電分離方式は、民主党の管政権時に急に浮上した。これらを勘案すれば、日本の国益に反するこの発送電分離方式を熱心に提唱する大前研一氏、橋下徹氏、孫正義,管直人の狙いは何処にあるのだろうか?


「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成27年(2015)5月10日(日曜日)弐 通算第4535号から読者の声を引用する

〜〜〜引用開始〜〜〜
(読者の声4)『プレジデント』の最新号(6月1日号)で、大前研一氏が、「米も穀物の一種であって、これを聖域化するのは時代錯誤」と決めつけています。
激しい怒りを覚えました。米は日本の伝統の根幹にある天皇家の儀式の最も重要な部分であり、米が聖域であることは言を俟たないとおもいます。
 TPPの行方が心配です。
    (HJ生、水戸)


(宮崎正弘のコメント)大前さんは自らも宣言しているように「共和制」論者ですから、天皇伝統を軽んずるのは論理的帰結でもありますね。かれは国境を越えるグローバリズムの信奉者。
むしろ、こういう人がマスコミ主流のオピニオンリーダーとなっている日本の精神的昏迷こそが問題でしょう。とはいえ、小生は氏の著作をなにも読んだことがないので、これ以上のコメントは控えますが。。。
80年代初頭だったと記憶します。大前氏が、「経済力が軍事力を代替出来る。だから日本の政治力は増す」と言ったときに、あ、この人は紛れもない偽者と判断し、拙著でも批判したことを思い出しました。
さて、TPPですが、オバマ大統領の執念ともいえますが、レイムダックのオバマ政権ゆえに、たとえ合意が成立しても、米国議会が承認し、批准するかどうか、立ち消えの可能性が50%残っていると見ています。安倍首相が9日の演説で「TPPはまもなく最終段階」などと演説していますが、あれは完全にカムフラージュでしょう。
〜〜〜引用終わり〜〜〜

“朝日新聞はなくなれば良い”と発言し、大阪市役所に巣食う自治労の特権を認めない橋下徹氏にエールを送りたい気持ちは部分的にはある。

ヤマちゃんおやじは、中国からの干渉を意に介せず靖国参拝を強行した小泉純一郎元総理に喝采を送り小泉信者となり,国益を大いに損ねた郵政民営化強行を許してしまった苦い過去がある。

ある一点で国民の人気を獲得した後で、実際は国益をそこねる施策を押し進めるのが狡猾な政治家の常套手段である・・・このことを教えてくれたのが、小泉純一郎元総理であった。個人情報保護法は小泉純一郎元総理が推し進めたのは、コリアから日本へ帰化し名前を日本式に改めた国会議員(100人程度いるらしい)の過去を隠蔽するのが目的であった。なぜなら小泉純一郎元総理の父はコリア系であったからだ。

2015年2月13日大前研一氏が従軍慰安婦問題について強制か否かという問題ではなく、 日本が一言謝れば韓国人は納得するという。安倍談話で慰安婦たちに謝罪すれば、 この問題は収束すると述べた。大前研一氏は実在しなかった従軍慰が存在したという前提で論じている。

米も穀物の一種と断定する大前研一氏のメンタリティは、少なくとも日本人古来のものではない。日本は古来より水穂の国である。コメは五穀豊穣の祭祀の中心であり、この祭祀を司る唯一の存在が天皇陛下なのである。

宮崎正弘氏は、大前研一氏を偽者だと喝破した。

しかし事実は別としてコリアン系と揶揄されるようなグローバリストである大前研一氏を師と仰ぐ所を見ると橋下徹氏を応援する気にはどうしてもなれない。
posted by ヤマおやじ at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月09日

高羽ヶ岳尾根コース本日デビューす

<5月8日(金)>

家庭菜園で早植え玉葱の収穫をした。出来栄えはマアマアだった。
採れた40個の内5個位はサイズが小さかった。

小さくなった原因は良くわからないが、畝の間に無理矢理植えた所と、余りサイズが大きいと腐り易いというので肥料を少なくした影響かもしれない。


<5月9日(土)>


高羽ヶ岳尾根コース本日デビューす

夜中にトイレに行った時、雨が降る音が聞こえた。

昨日放送の天気予報Dは曇りであった。朝7時頃でも雨は降っていたが、天気予報は午後からは晴れるというので、それを信じて雨が降っている中を長門峡へ向けて出発した。

予定としては、長門峡駅付近に駐車し、歩いて林道たたら線を終点まで行き、そこから落石の無い高羽ヶ岳尾根コースを探すこととした。

林道たたら線では雑草の新芽が吹いたばかりであったので、早いうちに雑草の成長を止める意味で、道路の両端、真ん中で伸びた新芽を刈り取りながら進んだ。

林道終点から、熊に注意!と書いた看板と同じ高さのルートの草を刈りながら平地を左方向へ50m程度進み、
DSCN0658.JPG

小川に掛るコンクリート製の堰を渡ってたたら川の左岸に渡った。
DSCN0656.JPG


左岸に着いたら、たたら川谷コース分岐を右に見送り、赤テープに従って西側の谷に造られた旧道を登っていく。
DSCN0655.JPG


応急的案内として、立木にマジックで矢印などを書いておいた。
DSCN0654.JPG


5月5日には高羽ヶ岳尾根コース(仮称)のルートを確定すべく687mピークから下り、たたら川を渡る直前で落石の危険が大きい急斜面を下った。

その時急斜面をトラバースする旧道を見つけたので、今回は落石の危険がないコース候補としてこのトラバース道を実地に歩くことにした。

たたら川を渡渉後、谷筋に刻まれた旧道を辿っていくと、予想した通り、見つけたトラバース道に合流した。このトラバース道では落石の危険性は事実上ゼロであり、ルートの傾斜は疲れが溜まらないほど緩やかであった。

5月5日に尾根コースとして張った急斜面下り/登りでの赤テープを回収した。

このトラバース道は尾根コースとの合流点以降も山腹を縫うように緩やかな傾斜で東に伸びていたので、このトラバース道を歩いてみることにした。

道を塞ぐ枝を刈り払いながら進み結局、登り返しのない緩やかな傾斜のトラバース道は、炭釜跡で左折し標高425m辺りの鞍部で尾根コースと合流した。

このコースは尾根伝いに走る尾根コースよりも楽に歩けることが判った。新発見だ。。。

良く考えてみると、里山ならば地元の人がベストなルートを熟知して先人が作っているはずである。里山の登山道は、昔地区の人達が通った旧道を活用するのが最も妥当な方法だと思う。

この鞍部から先の尾根コースはいささか荒れ加減であったので、通路に覆いかぶさった笹や雑木を仮払いながら520mピークを目指し進んだ。

5月5日におおまかに草刈をしていたのだが、意外と刈り残りが多くあったので520mピークに到達した時には相当疲れが溜まっていた。昼飯抜きで無心に草刈をしたので結局16時30分に昼食をとったことになった。

林道終点に着いた後、後学の為にたたら川谷コースの入口まで歩いた。近いうちにたたら川谷コースから高羽ヶ岳に登り尾根コースから下る周回コースにトライしたくなった。

一応本日で高羽ヶ岳尾根コースとしては今回の整備登山でコースを設定できて、2回目のコースの草刈りも終わった。

機会があれば、例えば、林道たたら線終点→尾根コース→高羽ヶ岳→物見ヶ岳→城平踏切という周回コースも巡ってみたくなった。
posted by ヤマおやじ at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月06日

687mピーク〜林道たたら線終点 をピストンした

<5月3日(日)>


4日に雨が降るという天気予報を信じてこの日にスイカを植えた。ここ3年間スイカはまずまずの収穫を得てきたので今年も植えた。

昨年試しに植えたメロンも好評だったので今年も植えた。
肥料を撒いた直後に植えたので果たして満足に育つかは疑問であるが・・・


<5月5日(火)>


好天ということで、高羽ヶ岳北方の687mピークに登り、そこから北西に伸びる尾根に沿って林道たたら線終点までピストンし、新しい高羽ヶ岳登山ルートの可能性を現地を歩いて確かめることにした。

この新しい高羽ヶ岳登山ルートは、林道たたら線終点から尾根筋に沿って東に向かい512mピークを経て、687mピークで縦走路に合流するもので2万5千分の一の地形図には点線で示されている。

このルートを通過した登山記録を見たことは無い。

本年4月16日までは687mピークから北西に連なる稜線は濃密な笹に覆われていたので、おそらく近年この稜線を通過する一般登山者は殆どいなかったのではないか???

4月27日に687mピークから512mピークまではキツイ傾斜もあるが登山道にはなり得ることを確認したので、今回は512mピークから林道たたら線終点までのルート候補を想定して実際に歩いてみた。

512mピークから先は、旧道らしき跡には草が蔓延り、雑木が枝を張り出し歩き難くなって来た。512mピークから200m程度進んだ所で多少太めの枝を切るために刈り込み鋏に力を入れた所、刃を支える結合部が破損して使用不能になった。

奇しくも、シャクナゲ尾根コース開設の時も、打ち続く笹刈りのため標高850m辺りで刈り込み鋏(第1代)が破損したので現在のもの(第2代)を新調した ことを思い出した。

この刈り込み鋏は、今まで2年間太い笹の切断などに酷使してきたので破損はやむを得ないものと思った。しかし刃を支える結合部がプラスティックであったのは予想だにしなかった。

この刈り込み鋏は、柄の部分の長さが50pから1mまで伸縮可能であり柄の材質はアルミ合金でできており軽量なところに引かれて購入した。一昨年のシャクナゲ尾根コース開設に際して大いに活躍してくれた。

仕方がないので、以降は鋸で通行を邪魔する枝や雑草を刈り払いながら進んだが、時間の関係で小枝は手で直接折りながら大まかな作業振りで妥協せざるを得なかった。

事前に道具の破損まで考慮していなかったが後の祭りだ。

標高430m付近の尾根湾曲部を通過して、いよいよ急傾斜部分に差し掛かった所では、たたら川に出来る限り接近するイメージが強くなり尾根筋を外れて急傾斜を木に掴れるコースを選んで下り、川の右岸を走る細い道まで降りた。

この細い道を川下に15mばかり下ると、川の対岸は平地になった伐採跡地があった。
たたら川を挟んで林道らしきものが見えたので、たたら川を渡り平地になった伐採跡地を70m程度横断すると林道終点らしき場所に着いた。

辺りには ”熊出没! 注意!!” と書いた看板が通路脇の傾斜地に置いてあった。

DSCN0642.JPG


杉が植林されていた平坦なこの伐採跡地には、木苺などの棘のある草木が沢山若芽を出していたのでこれから先の季節では通行が阻まれる可能性がある。

余り苦労もせず目標とする場所に到達できたのは、最後の急傾斜以外では概ね 旧道ないしは踏み跡らしきものがあり、通過した稜線は山林境界線であり以前雑木などが刈り払われた形跡があり、要所には山林境界線を示すピンクテープが取り付けられていたお陰だと思った。

また行方を阻む密集した笹薮も存在しなかった所も比較的苦労しないで済んだ理由でもある。

林道終点と思しき場所で小休止し立ったままで昼食を採り、往路を引き返した。
DSCN0640.JPG <この正面のピークにたたら川から這い上がる>


タタラ川から標高差70m程度急傾斜を当方が這い上がったコースでは落石の危険があり、実際落石を2回引き起こしたので、下方の登山道に石隗が落下する危険性がある。この部分は傾斜の緩い稜線側にコースを変えなければならないと痛感した。


林道終点から687 mピークまで急な登りが5箇所ある。

最も急な登りは最初と最後の急坂だ。仮に登山道として整備する場合には、最低限度のロープ設置箇所は687 mピーク直前の最後の急坂だと感じた。

やはり登りはキツイ。512mピーク戻るまで1時間を要し、687ピークまで到達するのに更に35分程度掛かった。687ピークから山頂まで20分掛ると仮定すれば、林道終点から山頂まで2時間程度要することとなる。

DSCN0649.JPG DSCN0650.JPG <687ピークから北方の眺め西→東>

本年4月に687mピーク通過し下山した時、フト顔を上げると北方正面に丸っこい青野山が見えたので驚き、周囲に眼をめぐらすと十種ヶ峰、高岳山、弟見山、国立徳地青年の家など意外と広範囲の視界が得られることをはじめて知った。

西側から東側に向けて、黒獅子山、陸上自衛隊むつみ演習場、大蔵ヶ岳、十種ヶ峰、野坂山、青野山、法師山、高岳山、弟見山、津々良ヶ岳、莇ヶ岳、長野山、馬糞ヶ岳、日暮ヶ岳、国立徳地青年の家などが視角約120度で見えた。

大規模林道コースから高羽ヶ岳に至るルートは本年4月まで7,8回は通過していたが687ピークからの眺めの良さに気がついたのは本年4月だった。それまでは背丈の高い笹薮に気をとられて下を向いて通過するばかりだったので、687mピークから北方を眺める余裕がなかったのであろう。

昨年春先に縦走路の笹刈りをした際、縦走路脇の眺めが良さそうな場所の3箇所で笹を刈り少しでも良好な眺めを期待したが全て徒労に終わった苦い経験があったので、今回のこの687mピークから眺望の発見は驚きとともに嬉しさも与えてくれた。

個人的感想ではあるが、高羽ヶ岳の肩ともいえる687mピークから眺望は高羽ヶ岳に登る人にお勧めしたい。大規模林道コースでは687mピークを通過するが、現行の林道たたら線終点から高羽ヶ岳へ谷筋を登るコースでは687mピークを通過しない。

よって、林道たたら線終点から687mピークを経由して高羽ヶ岳へ登るコースの開設が可能になれば挑戦してみたいと思うようになった。

しかし687mピークから西に伸びて林道終点に至る稜線の入口は猛烈な笹薮に覆われていたので怖気付いて躊躇していた。

ところが4月16日以降山林境界線確認の目的でこの西に伸びる稜線の猛烈な笹薮が刈り払われたたのを目の当たりに見て、林道たたら線終点から687mピークを経由して高羽ヶ岳へ至る登山コース実現(再現?)への意欲が俄然高まり今回の当該コース歩行・一部の下草刈り・赤テープ貼りに繋がったという経緯がある。


2度目の687mピーク到着でヘロヘロになったので小憩後直ちに下山した。

帰路で国道9号線の木戸山トンネルを出て100mも走ると、大渋滞が始まっていた。
萩市で行われた陶器市によるものらしかったが、こんな場所での大渋滞は初めて経験した。

山陽側から萩に至るルートは5本位あるが、何故国道9号線が異常に混雑したのであろうか?

単なる当推量ではあるが、無料になった山口宇部自動車道を利用すべくカーナビが指定したので山口に繋がる国道9号に車が殺到したのではあるまいか???

という予想のもとで、仁保入口より国道376、県道26、県道21、県道61経由で小郡に出て帰った。所要時間2時間。

今回通過した高羽ヶ岳登山新ルートは、さらに力を入れて整備する価値があるのか???

高羽ヶ岳登山ルートは、現在3つある。

林道たたら線終点からたたら川沿いに谷筋を登るコースと、大規模林道から縦走路を辿るコース、上の山林道標高600m鞍部(岩倉峠)から縦走路を辿るコースである。

林道たたら線終点からたたら川沿いに谷筋を登るコースは、林道終点から最後の炭焼き小屋跡までは通過した経験が無いので何とも言いようが無い。最近であった登山者からは、”渡渉地点が判り難い”という話を聴いたが、かなりの難路のようではある。

とにかく、新ルートでは、林道たたら線終点から標高差70mを一気に登り/下る際落石の危険性が高い今回通過したコースは変更して、落石の危険が少ない/無いコース選びには少なくともトライする価値がありそうだと感じた。


いよいよ笹や草が伸びる時期を迎える。

シャクナゲ尾根・谷コース、大平山〜堀溝林道コース、大平山〜大谷山(真尾)〜牟礼峠コース、綾ヶ峰登山コース、大平山〜607m峰〜展望地コース、一の瀬〜矢筈ヶ岳コース、矢筈ヶ岳〜牟礼峠コースなどの草刈の時期が迫りつつある。

いつまでできるか?何処までできるか?判らないが、今年もトライする予定ではある。
posted by ヤマおやじ at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月03日

尖閣諸島問題の本質

<4月29日(水)>

家庭菜園で早植え玉葱を収穫し、ジャガイモに追肥した。
早植え玉葱20本の中で大きくなった11本を収穫した。

ジャガイモに追肥し、畝を高く盛り上げた。
その後 草取りを行い、2時間程度の作業で切り上げた。

<4月30日(木)>


祖母山(標高1756m)山開きが5月3日に例年行われる。
できればアケボノツツジなるものを一目見たい気がして行程、登山ルートなどを一応調べてみた。

結局標高差1200mを一気に登る自信が無く、さらに天候が雨になる可能性もあったので中止せざるを得なくなった。

昨年の鉢盛山登山ツアーで団体歩行ペースに付いていけなくなったこともあり、最近では近くの中低山登山でも途中で休憩を多く取らないと登れなくなった実感もあったので、残念ではあるが結局無理をしないことにした。


<5月1日(金)>

天気予報では降水確率ゼロだったので、最近良く行く高羽ヶ岳に向った。
687mピークから先は登山ルートが笹に覆われていたので、この笹を刈り取ることにした。

確か昨年も2日かけて大規模林道からの登山道の笹刈りを行った記憶がある。

登山道の道幅30cmの中の笹は前々回刈り取ったので概ね無くなったが、道幅30cmの外は背丈ほどの笹が密集している場所が相当長くあったので、改めて道幅30cmの左右外側夫々20〜30cmの笹を新たに刈ることにした。

大量の笹を刈る本格的な笹刈りは一昨年5月のシャクナゲ尾根コース開設時以来である。

2時間30分で約200mのコースを刈り終えた時点で体力的にも精神的にも限界を感じたので、気分転換を兼ねて山頂に赴いた。

12時頃ムスビ2個を食した後、仮設展望台に上ってみた。
弟見山の左奥に見慣れた安蔵寺山のプロフィールが見えたので疲れも忘れた。

その後山頂に生えたアセビの木の周辺の笹を刈り払い、太目の枝に登って四囲を眺めたが既存の立木からの風景を凌駕する眺めは見られなかったので無理してこの登り難いアセビの木に登る価値は無いことが判った。

下山時に1時間30分程度かけて残りの笹刈りを行ったので687mピーク〜高羽ヶ岳山頂までの登山コースの笹刈りを終えた。

大規模林道入口〜687mピークまでの笹刈りは既に他の人によって済んでいるので、今回で全コースの笹刈りは終わった。

当方の笹刈りは全て人力頼みなので老体に無理をかけないように気をつけた。


<尖閣諸島問題の本質>


わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」3644号平成275(2015)年4月29日(水)で “尖閣諸島問題の本質”に関わる記事を読んだので引用転載する。

〜〜〜引用開始〜〜〜
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俺の女房だと毎日は叫べない
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       渡部 亮次郎

「これは俺の女房だと毎日叫ぶのは恥ずかしいことだ、と同様、尖閣諸島
はわが国固有領土だと毎日叫び続けることは恥ずかしい」と日本外務省。
「嘘も百編唱え続ければ真実になる」よろしく中国。これが尖閣諸島問題
の本質だ。

1968年 10月12日―11月29日:日本、中華民国、大韓民国の海洋専門家が国
連アジア極東経済委員会(ECAFE)の協力の下に東シナ海一帯の海底を学術調査。
この話は元首相岸 信介から直接聞いた。

その岸は総理辞任後、個人事務所を構えたのが新橋駅に近い日本石油の一
郭だった。元通産官僚として、石油に深く関係する岸だった。

海底調査の結果、「東シナ海の大陸棚には、石油資源が埋蔵されている可
能性がある」ことが指摘される(現在では尖閣諸島周辺にはイラクの原油
の推定埋蔵量の1,125億バレルに匹敵する、1,000億バレル以上の埋蔵量が
あることがほぼ確実とされている)。

だが、関係者はともかく、日本国民の殆どは、この事実を知らず、尖閣諸
島の名も知らなかった。後に外務大臣の秘書官になって深く知らざるを得
なくなる私も、政治記者時代は全く関心がなかった。

1971(昭和46)年 1月29日:アメリカ合衆国サンフランシスコで中国人留学
生らが尖閣諸島は中国固有の領土であると主張するデモを決行。後に全米
だけでなく世界中の中国人社会にも広がり、いわゆる保釣運動へと発展した。

6月11日:中華民国(台湾)が尖閣諸島の領有権を主張。

6月17日:日米が沖縄返還協定に調印。この沖縄返還協定の返還領域に関
する表現について、尖閣諸島での紛争に巻き込まれたくないアメリカ側
は、最終的に、日本側が尖閣諸島の地名及び沖縄返還協定本文での返還領
域掲載を譲ったうえで、沖縄返還協定付随の合意議事録に経緯度線で返還
領域を示すことでアメリカ側と合意している。

12月30日:中華人民共和国が尖閣諸島の領有権を主張。

72年7月5日、田中角栄が「角福戦争」を制して政権を獲得。

7月28日:日中国交正常化交渉の一環として北京で行われた竹入
義勝衆議院議員と周恩来国務院総理との会談の中で、周恩来が「尖閣列島
の問題に関心がなかった」としたうえで、「石油の問題で歴史学者が問題
にした」と述べ、中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めたのは、付近に眠
る石油資源が目当てだったことを認めている。

この周恩来の発言は、日本政府の「中華人民共和国政府の場合も台湾当局
の場合も1970年後半東シナ海大陸棚の石油開発の動きが表面化するに及び
はじめて尖閣諸島の領有権を問題とするに至ったものです」とする主張を
証明するものである。

なお、この会談を記録した中国側の資料では、会談内容が省略されている
ため「石油の問題で歴史学者が問題にした」に関する部分が記載されてい
ない。

9月27日:田中角栄内閣総理大臣が日中国交正常化交渉のため中国を訪
問。私はNHK記者として同行した。

周恩来国務院総理との第3回首脳会談の中で、田中角栄が尖閣諸島
について問うと、周恩来は「尖閣諸島問題については、今回は話したくな
い。今、これを話すのはよくない。石油が出るから、これが問題になっ
た。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない。」と述べており、同
年7月28日に続いて石油を問題視する発言をしている。

この事実は同行記者団には発表されなかったので、最近知った次第。
中国では当時まだ毛沢東が存命中。経済改革・開放論者のトウ小平は下放
中。将来、中国共産党の首を絞めるほどの重要資源になることを周恩来は
自覚できなかった。

9月29日:日中共同声明により日中国交正常化。日本と中国共産党率いる
中華人民共和国とが国交を結び、日中共同声明に基づきそれまで国交の
あった中華民国には断交を通告。

1973年8月、田中批判をTVや「文芸春秋。赤坂太郎」で展開することで田
中側近の竹下登副幹事長がNHK政治部長に渡部亮次郎記者の左遷を要求。
NHKはこれに抗することなし。

渡部は3度も辞表を提出するが受理を拒否される。止む無く大阪に転勤。3
年後東京・国際局に副部長として戻ったが、1977年11月にNHKを退職、福田
赳夫内閣の官房長官から外務大臣に横滑りした園田直の秘書官に就任(内
閣総理大臣辞令)。日中平和友好条約の締結交渉に従事。

1978年4月:約100隻の中国漁船が尖閣諸島に接近し、領海侵犯、領海内操
業を行う。青嵐会(せいらんかい)の石原慎太郎らが主権の侵害だと福田政
権を突き上げる。

この時私が日本外務省野幹部に質したところ「これは俺の女房だと毎日叫
ぶ事は日本人の感性からすると恥ずかしくてとてもできることではない」
という説明があったのだ。だから日本は始めから負けていると言えなくも
ない。

8月8日、園田外相が日中平和友好条約締結の最終交渉のため特別機で訪
中。渡部随行。

滞在期間中、トウ小平副首相が園田外相に対し尖閣諸島問題の棚上げを表明。

10月23日:日中平和友好条約の批准書交換のため訪日していた中国のトウ
小平国務院常務副総理は、日本記者クラブで行われた会見の席上で、「尖
閣諸島を中国では釣魚島と呼ぶ。名前からして違う。確かに尖閣諸島の領
有問題については中日間双方に食い違いがある。田中内閣による国交正常
化の際、両国はこれに触れないと約束した。

今回、平和友好条約交渉でも同じように触れないことで一致した。
中国人の知恵からしてこういう方法しか考えられない、というのは、この
問題に触れるとはっきり言えなくなる。こういう問題は一時棚上げしても
構わない、次の世代は我々より、もっと知恵があるだろう。皆が受け入れ
られるいい解決方法を見出せるだろう」と述べる。

「ウィキペディア」によれば、<中国共産党は、清がロシアその他の列強
に領土を奪われた経験から、軍事的実力のない時期に国境線を画定しては
ならないという考え方をもっている。

中国とインドの事例(中印国境紛争)では、1954年の周恩来とネールの平和
五原則の合意および中国国内のさらなる安定を待って、インドが油断して
いる機会を捉えて、1962年11月、大規模な侵攻により領土を拡張した。

当時、キューバ危機が起きており、世界がそちらに注目している中での中
国による計算し尽くされた行動であった]。

軍事的優位を確立してから軍事力を背景に国境線を画定するという中国の
戦略の事例は、中ソ国境紛争などにも見られ、その前段階としての軍事的
威圧は、東シナ海および南シナ海で現在も進行中である。


日中国交正常化時の中国側の領土棚上げ論は、中国に軍事的優位を確立す
るまでの猶予を得るための方便ともいえる。2011年現在、中国人民解放軍
の空軍力は、日本、韓国、在日在韓米軍を合計したものに匹敵し、インド
を含むアジアで最強であり、その急激な近代化がアジアの軍拡を誘発して
いる。このように尖閣問題の顕在化は、中国の軍事的優位がもたらしたも
のといえる。


〜〜〜引用終わり〜〜〜

上記は、園田外相の秘書官として日中国交正常化に身近に立ち会った渡部 亮次郎ならではの貴重な情報である。

それにしても、“俺の女房だと毎日は叫べない”といって尖閣諸島は日本固有の領土であることを主張しなかった外務省の売国奴ぶりには強い憤りを感じる。

尖閣諸島に灯台を設置したメンバーの一人であった石原慎太郎氏は、尖閣諸島に設置した灯台を示す記号を地図に掲載するよう再三外務省に要請したが、外務省はこれを拒否したという。

このほか外務省の反日親中姿勢は星の数ほどある。
眼に余る外務省の反日親中対応は一々書き上げられないほど多い。

一例を挙げると、中国での反日行動が強まったせいでお人よしの日本でもようやく中国へのODAを中止することになった。しかし外務省はその後も迂回作戦を使ってODAを中国へ隠れて続行していたのだ。


日本での覇権を狙っていた織田信長は、武田信玄が存命中は毎年彼への豪華な贈り物を欠かさなかった。一時期にせよ織田家と武田家は婚姻関係があったほど緊密であった。

武田信玄が存命中の武田軍は当時日本一強い軍団であり、織田信長の軍勢はまともに武田と戦える実力は到底なかった。

よって織田信長は武田信玄が死ぬまで毎年豪華な贈り物をして信玄のご機嫌採りに徹しひたすら戦いを回避し続け、その間織田家の実力・勢力を蓄えていたのだ。

ところが武田信玄が死に力量の劣る武田勝頼の時代になると、織田信長は武田軍に猛然と襲い掛かり終に武田家を滅亡に追いやり、全国統一のきっかけを掴んだのである。


日本は中国が仕掛けた日中友好という罠に見事に嵌り、6兆円にものぼるODA,無償技術援助などを大々的に継続し中国の国力増大に利用させられてきた。この間中国から日本が得たのは、たったパンダ2匹、それもリース料を中国に支払ってである・・・・今から思えば日本は何たる間抜けだったのか!!!

いよいよ中国が経済的にも軍事的にも力をつけてきたので、今度は日本を滅ぼす手を打ち始めてきた。
習近平の夢は、米国に代わる世界の覇権だ。

南シナ海のフィリピンとの係争水域で人工島を建設し軍事基地を築き、尖閣諸島に手を出し、翁長沖縄県知事を使って沖縄から米軍基地を追い出し沖縄独立を煽っているのも中国の基本戦略である、第一列島線確保のためである。

中国海軍空軍の基本戦略として、九州を起点に、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島にいたる第一列島線がある。この線の内側には米国軍隊を寄せ付けない・・・というのが基本戦略だが完成は目標の2010年をずれ込んでいる。仮に民主党政権が継続していたら今頃第一列島線は完成のめどが立っていた可能性を否定できない!!!

幸いにも民主党政権は国民から拒否されたが・・・

尖閣諸島は第一列島線の内側にあり、沖縄は第一列島線の直近にある。

中国側で尖閣を取り仕切っているのが中共軍であり、エネルギー部門でも経済部門でもない。

更に第二列島線というものがある。伊豆諸島を起点に、小笠原諸島、グアム・サイパン、パプアニューギニアに至るラインであり、中国が西太平洋を支配する為の戦略的作戦海域を示している。中国海軍は、第二列島線を2020年までに完成させ、2040-2050年までに西太平洋、インド洋で米海軍に対抗できる海軍を建設するとしている。

中国は日本に対する謀略活動に年間1兆円投下しているとの情報がある。この巨額の軍資金が日本を弱体化し、中国の基本戦略を成就させるために日本の内外でばら撒かれている現実をまともな日本人ならばしっかり知るべきであろう。

中国から汚い金を掴まされて日本を売る人もいれば、中国側に弱みを握られ脅かされて日本を売る人もいるだろう。左翼思想に洗脳されて日本を中国に売る人もいるだろう。反日マスコミや反日知識人達によるプロパガンダをまともに信じている人もいるだろう。

外務省は昔から外国勢力に狙われ、国益を大きく損ねてきた実績がある。
政治家たちも外交官試験に合格した一見秀才には、元々頭があがらない。

財務省も、文部科学省も厚生労働省も“日本の国民の為”など殆ど考えていない。
ただただ “グローバリスト(国際金融資本家)の命じるままに”だ。

直感ではあるが、中国をここまで強大化させ狂わせたのはグローバリスト(国際金融資本家)だったのではないか????

連合軍最高司令官だったマッカーサー元帥は朝鮮戦争において、グローバリスト(国際金融資本家)の命を受けたトルーマン大統領一派らの策略により中国共産党軍に勝つことを禁ぜられその職を解任された。

ゆくゆく米国大統領になる夢を持っていたマッカーサー元帥は、この朝鮮戦争での理不尽な大統領の行動を目の当たりにして米国大統領をも影から操る存在=グローバリスト(国際金融資本家)=に気が付いたのではないか?

それが“大東亜戦争は日本の自衛の為の戦争であった”という発言をさせたのではないだろうか???

共産主義をマルクスに発明させて世界初の共産主義国家ソ連を生み出したグローバリスト(国際金融資本家)が、第二次世界大戦を引き起こして当時共産主義に反対していたヒットラードイツと日本帝国を打ち負かせた・・・この事実にマッカーサー元帥は気が付いたのではないだろうか???

グローバリスト(国際金融資本家)が共産中国を応援する狙いは、“共産中国を第三次世界大戦(ハルゲマドン)に参戦させて世界を大混乱におとしめその隙に乗じてグローバリスト(国際金融資本家)がワンワールドを樹立し世界を支配する”のではないか???

要は・・・中国をダシにする魂胆である。

アフリカ・アラビアでイスラムを名乗る過激派が勢力を強めている。

戦いには敵が要る。第三次世界大戦(ハルゲマドン)に必要となる敵を陰で支援しているのは世界で最も戦争を期待する勢力=グローバリスト(国際金融資本家)=なのかもしれない。

弱い敵では世界戦争にならない!!!

世界で最も戦争を期待する勢力=グローバリスト(国際金融資本家)は、敵対する2つの強い勢力を育成し世界大戦を勃発させる。

日本は明治維新によって欧米列強を見習い富国強兵に血眼になり、大東亜戦争を戦えるほどの国力を養い列強に準ずる軍備を持つに至った。しかし日本は大東亜戦争に負け民主主義という衣は被ったが事実上欧米の植民地(ノーと言えない日本)にされた。

明治維新で活躍した坂本竜馬を物心ともに支援したグラバーは、ジャーデン・マセソン商会の長崎支店長だった・・とのこと。ジャーデン・マセソン商会は英国系のグローバリスト(国際金融資本家)だった。


大東亜戦争での最も悪質な犯罪者は戦争を企画したグローバリスト(国際金融資本家)だった。なぜなら、グローバリスト(国際金融資本家)とその一派だけが無傷で太ったからだ。

真の悪人は、犯人である自分を善人とし、被害者を悪人・罪人に仕立て上げる名手だ。

大東亜戦争に巻き込まれたあげく負けた日本は平和に対する罪という前代未聞の罪名で侵略者として東京裁判で有罪にされた。これは冤罪だ。

これを真に受けた東大法学部主任教授横田喜三郎は、このインチキ裁判である東京裁判を正しい裁判だと断定し内外に宣伝し国民を洗脳し、また東大法学部の多くの教え子たちに“日本は侵略国だった”と刷り込んだ。その東大法学部の教え子が教授となって多くの教え子たちに“日本は侵略国だった”と刷り込んだ。

東大法学部の卒業生は官庁でも企業でもエリートであり、“日本は侵略国だった”という誤った歴史観が常識化した。

本来ならばインチキ裁判を当化した無理矢理正当化した売国奴として酷評されるべき横田喜三郎は、最高裁長官まで登り詰め、従二位・勲一等・文化勲章・文化功労者・紺綬褒章などの栄典を授与された。このことは日本の支配者が誰なのか(少なくとも日本人ではない)を暗示している。


外務省でも事務次官まで登り詰めた小和田恒は、昭和六十年十一月、当時外務省の条約局長だった時、土井たか子社会党委員長の質問に答えて、『(日本は東京)裁判を受諾している』と名言した。

講和条約締結後日本政府は戦犯の釈放に勤めました。講和条約の11条に、東京裁判ですでに判決が下りている人は、刑期の継続を実行する、ただし、関係国が許せば免罪されるとあります。それに従って、国内でも「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」が与野党一致で可決され、A級戦犯も免責されました。これで国内的にも国際的にも、戦犯はいなくなり、本人や遺族にも年金の支給が行われることになった。

 A級戦犯として有罪を宣告された重光葵は鳩山一郎内閣の副総理兼外務大臣になって、日本が国連に加盟したときには、国連に日本代表として出席して演説し、拍手喝采を受けて、帰国後に急死したときには国連で黙祷しているのです。講和条約を締結した時点で、日本は歴史的な名誉を回復し、国際社会に復帰して独立をきちんと果たした。

東京裁判の判決は受けいれたが、東京裁判そのものの正当性は認めなかったからです。

こういった歴然とした事実がありながら、中曽根内閣の時、外務省条約局長であった小和田恒は『日本の外交は、東京裁判を背負っているハンディキャップ外交である」と勝手に答弁してしまった。中曽根総理はこの誤った小和田恒発言を修正することなく踏襲してしまった。中曽根は自ら靖国神社に参拝すると明言しながら、中国が靖国参拝に反対すると直ちに同調して靖国参拝を中止し、以降の首相が靖国神社を参拝しない前例を作ってしまった。中曽根内閣の官房長官を勤めた後藤田正晴は、”A級戦犯が祀られている靖国神社への参拝は日本の侵略戦争を肯定することになる”として中国からの靖国参拝非難に同調した。

この無責任な中曽根は晩年大勲位を授けられているのである。この叙勲は売国奴中曽根が日本を貶める上で格段の功績があったとして授与されたことになる。この大勲位も日本人の為の叙勲ではない。

この小和田発言以降外務省は、日本は東京裁判を正統なものと看做し、“日本はアジアを侵略した、深く反省しお詫びします”という自虐史観外交が定着してしまった。

田中角栄元総理は、政敵であった福田赳夫に勝つ目的のために、日中国交回復、日中友好に飛びついた。恐らく朝日新聞や中共スパイからの入れ智慧があったのかもしれないが・・・

田中角栄以降の自民党田中派は大の親中であり、中国向けODAも盛んに行われた。
田中角栄が国交回復に先立ち中国に派遣した密使が何と、公明党の竹入委員長であった。

また外務省には数百人の創価学会会員からなる大鳳会なる組織があり、親中国・親コリア一色である。大鳳会と小和田恒の怪しい関係を示す文書の存在も指摘されている。

外務省が日本国民のために働かず、中国やコリア優遇の行動を取る害務省に落ちぶれたのは上記のようなやましい過去と現実があることと無関係ではないであろう。

戦前の外務省にも、弊原喜重郎(外務大臣、首相を歴任)という人物がいた。モットーは“人の嫌がることはしない”であり、“お互い腹を割って話し合えば理解できる”であり、このモットーは相手が日本人の場合にのみ成立するものであり、海千山千の外国人にはとても通用する代物ではない。このような純粋培養人間は外交という仕事に全く不向きであった。案の定、弊原は中国相手に散々もてあそばれ、日本が戦争に巻き込まれ敗れる大きな要因を作った。

外務大臣を務めた小村寿太郎も、一旦桂総理が合意したハリマンとの満州鉄道に関する契約を強引に破棄し後の日米抗争の遠因となったセオドア・ルーズベルト大統領の反日批判を引き起こした。この小村寿太郎の強引な契約破棄の背後には、イルミナティ=グローバリスト(国際金融資本家)=の首魁モルガンが糸を引いていたのは関係者間では良く知られた事実である。

この小村寿太郎もモルガンの本性をしらず甘言で釣られた感がある。

いずれにせよ,外務省には純粋培養的馬鹿正直者か,日本よりも中国・コリアを大切にする輩が多いように思える。
posted by ヤマおやじ at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする