ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2014年09月30日

紅葉を始めた木曽川源流探訪


9月28日に木曽川源流の鉢盛山(標高2446m)登山ツアーに参加した。

鉢盛山登山ツアーはNPO法人木曽川・水の始発駅の主催で年に3回実施されており、今年最後の9月28日登山に予約して参加した。

木曽川の源流が鉢盛山であることは3,4年前から知ってはいた。

しかしインターネットで調べた所、登山口は朝日村と波田村の2箇所があった。いずれも登山口に至る林道の使用許可が事前に必要であったり、最近では登山道が土砂崩れで通行不能になるなどの悪条件が重なり、一般登山者が容易に近づける山ではなかったので、鉢盛山登山は諦めていた。

今年8月中旬偶然に、NPO法人木曽川・水の始発駅主催の鉢盛山登山ツアーの存在を知り、8月17日に申し込み、前泊する薮原駅近くの旅館『勇家』に予約した。会費5000円を支払えば一般登山者が諦めていた鉢盛山登山が簡単に実現するというので“渡りに船”と言う感じで飛びついた。

台風の接近があり今年は見送りか?となかば諦めていたが9月26日には台風の影響が無いことがわかり、急遽準備した。

当初計画では鉢盛山登山終了後は帰宅する案であったが、折角木曽地区まで足を延ばすのだから・・・と色気を出して、鉢盛山登山の翌日の9月29日には御嶽山に登る計画に変更した。

御嶽山登山では鹿の瀬駅から飯森高原駅までロープウエイを使って日帰りでピストンする案とした。木曽福島駅前から鹿の瀬駅まで定期登山バスがあるが、始発でも9時30分鹿の瀬駅着となり、飯森高原駅発最終ロープウエイ下りが16時30分なので時間的には厳しいので、車で鹿の瀬まで登る案とした。

片道八百数十kmもある長野県木祖村の旅館『勇家』までのアクセスも色々検討した。

自宅〜薮原駅前の区間で高速道中心案では、シミュレーターによると、所要時間11時間30分、平日高速料金16200(休日11300)円となる。

前日になって、山陰道〜R9〜舞鶴若狭自動車道〜北陸道〜米原〜R21〜R19〜薮原ルートに気が付き主な交差点での基点からの距離、直進・右折・左折などを記したドライブガイドを往路、復路について作成した。これが完成したのが、9月26日17時頃であった。

このルートは信州方面に行く場合、時間は多少掛かるが高速料金が半額以下になり得る廉価コースになる可能性があるからだ。

2泊目の宿を9月26日になって予約したが、やはり行楽シーズンのためか、候補の宿は既に空室ゼロであったり、大人ひとり宿泊を敬遠されたりでかなりあせったが、どうにか予約できた。

余裕を見た予算は7万円であったが、カミサンが4万円出したので、当方の小遣いからは3万円の出費で済む。


<9月27日(土)>


出来得れば、廉価版の山陰道〜R9〜舞鶴若狭自動車道〜北陸道〜米原〜R21〜R19〜薮原ルートを実行すべく、零時に出発した。

歳はとっても子供の遠足と同じであり、いったん目が覚めると眠れないので、こうなると零時出発も6時出発も変わりは無い・・・ことも零時出発の理由でもあった。

深夜の国道はさすがに大型トラックのみが走っており、快調に車は進み、1時に徳佐を通過、2時10分頃浜田を通過し、5時35分頃鳥取を通過した。淀江から以遠は初めて通過したが
一本道でほぼ高速道並みに通過できた。

益田〜出雲では2年前と比べてコンビニの数が大幅に増えていたのは印象的であった。

鳥取市岩美インター出口で進路を誤ったが通過車両がなく大事には至らず20分程度の時間ロスで済んだのは幸運であった。


途中の道の駅らしき所でトイレ休憩し、餅を買い朝食とした。和田山でガソリンを26リットル補給し、8時20分頃福知山IC着。意外と順調に進み、予想よりも2時間程度早くICに着いた。

万一福知山IC着が大幅に遅れる場合には、ここから山陽道〜名神〜中央道〜伊那IC〜権兵衛街道〜薮原 を進むことにしていた。

これだけ早い福知山IC着ならば、福知山IC〜舞鶴若狭自動車道〜北陸道〜米原〜R21〜R19〜薮原ルートに挑戦するほかはない!!!

8時20分過ぎに頃福知山ICに入り,無料の舞鶴若狭自動車道を進み、敦賀JNCで北陸道に乗り、9時45分頃賤ヶ岳SAで10分間小休止し、10時25分頃米原ICに着いた。

ここから薮原まで200qあるが、時速40qでも5時間あれば15時30分頃には薮原に着くので、当然R21に入った。R21は狭い道路だと勝手に想像していたが、実際は片側2車線の立派な幹線道路だった。

前日作成したドライブガイドブックのお陰で安心してドライブできた。このR21も今まで通過したことはないので当然不安はあったが、要所の交差点を予定通り通過できた上、とにかく大富交差点までは道路標識でR21を外れずに進めばよいから、心理的に大いに楽であった。

米原ICから薮原までの間には注意すべき交差点が4箇所あり、米原ICを起点に58q進むと鵜沼羽場町、72q進むと新大田橋、73q進むと住吉南,95q進むと大富だ。
この4つの交差点で進路を誤ると目的地には到着せず大混乱になるだけだ。


走行距離メータを見て、米原ICから53qになる手前で、“そろそろ鵜沼羽場町交差点があり、ここを少し南側に進むのだ・・・と事前に予測できる所がカーナビでは出来ない芸当だろう。

この方式だと、カーナビのアナウンスを聞いて驚いて行動することはない!!!
また、ドライブガイドブックを作る過程で事前に大まかなルートと場所が頭の中に残るので、道を誤っても修正がやりやすいという特徴もある。

いままで知らない道路を通って大いに迷った経験が、今回ドライブガイドブックを作るうえでかなり役立ったと思う。

と言うわけで、大した混乱も無く14時25分頃無事薮原駅前に到着した。予約した宿はすぐに判った。

早速、明日朝の集合場所を確認した後、宿にチェックインした。


カーナビ無しで、米子近辺の淀江以降は全く無体験のコースであったにしては、マア大成功だろう。

長時間動かさなかった左足に軽い痛みを覚えたのは以外であった。
途中休憩も2回と少なかったので、最後ではハンドルを握る両手にこわばりを感じた。
休憩して体操などで体をほぐす回数を増やせば、これらの現象は軽減されるかもしれない。


自宅〜薮原駅前の区間で高速道中心案では、シミュレーターによると、所要時間11時間30分、平日高速料金16200(休日11300)円であったが、今回初めて通過した『山陰道〜R9〜舞鶴若狭自動車道〜北陸道〜米原〜R21〜R19〜薮原ルート』では、所要時間では3時間多くかかったが、おそらく高速料金は休日なので5000円程度以下だと感じた。

機会があれば再び信州方面を訪れるかもしれないが、時間的に体力的に余裕があれば、この『山陰道〜R9〜舞鶴若狭自動車道〜北陸道〜米原〜R21〜R19〜薮原ルート』も有力な選択肢になるであろう。

宿に着いてテレビを見ると、何と9月29日に登山予定の御嶽山が噴火したニュースばかり放映していたので、いささかびっくりしり、胸を撫でおろしたりした。

この宿、勇家は1泊2食で8100円也であったが、風呂は掛け流しで綺麗だった。便所も綺麗で不快な匂いは全く無く、夕食の室・量とも申し分なかった。標高950mもの高地なのでエアコンはないが問題は全く無い。

周囲を散策された年配男性2人と一緒の部屋で夕食をとったので、ビール大瓶1本の予定が調子に乗って清酒1合を追加し歓談しながらの楽しいひと時を過ごした。

派手さは無いが、土地の材料を使った郷土料理的なところが非常に気に入った。機会があれば再び投宿したい。女将さんも気さくな方で古き良き時代の雰囲気を残す宿であった。


<9月28日(日)>


4時ごろ目がさめた。ザック内の所持品を確認し、寒さ対策としてフリースを持参することにした。

5時ごろ朝食をしっかり採り、頼んでいた弁当を受け取り支払いを済ませ5時30分頃宿を出た。屋外に駐車していた車にはうっすら降灰が付着していたので、タオルでふき取ったが付着した灰をふき取るまでにはいかなかった。

5時40分ごろ先客1人がいた集合場所に着いた。集合時間6時の10分頃前に年配の男性が来た。こちらから主催者側の人間か?と聞くと、“駐車の場所を変えてくれ”という。その前に、自分から主催者側の人間だと名乗るべきなのに・・・

この鉢盛山登山ツアーを主催したNPO法人木曽川・水の始発駅は、応募後2週間を経ても応募の成否について何も連絡をしてこなかったので当方からわざわざ電話して参加可否を確認した経緯があった。

当方以外の参加者は、松本市在住の年配男性、中津川市在住の中年男性、木祖村役場関係者?味曽川ダム職員、NPO法人木曽川・水の始発駅関係者?の5人で、NPO法人木曽川・水の始発駅担当者がどうやら登山ガイドを務める様子だったことが、自己紹介で分かった。

松本市在住の年配男性は、百名山に登り、千曲川源流・甲武信ヶ岳も訪れていた。この男性は朝日村側登山口から登る予定だったが、土砂災害で登山ルートが利用できなくなったのでこのツアーに参加したと自己紹介した。

ヤマちゃんおやじは、一昨年には利根川源流の大水上山に登り、千曲川源流を探訪し甲武信ヶ岳に登ったことを披露し、天下の大河木曽川の源流探訪のために鉢盛山単独登山を検討したが到底無理なことがわかり今回このツアーに参加した・・・と自己紹介した。

一瞬何故参加者が少ないのか???と思ったが、NPO担当者のガイドは、“村のイベントと日程が重なりキャンセルが多数出た”と言い訳がましい発言をしていた。

ヤマちゃんおやじと、松本市在住の年配男性と、中津川市在住の中年男性、以外の参加者はどうも、NPO法人木曽川・水の始発駅のおっさんから招集された印象を受けた。

6時5分頃マイクロバスに乗り込み登山口へ向った。味曽川ダム奥に掛かる奥木曽大橋を渡り、味曽川ダム上流に進む林道には頑丈なゲートがあり厳重に施錠されていた。ここから先は国有林であるのでこの林道には関係者以外は進入禁止となっている。ゲートを開けてマイクロバスは一路味噌川上流へ向って進んだ。

ここから先の林道は未舗装となり、道幅も2m程度となり、曲がりくねったダート林道をマイクロバスはゴトゴト揺れながらゆっくり高度を稼ぎ、材木運搬専用の二重反転ロータ式ヘリコプターを真近に眺め、6時58分頃 木曽川水源碑が立つワサビ沢脇の空地(標高1650m)に到着した。

DSCF8495(1).JPG <木曽川水源碑>

この林道はマイクロバス通過がやっとである。よってこのツアーの最大参加人数は20人となっていることが判った。

ここから先も林道は続くが、途中で危険箇所があるので登山口(標高1800m)まで歩くことになった。

準備体操後、7時10分頃林道を歩き始めた。小ワサビ沢に掛かる橋の付近では崩落の危険があるので小走りに通過した。

林道脇に大きなアザミがあったので、ガイドに聞くと、フジアザミだという。

DSCF8499.JPG <フジアザミ>

当方が、“木祖村には昔森林鉄道があったはずだが”とガイドに聞くと、“この今歩いている林道は昔森林鉄道が走っていたルートそのものだ”と答えた。

長身のガイド氏の足取りは早く付いていくのがやっとだった。このガイド(実はNPO法人木曽川・水の始発駅職員、代表???)は、知人らしい参加者と話しながらどんどん先を歩いていくので、“本物の登山ガイドではない”と松本市在住の年配男性と意見が一致した。

“本物の登山ガイドの重要な役目”は、団体の最も遅いペースの人に合わせて登ることだからだ。今回はどうも偽登山ガイドに当った???との予感がした。

林道から南方を振り返ると、深い谷のはるか彼方には中央アルプス連山が望めた。

DSCF8556.JPG  <深い谷の底を木曽川の源流である味噌川が流れる。最奥左に中央アルプス>

このあたりでは、一部黄葉が始まっていた。

DSCF8501.JPG <すに始まっていた黄葉>

7時50分頃旧登山口(標高1800m)に到着。

DSCF8502(1).JPG <旧登山口>

小憩後いよいよ登山道を登り始めた。ここから鉢盛山頂まで標高差644mを登る。
鉢盛用水跡を過ぎ、支尾根に達しワサビ沢から始まる新登山道と合流する。

ここから登りが苦しくなり始めた。ペースの速い林道歩きで疲れたのかもしれない。昨夜の日本酒1合が堪えたのか???

2回目の小休憩後急坂が始まったが、自分の単独登山のペースよりも早いためか心臓の鼓動がいつになく早い。我慢しながら登っていたが苦しくなってきたので、自分から休憩した。

後続の若い2人は いつもより登るペースが速い といっていたのが聞こえた。
これから先は、自分のペースで紅葉したナナカマドの写真を撮ったり、休んだりしながらマイペースで登ることにした。

DSCF8507.JPG <ナナカマド>

若い2人も当方にペースを合わせてくれたので以降苦しい登山はかなり軽減された。
このあたりでは既に紅葉も始まっていた。

DSCF8513.JPG <始まった紅葉>

山頂の手前は高天ヶ原と呼ばれているなだらかな登りとなり、展望が開けてくる。

DSCF8518(1).JPG <高天ヶ原の黄葉>

噴煙を上げる御嶽山も望見できた。
10時過ぎに4基の祠が並ぶ山頂に到着した。

DSCF8519.JPG <4基の祠が並ぶ山頂>

鉢盛山はもともと雨乞いのための山であり、4基の祠は鉢盛山を取り囲む4つの村の祠だという。

山頂を少し通過した所に大きな反射板があり、ここからの景色の良さはある程度予想していたが、実際は予想をはるかに超えた素晴らしい眺めが眼前に展開した。

先ず西方に乗鞍岳の雄大な山塊が目に入り、続いて、北方にかけて、焼岳、笠ヶ岳、穂高連峰、槍ヶ岳、野口五郎岳などの高度感溢れる北アルプスの重鎮たちが一度に目に入る。

DSCF8523.JPG <乗鞍岳の雄大な山塊>

DSCF8524.JPG <焼岳、笠ヶ岳、穂高連峰、槍ヶ岳、野口五郎岳などの全景>

DSCF8525.JPG <笠ヶ岳、穂高連峰、槍ヶ岳、野口五郎岳などの近景>

DSCF8526.JPG <穂高連峰、槍ヶ岳、野口五郎岳などのアップ>

DSCF8527.JPG <上記の右側の山々>


乗鞍岳から目を南西に向ければ9月27日から噴煙を上げ続ける御嶽山も一望できた。

DSCF8532.JPG <噴煙を上げ続ける御嶽山>

ここで早めの昼食を採り、各自絶景を1時間20分程度満喫した。

再び山頂へ戻り記念撮影後11時20分頃山頂を後にした。

山頂付近にある旧波田村避難小屋を左手に見送り下っていくと、南東から南側の視界が開け、八ヶ岳と、甲斐駒、間ノ岳、塩見、赤石などの南アルプス方面が見えてくる。

DSCF8546.JPG <八ヶ岳遠景>

DSCF8539.JPG  <南アルプス遠景>

南方には、木曽駒、空木岳などの中央アルプスもしっかり望むことが出来た。
一つの山から北アルプス、中央アルプス、南アルプス、八ヶ岳などを眺められた記憶はない。

登りは一時苦しい思いはしたが、この素晴らしい景観が見えた喜びは数十倍も大きい。

快調に下り12時50分頃無事登山口に着き、13時40分ごろ、マイクロバスが待つワサビ沢前の広場に着いた。

DSCF8561(1).JPG <清冽な流れのワサビ沢>

ワサビ沢の水は冷たく美味しかったのでペットボトルに詰めてお土産にした。
13時40分ごろマイクロバスに乗り14時35分頃奥木曽湖まで下り、力水と呼ばれている冷たい湧き水を飲み、この水もペットボトルに詰めて持って帰った。

DSCF8566.JPG <青く透明な水をたたえる奥木曽湖>

DSCF8567.JPG <味噌川ダムサイトから鉢盛山を遠望す>

15時頃役場前に全員無事に帰り、ささやかなお土産を貰い解散した。

事前計画案では、解散時刻は16時30分だったので、28日当日では計画よりも1時間30分も早く進捗したことになる。

とはいえ、現在の所朝日村からの登山が不可能なので、鉢盛山登山は木祖村登山口だけからのみ可能となる。

NPO法人木曽川・水の始発駅による鉢盛山登山ツアーは希少価値があり有り難い限りである。運用を改善させながら是非毎年継続されることを望みたい。

小さな問題はあったにせよ、今回のNPO法人木曽川・水の始発駅による鉢盛山登山ツアーは素晴らしいものだった。好天に恵まれた所もあったが、当ツアーを企画・実行された方々には大いに感謝いたしたい。

感謝、感謝、感謝。。。。。

<鉢盛山で会った花・植物>
DSCF8551.JPG <ヤマハハコ>

DSCF8504.JPG <ツルリンドウの実>

DSCF8535.JPG <シラタマノキ>

DSCF8554.JPG <カニコウモリ>

DSCF8552.JPG <キリチドリ?>
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2014年09月21日

超能力捜査官を見て霊魂の存在を考える

<10月16日(火)>


矢筈ヶ岳〜牟礼峠のルートで展望スポットを示す案内板を設置した。

標高400mあたりの南側の岩場から大平山、牟礼地区、瀬戸内海方面の展望が得られる。

折角なので、視界の邪魔になる枝葉を一部切り払ったので、景観が少しばかり良くなった気がした。

出来れば山頂付近からの展望が得られないか・・・と言う願望があったので山頂に登り周囲を歩いて見たが、立木が林立していたので格好の展望場所にはならないことが判った。

次いで山上山方面に至る登山道を少し下って見たが、格好の展望場所はここでも見つからなかった。

やむなく牟礼峠方面へ下る時、樹間から一瞬高岳山が見えた。藪に分け入ってみると、十種ヶ峰も見えたのでここが展望所になり得る感触を得た。

ただ左右も正面も立木が邪魔しているので、より良い眺望を得るには一工夫必要となる。
手頃な雑木を切り倒し足場を作って立ち木に登り2,3mの高度を稼ぐと、かなり良い眺めが得られた。足場を結束するロープが無いので、次回足場を結束すれば、まあ少しはましな眺めが得られる感触をえた。

さらに下る時に少し手を加えれば展望が得られる場所を発見した。余り多くの展望場所を作るのは避けたいが、出来れば最低2箇所の展望スポットが出来れば良いと思った。



<超能力捜査官、霊魂の存在>

超能力者が迷宮入り事件の犯人を探し出すテレビ番組を見た。2時間にわたり3つの迷宮入り事件の犯人を探し出すドキュメンタリー風番組であったが、超能力者というキャッチフレーズに釣り込まれて熱心に最後まで視聴した。

その番組では、超能力者2人が出演し、2件の迷宮入り事件の犯人を見事言い当てた。残り一件では、超能力者の指示によって警察犬を動員しての捜査を行ったが、犯人の手がかりは得られなかった。

ガブ(ガブリエル)というオーストラリアの超能力捜査官は、迷宮入りしていた「女性一家惨殺事件」実行犯の名前と居場所を見事言い当てた。

ガブは殺された女性の霊とコンタクトして、殺された女性の霊から、女性が殺された部屋のドアに残されていた油性物質と犯人の指紋の存在を聞きだし、さらに、犯人の名前と犯人が隠れている牧場名を聞きだすことに成功した。犯人がドアに残した油性物質と犯人の指紋は、警察の鑑識が見落としていたものだったが、ガブの指摘を受けて調べた所犯人の指紋が発見され、ドアに付着した油性物質は犯人が女性の死体に暴行を加える際に使用した○○だったことが判明し、被害者から採取されたDNAは犯人のDNAと一致して、さすがの迷宮入り事件も見事に解決されたのであった。

このテレビ番組にゲスト出演した俳優の高橋英樹氏は“あのガブというオーストラリアの超能力捜査官の透視能力は本物だ”と述懐していた。

超能力とか霊魂というと多くの人は“まやかし”だと思うだろう。特に日本ではどういうわけか、超能力とか霊魂を口走れば狂人扱いされる可能性が高い。欧米では超能力捜査官が迷宮入り事件の犯人探しにしばしば登場するが、日本では超能力捜査官登用の話しは皆無である。

日本では超能力とか霊魂とかいうと非科学的だと一蹴される。しかし超能力、霊魂を非科学的だと一蹴する人は、現代科学の何たるかを知らない似非科学者であるとヤマちゃんおやじは断言できる。

現在世界で流通している科学は、今から500年ほど前に生まれた実証主義に根ざした西洋科学(近代科学)である。西洋科学(近代科学)は、人間の五感または観測機械によって観測されたデータだけしか取り扱わない。

人間の五感または観測機械によって観測されない霊魂などは、西洋科学(近代科学)の対象にされないのである。

換言すれば、人間の五感または観測機械によって観測されない霊魂等に関わる現象は、西洋科学(近代科学)では取り扱うことが出来ないのである。

欧米はさすが西洋科学(近代科学)発祥の地であり、西洋科学(近代科学)の限界と弱みを知っている。しかし、この150年間西洋科学(近代科学)の後追いに専念してきた日本では、西洋科学(近代科学)が万能であり金科玉条だと信じ込んでいる所が大きい。

西洋科学(近代科学)が依って立つ観測データは人間の五感で認識できる範囲であり、西洋科学(近代科学)が成立するのは精々人間の五感の範囲内の出来事なのである。

いわゆる第六感、虫の知らせなどは、西洋科学(近代科学)では全く手が出せないのである。従って、西洋科学(近代科学)の立場で霊魂の存在云々を論じるここと自体が無意味なのである。西洋科学(近代科学)は、霊魂の存在云々を論じる資格も能力もないのである!!!

従って、西洋科学(近代科学)の立場で霊魂の存在を否定する輩は、西洋科学(近代科学)の何たるかを知らない偽科学者、三流〜五流科学者ということになる。勿論科学を学んでいない人間が、“霊魂は科学的に存在しない”と発言するのはなんら説得力を有しない戯言でしかない。


ヤマちゃんおやじは霊魂に若い頃から関心があった。幼児の時、掛け軸から人物が飛び出すのを感じて泣き叫び縁側から落下した記憶ある。中学生の頃だったと思うが、ある夏の夜20時頃高台の家の前で夕涼みをしていた時、眼下に走る道路に沿って明るい光球が人の走る速度で上の部落の方へ通過して行くのを見た。

翌朝、岡の春ちゃん(同じ部落の3歳年上の先輩)が昨夜8時頃事故死されたと聞かされた。前日に見た光球は亡くなった岡の春ちゃんの人魂が親元に走って帰ったものだと直感した。

高校時代には、毎日崖から落とされる夢を見ていずれ心臓発作で死ぬかと思い、夢の中で柔道の受身をプログラミングして実行しそれ以来悪夢から解放された経緯も持つ。



多くの詐欺的、手品的なものもあるだろうが超能力についても、本物の超能力者は存在すると信じている。

早い話がお釈迦様やイエス・キリストは本物の偉大な超能力者であった思う。

仏教では仏・菩薩などが持っているとされる6種の超人的な能力を六神通と呼び、6種の神通力(じんずうりき)があり、一般人でも正しい修行によって得られる能力としている。

因みに、ウイキペディアによれば、六神通とは、具体的には以下の6つを指す。
• 神足通(じんそくつう, Pali:iddhi-vidha-ñāṇa) - 機に応じて自在に身を現し、思うままに山海を飛行し得るなどの通力。
• 天耳通(てんにつう, Pali:dibba-sota-ñāṇa) - ふつう聞こえる事のない遠くの音を聞いたりする超人的な耳。
• 他心通(たしんつう, Pali:ceto-pariya-ñāṇa) - 他人の心を知る力。
• 宿命通(しゅくみょうつう, Pali:pubbe-nivāsānussati-ñāṇa) - 自分の過去世(前世)を知る力。
• 天眼通(てんげんつう, Pali:dibba-cakkhu-ñāṇa) - 他人の過去世(前世)を知る力
• 漏尽通(ろじんつう, Pali:āsavakkhaya-ñāṇa) - 自分の煩悩が尽きて、今生を最後に、生まれ変わることはなくなったと知る力。


さて、ヨーガでは人体には脊柱の基底から上へ向って頭頂まで、ムーラーダーラ・チャクラ、スワーディシュターナ・チャクラ、マニプーラ・チャクラ、アナーハタ・チャクラ、ヴィシュッダ・チャクラ、アージュナー・チャクラ、サハスラーラ・チャクラとよばれる7つのチャクラがあり、六神通は、サハスラーラ・チャクラを除く6つのチャクラの開発によって得られるとしている。

中阿含経というお釈迦様直説の「黄慮園経」というお経がある。玉城康四郎氏の現代語訳を以下に紹介する。

〜〜〜現代語訳開始〜〜〜
わたし(釈尊)は、つねに努力精進し、その思いは確立してすこしも乱れず、体は安楽で動揺せず、心は禅定に入って静かである。そのわたしがあるとき、瞑想に入ってしだいに禅定が深まってきた。第一禅定から、第二、第三、第四禅定まで深まるにつれて、心に思い浮かぶなにものもなくなり、喜びや楽しみだけとなり、そしてついにはそれもなくなって、ただ清浄な想いだけとなった。

そのときわたしの心は、一点のけがれもなく、清く明るく、絶対不動であった。そしてわたしの心の眼はおのずから前世の光景に向けられていった。それは一生だけではなく、二生、三生、十生、二十生、そして無限の生涯の、生きかわり死にかわりした光景が展開してきた。これが第一の智慧である。

それからわたしの心は、あらゆる衆生の姿に向けられてきた。わたしは超人的な眼力でそのすがたをみた。そこには貴いもの、賤しいもの、美しいもの、醜いもの、幸福なもの、不幸なものの、それぞれの宿業が渦巻いていた。これが第二の智慧である。

それからわたしは、苦・集・滅・道の四諦(四つの真理)をありのままに知り、わたしの心は、あらゆる存在の相(すがた)から、全く解放され、ふたたびそれに執着することはなくなった。これが第三の智慧である。

〜〜〜現代語訳終わり〜〜〜〜

<雑阿含経「好戦経」における霊魂>

お釈迦様の十大弟子のなかで神通力第一の聖者と呼ばれたのがモッガラーナ(目健連)です。托鉢中のモッガラーナが、空中に浮かんで霊的な猛禽に肉をついばまれ、霊的な犬や狐から腸を食いちぎられて悲鳴を上げて泣き叫び漂う肉団子状態の霊的存在(亡霊)を発見してにっこり笑うシーンが、お釈迦さま直説の雑阿含経「好戦経」に書かれてます。

このときモッガラーナ(目健連)の従者であった尊者勒叉那比丘にはこの霊的存在(亡霊)は見えませんでしたので、何故モッガラーナ(目健連)が微笑されたのかわらなかったのでその訳をモッガラーナ(目健連)に訊ねた。モッガラーナ(目健連)は托鉢が終了した後、『この亡霊は前世では戦争を好んで起こし多くの人々を喜んで殺傷し苦しめた人物だったが、この人物が死後亡霊となり千数百年間もの長い間地獄の無限の責め苦を負わされた後の余罪として、さらに苦しい責め苦をおわされていたのを目のあたりにして、当然の報いを受けていたのが判って思わずにっこり微笑したのだ』・・・とお釈迦様の前で尊者勒叉那比丘に説明されました。

これを聞かれたお釈迦様は、『我弟子たちの中で、実相を見る目をそなえ、実相を知る智慧を持ち、実在の意義を悟って、正しい仏法に通達した者は、みな、モッガラーナ(目健連)の見たような衆生(亡霊となった霊魂)を見るのである。わたし(お釈迦様)も亦この衆生(亡霊となった霊魂)を見るのだ』とおっしゃった。

亡霊は一般の人には見えませんが、神通力保有者、霊能者、超能力者には亡霊が見えるという例証は、2500年前という大昔から存在していたと言うことでしょう。。。。


西洋科学にかぶれた現代人は、お釈迦さま直説のお経などには見向きもしません。しかし西洋科学には霊魂を論じる能力は皆無です。

貞観大地震での大津波と言う歴史的事実を無視した地震学者、土木学者などが、福島第一原発メルトダウン事故を引き起こしました。

東北地方では貞観大地震では少なくとも十数メートル〜30メートルの津波が襲いました。しかし貞観大地震での大津波と言う歴史的事実を無視した地震学者、土木学者などは福島第一原発での最大津波高さを高々10m程度だと過小評価しました。

東北電力女川原発では、地震学者、土木学者などによる津波波高10m説を無視して、貞観大地震での大津波記録を重視し津波波高15mを前提に原発設備を計画しました。そのおかげで女川原発は、未曾有の東日本大震災においても原子炉の冷間停止に成功しました。西洋科学に立脚した地震学者、土木学者などによる津波高さを否定したから東北電力女川原発は助かりました。

これも西洋科学を絶対視する阿呆学者の弊害の好例です。

マスコミ共は、東京電力を事あるごとに非難しますが、福島原発事故人災の大元である地震学者、土木学者などの罪状には一切口を閉ざしています。日本の弱体化を望むグローバリストにとって、日本をだめにする西洋科学は有力な武器となるからでしょう。

日本のマスコミは、日本の弱体化を望むグローバリストの手先です。日本の敵は朝日新聞だけではありません。今頃になって読売新聞、毎日新聞などは朝日新聞を誤報で攻撃していますが、その理由は自社新聞の販売数を延ばす絶好のチャンスだからです。

未開発の地球人にとっては、霊魂とは中々掴み所のない言葉です。


<霊魂とは???>


宇宙の最先端文明からのメッセージを伝える足立育朗氏の著作は、西欧科学よりも数万年も進んだ科学の一端を伝えております。

さて「波動の法則」の著者足立育朗氏によれば、魂(足立育朗氏は“本質”と呼んでいる)は“原子核の集合体”だと言っております。 この“原子核の集合体”は電子を持っていないので物質化せず不可視だそうです。

人間の顕在意識と潜在意識は頭蓋骨の中の10%しか占有していません。頭蓋骨の残りの90%の部分と“原子核の集合体(魂)”は、同時空間で一体化して振動体として存在しているそうです。

これは肉体化していませんから、肉体が終わった(死んだ)時にはいつも離れて、時空間を自由に移動できるわけです。これが『本質』であって、ボディ、人間の肉体はあくまで借り物なのです。そして自然の法則の中で、宇宙の全ての存在物には原子核の集合体(魂)が存在しており、それらが皆スタディをしているのです。


霊魂は物質化していないので、物質を簡単に通過できるものとヤマちゃんおやじは勝手に想像している。よって幽霊(亡霊)は閉めたドアでも問題なく通過できると想う。


しかし、電子を持っていない“原子核の集合体”も一種の波動です。一般の人には霊魂は見えませんが、神通力保有者、霊能者、超能力者は、一種の波動として霊魂、亡霊などを認識できるのではないだろうか!!!!

また一般の人でも肉親同士とか特殊な条件下では、霊魂を見られる場合があるのかもしれない。


<人生は一回きりか???>


よく“たった一度の人生”といわれている。

魂は本質であり、肉体は仮の住まいであり、予定したスタディという“ある一生”が終わると、本質である魂は、次のスタディに相応しい肉体を選んで生まれ変わる・・・・とすれば人生は輪廻転生の連続ではあるまいか。

宇宙の全ての存在がスタディを重ね、創造神と同一レベルまで達した時点でビッグバンが起こり、宇宙は再び一から出直すことになる。

とすれば、人生なんて宇宙の年齢ほど継続するものではないのか!!!

一度きりの人生とは、人間を刹那的にさせる罠ではないのか???
一度きりの人生だから好き勝手に生きてみたい・・・・と思わせるのでは???

人間を刹那的にさせて喜ぶのは誰か???

人間を刹那的にさせて世界中の人々を堕落させ、世界支配を狙うグローバリスト=イルミナティ=であろう。

グローバリスト=イルミナティ=の狙いは、一人総勝ちである。ごく一部の人達が世界中の富を独占し、他の大多数は貧民に成り下がる世界である。

残念ながら、欧米社会、中国はグローバリスト=イルミナティ=の価値観に支配されている。

イスラム国は欧米社会、中国から見ればテロリストだが、イスラム国は反グローバリスト=イルミナティ=集団とも理解される一面がある。

日本も大東亜戦争時代には、欧米社会、中国からみればテロ国家と看做されていたことに気がつかなければならない。実際には今のイスラム国とは大いに異なり、当時の日本は単に自衛に徹しただけだったのだ・・・・

ここでも欧米社会が作った宣伝工作に日本はコロリと乗せられている。。。。

日本は明治維新以来確実に劣化してきた。

その理由は西欧文明に毒されてきたからだ。

ぼちぼちこれに目覚めよ!!!
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2014年09月15日

大平山北方周回ルート1へ案内板設置

<9月13日(土)>


2つの登山ルート矢筈ヶ岳〜牟礼峠、牟礼峠〜大谷山(防府)でのロープ設置が一応終わったので、好天に誘われ、大平山北方周回ルート1へ新たに案内板を設けることにした。

行き先を書いた上にニスを塗った案内板は過日製作済みだ。

出発前に目印となる白房を3個作った。

今まで知られていない登山口の存在を知らせるには、何か目立つものが必要であり、今春新しい望海山登山口に白房が設けられていた事例を借用させて貰った。

今回の歩行ルートは、牟礼峠〜綾ヶ峰登山口〜綾ヶ峰〜大平山牧場舗装道路〜大平山〜堀溝・大谷山・牟礼峠方面登山口555mピーク〜大谷山〜牟礼峠とした。

牟礼峠に向かう舗装林道では地元の方と思われる方々が道路脇に伸びた草を刈り取りされていたので、挨拶をして通過し、いつもの駐車場所は草刈作業車で満杯だったので、林道堀溝線に入り、大谷山・大平山登山口付近の道路脇(標高205m)に9時30分頃駐車した。

DSCF8462.JPG <路傍の萩>

ここから綾ヶ峰登山口(標高390m)まで40分程度林道堀溝線を歩いて登り、綾ヶ峰登山口に白房をぶら下げ、「綾ヶ峰登山口」と記した案内板を追加した。途中道を塞いでいた倒木を切断して進み、大平山牧場舗装道路〜綾ヶ峰縦走路に合流し左折してさらに進み綾ヶ峰(標高615 m)11時30分頃に到着した。

早速ステップを設けた展望用立木に登って見た。この展望用立木に(登攀?)補助ステップを設けた今年4月25日だった。当初は補助ステップは2、3ヶ月でも使用出来ればオンの字だと思っていたが、それなりに気持ちを込めて作業したので、設置後4ヶ月経過した後の当日でも安心して登れたのは有り難たかった。

しかし安心は禁物であって、登る度に三点確保の要領で安全を確かめながら登らなくてはならないのが鉄則である事には変わりは無い。


この日は秋のせいか、はてまた、長雨によって空気中の塵が洗われたせいか、今まで登った10回程度の中で最高の見晴らしが得られた。


石ヶ岳の東側にある2つの丸い頂の間にかすかに山並が見えたのは今回が最初であった。帰宅後地図で調べてみた所、このかすかに見えた山並が安蔵寺山だと判った。

まさか、瀬戸内海の近くのたかが標高600mそこそこの綾ヶ峰から安蔵寺山が見えるとは夢想だにしなかった!!!!

ますます綾ヶ峰が好きになった。

空気が澄み渡る晩秋から冬季では、いかなる新たな発見があるか???

また綾ヶ峰に登る楽しみが一つ増えた感がある!!!

立木天辺からの絶景を知っているヤマちゃんおやじ以外には、残念ながら、「綾ヶ峰は展望の無いつまらない山だ!!! ピークハントの対象として一回登れば再び訪れる価値は無い!!!」・・・と綾ヶ峰に登ったことのある殆どの人達から思われている可能性が高い。

自分で補助ステップを設けたから言うのではないと思うが、綾ヶ峰山頂の展望用立木天辺からの眺めは、ヤマちゃんおやじが登った山口県下の山ではベストだと感じる。

確かに大平山、莇ヶ岳、十種ヶ峰、東鳳翻山、竜王山、炭倉山・・・などでは素晴らしい眺望が得られる。各人の色々な好みもあるであろう。。。。

しかし・・・

海と山のバランス、国東半島〜安蔵寺山までの約80kmに達する南北奥行き、花尾山〜烏帽子ヶ岳までの東西約60kmの広さ、360度の大パノラマ、近くに人工構造物が無い・・・等の点で県下随一と思える。

今後山座同定がさらに進めば、この眺望範囲は広がる可能性もある。。。。

おそらく条件さえ良ければ、由布岳、鶴見岳なども見える可能性は高く、そうなると南北100qもの眺望が得られることになる!!!!

仮に石鎚山が見えるとなると東西150qの眺望となる。。。。


この素晴らしい綾ヶ峰からの潜在的絶景をむざむざ見捨てるのはもったいない。


一番の対策は、山頂360度のの雑木の伐採である。

出来得れば防府市あたりで実施していただければ最高だ。

それまでは次善、次次善の策として、現有の(登攀)補助ステップ付き展望用立木をしっかりメンテナンスして、より多くの人が、あくまで自己責任の下での木登りになるが、比較的手軽にこの絶景を楽しめることが出来ることかもしれない。


大平山牧場道路から綾ヶ峰にいたるルートは林境界の切り開きが元々存在していたのを、本年4月以来ヤマちゃんおやじが定期的に草刈を行ってきた。

林道堀溝線から綾ヶ峰にいたるルートは、元々幅1m位の生活道らしきものがあったが荒廃していたのを今年1月頃ヤマちゃんおやじが発見して、今年、2月24日にルート探索を行い、2月27日ルート確定後倒木を除去し、3月9日に雑木を切断除去し、草刈を行い、3月11日に赤テープを貼り、普通の初級登山者でも通行可能なものにし、以降ほぼ毎月整備登山してきた。


よって、当分の間ヤマちゃんおやじが出来る限り現有の綾ヶ峰(登攀)補助ステップ付き展望用立木をしっかりメンテナンスすることを決心した。出来得れば、点検・登攀?記録を残し登山者の目に入りやすくしておきたいとも思った。


1時間30分程度綾ヶ峰で昼飯のムスビを食し、木の天辺に3回も登り景色を堪能した。

DSCF8469(1).JPG <向島、防府市街>

DSCF8470.JPG <佐波川、矢筈ヶ岳、右田ヶ岳>

DSCF8472(1).JPG <西鳳翻山、東鳳翻山、龍門岳>

DSCF8474(2).JPG <真田ヶ岳、物見ヶ岳、高羽ヶ岳、大蔵岳>

DSCF8475(1).JPG <十種ヶ峰、高岳山、三ツヶ峰、弟見山、莇ヶ岳>

DSCF8476(1).JPG <弟見山、莇ヶ岳、石ヶ岳>

DSCF8477(1).JPG <長野山、馬糞ヶ岳、金峰山>


その後大平山牧場舗装道路出口に至り、白房と綾ヶ峰登山口と書いた案内板を立木の枝に吊るし、周囲の雑草を刈り払い、少し離れた場所からでも登山口が判るようにした。

この作業が終わった時大平山牧場舗装道路に止まった車から声が掛かり、大平山への道順を聞かれたので教えてあげたが、余り自信がなさそうな風情であった。どうせ大平山に行かねばならなかったので、当方が車に同乗して大平山公園駐車場まで案内することにした。

折角来たので大平山に登るという年配夫婦を山頂まで案内した。

聞く所によると男性は1年前に心筋梗塞を患い手術しリハビリ中だという。奥さんが車を運転して旦那を色々名場所に連れて行っているとのことだった。奥方の健気な姿に感心したりした。

道中色々話しながら登った。膝が悪いという奥方は途中で公園へ下っていったので、左足に少し障害が残っている旦那さんに歩調を合わせて怪我の無いようにして山頂まで案内し、ついでに山頂からの眺めについて説明した。

男性はいったん諦めていた大平山に登り、風景を愛でることが出来たので別れ際には感謝の言葉を発してくれた。やはり人に役に立ち感謝されるのは心が洗われる気がして心地よい。


15時過ぎに大平山山頂を出発し、いったん舗装道路に出て、堀溝・大谷山・牟礼峠方面入口(登山口)分岐に達し、白房と案内板を檜の枝に吊るした。

ここから林道堀溝線にいたるルートは、555mピークまでと谷筋から林道堀溝線までは荒れた踏跡があったが、555mピークから谷筋までの通路は無かったので当方が新たに開設整備した敬意がある。

ここから555mピーク、大谷山を経て牟礼峠に至るルートでは、踏跡と赤テープは部分的にあったが、コースが判り難い部分もかなりあった。特に大谷山の手前2,300mは踏跡が殆ど不明な荒れた尾根道であったので、邪魔になる雑木を伐採した経緯がある。

さらに大谷山から牟礼峠に至る岩混じりの急坂2箇所にロープを設置し、別の急坂にもロープを設置し、赤テープを大幅に増やした経緯がある。

今回は、林道堀溝線にいたる分岐点と、大谷山山頂と、途中にある2箇所の展望スポットに案内板を設けた。

途中直径30cm程度の倒木が邪魔するので、切断し始めたが意外と時間が掛かりそうなので中断した。

予定した案内板と白房を設置して駐車場所に着いたのは暮色が迫った17時30分であった。

これで、@牟礼峠〜林道堀溝線〜綾ヶ峰〜大平山牧場舗装道路〜大平山〜555mピーク〜大谷山〜牟礼峠という周回コースと、A牟礼峠〜林道堀溝線〜綾ヶ峰〜大平山牧場舗装道路〜大平山〜555mピーク〜林道堀溝線〜牟礼峠という周回コースの案内板設置は概ね終了した。

まだ荒削りの所もあるが、半年前に比べると相当改善されたと感じる。

以前は一部の好事家だけが一回限り通過したルートであったが、今回の一連に整備で一般登山者がどうにか(地形図を頭に入れて曲がりなりにも)通過できるルートに変ったものと自負している。

出来れば、より多くの人たちが通過されることを期待したい。

今後は、周南市に属する標高605mの新眺望スポットへのルートで、案内板を追加して行きたい。

この作業が終われば、当方が当初から狙っていた、大平山周辺600m級3ピーク(綾ヶ峰、605mピーク、大平山)眺望周回コース整備が一応完成することになる。
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2014年09月11日

朝日新聞社長が吉田調書報道で誤報を認め謝罪した

<9月7日(日)>


防府市矢筈ヶ岳〜牟礼峠登山コースで急坂部分にロープ張り作業を行った。
従来は長さ5m程度のロープを張っていたが、先日13時間の周回コース歩きで登るのに難儀したので、長さ20m程度のロープを張りなおすことにした。

もう一つの理由は、先日矢筈森林公園登山口から矢筈ヶ岳に登った際、急坂に新たに5,6箇所ロープが設置されていたのに触発された所があるかもしれない。

ロープ張作業が終わった後、折角なので矢筈ヶ岳山頂まで登って見た。狙いは山頂付近で新たな眺望スポットになりそうな地形を探すためであった。

山頂から山上山方面に少し下って見たが、ルートが荒れていたので引き返した。牟礼峠への帰り道で、北~北西方向の眺望が得られそうな場所を見つけた。枝を折った古い跡があり、先行者が目をつけていたものと思われた。

出来れば邪魔になる小枝を切り払い数少ない北~北西方向の眺望が得られるべくトライしたい気が沸いてきた。

若干時間が余ったので、大谷山登山口に向い、登山口から渡河地点まで赤テープを貼り、通行の邪魔になる雑木を切り払った。


<9月9日(火)>


この日は防府市牟礼峠~大谷山登山コースで急坂にロープを設置した。小さな渓流を渡ると標高差20m程度の急坂があり、足場も踏ん張りが利かない場所があるので長さ25m程度のロープを設置した。

次に標高400m前後にある急坂に長さ25m位のロープを追加設置した。
眺望スポットで久しぶりのノンアルコールビールを飲み、昼食のムスビを食した。
DSCF8456.JPG <久しぶりのノンアルコールビール>

やはり昼食は少しでも眺めが良い場所で採るのが楽しい。

その後蜂に刺された大岩周辺でコースの左右に延べ長さ20m程度のロープ2本を設置した。
出来れば蜂に刺された場所を避けて通過できる新ルートを探したが結局見つからなかった。

新たにこの大岩の天辺に瀬戸内海方面の眺望が得られることが判り、視界を遮る枝を切り払った。

標高300m〜400mまでが急坂であり、岩も露出しているので、このコースで最も歩き難い部分といえるだろう。

さすがに秋となって暑さが幾分和らいだが、沢山の山蚊がまとわりついてきたのには閉口した。やはり登山道整備作業は蚊、虻、蜂などがいない秋、春先、冬にすべきだと痛感した。

この周回コースでの残り作業は、不足する案内板の設置となった。

帰りにナフコで、案内板に塗るニスと薄め液を買った。


<9月10日(水)>


案内板に文字を書き、表面にニスを塗った。
跡は、案内板を取り付けるだけである。

懸案の木曽川源流の鉢盛山登山のめどがついた。
来週あたりから、宿の手配、交通手段の決定などの準備をぼちぼち行うことにした。


<9月11日(木)>

久しぶりに公園ボランティア活動を行った。

メンバー4人で雑木伐採と草刈を9時から10時45分まで行い、その後休憩し話題に花が咲いた。

当方は、ホツマツタエについてひとくさり紹介した。
天照大神が実際には男性の天皇であったことも事跡をあげて話した。
聞き手は信じ難い顔で聞いていたが、これを否定する人はいなかった。



<朝日新聞社長が吉田調書報道で誤報を認め謝罪した>

朝日新聞が福島原発吉田所長報道の誤りを認める記者会見するというニュースを19時45分頃のNHKニュースで聞いた。

本年5月朝日新聞が、『東電福島原発で多数の東電社員が吉田所長からの命令を無視して職場から離脱した』と報道していたが、これが誤報であることが露見し全国から非難されていた。木村朝日新聞社長がこの報道が誤報と認め、読者に謝罪した内容であった。また改革の道筋をつけた上で木村朝日新聞社長が退陣することも表明した。

政府が吉田調書公開に踏み切ったことで、朝日新聞の誤報が決定的になることがわかったので、社会から広く指弾を受ける前に自ら誤報を認め謝罪したのであろう。

そういう意味で政府がもともと非公開にしていた吉田調書を公開に踏み切ったのは、非常に当を得た決定であった。

朝日新聞は、先日の従軍慰安婦問題の基本に関わる誤報を32年ぶりにようやく認めたが、この時は謝罪を一切行わなかった。しかし朝日新聞は今回は誤報を認め同時に謝罪し、木村の退陣も表明した。

一見朝日新聞は改心したかのような印象を与えるが、朝日新聞の日本国民に対する罪業の深さは木村社長の退陣で帳消しなるような軽いものではない。

朝日新聞は解体されるに相応しい悪行を日本国民に永年継続してきたからだ。
大嘘記事を書いた記者、編集責任者、関係社長には全てしかるべき償いをさせるべきだと思う。

これに関連して、
わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」3422号2014(平成26)年9月10 日(水)から、櫻井よしこ氏による、『反省なき朝日のダブル吉田ショック』を転載する。

〜〜〜〜転載開始〜〜〜〜
「朝日新聞」が「ダブル吉田ショック」に見舞われている。責任あるメ
ディアとして朝日がこのダブルショックから立ち直るには、相当の覚悟と
努力が要るだろう。

吉田ショックの第1は、慰安婦問題の元凶、吉田清治氏の虚偽発言だ。日
本軍が女性たちを強制連行し慰安婦にしたという事実無根の捏造を吹聴し
た吉田氏を、朝日が大きく取り上げ、その嘘を実に32年間放置した。

嘘は 韓国や中国に利用され、アメリカで慰安婦像の建造が続く中、遂に
朝日は 8月5、6日、吉田証言は虚偽だった、記事16本を取り消すと発表し
た。32 年間の頬かぶりの末に、虚偽だと認めざるを得なかった。これが
第1の吉 田ショックである。

第2の吉田ショックは、東京電力福島第一原発の吉田昌郎元所長と東電社
員らにまつわる歪曲報道の発覚である。

朝日は5月20日、非公開の政府事故調査・検証委員会による吉田所長の調
書をスクープし、朝刊1面トップで「所長命令に違反、原発撤退」「福島
第一所員の9割」などの見出しで報じた。

「11年3月15日朝、第1原発にい た所員の9割にあたる約650人が吉田氏の
待機命令に違反し、10キロ南の福 島第2原発へ撤退していた」との内容だ。

命令違反と断じた根拠として朝日は、「本当は私、2F(福島第2)に行け
と言っていないんですよ。福島第1の近辺で、所内にかかわらず、線量が
低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんです
が」という吉田所長の証言を引用している。

2面では、「担当記者」の木村英昭氏が「再稼働論議、現実直視を」とし
て「暴走する原子炉を残し、福島第一原発の所員の9割が現場を離脱した
という事実をどう受け止めたら良いのか」「吉田氏は所員の9割が自らの
待機命令に違反したことを知った時、『しょうがないな』と思ったと率直
に語っている」と書いた。

朝日報道で評価一変

「命令違反」で「現場を離脱した」無責任な東電社員や下請け企業の従業
員らが動かす原発など信用出来ない、再稼働は許さないという強い意思が
読みとれる。

同じ紙面の他の記事も、「待機命令に反して所員の9割が第二原発へ撤
退」という表現を繰り返し、しかし、東電はこうしたことを報告書に記さ
なかった、「幹部社員を含む所員9割の『命令違反』の事実は葬られた」
と報じている。

朝日報道は、国際社会の評価を一変させた。原発事故に対処した人々はそ
れまで、困難なミッションに果敢に立ち向かった勇気ある人々として世界
中で賞賛されていたのが、「実は逃げていた」「福島の原発は日本版セ
ウォル号だった」などと蔑まれ始めた。

こうした中、8月18日、「産経新聞」も調書をスクープし、朝日報道を
真っ向から否定した。「『全面撤退』明確に否定」「命令違反の撤退な
し」など、朝日とは正反対の見出しで報じたのだ。

吉田所長に長時間取材して『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の
500日』(PHP研究所)を書いた門田隆将氏は、現場を取材すれば、 命
令違反で所員が逃げるなどあり得ないとわかると強調する。

過日、雑誌『正論』誌上での鼎談で氏はこう述べた―「NHKにしても共
同通信にしても原発に食い込んでいる記者、ジャーナリストは一発で朝日
報道が嘘だとわかっていました。現場の人たちはもちろん、そうです」。

同じ吉田調書に基づきながら、なぜ両紙の報道は正反対になるのか。産経
を読むとその理由が明らかになる。朝日は吉田所長の発言の一部しか伝え
ていなかったのだ。たとえば、朝日が引用した前述の「本当は私、2Fに
行けと言っていないんですよ」の発言の後、吉田所長はこう質問されている。

―所長の頭の中では1F(福島第1)周辺で(退避せよ)と……。

吉田所長は次のように答えた。

「線量が落ち着いたところで一回退避してくれというつもりで言ったんで
すが、考えてみればみんな全面マスクしているわけです。何時間も退避し
ていては死んでしまう。よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しい」

2Fの選択を正しいと評価しているではないか。所長は憤然と語る。

「逃げていないではないか、逃げたんだったら言えと。本店だとか官邸で
くだらない議論をしているか知らないですけども、現場は逃げていないだ
ろう」

所員が自分の命令に違反して撤退したなどとは、所長は全く考えていな
い。それどころか繰り返し、彼らの勇気を讃えている。3号機の爆発直
後、所員を危険な現場に送り出さざるを得なかったときのことだ。

「注水の準備に即応してくれと、頭を下げて頼んだ。本当に感動したの
は、みんな現場に行こうとするわけです」

日本人非難を旨とする

朝日、産経両紙の詳細な報道を読めば、どう見ても、吉田証言を途中で
切って命令違反だと結論づけた朝日よりは、吉田証言の全体像に基づいて
命令違反はなかったとした産経のほうが信頼出来る。

朝日の手法は歪曲報道の典型である。全体像の一部を切り取って、そこだ
けを拡大して報道すれば、事実とかけ離れた内容になり得る。この種の歪
曲はしてはならないと、記者は早い段階から通常は教わるものだ。

政府はこれまで吉田調書を非公開としてきたが、2つの新聞が既に報じた
ことから、9月にも全文公開に踏み切ると発表した。

命がけで危険な作業を担った所員を不当に貶める朝日報道の実態は産経報
道が明らかにしたと思うが、調書全面公開で朝日の歪曲報道はより鮮明に
なる可能性がある。朝日にとって第2の吉田ショックであろう。

2つの吉田証言を巡る朝日流報道に共通するのは、日本を不当に貶めてい
ることだ。事実を出来る限り公正に報ずるというメディアの責任を放棄し
て、日本と日本人非難を旨とする反日イデオロギーに凝り固まっているの
ではないかとさえ疑わざるを得ない。

さて、もうひとつの吉田所長の重要証言にも注目したい。彼は、巨大地震
に襲われてから津波が押し寄せるまでの56分間、1Fの原発には水漏れも
機器の損傷もなかった、異常が発生すれば警報が鳴るが、それもなかった
と明確に語っている。

これは、国会事故調査委員会(すでに解散)の田中三彦元委員など一部の
人々が、地震で配管が破断したと主張してきたことを全面的に否定するも
のだ。1Fは地震にも耐えられなかったとして原発反対を唱える人々の主
張は、現場にいた吉田所長の証言によって否定されたわけだ。政府の吉田
調書全面公開を待ちたいと思う。

『週刊新潮』 2014年9月4日号 日本ルネッサンス 第620号
〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜

朝日新聞は即刻解体されるべきだ。もしくは倒産してもよい。

3,4年前に橋下大阪府知事時代に、『朝日新聞なんか無くなれば良い』と広言していた。
この点に関しては橋下氏はえらい!!!
本当に朝日新聞が世の中から消えて欲しい!!!

そして、朝日新聞の誤報から生じた『河野談話』も無効にすべきである

河野洋平に与えた勲章をいったん全て返却させるのも世界に向けたメッセージとして効果があるだろう。



その次に中国(支邦)電視台日本支局に成り下がったNHKを解体すべきである。

その理由は、NHKは朝日新聞に劣らないほどの反日売国奴メディアでありながら、なんら反省の色も示していからだ。
posted by ヤマおやじ at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月05日

朝日新聞、慰安婦問題で誤報記事取消しの真意を追う

<9月3日(水)>

家庭菜園でスイカの後に大根を植えた。
高く盛った畝に種を撒いたが果たしてどのような大根がとれるやら・・・

大根は古くは『すずしろ』と呼ばれ、天照大神(男帝)は、“肉食は血を汚すので食べるのを禁じる。誤って肉食をした場合には、『すずしろ』を多食して肉食による毒素を消すようにせよ”と民の食生活を指導されていたことが、ホツマツタエに記述されている。

と言うことで、我が家では毎朝「大根すり」と「大根入り野菜たっぷり味噌汁」を欠かさぬようにしている。

この朝食を始めて10ヶ月近くになるが、3ヶ月前ごろから、いままで固かった便がかなりの頻度で柔らかくなり、便通もほぼ毎日あるようになった。固い便は今までの人生で70年間継続しており、2,3日便通が無い状態が半ば常態化していた。
71歳にして始めて軟便になったのは、「大根すり」と「大根入り野菜たっぷり味噌汁」の継続に起因するのはほぼまちがいない。

腸内環境が向上すると軟便になり、免疫力が一段と向上し、癌も治ることもあるといわれている。理想的には、排便が便器の中の水に浮く状態が良いといわれている。

ヤマちゃんおやじの場合、今年5月から盆前までの間、しばしば軟便が水に浮かぶ状態になっていたが、盆での不摂生と「大根すり」と「大根入り野菜たっぷり味噌汁」を欠かしたために、現時点では固い便に後退したままとなっている。

また先日一日13時間の山歩きをした際、大汗をかいたので腸内の水分が減少して便が固くなり便秘状態が復活した感がある。
現在再び「大根すり」と「大根入り野菜たっぷり味噌汁」朝食を復活させており、軟便に戻りつつある。

<9月4日(木)>


一日中雨が降ったので昼寝をしたり、FXの調査をしたりした。
数年間勝てるFX情報をインターネットから数種類購入したが、負けることはあっても1ヶ月単位では勝ったためしがない。

午後からブログを更新した。

<朝日新聞、慰安婦問題で誤報記事取消しの真意を追う>

朝日新聞は8月5日付朝刊にて、朝日が16回も取り上げた自称・元山口県労務報国会下関支部動員部長、吉田清治氏の「慰安婦を強制連行した」との証言については「虚偽だと判断し、記事を取り消します」と報じた。

また同紙で、元韓国人慰安婦、金学順氏の証言記事で、「『女子挺身隊』の名で戦場に連行」などと実際の金氏の経験と異なる内容を書き、慰安婦問題に火をつけた植村隆記者(今年3月退社)による記事に関しては、慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました」と間違いを認めた。

朝日は32年も経ってようやく誤報道を認めたことになる。

これに対し、産経新聞、読売新聞、毎日新聞から朝日新聞非難の火の手があがった。

zakzak2014.08.29によれば、
 産経新聞は8月29日朝刊に「また問題すり替え」という見出しの記事を掲載した。朝日は反論記事で、自社が取り上げた吉田清治氏の虚偽証言が1993年の河野洋平官房長官談話には反映していない−と主張したが、92年の韓国政府の報告書や、河野談話に影響を与えた可能性などを指摘し、「自社が積み重ねた誤報や歪曲(わいきょく)報道を枝葉末節の問題へとすり替えたいのだと読み取れる」と結んだ。

 読売新聞も同日朝刊に「朝日に説明責任」「慰安婦報道 与野党が批判」との記事を掲載。反論記事を受けた、自民党幹部の「朝日は自らの誤報記事について全く反省していない、国会で取り上げた方がいい」という発言や、民主党有志議員の「国際社会の誤解を解くため、朝日はきちんと釈明すべきだ」といった発言を披露した。

 毎日新聞も同日朝刊に「国連人権委報告影響には触れず」との見出しで、朝日の反論記事が、96年に国連人権委員会に提出された「クマラスワミ報告」に、吉田証言が証拠として言及されていることに触れていないことを指摘した。

また、
読売オンライン2014年09月03日 10時17分によれば、

『維新・大阪市議団、朝日報道批判意見書案提出へ』
朝日新聞がいわゆる従軍慰安婦に関する一部記事の誤りを認めたことに関し、大阪維新の会の大阪市議団(31人)は2日、同社の報道を批判する意見書案を9日開会の市議会に提出することを決めた。意見書案では、同社について、「国と国民の尊厳を大きく損ねる根幹となった記事を捏造(ねつぞう)し、大きく国益を損ねた」と指摘。「報道に端を発し政府が1993年に出した河野談話は前提が崩れている」として、政府に新たな談話を発表するよう求め、同社関係者の国会証人喚問も主張している。


<稲田朋美政調会長頑張れ!!!>

産経ニュース2014.9.3 22:34によると、
『稲田政調会長、河野談話見直しの必要性指摘』
 自民党の稲田朋美政調会長は9月3日のBSフジ番組で、慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の河野洋平官房長官談話について、「虚偽で国の名誉が世界中で失墜している状況は嘆かわしい。名誉回復のために全力で政府も与党も頑張る必要がある」と述べ、談話見直しも含めた対応の必要性を指摘した。・・・とある。

管官房長官は『河野談話の見直しをしない』という不可解な発言をしている。この発言は米国オバマ大統領への遠慮を念頭に入れたものかもしれないが、大嘘の河野談話の存在によって日本が世界中から“性奴隷国家”だったと濡れ衣的に非難されている現状を考慮すれば極めて不適切である。

それとは対照的に稲田政調会長の発言は頼もしい!!!
彼女は100人斬り訴訟で毎日新聞の名誉毀損に対して勇敢に戦った弁護士だ。
そして閣僚であっても靖国参拝を欠かさない。
ヤマちゃんおやじは、稲田朋美氏こそが次期総理候補の最右翼だと期待している。


小渕経済産業相を次期総理候補に推す声もあるがまだ40歳で若い、そのためには一日200億円もの巨額の国富を失い、地球温暖化をも加速させる「原発ゼロ問題」を早期に解決して原発再稼動を実現させるという卓越した問題解決力を示す必要がある。

東日本大震災では原子炉本体には1ミリの亀裂発生がない事が判明した。問題は福島第一原発では津波で全電源が失われたために原子炉冷却能力を失い水蒸気爆発を起こし炉心溶融に至った点である。同じ東日本大震災を受けた女川原発では電源が生き残ったので原子炉を冷温停止させている。

放射能問題では反原発勢力は広島原発被災者の実データには目を瞑って感情的な宣伝に終始している。

国際原子力機構は、殆どの地域で除染は不要と報告している。管直人が国会に召集した東大アイソトープセンター長が涙を流して力説した1ミリシーベルトまでの除染は大嘘であることが判明した。

日本国内の反原発運動は、原発受注を韓国に有利にさせるための政治的宣伝活動であり、事実を知らされていない住民が宣伝に騙されているだけにすぎない。


<あの厚顔破廉恥な朝日が何故記事取消したのか?>


あの恥知らずで傲慢な(支邦人や朝鮮人と同類の)朝日新聞が誤報から32年も経過した今、何故慰安婦問題で誤報記事取消しを行ったのであろうか????

朝日新聞が自ら犯した慰安婦問題に関する売国奴的誤報道がようやく日本社会に知れ渡り始めたからかもしれない・・・と言う理由ではあの恥知らずな朝日新聞が誤報を認める理由にはなりにくい。。。

ヤマちゃんおやじが思いつくことが2つある。

一つ目は、元韓国人慰安婦、金学順氏(元朝日新聞記者植村隆の義母)の証言記事を捏造し、いわゆる従軍慰安婦問題の“火付け役”となった元朝日新聞記者植村隆の悪行が露見し世間に広まり処遇に困り、植村を北海道の支局で塩漬けにしていた朝日新聞は、今年3月で朝日を早期退社させて、4月から神戸松蔭女子学院大学で教授に押し込む手はずであった。ところが、教授就任前に週刊文春がばらしたのでネット経由で拡散されて、全国から戸松蔭女子学院大学へ抗議が殺到したため植村隆の教授就任はパーになった。困った朝日新聞は、北海道支局勤務時の植村隆と付き合いがあった札幌市内の私立大学の北星学園大学の非常勤講師に押し込む羽目になった。

この植村隆押し込み騒動で、さしもの傲慢な朝日新聞もネットパワーの怖さと、新聞パワーの衰えを身をもって体感したのではあるまいか。。。。


二つ目は、朝日新聞からの読者離れである。読者の減少により朝日新聞はここ2,3年は赤字続きである。

朝日新聞は2010年代後半の竣工を予定して、大阪朝日ビル・朝日新聞ビルを建て替えて超高層ビルの西棟を建設する工事に着手している。

読者離れにストップをかける目的と、新たに完成する超高層ビルへ入るテナントを確保する狙いもあって、おそまきながら、32年前の誤報を認め記事を取り消したのではないか????

親韓国トイレタリーメーカーの花王が、インターネット経由の不買運動勃発で一時的とはいえ、売上高が下がったという実績がある。

“朝日新聞の数々の売国奴的記事捏造が世間に知れ渡ると、新たに完成する超高層ビルへ入るテナントがいなくなり、朝日新聞は即刻倒産する”・・・と言う事態を朝日新聞は想定したのでないか。

あの厚顔破廉恥極わまりない朝日新聞が誤報道を認めるのであるから、恐らく朝日新聞の存亡に関わる最悪な事態の発生を予見したからであろう。

さらに憶測を進めれば、いままでイルミナティ=ウオール街の国際金融資本家たち=からの潤沢な軍資金が最近からカットされたのかもしれない。。。

朝日新聞に外部から潤沢な軍資金が入る限り、新聞事業の赤字など大した問題ではない。
しかし外部から潤沢な軍資金が入らなくなれば、新聞事業にせよ不動産業にせよ赤字では即刻倒産となる。

反日マスコミが総力を挙げて熱烈支援して誕生した反日売国奴民主党政権が、たった3年で瓦解し、自由民主党に取って代わられた。この時点で反日マスコミのスポンサーであったイルミナティ=ウオール街の国際金融資本家たち=は、日本のマスコミ影響力の大幅な低下を認識したものと思う。イルミナティ=ウオール街の国際金融資本家たち=は、日本の世論操作に役立たなくなった日本のマスコミに資金を投入するような愚は犯さないであろう。

いずれにしても、反日売国奴マスコミの代表である朝日新聞を廃業に追い込むことが先決である。

朝日新聞に広告を出す企業へ撤回を呼びかける運動が既に始まっている。

ヤマちゃんおやじは朝日新聞を止めて2年目になるがなんら困ることは無かった。

朝日新聞不買運動と、朝日新聞への広告掲載をやめる運動が大規模化することを祈念し、出来る限り貢献したいものだ。

同時に、大嘘で固められた河野談話を糺す国民運動を勢いつけることも大切である。

国民の大多数が河野談話撤回を表明すれば、イルミナティ=ウオール街の国際金融資本家たち=の代弁者であるオバマ米国大統領も安倍首相に圧力をかけられないだろう。。。
posted by ヤマおやじ at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月03日

広島市土砂災害の真因を探る:秋葉前広島市長が怪しい

<9月1日(月)>

休養日

<9月2日(火)>

天候は晴れ、多少蒸し暑かったが、久しぶりに公園ボランティア活動を行った。
例によって、松が沢山生えている場所で雑木を刈り払った。

切株から伸びる若木を刈り取っていると、突如2匹の蜂が襲ってきた。近くにいた共同作業者Y氏が『すずめ蜂です。蜂を攻撃しないで下さい。』という声を聴いて防虫ネット付き帽子の防虫ネットを引き出し顔を蔽い、遠くに避難した。

すずめ蜂2匹は当方の周囲を飛び回り盛んに追い払う行動を繰り返していたが、2,3分後に飛び去った。ヤレヤレである!!!

しばらくすずめ蜂の巣を探したが見当たらなかった。周囲を観察すると、10m先の小高い木の天辺に多数の蜂が群れており、一方では天辺から遠くへ飛び立つ蜂も多数いた。
どうも小高い木の天辺に蜂の餌がある様子であった。

いずれにしても2人の作業者の中で何故当方だけが蜂に追いかけられるのか???
理由は良くわからないが、ひょっとすると、作業前に防虫スプレーを吹きかけたので、すずめ蜂が、その刺激臭に反応したのかもしれない。。。

すずめ蜂に襲われるのは不本意なので、遠く放れた場所で雑木を切り払った。

雑木は9割程度伐採したので、景色はかなり良くなった。
問題は仕上げである。何を衆目に訴えるのか????
しかし公的な支援はゼロなので、全て自腹でやるほかはない。

横になれる長椅子を手造りし、一種のリラクレーションスポットとするのか???

DSCF8443.JPG <整備中の松の丘>

猛暑は過ぎ去ったが、作業をすれば汗が噴出する。
12時頃作業を終えた。



<広島市土砂災害の真因を探る>

先ず、この災害で亡くなられた方々のご冥福を祈り、被災者の方々にお見舞い申し上げる。

8月31日NHKの日曜討論で国土交通大臣、藤井聡内閣参与(防災・減災ニューディール政策担当)災害専門家数人が出席して今年8月20日に発生した広島市土砂災害特集が行われたので視聴した。

・ 被災地は、同じ場所で大量の降雨が長時間継続する(バックビルディング現象)による線状降水帯にあった。
・ 地質が保水力に乏し真砂(まさ)土であり土砂災害が起こり易かった。
・ 砂防ダムの建設が遅れていた。
・ 避難勧告発令が遅れた・・・土砂崩れ通報が入った1時間後に避難指示を発令した。
・ 前兆現象に気をつけるべし。
・ 被害が大きかった殆どの地域には砂防ダムは無かった。
・ 砂防ダム建設予算が年々削減されてきた。
・ 自分の命は自分で守るという主体性が必要
・ 日本は脆弱国土だと言う認識が必要。
などなど
皆様のご意見はごもっともであり、浅学のヤマちゃんおやじが嘴を入れる余地はない。


よって、ヤマちゃんおやじが昔体験した土砂災害について記憶を紐解いてみた。

ヤマちゃんおやじが小学生のころは大型台風が夏から秋には多数来襲した。当時の台風には、キジア台風とかジェーン台風とか、欧米女性らしき名前が台風ごとに付けられていた。

通常は数十pの水深しかない川が、台風の増水によって水深3mもの濁流に変身する。
荒れ狂う濁流が流れる川に沿って走る村道を恐る恐る通って通学したのを今でも鮮明に覚えている。

当時は台風がもたらす大雨によって、部落には長さ100~300mもの山崩れが同時多発的に発生するのが常であった。当方の故郷では大型の山崩れを“づえが抜ける”とよんでいた。

当時から今まで、この地方では田畑はこの山崩れで確実に被害を受けたものの、山崩れで亡くなった人も怪我をした人も無く、人家が山崩れに流されたこともない。

何故か???

土石流が発生しそうな場所には、人家は作らないからである。


土石流が発生しそうな場所は大体決まっており、地形を見ればただちに判定できる。

渓流・谷の出口、土でできた崖の下などである。

人家は岩・石の壁を背にして建てるかまたは、渓流・谷の出口から遠く離れた場所に建てるのだ。川の流路の近くにも人家は建てない。


<広島市土石災害での数々の異常>

しかし、今回70人以上の死者を出した広島市阿佐北・南両地区の被災地では、ヤマちゃんおやじの故郷ではあり得ないような場所に広大な宅地が造成されていたのだ。

災害現場ニュース映像では、危険渓流と看做されている渓流のかなり上流まで人家が建てられているだけでなく、渓流から流れる水を流すべき水路がみられず、水路の代りに道路が作られていたように見えた。


ヤマちゃんおやじに言わせれば、全く馬鹿げた宅地造成がなされていたのだ。

それも一本の危険渓流だけではない、被災地を流れる全ての渓流において全く馬鹿げた宅地造成が行われていたのは尋常ではない。


しかも広島市では平成11年に死者30数人を出した土砂災害が発生し、その教訓として土砂災害防止法が制定されているにもかかわらず、

この危険極まりない宅地を計画した業者は異常であり、
この宅地造成計画を承認した役所も異常であり、
この危険極まりない宅地を大枚をはたいて買った人も異常だと思った。
これでは異常三兄弟だ!!!

まだある、広島市には危険箇所が32000箇所あるが、警戒区域に指定されているのはたった12000箇所だそうな・・・・今回大きな被害にあった阿佐北・南・可部の7地区の中で6地区は危険箇所ではあったが警戒地域に指定されていなかった・・・これも極めてな異常ではないか。。。。

まだまだある、警戒区域に指定されると地価が下がるといって警戒区域指定に住民が反対したと言われている。人命よりも地価を大事にするアホ住民の存在も極めて異常だ。。。。

広島市では 避難勧告が空振りに終わると責任を取らされるという話しがあり、これも異常ではないか・・・空振りに終わったのは有り難いことなのに!!!

広島市災害当局は、契約した民間気象会社からの『予想雨量は1ミリ』という情報を過信していた疑いも見受けられる。一方では気象台から2時頃発信された豪雨警報FAXに広島市防災担当者が気がつかなかったと報道された。・・・これも異常だ。。。

災害放送設備の操作は地区消防自警団に任されており、市の防災関係部署から警報放送実施に関し何の連絡も無かった・・・立派な災害放送設備が使われることはなかった・・・これも異常ではないか!

とにかく今回の広島市土砂災害被災状況は異常ずくめである。

平成11(1999)年に発生した大規模土砂災害の反省は形式的なものであり、内容が伴っていなかったのは歴然である・・・『仏作って魂いれず』である。

広島市在住者の感想として、『長年広島市長は特に政令指定都市になってからずーっと革新系の、いわゆるサヨク系の市長が当選し続けていたというコトです。前回の選挙でやっと保守系の市長になりましたが、その前の市長は秋葉市長と言いまして、元社会党の衆議院議員というバリバリの左翼系市長でした。広島市は長年左翼系の市長であったために、変な平和運動ばっかり進んでしまって、経済などの問題はかなり他の地方中核都市より遅れてしまったと思っています』と言う文言をブログで見つけた。

1999年から2011年まで広島市長を務めたのは秋葉忠利というド左翼市長であった。

<秋葉忠利評>
☆元社民党、元広島市長(1999〜2011)
2007年広島平和文化センターの理事長に米国人スティーブン・リーパーを起用し、展示内容の見直しを指示、展示内容を見直す検討委員会に、中国、韓国人らアジア出身の委員を起用し、「原爆投下を『日本の植民地支配から解放した』と肯定する考えが根強いアジアの声に触れながら議論を深め、多民族が共感、納得できる施設」への変更を推進した。
在日朝鮮人の噂がある。本名は姜玄徳だとか言う説があるが真偽は不明。秋葉忠利は朝鮮人にいるタイプの顔ではあるという人もいる。
秋葉忠利は原爆反対を唱えながら広島・長崎に原爆を投下した米国を支持するのは精神分裂者としか思えない。1990~1999までは社会民主党の衆議院議員であったのだから、やはり生粋の精神分裂者であったのだろう。

☆秋葉忠利市長は、もともと社会党の衆議院議員であった。民主党が結党した時、多くの議員が社会党を去った後も秋葉忠利は社会党に残留した、数少ない筋金入りの左翼である。北朝鮮労働党と友党関係にあって、日本人拉致も北朝鮮の仕業ではないと最後まで言い張った、社会党(現社民党)の血を引く筋金入りの売国奴である。

このようなキチガイ左翼確信犯である秋葉忠利を三期12年もの長い間市長に当選させ続けた広島市民もかなり異常な市民が多いのではないだろうか???

広島市民の安寧な生活を希求する本来の広島市長であったならば、平成11(1999)年に発生した大規模土砂災害の反省をしっかり行ったであろうが、キチガイ左翼確信犯である秋葉忠利市長は、せっかく創った土砂災害防止法に魂を入れるのを怠り、空理空論の原爆反対に奔走した。


<参考:災害発生時系列情報>
★8月19日
・21時26分:広島地方気象台・大雨洪水警報発表
★8月20日
・1時15分:広島地方気象台・土砂災害警戒情報発表
・1時15分:広島県・対策本部設置
・2時ごろ:広島市消防局へ119番で「泥水が入ってきた」「土砂で家が倒壊」「祖父らが行方不明」などの通報が相次ぎ、件数は200件を超える
・3時30分:広島市・災害対策本部設置
・3時49分:広島地方気象台・時間雨量120mm以上の猛烈な雨が降ったとして「記録的短時間大雨情報」発表
・4時15分:広島市・阿佐北区に避難勧告発令
・4時20分:政府・首相官邸危機管理センターに情報管理室設置
・4時30分:警察庁・災害情報連絡室設置
・6時30分:防衛省・広島県知事湯崎知事の要請を受け、自衛隊災害派遣を決定
・6時40分:警察庁・鳥取、島根、岡山、山口各県に、同日8時20分に大阪、兵庫の計6府県警に広域緊急援助隊派遣要請
・9時30分:安倍首相・危機管理に万全を期す考えを示し、官邸に向かい災害対応
・12時30分:消防庁・広島県知事の要請を受け、大阪、鳥取、岡山、高知の計4府県の消防より緊急消防援助隊の派遣決定
・12時30分:国交省中国地方整備局・古谷防災担当相の要請を受け、災害対策現地情報連絡員と緊急災害対策派遣隊の派遣を決定


<広島市阿佐北・南・可部地区土石災害被災の真因は?>

今回の広島市阿佐北・南・可部地区土石災害被災の隠された大元は、前回の広島市土石災害発生時の1999年から2011年まで広島市長を務めた秋葉忠利の悪政であり、一方この筋金入りの無能市長を3回も選挙で選んだ広島市民ではないだろうか????

広島地方裁判所の判決も、左翼思想に染まったものが最近目立つ。
広島県世羅高校の韓国修学旅行は、日教組が主導する慰安婦懺悔土下座修学旅行として有名である。
広島県選出の自民党国会議員にも怪しい(反日)ものが多い。宮沢元総理や中川秀直である。いずれも支邦や韓国に異常に肩入れした。真偽は別としても、中川は韓国人だとも言われている。

悪名高い『ゆとり教育』も広島県で先行実施された後、全国に広められた経緯がある。

色々考えると、広島は反日中核都市として長年支邦共産党スパイの橋頭堡に選ばれている感がある。
posted by ヤマおやじ at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする