ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2014年05月30日

集団的自衛権行使に反対する公明党は中国の手先だと断定できる証拠

<5月22日(木)>
終日周南市鹿野町莇ヶ岳シャクナゲ尾根登山コースの整備を行った。
7時30分頃自宅を出発し、9時前に登山口着。9時から13時まで谷コースの草刈を鎌で行った。昼食後鞍部から16時頃まで登山道に生えた笹を約6000本刈り払った。

<5月25日(日)>
この日も終日 莇ヶ岳シャクナゲ尾根登山コース の整備を行った。
8時頃尾根コース登山口から鞍部まで登り笹を刈り払った。このコースでは日陰のせいか笹の繁茂は軽微であったので予想以上に作業が捗り10時頃に鞍部に達した。その後は、5月22日にやり残した部分である標高850m以上の笹刈を15時過ぎまで行った。数えてはいないがおそらく9000本程度の笹を苅り払っただろう。

この登山道コースを開設整備して1年を経過した。当初は一体どれほどの人達がこのコースを歩いて呉れるか全く予想できなかったが、1年経った現在の登山道の状況からから察せられる感触ではかなりの方々がこのコースを利用された感じがする。「メルマガ ゆうゆう山旅」、「ブログ 法師崎の山歩き」などや口コミでの紹介によってこのルート通過者が増えたものとありがたく感じる。

いずれにせよコース開設の労をとったものからすれば、開設1年を経て一定数の利用者がいることはこの上ない喜びでもある。

しかし今から思えば、20日以上も人力で笹刈りを実行した原動力は何だったのだろうか??? 自己満足かもしれない・・・しかし現時点では同じ事を実行する気持ちは正直言ってない。

折角950mピークまで来たので莇ヶ岳に登った。

帰りに2組の男女カップルに出会った。シャクナゲ尾根登山コース分岐点で鎌をザックに収納している時、通りかかった男女カップルに挨拶した所、男性が当方が持つ鎌を見つけ、「この登山道を開設された方ですか」と聞いてきたので、簡単に開設の状況をお伝えした。二人から開設の労をねぎらう言葉を頂きいささか感激した。

やはり、多少無理をしても途中で放り出さずに初志を曲げず、新ルート開設にこぎつけたのは良かった・・・と実感した。

<5月27日(火)>
天然水補給のため熊坂峠付近で金剛水60リットルを頂き、実家の裏山に生えた筍を除去した。筍を放置しておくと竹が生長し、竹から落下する笹の葉が屋根に落ち、雨樋を閉塞させるからだ。

筍であれば幹は柔らかいので容易に倒せるので作業は簡単であるが、筍が成長し竹になった後では幹は硬くなり切り倒す労力が大きな負担となるので、出来る限り筍のうちにやっつけるのが好ましい。

高さ10m程度に成長した筍を切り倒した時、運悪く実家の屋根の上に倒れたが、幸運にも栗の木の枝に引っかかり屋根の直撃は免れた。しかし大風などの影響で筍が屋根の瓦を直撃しないとも限らない。とりあえず応急措置としてロープを使い筍を固定して屋根の直撃を防いだ。

このロープは、高木のタラの木からタラの芽を採取するためのものであり車に積んでいたものだが、思わぬ所で役に立った。。。。結局。裏山で20本程度の筍を切り倒した。

その後大平山に向かい、15時頃から大平山林道から555mピークを経て堀溝林道に至るコースの草刈を17時30分まで行った。このコースは5月初旬に本年2回目の草刈を済ませていたが、最近の草の繁茂を予想して再度行った。

この年4月からは、大平山北方の600m級ピークを周回できるルートの実現に注力して来た。全く新しいルート開設ではないが、昔には存在したが今では廃れたルートを復活させることで周回コースに仕立てたものである。

先日この周回コースを1つ1つ実際に歩いて見て、周回して歩ける状態になったので、近くこの周回コース完成記念として初周回をすることにしていた。

<5月28日(水)>
昨日実施した実家裏山の筍除去作業で屋根瓦を直撃する惧れがある長さ10mもの筍(もはや立派な竹)が気になり、弟に連絡して2人でこの問題筍を完全に除去することにした。

現地を見た上で、作業場所が高さ3mの崖の上なのであくまで安全第一とし、しかも長さ10mに生長した筍が屋根瓦を直撃しない方法を2人で相談して考え実行しどうにか無事におえる事ができた。これが筍ではなく幹が堅くなった成長した竹であったならば、作業は一層難しくなったであろう。

“やはり将来邪魔になる物は、小さい間に処分しておかないと、邪魔物が成長した時点ではどうしようもなくなることになる”という格言が身にしみた貴重な経験であった。

中国が世界の嫌われ者になったが世界制覇を窺う存在になって初めて、日中友好なる空虚な文言につられて巨額の対中借款と無償技術供与を長年与えてきた日本の無思慮を嘆いても、事既に遅し!!!


夕方、明日天気がよければ実施する予定で、大平山北方600m峰周回コース歩行計画を作った。累計標高差を稼ぐために、アップダウンを意図的に加えたものとした。

大平山山頂駅登山口→大平山(標高631 m)→555mピーク→堀溝林道→綾ヶ峰(615mピーク、四等三角点)→大平山牧場T字路→仏峠林道→575 mピーク(大谷山〜大平山縦走路との合流点)→大谷山〜大平山縦走路→606 mピーク(四等三角点)→600 mピーク→新規林道→望海山登山口(白房の印、標高510m付近)→望海山(標高616m)→606 mピーク(四等三角点)→新規林道→神宮林道合流点→神宮林道始点→大谷山〜大平山縦走路→大平山山頂公園駐車場→大平山山頂駅登山口

通過600m級ピーク;大平山(標高631 m)、綾ヶ峰(四等三角点615m)、606 mピーク(四等三角点)、600 mピーク

累計登り標高差=1173m+アルファ、歩行推定時間=9時間


<5月29日(木)>前日作った大平山北方600m峰周回コースを歩行した。

8:41大平山山頂駅登山口発、 9;57大平山山頂着
10;08大平山山頂発、    11;14綾ヶ峰登山口着
11:19綾ヶ峰登山口発、   12;08綾ヶ峰着
12;54綾ヶ峰発、      13;39 575 mピーク着
13;39 575 mピーク発、  14;03 606 mピーク着
14;03 606 mピーク発、  14;22 600 mピーク着
14;32 600 mピーク発、  14;44 進林道最高点着
14;44 進林道最高点発、  15;10望海山登山口着(白房の印)
15;10望海山登山口発、   15;32望海山着
15;36望海山発、      16;02 606 mピーク着
16;02 606 mピーク発、  16;08 新林道合流点着
16;08 新林道合流点発、  16;23 神宮林道合流点着
16;23 神宮林道合流点発、 17;11 神宮林道始点着
17;11 神宮林道始点発、  17;48 大平山展望台着
17;55 大平山展望台発、  18;31 大平山山頂駅登山口着

全所要時間≒10時間、休憩時間=80分、歩行時間=8時間40分
神宮林道合流点〜神宮林道始点では、道路脇にはみ出した植物を刈り払いながら歩行したので、10分程度は余分に時間が掛かったものと思う。

まあ、概ね計画通りの所要時間、歩行時間であった。
このコースには、2万五千分の一の地形図に現れない高度差がかなりあるので、実際の累計標高差は1200m以上に達する可能性はある。

累計標高差を稼ぐには、例えば標高差400mの山に続けて3回登ればよい。
ヤマちゃんおやじとしては、例え累計標高差を稼ぐとはいえ、一日に同じ山に3回登るのは事実上大きな抵抗を感じる。

防府市近辺で≒1200mもの累計標高差を稼ぐ周回コースとして今回実際に歩いて見たので、当方の目的は一応達した。

<周回コースメモ>
参考までに今回歩いたコースのメモを以下に記す。

〜〜〜コースのメモ開始〜〜〜
@大平山山頂駅登山口→大平山(標高631 m)
国道2号防府バイパスから大平山ロープウエに至る信号を左折し道なりに進み、防府市市民農園に至る舗装 道 路に入りおよそ300m登ると山側に大平山登山口の標識がある。これを過ぎたカーブに広いスペースがありここに駐車した。先は長いので意識的にゆっくり登った。夏には後半の急坂はこたえる。

A大平山山頂〜綾ヶ峰登山口
 大平山山頂から北に向うコースを下る。当日は新しく出来た踏跡に惑わされて北に直行し滑りやすいルートに入りいささか難渋したが、本来はコースを右にとり巻き道を下る方が楽に下れる。上の堤の堰堤の上を通過して舗装道路に出てそのまま下り、下の堤の堰堤から≒20m下った場所の道路の右側の木に赤テープがありここが555mピーク登山口と呼ぶ。この赤テープの所で舗装道路から右折して555mピークに向うルートに入り道なりに進む。鞍部で左折し稜線を登る。555mピークの直前で2重赤テープの所で右折し北に向い赤テープに従い稜線を下る。2重赤テープの所で稜線を離れ左折し谷筋を赤テープに従い場所まで下降した後北西に向う作業道が出現した場所で左折し、その作業道を下る。森林公団の標識を過ぎた辺りで作業道は進路を北東に変えその後作業道は再び北西に向かい渓流を渡り、道なりに進むと堀溝林道に合流する。合流後林道を下ること5分程度で道路の右側に615mピーク登山口と書いた小さな案内板がある。大平山山頂から555mピーク登山口まで16分程度かかり、555mピーク登山口から堀溝林道との合流点まで32分かかり、堀溝林道との合流点から615mピーク(綾ヶ峰)登山口まで6分かかった。鞍部から555mピークを経て作業道に至る部分は、当初ルート不明であったが、本年春に、当方が実地検分を3回行った後、草刈、赤テープ貼りなどの整備を4日程度行った経緯がある。また大平山林道から鞍部に至る部分の草刈も本年春以降3回実施した。


B615mピーク(綾ヶ峰)登山口〜615mピーク
 615mピーク(綾ヶ峰)登山口から赤テープに従い32分程度登ると大平山牧場・615mピーク(綾ヶ峰)縦走路に合流する。ここから615mピークへと書いた案内板に従い縦走路を北東に進む。このルートには切株が多いので注意して歩を進める。合流後約17分で615mピーク(綾ヶ峰)に到達した。615mピーク(綾ヶ峰)登山口から大平山牧場・615mピーク(綾ヶ峰)縦走路との合流点まではかなり荒廃していたが当方が2日間かけて整備した経緯がある。

綾ヶ峰では、眺望鑑賞用に作った立ち木利用の補助ステップを実際に天辺まで登り、不具合がないかをチェックし、2箇所を結束し直した。この立ち木利用の補助ステップは、設置当初から内在している危険に加え、野ざらしになっているので当然風雨などによる経年劣化による危険も加わってくる。よって、この立ち木利用の補助ステップの使用は、あくまで自己責任の下で行われるべきである。

綾ヶ峰で50分近く長逗留したのは、立ち木に囲まれたこの山頂で何か眺望が得られるようなヒントを得たかったからである。

山頂周辺を歩き回ったが、残念ながら有望なヒントは得られなかった。この綾ヶ峰は独立峰であり、遠くから見れば円錐状の峰なので、本来は360度の大パノラマが得られる筈なのだが・・・・景観を邪魔しているのは林立する雑木である。

景観を得るベストな案は、高さ15m程度の展望台設置ではなかろうか。。。。
綾ヶ峰で本来得られるであろう景観は、大平山で不十分な大平山北方の景観が100%得られる所であろう。これはヤマちゃんおやじが、立ち木ステップを利用して実際に確認した結果でもある。

C615mピーク(綾ヶ峰)〜575 mピーク(大平山・大谷山縦走路との合流点)
615mピーク(綾ヶ峰)からは往路を引き返し、615mピーク(綾ヶ峰)登山口に下る分岐を右に見送り直進する。やがて進路は大平山牧場の鉄条網に沿って南東に進んだ後東方向へ湾曲して下り2つ目の鞍部を左に進むと大平山牧場内舗装道路に出る。湾曲後牧場の鉄条網を離れてピンク色テープの進路に進むと堀溝方向へ進む誤ったルートになるので要注意!!!この舗装道路を北へ15m程度進むとT字路となり、ここを左折し≒4,50m久兼方向へ下ると林道仏峠線入口を示す看板が右側に現れるので、ここで右折して舗装道路を離れ仏峠林道に入り5、60m程度進んだ林道の曲がり角の立ち木に赤テープが張ってある。ここで林道を離れ踏跡に這い上がる。ここから赤テープに従い道なりに13分程度登ると、赤と黄色のテープが木に張ってある575 mピーク(大平山・大谷山縦走路との合流点)に到達する。615mピーク(綾ヶ峰)からT字路まで30分、T字路から林道仏峠線入口まで2分、林道仏峠線入口から575 mピーク(大平山・大谷山縦走路との合流点)まで13分かかった。

D575 mピーク(大平山・大谷山縦走路との合流点)〜606mピーク
ここからは大平山・大谷山縦走路を606mピークまで進む。
初めての方は、誤りやすい分岐が2箇所あるので要注意。
575 mピーク(大平山・大谷山縦走路との合流点)からおよそ400m程度進んだ場所で東方向へ直進して550m小ピークに登らずコースを北にとる。
次に、その後の分岐点では東へ進む。ここで西方向へ進み下ると林道仏峠線に出るので誤りとなる。この部分では24分かかった。

E606mピーク〜600mピーク
 この部分は余り踏まれていないが踏跡は比較的に明瞭。要所に赤テープがある。600mピ
ークから南東方向へ延びる踏跡を100 m程度下ると林道(新林道)に合流する。林道を20m程度歩いた後、赤テープがある南東方向へ延びる踏跡に入り、赤テープに従い概ね稜線を進む。3つ目のピークが600mピーク。この部分では19分かかった。この部分には先行者がおられ、ライトブルーのリボンが付けられていたが、ルート自体はかなり荒れていたので、当方が4月から5月にかけて雑草、雑木、枯れ枝など除去して整備し赤テープを追加した経緯がある。

F600mピーク〜新林道最高点
 この部分はEを新林道まで引き返す。所要時間は12分。

G新林道最高点〜望海山登山口
 新林道最高点から林道最低高度まで新林道を終点まで下り、旧林道に入り少し登り白房がある場所まで旧林道を進む。この間の所要時間は26分。この旧林道は石砂谷へ繋がっている。

H望海山登山口〜望海山
 望海山登山口から谷筋に沿って2分位?登ると城山・望海山縦走路に合流するのでそのまま望海山方面へ進む。この間の所要時間は22分。

I望海山〜606mピーク
 望海山から西へ進み、大谷山方面へ進む分岐点で南に転進し、大平山・大谷山縦走路を通り606mピークへ向う。この間の所要時間は38分。

J606mピーク〜神宮林道始点
 606mピークから大平山・大谷山縦走路を大平山方向へ7,80m(4分)程度戻りピンク色テープがある小さな鞍部で左折して谷筋を2分程度下ると新林道に合流し、この林道が舗装された神宮林道に合流するまでこの林道を15分程度歩いて下る。合流後神宮林道を大平山方面へ神宮林道始点まで48分かけて登った。道路にはみ出した雑木を刈り払いながら進んだので10分程度は時間が余分にかかった。この間の所要時間は1時間9分。

K神宮林道始点〜大平山展望台
 神宮林道始点のすぐ南に林道大平山山麓線始点があり、この林道を15m程度進むと大平山Pへと書かれた小さな標識があり、ここで林道を離れ踏跡に入る。この踏跡は、大平山・大谷山縦走路の一部であり大平山山頂公園駐車場近くのスポーツ広場(大平山・大谷山縦走路始点)まで繋がっている。この部分は本年4月まではかなり荒廃していたが、当方が整備し一部ルート変更し要所に赤テープを貼った経緯がある。神宮林道始点からスポーツ広場までの所要時間は21分。ポーツ広場から大平山山頂公園駐車場を通り遊歩道を経て大平山展望台に至る。この区間の所要時間は16分。

L大平山展望台〜山麓駅登山口
  往路を帰る。この区間の所要時間は36分。
〜〜〜コースメモ終わり〜〜〜
DSCF8159.JPG <自己責任で登る補助ステップ付き立ち木>


この日は山口市の最高予想気温が31度Cとされていたが、直射日光で暑く感じた場所は三箇所合計で500m程度であったが登り部分では相当汗をかいたのでスポーツ飲料1000ccとお茶500 ccを飲み干した。このコースの殆どが緑の木陰の中を進む、森林浴コースと思えた。

綾ヶ峰〜大平山牧場T字路、555mピーク〜堀溝林道のルートでは、切り株が比較的多く、今後は雑草の繁茂も予想される。新規林道は工事未完の感があり、今後工事再開時には通行禁止になるかもしれない。

大陸からの黄砂とPM2.5の影響だろうが、各眺望スポットからの眺めは霞んでイマイチであった。空気が澄んでいる時期なれば、大平山からの眺望は別格としても、600mピークからの眺望は、好みにもよるが、望海山と同等かそれ以上と思われる。

まあこの周回コースは、ヤマちゃんおやじの自己満足の産物だけのものかもしれない。

しかし予想外のプレゼントがあった。三種類の野いちごを賞味できたところだ。そのうち1種類は、71年の生涯で初めて口にしたものであったのはまさしく大きな驚きであった。このオレンジ色のイチゴが一番美味であった!!!

DSCF8153.JPG <食べられる野いちご>

何故野いちごを躊躇なく賞味できたのか???
食べてはいけない種類の野いちごを知っていたからだ。

ヤマちゃんおやじは、山でおいしそうなキノコを見つけても食指は動かない。
理由は毒キノコを知らないからだ。

今の所、この周回コースを再度歩きたい気持ちはある。


<中国の対日政策とは何か>

ブログ「風林火山」平成26年(2014)05/27 01:30 に
“中共の対日戦略by櫻井よしこ氏”が転載されていた。

一気に読み終えた。

出来るだけ多くの人に知って戴くのが好ましいと感じたので、ブログ「風林火山」から孫転載いたします。

是非 出典の一読をお奨めいたします。

〜〜〜転載開始〜〜〜
毎度のことながら、中共による日本の領空や領海侵犯がエスカレートしている。(本年5月) 24日の東シナ海で飛行中の自衛隊機に中国の戦闘機が一時、異常に接近した問題が発生したが、平和ボケした国民はまるで他国の他人事のようである。

中共政府によれば、「自衛隊機が中国の防空識別圏に進入したからだ」と主張しており、去年勝手に発表した防空識別圏の既成事実化を進め、この空域での自衛隊の活動を抑え込むねらいがあるという。

中国の武力(核兵器も含む)による日本への恫喝と、確実に刻一刻と迫る中共による日本侵略。

日本の反日マスコミが公表しない中共の対日戦略を、櫻井よしこ氏が解説している必見の動画を、再掲したい。

【謀略】櫻井よしこ女史が語る中共の対日戦略 ダイジェスト版
 http://youtu.be/PkvtQCRTSag

日本は悪い国との国家観を植え付け間接侵略狙う中国 1
http://youtu.be/4f5GZQ4MNb4

日本は悪い国との国家観を植え付け間接侵略狙う中国 2
  http://youtu.be/fsNO8E58LPo

〜〜〜転載終わり〜〜〜


<集団的自衛権行使に反対する公明党は中国の手先だと断定できる証拠>

創価学会を支持母体とする公明党は、集団的自衛権行使に反対する立場をとっている。

集団的自衛権行使は世界中の国で容認されている規定事実がありながら、自民党と連立内閣を構成する公明党は、集団的自衛権行使に公然と反対しているのは極めて異状である。

公明党による集団的自衛権行使反対には、裏があるのは確実である。

中朝同盟条約というものがある。中朝友好協力相互援助条約とも呼ばれている。

中朝同盟条約は、1961年7月に中国と北朝鮮によって締結された。この条約には双務性があり、その第2条には、一方が戦争状態になった時には、他方が自動的に参戦するという規定がある。

この中朝同盟条約は集団的自衛権行使そのものである

公明党は中朝同盟条約の存在と内容は、政治集団として当然知っている筈である。

公明党は中朝同盟条約が集団的自衛権行使そのものであることには言及せず、専ら日本の集団的自衛権行使に公然と反対しているのだ。

換言すれば、“公明党は中国と北朝鮮の集団的自衛権行使は認めるが、日本の集団的自衛権行使は認めない”といているのだ。

公明党が日本の集団的自衛権行使に反対するのは、“公明党は日本が侵略されるのを期待する”政党である”と自己表現していることになる。これは、公明党が売国奴政党であると言う確固とした証拠である。


では公明党は、誰のために日本の集団的自衛権行使に反対しているのか。。。。

公明党は、日本が集団的自衛権を行使することを嫌がる勢力または国家のために売国奴行為に邁進しているということになる。

では、日本が集団的自衛権を行使して困る勢力または国家とは誰か????

日本が集団的自衛権を行使して困るのは先ず、中国と北朝鮮だ。

日本が従来の誤った政府解釈を踏襲して、日米安保条約に関して集団的自衛権を行使出来ないまま推移すればどうなるか。

集団的自衛権に関する従来の誤った日本政府解釈(この解釈は共産党系法制局長官が勝手に定めた)に従えば、、
『日米安保条約に基き日本を防衛する米軍が中国と北朝鮮から攻撃を受けても、日本の自衛隊が中国と北朝鮮から直接攻撃を受けない限り、日本の自衛隊は中国と北朝鮮から攻撃を受けている米軍を助けることが出来ない』片務的安保条約になるのである。この解釈通りに日本の自衛隊が行動すれば、米国内では『日本を防衛する米軍が攻撃を受けても日本は米軍を助けず傍観しむざむざ見殺しにした、このような片務的な日米安保条約は破棄せよ』という世論が米国内で巻き上がり、日米安保条約は破棄されることになる。


中国の狙いは、『平和馬鹿な日本でも米軍が護ってくれる日米安保条約は、日本を支配下に置きたい中国にとって大きな障害物なので、日本の集団自衛権行使を行わせないことにより日米安保条約を無き物にしたい』所なのだ。

安倍総理は、日米安保条約を無き物にしたい中国の隠された野望を阻止すべく、日本の集団的自衛権行使を可能として片務性に起因する日米安保条約の片務的脆弱性を取りの払う決意で望んでいるのだ。

世界の警察官を自任し行動したかっての米国の姿が財政悪化により過去のものとなった近年においては、米軍のプレゼンスは後退し、その軍事的空白を衝いて中国が進出し支配権を強めて来た事実がある。安倍首相による日本の集団的自衛権行使容認は、最近巨大な軍事力を誇示して強権を振りかざし近隣諸国の領土強奪を本格化し始めた中国の大攻勢を考慮すれば、集団的自衛権行使を可能として日米安保条約を本来の双務的なものにする事実上の最後の機会となるかもしれないのである。

にもかかわらず・・・・


結局公明党は、日本が集団的自衛権を行使しては困る中国と北朝鮮のために、日本の集団的自衛権行使に反対している・・・と言う結論に導かれる。集団的自衛権を行使に反対する人物・勢力も公明党と同類である。

日本の主なマスコミからは、“公明党は集団的自衛権を行使に慎重である”としか報道しない。日本の主なマスコミは、”日本が集団的自衛権を行使して困る中国と北朝鮮のために、日本の集団的自衛権行使に反対している“とは報道しない。

日本の主なマスコミは、中国と北朝鮮の代弁者であるからだ。

“新聞であれ、テレビであれ、ラジオであれ、日本の主なマスコミは中国と北朝鮮の手先である”ことを日本国民は十分認識して欲しい!!!

中国人は朝目を覚ますと一番先に考えるのは、『如何にすれば自分の上位にある人を失脚させて自分が上位の人に取って代わるか』であると中国に長く暮らした人は述懐する。

日本はGDPでは中国に越されたが、中国の頭の上のたんこぶである。

中国の発表するGDPは、地方政府が発表するGDPの合計値だ。地方政府が発表するGDPは中央政府が地方政府に課したノルマ数値をベースとした数値であり、李克強首相自らが中国GDP数値の信頼性を否定していることは日本では報道されず、他の先進国のGDPと同一視されているのは滑稽でもあるが・・・・


中国は、“如何に日本を利用しながら日本を弱め支配下に置くか”に日夜邁進してきた。

そんな中国と日本の間に、特に日本から見て日中友好などあるはずがない。。。。

日中友好のきっかけとなった日中国交回復際しに水面下で秘密裏に暗躍したのが当時の池田大作創価学会長と竹入公明党委員長であったことは全く報道されていないが、確たる事実である。

公明党以外でも日中友好を叫ぶ人達は、例外なく売国奴だ、中国の犬だ。たとえ企業経営者で政治と経済は別だと信じている人達であっても、中国の本性を知らない無知ゆえの売国行為である。

彼らは日本と言う国・日本国民よりもお金が大事だと信じているからだ。
日本の企業経営者が広大な中国市場からの利益を夢見ても、中国共産党が巨大な自国市場をゆめゆめ日本企業に自由にさせることなどは決してあり得ないのだ。

中国共産党が支配する中国市場が先進諸国市場と根本的に異質であることを知らないで、中国市場が先進諸国市場と同様な自由市場だと錯覚をしている日本企業があるとしたら、その企業は規模の大小を問わず、大馬鹿企業である。

“実情を知らない”ということが、如何に最悪なことか!!!!!

お釈迦様は説かれた。”無明(事実に疎いこと=邪見・俗念に妨げられて真理を悟ることができない無知=)が全ての不幸の源である”・・・と。。。

日本のマスコミに頼っている限り、世の中の実情は少しも判らない。。。
換言すれば、日本のマスコミに頼っている限り日本人は不幸になるばかり・・・・





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2014年05月20日

憲法九条は 生きる本能 を禁止した 幼稚な空想 だった!!!

<5月11日(日)>

最近登山道整備作業が続いているので、久しぶりにハイカーの立場で歩くことにした。

コースは、大平山農村公園前(標高565m)〜大平山・大谷山縦走路〜606mピーク〜望海山(標高616m)〜湯野・城山(標高453m)〜林道〜606mピーク下鞍部(標高595m)〜新眺望場所(標高605m)〜606mピーク下鞍部〜新規林道〜林道神宮線出合(標高470m)〜林道神宮線始点(標高545m)〜大平山農村公園前とした。

9時25分に大平山農村公園前に駐車し、望海山に向う大平山・大谷山縦走路に入った。10時10分頃606mピークに到着し小憩後10時35分頃望海山(標高616m)に着いた。

湯野・城山から望海山へは過去4回登っているが、望海山から湯野・城山に下ったことは無い。

本年5月1日に606mピーク下鞍部から北方に開設された新しい林道を下った時、この新林道が2万5千分ノ一の地形図に記載された点線と異なることに気が付いていたので、今回この新林道のルートを地形図上で概観したいという欲求があったので、望海山から湯野・城山に下るルートの途中三箇所(A1,A2,A3)で標高をチェックし地形図に記入しながら降りた。

10時48分標高580 mの A1着、11時標高530mの A2着、A2は林道へ下るポイントである。11時20分標高420mの林道合流点着。11時30分湯野・城山着。

3、4年ぶりの湯野・城山からの眺望は以前に増してすばらしく感ぜられた。瀬戸内海、周南市方面の眺望が優れているのは当然としても、加えて北方の眺望も石ヶ岳方面まで開けていたのは素晴らしく感じた。石ヶ岳の右側にオムスビの天辺に似た飯山(周南市鹿野町標高835m)がチョコンと見え、北東には真田ヶ岳(山口市標高621m)までも見えたのには感激した。

昼食のムスビを食べながら湯野・城山からの眺望を満喫した後、11時55分頃城山を出発し林道経由で606mピーク下鞍部へ向けて出発した。

12時7分望海山への分岐点の林道に着き林道に入った。この林道のルートは地形図に記載されていないので、途中で標高をチェックしながら進んだ。12時20分頃標高480mのA4点に着き、12時35分ごろ標高500mのA5点=縦走路への分岐点=に到着した。

5月1日にはA5点=縦走路への分岐点=から縦走路に登り望海山に登っているので記憶に新しい。5月1日に下った新林道は結局石砂谷に通じていることが確認でき、手元の地形図に大まかなルートを記入することが出来た。

12時50分頃新林道に入って40m進んだ 地点に到着し13時10分頃606mピーク下鞍部に着いた。

ここから新眺望スポットへ向い、眺望を邪魔する雑木の枝を2時間あまり除去した。

15時20分頃606mピーク下鞍部から新林道を下り始め、15時50分頃林道神宮線出合に着き、林道神宮線を登り、16時15分頃林道神宮線始点に着き、16時30分頃駐車した大平山農村公園に着いた。

今回のハイキングでは、606mピーク下鞍部を通過する新林道の起点と接続先を実際に確認出来たうえに、地形図上でその大まかな経路を知ることが出来た。

また城山から望海山に至る従来の縦走ルートに加えて、望海山・城山分岐点付近から林道を経由して白房の標識から縦走路に這い上がり望海山に至るルートを実際に確認出来た。

DSCF8140(1).JPG <白い標識=白房=から縦走路に這い上がる>

従来の縦走ルートでは一部判り難い場所があり急坂が続くが、今回確認した林道経由の新しいルートでは、ルートは比較的判り易く、急坂も少なく、直射日光もほとんど受けないので気楽に登れるコースではないかと感じた。

城山からの眺望の素晴らしさを再確認した一日でもあった。感謝、感謝、感謝。。。


<5月12日(月)、5月14日(水)>
カミさんが提唱する椿の庭木を剪定した。剪定というより、大きくなりすぎた枝を切断除去したという表現が実態をよく表しているだろう。庭木が大きくなれば敷地境界をはみ出し剪定作業が大げさになるのを予防するのが狙いであった。


<5月13日(火)>

オレリア・ルイーズ・ジョーンズ著『レムリアの真実』〜シャスタ山の地下都市テロスからのメッセージ〜を終日読んだ。この本は3,4年前に少なくとも3度位読み返していたが、この本には、現在の地球文明よりも数万年も霊的に進化した住民からなる地下都市テロス(5次元の存在なので地表の3次元的存在からは見えない)においてさえも、シルバー艦隊なる一種の軍事組織体が存在しているという記述があったことを記憶していたからである。


再読してみると『レムリアの真実』には、“18歳になって基礎教育が終了すると、全地下都市は現在、連邦に加盟しているので、最低一年半をシルバー艦隊で勤務することがテロスに暮らす全員の義務となっている”と記述されていた。

卑近なたとえでいえば神仏に近いほどの倫理観(霊的水準)に全住民が到達している地下都市テロスにおいてさえも、シルバー艦隊なる軍隊組織体が存在しており、全国民に課せられた兵役義務があるということだ。

現在の地表の人達の平均的霊的状態は、我欲が全思考の40%を占めているレベルだが、地下都市テロスの住民クラスの霊的水準ともなると、我欲が全思考の0.0001%以下の水準といわれている。

全住民が神仏に近いほどの倫理観(霊的水準)に到達している地下都市テロスでシルバー艦隊が存在し活動しているにもかかわらず、我欲丸出しの野蛮国家同士が日夜壮絶な覇権・資源争奪などのための総力戦を繰り広げている現在の地球(地表)において、戦力放棄を謳った日本国憲法は全く白日夢でしかないと断言できる。。。。

しかし現在の日本では、“平和憲法を守れ”の大合唱が溢れている。
なぜ終戦後の日本人は『常識ゼロの非現実的平和馬鹿』に落ちぶれたのであろうか????

その原因は戦後日本を占領支配したGHQの施策による日本民族愚民化・弱体化にある・・・と7、8年前から気が付いていた。

自分の命を顧みず日本国民存続のために片道の燃料を搭載しただけの絶望的な神風特攻隊を多数生み出した日本帝国と日本国民を戦争で勝った連合国が極度に恐れたのは想像に難くない。

我欲の塊からなる連合国側の価値観では“公の為に自らの命を差し出す”という高貴な価値観は到底理解できなかったであろう。自らの命を惜しいと思わない異星人=日本人=をこのまま存続させたら、連合国は将来枕を高くして眠れない!!!

“日本人を今後100年間も自らでは闘えない民族に変えなくてはならない”と大東亜戦争に勝った連合国が痛感したのはなかば当然の結論であったのでなないだろうか????

所得倍増論で日本を経済成長の波に乗せ繁栄させた池田勇人元首相は晩年、“(終戦後日本は経済を復興させ更に発展させたが、)日本人は金玉を抜かれてしまった”と嘆いたそうだ。雄牛を農耕に使役するときには、雄牛の睾丸を除去する。これを牛の金玉を抜くと呼ぶ。金玉を抜かれ(去勢され)た雄牛は闘争心を失い主人の命令に従順に従い農耕に励むようになる。

数十年前フランスのドゴール大統領は池田勇人を『トランジスタラジオのセールスマン』と揶揄し日本人を憤慨させた。終戦後三世代が過ぎた現在の日本の平和馬鹿振り(=美食、美酒,快楽、3Sに酔いしれ、危機感を失い自力による自国の防衛を顧みない=)を見ればドゴールの言はまさに正鵠を得ていた!!!!


<5月14日(水)書籍:『国破れてマッカーサー』を注文>

反日マスコミの嘘・宣伝に誤魔化されないために、各種メルマガを読むようにしている。

宮崎正弘の国際ニュース・早読み、渡部亮次郎のメルマ頂門の一針、NPO法人百人の会、
【my日本】デイリー・ニュース、スタンフォード大学・西教授事務局、リアルインサイト等である。

このメルマガの中で、西鋭夫著『国破れてマッカーサー』の存在を知り早速インターネットで5月14日に注文した。代引料が不要のコンビニ先払いで注文し5月16日夕方に送られてきた。

『国破れてマッカーサー』の著者である西鋭夫は、日本占領に最も詳しい男と呼ばれている。

平和憲法と美化されている日本国憲法は、戦後日本を占領支配した連合国最高司令部が作り(民生局次長ケージス大佐がたった一週間で書き上げた)日本政府に押し付けたものであることは概ね承知していた。この平和憲法は、日本の戦力保有を否定した世界に類を見ない極めて非常識な憲法であり、戦後70年になろうとする現在まで日本はこの非現実的な平和憲法を後生大事に押し頂いている・・・日本は大馬鹿者の集まりだとしか考えられな買った経緯がある(無論ヤマちゃんおやじも大馬鹿の一人であったが・・・)。

多くの学者、政治家、宗教家、文化人、マスゴミ、糞まじめな国民たちが日本の戦力放棄を規定した日本国憲法9条を後生大事に死守する姿勢を堅持している。憲法改正発議には国会議員の2/3の賛成を要し、国民投票で過半数の賛同を得てようやく憲法改正が実現する。

憲法9条死守を謳う平和呆け国民が多数存在する日本の現状では、憲法改正は至難の業であろう。集団自衛権行使という世界の常識も日本では憲法解釈(9条)によって否定されている。この憲法解釈は左翼思想に固まった歴代法制局長官が恣意的に下した誤った解釈であるが、浅慮な歴代政府が安易にこれを認めてきた経緯がある。

集団的自衛権行使が出来ないという誤った憲法解釈は日米安保条約を片務的なものとするので、安保条約の基盤を弱める作用があり、軍事費削減が米国の至上命令となった現在の米軍の窮状を考慮すれば、いったん有事発生時には日本の安全保障上極めて有害である。

5月15日に安倍首相は記者会見を行い憲法解釈変更による集団的自衛権行使容認への取り組みへの基本方針を明らかにした。

本年5月1日のヤマちゃん日記に宮崎正弘氏の言として記載した如く、『集団的自衛権は世界の常識です。議論する必要さえないのです』。

世界の常識である集団的自衛権行使が何故日本では大問題にされるのか???

創価学会婦人部からの反発が怖いといわれる公明党山口代表の集団的自衛権行使反対の真意は支邦共産党の手先の徹することであるのはミエミエだが、自民党総務会長野田聖子など自民党内反日勢力が集団的自衛権行使に反対を唱えているのは先進国としては極めて非常識な日本政治の縮図ともいえる。

野田聖子の本心は支邦共産党のスパイとしての発言であろうが、表面上“歴代首相による度重なる憲法解釈の変更は許されない”という美辞麗句を並べ立てている。

多くの日本人は“平和憲法とは何物にも変え難い尊いものだ”と信じきっている。。。。
最近ノーベル平和賞候補に推薦する日本人が現れたのは、全く憤懣モノであるが・・・・

一体日本国憲法/平和憲法は日本人が心から信奉するに値する価値あるものなのか????


日本では世界に類を見ないこの非現実的な平和憲法を後生大事に押し戴いているので、世界の常識である集団的自衛権行使が日本では大問題にされるのではないだろうか????

上記仮説を立証するには、日本占領に最も詳しい男といわれた西鋭夫氏が書いた『国破れてマッカーサー』を読むのが近道だろうと考えたので、早速注文した次第である。


<5月16日(金)>

9時から12時まで公園ボランティア活動。
眺めがさらに良くなった。完成が楽しみだ。

15時頃『国破れてマッカーサー』が着いたので、早速読み始めたが小さな文字で600ページもある。200ページまで読んだ。この本ほど真剣に読んだのは3年ぶりだ。


<5月17日(土)>

日曜日は雨天との天気予報なので、大平山北方の600mピークの新眺望スポットに赴き景観アップのための枝切り作業を行い、防府市堀溝から綾ヶ峰(615mピーク)に至るルート整備を行った。

13時頃まで新眺望スポットで景観を邪魔する雑木の枝切りを行った。欲を言えばきりがないので、今回で最後の作業とした。晴れた日には恐らく望海山からの眺望をしのぐ景観となるであろう。

綾ヶ峰へ向う途中で2人の中年男性ハイカーに出会った。彼らは車を大平山と湯野に置き、大平山→606mピーク→望海山→城山→湯野と歩くとのことなので、新眺望スポットの存在を伝えた。できれば多くの人々に新眺望スポットの良さを知っていただきたいものである。

15時30分頃堀溝から綾ヶ峰(615mピーク)に至るルートに入った。このコースは意外と荒れていなかったので、コース整備作業は少なかった。綾ヶ峰(615mピーク)の見晴し立ち木(階段付き)に登った後帰路についた。

ビールを飲んで直ちに就寝。夜中に目が覚めたので『国破れてマッカーサー』の続きを読んだ。


<5月18日(日)>

午前中は『国破れてマッカーサー』を読み、気分転換として午後2時間ばかり庭のつつじの剪定をした。夜も引き続き読書し最後まで読んだ。



<『国破れてマッカーサー』のエッセンス>

この本のエッセンスは厳密に言えば本全体となるが、敢えて2,3のポイントを挙げてみる。この本を大多数の日本人が1300円ばかり投資して読まれることをお勧めする。

この『国破れてマッカーサー』を読まれれば、いかに日本国憲法9条が空虚なものであり、いままで多数の日本人が信じ込まされていた“平和国家日本”が欺瞞に満ちた出鱈目であることが一目瞭然となると思ったからである。

たかが一人1300円ばかりの投資で、既に危機的状況に陥っている日本が救われるきっかけが得られるのであれば安い買物と思われる!!!

先ず、 『国破れてマッカーサー』 の生い立ちである。


<『国破れてマッカーサー』の生い立ち>

「はじめに」 から抜粋転載する。
〜〜〜転載始め〜〜〜

この本は、アメリカで公開された生の機密文書を使って書かれた最初の本である。出版されたのは1982(昭和57)年、2004年3月にフーバー研究所からペ−パーバック版が刊行された。22年も経過して再版されたのには理由がある。アメリカのアフガン戦争と占領、イラク戦争と占領が大混乱に陥り、無政府状態が続いている。大成功を収めた「日本占領」をもう一度詳しく吟味すれば、アフガンとイラク占領に役立つものがあるであろう、と期待を託して、この本が再度出版されたのである。

私が翻訳したのではないが、大手町ブックスから『マッカーサーの犯罪』として、1983年に出版されたのはこの本だ。その直後から、日本からもアメリカ国内からも、学者たちから電話や手紙が沢山あった。占領関係の資料についての「教えを請う」ものだった。

『国破れてマッカーサー』はUnconditional Democracy(有無を言わさず実行された民主化)と『マッカーサーの犯罪』を基に、戦後日本の原点、「占領」という悲劇をあさらに明らかにしようと、私自身が全面的に書き改めたものである。

私がアメリカの生資料に重点を置くのは、アメリカが敗戦日本を独占し、好きなように操ったからだ。事実、占領中、日本での公用語は英語だった。即ち、日本政府の全文書、マスコミの全印刷物、NHKの全放送内容は英訳され、マッカーサーの司令部(GHQ)の判断を仰がなければならなかった。日本の政治家の発言、演説も全て英訳された。日本中が検閲された。

日本の政治家の誰それが、マッカーサーの日本壊滅戦略に奮戦抵抗した、と近年いわれているが、マッカーサーは日本人の抵抗を「負け犬の遠吠え」としか聞いていなかった。

アメリカが、「占領劇」の主役だ。
アメリカが、「戦後日本」の生みの親だ。

「日本占領」と「戦後」には同じ血が流れている。「占領」から脱皮しなければ、日本の成長はない。「アメリカ」から脱皮しなければ、日本は「国」にはなれない。アメリカの「文化力」に抵抗しなければ、日本文化は消滅する。

しかし、『国破れてマッカーサー』は、アメリカの悪口を言ったり、非難をした本ではない。「占領政策」がどのようなものであったかを、アメリカ政府の極秘資料を使い、赤裸々に記述したものである。

戦勝国アメリカの肩を持たない。
敗戦国日本の弁護もしない。
日本の読者が聞きたくも、見たくもないことが書かれているかもしれないが、事実の追求がこの本の「魂」だ。


これから続く章では、なるべく私見を挟むことを避け、「占領」の真の姿を忠実に記述するため、歴史的に重要な生資料だけで「話し」を進めていくように努力した。

資料に心材しない架空の「会話」や「舞台」を作成するようなことはしない。
『国破れてマッカーサー』は、小説ではなく、書き替えることのできない現実の記録である。

〜〜〜転載終わり〜〜〜


次に 内容の一端を紹介しよう。


<憲法九条は本能を禁止した幼稚な空想だった!!!>

日本国民の大多数が信じて疑わない平和憲法の礎である憲法9条の実体は、本能禁止令と呼ぶべきトンデモ憲法であったのだ。

第一部 誇りの埋葬 第5章「マッカーサー直筆」憲法 より抜粋転載する。
〜〜〜転載開始〜〜〜

モスクワ協定に基づき、憲法改正について、自分(マッカーサー)は如何なる行動もとらないと言ったのは、嘘だった。事実、マッカーサーと彼の部下たちは新憲法草案に関して日本の指導者とたびたび会い、協議をしていたので、マッカーサーは松本(国務相松本蒸治博士、憲法問題調査委員会委員長)が、自分の考えを反映するものと期待していた。

(松本が明治憲法を小改造してポッダム条項の要求を満たすように憲法改正案を考えていた事を知り)裏切られたと思ったマッカーサーは、憲法改正に手を出さないとの態度をかなぐり捨て、第一子分の民生局長ホイットニーに、自分の直筆のノートを手渡し、憲法草案を書けと命じた。

マッカーサー手書きのノート。(英語の原文は、付録@に載せた)
       T
「天皇は国家の元首の地位にある」
「皇位の継承は世襲による」
「天皇の義務と権能は、憲法に従って行使され、憲法に示された国民の意思に応じたものでなければならない」
       U
「国家の権利としての戦争行為は放棄する。日本は、(国際)紛争解決、および自衛のためでさえも、その手段としての戦争を放棄する。国の安全保障のためには現在世界に生まれつつある高い理念、理想に頼る」
「陸、海、空軍は決して認められない。またいかなる交戦権も与えられない」
 
       V
「日本の封建制は廃止される」
「皇族以外の爵位は現存のものに限る」
「今日以後、帰属特権は政府もしくは民間機関においてなんらの権力も持たない」
「国家予算はイギリスの制度を見習う」

民生局は、六日間で憲法草案を完成し、一九四六年二月十日、マッカーサーに提出した。
マッカーサーの承認を得て、ホイットニーは「マッカーサー草案」を松本と外相の吉田に手渡した。二月十三日午前十時のことである。

吉田は、その日のことを忘れたくても忘れられない。
「ホイットニー准将は私に、GHQが松本草案に満足していないので、このモデル草案を持ってきた。この草案に基づいて、できるだけ早く、改正案を作成せよと命令した。草案はアメリカ政府ならびに極東委員会の承認を得るであろうと言い、もし日本側が即刻改正案を提出しなければ、天皇に何が起こってもGHQは知らないぞ、とまで言った」

ホイットニーは、「内閣が草案を差し出さねば、マッカーサー元帥はこの草案を(政府を通さずに)国民の前に提出する用意がある」と言った。日本保守派は、天皇を救うためならば何でもすることを、GHQは毎日のように見ていた。新憲法は天皇の命と交換だったのか。

ホイットニーが吉田に、「マッカーサー草案は極東委員会の同意を得るだろう」と言ったのは、謀略である。マッカーサーは、機能的には存在さえしていなかった極東委員会と、憲法改正について協議する気持ちのかけらさえなかった。彼は、「回顧録」の中で、「占領(政策)が極東委員会の審議に頼っていたら、ソ連の拒否権で、新憲法は金輪際出来上がらなかっただろう」と本心を明らかにしている。

「マッカーサー草案」を手渡された時、ホイットニーによれば、吉田と松本は「目に見えてうろたえ、問題を閣議で議論しなければならないと言った」
「四十八時間以内に返答せよ」とホイットニーは吉田に命令する。内閣も大衝撃を受けた。

日本政府は革命的なマッカーサー草案を基礎とした新憲法を作る心構えは全くできておらず、GHQと交渉し、妥協策はないものかと探りはじめた。
松本が妥協を求め、ホイットニー准将に会いにいった時、「マッカーサー草案はまとまった法体系であり、その一部を変更することは全体に悪影響を与える」とホイットニーは突き返した。

日本政府は、「吉田外相が松本支持の保守派の急先鋒」(GHQの台詞)となって手を打ったが、マッカーサーには妥協する意図など全くないことを悟る。日本政府は新憲法支持派と明治憲法擁護派に分裂した。

「マッカーサー草案」を受け取った一週間後、二月二十一日、幣原首相は行き詰まってマッカーサーの助言を求めた。翌日、幣原はこの会見について閣議で説明する。
「マッカーサー元帥は日本の幸福を第一に考えており、ことに天皇陛下と会ってから、天皇を護ることが非常に重要であると思うようになった。しかし、極東委員会の対日感情がなお強く、特にソ連、オーストラリアは日本がやがて強国になり、連合国に報復するのではないかと懸念しており、極東委員会が天皇を裁判にかける可能性をなくすため、マッカーサー草案では、意識して天皇の定義を国家の象徴とし、戦争放棄条項を強調したのである」

民生局は、「GHQは幣原内閣の苦境に介入することを望んではいない」と、事実を曲げて記述した。しかし、悪質だったのは、マッカーサーがまだ一度も会合を持っていない極東委員会を飽くことなく利用したことだった。彼はこの委員会を極めて軽蔑していたのだからなおさらだ。

「マッカーサー草案」から一週間後、一九四六年三月二日、最初の日本政府案がどうにか作成された。同草案は三月四日、マッカーサーに渡された。松本案は、二度と持ち出されなかった。マッカーサーの側近(ホイットニーたち)と日本側との間で緊密な討議が行われ、三月五日、第二の日本政府案、いわゆる「内閣草案」ができあがった。 「内閣草案」は、マッカーサー草案に極めて良く似ていた。当然である。即日、マッカーサーはこれを承認した。

幣原首相と閣僚は、その内閣案を読んで涙に噎んだ。しかし幣原はAP記者に、「日本側が天皇の新しい定義として国家の象徴(シンボル)を提案した」と語っている。そう言え、とマッカーサーからの厳命だったのだろう。天皇が「国家の象徴」と言う発想は、当時の日本人には不可能な考え方だ。「シンボル」はアメリカ人の発想だ。

幣原内閣の苦悩は続いた。内閣案を拒否するかどうかではなく、完全受諾か条件付かで苦しんだ。最後の手段として、幣原は吉田を伴い、三月五日の夜遅く天皇を訪問した。

天皇は、「この草案を支持する」と言われた。翌三月六日午前、幣原内閣は同草案を正式決定した。全文が三月七日、全国に発表された。<中略>

同草案と共に天皇の「お言葉」が発表された。<中略>天皇と同時にマッカーサーも声明を発表した。

一九四六年六月二十六日、「政府草案」は日本国会の審議のため提出された。マッカーサーの声明が草案に付けられていた。「いま議会に提出された政府憲法案は、日本の文書であり、日本国民のためのものである」

衆議院は八月二十四日まで討議を続け、四百二十一対八で採択した。反対票八のうち六票は共産党であり、同党は皇室廃止と日本の自衛権の承認を要求していた。九月と十月、貴族院が最後の仕事として審議し採択した。この後貴族院は廃止され、参議院の誕生となる。

十一月三日(明治節)、天皇は同法を公布し、一九四七(昭和二十二)年五月三日憲法が施行された。

今日まで、(日本憲法の)修正は全くされていない。アメリカ憲法は、既に二十七条項の修正がなされている。

マッカーサーは、日本の新憲法を「占領の最も重要な成果」と自賛した。吉田首相も、「太平洋戦争終結後の最も重要な改革である」と同意見を述べた。<中略>

マッカーサーの武勇を疑う者は誰一人もいない。だが、死が間近に迫り、己が歩いてきた道を振り返ると、悔いを残す行いが亡霊のように現れてくるのだろう。
「私は、アメリカ製の日本憲法を作って日本側に押し付け、それを私の命令で採択させるということはしなかった。憲法改正は日本人自身が強制されずに行うべきものだった」と自伝の中に書き込んでも、自分が書いた「占領憲法」の怨霊から逃れきれない。

<中略>

一九五〇年六月二十五日、朝鮮戦争が勃発した。
七月八日、マッカーサーは吉田首相に緊急指令を出した。
「私は日本政府が七万五千人の警察予備隊を創設するのに必要な措置を採ることを認める」。海上保安庁も八千人増員することを命じた。「国内治安の維持と日本の海岸線を不法入国や密輸から守るためである」。
七月十四日、吉田は、国会で、朝鮮動乱は「対岸の火事ではない」、動乱は共産主義の脅威が現実的で差し迫ったものである、我々は共産主義侵略をこの眼で見た、と述べた。日本国民は、第九条は自衛のための戦争を否定するものではない、と言い出した「全能マッカーサー」も誤りを犯す一人の人間として見ることができた。

大きな戦争が終わり、戦場で輝かしい偉業を成し遂げた征服者が、敗戦国の瓦礫と化した首都に立ち、自分が想像できる最も理想的な憲法を綴り、永久平和の夢を書き込んだ。この夢は、生後千百六十四日にして厳しい現実に晒され、崩壊した。

第九条は、マッカーサーの亡霊が戦後日本に呪いをかけるかのように、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とつぶやき続ける。

この意味不明の日本語ゆえ、マッカーサーの呟きが一層恐ろしく聞こえるのだろうか。

第九条の非現実性が明白になっている今でさえ、「富国日本」はマッカーサーの呪いに縛られ、身動きもできず、かっての敵軍に国土を守ってもらっている。「占領」がいまだに終わっていないとは、このことだ。第九条があるかぎり、「戦後」も終わらない。

私が何故これほどまで強く第九条に反対意見を突きつけるのか。第九条は「平和の美徳」や「戦争の悪」という「善悪の問題」以前の問題であると思うからだ。

第九条は、「生きる本能」、命を守る「自衛本能」を否定する。

第九条は、男が女や子供を護る「本能」を「悪」とする。親が子を護る、子が親を護るという「生命」の自然な「本能」を、「戦争」「武力の行使」と卑下した幼稚な空想が第九条。

第九条は「本能禁止令」。

人間の本能を無視しているが故、第九条の非現実性が我々の日常生活を脅かし、歪めている。

女性や子供を護る本能を萎縮させられた日本の男が、戦後日本を、勇気もない信念もない怯えた群衆にしてしまったのだ。

怯えた国民は強い用心棒を雇う。高い銭(年間五千億円)を出し、強いアメリカ兵を雇う.日本を護るため、アメリカ兵がこの異郷の地で地を噴いて死んでいっても日本人は平気なのか。恥ずかしくもないのか。罪悪感も感じないのであろうか。

用心棒を雇い、飯を食わせ、銭もやる。この状態を「平和」と呼び、「平和憲法」「平和教育」と、恰も平和踊りを輪になって舞っている日本国民は、賢いのか狡いのか。それとも、「亡国踊り」をしながら奈落の底へ堕ちていっているのだろうか。

第九条は、日本を安全にするどころか、「生きるための自衛本能」を悪として否定している。第九条が日本を潰す。


怖いのは、この生命の本能を嫌悪するように洗脳教育された日本国民が、白蟻が美しい建物をゆっくりと時間をかけて食い荒らすように、内側から「日本国」を崩壊させるかもしれないことだ。外観こそ美しいが内側の朽ちた国が倒れるときは、一瞬の惨劇である。

〜〜〜転載終わり〜〜〜

以上で『第九条が日本人が拠って立つに相応しい憲法ではなく、非現実的な幼稚な幻想に過ぎない』ことが完膚なきまで判るであろう。

『国破れてマッカーサー』には、その他いろいろ驚くべき事実が満載されているが、当ブログで一々引用することは事実上不可能である。

日本語を理解できる日本人全員が『国破れてマッカーサー』を愛読賞味されることをお勧めする。

さもないと、多くの日本国民は平和憲法を今まで通り押し戴いたまま依然として平和ボケから脱却できず、極近い将来亡国と言う奈落の底に陥落する可能性を回避できなくなるものと確信している。

問題は、マッカーサーがレールを敷いた平和国家・平和憲法、日本弱体化・愚民化政策に、支邦共産党の謀略が上乗りして、日本に5万人もいるという反日スパイを動員して、平和憲法9条を強力な橋頭堡にして日本沈没への破壊活動に拍車をかけている事である。

5月19日公明党の井上幹事長は、
「集団的自衛権の問題で、政権が代わったら憲法解釈がころころ変わるような法的安定性を欠くことがあってはならない。本当に慎重な議論が必要だと思っていて、ハードルはかなり高いというのが実感だ。有識者懇談会の報告書で、集団的自衛権の行使をわが国の安全保障に重大な影響を及ぼす可能性がある場合に認めるとしているのは基準になっておらず、国民の理解を得られないと思う」と述べた。

この公明党井上幹事長による反対意見は、自民党総務会長野田聖子らの掲げる集団自衛権行使反対の論理と歩調を合わせた感がある。

公明党はシナ共産党の犬であることは、日中国交回復に際し当時の創価学会会長池田大作と竹入公明党委員長が密使として隠密裏にシナに渡航し、シナ共産党と密約を交わした実績からしても、一連の反日的法案提出の実績からしても疑う余地はない。

自民党元幹事長山崎拓も野田聖子と同様な論旨で反対を表明した。

自民党元幹事長の加藤紘一も共産党機関紙赤旗5月18日号で、第二次大戦で失墜した日本への世界の信頼は憲法9条によって回復したところが大きい、と私は考えています。「二度と銃は持たない」というのが守るべき日本の立場だと思います。この台詞は、平和憲法信者の発想でしかない。

この有様は、如何に平和憲法9条の害毒が日本の隅々まで浸透しているかを如実に表している。

憲法9条の平和憲法は、すでに朝鮮動乱勃発時に、平和憲法の生みの親であるマッカーサーの手によって解釈変更された実績がある。

今般政治社会情勢の変化によって、集団的自衛権行使を容認すべく阿部内閣が憲法解釈を変更してもなんら問題はない。

もともと憲法9条の平和憲法は所詮机上の空論であり、日本民族の存亡をかけて真面目に尊重すべき対象ではない。

人間として生存する権を悪として否定した憲法9条は早急に廃棄すべきであることが、『国破れてマッカーサー』によって極めて明確になった。

憲法9条を死守しようとする輩、世界の常識である集団的自衛権行使に平和馬鹿憲法憲法9条を盾にとって反対する国会議員共は、政治のプロとして、日本憲法の出生に関する基本知識が欠如しており、彼らが到底国政に参画する資格を有していないことを雄弁に自己PRしていることに気が付いていないようである。

彼ら反日政治家は、日本の事を真剣に考えていないのだろうか???
それとも彼らは、シナ共産党の犬なのか???
おそらく双方であろう。

世界の常識である集団的自衛権行使に、偽平和憲法9条を根拠にして反対する彼らの論理に根本的な誤りであるのは、本ブログの内容からしても明白である。

彼らは国政の場から退場すべき人種であるのは間違いない。
自民党も反日売国政党である公明党との連立を解消するのが、真の国民政党としての証になるであろう。


『国破れてマッカーサー』 は こちらから






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2014年05月11日

ついに反日売国奴の馬脚を現した野田聖子自民党総務会長

<5月5日(月)>
こどもの日ということで、夕方は孫2人、娘夫婦、カミさんと回転寿司を食した。
祭日ということか椅子に座った直後満員になり、あと5分も遅れておれば順番待ちになる所だった。

慣れのせいか、はたまた食材のグレードせいか判らないが、昔ほど美味しいと思わなかったもののとにかく皿の枚数は確実に増えた。満員のお陰で職人さんはてんてこ舞いとなり、注文したネタ1つが最後まで来なかった。

裏方を見るとはなしに見た所、寿司を載せる皿が機械で洗浄されていた。この業界でも絶えず効率化が実施されているのを目の当たりに見せて貰った。

孫たちにとっては楽しいひと時であったようだ。


<5月6日(火)>
この日も大平山北方の新しい眺望スポットに赴き、眺望を邪魔する枝を取り除く作業に没頭した。

大平山農村公園に駐車して、大平山〜大谷山縦走路に入り607mピーク経由で1時間10分程度で600mピークの眺望スポット(鞍部から3つ目のピーク)に着いた。

瀬戸内海側と北側に張り出した木の枝を切り払った。
雑木林の中には古い切株が多数あり、また古い切株から派生した彦栄え(ヒコバエ)が高さ3m以上の高さに成長しているのが多く見つかった。

これらの状況から察すると、かなり前には多くの雑木が切り払われていたことが窺われた。

あくまで推定ではあるが、この雑木が切り開かれてから恐らく5〜7、8年が経過しているのではないだろか???

手持ちの鋸の柄が壊れたままであり、さらに枝カッターも支点ボルトが折損して使用不能になった。この枝カッターは一回自己流で修理したものだが、2,3日で再び壊れた。

しかたなく柄が壊れた鋸を騙しながら視界を邪魔する枝を除去し、雑木を数本切り倒した。
道具が壊れたので15時頃作業を切り上げ、大平山つつじ祭りを見て早めに帰ることとした。

大平山山頂公園には、ヒラドツツジをはじめとして、約10万株のツツジが植えられているとのことだが、つつじの開花は3分咲き程度であった。
DSCF8127.JPG < 大平山山頂のツツジ >

しかしお客は100人程度はおり、子供の歓声がこだましていたのでにぎやかだった。

久しぶりに大平山山頂(標高631m)に登ってみた。
綾ヶ峰立木の天辺からの眺望や、600mピークからの眺望と大平山山頂からの眺望を比較してみる狙いもあった。


大平山山頂からの眺望は、防府市、瀬戸内海方面の眺望は素晴らしい。一方北方の眺望は、テレビ中継設備を取り囲む金属網塀やアンテナ塔に遮られて部分的でしかない。

北西方向も立ち木に遮られ、南東・東方向は放送設備建屋に遮られている。
結局大平山山頂からの眺望は、北西〜西〜西南〜南〜南東にかけて特に優れているが、南東〜東〜北東〜北〜北西にかけての眺望はゼロか部分的であることがはっきり判った。

綾ヶ峰立木の天辺からの眺望は360度パノラマであり、600mピークからの眺望は南〜北東が優れている事がわかった。

大平山山頂はテレビ放送施設に大部分が独占されているが、綾ヶ峰と600mピークにはテレビ塔などの人工設備は無く自然そのものだ。

換言すれば、大平山山頂と、綾ヶ峰立木の天辺からの眺望と、600mピークからの眺望の三点セットなれば相当優れた眺望が得られる・・・といえるだろう。


<5月7日(水)>
この日はスイカの苗を植え、ほうれん草を引き上げた後を耕作した。
金柑の皮が以外に美味しかったので、捨てる予定だった金柑を多数持ち帰った。
壊れた鋸の代替品を購入した。前回の安物買いに懲りて、日本製のかなり高価な鋸を買った。帰って大きくなりすぎた庭木で新しい鋸の切れ味を試した所OKだった。

問題は使用開始後2ヶ月程度使ってみて切れ味が落ちないかか否かである。

午後には、壊れた枝カッターを修理し、シャクナゲ尾根谷コース草刈のために鎌を砥いだ。


<5月8日(木)>
この日は天然水採取の日であったので、色々考えた末に、午前中に大平山北方の600mピークの眺望改善を行い、その後熊坂峠付近で金剛水を頂き、その後莇ヶ岳シャクナゲ尾根谷コースの草刈を行うことにした。

6時40分ごろ出発し、大平山北方の600mピークに9時頃到着し、早速眺望を遮る枝や立木を除去する作業を開始した。新調した鋸に切れ味は良かったが、柄の部分が華奢に感じたのが心配になったが作業に支障があるほどではなかった。11時頃作業を止めて12時前に駐車場に戻った。

徳地経由で千石岳の近くの熊坂峠に赴き金剛水を60リットル頂戴した。
13時20分頃シャクナゲ尾根谷コース登山口に着き登山道の草刈を始めた。

今年は草が小さくても出来るだけ刈り取る方針で臨んだ。

昨年はウドとヨモギを当初は刈らにずに放置したため夏に大きく成長させた失敗をしたので、今年は小さな草の間に出来る限り刈り取ることにしたのだ。

相変わらずアザミが沢山繁茂していた。莇ヶ岳=アザミヶ岳=とは、あざみが多くあるので名付けけられたのでは????と思いたくなった。。。。

今年は谷の風景が変った。谷筋に以前には見られなかった白い花をつけた植物が数箇所も群生した。。。この谷の植生が変わったのかもしれない!!!!

DSCF8130.JPG < 谷コースに咲く区白い花の群生 >

16時15分頃鞍部直下までの草刈を終えた。
帰りにお土産用に残しておいたウドを4本採取した。

諸々に感謝、感謝、感謝。。。。
いささか疲れました。。。

<5月9日(金)>

休息日。ごろごろして疲れを取った。
夕方昨日採取したウドを4本で佃煮を作った。
ウド独特のにおいがほのかに残りマアマアの出来であった。



<終に反日売国奴の馬脚を現した野田聖子自民党総務会長>

集団的自衛権とは、国連憲章第51条で加盟国に認められている自衛権の一。ある国が武力攻撃を受けた場合、これと密接な関係にある他国が共同して防衛にあたる権利をいう。

集団的自衛権は誰が考えても当然な権利であるが、過去の日本では特殊な理由によって集団的自衛権はタブー視されてきた。

隠れ共産党の内閣法制局長官が案出した、“日本では憲法9条との関連において集団的自衛権は行使できない”という誤った見解が危機意識に乏しい歴代政府によって誤認され続けてきたからである。

上記内閣法制局長官による誤った見解は、まさに平和ボケ政府、平和ボケ政治家、平和ボケ国民が自ら作り上げた虚像でしかない。

歴代内閣法制局長官による誤った解釈(左翼に偏った解釈)が、世界各国で認識されている本来の姿に戻されれば、日本が集団的自衛権を行使するのは何ら問題がない。

日本における「集団的自衛権反対」に関する議論が如何に馬鹿げているか!!!

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成26(2014)年5月9日(金曜日) 通巻第4222号 から引用する。

〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
(読者の声3)いま国内政治の話題はなんといっても「集団的自衛権」ですね。自民党内にも慎重論があり連立与党公明党の顔色を伺いながら安倍首相は「時期を限っている訳ではない」とトーンダウン気味です。ところで貴誌ではこの政局の喫緊事に関しての議論がありませんが、如何お考えでしょう?
  (JJセブン)

(宮崎正弘のコメント)議論自体が間違っています。諸外国で、このような些末で愚かな議論はありません。安保条約を締結していながら、集団自衛権? 岸内閣は安保をやや対等に改訂しましたが、条文を読んでいない人たちが反対運動を展開した。その指導者のひとりが西部遭氏でしたね。それでもまだ片務的で、米国は日本を守るが、日本が米国を軍事支援するという項目がありません。
ですから、いまの議論を延長していうならば、対等な軍事条約へといまの日米安保条約を再改定する、そういう議論なら分かります。集団的自衛権は世界の常識です。議論する必要さえないのです。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜


日本が集団的自衛権を行使できないという屁理屈は、日米安保条約を弱体化したい外国勢力(中国など)にとっては極めて有難いものであることは言うまでもない。

よって中国の手先となった反日勢力は、日本では集団的自衛権が行使できないという屁理屈を強力に支持することとなる。

集団的自衛権行使に反対する勢力は、共産党、社会民主党、生活、公明党、民主党、朝日新聞、毎日新聞、9条の会など諸々の反日組織がある。

戦争をさせない1000人委員会という団体も反対している。
ちなみに、戦争をさせない1000人委員会呼びかけ人一覧を以下に挙げておく。
アーサー・ビナード(詩人)青井未帆(学習院大学教授)愛敬浩二(名古屋大学教授)
赤川次郎(作家)秋葉忠利(元広島市長)雨宮処凜(作家・活動家)
飯島滋明(名古屋学院大学准教授)飯田哲也(環境エネルギー政策研究所所長)
池田香代子(翻訳家)石坂啓(マンガ家)伊藤真(弁護士・伊藤塾塾長)上野千鶴子(社会学者)鵜飼良昭(弁護士・日本労働弁護団会長)浮田久子(平和の白いリボン行動・藤沢)内田雅敏(弁護士)内橋克人(経済評論家)内海愛子(恵泉女学園大学名誉教授)
梅林宏道(ピースデポ特別顧問)浦田一郎(明治大学教授)永六輔(放送作家)
大江健三郎(作家)大熊政一(弁護士・日本国際法律家協会会長)
大田昌秀(元沖縄県知事・沖縄国際平和研究所理事長)奥平康弘(東京大学名誉教授)
小山内美江子(脚本家)小田川興(在韓被爆者問題市民会議代表、早稲田大学日韓未来構築フォーラム主宰、元朝日新聞編集委員)落合恵子(作家)海渡雄一(弁護士・元日弁連事務総長)香川京子(俳優)鎌田慧(ルポライター)香山リカ(精神科医)
河合弘之(弁護士・脱原発弁護団全国連絡会共同代表)川野浩一(原水爆禁止日本国民会議議長)木村朗(鹿児島大学教授)金城実(彫刻家)熊谷博子(映像ジャーナリスト)
組坂繁之(部落解放同盟中央執行委員長)倉本聰(脚本家・劇作家・演出家)古今亭菊千代(噺家・真打)古関彰一(憲政史家)小橋孝一(日本キリスト教協議会議長)
小林緑(国立音楽大学名誉教授)小森陽一(東京大学教授)早乙女勝元(作家)
坂田雅子(映画監督)坂本洋子(フリージャーナリスト・NPO法人民法改正ネットワーク(mネット)理事長)坂元良江(テレビプロデューサー)佐々木猛也(弁護士)
佐高信(評論家)ジェームス三木(脚本家)篠原義仁(弁護士)清水雅彦(日本体育大学教授)辛淑玉(「のりこえねっと」共同代表)新谷のり子(歌手)進藤榮一(筑波大学名誉教授)菅原文太(農業生産法人代表 SUGIZO(音楽家・ミュージシャン)
鈴木力(社団法人「マガジン9」代表理事)瀬戸内寂聴(作家)高遠菜穂子(イラク支援ボランティア)高橋哲哉(東京大学教授)高畑勲(アニメーション映画監督)高原孝生(明治学院大学教授)高良鉄美(琉球大学教授)田中優子(法政大学教授)
谷山博史(日本国際ボランティアセンター(JVC)代表理事)崔善愛(ピアニスト)
辻山幸宣(公益財団法人地方自治総合研究所所長)土屋源太郎(「伊達判決を生かす会」共同代表)土山秀夫(元長崎大学学長)坪井直(被爆者)富山妙子(画家)
鳥越俊太郎(ジャーナリスト)中野麻美(弁護士・日本労働弁護団常任幹事)
中原道子(VAWW RAC 「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター共同代表)中山千夏(作家)西尾漠(原子力資料情報室共同代表)西谷敏(大阪市立大学名誉教授)西野瑠美子(VAWW RAC共同代表)原和良(弁護士)林郁(作家)
樋口恵子(評論家)福山真劫(フォーラム平和・人権・環境 代表)
舟越耿一(長崎大学名誉教授)古川純(専修大学名誉教授)前田朗(東京造形大学教授)
前田哲男(ジャーナリスト)松浦悟郎(日本カトリック正義と平和協議会会長)
南典男(弁護士・日本民主法律家協会事務局長)宮城泰年(聖護院門跡門主)
宮子あずさ(看護師・著述業)宮里邦雄(弁護士・日本労働弁護団元会長)
本島等(元長崎市長)本橋成一(写真家)森詠(作家)森達也(ノンフィクション作家)
矢ア暁子(弁護士)山内敏弘(憲法研究者・一橋大学名誉教授)山口二郎(北海道大学教授)山崎朋子(ノンフィクション作家)山田真(小児科医)山田洋次(映画監督)
山中悦子(NPO法人「草の根援助運動」)由井晶子(フリーライター)湯川れい子(音楽評論・作詞家)吉岡しげ美(音楽家)吉岡達也(ピースボート共同代表)吉川勇一(「市民の意見30の会・東京」代表)渡辺美奈(アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)事務局長)和田春樹(東京大学名誉教授)


まあ、上記呼びかけ人は、反日勢力としてはつとに有名な方々であって、いくら屁理屈を並べても、自らが大馬鹿か、支邦のスパイかいずれかであるのを自己PRしているようなものである。

問題は、集団的自衛権容認を掲げる安倍内閣の下で自民党総務会長を務める野田聖子の言動である。

2014年5月8日(木)のしんぶん赤旗(日本共産党中央委員会の発行する日本語の日刊 機関紙)によれば、集団的自衛権で「殺し殺される」自民総務会長、月刊誌で批判・・・という見出しで

〜〜〜引用開始〜〜〜
自民党の野田聖子総務会長が8日発売の雑誌『世界』6月号で、安倍晋三首相が狙う集団的自衛権行使容認に向けた解釈改憲に対し疑問を示しています。
 野田氏は「集団的自衛権が行使できる、武力行使ができるとなれば自衛隊は軍になる。軍隊は殺すことも殺されることもある。いまの日本に、どれだけそこに若者を行かせられるのでしょう」と提起。「国際情勢という大きな状況と、人を殺す、人が殺されるかもしれないというリアリズムを語るべきです」とのべています。
 石破茂幹事長が集団的自衛権の行使で自衛隊員が死ぬ、血が流れることも政治家が覚悟しなければならないとしていることに「それこそが、私たちが憲法解釈で六〇年間超えられなかったところだったのではないでしょうか」と指摘しています。
 安全保障政策の根本を「憲法の解釈変更だけで行うことは政策の安定性がなくなる」と批判しています。
 また集団的自衛権の「限定」容認論について、「『限定』というと何か抑制的に聞こえるけれど、具体的に何であるかは明らかになっていない」と強調しています。
~~~引用終わり〜〜〜

先ず注目すべきは自民党の野田聖子総務会長が、集団的自衛権容認の事実上の反対を表明したのが、雑誌『世界』であることだ。
雑誌『世界』は反日左翼の宣伝雑誌として有名であったが、最近は発行部数が激減したいわくつきの雑誌である所だ。

野田聖子による反対理由の目玉は、“日本の若者が戦争で死ぬ“と言って世の中の平和馬鹿を見方につけようとしているところだ。

“自国を守るために自国民の血を流す覚悟が無い国は必ず滅ぼされている”のは歴史上の大いなる教訓である。

自国の防衛の為に自国民の命をかける覚悟を有しない国を一体誰が助けるのか???どの国もこのような不甲斐ない国を助けることはないであろう。

野田聖子がこのような馬鹿げた反対発言をしていること自体が、野田聖子は安全保障に関して素人であることを自己PRしているのは、滑稽でもある。。。

安全保障に関して素人である国会議員は国政を語る資格はない。まして野田聖子は自民党の総務会長は務まらないので早速辞職して、共産党に移籍するのが順当であろう。

安倍首相が丁寧な議論への胸襟を開いている中で、自民党の重要役職である総務会長を務める野田聖子は、本来なれば自民党内で喧々諤々の議論を進めるのが政党人としては真っ当な姿である。

しかし野田聖子はよりによって、反日左翼の牙城である雑誌『世界』に出かけてまで安倍首相が進める「集団的自衛権行使容認の閣議決定」に堂々と反旗を翻したのだ。

これは歴然とした安倍内閣倒幕運動である。

換言すれば野田聖子は、如何なる屁理屈を弄したとしても、集団的自衛権行使容認を嫌がる中国共産党がひそかに展開する『安倍おろし』に大きく舵を切ったということだ。

自民党内には多数の親中国派議員=中国共産党のスパイ=が沢山存在する。

自民党の親中国派議員や公明党議員に対し中国共産党政府高官は「我々は安倍以外なら誰とでも首脳会談をする」と公然と語っていると言う。中国共産党政府は「反安倍勢力を後押しするぞ」と言っているに等しいのだ。

パチンコ議員でもある野田聖子は、自民党親中国派の古賀誠や野中広務ら老害コンビに「立派な次期総理候補だ」との煽てに乗せられ本気になっている・・・との情報もある。

中国共産党工作による「中国傀儡首相候補の筆頭」に野田聖子の名前が挙がっている・・・という情報もある。

中国も韓国も日本の国益を重視する安倍内閣の退陣を願っているのは確かである。

反日売国奴メディアの毎日新聞も、有力次期首相候補として野田聖子の名前を挙げているのは、中国共産党との共同作戦の匂いがする。

これで野田聖子が反日売国奴であることが確定した。
安倍首相は即刻野田聖子を総務会長から外すべきだ。
野田という豚がおだてられて木に登る夢をみたのか????

自民党新総務会長には日本国益を重視する稲田朋美議員を推薦したい。。。。。
posted by ヤマおやじ at 06:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月05日

原発ゼロに固執する細川護熙は朝日新聞出身の反日・お馬鹿

<訂正1> 
本年4月9日のヤマちゃん日記にて、弟見山山頂付近の笹刈をされた方を周南愛山会の方々ではないかと推察したと記した所、本年4月10日にキンチャン様から

『弟見山のカタクリは「自然観察友の会」で6年前から毎年継続的に笹刈りをして、カタクリの保護活動をしてきました』

というコメントを戴きました。
ここに、『弟見山の見事なカタクリの群生は「自然観察友の会」様が6年前から毎年継続的に笹刈りされたお陰です』と訂正いたします

キンチャン様、「自然観察友の会」様ありがとうございました。


<訂正2>

本年4月27日のヤマちゃん日記にて、『607mピークから南東〜東へ連なる尾根の端にある600mピークで大平山北方に新しい眺望スポットを見つけた』と記したが、

正しくは『大平山北方の607mピークから南東〜東へ連なる三番目のピークにある新しい眺望スポットを見つけた』でした。

当方が5月1日に新しい眺望スポットを再度訪れた際、上記誤りに気が付きました。
607mピークから南東〜東へ連なる尾根の端にある4番目の600mピークまで藪を掻き分け実際に行きましたが眺望は殆どゼロでした。


<5月1日(木)>

公園ボランティア活動の日であったが、最近関心が深い大平山北方の600m級ピークを再度訪れた。

本年4月24日に自分にとっては新発見となった眺望スポット周辺のルート整備と、同日に新たに知った新しい林道の行く先にも関心があったからだ。

具体的には、新たに発見した眺望スポットの一つ手前のピークにある樹高約15mもの一本松に登り周囲の景観を確認した後、新たに発見した眺望スポット周辺の整備を行う予定にしていた。

しかし大平山に到着した時点でルート整備の為の諸道具一切を車に積載していないことがわかった・・・・何たる迂闊さだ!!!

最近車を修理に出した際、諸道具を車から出したままにしていたのを失念して出発していたのだった。こういうケアレスミスの発生が最近増加したことはいなめない。
何をするにも事前チェックが必要になる。

しかし鍬は車に積んでいたので、先ず綾ヶ峰に向う(615mピーク)ルート上に生えて通行を邪魔する可能性がある食べ頃の筍を鍬で掘り起こす事を思いつき、筍をお土産にすることにした。通行を邪魔するであろう筍を処分し、処分した筍を戴いたのだ・・・という論理だった。

お土産をいったん車に収容した後は、一本松に登るために607mピークへ向った。607mピーク直前で左手に新しい林道が走っているのが見えたので、縦走路から外れて新しい林道に合流し鞍部に至った。鞍部から607mピークへ向うコースに入り、2つ目のピークにある一本松に着き早速持参の木登りエイドを取り出し約2mの高さにある最下段の太い枝にどうにか登ることができた。

此処から上の枝が一様に微かに下に向いているのは不思議な光景であった。枝が一様に下に向いている訳は、多くの人達がこの木に登り枝に体重が加わったためではないかと思われた。何故なら枝の皮はかなり磨耗して光っていたからだ。この辺りでは雪の重みで枝が曲がるほどの積雪はない。

更に上の枝に登るために上方の枝振りを眺めてみると、更に2m程度上方では枝の間の上下間隔が一挙に70〜80cmと広がり、猿ならぬ普通の人間ならば更なる上昇が無理なことが判った。

滅多に人が通わない平日の山中で木から落ちて骨折しても誰も助けに来ないであろう。
大平山市民農園からでも携帯は繋がらないので、更なる山奥では携帯も役に立たない可能性も否定できない・・・

一本松への木登りはきっぱり諦めて、次に、本年4月24日に新しく見つけた林道の行く先などを探訪することにした。

新しい林道は607mピークと607mピークの南東にある600m級ピークの間の鞍部(標高約595m)で最高点に達し、その後北東に走る谷に沿って下っていた。

途中からは林道開設作業者の足跡が道路に点々と残っていた所から推察すれば、林道開設後日数は余り経過していなかったように思われた。

はっきり計測したわけではないが、鞍部からおよそ1km前後下った時点でこの新しい林道は、古い既設林道に合流していた。この既設林道には重機のキャタピラ跡は無かったので、新しい林道は大平山サイドからアクセスして工事されたものと推察した。

この既設林道は少し登ってほぼ平坦になり更に進むと、林道の左手に細くて白いテーぷを束ねた派手な標識が見えた。おそらく望海山(標高616m)へ取り付くための分岐点だろうと思えたが直進した。やがて左手に周南市湯野の城山(標高453m)だろうと思われる独立峰も見えてきた。

既設林道が高度を一段と下げ始めた時点で進行を中止し、白いテープを束ねた派手な標識まで引き返し望海山へ向う稜線ルートに這い上がった。この標識から歩くこと約20分程度で望海山(標高616m)に着いた。

数年前には木製の展望台があったが、2,3年前には撤去されていた。ここで遅い昼食を採りながら改めて周囲を眺めると、南東方向に小高いピークが視界を遮っているのに気がついた。この小高いピークが新しい眺望スポットがあるピークだと初めて判った。

今までは望海山からの眺めしか知らなかったが、新しい眺望スポットを知った今では、新しい眺望スポットの方が若干視野が広いような感じがした。

帰路は往路を戻る予定であったが、このルートを数回通ったという安心感が災いしてか左折すべき分岐点を直進してルートを誤り、今年1月頃造成された林道に出てしまった。この誤りは2回目であるが、前回の失敗でこの林道が何処に繋がるかを知っていたので慌てることも無く駐車位置まで戻ることが出来た。

まあ今回の収穫は、筍と新設林道の行く先が概ねわかったことだ。感謝、感謝、感謝。。。


<5月2日(金)>

9時から12時まで公園ボランティア活動。自分たちが関与した事に由来する欲目かもしれないが、整備中の松林からの景観は結構良好に見えた。

この公園雑木林整備作業は、明確な目的を持った2人で進めている特別な公園ボランティア活動なので愛着がある。

あと数回の作業で松林だけを残した眺望スポットは概ね完成するであろう。

休憩タイムにもう一人の作業者の方が現地で入れてくれたコーヒーを飲みながら、久しぶりに世間話しに花が咲いた。


<5月3日(土)>

再び大平山北方の新しい眺望スポットに赴き、景観を邪魔する雑木を刈り払った。
大平山山麓(農村公園)の空地に駐車し、1時間20分位で新しい眺望スポットに到着。

雑木を刈り払った際、過去に雑木を刈り払った痕跡が現れたので、過去にも同じ行為をされた人がいた事がわかった。

その後雑木の切株から新芽が生まれ大きく育ち再び視界を悪くしていたのだ。

此処からの視野の広がりは概ね150度程度の角度であり、周南市街地、戸田地区、黒髪島、大津島方面を眺望できるので、望海山からの眺望よりも若干広く感じられた。

DSCF8077.JPG <新しい眺望〜スポット左側〜>

DSCF8079.JPG <新しい眺望スポット〜中央左側〜>

DSCF8080.JPG <新しい眺望スポット〜中央右側〜>

DSCF8081(1).JPG <新しい眺望スポット〜右側〜>


雑木を刈り払う途中で鋸の柄が壊れた。従来は柄が壊れるトラブルは皆無であったが、ホームセンターで廉さに引かれて安物を買ってしまったのがこの有様だ。

最近硬くて太い庭木を3本切り倒したが、その程度で柄が壊れては話にはならない。
恐らく中国製ではないだろうか???

柄が駄目になったということはこの鋸全体を捨てることになるが、鋸の刃の部分は健在であるので、全部捨てざるを得ないのは資源や労力の無駄使いとなる。

日本では昔から『安物買いの銭失い』といわれて久しいが、品質粗悪の中国製品に関して言えば、銭を失うだけでなく、世界の資源の無駄使いを助長することになる。

主要国のエネルギー効率(2008年、石油換算供給トン/実質GDPドル) は、
日本 0.10、アメリカ 0.19、フランス 0.18、ドイツ 0.16、イタリア 0.14、英国 0.15、韓国 0.30、中国 0.75であり、中国のエネルギー効率は世界中の工業国家の中では極めて悪く、日本の7倍も悪い。

換言すれば、中国のエネルギー効率は日本の7倍も悪いので、同じ製品を作っても日本の7倍もエネルギーを浪費することになり、中国は世界のエネルギー資源を日本の7倍も浪費する極悪浪費国家だということになる。

粗悪品を量産する中国は、エネルギーだけでなく工業原料も浪費するので、世界中の工業原料資源を食い荒らす害虫=イナゴ=でもある。

中国のような低質な製品しか製造できない国家は、世界中の工業資源を大量消費するが故に、近代工業、近代産業を担う資格はないのである。中国が産業に深入りすればするほど世界中の資源は枯渇を加速させることになる。

粗悪品を低効率で大量に生産する中国は、世界中の資源を蚕食するのだ。
それだけではない、公害は垂れ流し放題であり、中国本土だけに留まらず近隣諸国まで公害を撒き散らしているのだ。韓国も下水処理を行わず海洋に不法投棄している公害輸出国家であるが・・・・

このような野蛮国家=中国=が曲がりなりにも世界相手に輸出できるようにした張本人は、中国に対して過去数十年間で6兆円にも上るODAや最新鋭製鉄技術などの無償技術移転を熱心に実施してきた日本である。

日本は中国の低エネルギー効率、粗悪品生産による資源浪費から生じる世界中の資源枯渇を大きく支援してきたことになる。これは世界に対する一種の罪悪ではないのか????

日本は、中国に対する過去数十年間で6兆円にも上るODAや最新鋭製鉄技術などの無償技術移転を実施すべきではなかった・・・・と思う。

日本は中国社会の低エネルギー効率改善、粗悪品生産による資源浪費から生じる世界中の資源枯渇を防止する目的の為に、中国の粗悪品輸出の根源となっている日本からの工業部品や生産機械の輸出を制限させるべきである。かってのココム規制のように・・・

劣悪なエネルギー効率を放置し、粗悪品製品乱造による世界中の資源枯渇を加速させ、公害の垂れ流しなどで地球の環境悪化を加速させるだけの中国は、近代工業国家としての良識を発揮できないこことが判明した現在、中国がこれ以上近代工業に従事することは、全世界にとって死活問題となる。

中国は基幹部品を製造する能力もないし、各種生産機械を製造する能力も無い、公害を克服する意欲も無いので、中国に対し、日本と先進諸国が基幹部品を提供せず、各種生産機械を提供しなければ、中国は世界の工場として粗悪製品を作り出すことは困難になるだろう。

課題を解決する実力の無い者(中国)に実力以上の技術・財を与えても、かえって害を生むばかりだ。

他人からの助力に頼ってばかりいては課題を独力で解決する力は、養えない。

何でもかんでも、未開発国家を助けるのはその国のためにならない。
冷たいようだが、未開発国家が独力で克己努力するのを先進国は見守るほかは無いのだ。
とはいえ、言うは易し実行は難しではあるが・・・・

外務省は中国へのODAが禁止されているにもかかわらず、迂回作戦でいまだ中国へのODAを続行しているとの情報もあるが、外務省のこの行為は売国奴そのものである。

中国から見れば日本は戦略的搾取関係といえるが、日本から見た中国は何ら得るところがない腐れ関係である(日本と中国は戦略的互恵関係にあるという文言は憤懣ものである)。

日本は中国との関係を一層 疎にすべきである。ヤクザやゴロツキと親密になることはない。世界の歴史が教える所は、『隣国は最悪の敵』が常識である。

“隣国と仲良くしましょう”“一衣帯水”は反日勢力の常套句であるが、隣国のヤクザやゴロツキと真面目に付き合うことのほうがおかしい。

閑話休題・・・

14時頃新しい眺望スポットを出発して綾ヶ峰に向かい、15時20分頃綾ヶ峰(615mピーク)に着いた。

此処では、木登り支援ステップを使って実際に木の天辺まで登って見て、追加のステップを付加したり、ロープによる固定を増やした。これでも安全上十分ではない。木登りに自信が無い人は登らないのが無難である。それでも登りたい場合はあくまで各自の自己責任の下でということになる。


この日この木の天辺からは、花尾山、桂木山、男山、タツヤ山、西鳳翻山、東鳳翻山、木戸山、龍門岳、物見ヶ岳、高羽岳、蕎麦ヶ岳、真田ヶ岳、大蔵岳、十種ヶ峰、高岳山、弟見山、莇ヶ岳、石ヶ岳、千石岳、四熊ヶ岳、金峰山、長野山、馬糞ヶ岳、烏帽子ヶ岳、大華山などが見えた。瀬戸内方面の眺めは大平山には遠く及ばないが、北方、西方では綾ヶ峰からの眺望がやや優れている感じがしたが・・・欲目か!!!???

帰宅して写真と地図をにらめっこして山座同定した所、鈴ノ大谷山らしき峰も見えたようだ。

以下に 
大平山 → 東鳳翻山 → 物見ヶ岳 → 蕎麦ヶ岳 → 大蔵岳 → 十種ヶ峰 → 高岳山 → 弟見山 → 莇ヶ岳 → 石ヶ岳 → 四熊ヶ岳 → 金峰山 → 長野山 → 烏帽子ヶ岳 → 大華山などの360度回転写真を連続してアップする。

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眺望に慣れれば更に多くの峰峰が見えるであろう。。。。

18時頃綾ヶ峰を出発し18時40分頃駐車した大平山山麓(農村公園)に着き、喉の渇きを我慢しながら20時前に無事帰着した。これからは350ccの飲料水2本以上が必要だと実感した。

天候に恵まれ素晴らしい風景に恵まれて有難かった。感謝、感謝、感謝。。。


<原発ゼロに固執する細川護熙は朝日新聞出身の反日・お馬鹿>

細川護熙は肥後細川家の第18代当主というネームバリュウーがあったせいか、せいぜい坊ちゃん政治家程度の認識しかなかったが、小泉純一郎と共闘して原発ゼロ運動に血道を上げ始めたので、人物や政治信条などを少しネットで調べて見た。

細川護熙は1993年8月15日に、日本武道館の「戦没者追悼式典」で日本首相として初めて「日本のアジアに対する加害責任」を表明する文言を挿入した辞を述べたのは、政治家としての勉強不足か、反日政治家としての面目を保つためだったのか???

この細川護熙を見習って以降、村山富市、小泉純一郎、鳩山由紀夫、管直人、野田佳彦らの歴代首相が「日本のアジアに対する加害責任」を表明したのはいただけない。元首相祖細川護熙のこの軽率な行為は極めて許し難いものがある。

細川護熙が反日政治家の本家である小沢一郎と手を結んで民主党結成に大きく働いたことは知らなかった。

佐川急便からの一億円受領疑念を晴らさないまま東京都知事選に出馬したのは、細川護熙がいかに普通の日本人とはかけ離れた破廉恥で厚顔無恥な人物であるかを自ら証明したことになった。この細川の破廉恥で厚顔無恥さは彼の出自(DNAの)如何を問わず、中国人や韓国人または左翼に相い通じるものを感じる。

原発以外の細川の政治的主張に関しては、
• 日韓併合は日本の武力によって強制されたものであると主張する。また、天皇がアメリカやヨーロッパ、中国や東南アジアを訪問しながら韓国のみ訪問しなかったことは順序を誤った判断であり、速やかに訪韓すべきだと主張した。
• 在日外国人参政権に関しては、納税者に選挙権が与えられていないことには問題があるとし、特に戦前・戦中に来日した韓国人の子孫には投票権を与えなければならないと主張した。
・ 2005年郵政解散直後のインタビューで、沈黙を破って時評を行い「私は議員在任中は中国との軋轢を避けるため一度も靖国参拝していない」「郵政解散は政治的空白を作る」「小泉君はアメリカのいいなりだ。私は決していいなりにはならなかった」などの批判を行う一方でリーダーシップそのものは評価するとも語った。

竹島については「歴史解釈が難しい部分なので、この問題を留保するしかない」と話した。

などがある。


日韓併合に関しては史実・事実と全く異なる発言をしており、無知というより左翼確信犯的な発言である。

在日外国人参政権に賛成している所は、創価学会=公明党=や反日左派政党と同じスタンスでありれっきとした反日勢力の証だ。

靖国参拝を拒否する理由として、「私は議員在任中は中国との軋轢を避けるため一度も靖国参拝していない」とあるが、野蛮国家/犯罪国家=中国=との軋轢を避けるという政治信条は、まさに反日・愚劣・阿呆というほかは無い。


いずれの言動、経歴からしても、細川護熙は、反日左翼政治家である上に、お馬鹿さんでもあることが判明した。

竹島の帰属を保留するとは、日本国民ではないような主張である。

このような反日丸出しの御仁が日本の首相になれたこと自体が、日本政治の極めて危険な現状を端的に物語っている。

そして、細川護煕は、朝鮮チャッサバル(伝統茶碗)に心酔して2年に一回ずつ慶南(キョンナム)の山清(サンチョン)を訪問して直接チャッサバルを焼いている。

細川護煕のDNAには韓国が混じっているか否かは不明だが、茶碗と政治思想はしっかり韓国・中国に大きく傾いている感じを強くした。

やはり、原発ゼロを謳う2人の元首相細川護煕と小泉純一郎は反日・馬鹿という狂通点があったのだ。
posted by ヤマおやじ at 20:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月01日

目に余る小泉・細川両氏の言動

<目に余る小泉・細川両氏の言動>

平成26年4月30日(水)
わたなべ りやうじらうのメル・マガジン「頂門の一針」3290号
〜〜〜〜〜〜〜内容〜〜〜〜〜〜〜
発送電分離、インフラに不安:橘川武郎
目に余る小泉・細川両氏の言動:櫻井よしこ
「知性と本能」と奇妙な集団的自衛権論議:西村真悟
「核」が日中開戦を抑止する(10):平井修一
中国で糖尿病患者が急増、30年で10倍:渡部亮次郎
話 の 福 袋 読 者 の 声 身 辺 雑 記
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
を読んで、

小泉純一郎、細川護煕両元首相が、脱原子力発電を目的とする一般社団法
人、「自然エネルギー推進会議」を設立する。5月7日、都内で設立総会を
行う・・・という情報を初めて知った。

昨年秋に小泉純一郎が脱原発運動を旗揚げし、今冬行われた東京都知事選挙で、小泉純一郎が細川護煕を口説き落として反原発を掲げる選挙戦に担ぎ出した経緯がある。

都知事選では細川護煕は負けたが、小泉純一郎、細川護煕両元首相は今度は一般社団法
人、「自然エネルギー推進会議」を設立するというのだから彼らの老執にはいささか驚きを隠せない。


ドイツが世界に先駆けてはじめた脱原発は、日本のマスコミは報道しないが・・・
@太陽光や風力という御天気任せな発電量変動を補完するための予備発電設備の追加設置が別途必要となる
A巨額な送電線網設置費用も必要となる
B高額な太陽光、風力発電買取価格
などによって頓挫しかかっている。

小泉が脱原発を主張する最大の問題点である核廃棄物処理問題もフランスでは現実的に解決されている。

小泉純一郎が血迷って騒ぎ立てる脱原発には、かって小泉純一郎が進めた郵政民営化の様な不純な動機が隠されていると思うのが順当な思考といえるであろう。

郵政民営化の隠された狙いは、300兆円といわれた郵貯の個人資産を米国債購入に充てるための米国の策謀であった。それまで郵貯は日本国債購入に充てられていたのだ。

米国は乱発する米国債の買い手がないと破産に追い込まれるほどの財政窮地にあるのは知る人ぞ知る事実である。

いまでも郵政民営化の隠された狙いを知らない国民にとって、中国の反対を無視して靖国神社に参拝した小泉純一郎は数少ない人気がある政治家となっている。

当時ヤマちゃんおやじも,中国の反対を無視して靖国神社に参拝した小泉純一郎に喝采を送った一人であった。

その後、いまから4年前に小泉純一郎が反対する自民党議員に対し刺客を放ってまで強引に進めた郵政民営化の隠された狙いを知った時点で小泉純一郎に対する信頼が失望・反感に変わった。

もともと小泉純一郎が女系天皇制度(事実上の現天皇制否定=中国の狙い=)をぶち上げた時点で、小泉純一郎がまともではないとうすうす気がついていたのだが、郵政民営化の隠された狙いを知った時点で小泉純一郎に対する評価は地に落ちた。

日本から中産階級をなくし、極少数のお金持ちと大多数の貧乏人からなる2極体制におとしめたのは、小泉が進めた派遣社員の適用拡大であったことも忘れてはならない。

結局小泉が中国の反対を無視して靖国神社に参拝したのは、鯛という郵政民営化を吊り上げるために国民に向けてまいた撒き餌であったのだ(橋下氏もこの手法を使っている感じがする・・・彼が提唱する道州制は日本国解体の狙いを感じる)。

結局小泉が行った政治は、すべて日本国民を欺くものであったことになる。
その小泉が今度は脱原発をぶち上げたのは、日本国民にとってろくなことではないことは容易に推論できる。

原発をゼロにすれば、民主党政権はヒタ隠しに隠したが、日本の電気料金は2倍以上に跳ね上がる。そうなれば、日本から製造業はなくなり大多数の日本人は職を失う。

原発をゼロにすれば、日本が独力で核兵器を所有する道が永久に閉ざされる。
原発をゼロにすれば、化石燃料を燃やす火力発電が増加し地球温暖化が加速する。

福島第一原発事故による放射能で亡くなった住民はゼロだ。日本では毎年3000人もが自動車交通事故で死亡しているが、だれも自動車事故を非難していない。あの最悪なチェリノブイリ原発大事故においてさえ原発事故による放射能で亡くなった人は80人程度だ。

日本が脱原発すれば、一体誰が喜ぶだろうか????

第一に中国である。北朝鮮、韓国も狂喜するだろう。核兵器で日本を恫喝すれば日本を簡単に支配できるからだ。
第二に米国である。日本が米国の核の傘の下にある限り米国は日本を意のままに操ることが出来るが、日本が独自に核兵器を保有すれば日本を意のままに支配できなくなるからだ。

ということは、小泉一派を裏で動かしている大元がわかるではないか。。。。

米国では国会(連邦)議員選挙に出馬するには父母の両系統で三世代にさかのぼって氏名、国籍、宗教を開示するのが絶対的な慣習となっているそうだ。

日本の国会議員には日本人以外のルーツを持つ者が少なくとも120人は存在するといわれている(小沢、管、土井、鳩山、・・・・)。多くは韓国系が日本人として日本人名を名乗っているので多くの国民にはわからないが・・・・

小泉純一郎はれっきとした日本人の名前の感じがするが果たしてどうか???

あれほど日本を駄目にする政治を行った人物のルーツを調べるのは無駄ではあるまい。

以下に
小泉純一郎の真実
出典;ジャーナリズム(旧)2010年7月28日 (水)
http://voicevoice.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-2bbd.html
を紹介する。ただし現時点でその内容の真偽を調べるまでに至っていないが、少なくとも情報としてネット上に存在していた。

小泉が何故日本人離れした言動を採ったかを説明できる部分があるような気がしている。

〜〜〜〜小泉純一郎の真実 転載開始〜〜〜〜〜
小◎元首相の真実 その1  ー父親は朝鮮人ー
小◎元首相の父 小◎純也は、朝鮮人です 

2007年度 辞書より転載
『小泉純也』 (小泉純一郎の父)

鹿児島県川辺郡東加世田村小湊字小松原(現・南さつま市)出身。
実父は在日朝鮮人。家が貧しかったため、小学校を出ると鹿児島市内に出て、山形屋百貨店の丁稚となり、夜は鹿児島実業に通った。代議士岩切茂雄の書生となって、日本大学法学部政治学科の夜学に通わせてもらい、1930年に卒業。岩切の紹介で立憲民政党の職員となり、当時民政党の幹事長を務めていた小泉又次郎のもとに出入りし、それが縁となり小泉家の家族と接するようになった。やがて小泉家に出入りするうちに又次郎の長女・芳江と恋仲になる。二人の恋愛に又次郎は反対だったが、純也と芳江は又次郎の反対を押し切り駆け落ち同然に家を出て、東京・青山の同潤会アパートで同棲。結局、又次郎のほうが折れて純也が代議士になれたら一緒になることを許すとして認めることになった。 

 娘、芳江が朝鮮人の純也とかけ落ちしたときの話
又次郎(小泉の母方祖父)は『帰って来い』と、新聞の尋ね人欄に広告までだしている(梅田功 『変革者 小泉家の3人の男たち』87頁)。
純也と芳江の結婚について、又次郎の養女だった近藤壽子は 

「本当に大変だったんです。 なにしろ駆け落ち同然の結婚でしたからね。 芳江さんはハンサム好みで、ハンサムな男性を見るとイチコロなんです。 又次郎さんはもっと立派なところから婿を欲しいと思っていたんでしょう、すごく反対して怒ってました。」

と述べている(佐野眞一著『小泉純一郎-血脈の王朝』148頁)。


小泉純也をよく知る人の本
歳川さんは、小泉首相の父親である純也氏が、1930年代に朝鮮総督府で事務官として働いたこともあったと述べた。純也氏は、総督府に勤務していた当時、小泉又次郎郵政長官と知り合いになり、その後小泉逓信(郵政)大臣の娘婿になって選挙区まで受け継いだ。

日本の小泉純一郎首相の父親で自民党所属の国会議員だった小泉純也氏(1969年死去)が1950年代末、在日朝鮮人の北朝鮮送還事業に中心的な役割を果たしていたことがわかった

小泉首相の父親のこのような過去は、2002年の小泉首相の訪朝以後、日本の会員制雑誌である『インサイドライン』の発行人、歳川隆雄さん(58)の追跡取材によって明らかになった。

歳川さんは20日、本社の記者に会い「小泉首相の父親が、在日朝鮮人の北朝鮮送還の中心人物だったことは、小泉首相にとって最大のタブー」とし、「靖国神社参拜にこだわる小泉首相の姿勢と一見、矛盾するかのように見えるが、日朝国交正常化にこだわっている理由も父親の政治的背景と決して無縁ではない」と主張した。

 歳川さんによると、在日朝鮮人帰国協力会は、共産党と社会党の影響力が強かった「日朝協会」の主導によって結成され、日朝協会の山口熊一会長、自民党の小泉純也議員、岩本信行議員の3人が代表委員を務めた。

以上が、父親のことです
--------------------
以下は、母方(小泉)の祖父のことです

小泉元首相の祖父です(母方の父親、小泉家です)

トビ職人の次男で、貧しかった。全身に刺青をしていた
その理由は、当時、とび職人は、裸で仕事をしていて、みんな刺青を全身のほって、ふんどし一丁で、仕事をしていた
ので、彼もあとつぐために、全身に刺青をしていた
それが、大臣までなり、いれずみのxx大臣 と呼ばれていたそうです

祖父小泉又次郎は武蔵国久良岐郡六浦荘村大道(現在の神奈川県横浜市金沢区大道)に「とび職人」由兵衛の二男として生まれた。由兵衛はのちに横須賀に移って、海軍に労務者、砲弾や石炭、食糧などを送り込む請負師となった。
又次郎は明治41年(1908年)衆議院議員に当選、浜口雄幸内閣、第2次若槻禮次郎内閣で逓信大臣を務めた。

神一行著『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』236 - 237頁に

 「さてその小泉の閨閥であるが名門といわれるほどのものではない。むしろ小泉の性格は三代続く政治家家系の血筋とみてよい。」 とある。
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小泉元首相が実施した政策は朝鮮よりのものが多かったのはそのためのようです。

韓国人へのピザ免除した
 
国民間に表れた悲惨なまでの『所得格差』なんぞには、ナ ンの痛痒も感じなかった

北に多額の送金の末、偽装破綻?した朝鮮銀行に1兆4000億円もの血税使って助けた

朝鮮総連の総会で祝辞述べた
金正日と面会
北朝鮮に食料など、多大の支援をした

写真
(民族研究の専門家より)
当然小泉さんが朝鮮系の人だというのは顔を見ればすぐ判ります。韓国にいるこちらの方も彼に遺伝子的にとても近いかも知れません。
続き その2、その3 その4 もお読みください

2010年7月28日 (水)
小◎元首相の真実 その2 ー経歴と醜聞ー
小◎元首相の父親は、鹿児島出身ですが、在日朝鮮人です
若いときは、朝鮮銀行、朝鮮の団体などで働いていました

小泉家に恋愛結婚で、母方の小泉家の父親(大臣)に、大反対をされ、駆け落ちをして、同棲をはじめ、やむをえず、結婚を認め、小泉家に婿養子に入ったのが、小泉元首相の父親です しかし、母方の大臣になった小泉の祖父も、父親がトビ職だった。
小泉家も、あまり家柄がよくないらしいです。

それに、小泉さんは、大学時代に女子大生を強姦し逮捕されたことがあり、父親が防衛長官だったので、もみ消しされた、結純一郎という名前で、大学にも行かず、遊んでいた。

そのときに、逮捕を免れるためか、松沢病院という精神病院に入れられました2ヶ月、精神分裂病ということで、そして頭を冷やすため、大学を休学してロンドンに留学させられた
父親が、死亡したので、支持者からロンドンからつれもどされ、地盤、かんばん、かばん、政治資金、支持者を引継ぎ、議員になった。

また、首相時代に、新橋芸者の愛人小半が、変死しました
小泉が、SMプレイをしていて死んでしまったようです
秘書の飯島が、うまく処理しました 自殺ということになったようです 
小泉は、自分の過去を隠すために、

小泉が首相のときに、それまで医学書では、
「精神分裂病」といっていた病名を、「統合失調症」という病名に変えた

さらに、「個人情報保護法」という法律もつくりました

国民に自分の過去の事実や出生、をわからなくさせ、自分の過去をもみ消しました
「個人情報保護法」と
病名の精神分裂病の呼び方変更
「統合失調症」は、
自分の保身のためにしたものです

また、首相のときに、イスラエル(ユダヤ)をたずねて、彼らの衣装をきて、お祈りをしています、

日本国民のためではなくて、アメリカ、ユダヤのために非常に貢献した人です。 
彼のやりかたは、朝鮮人のDNAです
それを、北朝鮮の金正日は知っています
だから、小泉と面会をしました 
小泉が韓国のビザを免除したり、北朝鮮に援助したり、朝鮮銀行に1.4兆円もの血税を投入して援助した

2010年7月28日 (水)
小◎元首相の真実 その3 ーいかに馬鹿かー
【週刊現代 2005/12/24号 巻頭記事】
タイトル: 栗本慎一郎「パンツをはいた純一郎」

「私たちが慶応に入学したのが'60年安保の翌年ですから、高校時代に反対闘争に加わって浪人した連中も多かったのですが、彼は社会運動には何の興味も持っていなかった。  でも、彼にはもちろんそんな根性もない。小泉は横須賀の自宅からしょぼしょぼ通ってきていました。

 彼とは2年間、同じクラスでした。というのも、彼は単位が足りなくて3年に上がれず、そのままロンドンに留学したからです。もっとも、私らは誰も気づきませんでした。クラス委員の私にも届けがなかったし、彼は2年の後半は大学に来ていなかったので、誰もいなくなったことに気づかなかったくらいです。一人寂しくロンドンに旅立ったわけです。」

 小泉首相が公表しているプロフィールでは、慶大卒業後、'67年にロンドン大学に留学となっている。栗本氏の証言が正しければ、'63年に留学したごとになる。同級生たちはみな'63年渡欧と思っている。今回、本誌は小泉事務所に事実関係の確認を求めたが、締め切り日までに回答はなかった。

 小泉首相はロンドン大で通常の単位を取得しておらず「留学」という経歴が詐称ではないかと国会で追及されたこともある。

小泉は通常の意味で、とにかく頭が悪かった。本当は頭がいいんだけど、成績が悪いといったパターンがありますが、彼の場合、ただわかんないだけ。 理解カゼロなんです。

 彼がいかに頭が悪いか。私が'95年に衆議院議員として自民党に入党したときに、一時期彼の『押し掛け家庭教師』をやったことがあります『金融市場をどうするのか』、『戦後の日本経済のなかで、現在はどういう位置にあるのか』、そういったことについて、すでに名の知れた若手リーダーなのにあまりにとんちんかんなので、教えてやろうということになったわけです。

 それで、最初は私がやったのですが、あまりにダメなので、懇意にしている別の有名教授に応援を頼んだ。先生と生徒があまり親しいとうまくいかないことがある。それを心配したのです。
 それで某教授を呼んで、
『ひょっとしたら総理になるかもしれない男なのに、こんなんじゃ困るから』
と依頼したのです。

 某教授も小泉がそんなバカとは知らないので、日本のためにと、やってきた。でも、講義は、まったく前に進まない。しかたがないから、私が司会のように横についた。『これは○○のことを話しているんだよ』と、解説した。家庭教師に司会が必要だったわけです。

 ところが、それでも話が進まない。私がそばにいるせいで格好つけているのかと思って、行きたくもないトイレに立って席を外してみました。しかし、戻ってきても進んでいない。結局、3時間ほどやって諦めました。

 後で某教授に『どうですか』と聞いたら、『ダメだねえ』と言って困ってました。 

そして彼がこう断じたのです。

『これがわからないとか、あれがわからないということじゃなくて、問題がわかっていない』
 
 小泉は採点のしようがないぐらいバカだというのが正しい評価です。

前首相の森喜朗さんも頭が悪そうですが、彼は、自分がわかっていないことがわかるようだ。だからぅ森のほうが少し上です。

なぜ郵政事業をこれほどまで犠牲を出しつつ民営化しなければならないか、何度小泉の演説を聴いても単純すぎてさっぱり理解できない。

民間のできることは全部民間でと言うのなら、道路公団についてなぜあんなに適当にやるのかわからない。

彼は郵政民営化について、中身はせいぜい5分しか話すことができないのです。
何十年とそればっかり考えてきて、5分しか話せないんですよ。これは問題でしょう。
 
ところが、テレビに出るときは5分で十分なんです。

発言が放映される時間は、せいぜい5分ですから。

しかし、議論はまったくできない。だから、突然の断行強行になってしまうのです。

私は、一、二度、彼と二人だけで新幹線に乗りました。東京から京都まで、あるいは大阪まで、隣に坐ったわけですが、あれほど退屈な時間はなかった。

彼はとにかく普通の話ができない。
議員同士の世間話をしても、前日の国会の話をしても10分で終わってしまう。 だからしょうがない。 二人とも寝るしかない。
 
 小泉の発言は明確だと言われますが、真相は長いことを喋れないから、話が短くて明確そうに聞こえるだけです。話がもたないから、すぐ結論を言ってしまうわけです。」

2010年7月28日 (水)
小◎元首相の真実 その4 ー小泉組と稲川会ー
小泉の家系は港湾請負業で 元ヤクザ。指定暴力団 稲川会の会長と昔から親しく、過去の小泉元首相のスキャンダルは、全部、稲川会の助けで、封じ込めた

マスコミ対策として、電通社員や、関係者に多額の金をくばり、
「やらせ」 の報道をしている。 
小泉をいいように報道し、反対議員を悪く報道する。
--------------------------------------------
小泉組(こいずみぐみ)

は明治から昭和のはじめまで、現在の神奈川県横須賀市で活動していた土木・港湾請負業であった。
元首相小泉純一郎の曽祖父・由兵衛が興した請負業者であり、港湾都市から勃興した近代的な =ヤクザ組織の代表格= としても知られている。

入れ墨を入れている者は軍人になることができなかった。
又次郎(小泉純一郎の祖父)が背中から二の腕、足首まで彫った入れ墨は、九門竜だったとも「水滸伝」の魯智深(ろちしん)、すなわち花和尚だったともいわれる

小泉は若い頃、ある記者から「おじいさんから政治の薫陶(くんとう)は受けましたか」と尋ねられ、
「いや花札しか教わらなかった」 と答えている

長年選挙対策本部長を務めた竹内清(前神奈川県議会議長)は、
暴力団稲川会の元組員であり、石井会長と非常に親しい関係にあった。
写真週刊誌『FRIDAY』(2004年6月25日号)は
「小泉首相の選挙経歴 - 選挙対策本部長が元暴力団」
というスクープ記事を掲載し、
この竹内清の証言を引き出している。

この竹内の力で、1969年時の選挙の時に注目を集めた小泉の女性問題に関する中傷はピタリと止み、1972年初当選を果たした。

竹内清はその後連続10回選挙対策本部長を務め、2001年に政治活動から引退しているが、
全12回のうち10回の選挙を竹内清が仕切り、
小泉と闇勢力との深い関係は、初当選から30年以上の長期にわたって続いている。

中国人や韓国人、台湾人等の観光客に対するビザ免除等を行った
2003年の時点で524万人であった訪日外国人旅行者数は2007年には834万人となり過去最高を記録した。

北朝鮮に訪朝し金正日総書記と正式会談。


=マスコミに金を払ってやらせ をやっている=
このタウンミーティングでは、謝礼金を使った やらせ質問の横行、電通社員へ日当10万円の払い、 エレベーター係へ一日数万の払い、などといった不透明な実態が明るみに出た。
コストは平均2000万円、全国一巡したことで 20億円弱もかかっていた。
(Wikipedia、他、より)

2010年7月28日 (水)
小◎元首相の真実 −その5− 「エロ魔王」と呼ばれていた
下ネタの話しかできない、小◎純一郎のようなのが、
総理になるのだから、あきれてしまう。
こういうエピソードがある
小◎総理が、イギリスのブレア首相との雑談で、
「私はかつてイギリス女性とおつきあいをしたことがあるが、(セックスの)相性はばっちりだった。実によかった!
すばらしかった!」
といって、イギリスを賞賛したつもりらしい、しかし、国際舞台で許されるべきジョークではない、ユーモアの本質を理解していない
彼の人格は破錠している
小泉の番記者が耳を疑ったことがある
小泉:「鳥はいいよな」
番記者:「どうしてですか?総理」
小泉:「いつでもやれるからだ。総理をやっているとたまるんだよ あれがね。
他にも、小泉は、
「疲れマラよろしくで、今日は、ピンピンだよ。ピンピン!」
「最近、また朝立ちするんだ」「オレ最近夢精しちゃうんだよね。しかも、それが、相当濃いんだよな。
「今日から、しばらくは右手が恋人だよな」 一人でにやにやすることがある
番記者は、小◎を密かに「エロ魔王」 と呼び、山崎拓と話が合うわけだ、と週刊誌が書いている
カナダで行われたサミットでは
シラク大統領と、ブッシュ大統領の前で
小泉:
「日本の家庭では、夫婦が別々に布団をしく、(セックス)終わったら自分の布団に戻って寝る
。それが、日本の文化なんです。」
と話したという。
小◎元首相が、学生時代に日本で、強姦事件を起こし、ほとぼりがさめるまで、
ロンドンに送られた
当時、パリにいて、日本人社会に熟知していて、小泉のことも知っている人物、
三井物産の総支配人をしていた小串正三氏は 2005年に、語った。
「小◎首相は、細かいことは実に熱心にやるが、大局的なことは考えない一種のオタク族の仲間で、
わが社では課長止まりの人ですから、そんなレベルの人に、首相をやらせるのは、、、」
と語った。
小泉は、新橋芸者の小半事件で、秘書の飯島が、全部、面倒を見て、証拠隠しをしたという、また、他にも、暴行事件を起こし秘書の飯島が、
処理したという、そのせいで、秘書の飯島には、頭が上がらないらしい。
また、学生時代の強姦事件と、学歴詐称事件があり、精神分裂病として松沢病院の入院歴など、議員になる前に、稲川会幹部の竹内清が、全部、マスコミ封じをしたので、
稲川会にも、頭が上がらない。「週刊 フライデー」で、選挙前にマスコミの口封じを全部、竹内たち、稲川会がやり、小泉を当選させた、と語った。
小泉の元秘書の話:
「小泉には、心を開いて話せる盟友やブレーンは、一人もいません。異常なほどの孤独癖に森(嘉郎元首相)も、今は、まったくサジを投げている。
その森に言われて、中川秀直前官房長官が小泉の子守役をやっていますが、東五反田の首相仮官邸に行っても、会話がほとんど続かないそうです。
ところが、信子さん(姉)が仮公邸に入って一日過ごすと、翌日は総理のご機嫌がとてもいい。」
「信子さんと小泉では比較するのが、失礼なほど、信子さんのほうが優秀です。自衛隊のイラク派遣を進言したのも、靖国神社参拝をすすめたのも信子さんです」
学歴詐称
小泉の選挙公報には、「慶応大学卒業後、ロンドン大学政治経済学部留学」 とあるが、
これは虚偽記載にあたる。
ロンドン大学には、政治経済学部はない。
また、小泉がロンドンに行ったのは、慶応大学の2年生のときであり、卒業はしていない。
同級生の栗本慎一郎氏の証言にもあるとおり、彼は、ほとんど、大学に来なくて、
2年のときに、いっしょだったが、単位が足りず、3年に進級できなかった。
そしたら、ロンドンにいってしまった、まったく目立たない、しょぼしょぼした横須賀から通ってくる学生だった。
そのあと、ロンドンで、数年、遊んでいたのか、数年してから、
ユニバーシティ カレッジ ロンドン の経済学部に1968-1969.6.20まで、1年足らず、聴講生の形で、遊学していたにすぎない。
しかし、単位は、まったく取れなかった。
小泉は、慶応大時代に地元の横須賀で、「慶応横須賀学生会」の会長を務めており、近所の倉庫をダンスホールに改造して
OLや女子学生を集めてダンスパーティを行っていた。
横須賀以外に「出張」するときは、結城純一郎と名乗りレイブを表す隠語として「やっつけようか」まで使っていた。
1967年4月に、小泉が女子学生をレイブし、警察に逮捕された
閣僚だった親が、事件をもみ消し、ほとぼりがさめるまで、ロンドンに送った。
この事件は、裁判になっているが、当時防衛大臣だった父親が、女性のほうには、慰謝料を支払い、謝罪し、、息子の小泉を、国外へ(イギリスへ)追放することで、
和解していた。イギリスへ行く前に、2か月ほど、松沢病院に入院、精神分裂病
藤原肇氏は、当時、パリの三井物産で資源開発の顧問の仕事をしていたところ、
ロンドンから来た人が、こんな話を彼にした。
「日本からきている留学生にとんでもないのがいる。慶応の学生だが日本で
婦女暴行で捕まり、そのほとぼりが冷めるまでこっちにいるというのだ。
なんでも、父親は、閣僚にいて警察には睨みが利いたらしい。それで事件をもみ消して、
息子をこっちによこしたというんだ。」
これが、小泉純一郎である。
小泉は、親が病死して、支持者たちから、ロンドンから呼び寄せられ、議員の選挙に立候補した。
いったい、いつ、慶応大学を卒業したかは、不明である。
また、彼の地元では、この強姦事件と、松沢病院のことが、噂になっていたので、また、松沢病院に精神分裂病で入院していたという話もある。
最初の選挙で、郵便局団体が、こんな男を政治家にしたら、大変だと、小泉を支持せず、他の候補者を支持した。
そのため、小泉は、僅差で、落選してしまった。
そのときに、小泉は、怒った。「俺の親が、郵政大臣をしていたんだぞ、それなのに、郵便局の団体は俺を支持しなかった。
」と。
これ以来、郵便局に対しての恨みがあり、郵政を、目のかたきに、することになる。
栗本慎一郎、櫻井よしこ、野中つとむ、中川秀直、森田実、森嘉郎、など、みなさん、同じようなことを言っていますね
「小泉狂乱」「さらば幕政」
「小泉純一郎と日本の病理」(藤原)「小泉純一郎ー血脈の王朝」(佐野)「無情の宰相・小泉純一郎」(松田)
この記事は 「小泉純一郎と日本の病理」、他より引用しました
関連記事
== 小◎元首相の真実 シリーズ==
その1 小◎の父は朝鮮人
http://voicevoice.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-2bbd.html
その2 経歴と醜聞  彼のつくった法律は自分のため
http://voicevoice.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-fc73.html
その3 いかに馬鹿か  栗本慎一郎氏
http://voicevoice.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-ca1a.html
その4 ー小泉組と稲川会ー
http://voicevoice.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-502c.html
その5小◎元首相の真実 −「エロ魔王」と呼ばれていた−
http://voicevoice.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-8dc9.html
〜〜〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜〜

3,40年前だと思うが、“自民党の若きエリート三羽カラスYKK”という文言がはやった。
マスコミが流したものだろう。

YKKとは、山崎、加藤、小泉であった。いまでは3人とも碌でもない政治家であったことがわかっている。



さ、て最後に本題の戻ろう。
櫻井よしこ氏による「目に余る小泉・細川両氏の言動」を転載する。

〜〜〜〜転載開始〜〜〜〜

目に余る小泉・細川両氏の言動 
<櫻井よしこ>

「廃炉に向けて前を見る地元」福島。

小泉純一郎、細川護煕両元首相が、脱原子力発電を目的とする一般社団法
人、「自然エネルギー推進会議」を設立する。5月7日、都内で設立総会を
行うそうだが、それに先立って福島の地元紙、「福島民友」が4月16日の1
面トップで同ニュースを大きく報じた。見出しは「知事選で脱原発候補支
援」「小泉、細川元首相が検討」「選挙構図に影響か」などとなっている。

福島県は2011年10月に県議会が福島県内の「全原発廃炉」を求める請願を
賛成多数で採択済みだ。請願には法的拘束力はないが、原発の運転再開に
ついては立地自治体の意向を尊重するのが政府の立場であるため、請願の
採択は大きな影響を及ぼす。つまり、福島県にとって脱原発か否かは一応
区切りのついている事柄なのだ。

問題はむしろ、県経済の大きな柱として雇用を提供してきた原発無しに、
これからどのようにして住民の暮らしを立てていくかである。その意味で
福島がこれからの数十年、廃炉に向けて技術を高め、世界のモデルとなる
完璧な作業を実施していくことで生活の目途を立てたいとしているのは周
知の通りだ。

廃炉には原発についての深い知識が必要なのは言うまでもない。そのため
に、高水準の知識と技術を有する専門家や職人を確保し続け、さらに後継
者も育成しなければならない。

原発運転によって生活してきた原発近隣の自治体が、廃炉に向けての技術
力によって暮らしを立てるべく方針転換したとはいえ、その実態は原子力
関連の技術を磨くという意味では全く変わらない。そう考えれば、決して
脱原発ではないのだ。小泉・細川両氏にそのことは理解できているだろうか。

地元で実感するのは、そこに住む人々、あるいは近い将来古里に戻りたい
という人々が、廃炉という大事業に前向きに取り組もうとしていること
だ。廃炉という言葉の響きは後ろ向きかもしれない。けれど、住民の心は
前向きである。むしろ、前向きになることによってしか、活路は見いだせ
ないことを自覚して皆が努力している。各地域を住民が安心して住める場
所へと作り替えていくことも、前向きの発想無しには実現は難しいだろう。

福島第一原発で働く東京電力の社員も同様に前向きである。彼らは一様に
こう語る──「われわれは地元が完全に再生するまで、絶対に逃げません」。

東電への世間の風当たりが強い中で、事故発生から今日に至る日々、社員
の多くが原発サイトでの仕事だけでなく、民家や道路の除染に無償で尽力
してきたことを、地元の人々であれば知っている。

そうした積み重ねがあればこそ、地元の人々と東電社員の間には、福島再
生という大目的に向かう立場から、相互理解が生まれ、一種の連帯感へと
深まりつつある。地元を訪れるたびに、私は、問題に果敢に取り組む現地
の人々と、そこで黙々と働く東電社員の姿に、心を打たれて戻ってくる。

その地元の人たちが今回の小泉・細川両氏の活動に大変、立腹している理
由も、私には分かる気がする。NPO法人ハッピーロードネットの代表、
西本由美子さんが語った。

「こんな展望のないスローガンで若い人たちを集めて、福島から反原発の
運動を広げようというのですか。小泉さんも細川さんも老害です。あの方
たちはご自分の名声で福島に反原発旋風を起こそうとしているのでしょう。

福島の沖縄化をもくろむということのように思えます。原発についてもう
方針を定めている福島で、あまりに政治的な反原発運動はかえって迷惑で
す。福島でイデオロギーのための政治闘争などしてほしくないと思います」

泉・細川両氏は代替エネルギーの見通しも示さずに脱原発を言い続け
る。首相まで務めた政治家であれば、無責任な言動は慎むのが本分である。

〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜

ヤマちゃんおやじの私見ではあるが『恥も外聞も臆せず蛮行に走る御仁のルーツは日本人ではないと疑う価値がある』。

福澤諭吉は脱亜入欧を説いた。
亜とは支邦(今の中国)と韓国・朝鮮である。
脱亜とは、日本は支邦(今の中国)と韓国・朝鮮には関わるな・・・ということをいう。

支邦(今の中国)と韓国は、例えば“嘘でも百回言えば真実となる”をモットーとする一種の野蛮国であり、日本がまともに相手をする国ではない。

天皇制を否定し、日本国旗や日本国歌に敬意を表せない人達の、肉体的ルーツ、霊的ルーツは外国由来であることに注意が必要である。

いやしくも日本の国政に参画する国会議員は、三世代にさかのぼるルーツ、宗教を明らかにすべきである。

小泉純一郎が個人情報保護法を作ったといわれているが、少なくとも日本の国政に参画する国会議員は、選挙出馬に際し自らの出自を両親の三代さかのぼって明確にすべきである。

また在日朝鮮人にだけ許されている通名も廃止すべきではないか。

多くのマスコミは、在日朝鮮人が犯した犯罪報道において通名で報道するので、あたかも日本人が凶悪犯罪を引き起こしたかのような誤った印象を与えるからだ。

この世に平等というものはない。この世に実体は千差万別だ。
この世に自由はあるのか???無い。。。
大多数の人は自分の感情すら自分で自由に制御できないのだ。

自由と平等を説くものは大嘘つきだ。
自由と平等を旗頭にしたフランス革命は、イルミナティの仕組んだ猿芝居だった。
イルミナティはパリでパンを買占めて民衆に渡らないようにした。
怒った民衆にイルミナティはけしかけた〜我々にパンをよこせ、自由と平等を勝ち取れ〜と。

足の速い人も居れば、足の遅い人もいる。
歌の上手い人も居れば、歌の下手な人もいる。
気の合う人も居れば、気の合わない人も居る。
・ ・・・
それが世の中だ。

何も無理して平等にすることこそ不自然だ!!!
posted by ヤマおやじ at 01:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする