ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2014年04月27日

大平山北方に、新しい眺望スポットがあった!!!

4月もあっというまに過ぎ去ろうとしている。
この一週間もいつの間にか過ぎ去った。

4月20日(日)、4月21日(月)は何をしたか忘れてしまった。

<4月22日(火)>

朝から小雨が降っていたので予定していた公園ボランティア活動は中止。

大学3年生の頃古本屋で買った『空飛ぶ円盤着陸せり』レスリー・スコット、ジョージ・アダムスキー共著)という本を読んだ。何回読んでも新鮮さを感じる!!!

カミサンが図書館で駐車中の車に、隣りに駐車していた老人男性が運転する車が接触し前部バンパーに傷がついた。傷をつけた老人男性が名乗り出て陳謝したのは、不幸中の幸いであった。

デイラーに連絡し修理を依頼した。まあ怪我人が出なかったのでよしとした。
代車はホンダフィット/ハイブリッドだった。

従来のガソリンエンジン車とは運転操作方法がかなり異なっていたので、説明を聞き再度実地に操作して途惑わないようにしておいた。


<4月23日(水)>

終日『空飛ぶ円盤着陸せり』を読んだ。

若い頃には、空飛ぶ円盤の飛行原理の解明と実験機の試作などという甘い夢を見ていたが、普通のサラリーマンを60歳で定年退職しその後も4年間アルバイトで働き、その後近くの中低山を這い回っている間に空飛ぶ円盤とは関わりない人生を送り、50年を経過した今日においても、空飛ぶ円盤に関する夢は殆ど実現していない。

今後 余生を空飛ぶ円盤に賭ける選択肢もあるが、現在の所 登山道整備のほうに興味があるのが事実でもある。

“いくら一人で頑張って見た所で、しかるべき時期(多数の地球人が我欲から解放される)が来ないと空飛ぶ円盤の秘密は決して入手できないだろう”・・・という思いもある。


<4月24日(木)>防府市大平山北方にある615m峰に登った。

615m峰が綾ヶ峰と呼ばれていたことが、1週間前に読んだ『山へgomenさん』のブログで判った。

大平山牧場から綾ヶ峰に至るルートには至る所で新芽が顔を出していたので、近い将来邪魔になりそうな新芽を鎌で刈り払って進んだ。

竹薮では猪が土を掘り返し筍を掘った形跡があり、筍の皮が残されていた。
どういうわけか、土からわずかに顔を出した筍が数本残されていたので、筍の周囲の土を登山靴で掘り返した後鎌で3本の筍を切り取り頂戴した。

綾ヶ峰からの眺望は地表では得られないが、高さ5m程度の木の上に上れば360度のパノラマが得られるのは、以前実際に登って見て知っていた。

大平山からの眺望は一級品であるのは間違いないが、欲を言えば北方〜北西方面の眺望が立木に遮られているのが残念であり唯一の泣き所でもある。

綾ヶ峰の立木の天辺からの眺望は、大平山からの眺望の泣き所を見事にカバーしている所が気に入っている。

しかし綾ヶ峰の立木の天辺に登るには危険が伴う。高さ5mからの木の天辺から落下すればタダではすまないだろう。

『あくまで自己責任において行動する』という登山の基本精神に則って木に登ることを前提にして、立木に人工物を付加することにした。

『この木に登る事によって生じた如何なる結果に対しても、木に登った本人が全責任を負う』ということであり、立木に付加した人工物の存在は責を一切問われない・・・ということとなる。

例を挙げれば、『登山者が設置されたロープを握ったことが原因で転落した場合、転落の全責任は設置されたロープを握った登山者にある』・・・これが登山における自己責任である。

基本形は立木の枝の股に材木を置きロープや針金で材木と枝を結束し足場としたものだ。

天辺の高さは地上から5m程度であろう。地上から天辺まで何回も登り降りして実地に試しながら、試行錯誤的に人工物を付加していった。17時頃大体の体裁が出来たので下山した。


<4月24日(金)>天然の水在庫ゼロとなり、周南市四熊の金名水を戴きに行った。

ホンダフィット/ハイブリッドの初運転は多少緊張したが問題なく済んだ。
この日も引き続き綾ヶ峰の立木への人工物付加を継続した。

材木を固定する二箇所の木の股の高さが、どうしても食い違う場合の便法を考えた。
材木の一方の端は一つ木の股に固定し、上から高さを調整したロープで吊り下げた円環に材木の他方の端を固定する方式である。この方式を昨夜思いついた。

この方式によって50cmもあった1つの段差間間隔を30cm程度に短縮することが可能になった。

自ら実地に登り下りしてみると、いろいろ不便な所が出て来る。心配な部分も次々に出て来るので一つ一つ対策を考え実施した。

ロープや材木の劣化により、どうせ2〜3月間も役に立てば御の字という代物ではあるが、付加した人工物が短期間で壊れるのは避けたい。

たとえ短期的であっても綾ヶ峰の地上高5mからの眺望が話題になり、公的機関による恒久施設の設置に繋がるか、または山頂付近の雑木が伐採されるのが一番の狙いであり、これが偽らざる本音である。

材木を固定した木の股が裂けるかもしれない。
材木を固定したロープが緩んだり、切れるかもしれない。
例えば体重が75kg以上の人が人工物の上に乗れば、材木は折れるかもしれない。

人工物の設置以降、材料の劣化や工法の劣化は必ず進行する。今回付加した人工物を使って立ち木に登り降りする場合は、個々の人工物の安全性を登る人自らが事前に確認した後、おもむろに使用することが求められる。

少しでも安全性に疑問がある場合には、立ち木に登る事を断念しなければならない。
また、人間の行動には必ずヒューマンエラーが付随する。足場となる材木を踏み外せば転落に繋がる・・・・
高所での行動に自信が無い人は当然登ってはいけない。


この日も綾ヶ峰への行き帰りには、将来邪魔になりそうな新芽、棘のある植物を刈り払った。


<4月24日(土)> 大平山北方に、新しい眺望スポットがあった!!!

この日は、かねてから暖めていた大平山〜望海山に至るコースの途中にある607mピークから南東〜東へ連なる尾根の端にある600mピークへの探訪を決行した。

地形図を眺めていると、この600mピークからの眺望が優れている予感があったからだ。

綾ヶ峰立ち木への人工物付加のための材料を購入後大平山牧場方面に向かい、今年1月に開削された林道と舗装道路が交差する三叉路付近の駐車場所に駐車し、本年4月19日に現地確認したルートから牧場境界線沿いに570mピークまで登り、大平山〜大谷山縦走路に入った。

ルート上に生えた雑木を刈り払うのが習性となり、かなり時間を掛けて進み12時過ぎに大きなワラビが多数生えていた607mピークに着いた。

昼食後607mピークから南南東方向の稜線を下ると新しい林道があり、20m程度林道を歩き再び稜線に乗り、東、東北東へすすみ600m級ピークを3つ通過していったん少し下り最後の600m級ピークに着いた。途中で要所要所に青いテープがあったので、先行者がいたことがわかった。

このピークの東側が明るく見えたので雑木の中を10m程度進むと、何と一挙に瀬戸内海方面の景色が飛び込んできた・・・・やはり最後の600m級ピークには好眺望があった。。。。

DSCF8062.JPG < 最後の600m級ピークからの眺望 >

周囲を良く見ると、視界を遮る雑木を刈りはらった古い痕跡が見つかった。
やはり先行者は訪れていたのだ。

立ち木があり眺望は100度程度の角度であり、黒髪島などが手をとるように見え、周南コンビナート周辺、四熊ヶ岳、嶽山、などなど望海山からの眺望に見劣りしない眺めであったのは、ヤマちゃんおやじにとっては嬉しい発見であった。


それにしても新しい林道は一体何処に繋がっているのだろうか???新しい疑問が湧き確かめたくなったが、先ずは綾ヶ峰立ち木への人工物付加が先決なので、15時過ぎに現場を後にした。

607mピークに戻る途中、大径の一本松を見つけた。比較的登りやすそうな枝振りであったので、機会を見て登りたくなった。この時試行錯誤の末に完成した「木登り用縄ハシゴ」を持参するつもりだ。。。

16時から1時間半、綾ヶ峰立ち木への人工物付加で気になる部分を追加したり補強したりした。

高さ4m付近の50cm段差の間に材木ステップ(吊輪式)を一つ増やした。

材木を渡した細い股が裂けても、材木のステップが落下しないようにロープ結束を6箇所追加した。

残りの作業は経年劣化が進無などが原因となり材木ステップを利用しての降下が不可能となった場合などに備えての、立ち木の上部から地上までの非常用ロープを設置することだ。

今までの購入資材費は7千円程度となったが、このロープ購入を加えれば9千円近くに達し、手持ちの材料費を加算すれば1万2千円程度になるであろう。

ガソリン代はおよそ6千円程度掛かった。。。

今回は、600m級ピークの好眺望を実見できたので大いに満足した。
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2014年04月21日

防府市鈴屋宇佐八幡宮のシャクナゲ祭りでシャクナゲを買う

<4月15日(火)>

午後から周南市の持ち山の境界確認に出向いた。

昨年に境界を確認したが一部不明な場所があったので、再度確認する必要があったからだ。なにせ父から境界を現地で教わったのが55年前であったので、全ての記憶が昨年思い出されたわけではなかった。

今回は事前に2万五千分の一の地形図を調べてから現地に出向いた。
大体の見当をつけて稜線から山麓へ下ったが、やはり記憶とは合致しなかった。

帰りに筍を探したが一本も見つからなかった。10日位後になると筍が顔を出すであろう。


2014年4月15日 火曜日 午後4:32From: "NPO法人百人の会"に、“バカンティ教授「小保方氏、ボストンに戻っておいで」”というメルマガ記事があり、帰宅後 興味深く読んだので、以下に転載する。

〜〜〜転載開始〜〜〜
心配されることがこんなに早く表面化するとは思はなかった。
また日本の頭脳が流出する。
理化学研究所は国益をどう考える。頭脳が流出したら野依の首では済まない。
バカタレ!        マスキ
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バカンティ教授「小保方氏、ボストンに戻っておいで」

朝日新聞デジタル 4月15日(火)11時55分配信

 STAP細胞論文の主要著者である米ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授が来日し、15日に京都市内で開かれている国際会議で講演したことがわかった。出席者によると、論文について「すでに画像の取り違えの訂正がなされており、結論には影響を与えない。STAP細胞は必ず存在する」と述べたという。

 バカンティ教授は理化学研究所の小保方(おぼかた)晴子ユニットリーダーの米留学時代の指導教官。論文への疑惑が指摘されて以降、直接の取材に応じておらず、国内で発言するのは初めて。この日は「世界気管支学会議・世界気管食道科学会議」に出席し、「再生医療と幹細胞」というテーマで講演した。会場は報道陣の入場が規制され、警備員が出入り口を固める異例の厳戒態勢が敷かれた。

 出席者の男性によると、バカンティ教授はスライドを使って講演。論文が不正と認定されたことについて、小保方氏の単純ミスだと主張。ホテルでパスワードキーを3回打ち間違えて入れなくなり、無理に頼んで入れてもらった、という例をあげ、同様のミスだと話したという。また、小保方氏に対し、「(大学のある)ボストンに戻っておいで」と呼びかけたという。朝日新聞社
〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜

チャールズ・バカンティ教授は、小保方晴子がハーバード大学へ留学した際の指導教員であり、小保方の博士論文の副査を務めた人物でもあり、小保方晴子氏らがネイチャー誌に投稿した論文の共同執筆者である点は考慮すべきである。・・・が、同じ共同執筆者であった山梨大学の若山照彦教授が当該論文の取り下げを提唱しているのと正反対に、チャールズ・バカンティ教授は、「データが誤りである証拠がない以上、撤回すべきだとは考えない」(3月14日)との声明を発表し、当該論文の取り下げに反対している。

もともと小保方晴子氏らがネイチャー誌に投稿したSTAP論文に対する批判は、本年3月11日正午ごろ、ツイッターの「論文捏造&研究不正」というアカウントが「剽窃(盗用)が認められた」と匿名で投稿して表面化した。

その日の毎日新聞の記事が火をつけたことで日本のマスコミ全体で大問題として連日とりあげられてきた。しかも4月20日午後の時点では、この批判の発端となった毎日新聞記事はネット上では削除されているのも、不審な現象である。


<4月16日(水)>

午後、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(CDB)の笹井芳樹副センター長による記者会見中継を視聴した。笹井芳樹副センター長は小保方晴子さんの上司でSTAP細胞論文の責任著者であった。

笹井氏はSTAP細胞研究に関与したのは主として論文作成段階だと言い、研究そのものは若山山梨大学教授と小保方晴子さんが担当したので、笹井氏は研究そのものにはあまり関わっていず、生のデータ、ノートなども見ていないと言った。

笹井氏は、小保方晴子氏らがネイチャー誌に投稿したSTAP論文は撤回すべきと思うが、STAP細胞と考えないと説明できないデータがあると言い、STAP細胞の存在を否定しなかった。

門外漢のヤマちゃんおやじには専門用語は全く理解できなかったが、この記者会見の目的は、笹井氏本人と所属する理研を弁護しながら、STAP細胞の存在をも弁護するものであった・・・という感触を受けた。

まあ〜〜〜〜匿名ブログに端を発し、何も知らない日本のマスコミが事を荒立て、これに驚いた理研が慌てて不正論文発表の罪を小保方晴子氏一人になすりつけようと画策したが、小保方晴子氏が予想外の反論記者会見を行ったので、事態を丸く収める役目で笹井氏が漸く登場した〜〜〜〜という所か????

“マスコミは皮相的情報を流すしか能が無く、物事の本質は何一つ伝えない/伝える能力がない”ことが今回も明らかになった。

3年前に発生した福島第一原発事故を報道したNHKの2人の原発担当記者は、事務屋さんであり科学技術の塊とも言われる原発に関しては素人に毛が生えた程度の皮相的経験知識しか持ち合わせていなかったのを忘れてはならない。

ましてNHKのアナウンサー/キャスターにいたっては、米国の飲料水の放射能安全基準が1000ベクレル/kgだということも知らずに、『福島第一原発から漏れた1700ベクレル/kgという極めて濃度の高い放射能汚染水』だと平気で誤った報道するほど、放射線の基本を知らないのである。民放のアナウンサー/キャスターも同様である。

通信社から送られてくるネタ情報をそのまま読み上げるだけの仕事は、日本語さえ読めれば馬鹿でもできる。

新聞、テレビなどのマスコミの本質は、『朝日新聞は赤(左翼)書いてヤクザが売る』といわれて久しいが、まあどのマスコミも大体同じようなものであろう。


科学者と呼ばれる学者/有名大学教授の発言に、『小保方晴子氏がSTAP細胞作成ノウハウを明示しなかったので、STAP細胞の存在を疑われても仕方が無い』というものが多かったが、仮に小保方晴子氏がSTAP細胞作成ノウハウを明示すれば開示したノウハウが第三者によって盗用されることを度外視した極めて小児的発言だと思う。この発言は、科学と技術との境界が無くなった現在において、知的所有権の帰属を考慮しない、馬鹿者の発言でしかない。この発言をそのまま報道するマスコミも大馬鹿でしかないが。。。。。


<4月17日(木)>
この日は、まず8時頃に周南市の持ち山に赴き、先日自信が無かった持ち山の境界確認に再度挑戦した。今回は山麓から稜線に向って急坂を登り、稜線から山麓からへ向かい、55年前の印象とマッチする大岩を通過する境界線に沿って歩くことが出来た。。。。

その後9時頃4月18日のヤマちゃん日記でお伝えしたように、弟見山にカタクリの花を見に出かけた。今回のカタクリの花は過去見かけたどのカタクリの花よりも壮観であった。

往路も復路もシャクナゲ尾根登山道を通った。通路には笹の若芽が芽吹いていたので、持参の枝カッターで出来る限り切断した登り降りした。

鹿野町大潮地区で『円山登山口』という新しい看板を国道315号脇(莇ヶ岳登山口入口より鹿野側方向へ約600mの所)に発見したので、15時45分から登り始め16時15分頃円山山頂(標高648m)に到着した。

山頂の登山ノートの最初の記入は平成25年12月であったので、その頃登山道が完成したものと思われる。山頂からの眺めは360度のパノラマで、結構いけた。下りは20分で済んだ。いままで円山の存在は知っていたが、登山道が整備されていなかったので登る機会が無かっただけだ。

本日の累計標高差は1013mでありかなり厳しかったが、よい運動になった。


<4月18日(金)>午後からささやかな自宅庭で成長し過ぎた庭木3本を地上1.5mを残しそれ以上の幹を切断した。

現在はヤマちゃんおやじが4m~5mの高さの庭木によじ登って枝の剪定をしているが、高齢化が進めば高所での選定作業は危険となるので、今から木の高さを低くしておくべきだ・・・・と言うカミサンの意見に賛同したからだ。

幹の太さは20cm程度もあり、高所3mもの枝に足を踏ん張って太い幹を鋸で切断する作業は、隣家への影響を考え高さ1m程度の細切れにして切断したので結構難しかった。太さは20cm程度の長さ1mの幹の重量が40kgもあり、下手をすると怪我をしかねないので細心の注意を払い無事に終えることができた。市が開催した林業初級講座へ2年間通った効果が役立ったようだ。


<4月19日(土)>
防府市鈴屋にある宇佐八幡宮でシャクナゲ祭りがあるとのニュースを聞いたので参拝にいった。
昨年4月下旬〜12月末に実施した莇ヶ岳シャクナゲ尾根登山道整備以来、シャクナゲへの関心が増した。

出来得れば、莇ヶ岳シャクナゲ尾根にシャクナゲを復活させたいという思いが今年冬ごろから湧いてきた。この夢は簡単ではないであろう。しかし挑戦する価値はあるということで、先ず自分の家の庭でシャクナゲを育て、分桔したあとでシャクナゲ尾根に移植する線で実行に移すことにした。

宇佐八幡宮入口では警察官が交通整理をしているのでいささか驚きながら境内の石段を登って行った。約800本もあるといわれるシャクナゲは丁度見頃を迎えていた。

主殿で参拝後、シャクナゲの鉢植えを2株買い、100円のゼンザイをシャクナゲを眺めながら食した。

DSCF8031.JPG <庭に植えた紅い石楠花>

DSCF8033.JPG <庭に植えた白い石楠花>

その後大平山へ回り、大平山北方周回コースの確認を行い、615mピークから望海山にいたる周回路をショートパスできる新たなルートを発見した。この登山道でも新芽が盛んに芽吹いていたので、手持ちの枝カッターで出来る限り多くの新芽を切断して行き来した。

615mピークでは高さ5mの木の天辺の登ると絶景が眺められた。この615mピークでは、この木に登らないと展望は全く無い!!!!

換言すれば、615mピーク(綾ヶ峰と呼ぶらしい)の高さ5mの木の天辺に登らないと、615mピークに赴く意味はない!!! いずれよりに安全に登れる工夫を施したい!!!

ヤマちゃんおやじがイメージする大平山北方周回コースとは、大平山〜望海山〜綾ヶ峰の標高600m級三峰周回であり、いずれの峰(綾ヶ峰では木の天辺に登る)からも展望が良く、歩く距離もたっぷりあるのが特徴だ。

バリエーションルートとして、大平山〜555mピーク〜堀溝林道〜綾ヶ峰〜大平山牧場〜望海山〜大平山牧場〜大平山駐車場もあり、堀溝林道を基点にして綾ヶ峰〜大平山牧場〜望海山〜大平山牧場〜堀溝林道なども考えられる。

いずれにしても、大平山北方周回コースでは、『綾ヶ峰で安全に容易に木の天辺に登れる事』がキーポイントと思う。

余り金を掛けずに、安全に容易に木の天辺に登れる工夫を色々考えている。。。。
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2014年04月18日

平成26年 弟見山カタクリの花ほぼ満開

<弟見山カタクリの花ほぼ満開>
先日の下見をもとに4月17日に再び弟見山にカタクリの花を見にでかけた所、
展望所〜弟見山山頂まで登山道の両脇では、ほぼ満開であった。

出会った12人はカタクリの花のオンパレードに皆感嘆していた様子。

広島から遠征してきた20歳台と思しき2人の山ガールにもであった。

速報として取り急ぎ、写真を添付しておきます。


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2014年04月14日

小保方晴子さんの記者会見の核心に迫る?!

<4月9日(水)>

午後1時から3時までネイチャー誌掲載STAP細胞論文で渦中の人=小保方晴子氏=記者会見テレビ中継を見た。

この記者会見は、本年4月1日理研(理化学研究所)が“ネイチャー誌掲載STAP細胞論文に関し小保方晴子氏執筆論文において捏造とデータ改竄(研究不正)が行われた”という調査結果を発表したことに対し、小保方晴子氏が理研の調査結果に対し不服を申し立てる目的で大阪のホテルで行われた。

この記者会見テレビ中継を見た印象を簡単に言えば、“地球が動く地動説を発表したガリレオがキリスト教の教える天道説に反するとして社会からは非難・迫害された事件”を思い出した。

2時間以上続いた記者会見の終盤で、小保方晴子氏は、“論文表現過程においては科学者として未熟な部分はあったが、STAP細胞は間違いなく存在する“と断言した。

この記者会見テレビ中継を見て、“本年4月1日理研(理化学研究所)が発表した小保方論文に研究不正があったという結論は、理研(理化学研究所)が大急ぎで無理矢理に小保方氏を悪者に仕立てた杜撰な結論だ”と思った。

その理由は、以下の4つである。
@理研側は小保方氏が書いた実験ノート5、6冊のなかで2冊しか調べていない。記者会見で小保方氏が書いた実験ノートは5、6冊あったと答えた。
A小保方氏が書いた実験ノートは第3者が容易に理解できる書式ではなく、小保方氏でないと理解できない部分が多くあった。
BSTAP細胞が発生した実験に関する説明を小保方氏から受けないまま理研側は調査結果を出した。
C理研側は疑義発生後小保方氏が外部と接触するのを禁止していた。
ということは理研は調査の前から“論文作成において小保方氏が研究不正を行った”という結論を念頭に置いていた・・・・ということだ。
Dネイチャー誌掲載STAP細胞論文の共同執筆者に小保方氏以外の理研所属研究員が存在するが、非難は小保方氏に集中している。

この記者会見において、朝日新聞記者と日経BP記者が常軌を逸する形で小保方氏を一方的に批判する宣伝を始めたが司会の弁護士に続行を中止させられたシーンも印象的であった。

この日の夜、翌日の朝、昼、夜のNHKニュースでは、
@“第3者機関が小保方氏と同じ方法でSTAP細胞の発生を確認したと小保方氏が証言したが具体名が明かされなかった”と報じ、あたかもSTAP細胞の存在に疑問を呈した。
A理研は小保方氏が書いた実験ノート2冊を元に研究不正を結論つけたが、実際には小保方氏が書いた実験ノートは5,6冊存在したと小保方氏が証言した事実を報道しなかった。
BNHKは“実験ノートは第三者が見ても容易に判る判るように書かれるべきである” 第三者が見ても容易に判るように書かれていない実験は不正があったと認定されても仕方が無い”という大学教授の言い分を執拗に報じていた。
C小保方氏が書いた論文に他人の論文からのコピペらしきものが存在した件に関し、“コピペを検出するソフトウエアが各大学で良く買われている”という些細な部分での報道に工夫をこらしていた。

質問を行った記者のなかには、外国の高名な新聞社の名前は殆ど聴かれなかったのも、不思議であった。

科学技術者が、自分の展開する説に合致しない実験データを除外して論文を書くのはこの世界では日常茶飯事であり、実験結果を尤もらしく見せる小技(例えば実験データを示すグラフの目盛りを対数目盛りで表現すれば的外れな実験データでも尤もらしく見える)を論文作成過程で駆使するのもこの世界では半ば常識である。なんで小保方氏の論文だけに対し、半ば常識化した科学技術者の尤もらしく見せるための便法使用を非難するのか????・・・・・絶対に裏の事情があるはずだ!!!!

他に気がついた所は、朝日新聞、NHK、日経BPという反日マスコミがこぞって小保方氏を非難している点だ。

以上を総合すれば、理研、朝日新聞、NHK、日経BPら反日マスコミが、生物学史上初めての快挙である小保方氏によるSTAP細胞作成に難癖をつけて非難している構図が見て取れる。

外国での実験でSTAP細胞作成が失敗したと報道されている。小保方氏は記者会見で、STAP細胞作成には一定の条件が必要となることを明言した。別の言葉で言えば、STAP細胞作成の為のノーハウ(企業秘密)があることになる。

STAP細胞は万能細胞の一種であり、再生医療の切り札になる可能性を秘めている。小保方氏がライフワークとして大事にしてきたSTAP細胞作成ノウハウを簡単に公表するであろうか。特許などの知的所有権が確立する前に、大事なノウハウを公表する馬鹿者はいない!!!

推察するに理研側は、理研が出した不正研究という結論に小保方氏が反論して記者会見することは全く予想していなかったのではないだろうか????

とすれば、小保方氏は芯が強いしっかりした女性だと思う。
小保方晴子氏頑張れ!!!!


<4月10日(木)>

朝8時過ぎから、楽天からニューヨークヤンキースに移籍した田中将大投手が登坂する米大リーグ野球中継テレビを観た。

案の定田中投手は3ラン本塁打を浴びたが4回以降は7回終了までゼロ封し敗戦投手にならずに済んだ。試合はニューヨークヤンキースの負けとなった。次回登板の結果で田中投手の真価が問われるのではないか???

午後は山菜採りに出かけた。ワラビはプロみたいな人が通過した跡がある場所では、1本も採れなかったが、ヤマちゃんおやじだけが知っている場所では、多少採取できた。

タラの芽は、高さ3m以上の枝にあるものは半分を採り、半分は資源温存のために取らずに残しておいた。

ワラビは里山の芝刈りが年々行われなくなり次第に藪化していく事が原因となって、収量は毎年低下する傾向にある。おそらく今後もこの傾向は続くだろう。
平地でのタラの芽採取はこれが最後で、以降は高地のタラの芽が採取の対象となる。


<4月11日(金)>

終日曇りという天気予報なので、標高600〜700mの高地にタラの芽採りに出かけた。
先ず4月6日に下見に行った場所を訪れた。タラの芽はかなり成長していたのでかなりの収穫となった。昼食後駐車位置に戻ったのが13時20分頃であったので、第二の高地タラの芽採り場所に向った。

15時30分頃採取地に着き早速採取を始めたが、先行者がかなり採取した形跡があり、高所のタラの芽だけが残っていた。こんな山深い場所でもタラの芽採取に訪れる同好の氏が居られたということだ。標高700mあたりから標高600mあたりまで下り、資源温存の為半分を残し採取した。ここは昨年も先行者がいた。

高地タラの芽採りは開始して3年目になるが、今年は意欲の高まりが薄れてきた感がある。
平地では新規ライバルが現れたにもかかわらずかなりの収穫があり、タラの芽を堪能したので高地まで訪れてタラの芽を採る意欲が湧かなかったのかもしれない。

高齢化による体力・気力の衰えかもしれない。
今までは自分だけ知っているタラの芽採取場所が数箇所あったお陰でマアマアの収穫があったが、今年は殆どの採取場所で新規競合者が現れた。よってタラの芽の収穫は今年をピークとして今後減少する可能性を否定できない。これも仕方が無いことかもしれない。。。

今年は高地タラの芽採りは2箇所を一日で済ませたので71歳の爺さんにとってはかなりの強行軍となった。やはり標高700mまで2回登り、傾斜地で上り下りを数十回繰り返すのだから体力の消耗も半端ではなかった。

4月12日(土)は一日中休養日に充てた。採取した高地タラの芽は、総体的に生育が進み大型となっており、天婦羅にして食したがやはり小形のものよりも多少味が落ちたように思えた。


<小保方晴子さんの記者会見の核心に迫る?!>

4月13日(日)は朝から雨が降ったので、溜まったメールの処理を行っていると、小保方氏の記者会見に関する興味深い意見を載せたブログ
ねずさんの独り言 http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2233.html#more
が見つかったので、以下に転載します。

〜〜〜〜転載開始〜〜〜〜
小保方晴子さんの記者会見が昨日行われ、そのことについて今日のワイドショー番組は話題がもちきりのようです。
けれども、肝心なことはまったく報道しようとしていないと思われるので、これについてひとこと書いておこうと思います。

そのいちばん肝心なことというのは、「STAP細胞が完成すれば、それは巨大な利権になる」という問題です。
STAP細胞というのは、いわば万能細胞です。
何にでも生まれ変わることができる。
ですから、たとえば肝ガンや胃ガンに犯され、その一部切除などをするという医療治療を施したとき、このSTAP細胞があれば、切り取った内蔵などを、まるごと再生することができる。

少し考えたら誰にでもわかることですが、これが実現すれば、まさに従来医療をひっくり返す、まったく新たな治療方法が確立するわけです。
そしてその根本となる細胞についての世界特許を持った人もしくは団体は、将来にいたるまで、数百兆円規模の巨額の利権を手に入れることができることなのです。

純粋な科学の話を、欲得の話にすり替えるなとお叱りをうけるかもしれません。
けれどSTAP細胞は、ただの細胞ではなくて、ものすごく大きな将来の経済的利益をもたらす細胞なのです。

小保方晴子さんが、STAP細胞の実験に成功し、その細胞を完成させます。
そして彼女が、そのことを論文にします。
ネイチャーに、理研のスタッフとして論文を掲載する場合、理研内部でも当然のことながら、実験結果に関しての検証と確信を持ってでなければ、そもそもネイチャーに論文など掲載させません。

ではその論文に、小保方さんがSTAP細胞を作るための手段方法の全部を載せるかといえば、答えはNOです。
これはあたりまえのことで、細胞を生み出すいわば美味しい料理のレシピを全部公開すれば、あっという間に真似されて、権利も利権も全部盗られてしまうわけです。
そして真似したものが何の苦もなく、将来のSTAP細胞による(数百兆円規模の)利権を得ることになります。
要するに小保方さんだけのレシピが、公開情報となることによって、誰にでもできるものになってしまう。

ですから論文はあくまで論文であって、作成方法は丸裸にはしないというのが最先端の科学技術分野では、あたりまえのことです。
実験成功と、公表の問題は、まったく別なのです。

一方、理研からすると、小保方晴子さんだけの技術では、理研の利権(だじゃれではありません)になりません。
難癖をつけて小保方さんを利権から放逐し、その実験結果と実験ノートを手に入れることができれば、STAP細胞に関する将来の利権は、すべて理研のものとなります。

あるいは小保方さんと一緒に実験をしていたという別な先生が、理研に協力するカタチでその仲間入りすれば、その先生も、将来利権にありつけるかもしれない。

とにかく数百兆円規模なのです。
この問題を度外視して、ただ「論文に嘘があったかなかったか」というだけの問題にすり替えが行われていること自体が、私からみると、きわめて疑わしく思えるのです。

小保方晴子さんの問題が最初に報道されたとき、それからしばらくして、支那の学者がSTAP細胞の生成に成功したというニュースが流れました。
ところがいつの間にか、この報道はウヤムヤになり、結局は実験に成功していなかったようだ、ということになりました。

まるでいつもの悪い冗談と同じですが、すこし考えたらわかることですけれども、小保方さんノートがあれば、他の学者でもSTAP細胞を作ることができるのです。
理研には2冊のノートの提出しかなく、これではSTAP細胞は生成できないから小保方さんは嘘を言っているという報道がありましたが、逆に小保方さんが全てのノートを提出していたら、小保方さんは丸裸です。
身を守る術はまったくなくなるし、それこそ下手をしたら殺されかねない。

もし、支那がそのデータノートを入手して、実験し、成功していれば、日本の小保方さんは、実験に嘘を言って放逐された人、支那の学者こそが実験を成功させた人となり、数百兆円の将来利権は、支那のものとなります。
彼らは、直後に「できました〜〜!」と声をあげましたが、その後、ウヤムヤにしています。
つまり、2冊の小保方ノートだけでは、彼らは実験に成功できなかったわかです。
もしこれが工作なら、工作は大失敗となったわけです。

要するに今、最大の焦点となっているのは、実験を成功させるための小保方ノートを手に入れることです。
そのために日本のメディアを使って、小保方さんを追いつめる。
追いつめられた小保方さんが、そのノートを公開すれば、実験は失敗だった、STAP細胞は小保方方法では生成できないと公式発表しておき、そのあとで、担当の学者を変えて(もとの小保方実験の方法そのもので)、STAP細胞生成に成功したと発表すれば、その利権は理研のものになるし、そのノートを入手した国があれば、その国が将来の巨額の利権を手に入れます。

そういう意味において、いまや小保方さんは、理研だけでなく、世界中のSTAP細胞利権を横取りしようとする人たちから狙われているわけです。
それに対して、彼女は、いまたったひとりで戦っている。

このことを、本来あるべき「国益」という視点から考えてみます。
これは実はわたしたちの生活にも関係する大きな問題だからです。

日本の学者が、あるいは組織が、STAP細胞の生成に成功し、将来の医療の大革命を実現し、そのための基礎となるSTAP細胞に関する特許権は、日本が持っているという状態を考えていただきたいのです。
世界中のどこかで、切除した人体のSTAP細胞による復元や、美容のためのお肌のSTAP細胞による再生なんてことが行われると、その都度、STAP細胞の開発特許者に特許料収入がはいります。

ということは、世界中で行われる手術やお肌再生ごとのお金が、日本にはいってくるのです。
その利益が日本国内に蓄積されれば、日本人全員の生活を、将来にわたって豊かにします。
それだけのインパクトが、このSTAP細胞実験にはあるわけです。

小保方さんご自身は、いわば科学者としての実験バカで、医療で困っている人たちのために、自分にできることを、一生懸命研究してきた方であろうと思います。
けれどその実験の成功は、あまりにも巨大な利権を孕むものです。
中規模の国家なら、年間の国家予算の何倍もの収益を生むのです。

そういう意味では、この問題は、今の段階では、「論文に嘘があったかなかったか」とか、美人の小保方さんが何々教授とできていたのではないかなどという興味本位の報道が云々など論外で、国が全力をあげて小保方さんを完全に保護し護らなければならないものと思います。

もしこれが米国で起きたことならば、少し考えたらわかることですが、ホワイトハウスが小保方さんを保護し、軍の実験施設内に専用のラボを移して、あらゆる国家予算を与えて小保方さんの実験を援護し、STAP細胞による軍事治療をまず実現し、自国内にその生成法と利権を完全に確立した後に、これを公表することでしょう。
それだけの値打ちのある実験なのです。
だって、戦闘によって外傷を負った兵士が、まるで元通り復活できるのです。

ところが日本の場合、これだけの大実験であっても、理化学研究所は特殊法人とはいえ、要するに民間任せです。
民間団体というのは、利益でどちらにでも寝返るものです。
特殊法人ですから、なるほど政府のお金で運営されていますが、お金が出されているということと、管理されているということは、まったく別な問題です。
そしてどんなに国益を損ねようと、儲かれば良いというのが、民間団体(法人)です。

それがわかっていても、政府はその民間団体の内部で起きた問題には、「理研の内規に従ってご対応いただくしかありませんな」というコメントの発表くらいしかできないでいます。
これが戦後の日本国政府の体たらくです。

日本は、個人主義ではなく、集団性を重んじる和と、結いの国です。
小保方さんの問題は、単に小保方さん個人の問題ではなく、日本の国益の問題、すなわち、わたしたち国民ひとりひとりの問題です。

私は、むしろ小保方さんを、いまは国家の力によって完全に保護し、彼女の実験をささえて、将来の国のために、そして世界中の困っている人のためのお役に立てるようすること。
それこそが、いま、いちばん必要で、求められていることと思います。

その結果、小保方さんの実験が不成功に終わったのだとしても、それはそれで科学技術の最先端の世界では、いたしかたないことにすぎません。
むしろ、あらゆる万難を差し置いて、実験を成功させ、その結果を世界の多くの人に役立てることの方が、何百倍も何千倍も必要なことです。

ちなみに、ちょうどいま、「小保方さんが実験ノートを全部提出していない」という話をテレビでやっています。
「バカなことを言わないでいただきたい」と思います。
出せるわけがないです。
なぜなら、それを出した瞬間、小保方さんの実験成功の利権を狙う者たちからしれみれば、小保方さんの存在価値も、小保方さんの実験のためのこれまでの努力も、全部なくなるだけでなく、小保方さんの身の安全さえも保証されなくなるのです。
ノートなど、肝心のところは出さないのがあたりまです。

国は小保方晴子さんを護れ!
国益を考えれば、それがいちばん大切なことと思います。

ちなみに私には、小保方さんの研究が成功していたのか、そうでなかったのかはわかりません。
おそらくこれをお読みの誰にも、そのようなことはわからないと思います。
けれど、大切なことは、その研究が、世の中に、人類全部のために、「必要なことである」という現実だと思います。

たとえ毛筋一本でも、そのSTAP細胞に可能性があるのなら、そのためにどれだけの経費をつぎ込んでも、惜しくはない。
それだけの値打ちのある研究であると思います。

逆にやってはいけないことは、今の段階で、その研究者をつぶしてしまうこと。
そしてもし、日本がこの問題でSTAP細胞の開発研究を滞らせば、日本は巨額の国益を損ねる結果となる、ということです。
最先端の研究というのは、そういうものだと思います。

私は、小保方晴子さんを、信じて応援していきたいと思います。
〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜


若し上記ブログの内容通りであれば、理研はとんでもない悪事を企てていたこととなる。

日本の馬鹿マスコミ共は、理研が企てたとんでもない悪事の片棒を担ぎ、小保方晴子さんが強い信念と粘り強い努力によって折角発見した世界初の貴重な成果= STAP細胞=を無効にするのに一役買っていることになる。

STAP細胞論文騒ぎに朝日新聞や日経が理研側として絡んでいるので、ヒヨットすると米国も絡んでいる可能性も否定できない。なぜなら朝日新聞も日経も米国の宣伝機関のようなものであるからだ。

ヤマちゃんおやじが未だ現役の頃、日経の発行する月刊誌で“米国の大手流通企業ウオルマートでの平均的週給は400ドル程度(月給換算20万円前後)だ”という記事を読み、”日本で非正規社員、契約社員を増加させて労務費を下げるのは尤もだ“という認識に切り替えた経緯があった。

7,8年後で判ったのは、ウオルマートは米国では給与が安いことで有名な企業であったということであった。換言すれば、日経の発行する月刊誌は、嘘は言っていないが“ウオルマートが米国では給与が安いことで有名な企業である”ことを隠し、あたかも日本の会社員の給与水準は米国の2倍もあるという誤った印象を読者に植え付け、“日本での非正規社員、契約社員を増加やむなし”という世論誘導を日経が行ったということだ。

日本における非正規社員、派遣社員の大幅増加は、米国政府からの強い要請により、小泉内閣が実現したものである。米国政府からの強い要請の裏にはイルミナティの指令があったことは殆ど知られていない。いずれにしても日経は、米国政府が日本政府に強要した“非正規社員、派遣社員の大幅増加”が国民に受け入れ易いようにお膳立てしたことになる。

また日経は、日本企業の中国進出を煽ったことでも有名である。日本企業の中国進出は米国政府の強く意図した所でもあった事をあわせて考慮すれば、日経は米国の宣伝機関だということがわかる。

朝日新聞は表面上は中国の犬のように見えるが、実際は米国の手先であることは、朝日新聞が米外交問題評議会(CFR)が主催する会議に出席していることではっきりしている。

米外交問題評議会(CFR)はイルミナティの主要意思決定機関の一つであるからだ。
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2014年04月09日

平成26年弟見山カタクリの開花状況下見

<平成26年弟見山カタクリの開花状況下見>

4月7日(月)天然水在庫がなくなり美祢市別府弁天の池に補給に行った帰りに、弟見山カタクリの開花状況の下見にいった。昨年はカタクリの開花最盛期を10日余り過ぎて訪れたからだ。。。。

前回行ったシャクナゲ尾根・谷コースに湿地対策の確認も兼ねて、谷コースから登った。
また、シャクナゲ尾根の謂れともなったシャクナゲが今でも存在するか否かも今回の山歩きの目的の一つとした。

沢山のアザミが芽を出していた。このアザミは放置しておくと夏には1m近くまで成長し、棘が通行者に刺さる惧れがあるので、若芽のうちから出来る限り根の部分を刈り取りながら進んだ。

今まで雑草の中に埋もれていた野生化したワサビも数株みつかったのは嬉しい。

鞍部直前の稲妻型通路にスポーツ飲料ボトルが落ちていた所を見ると、前回以来誰かが谷コース通過したことになる。

湿地対策は万全ではないが、さほど通行の邪魔になるものではなくなっていた。
次は問題は夏から秋に掛けての雑草繁茂対策だろう。まあ昨年同様やるしかない!!!

コースの藪化を案じるあまり、つい笹切断動作が習い性となり、本来のシャクナゲ探しがどうしても手薄になったので苦笑する場面もあった。

結局弟見山への縦走路合流点までにシャクナゲを発見できなかった。
今回は莇ヶ岳へ立ち寄らず直ちに弟見山へ向った。

1人分の新しい踏み跡があった。昨日通過したのかもしれない。
先日降った雪でルートの一部には笹が被さっていたが通行にはさほど影響が無かった。

昨年は刈り払われていた弟見山展望所直前のルートでは笹が刈られていなかったので、今年のカタクリの花は駄目か!と半ば失望しながら展望所に着いた。ところが・・・・

笹が刈り払われた展望所のあちこちには、カタクリの新芽が顔を出しており、中には今にも開花しそうな蕾をつけていた株もあった。

DSCF8011.JPG <カタクリの新芽>

DSCF8013.JPG <開花を待つ蕾>

DSCF8016.JPG <開花寸前の蕾>


さらに展望所から弟見山までのルート約200mでは笹が綺麗に刈り取られており、多数のカタクリの新芽が見られ、蕾をつけた株だけでも恐らく100個程度はあった。弟見山山頂から仏峠へ向う道も20m程度笹が刈り払われておりここでもかなりの新芽が見られた。

数えたわけではないが、恐らくカタクリの新芽の数は千のオーダーに達するであろう。

とすれば開花期では、双耳峰である弟見山の山頂一体長さ200mで非常に多数のカタクリの花が見られるということになる。

カタクリの花のために笹を刈り払われたのは、恐らく周南愛山会の方々ではないか・・・と推察する。

5,6年前までは弟見山の山頂付近では登山道の両側は笹で覆われており、カタクリの花を見た記憶は無い。3、4年前頃と思うが展望所の手前50〜60mで通路の両側の笹が刈り払われ、カタクリの花数十輪を始めてみた。2年前には同じ場所に300〜400株程度を見た記憶がある。昨年は弟見山の山頂一体長さ300mで通路の両側の笹を刈り払われ、最盛期を過ぎた5月上旬であったが相当数のカタクリの花とカメラを持った数人の訪問者が見られた。

笹は繁殖力が強く笹がいったんはびこると笹が日光を遮断するので他の植物は育たない。

笹は雑草と同じで役には立たないだけでなく、繁殖力が強く繁茂して他の有用な植物を駆逐するという意味では有害植物だ。

弟見山の山頂付近で多数のカタクリの花が見られるようになったのは、周南愛山会の方々が嫌われ者の笹を刈り払われたからである。

嫌われ者の笹を刈り払われた周南愛山会の方々に感謝したい。
嫌われ者の中国人や朝鮮人をわさわさ日本に移民させることはない1!!

帰路に気がついたのは、標高1030m位までは笹の中にもカタクリの新芽が見られた事だ。
時間の関係で代表選手として一箇所だけ笹を刈り払っておいた。

今回の山行では、“名残雪の隣でカタクリが新芽を出している”という貴重な光景を目の当たりに見させていただいた。

復路では弟見山展望所から縦走路〜シャクナゲ尾根・谷コースを通り1時間40分程度で林道屋敷線へ到達した。


<地福富士の謂れ>

315号線ループから南西方面に見える端正な峰の山名が判らないまま1年が過ぎた。過去何回も地図で探したが自信が持てないでいた。今回は2箇所で夕日が沈む方角と山の角度を運転しながら判ったので、帰宅後地図で調べたらかなり自信を持って津々良ヶ岳(標高733m)だと判った。

津々良ヶ岳は別名地福富士といわれている。いままで国道489号地福下あたりから津々良ヶ岳をみていたが、どう贔屓目に見ても地福富士と呼べるシルエットではなかった。

しかし、徳地町柚木や鹿野地から見る津々良ヶ岳は富士山のような優雅なシルエットを作り出していたことが今回漸く判った。津々良ヶ岳が地福富士と呼ばれる由縁は、徳地町柚木や鹿野地から見た津々良ヶ岳の山容に起因するのではないだろうか。。。。。


<反日マスコミが伝えないニュース>
<中国人民元暴落気配に金融危機の警戒感強まる>

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成26(2014)年4月9日(水曜日)通巻第4201号から引用する。

〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
中国人民元暴落気配に金融危機の警戒感強まる
    不良債権の爆発はベアスターンズの二の舞になる恐れ
****************************************

 人民元は暴落気配濃厚、いよいよ中国経済の本格的危機が迫った。米国が静かに警告を発していると英紙フィナンシャルタイムズ(4月9日)も伝えた。

 同紙中国語版に拠れば(同4月9日付け)、「中国は全面的な金融危機に襲われる懸念が強まったという観測が投資家の間に広がっており、それは何時、いかなる形態で惹起されるのかが議論の的」だという。
もはや中国が金融危機を回避できるか、どうかは議論されていない。

 危機の根源に横たわる問題はシャドーバンキングの債務問題と不動産の連鎖暴落が複雑に絡むが、通貨発行量、預金準備率、外貨準備、そして為替レートの問題が密着的に輻輳しあい、09年のリーマンショック以来の世界的規模の金融危機を惹起することが予想される。

 企業収益が低下している状況に人民元の為替レートは、むしろ高く、これが企業収益をさらに圧迫しているため、企業の借金比率は15-25%増加していると「ランバート・ストリート・リサーチ」が算定している。

 2010年から2013年末までに中国の通貨供給は倍加したが、その一方で、対ドルレートは10−15%ほど強くなった。人民元が高くなれば輸入産業はともかくとして輸出依存の経済だから経済全体が脅かされる。
そのうえ通貨が強くなれば、国内消費は進むはずなのに、物価上昇よりも不動産価格が暴騰し、投資というより投機色が強いため実質的に中国企業の銀行からの借り入れ額が膨張し、個人の借金もかさんだことは明らかである。

 「BISの算定で国際債務証券は2730億ドル(28兆円弱)、中国が公表した数字の四倍以上に及び、まるで『リーマンショック前夜のベアスターンズ的状況だ』と関係者は懸念を広げている」(フィナンシャルタイムズ中国語版より要訳)。


 ▲ベアスターンズ的危機とは何か?

 ここでいう「ベアスターンズ的危機状況」という意味は以下の通り。
2007年、かねて危機的経営状況に陥ったベアスターズは二つのファンドが債務不履行に陥り、08年三月、JPモルガン・チェースによって救済合併された。そして09年9月のリーマンショックへと至るまでに一年の歳月が綱渡りだったが、米国は金融危機の延命を図っただけで、かえって被害は大きくなった。

中国の状況は、このときに酷似していると最初に警告を発したのは2014年三月、BOA(バンク・オブ・アメリカ)とメリルリンチのエコノミストらで、3月5日にブルームバーグが報道している。
したがって前掲FT中国語版の分析は、これら米系金融機関エコノミスト予測の追認記事でしかないが、中国の投資家向けの同紙がいよいよの警告を発したことになる。
           
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

<政府自民党が検討開始した20万人の外国人受け入れ計画は極めて危険>

笹原をみるたびに支邦人を連想する。支邦人がいったん移民先で蔓延ると在来人種・在来文化を駆逐してしまう。支邦人と朝鮮人は世界中で最も嫌われている。仮に日本に支邦人と朝鮮人の大量移住を許せば、早晩日本人は駆逐されるであろう。

しかし政府自民党はは、少子高齢化対策として20万人の外国人受け入れを検討中だといわれている。

今世界中の先進国で移民受け入れへの反省が盛んである。労働力不足を補う目的で移民を積極的に受け入れてきた先進国が”一定多数の移民によって自国の文化が破壊される”という悪弊に漸く気がついたのだ。

政府自民党が時代遅れの移民受け入れに力を入れるのは、時代錯誤もはなはだしい。

おそらく、支邦人と朝鮮人の日本移民を正当化する狙いが隠されている可能性を否定できない。
そうだとすれば、これは日本人・日本文化抹殺計画に他ならない!!!

ヤマちゃんおやじは、政府自民党にも相当数の反日勢力が存在すると感じている、いや確信している。
中国のスパイを務める日本人だけでも少なくとも3万人居るといわれている。
中国のスパイを務めるのは雑魚ではない。やはりスパイとして中国が目をつけるのは、政府高官であり実力政治家であろう。

posted by ヤマおやじ at 18:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月08日

無恥の捏造屋「朝日新聞」

<4月6日(日)>

『午前中は荒れ模様だが午後は回復する』という天気予報を信じて、高地タラの芽の状況チェックに出かけた。場所は山口市某所としておく。

出発時には薄日がさしていたが、途中から雨が土砂降りとなり、ローソンに駆け込み様子を見ることにした。5分もするとまた薄日が射しはじめた・・・やはり荒れた天気であった。

10時頃駐車場着。『この歳になると寄ってくるのはカラスかトンビくらいじゃ』という年配の叔母さんが とんび に餌をやっていた。

荒れた天気なのでレインウエア上下を着て歩き始めたが、5分もすると案の定雨が降り出した。50分程度歩いた時点で雨は雪に変わったが、目的地のすぐ近くまで来たのでそのまま進んだ。標高600m辺りからタラの木が増えてくる。

やはり今年は寒かったので大多数のタラの芽は小さく堅く、妥当な採取時期は7日〜10日先になる感触であった。

それでも個体差か立地条件の差か知らないが、採れ頃のものが結構あった。
それにしても、タラの芽採りを始めてから9年経つが雪の中のタラの芽採りは初めてだ。
DSCF7993.JPG <雪の中のタラの芽採り>

標高700m辺りの峠を越えると北側に見える峰々は真っ白であった。この時期で雪を被った峰々を見たのは、ここ10年で初めてだ。
DSCF7999(1).JPG <真っ白な峰々>

12時頃ムスビ2個の昼食を済ませ林道を北東に1km程度進み、めったに見られない雪を被った峰々を鑑賞した。往路を引き返し駐車場所に14時過ぎに着いた。

このまま帰るのはもったいないので、登山口から1時間程度で登れる山として鷹羽ヶ岳(標高761m)を選び、国道9号線にでて大規模林道からに登ることにした。

大規模林道は土砂崩れのため通行止めになっていたが、登山口までは進入可能かもしれないと思い進入した所、峠手前の登山口までは問題なく進入できたので駐車し、15時頃から歩き始めた。

通行の邪魔になりそうな木を枝カッターで切りながら進んだ。
通路の真ん中に笹が生え始めていたので、藪化しないように出来るだけ笹を刈り取りながらの登山となった。

585mピークを過ぎると雪道となり滑りやすいので急坂では木を掴みながら上った。
687mピーク付近では笹が雪の重さで倒れ通行スピードが大幅にダウンしたが、笹の下には踏み後がしっかりついているので迷うことは無かった。


無雪期ならば1時間も歩けば山頂近くまで行けるはずだが、邪魔な枝や道の真ん中に生えた笹を切断しながら滑りやすい雪道を登り雪を被った笹に時間をとられために、16時になっても山頂は彼方に見えたので、途中から引き返すこととした。

戻り道では、進行方向の北方に真っ白な雪を被った三つヶ峰、弟見山方面などが眺められたのは望外のプレゼントであった。17時過ぎに転ぶことなく登山口に到着(ヤレヤレ)。自宅まで車では暖房の掛けっぱなしだった。

この寒さなら他の2箇所の高地タラの芽の採取時期は7日〜10日後ではないだろうか。
年をとったせいか今年は、高地タラの芽の採取には昨年までほど熱意が沸かなくなった。
今年は平地での5回の採取でかなり取れたので意欲が下がったのかもしれないが、体力・気力が低下したのかもしれない・・・・

まあ、採取時期の下見ではあったが、@かなりのタラの芽が取れた事とA雪を被った春先の峰々を望見できた;という望外の収穫があったのはあり難い。感謝、感謝、感謝。。。
DSCF8009.JPG <採れたタラの芽30個>

<無恥の捏造屋「朝日新聞」>

本ブログを開始した2007年以来、朝日新聞の破廉恥な反日捏造記事の度重なる掲載には、腸が煮えくり返るくらい憤りを感じ、その具体例を度々掲載してきた。

2014(平成26)年4月7日(月)のわたなべ りやうじらうのメ ル・マガジン「頂門の一針」3269号 に“ 無恥の捏造屋「朝日新聞」(上):平井修一”が掲載されており、最近稀に見るほど興味深く拝読したので以下に転載する。

〜〜〜〜転載開始〜〜〜〜
━━━━━━━━━━━━━━━
無恥の捏造屋「朝日新聞」(上)
━━━━━━━━━━━━━━━

    情報収録:平井 修一

吉川正司・元都城歩兵第23連隊中隊長が「朝日新聞との闘い・われらの場
合 都城23連隊の戦史を汚すことは断じて許さぬ」を書いている(「文藝
春秋」昭和62・1987年5月号)。

27年前の記事で、朝日は忘れたいだろうが、ネットのおかげで我々はしっ
かり朝日の汚い手口を知ることができるのは幸いだ。怒りを新たにして朝
日殲滅、日本再興へ励もう。以下、転載する。(長いが同志諸君、日本の
名誉、皇軍の名誉がかかっている。どうぞ踏ん張って読んでくれ!)
            ・・・

昭和59(1984)年8月4日、朝日新聞夕刊に5段抜きの大見出しが躍った。

「日記と写真もあった南京大虐殺、悲惨さ写した3枚、宮崎の元兵士後悔
の念をつづる」と題されたこの記事は、翌5日朝刊の全国版にも掲載さ
れ、一大センセーションを巻き起こす。

思えばこれが、朝日新聞との2年5ヶ月におよぶ闘いの幕開けだった。

その記事によれば、宮崎県東臼杵郡北郷村の農家から、南京に入城した都
城23連隊の元上等兵が所持していた、「虐殺に直接携わり、苦しむ真情を
つづった日記と、惨殺された中国人と見られる男性や女性の生首が転がっ
ているなどの写真3枚が見つかった」というのである。

惨殺写真もさることながら、日記の内容は衝撃的だった。

昭和12(1937)年12月12日の南京入城から3日後の15日に、こういう記述
がある、と記事は言うのだ。(カッコ内は朝日の註)

「今日逃げ場を失ったチャンコロ(中国人の蔑称)約2千人ゾロゾロ白旗
を掲げて降参する一隊に出会う。・・・処置なきままに、それぞれ色々な
方法で殺して仕舞ったらしい。近ごろ徒然なるままに罪も無い支那人を捕
まえて来ては生きたまま土葬にしたり、火の中に突き込んだり木片でたた
き殺したり、全く支那兵も顔負けするような惨殺を敢えて喜んでいるのが
流行しだした様子」

21日には、こう書かれてあるという。

「今日もまたニーヤ(中国人のことか)を突き倒したり打ったりして半殺
しにしたのを壕の中に入れて頭から火をつけてなぶり殺しにする。退屈ま
ぎれに皆おもしろがってやるのであるが、それが内地だったらたいした事
件を引き起こすことだろう。まるで犬や猫を殺すくらいのものだ」

かねてから南京大虐殺に固執していた朝日にとっては、きわめて重大な発
見とみえて、記事のリードには「広島、長崎の原爆やアウシュビッツと並
ぶ無差別大量殺人といわれながら、日本側からの証言、証拠が極端に少な
い事件だが、動かぬ事実を物語る歴史的資料になるとみられる」とある。

ところが、この“歴史資料”は生き残り将兵で結成している「都城23連隊
会」の人々のその後の調査によって、見るも無残に突き崩されることになる。

南京陥落の時、私は中尉であった。都城歩兵第23連隊の中に連隊砲中隊と
いうのがあり、その中隊長代理として南京作戦に加わったのである。

突入翌日の13日には城内の掃蕩をやっているが、城内に敵兵は一兵も見
ず、一般住民もいない全くの死の街であった。

連隊はそれ以降、主力を水西門東南方地区の市街地に、第1大隊をもって
12月21日まで水西門外に駐屯し、警備にあたったが、翌13年1月13日に蕪
湖へと転進するまで、虐殺事件など見たことも聞いたこともなかったと断
言できる。

従って朝日の記事内容はまさに寝耳に水であった。

身に覚えのない報道に対して、最初に行動を起こしたのは、地元に住む
「都城23連隊会」の面々だった(私は東京在住)。

これ以降の記述は、主として宮崎の連隊会事務所がまとめた「連隊会だよ
り12号」にのっとってすすめていくことをお断りしておく

■「新聞は嘘つかん」

報道から2週間後の8月19日、連隊会は宮崎市で第1回対策協議会を開い
た。調査のため北郷村に人を派遣することになったが、たまたま当時の第
2中隊長だった坂元昵氏から、私が行くとの申し出があった。

氏は生存者の中では最高責任者で、その時86歳という高齢を顧みず、8月
24日、自分の息子に車を運転させて、わざわざ鹿児島から出てこられた。

途中、宮崎で中山有良事務局長を乗せ、北郷村に到着したのである。何よ
りもまず、日記の主が誰であるかを突きとめねばならない。

問題の記事によれば、日記を書いた兵士は当時23歳の上等兵で「帰国後、
農林業を営み、49年に腎臓病で死去した」という。坂元氏らは、北郷村に
住む数名の生存者に訊ねたが、誰にも記憶が無い。

続いて郵便局に行き、年金や恩給の受給関係書類から見つけようとした
が、これも無駄骨だった。お手上げかなと思ったところで坂元氏が妙案を
出した。「お寺を回ろう。過去帳があるはずだ」

北郷村には3つの寺があり、2度空振りのあと、最後に回ったお寺で、よう
やく49年に腎臓病で死亡した元兵士を探し当てたのである。名前は河野美
好――。

ところが翌朝、河野未亡人に電話してみると、何とも意外なことに、「主
人は日記などつけたことはありません。日記を書くような教養はありませ
んでした。それから写真機を持つような、そういう贅沢な身分ではありま
せん」との返事である。

この時点で調査はいったん暗礁に乗り上げてしまう。

昭和59年9月22日。連隊会の一行5名が朝日新聞宮崎支局に第1回の抗議に
出向いた。対応に出たのは中村大別支局長で、双方にはおおむね次のよう
な激しいやりとりがあった。

連隊会「まずお伺いしますが、本件は東京の本社が取材されたのでしょうか」
支局長「いや、当宮崎支局の取材です」

連隊会「宮崎支局の取材とは驚いた。取材には万全を期しておられるか」
支局長「万全を期している」

連隊会「それなら、なぜ事前に連隊会に照会されなかったのか」
支局長「日記帳や写真が出てきたから、照会の必要はないと思った」

連隊会「日記には23連隊の何中隊と書いてあったか」
支局長「そこまで確認しなかった。こんど見ておく」
連隊会「その兵士の名前は」

支局長「いや!それは言えない。本人に迷惑がかかるから」

連隊会「真実なら何も名前を隠す必要はないではないか。本人の名前がわ
からんとなれば、支局長、あなたを告訴せねばならぬことになるが、よろ
しいか」
支局長「・・・」

連隊会「貴社が虐殺があったと判断した根拠は、日記帳と現場を撮影した
と思われる写真からか」
支局長「その通りだ」

連隊会「新聞記事によると、その日記は1月1日から12月31日まで、毎日1
日も欠かさず記入されているとのことだが、本当か」

支局長「その通りだ。表紙はボロボロになっており、白い紙質は褐色に変
じ、インクの色も変色して昭和12年に記載されたものに間違いないと判断
した」

連隊会「それはおかしいではないか。戦争をしている兵隊が毎日毎日、日
記がつけられると思いますか!それに鉛筆書きならいざしらず、インクと
は恐れいった。当時は、ペン書きするにはインク瓶からスポイトでインク
を補充せねばならない時代だが、戦場へインク瓶を携行するなど考えられ
ない。ましてや一兵士が戦場へカメラを持参するなどとんでもない話だ。
将校ですらカメラを携行したものは1人もいない。

支局長のポストに就任されるだけの学識あるあなたが、1日も欠かさず日
記が記入されているということだけで、これはおかしいと思い、カメラ携
行とあれば、これは臭いな、となぜお考えにならなかったか。貴方ご自身
の方が余程おかしいと私たちは思うのですが、いかがですか」

ここで無言のまま席を立った中村支局長は、やがて1枚の写真を持って現
れ、連隊会の代表たちに「これを見てください。」と突きつける。それ
は、建物の前の路面に生首が12、3個ころがっている写真であった。

連隊会「これはなんです、これが虐殺現場を撮影したと思われる写真なの
ですか!」

支局長「その通りです。中国人の生首です」

連隊会「これを見て、支局長は即座に虐殺現場の写真だと思われたのですか」
支局長「その通りです」

連隊会「おかしいですね。生首が転がっているだけでは、兵隊なのか一般
人なのかもわからない。悪く勘ぐるなら、中国の兵隊が匪賊討伐を行った
際に打ち首になった匪賊の首かもしれません。支局長はこれをひと目見た
だけで、よくも日本軍が中国人を虐殺した写真だと判断されましたね。そ
の根拠は!?」

支局長「この写真を持っていた本人が、生前この写真を見ながら後悔して
いたという事を聞いていましたから、てっきり虐殺の現場写真だと」

連隊会「しかし、その本人は10年前に死んでいるんでしょう。それでは直
接本人から聞かれたわけではなく、その家族の方からの話ではありません
か。信用できますか!」

このあともしばらくやりとりは続き、連隊会側は最後にこう要求した。

「先日、孫がやってきて『爺ちゃんたちは悪い人間じゃねー』と言います
ので、『何を言うか!爺ちゃんたちは、日本を守るために生命を投げ出し
て戦った立派な者ばかりだ。悪いことなどしてはおらん」と言うと、『新
聞は嘘つかん』と逆襲されました。

私ども生きている者は我慢の仕様もありますが、若き命を散らせて消えた
英霊は浮かばれません。どうか、全国版で都城歩兵23連隊は南京大虐殺に
は参加せず、無関係である旨の記事を出していただきたい」

中村支局長の回答は「その事はしばらく待って下さい。私一存ではどう
も」というもので、物別れのまま朝日との第1回会談は終了した。

■有力な日記執筆候補者

昭和59年10月のある日、連隊会事務局に、問題の日記の筆者についての重
大な情報が入る。情報は第1中隊の代表者である山路正義氏からのもので、

「歩兵23連隊の戦記編纂の折に、『この日記は役に立つのではありません
か』と、北郷村の三浦松治氏が私に当用日記を届けてくれたことがありま
した。その日記は、北郷村出身で私と同じ中隊にいた、故宇和田弥一君の
ものでした。

日記の中から何か戦記に掲載しうるものはないかと詳細に目を通し、結
局、2ヵ所を戦記に載せた次第です。しかし、朝日が指摘している虐殺な
どのことは書いてありませんでしたから、この日記ではないかもしれませ
んが、一応ご参考までに」

という連絡であった。

調べてみると、宇和田弥一君は昭和48年に腎臓病で世を去っている。朝日
の言う49年に死亡とは1年のズレがあるものの、戦争当時は上等兵で、農
業学校を出ていて教養もあるし、筆も立つ、河野美好氏と共に、有力な日
記執筆の候補者として浮かび上がってきたのである。

実は、山路氏の情報の中にある「歩兵23連隊の戦記編纂」の最高責任者は
私であった。私は、市ヶ谷にある自衛隊の幹部学校で戦史教官をやってお
り、戦記を編纂するなら一番適任であろうとなって、昭和49(1974)年に
発案し、53(1968)年にようやく完成させたのである。

その際、各中隊ごとに編纂委員を決め、資料を集めてもらった。その中に
宇和田氏の日記も入っていたのである。ところが、私は全体の監修者とい
う立場にあったため、当時、宇和田日記の現物は見ていない。

実際の事務所は宮崎でやり、戦記完成後、この日記は未亡人の宇和田八重
子さんに返送されていることが後にわかった。連隊会は情報入手後、ただ
ちに仲介役の三浦松治氏に聞いてみたところ、

「年月ははっきりしませんが、ある日のこと、故宇和田さんの霊前に詣で
たところ、奥さんが『こんなものがありましたが、何かお役に立ちます
か』と申されて、一冊の日記帳を差し出されました」との返事だった。

“山路情報”は確実に裏付けられたが、奇妙なのは、「最初の北郷村調査の
折に何故そのことを告げなかったのか」と問われた三浦氏が「別の日記か
と思って黙っていた」と答えたことである。

さらに奇妙なのは、宇和田未亡人の対応だった。連隊会から未亡人に電話
をし、「ご主人は日記帳を持っておられたそうですね」と尋ねると、間髪
を入れずに、「はい、写真3枚と日記帳がございました」との答えが返っ
てきた。

日記の有無だけを尋ねたのに、なぜ聞きもしない写真の件を持ち出された
のか。いずれ電話のあることを予期していたかのような反応は、まことに
不可解であった。

■「家族のために助けてください」

双方の都合で延び延びとなっていた朝日との2回目の会談が、昭和
60(1985)年2月4日、朝日新聞宮崎支局で開かれた。連隊会側の出席者は
前回と同じく5名、先方は中村支局長である。この席で、中村支局長は意
外にも、

「先般から日記が本件のポイントだとご指摘になっておられるから、今日
はその日記をお目にかけます」と言ったのである。

連隊会側は色めきたった。支局長は後方の棚から、ナイロンの袋に入った
日記帳と思われるものを取り出した。

てっきりテーブルの上に置かれるのかと思ったら、そうではなく、手に
持ったままテーブルから10歩くらい、およそ5メートルほど離れた位置ま
で後退して、立ったまま自分の胸の高さのところで日記帳の真ん中あたり
を左右に広げて見せたのである。

連隊会の後藤田萬平氏が椅子から立ち上がり、近づこうとすると、支局長
はこれを制した。

「近寄ってはいけません。書体がわかると誰が書いたかわかりますから」

5メートルも離れていたのでは、それが日記帳だと判断することさえ出来
はしない。実は私自身も、昨年末に一度だけ日記の“現物”を見せてもらっ
ている。しかしこの時も3メートルほど離れたところからで、判読はいっ
さい不可能であった。

朝日のこうした態度は何を意味するのであろうか。日記が本物なら、なぜ
堂々と見せようとしないのか。よほどやましいところがあると思われて
も、仕方がないではないか。

ともあれ、会談は結局のところ第1回目の論争の蒸し返しに終始したが、
それでも終わり近くでかなりの収穫があった。

連隊会側が、「日記を書いた兵士は、49年に腎臓病で死亡したとの朝日記
事を踏まえて調査したところ、河野美好氏であることが判明しました。し
かし、未亡人は否定しています。どちらが本当か、支局長と河野未亡人と
で対決していただけませんか」

と持ちかけたところ、支局長はしばし間をおいてから、

「いや、その人ではなく、別の人から届けられたものです」と答えたので
ある。
 
ここで、日記の主は河野氏でないことがはっきりした。つまり、49年に死
去したという部分は、誤報であることが明らかになった。小さなこととは
いえ、記事全体の虚構性をうかがえるに足る貴重な第一歩となったのである。

4日後の2月8日、都城23連隊会は、朝日新聞宮崎支局長宛に正式な抗議文
を提出した、記事取消しを求めるなら、「正式の文書にしてご提出下さ
い」との中村支局長の強気な発言を受けてのものである。

抗議文を提出してまもなく、当の中村支局長から連隊会の中山事務局長に
連絡が入った。

今日ご来社、ただし中山さん1人でおいで下さい、他人には聞かれたくな
い相談がありますから、との電話であった。

前述した「連隊会だより12号」は、中山事務局長を中心にまとめられたも
のである。その「連隊会だより」によれば、中山氏が宮崎支社に赴くと、
支局長はひどく低姿勢で2階の会議室へと案内した。

支局長「抗議の公文書、確かに受け取りました。その事ですが、『お詫
び』だけはご勘弁下さいませんか。その事を記事にすれば、私は首になり
ます」

中山「首になる。仕方ないじゃありませんか。嘘の報道を大見出しの記事
として全国版に掲載したんですから。その責任をとって首になるのが当然
じゃありませんか」

支局長「その責任は重々、感じています。しかし首になると私は困りま
す。私の家族のために助けて下さい。お願いします。この通りです(両手
をついて頭をさげる)」

中山「お詫びがないと、私の方が困ります。亡き戦友の御霊を慰めるのが
私ども連隊会の責務ですから」
支局長「そこのところ何とか」

2人の間で種々のやりとりがあったすえ、お詫びとか記事取り消しといっ
た言葉は使わないが、全国版・地方版で連隊は南京大虐殺とは無関係との
旨を報道することで、両者が合意した。事務局長は帰ってから連隊会の安
楽秀雄会長とも相談し、やむを得ないとの承諾を得たのである。

昭和60(1985)年2月24日、朝日地方版は「「南京大虐殺と無関係」元都
城23連隊の関係者が表明」として次のように報じた。

《日中戦争中の昭和12年暮れ、南京を占領した日本軍による「南京大虐
殺」事件について、宮崎市に事務局をおく都城23連隊会の安楽秀雄会長、
中山有良事務局長ら代表がこのほど朝日新聞宮崎支局を訪れ、同連隊会は
南京大虐殺とは無関係であったと表明した。中山事務局長によると、都城
23連隊は12年12月13日、南京城西南角から城内に入った。同事件について
論議されることから、同連絡会員、関係者に対して調査を行ったが、事件
に関係した証言などは得られなかったとしている。》

いささか不本意ではあったが、ともかくもこの記事で、およそ半年におよ
ぶ朝日と連隊会の抗争に終止符が打たれるかに見えた。

ところが、同年の6月、7月、10月と、大阪・名古屋などに住む戦友から相
次いで「連隊は無関係という記事は全国版の何月何日に載ったのか」との
問い合わせが事務局に殺到した。

全国版に載せると言った朝日が約束を破るはずはない。この種の記事は紙
面の片隅に小さく載せるのが新聞社の常道だから、もう1度よく見て下さ
い、と照会のたびに事務局は回答していた。

昭和60(1985)年12月20日、“お詫び”記事から半年たったところで、意外
な事実が判明した。この日、中山事務局長は、朝日宮崎支局に中村支局長
を訪ねた。事件の取材で宮崎に来ていた「世界日報」の鴨野守社会部記者
を伴ってである。

中山氏はさっそく、「例の無関係の件、全国版の何月何日に載ったのです
か」と切り出す。ところが支局長は言った。

「全国版?全国版には載せてありません」
「載せていない?それじゃ約束が違います」
「約束した覚えはありません」
「冗談をおっしゃってはいけません。あの日、固く約束されたじゃないで
すか」
「いや、地方版に載せるとは言いましたが、全国版とは言いません」

そして中村局長は、「あの記事はすべて正しい。朝日新聞宮崎版に載った
記事は訂正記事ではない。連隊会から抗議があった旨を載せたまでだ」
と、言い放ったのである。

中山事務局長は、「今からでもよいから、全国版に載せてくれませんか」
と食い下がったが、支局長は「いや、もうこれ以上の事は朝日としては出
来ません」と一蹴した。やむなく中山事務局長は、次のように言い残して
席を立った。

「卑怯ですねあなたは。あの時私に、1人で来て下さいと言われた意味が
今になってわかりました。約束をした、しないは、当事者だけでは押し問
答になりますからね」

朝日は都城23連隊との抗争はこうして再燃したのである。(つづく)
〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜

朝日新聞こそ真っ先に抹殺すべき反日マスコミだ。
微かではあるが、もう一方の反日マスコミNHKは民営化もしくは解体される機運が出てきた。

反日勢力は広範に分布しその人数は極めて多いが、国民に対する影響力の高い朝日新聞とNHKを始末すればさしもの反日勢力もかなり弱体化するであろう。
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2014年04月04日

中国茂名暴動に人民解放軍戦車が出動、死者15名以上

<4月1日(火)>

9時から12時まで公園ボランティア活動として、公園内雑木林で雑木を刈り払い、枝や幹を木庫に収めた。

天気は快晴、公園内の桜が一斉に開花したので、花見客が一斉に押しかけた。
今年の桜はここ数年で最も華やかに感ぜられた。

1年前から整備を進めている松林ゾーンから眺める常盤湖は周囲を桜で囲まれて中々の風景であった。

眺めをより良くするために視界を遮る高木を4本切り倒した。後2ヶ月程度で松林ゾーンは概ね完成するであろう。


午後からは、山菜採りに周辺の山野へ直行した。
今回は高木のタラの芽採取を狙って高枝カッターを持参した。

某公園でタラの芽、某住宅団地入口でタラの芽、道路法面1でタラの芽、道路法面2でタラの芽、道路法面3でタラの芽、道路法面4でタラの芽、道路法面5でタラの芽、例年ワラビが取れる2つの場所に赴いたがいずれも収穫はゼロだった。17時山菜採りを終了。

今回のタラの芽採りは、幸運というべきであろうが、高木のタラの芽が殆ど手付かずで残っていたのでかなり収穫となった、少なくとも100個以上はあったであろう。

少なくとも2人居るライバルが今後 高木のタラの芽を採取するようになれば、当方の収穫は激減する可能性を否定できない。。。。

取れたタラの芽は近くの家におすそ分けした。
タラの芽の天婦羅を肴にビール2缶を飲んで就寝。


<4月2日(水)>

連日の山菜採り、公園ボランティア、登山道整備作業などでどうも足腰が重いので午前中は布団の中で休養した。

午後は久しぶりに常盤公園の花見としゃれ込んだ。
公園の桜はほぼ満開で好天に恵まれたので、駐車場は満杯であった。
DSCF7928.JPG <湖面と桜>

DSCF7931.JPG <菜の花と桜と常盤湖>

DSCF7954(1).JPG < シャクナゲ & さくら >

DSCF7963.JPG <キンシャチ(サボテン)>

DSCF7970.JPG < 野外彫刻 と 桜 >

DSCF7978.JPG < 池 噴水 さくら >

DSCF7981.JPG < 屋台 と さくら >

遊歩道を歩いていると、“ちょっとそこのお兄さん”と呼び止められ、写真のシャッター押しを年配女性から頼まれた。。。

当方は此処十年程度は“お兄さん”と呼ばれたことがなく多少照れくさかったので、“お兄さんと呼ばれるほど若くなし”と答えご要望に応じた。

件の年配女性は、満開の桜の下でおじいさんとのツーショットにご満足の様子だった。

常盤湖を一周して帰宅したのは16時頃であり、4時間弱も湖畔を歩き回ったことになった。


<4月3日(木)>

午後山菜採りに出かけた。4月1日に訪問する予定にしていた場所があったが、時間切れで諦めたその場所にどうしても行きたくなったからだ。

例年ワラビが取れる場所1に赴いたが、10数本取れただけだあった。そこから約1km離れた例年ワラビが取れる場所2に足を延ばしたが、殆どのワラビはすでに他人が採取した後だった。収穫は以前通過できたが現在は荒れ果てていた間道を発見できたことと,新規のタラの芽を発見できたことだ。

15時頃いよいよ目的のタラの芽採取場所に着いた。幸運にも道路法面1では、高木の先にあるタラの芽は残っていた。急な斜面ではあるが30分程度採取に没頭した。

次に赴いた道路法面2でも、幸運にも高木の先にあるタラの芽は残っており、30分程度採取に没頭した。次に赴いたタラの芽採取場所では殆ど採取されていた。16時30分頃帰宅。
当日の収穫は、タラの芽が70〜80個、ワラビが50本程度。

入浴後タラの芽の天婦羅を肴に缶ビール2本、ウイスキー水割り1杯を飲んだ。最近は連日タラの芽の天婦羅であるが、飽きることはなく美味しく頂けるのはあり難い。

今年の山菜採りでは、タラの芽は平地ではほぼ予定終了した。残りは標高500〜600mの高地3箇所のみ。ワラビは後2,3回平地で採取に出かける予定。後はウドの採取だけだ。

年々ワラビの採取量が減っている。原因は、就農者が高齢化して里山での下草除去が行われなくなったことによる、ワラビの生育環境の悪化だと思う。

タラの芽採りでは、新たなライバルが出現したので、かなりの量が蚕食された。今後タラの芽採量は減少するかもしれない。

4月4日スーパーで中型タラの芽4個が560円で売られているのを発見した。ワラビと異なりタラの芽は140円/個という結構なお値段で売られていたのでかなりびっくりした。



<反日マスコミが報道しない 台湾の50万人反政府デモ >

台湾の今を報道しないのは何故か? 次は日本、他1本2014年4月2日 水曜日 午後11:41"NPO法人百人の会" から転写する。
〜〜〜〜転写始め〜〜〜〜
台湾の今を報道しないのは何故か? 次は日本
2014年04月02日 | 良き日本を蘇らせよう

イメージ 1

台湾の学生や市民の50万人以上が台湾立法院(日本の国会に相当)を取り囲んでデモを行っていることを日本のマスゴミは報道しない不思議を疑ってみなければなりません。(かろうじて産経が少し報道していますが)

今の台湾が明日の日本の姿です。

馬政権が支那との間で自由貿易協定を締結して支那人の労働者の台湾への流入を許すと言うことは支那が台湾を併合する元になると言うことです。

昨日安倍政権が外国人労働者を年間20万人移民として受け入れる計画を作っていると言うことを書きました。そして、それが支那の日本併合の元になるとも書きました。

支那はまさしくそれと同じことをまず台湾で始めているのです。世界で話題になっているのに、次は日本が狙われているこの事を日本のマスゴミどもは一切報道していません(産経の一部を除いては)

なぜか?と日本の政治家どもは考えないのでしょうか? なぜ、マスゴミは隣国の危機を報道してあげないのでしょうか?台湾人が親日だからでですか。この法律が通ったら台湾はどうなるか?

馬政権は台湾人の政権ではないのも知らない日本人は多いのではないでしょうか、そんなことはマスゴミは書きませんから。

支那に不都合な報道をしないと言う日中記者協定を破棄して引き上げてくる日本のマスコミは一社でも居ませんか?

国益を棚上げして中共政府発表の一方的なニュースを頂いて来るよりも外国の通信社から正しい支那のニュースを買う方が日本の国益に叶うと思うのですが。そして購読者も増えると思うのですが、何処のマスゴミも度胸のある経営者はゼロですね。

サラリーマン社長の成れの果てを見るようで悲しくなります。事なかれ主義も極まりました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


少子化を支那人の移民でまかなう売国行動!
2014年04月01日 | 国防問題
<どうした、安倍政権! 隠された中国人移民の急増と大量受け入れ計画 正論5月号
2014.4.1 16:00 MSN産経ニュース

日本が壊れる!

 大規模な「移民」受け入れ計画がまたも浮上してきた。内閣府は今年2月、わが国の人口減少歯止め策の一つの選択肢として、毎年20万人の移民を来年から95年間受け入れ続けることを想定した試算統計を公表した。評論家の関岡英之氏は、これは内閣府や法務省などが急ピッチで検討を進めている外国人労働者受け入れの規制緩和と軌を一にしており、「移民の大量受け入れ」という、わが国の治安や文化、さらには国柄にまで重大な影響を与える政策が国民的議論を経ぬまま進められていると警鐘を鳴らしている。
 関岡氏は、このまま移民の大量受け入れを進めた場合、その大半は間違いなく中国人になると指摘する。というのも、我々の知らぬ間に中国人「移民」が実は急増しているからだ。日本に在住する中国人は福島第1原発事故以降、減少してきたかのように思われていたが、それはうわべだけだったのだ。日本の主権を脅かし続けている国から大量の移民を受け入れたらどうなるのか−。重大な警告論文である。(小島新一)>

少子高齢化で労働人口の減少を外国人移民でまかなうと言う産業界提案でのりきろうという安易な策は絶対にとるべきではありません。

上記引用の文章からも判るように必ず近い将来日本の国は支那の属領になってしまいます。古来から支那人はマトモに戦ったら必ずと言っていいほど負けて来ました。だから孫氏の兵法のように「戦わずして勝つ」方法に専念して来たのです。

時代遅れの航空母艦などのこけおどしで近代戦では何の役にも立たないポンコツ空母を大げさに見せびらかしているのなどは「攻めるぞ、攻めるぞ」というゼスチャーで、本来はその相手国の中枢を蝕んで自ずから手中に収まるのを気長に続けているのです。

多くの国会議員を中心に、企業トップ、官僚にも手を回して来た結果が上記のような支那人移民の大幅な受け入れ策であるのです。

右も左もこの移民策には国民挙げて反対活動を今やらなければ間に合いません。特に保守を持って任じる人達、団体はこの一点にしぼって大同団結をすべきで、これからの選挙は支那人の移民排斥を踏み絵にして政治家を選ぶべきです。

その上で支那人の移民に熱心な企業を洗い出し「売国企業として製品の不買行動」をも起こす事が今のわが国には急を要する事なのです。

少子化による空洞化を心配しているのは根本的におかしいと思います。

もう日本の国は輸出立国でなくてやって行ける方策を立てねばなりません。

なにも国内需要以上のものを永遠に作って輸出して儲ける必要はありません、こんな事を続けて行ける訳が無いのです。輸出相手国も生産が上がって競争は激化して行きます。また、必ず経済摩擦が起こります。

なにも国内生産と輸出に頼る事無く、企業はドンドン海外に出て行き消費地に生産拠点を移してその国で生産したものをその国で消費してもらったら何の経済摩擦も起こらないのですから。

安易に低賃金で使える外国人労働者の移民策だけはとるべきではありません、国が滅ぶ元です。

この外国人(支那人)の移民策は単なる経済上の思惑(労働力確保)ではないと考えます、必ず裏には近隣諸国(アメリカも含めて)のわが国と日本国民を属国化する企みがあるのです。

特に中国に進出している企業を警戒すべきです、支那から逃げ出せない企業です、あらゆる面で人質を取られているからです。支那人移民を薦めている企業や経済団体を洗い出す事を早急にやらねばなりません。
〜〜〜〜転写終わり〜〜〜〜

何故台湾で50万人もの大規模デモが起こっているのでしょうか????
ブログ“ねずさんのひとりごと”
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2220.html
に取材記録『台湾学生大規模デモのこと』が掲載されています。
是非一読されたい!!!


台湾での月給6万円につられて大量の中国人(月給2〜3万円)が台湾に押し寄せ就労する
ことになり多くの台湾人の雇用が奪われるのが大問題になっている。

日本でも台湾同様に外国人労働者を大量に受け入れることを決定すれば、日本の月給15万円につられて大量の中国人=世界の嫌われ者=が大挙して日本に押し寄せるのは火を見るよりも明らかだ。

台湾のデモは日本にとっても安易に看過できない重大ニュースなのだ。

にもかかわらず、日本のマスコミは台湾の大規模デモを一切報道しない!!!!
日本のマスコミは屑の屑だ。
日本の公共放送を自認するNHKも台湾の大規模デモを一切報道しない。
NHKは日本の公共放送ではないことを自らの報道姿勢で明らかに示しているのだ。


<反日マスコミが報道しない 中国 公害反対運動に戦車出動>

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成26(2014)年4月3日(木曜日) 通巻第4197号 
<速報> 茂名暴動に戦車が出動、死者15名以上 環境保護、公害反対運動は軍と対立する暴動に発展した
****************************************
から転載する。

〜〜〜〜〜〜〜転載開始〜〜〜〜〜〜〜
 中国全土で繰り広げられる暴動、農民暴動から都市部へ移り、公害が焦点となって久しいが、ついに住民の反対運動で戦車が出動した。
 広東省茂名市では化学工場廃止を求めて、市民数万人の抗議デモが続いたが、4月2日未明、人民解放軍が本性をむき出しにして、とうとう戦車十数台を出動させ、まさに「人民弾圧軍」となった。
 多維新聞(2014年4月3日)によれば死者がすくなくとも15名以上。続報を待つしかないが流血の巷とかしているのではないか。
〜〜〜〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜〜〜〜


<書評 ;小山和伸『これでも公共放送か、NHK!』(展転社)>

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成26(2014)年4月3日(木曜日)通巻第4197号 ;評者=宮崎正弘氏より転載。

〜〜〜〜〜〜〜転載開始〜〜〜〜〜〜〜
小山和伸『これでも公共放送か、NHK!』(展転社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 NHKが日本の国益を奉じて番組を作っているとはとても思えない、という批判をよく聞く。すでに十数年前から番組の偏向に対しての反対があって、NHKへの抗議行動が数千人規模で行われるようになったのは、台湾特別番組ででたらめな嘘放送を展開したことがきっかけだった。
 他方、日本選手が五輪で勝って表彰式に立ち、「君が代」が演奏されると、その場面をカットし、韓国選手が表彰台ののぼると韓国国歌を最後まで放映するという売国的報道にくわえて、嘘で塗り固めた韓国ドラマを放送し続けた。
 あまつさえ東日本大震災においての天皇陛下のお言葉を途中で削除した。
これら二つの実例をみただけでも、NHKが反天皇、反国家の左翼思想に取り付かれた異様な人々があつまる放送局であることがわかる。しかも、この売国的放送局は国民の税金と受信料で成り立っている。朝日新聞は民営だから、どういう報道をしようが自由だが、NHKは公共放送なのである。しかも職員の平均収入が1750万円。
 こういう状況がいつまでの許されるのだろうか?
 本書はこうした実情を様々な実例を挙げて告発している。評者(宮崎)はテレビを観ない人間なので、まったく知らなかった偏向番組の過去の経緯を詳細に知って、驚き呆れた次第である。NHKの職員が一年に一度、拙宅にもくるが「お願いですから電波を送らないでください」と言っている。NHKは民営化するべし!
〜〜〜〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜〜〜〜


ヤマちゃん日記では、過去数年間にわたり“NHKは恒常的に偏向報道(中国共産党のお抱え放送局)を行っており日本の公共放送ではない。したがってNHKは受信料を強制徴収する資格は無く、即刻NHKを解散させねばならない!!!”と再三具体例を挙げて述べてきた。

今回 小山和伸著『これでも公共放送か、NHK!』(展転社)が出版されたことは同慶の至りだ。

NHKが民営化されても何ら実害は無いと感じている。

むしろ左翼や在日韓国人に事実上支配されたNHKは解散されてしかるべきであろう。
posted by ヤマおやじ at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする