ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2014年03月31日

みんなの党渡辺党首進退窮まる

<3月28日(金)>
好天なので莇ヶ岳シャクナゲ尾根/谷コースの整備を行った。

昨年来コツコツと当該コース整備を行ってきたが、湿地対策が残っていたのでシーズン到来前に是非終えたいと思っていた。

10時頃莇ヶ岳シャクナゲ尾根/谷コース登山口に着いた。鋸、鉈、鍬と枝カッターを携えて湿地対策を開始した。最初はルートに散在する草の株を鍬で掘り取り除いていった。

最初の湿地では、排水用の溝を鍬で掘った。次の湿地帯ではルートを変更して、湿地帯を通行しないようにした。次の湿地帯では、排水用の溝を2本を鍬で掘り、通行時溝が泥で埋まらないように、丸木橋を2箇所作った。太さ15 cm程度の倒木2本を鋸で切断し7個の丸太を作り丸木橋の材料とした。
DSCF7920.JPG < ミニ丸木橋 >

DSCF7921.JPG < 長さ≒2mの丸木橋 >

たかが太さ15 cm程度の倒木を切断するのであるが、湿った倒木の中心部は堅いので鋸を引く腕の疲れが早い。このような事態を予想して前日に刃を研いでいた鉈で、倒木の周囲を削り倒木を細くした後で鋸で切断すると比較的容易に切断できたのは、新発見だった。

ここで早くも正午となり、ムスビ2個を食べ昼食とした。5分休憩後、作業を再開した。
次の湿地帯は、長さ20mにわたり山肌から水が滲み出していた。

山肌の最下部に溝を掘り始めたが、粘土に石隗が埋め込まれた天然の防水層を形成していたので山から染み出る水が防水層の上を流れ登山道を湿らせていたのだ。石隗が鍬の進入を拒むので、溝を掘削する作業は中々遅々として捗らなかった。

石隗を鍬の頭で叩き石隗が緩んだ所に鍬の刃を打ち込むと少しづつではあるが、溝を掘ることができた。掘った溝はたった幅15cm深さ10cm程度の小さなものではあるが、流水が溝の中を勢い良く流れ始めた。

DSCF7924.JPG <天然の防水層に穿った長さ約20mの狭く浅い開渠(溝)>


次の湿地帯では溝を掘り、丸太で通路を作った。
次の湿地帯では、ルートを変更した。

最後の湿地帯では、溝を掘っても水が抜けないので、立木を切り2m程度の長さの丸太を4本作り湿地に敷いて渡るようにした。

あくまで応急処置ではあるが一応湿地対策を終えたのは15時半ごろであった。
これで当分の間様子をみることにした。

大雨や台風、落葉によって、溝が塞がったりするので、いずれにしても定期的な手入れが必要になるであろう。

次に鞍部(標高700m)まで鍬などの道具一式を運び、尾根コースの笹刈をしながら登山口まで下った。

尾根道を進むコースは、かなりの通行者もあったせいか概して荒れてはいなかったのは幸いであった。

ルート上で将来成長する畏れのある小木や笹を刈り払いながら下り16時30分頃登山口(標高555m)に着いた。

尾根コースは夏でも草は殆ど繁茂しないだろうが、谷コースは6月〜11月の間は草木が繁茂するので、月2回程度の草刈が必要になると思う。昨年は手作業で草刈したので真夏では暑さで眩暈を起こした。今年は草刈機導入が必要となるかもしれない。。。。

莇ヶ岳シャクナゲ尾根/谷コースは、昨年5月下旬の開通以来10ヶ月を経過した。開通後延20日程度はルート整備を追加した効果もあるが、ありがたいことにかなりの数の方々がこのコースを通過された様子なので、コースの荒れはそれほど見られないのは幸いである。

4月下旬には弟見山ではカタクリの花の群生が見頃となるだろう。

林道屋敷支線終点から弟見山に登る場合、莇ヶ岳シャクナゲ尾根コースを利用すれば、
林道屋敷線〜林道屋敷支線終点〜弟見山〜縦走路〜莇ヶ岳〜縦走路〜シャクナゲ尾根コース〜林道屋敷線
という周回コースが可能となり、弟見山〜縦走路〜莇ヶ岳間のピストンは不要となる。

今年も体調に支障がなければそれなりにコース整備の労をとる所存だ。

615mピークを含む大平山周辺の周回ルート整備ももう少しやりたい気もある。

29日に71歳の誕生日を迎えるので、誕生祝に貰ったケーキを食し、早めに就寝した。
諸々に感謝、感謝、感謝。。。。


<3月29日(土)>

誕生日ということで娘、孫、カミサンと回転寿司を食べに行った。
最近また風邪を引いたので休養をとった。


<3月30日(日)>

あいにく雨模様だったが雨雲が切れたので、山菜採りにいった。
始めに訪れたタラの芽のある場所では、他人に見事に先を越されめぼしいものは全て採取された後であった。

この場所は昨年までは自分ひとりだけが採取を独占した感があったが、今年も数日前に下見をしてきた場所だったのに!!!

次に訪れたのは、数日前にタラの芽が少し取れた場所であり今回はかなり生育していた所だったが幸いにも他人が採った形跡はなかった。

しかしこの場所も恐らく近いうちに他人が知る所となるであろう。
常に新しい場所を開拓しないと、取れる場所はいずれ他人が知る所となるのは宿命だ。

よって新しい採取場所を求めて彷徨った所、運よく新規の場所が見つかった。ヤレヤレ・・・

次いで、今年収穫が少ないワラビを求めて例年生えている場所へ向った。前回下見した時点ではゼロだったので余り期待していなかったのだが、何とワラビがニョキニョキ生えているではないか!!!

ここだけで良形のワラビが200本余り採れた。一箇所でこれだけ多く採れたのは5年ぶりだ。。。。

ついでタラの芽の採取場所を回り、少ないながらも確実に取れた。この中には昨年始めて発見した場所もあった。

次に今回最も期待していたタラの芽の採取場所に赴いた。しかし其処で見た光景は、見事に切り取られた後の多数の枝であった。ここでも先日下見をして丁度良い時期に訪れたつもりだったが、時既に遅し!!!

この時点で“今年は相当強力なライバルが出現した”と思わざるを得なくなった。次にワラビが例年取れる場所に向った。田んぼの周囲に猪除けの柵が新たに設置されていたので、従来通り田んぼを横断して進むことが出来なくなったのも今年の新しい変化だ。

ここではワラビの芽吹きは4,5日後であろう。
続いて次のタラの芽の採取場所に赴いた所、ここでも先を越されていた。
次のタラの芽の採取場所では、幸いにも他人が採取した形跡はなく予定通り採れた。
しかし、此処もいずれライバルの知る所となるであろう。

16時頃山菜取りを終了した。

今後タラの芽の残っているのは、樹高5m未満の高木だ。
次回は2,3日後に高枝カッター持参で行くとしよう。

その後のタラの芽探しはいよいよ、標高600〜700mクラスの高所となる。

帰宅後、取れたてのタラの芽を天婦羅にして温かいのを食したが結構いけた。
近所にタラの芽とワラビをおすそ分けした。
天地の恵みに感謝、感謝、感謝。。。。



<みんなの党渡辺党首進退窮まる>

みんなの党渡辺党首が化粧品大手DHC会長から8億円借りたという報道があったが、今ひとつ背景がはっきりしなかったが、30日にメルマガから裏話が得られた。。。。

 わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」3260号
 2014(平成26)年3月29日(土)に、 『 財界人が党首を追い落とす背景』:杉浦正章(政治評論家)が掲載されていたので転載しました。

〜〜〜〜転載開始〜〜〜〜
━━━━━━━━━━━━━━
財界人が党首を追い落とす背景  杉浦 正章
━━━━━━━━━━━━━━
渡辺早くも進退窮まる

資金提供を受けた財界人から「追い落とす」と宣言されて、一党の党首が
政治生命の危機に陥っている。みんなの党代表・渡辺喜美が崖っぷちだ。

長いこと政治記者をやっているが、政治家が財界人に“刺される”ケースを
初めて見た。化粧品大手DHC会長・吉田嘉明(73)が撃つ弾は明らかに
公職選挙法違反か政治資金規正法違反での立件であり、渡辺は本当に追い
落とされかねない状況にある。

「降ろされてジ・エンドになるよりは、潔く身を引く選択がベター」と、
前都知事・猪瀬直樹の5000万円借入で発言したのは渡辺自身だ。因果はめ
ぐる火の車で、しかも額は猪瀬の16倍の8億円だ。あのロッキード事件が5
億円だから、けた外れの額だ。

それも参院選直前と衆院選直前に振り込まれている。誰が見ても正規の手
続きを踏んで届けなければならないカネである。これを裏付けるように吉
田は「選挙資金として貸した」と渡辺が逃れることが出来ない“証言”をし
ている。なぜ渡辺はこれほど吉田を怒らせたのか。背景には党分裂劇が複
雑に絡んでいる。

渡辺は27日の記者会見で「吉田さんの怒りを買った。言うことを聞かなけ
れば追い落とすと言われ、それを実行に移された」と語った。

また同党の会合で「吉田さんは突っ込んだ話を知っている。結いの党の江
田憲司が吹き込んだものだろう」と漏らしている。吉田が何を知っていた
かというと、みんなの党分裂とゆいの党結成のいきさつだ。

吉田と渡辺は2009年に知り合って以来の関係にあり、吉田は渡辺のスポン
サーとして資金提供をし続けてきた。吉田はみんなは維新と合流するべき
だとの立場であり、渡辺が維新と一線を画し始めたころから強い不満を
持っていた。

恐らく吉田は維新に近い江田にも影響力を行使したに違いない。やがてみ
んなは分裂へと発展してゆくが、吉田は渡辺がみんなの離党を認めないこ
とに、メールでたびたび「会派離脱を認めるべきだ」と不満を表明したと
言われる。

その背後には吉田の怒りを活用して、政敵・渡辺を追い込もうとする江田
の“工作”があると見るべきであろう。どろどろとした確執が紛れもなく存
在する。

そしてついには吉田は昨年末に渡辺との決別を宣言し、「追い落とす」の
メールで脅迫を続けた。渡辺は資金提供公表の危機を感じたか、まずいと
判断、2月9日には突然吉田の自宅を訪れて土下座して謝ったと言われる。

しかし吉田は聞き入れず、週刊新潮に手記を発表する形で公然と「追い落
とし」に着手したのだ。渡辺は記者会見で「国会内のルールに則したこと
をやめよと言われても乗れない。私にも政治家としての理念、信念、路線
がある」と開き直った。

渡辺が今後どのようにして、苦境をすり抜け得るかだが、猪瀬と全く同じ
で「個人への献金である」という主張で、法の網から逃れるしかあるま
い。しかし吉田が選挙資金として提供したと証言している以上、渡辺の主
張は通りにくい。

渡辺は2012年の資産報告書で借入金を2億5000万円と記入したことはあっ
さり「ミスである」と認めた。資産報告書への記入ミスは罰則がないから
認めたのだが、借り入れの額を低くしたのは明らかに隠ぺいの“意図”が感
じられるものであろう。

おまけに8億円の使途についても「もろもろ」と述べた上に、唯一の具体
例として「酉の市でかなり大きい熊手を買った」と述べたが、これこそ噴
飯物である。

渡辺は吉田との関係悪化に反比例するかのように安倍政権に大接近した。
「責任野党」を標榜して、秘密保護法への賛成、集団的自衛権容認への賛
成を次々に表明した。

これは吉田によって“刺される危機”をひしひしと感じて、政権を味方につ
けておこうという思惑があったのだろう。

今後与野党は倫理委員会などで真相究明に乗り出す。あらゆる事象が公職
選挙法や政治資金規正法違反の可能性を示しており、渡辺が詭弁(きべ
ん)で切り抜けることは困難だ。

さらにこれに受託収賄が絡めば大きな事件となる。吉田は普段から厚生労
働省の化粧品への規制に強い不満を抱いていると言われ、渡辺への請託と
これを受けた国会質問などがあれば事態は受託収賄罪にすらなりかねず、
そうなれば返り血を浴びることになる。

古くはリクルート事件で就職協定をめぐる質問をめぐって野党議員が受託
収賄に問われた。2001年には元労相・村上正邦、元参院議員・小山孝雄ら
がKSD事件で逮捕されたが、小山は KSDに有利な国会質問をした見返り
に賄賂を受け取ったとする受託収賄罪で起訴されている。DHCの場合、
闇の深さはまだ分からない。
〜〜〜〜〜転載終わり〜〜〜〜〜

半ば強引にみんなの党を離党して(その後除籍された)結いの党(江田憲司代表)を結成した江田氏の行動に不自然さ/不可解さを感じていたが、やはり裏があったのか。。。。
辺と
posted by ヤマおやじ at 18:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月28日

集団的自衛権行使容認に反対する中国の犬=自民党反日議員達=

<3月23日(日)>国道315号線最高点河内峠(標高585m)の積雪が無くなったという期待のもとで莇ヶ岳シャクナゲ尾根コースの様子見に出かけた。

4月中旬から5月上旬には弟見山のカタクリの花を見に来る人達のためにシャクナゲ尾根コースが余り荒れていたら問題なので事前に下見して、不都合な所を直すのが目的であった。

以前から谷コースの数箇所で水が浸み出ているのをどうにか対処したいという狙いもあった。9時30分頃田にコースに入った。

水が浸み出ている箇所では太い木の枝で溝を掘ることによって、水の逃げ道を作って応急処置とした。やはり鍬を持参して本格的な溝を掘ったほうが良い場所が2,3箇所あった。

日陰には未だ雪が残っていたものの、日当たりが良い場所には多数のフキノトウが顔を出していた。若芽を出した山葵(野性)も見つかった。
DSCF7915.JPG < フキノトウ >

棘のある大きな草木は雪の重みで倒れていたままになっていたので、根元から刈り払うことが出来たのは幸いであった。

鞍部から先は、笹を刈り取りながら、残雪交じりのコースを登って行った。笹が雪の重みで通路に倒れこんでいるのを危惧していたが、大規模な笹の倒れ込みは無かったのは幸いであった。とはいえ目に付く笹は出来る限り刈り払いながら登っていった。

通路の足跡は獣のものだけであり、縦走路にでると残雪の上に登山者の足跡が残っていた。

結局15時頃莇ヶ岳山頂に着いた。無風なので上半身裸になり春の日差しをしっかり浴びながら、四囲の眺めに見入った。

安蔵寺山は少なくとも5号目から上は雪に覆われており、寂地山、吉和冠山も同様であった。どうも今年は例年に無く雪が深い感じだ。

帰路も出来る限り、笹を刈り払いながら下った。
後1,2日掛けて、谷コースの浸水対策と、尾根コースの笹刈りを行えば当面の登山道整備はOKであろう。問題は夏の草刈だ。。。。結局10時〜18時頃まで整備作業を行ったことになる。

<3月25日(火)>
第三回の山菜採りデー。
今年は例年になくワラビの収穫が少ない。
此処3,4年コンスタントに採れていた場所では、ワラビの代わりに青い草が繁茂しており、ワラビの姿は皆無に近い。やはり下草を刈るなどの手入れが必要なのかも知れない。

採取だけでは資源は枯渇するのは常識として判ってはいるが、ワラビ採りの目的で下草を刈り取った経験は無い。

タラの芽は第一の採取場所では結構採れた。他には誰も採取した形跡が無いが、次回にはどうなっているか予測はつかない。

タラの芽の2番目の採取場所は、前回(4日前)訪れた時に次回にはかなりの収穫が予想されていた場所だったが、収穫はゼロ。

誰かがめぼしい枝を全て切り取っていたからである。
昨年も同様な所業を行っている爺を発見し、出会ったことがある。この爺は、切り取った枝を畑に植えて生かし、タラの芽を買いに来る料理人へ売っているとのこと。

3年前には枝を丸ごと切り取る人は居なかったが、2年前から枝を丸ごと切り取る事例が急増した。やはりこの爺が張本人であろう。

期待していた物が入手できなかったショックは、なかなか簡単には諦めきれないのがヤマちゃんおやじの修行が足りないことの証拠でもあるが・・・・

いったん帰宅し、昼食後、捲土重来を期して再びタラの芽採りに出動した。

今度は自分だけが知っていると思われる場所に赴いた。
最初の場所は予想通り時期尚早であった。2番目の場所では、かなり採れた。
3番目の場所では、タラの芽は採れなかったが予想もしていなかった良質なワラビが50本ばかり採れた。
4番目の場所では、タラの芽の芽吹きは見られなかった。
駄目もとで訪れた5番目の場所では、予想外にタラの芽が採れた。
ついでに6番目の場所に行ったが、収穫はゼロ。

最後に次回の採取の為のルー下見&整備をかねて7番目の場所に赴いた。
残念ながらこの場所は余り期待は持てなかった。
まあ山菜採りも、運動の一種と考えれば、ある場所で採取ゼロでも一向に構わない。

17時を過ぎて雨が降り出したので山菜採り午後の部を切り上げた。

午後回った6つの採取場所の内、4つは昨年初めて発見した場所であった。
やはり絶えず新しい採取場所を探しておかないと、古い採取場所ばかりに頼っていればいずれ他人の知る所となる。

前年まで採れた場所に翌年赴くと、タラの木自体が皆伐されていたというケースも度々経験した。

やはり山菜採りといえども、万物流転、諸行無常だ・・・・・

採れたタラの芽は天婦羅にして食した。結構美味であった。
山の恵みに感謝、感謝、感謝。。。。

<3月26日(水)、3月27日(木)>どうもまた風邪を引いたらしく、鼻水が止まらないので、2日間休養日とした。
3月25日に採れたワラビは煮付けにしたが今シーズンで最も美味であった。
ワラビの収穫が少ないので美味しく感じたのではない・・・とおもうが。。。。


<集団的自衛権問題>歴代日本政府は、戦争放棄などを定めた憲法9条との兼ね合いで「国を防衛するための必要最小限の範囲を超える」と解釈し、集団的自衛権の行使を禁じてきた。

この集団的自衛権行使に関わる政府解釈は、過去の歴代内閣法制局長官が定めた解釈に基づいている。
過去の歴代内閣法制局長官は極めて左翼職が強い赤色であったことは、本年3月19日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/391978736.html
に記載した。

共産党などの左翼政党や、朝日新聞、毎日新聞などの反日マスコミの集団的自衛権否定の論調は、観念論や安倍総理攻撃に終始しており何ら具体的論議を展開していない。
彼らは、具体的論議になれば、集団的自衛権行使否定の論調を否定せざるを得ないので、避けているだけのことだ。

ここで集団的自衛権行使を否定した場合の具体的シチュエーションを産経新聞記事から引用記載する。


<集団的自衛権行使を否定した場合の具体的シチュエーション1>
半島有事、日米民間人救出でも守れぬ弊害
産経ニュース2014.3.17 13:11 (1/2ページ)[日米関係]
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140317/plc14031713170011-n1.htm
から引用する。
〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
集団的自衛権をめぐる議論のポイントは、日本の領域外で自衛隊が何をできるかに答えを出すもので、地理的に制約されるものではない。とはいえ、行使の対象として「一丁目一番地」に据えるべきは、やはり東アジアでの有事だ。
 前防衛相で拓殖大特任教授の森本敏氏は、集団的自衛権を行使する事例として「尖閣諸島防衛の際、公海上で米海・空軍が攻撃された場合の日米共同対処」に加え、朝鮮半島有事での対処も不可欠だと強調する。
 元空将の織田邦男氏は、集団的自衛権を行使できないままだと任務遂行に弊害が出る朝鮮半島有事のシナリオとして「米軍の民間人救出作戦」を挙げる。
日本が第1避難先
 半島有事が起きると、日米両政府とも真っ先に韓国からの自国民避難に着手することになる。韓国に住む米国人は約22万人、日本人は約3万人とされる。
 米国は軍用機に加え、チャーター機や民間航空機も総動員し、短時間で米国人を脱出させる。第1の避難先として日本を想定しており、日韓間をピストン輸送するため航空機が日本に向けて列をなす。
 《そこへ北朝鮮のミグ29戦闘機が接近し、民間人を乗せた航空機を撃ち落とそうとしたら…》
 織田氏はそうシミュレーションし、「対領空侵犯措置として周辺上空を飛行している航空自衛隊の戦闘機パイロットは傍観するしかない」と指摘する。自衛隊法にミグ29を撃墜する根拠がない上、集団的自衛権の行使に抵触するためだ。
法的な制約を理由に対応が遅れ、民間人を死地に陥らせるようなことがあればどうなるか。
 こうした事態を意識し、安倍晋三首相は昨年10月16日の政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」でのあいさつでこう強調した。
 「自国のことのみを考えた安全保障政策ではむしろ尊敬を失い、友人を失う」
「国会承認」足かせ
 中国との有事・危機シナリオと朝鮮半島有事シナリオでは、事態は突然エスカレートしかねないため、瞬時に的確な政治決断が求められる。
 だが、自衛隊幹部は日本が集団的自衛権を行使するケースの要件として、安保法制懇が明らかにした指針に首をかしげる。
 安保法制懇の北岡伸一座長代理は今年2月、安倍首相へ4月に提出する予定の報告書の骨子として、指針を明示。実際の行使に際しては(1)密接関係国が攻撃を受け、日本の安全にも影響(2)当該国からの明示的な要請(3)第三国の領域通過許可(4)首相の総合的な判断(5)国会承認−を例示している。
 自衛隊幹部が疑問視するのは(5)で、「国会承認を要件に含めると、首相が瞬時に的確な決断を下しても自衛隊が即座に動けない」と批判する。
 すんなり承認手続きが進んだとしても最低でも3日程度かかり、野党の徹底抗戦を受ければ承認を得るまで1カ月はかかるとも危惧され、これでは自衛隊が出動する時機を逸してしまう。
 防衛省幹部も、「公明党と野党の反対意見を抑え、集団的自衛権の行使容認に道を開くための政治的カードとして国会承認を差し出すことは、軍事的合理性にもとる」と指摘している。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

<集団的自衛権行使を否定した場合の具体的シチュエーション2>中国の挑発、動けぬ空自 東シナ海、慎重さ増す米軍
産経ニュース2014.3.17 07:56 (1/3ページ)[自衛隊]
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140317/plc14031708030006-n1.htm
から引用する。
〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
ある自衛隊OBは最近、在日米軍の高級幹部からこう告げられた。
 「米軍機の飛行計画について指揮権がワンランク上がったんだ」
 日本周辺の飛行計画策定は在日米空軍基地やグアムのアンダーセン空軍基地の部隊指揮官に委ねられていた。それがハワイの太平洋軍司令部の判断を仰ぐ形に引き上げられたのだ。
 なぜ米軍は飛行計画の指揮権を引き上げたのか。
 中国が昨年11月23日、尖閣諸島(沖縄県石垣市)を含む東シナ海上空に防空識別圏を設定。米軍は同月26日、アンダーセンから飛び立ったB52爆撃機に防空圏内を飛行させ、中国を牽制(けんせい)した。B52の飛行は「以前から予定されていた訓練」(米国防総省)で、在日米軍幹部によると、グアムの部隊の指揮権に基づく飛行だった。
 しかし、報告を受けたホワイトハウスは東シナ海での飛行について、より慎重な対応を取るよう軍に求めた。その結果、指揮権が引き上げられたという。
 「中国を刺激するような『特異な飛行』は控えろ、というホワイトハウスの指令だ」。自衛隊幹部はこう分析する。
「日本の信用失墜」
 東シナ海では、米軍のP3C哨戒機や早期警戒機E2Cが日常的に警戒・監視飛行を行っている。海上自衛隊のP3Cは日中中間線の日本側を飛行しているが米軍のP3Cは中間線より中国側に入り込んでいる。
対抗するように中国軍の情報収集機Y8とそれを護衛する戦闘機J10が東シナ海に展開し、J10は米軍機を執拗(しつよう)に追尾するケースもある。米軍機への中国戦闘機の追尾が執拗さを増せば、平成13年の中国・海南島沖での米軍機と中国戦闘機の衝突のような事態が再発する恐れも強まる。
 P3Cを護衛する米戦闘機を新たに展開させられるかといえば、在日米軍は本国の慎重姿勢も踏まえ二の足を踏む可能性もある。
 中国機が日本の防空圏に侵入すれば、航空自衛隊のF15戦闘機が緊急発進(スクランブル)で対応している。そこで、「空自の戦闘機に対し、公海上で中国戦闘機を米軍機の周辺から追い払うよう、米側が要請してくる可能性がある」。自衛隊幹部はこう予測する。
 要請に日本政府は応じられるか−。答えは現時点ではノーである。
 平成10年8月、北朝鮮が中距離弾道ミサイル「テポドン1号」を日本列島を越える形で発射した。ミサイル発射の兆候は事前に確認でき、米海軍はイージス艦を日本海に派遣した。
 イージス艦を出動させれば、情報を収集しようとロシア軍の偵察機が飛来してくる。米側は日本政府に「空自戦闘機を出動させ、ロシア機を寄せ付けないでほしい」と求めてきた。
 米側の要請は理にかなっていた。昭和34年9月、空自航空総隊の松前未曽雄司令官と米第5空軍のバーンズ司令官で結んだ「松前・バーンズ協定」により、日本周辺の防空任務は空自に移管されているからだ。
ところが、日本政府は小田原評定を決め込んだ。当時の検討状況を知る防衛省OBは「公海上で米イージス艦が攻撃されれば反撃を求められる。それは集団的自衛権の行使にあたるとして空自戦闘機の出動をためらった」と証言する。
 業を煮やした米側は、三沢基地(青森県)の米空軍のF16戦闘機をイージス艦の上空で飛行させ、ロシア機の接近に目を光らせた。「日本の信用は失墜した」。防衛省OBはこのときの悔しさを忘れない。
日米共同行動と酷似
 艦艇と航空機という違いはあるが、状況は東シナ海上空で求められる日米共同行動と酷似している。
 集団的自衛権が「権利は有しているが行使はできない」と縛られている現状では米軍機の護衛にも、米軍機が攻撃された際の反撃にも、自衛隊は一歩も動けない。防衛省幹部は「P3Cが丸裸で飛行することが危険だと見極めれば、米軍は東シナ海上空の警戒・監視から手を引くこともある」と指摘する。そうなれば中国の狙い通りとなる。集団的自衛権の制約は東シナ海でいま起きている危機に暗い影を落としている。

 わが国をとりまく安全保障環境が激変する中で、集団的自衛権をめぐるつじつま合わせの憲法解釈は限界にきている。「新しい時代にふさわしい憲法解釈のあり方」(安倍晋三首相)を探る。
× × ×
集団的自衛権  密接な関係にある国に武力攻撃があった場合、自国が直接攻撃を受けていなくても実力で阻止する権利。政府は憲法9条に照らし「わが国への急迫不正の侵害と言えない」「国を防衛するための必要最小限度の範囲を超える」として行使を禁じている。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜


最近世界の軍事バランスに2つの重大な変化が起こりつつある。

1つ目の重大な変化は、従来世界の警察官を任じてきた米国が、財政的制約によりその世界の警察官たる立場から後退し普通の国家に変わり始めた。

2つ目の重大な変化は、一方中国が永年にわたり強化してきた軍事力にものを言わせて、米国の軍事力後退という軍事バランスの空白を衝いて隣国に軍事的圧力を強めベトナムやフィリピンにおいて係争中の他国領土の実効支配を強行してきた。

従来は、世界の警察国家としての米国の強大な軍事力があったので、従来の日本政府による集団的自衛権行使否認といういびつで片務的な日米安保条約であっても日本の防衛には実害は生じなかった。


しかし、尖閣列島問題に見られる如く、中国からの侵攻が予断を許せない状況が現実的となり、沖縄米軍がグアムまで引き下がることが決まった現在においては、集団的自衛権行使否認という従来の憲法解釈のままでは日本の国土/領海防衛が足元から崩れる恐れが、上記具体的シチュエーションの如く現実的になった。


問題は、維新やみんなの党が賛成し安倍首相が自民党選挙公約として実現を進める集団的自衛権行使容認に対し、自民党内にこれに反対する動きが最近生じているのは、由々しき事態である。


<自民党内反日勢力>
本年3月17日開催された党総務懇談会では今国会中の閣議決定への慎重論が噴出した。

慎重論〜反対論を産経ニュースから反日勢力woピックアップすると、

村上誠一郎元行政改革担当相は
「解釈変更は憲政に汚点を残す。憲法改正で堂々と議論するのが筋だ」「解釈変更に基づいて関連法が提出されるなら反対せざるを得ない」と明言したと解釈変更への反対を表明。

岸田派の古賀誠名誉会長は
17日の横浜市内での講演で、集団的自衛権の解釈変更の閣議決定について「そういうルール違反、姑(こ)息(そく)なことは絶対やってはいけない」と牽(けん)制(せい)した上で、首相が憲法解釈をめぐり「最高責任者は私だ」と発言したことを「愚かな坊ちゃん的な考え方だ」と批判した。
野田毅党税制調査会長 日本が警戒しないといけないのは、独り善がりと見られることだ。なぜ今なのか専門的な議論をしなければならない。

小坂憲次参院憲法審査会長: 立法府の意見を十分考慮すべきだ。

金子一義元国土交通相: 中身の議論を詰めていかないと国民に誤解される。国民に理解されないと、どんな政策も悪法になる。

溝手顕正参院議員会長: 最初から(行使容認の)結論が見えている状況では困る。

脇雅史参院幹事長: 行使容認で何を目指すのか。具体的な事実に基づき議論すべきだ。観念論ではいけない。・・・・とある。


村上誠一郎は、何故反日発言を開始したのかヤマちゃんおやじにはわからなかった。その後村上誠一郎は秘密保護法案にも反対していた事がわかった。更に最近、村上誠一郎が民主党の岡田克也の「義兄」だという情報を得た。村上は岡田克也の推薦で中国の犬に採用されたのかもしれない。こうなると、村上誠一郎はレッキとした反日親中議員だ!!!

古賀誠は、外国人への参政権付与に積極的な数少ない自民党議員であったことで有名、国会議員引退後も中国に出向き中国へのゴマすりに精を出している反日政治家。
野田毅は、親中国議員代表格としてつとに有名であり、外国人への参政権付与に積極的な数少ない自民党議員でもあり、れっきとした反日親中議員。

金子一義元国土交通相は、朝鮮・韓国に人一倍思い入れがあるといわれている反日親韓議員。

溝手顕正参院議員会長と、脇雅史参院幹事長の二人は、ヤマちゃんおやじとしては最初は動機不明であったが、どうも裏で糸を引いているのは、青木幹雄前参議院議員会長(2010年引退、自民党参議院のドン)だという情報を得た。

2003年小泉元総理が総裁選に出馬した時青木幹雄は推薦人になっていた。背後関係は不明だが、裏で糸を引いているという情報が事実であれば、青木幹雄は最近“中国の犬”になったのか???


政治家の言動で反日か否かがわかる。

集団的自衛権行使容認に反対を示した自民党議員は、やはり自らが中国の手先であることを明らかにしたことになる。
posted by ヤマおやじ at 05:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月23日

中国バブルが崩壊し「中国の時代」は終わる

<3月20日(木)>10時から17時30分頃まで大平山山頂駐車場から大谷山へ向う登山道の中で荒れていた最初の約600m部分の整備を行った。


出来る限り舗装道路を通らずに周回できるようにするのが今回の整備の目的だった。
特に舗装道路と神宮線林道との合流点から大平山山頂駐車場(厳密に言えば、テニス練習ボード付近)までの舗装道路はアップダウンと屈曲があるので歩くには退屈する。

舗装道路通行でのアップダウンと屈曲歩行を避けて最短距離を歩くには、稜線伝いに登山道が歩ければよい・・・と思ったので、荒れた登山道を整備する気になった。

赤テープは張ってあったが余り歩く人がいないためか、コースには立木が茂りそのまま通過できない場所が多数あった。

途中で稜線を外れ不要なアップダウンを繰り返すのルートを改善すべく、出来る限り古い道筋を辿るように一部のルートを変更した。

最初の300m進んだ所で12時となり昼食を採った。昼食後再び作業を開始し1時間位経過した時点で、主力工具であった枝カッターのボル・ナットが欠落し使用不能になった。

欠落したボルトは発見したがナットは終に発見できなかった。主力工具であった枝カッターは使えなくなったのでしかたなく以降は鉈と鋸で立木を切り払うことになったが、作業効率が低下したのでグレードを落とし整備を続行し、16時頃舗装道路と神宮線林道との合流点に達することが出来た。簡易案内板を取り付け、舗装道路との分岐には赤テープを貼った。
DSCF7910.JPG < 舗装道路との分岐 >

DSCF7911.JPG < 大平山山頂駐車場方面縦走コース進入口 >
次に舗装道路と神宮線林道との合流点から大谷山方面へ向う縦走路に入った。これから先はかなり人が歩いている感触が有り比較的問題なく通過できたが、通行の邪魔になる枝は出来る限り切断しながら進んだ。ただコースがかなり屈曲しているので常に赤テープを見失わないように注意する必要があったのはやむを得ない。

神宮線林道との合流点から約600m程度(?)進んで16時30分頃再び舗装道路に合流した。ここから615mピークに至るには、三叉路までは舗装道路を通過することになるので引き返すことにした。

自分で言うのも気が引けるが、当日の整備作業によって、舗装道路と神宮線林道との合流点から大平山山頂駐車場(厳密に言えば、テニス練習ボード付近)までの稜線歩きルート約600mは概ねまずまずの出来で整備できたと感じた。

17時30分頃駐車場所に着き19時前に帰宅した。


<3月21日(金)>

13時頃から本年2回目の山菜採り。冬型気候に戻り一時雪も降る中17時まで歩き回った。
ワラビはで1箇所でしか採れなかった(小形45本)。タラの芽は3箇所で小形20個程度採れた。

タラの芽は一週間後には更に大きくなるであろう。しかし他人が先に採れば収穫はない。
今回はタラの芽の収穫は前回の3個よりも多かったので、天婦羅にして味わうことができた。


<3月22日(土)>

両親の墓参りに周南市へ行った。父親が原始仏教に関心を持っていたので、仏壇の前で原始仏典である阿含経を唱えた。

帰りに充電式トリマーを購入した。余り高価ではなかったので果たしてどの程度使えるものやら???

3月20日に壊れた枝カッターのボルトナットを購入して修理した所、未だ少しは使える状態になったのはラッキーだった。


<反日マスコミが伝えないニュース>

いよいよ中国バブル崩壊がはじまります

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成26(2014)年 3月20日(木曜日)弐通巻第4191号から引用する。

〜〜〜引用開始〜〜〜
****************************************
いよいよ中国バブル崩壊がはじまります
  不動産大手、経営破綻。社債デフォルト。おわりの始まり
****************************************

 中国の大手デベロッパーが倒産した。
 いよいよ不動産バブルの崩壊が本格化する。中国経済の狂乱はおしまいである。
 浙江省奉化市に本拠を置く「浙江興潤置業投資」の経営破綻。負債総額は発表された分でも35億元(580億円)。
七割が銀行からの借り入れ、のこりが「理財商品」として投資家に売られた。全部が焦げ付くから連鎖倒産は必定である。

理財商品の総計は326兆円(社会科学院)とすくなく見積もられていたが、どうやら500兆円はありそうである。日本のGDPに匹敵する不良債権が顕現するのだ。

 浙江省奉化市公安当局は、「浙江興潤置業投資」の役員ふたりを「インチキ投資を呼びかけた」として逮捕し、起訴する方針という。
 ということは全土の不動産デベロッパー経営者の大半を捕まえなければいけなくなるだろう。投資家の心理をなだめるための見せしめ逮捕だろうが、浙江商人は「えげつない」と評判の悪い地域であり、日本企業が密集している。

 なかでも温州商人は「ものすごくえげつない」と言われるのだが、温州経済は二年も前にバブルがはじけ、経営者の自殺、逃亡が相次いでいる(拙著『出身地を知らないと中国人はわからない』ワック、参照)。

 すでに社債デフォルトも始まっており上海の「超日太陽能科技」の社債利払いが不能となった(元金10億元。利払い8980万元(15億円))。

 以前にも連鎖デフォルトがおきている。
 1998年、「広東国際信託投資公司(GITIC)」が1億2000万米ドルのデフォルトに陥り、ドミノのように数百のCITIC(地方名を冠した投資信託機構)が破綻。地方政府が債務保証すると信じて投資した邦銀も合計数百億円の損失を被った。
羮に懲りて膾を吹くように、以後、邦銀は怪しげな投資信託への出資をしていない筈である。
 
 ▲バベルの塔、バブルの塔

おりしもドバイショックの再来が間近である。
 つい一週間前、アブダビはまたまたドバイへの緊急融資を発表した。三年前のドバイショックでは最悪の被害者が中国の温州投棄集団だった。手痛い焦げ付きで、爾来ドバイのチャイナタウン建設は中断された。

 産経新聞(2014年3月20日)に拠れば「『超高層ビルの呪い』と呼ばれる歴史的なジンクスがある。ニューヨークで31年に完成した『エンパイアステートビル』(443メートル)は29年に始まった世界恐慌に重ね合わせて語られた。ドバイでもショックの翌年1月、世界一の高さを誇る『ブルジュ・ハリファ』(828メートル)が建った。
 ジンクスが正しいのか、歴史は繰り返すのか。中国ではいま上海の国際金融センターで、15年完成をめざして竜が空に昇る姿をイメージした外観の超高層ビル『上海センター』(632メートル)の建設が進んでいる」
(ちなみにこの上海金融センターは101階建て森ビルの隣、102階建ての予定)。

これから中国で始まるのは320兆円規模の地方政府債と500兆円規模の「理財商品」のデフォルト本格化である。

 さらに注目は石炭と鉄鋼業界の苦境である。
 2011年から石炭業界は過剰在庫になやみ、「山西連盛集団」などは一万人の従業員への給与遅配が生じたが銀行は貸し渋りに転じた。
 民間炭坑は国有銀行からの融資が受けられないため閉鉱が相次いでいた。

 石炭はピークを打った。2000年代に四倍に跳ね上がった石炭価格が二割から三割下落し、国際価格も暴落したため海外炭のほうが安い。
 鉄鉱石もインドや豪で余りだした。
 粗鋼生産6億トンという異常な生産過剰、在庫過多におちいった鉄鋼業界は再編を余儀なくされ、あちこちの鉄鋼所で火が消えた。
 かくして「中国の時代」は終わる。
〜〜〜引用終わり〜〜〜    
posted by ヤマおやじ at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月19日

朝日捏造記者の松陰女子学院大学教授就任が国民の大抗議で阻止さる

反日マスコミがスルーしたニュース、情報を2,3挙げてみた。

<従軍慰安婦問題を捏造した朝日新聞の植村隆記者の松陰女子学院大学教授就任が阻止さる>

2014年2月24日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/389588273.htmlにて
『慰安婦捏造記事を書いた朝日新聞植村記者がお嬢様大学教授に就任する理由』を掲載したが、
メルマガ『NPO百人の会2014年3月11日』によると、“日本全国からの猛抗議を受けた結果、この教授就任の話は無くなり、講師としても迎えられることも無くなりました”という結末を迎えた事が分かり、喜ばしい限りだ。

教授就任に猛抗議された方々に深甚なる謝意を表したい!!!
朝日新聞植村記者は、現在に於ける、いわゆる「従軍慰安婦」問題を始めて記事にした火付け役”でした。

反日売国行為を際限なく繰り返す傲慢な朝日新聞に対しては、国民からの直接抗議が有効であることが此処に判明しました。


とはいえ、反日勢力は他に山ほど居ますので油断は禁物です。


<赤の巣窟=沖縄国際大学=教授に化けた琉球新報言論封殺編集長>

反日マスコミがこぞって報道を差し控えたニュースの一つに、『ハンドラの箱事件裁判での琉球新報敗訴』があり、2013年08月07日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/371378526.htmlに事の顛末を記載しました。

ハンドラの箱事件裁判とは、
那覇市在住のドキュメンタリー作家の上原正稔氏が、琉球新報の夕刊に連載していた「パンドラの箱を開ける時」(「パンドラの箱」)の掲載を一方的に拒否され、琉球新報社に対して損害賠償などを求めた裁判である。福岡高裁那覇支部は2013年7月29日、一審の判決を変更し、原告上原正稔氏の主張を認める判決を下した。

 「パンドラの箱」は2007年5月25日から琉球新報夕刊で始まった。連載が開始する2カ月前には、文科省が高校歴史教科書の検定意見で、沖縄戦で行われた集団自決事件に関し「軍の命令」という記述の削除を求めたことについて、琉球新報など沖縄のメディアが強く反発、「軍命説」を強調する論調を展開していた。

琉球新報での掲載を拒否された原稿の副題は「慶良間で何が起きたのか」で、慶良間諸島の当時隊長だった梅澤裕氏が集団自決の命令を出していないことを証明する内容だった。このため、原告の上原正稔氏は「言論封殺」だと指摘して、平成23年1月に「パンドラの箱」連載拒否訴訟を起こしていた。

琉球新報は共産主義者、沖縄タイムスは社会主義者が牛耳っている。どちらが朝日か赤旗かというくらい容共左派の反日新聞だ。2010年各都道府県の上位3紙発行部数に占める地方紙の発行部数の割合によると、最も地方紙の普及率が高いのは沖縄県で98.33%である。沖縄は、テレビ、ラジオを含めてアカ新聞にほぼ完璧に汚染されている。

沖縄県議会も与党は自民13、公明3、無所属5の計21議席、野党は社民6、共産5、社会大衆党3、民主1、そうぞう1、国民新1、無所属10の計27議席。本土ではマイナーな勢力が沖縄ではメジャーであり、左翼に乗っ取られている。

沖縄では左翼の論調を正当化するために琉球新報や沖縄タイムスによるこの種の言論封殺は日常茶飯事であったが、この判決でこれらの悪習が初めて法の裁きを受けたことになったという意味で、極めて特筆すべき裁判であった。反日マスコミが全てこの報道を封殺したのはいうまでもないだろう。

これには後日談がある。狼魔人日記
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/42c295fefa86f046dbfb1c9818e66aa1 によれば、

上原氏の連載を拒否した琉球新報の担当記者はM(前泊)記者であった。
M記者は上原氏の連載原稿を拒否した「功績」が認められたのか、その後R紙の編集委員に出世し、さらにその直後岩波書店から自著を出版するという手土産を持って沖縄国際大学教授に就任している。最近左翼批判の著書を発刊したため理不尽にも沖縄国際大学講師の職を辞任に追い込まれた(本人の談)惠隆之介氏によると、沖縄国際大学教授の年収は約1000万円にも及び琉球大学教授でも沖国大への移籍を望む教授が多いという。〜〜〜とあった。

赤の巣窟といわれている沖縄国際大学では、過激な反日活動家であればいとも簡単に教授職に横滑りできるものらしい。。。。



<沖縄県竹富町教科書問題>産経ニュース2014.3.14 11:59
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140314/edc14031412030001-n1.htm
によれば、

下村博文文部科学相は2014年3月14日、教科書採択地区協議会の答申とは別の中学公民教科書を使用している沖縄県竹富町教育委員会に対し、地方自治法に基づく是正要求を行った。また、これまで竹富町に是正要求しなかった沖縄県教委に対しても、「重大な事務の懈(け)怠(たい)(法律上の義務があるのに放置すること)」と厳しく批判する通知を出した。
 国が市町村に直接是正要求するのは初めてで、下村文科相は「違法状態を解消するのは、国家として当然のこと」としている。
 竹富町に対する是正要求では、同町が採択地区協議会の答申に従わないことについて、「教科書無償措置法の規定に違反している」と指摘。「(違法状態を)これ以上放置することはできない」として、答申に基づく教科書を採択するよう求めた。
 沖縄県に対する通知では、下村文科相が昨年10月、竹富町に是正要求を行うよう指示したにもかかわらず、従わなかったことは「極めて遺憾であり、重大な事務の懈怠であると認識している」と批判。今後は竹富町に適切な指導を行うよう求めている。
 是正要求を受けた自治体は、対応を見直す法的義務が生じる。ただし罰則はなく、竹富町教委は不服申し立てなどの対抗措置を取るとみられる。
〜〜〜とあった。

具体的に言えば、
沖縄県・八重山地区(石垣市、竹富町、与那国町)の教科書採択協議会は2011年、中学公民の教科書に育鵬社版を選んで答申した。石垣市と与那国町は答申に沿ったが、竹富町は「手順がおかしい」などと屁理屈をこねて東京書籍版を採択した。地方教育行政法が各市町村の教育委員会に採択権を認めている一方で、教科書無償措置法というで特別法では、採択地区内の市町村は同じ教科書を使うよう規定している。文科省は2013年10月18日、教科書無償措置法に違反しているとして、沖縄県教委に対して竹富町に是正要求を出すよう指示したが、沖縄県教委は文科省指示を放置したままにしていた。

東京書籍版教科書は、自虐的史観満載の反日的歴史教科書として有名である。

育鵬社版と東京書籍版は何が違うのか。簡単に言うと育鵬社版は、尖閣が日本領であることを明記し、自衛隊の役割を高く評価している。東京書籍版は尖閣領有権の記述が曖昧で、自衛隊については憲法違反とも取れる書き方だ。「反戦平和思想」をモットーとする沖縄の主要マスコミである琉球新報と沖縄タイムスは育鵬社版に猛反発している。

岩波書店・大江健三郎と連携して“旧日本軍の命令で沖縄の集団自決が行われた”という嘘情報を永年流してきた琉球新報と沖縄タイムスにとっては、沖縄の集団自決に軍の命令が無かったという事実を記載した育鵬社版教科書採用を何としても回避したいという構図が窺われる。

このように、沖縄県教育委員会も竹富町の法律違反に手が出せないのが異常な沖縄の現状である。

どうも沖縄では法治国家という概念が通用しない特殊地域であるようだ。


< 自民党内に巣食う反日勢力が蠢動開始 >最後に、最近自民党内で集団的自衛権容認への抵抗が強まっている。

先ず平成24年7月6日に自民党は選挙公約として
自民党ホームページhttp://jimin.ncss.nifty.com/pdf/seisaku_ichiban24.pdfにて、
“集団的自衛権の行使を可能に国家安全保障基本法案の概要を了承”というタイトルで
平成24年7月6日
党国防部会(今津寛 部会長)と安全保障調査会(石破茂 会長)がまとめた集団的自衛権の行使を可能にする「国家安全保障基本法」の概要が総務会で決定されました。
私たちは次期総選挙において、今回の法案で示された安全保障の基本方針について国民に是非を問い、政権奪還後にこの法案の成立を目指します。”明記している。


産経ニュース2014.3.18 01:01
『集団的自衛権で自民9年ぶり総務懇談会 解釈見直し異論噴出』によると
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140318/stt14031801020000-n2.htm

〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
安倍晋三首相(自民党総裁)は17日の自民党役員会で、憲法解釈見直しによる集団的自衛権の行使容認に向け、総裁直属機関を新設して党内議論を進める方針を表明した。ただ、同日の党総務懇談会では今国会中の閣議決定への慎重論が噴出。執行部は反対派の牙城となりつつある総務会はガス抜きの場にとどめ、議論を総裁直属機関に一本化する構えだが、反対派からは関連法案の造反を明言する議員が出るなど、対立はエスカレートしている。(比護義則)

 総務懇談会の開催は平成17年4月の郵政民営化法案をめぐる議論以来、約9年ぶり。懇談会は約2時間続き、約20人が発言した。村上誠一郎元行政改革担当相は「解釈変更は憲政に汚点を残す。憲法改正で堂々と議論するのが筋だ」と解釈変更への反対を表明。「解釈変更に基づいて関連法が提出されるなら反対せざるを得ない」と明言した。
 第2次安倍内閣発足以降、高い支持率を背景に総務会で首相に対する不満は鳴りを潜めてきたが、この日の懇談会では「なぜ今なのか」「安定性、継続性、透明性を確保すべきだ」などの慎重論が目立った。
石破茂幹事長ら首相サイドは、ベテラン議員の異論を総務懇談会で丁寧に聴取することで、高まる不満のガス抜きを図りたい考え。石破氏は同日の記者会見で「意見を述べ合うのが懇談会だ」と述べ、党内手続きによる政策決定とは無関係であることを強調した。
 ただ懇談会が発火点となり、派閥の勉強会などで慎重論が党内全体に広がる可能性は否定できない。岸田派はすでに派内に勉強会を立ち上げる方針を決定。行使容認に慎重姿勢の公明党と太いパイプを持つ大島理(ただ)森(もり)前副総裁率いる大島派も20日に勉強会を開催する。
 憲法解釈変更自体は内閣の判断で可能だが、それに基づく自衛隊法の改正などの関連法案は国会での採決が必要となる。執行部が総裁直属機関で議論を押し切っても、個別法案は総務会の了承がなければ党議決定にはならず、反対派がこれを逆手にとって抵抗する事態も予想される。
 秋に予想される関連法案採決までを見据えれば、反対派の抵抗手段は事欠かないことになる。
 岸田派の古賀誠名誉会長は17日の横浜市内での講演で、集団的自衛権の解釈変更の閣議決定について「そういうルール違反、姑(こ)息(そく)なことは絶対やってはいけない」と牽(けん)制(せい)した上で、首相が憲法解釈をめぐり「最高責任者は私だ」と発言したことを「愚かな坊ちゃん的な考え方だ」と批判した。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

本年3月17日に開催された自民党総務懇談会では、平成24年7月6日に自民党は総務会で承認された“集団的自衛権の行使を可能にする”という 選挙公約に違反して、選挙公約を反故にしようとする意見が多く出されたということになる。自民党内反対者は、“集団的自衛権の行使を可能にする”という 選挙公約に賛同して自民党に投票した有権者を裏切る者だ。

集団的自衛権の行使に反対する勢力は、共産党、社会民主党、公明党、生活の党、結の党、民主党の一部などであり、いずれも中国による尖閣諸島占拠・沖縄支配を歓迎するものである。

自民党の集団的自衛権の行使への反対勢力の代表である岸田派の古賀誠名誉会長は、かって自民党所属ながら公明党が提案した外国人参政権付与法案を積極的に支持した反日売国奴国会議員として河村健夫議員と共につとに有名である。今回集団的自衛権の行使への反対した自民党議員は、いくら美辞麗句を並べてみても所詮、中国共産党一派の走狗でしかないことを自ら表明したことになるのではないか。


集団的自衛権とは、アメリカなどの同盟国が武力攻撃を受けた際に、日本が直接攻撃を受けていなくても、自国への攻撃とみなして反撃できる権利のこと。日本への直接攻撃に対して反撃できる個別的自衛権の範囲を同盟国や友好国にまで拡げたもので、国連憲章でも「国家固有の権利」として認められている


集団的自衛権の行使を否定するということは、例えば日本海でミサイル防御を行う同盟国の米軍艦船を北朝鮮の戦闘機が攻撃しても日本の航空自衛隊は北朝鮮の戦闘機を攻撃出来ないので見てみないフリをするしかない・・・という馬鹿げた事態になるのだ。とても正気な判断とは思えない!!!

 しかし歴代日本政府は、戦争放棄などを定めた憲法9条との兼ね合いで「国を防衛するための必要最小限の範囲を超える」と解釈し、集団的自衛権の行使を禁じてきた。

その“集団的自衛権の行使を禁ずる”という根拠は歴代内閣法制局長官が行ってきた解釈だからだという極めて内容の乏しいもであった。


<立法の番人といわれる内閣法制局とは今まで一体何をしてきたのか???>

その実体を筑波大学名誉教授  中 川 八 洋氏の持論
https://www.facebook.com/nihonhosyusyugi/posts/182959135239778
から引用する。

〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
日本保守主義協会2013年11月19日
“クズ官僚の姨捨て山”内閣法制局は必要か   ――安倍晋三の「集団的自衛権」解釈正常化は正しい             筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

 安倍晋三総理は、第一次安倍内閣の積み残し問題、憲法第九条の政府解釈における「集団的自衛権は行使しない」を抜本的に正常化し、「行使できる」に変更する決意を固めた。これは首相として安倍晋三の、事実上初めての「公約」履行。歓迎したい。  実は安倍とは、公約破りの常習者。「河野談話」の破棄も、「村山談話」の破棄も、二〇〇六年の総理就任以前からの公約。だが安倍には、一向に、これら公約を果す気配はない。こんな公約破りばかりを続ければ、いずれは、たとえば金権政治家・田中角栄の末路のごとき、政治家としての「死亡通告」を受ける。  この意味からも、内閣法制局長官に小松一郎氏(前・駐仏大使)を起用しての、二〇〇六年の公約でもある集団的自衛権解釈正常化への、安倍の毅然たる姿勢は、政治家としての安倍を新たな息吹きで強化するだろう。

慌てふためく「朝日新聞」(=共産主義者/北朝鮮人の牙城)のしどろもどろ 「集団的自衛権を、日本国は行使できる」と解釈する、元・外務省国際法局長の小松一郎氏の起用に、気が動顚したのか、事実上、共産党が編集している朝日新聞は、元・内閣法制局長官の阪田雅裕氏をインタヴューして、それを一面に掲載した(八月九日付)。  一般の国民は、内閣法制局の実情など知らない。内閣の閣僚扱いである長官が、なぜ内閣から独立グレン隊のごとくに勝手気儘な法解釈を言いつのることができるのかも理解できない。そこで、少し解説しておきたい。  内閣法制局とは、各省庁に入省した法律事務官から粗大ゴミ的なクズを集めて創られている中央官庁のひとつである。だから、“クズ官僚の姨捨山”と呼ばれる。とりわけ、旧大蔵省・旧自治省・農水省・経産省・法務省の五省出身からの“左遷組”法律事務官が中核をなしており、長官は、これらの中から選ばれる。  よって彼らの法律の学力は、必然的に東大や京大の法学部にいた学生時代のままで、三流どころといえば的を射ていよう。すなわち「三流官僚が三流知識を振り回している」光景を想像していただければ、実態にかなり近い。  現に朝日新聞がもちあげる阪田雅裕氏とは、一九六六年に大蔵省に入省したが、大蔵省では使い物にならず、途中で、法制局に左遷された男。憲法解釈を担当する第一部長、そして次長を経て、二〇〇四〜六年に長官であった。  だが、阪田氏が本当に頭の切れる法律家なら、暇官庁の暇管理職で時間はたっぷりあるから、憲法の教科書の一冊ぐらいはとうに書いていただろうが、そのようなものすらない。学術論文一つない。村役場の戸籍係のような、ノンベンダラリの法制局勤めが、彼の人生であった。  もともと、内閣法制局は、明治憲法が制定された一八八九年を機に、明治憲法の主起草者である井上毅を長官として設置された。当時の日本で、未曾有の大碩学だった井上毅を越える法律家などおらず、当時の日本で名高い東大教授も、井上毅の前では、師匠と弟子の関係だった。だから、井上の前では必ず三bほど下座に座った。  だが、この阪田氏を見れば一目瞭然だが、法制局長官とは名ばかりで、法曹家としての学力・知力などゼロ。せいぜい三流弁護士と同レベル。そんなものが、内閣から超然として、過去の長官発言のみを金科玉条に振り回し、憲法解釈の全能の神となっている制度は、ただただ異様にすぎる。  それにしても、日本の国防法制を欠陥だらけにして日本が外国の侵略を受けて滅ぶのをプランする“悪の朝日新聞”が、“集団的自衛権行使をつぶす”切り札として登場させたのが、なんと共産党シンパで左遷組官僚の阪田氏だったとは、朝日新聞側の弾ぎれ(人材払底)が目に浮かぶ。  実際に、「集団的自衛権は行使できない」を主張するに、阪田氏は法理論でそれを展開していない。あきれかえるが、「歴代法制局長官が、そう国会で答弁してきたから」を唯一の根拠にしている。要は、「間違いでも、百篇唱えられたら正しいと考えるべきだ」、と。だが、間違いは間違い。「君子は過てば即ちあらたむ」であるべきだ。
「立法の番人」としての仕事を全くしない、アホバカ内閣法制局 日本は自由社会で独裁国家ではないから、三権分立の政治制度が憲法で定められいる。三権分立においては、最高裁判所が“憲法の番人”をつとめる。 一方、内閣提出法案を多数かかえる行政府は、事実上の立法府。これは、(小沢一郎など)知的水準が低い日本人は、しばしば「三権分立違反だ!」という。が、ハイエクが指摘するように、行政の肥大化と法治主義によって、必然的に起こりうる政治状況。改善する道は、十八世紀以前の英国のごとく、国会が“法”と法律を峻別し“法の支配”を復権させることだが、日本では“法の支配”を理解している憲法学者すらゼロ。ともあれ、現実には行政府は、その行政を合法・適法とすべく、必然的に厖大な立法をせざるを得ず、結果として、これらの法案を事前審査する内閣法制局が必要とされてきた。この制度は、「内閣法制局の方が、各省庁の法律事務官より法律の知見が豊富で立法作業が優秀である」限りにおいて、確かに効果的である。よって、内閣法制局は、“立法の番人”といわれてきた。だが、現実には、内閣法制局は、“立法の番人”の職務を何一つ果たしていない。頭が悪いクズ官僚(クズ法律事務官)の巣窟となって、すでに久しく、そのような職務を遂行できる法律家が皆無だからである。具体的にいくつかの例を挙げる。 先述の阪田氏が法制局次長の時、小泉内閣だったが、とんでもない法律が立法された。世に言うADR法である。実際には日弁連の真赤な共産党弁護士が書いた、このADR法は、小泉純一郎総理がリードした「改革ブーム」に便乗してできた。 正式名称は「裁判外紛争解決手続きの利用促進に関する法律」で、二〇〇四年に国会を通過した。だが、これは憲法第七十六条の二項が禁じる「特別裁判所」の典型。司法のない暗黒独裁の社会へと日本が一歩を踏みだす怖ろしい法律となった。だが法制局次長だった阪田氏は、憲法との整合性を吟味し、憲法に乖離しない立法を担当する「第一部長」を経験しているのに、ADR法を「憲法違反だ!」として、その立法を不可とする方向で動いてなどいない。傍観し盲判を押した。 今では退官して売れない弁護士稼業となった阪田氏が、今般、集団的自衛権について、「憲法第九条からその行使を解釈するのは無理だ」と朝日新聞で喚く。が、それは共産党の解釈が絶対正しいとする個人的信念からのものである。あるときは「憲法違反だけれども、大目に見てあげる」とし、あるときは「憲法違反だ! だから絶対ダメ」と叫ぶ阪田氏の二重基準には、ほとほとゲンナリする。
権力者には言いなりの、ゴマスリ内閣法制局  世間の目に映る内閣法制局は、何か美しい。政治に翻弄され選挙でめまぐるしく改変される内閣からも超然として、極左翼が盤居する大学教授たちの偏向学説からも超然として、「一貫して学問的に妥当な憲法解釈を孤高において墨守する役所」というイメージである。だが、実情は、その逆。権力者である総理に媚びること甚だしい内閣法制局長官は多い。たとえば、田中角栄総理が、強権発動して、憲法第八十九条違反の私学助成を導入する時、時の内閣法制局は、「法律は、制定してしまえば、憲法など死文化できる」と、ヒットラーの全権委任法そっくりの詭弁で答えて了解した。名前は伏すが、この時の法制局長官は、角栄から(退官後の)巨額の金を約束された(実際に手にしたか否かは不明)。 「私立学校振興助成法」は、一九七五年七月に成立した。金脈問題ですでに退陣していたが、この法律は、角栄が推進したもの。だが、憲法第八十九条は、明快に、この法律を違憲と定めている。「公金その他の公の財産は、…公の支配に属しない教育もしくは博愛の事業に対し、これを支出しまたはその利用に供してはならない」が、この条文。なお、現在の憲法学界における第八十九条後段に関する、「自主性確保」「公費濫用防止」「中立性確保」などの諸説は、あと智慧の屁理屈。なぜなら、一九七四年以前に存在したものではない。
 角栄の超福祉国家路線は、すぐに日本の財政を圧迫するものとなった。そこで、ポスト田中角栄の三木武夫・首相は、赤字公債の発行を考えた。しかし、財政法第四条の規定により、それは違法である。なぜなら財政法第四条は、「国の歳出は、公債または借入金以外の歳入をもって、その財源としなければならない。但し、公共事業費…の財源については、国会の議決を経た範囲内で公債(建設公債)を発行することができる」と定めている。このため、財政法を担当する大蔵省は、一九六五年を例外に、赤字公債の発行を頑として拒否し続けた。ところが、三木武夫は、大蔵官僚をレイプ同然に黙らせて一九七五年十二月、財政法第四条違反の公債特例法を制定し、赤字公債を大量発行した。これが今日に続き、日本国の借金一千兆円の主因となった。 日本は、“角栄の負の遺産”である、社共の言いなり以上の「福祉国家」路線を維持するため、三木によって赤字公債という違法公債に手を出すことになった。このとき誰しもが考えたのは、内閣法制局が、財政法違反の「赤字公債特例法」の制定に徹底抵抗するだろうだった。が、実際には、法制局は、何もしなかった。自らの職責などどこ吹く風が、“村役場の戸籍係”内閣法制局の実態である。なお、今では、角栄が日本を「福祉国家」にした歴史を知らない日本人も多いので、彼が社会保障費を「29%増」「37%増」した異常かつ過激な福祉政策を、表1の数字を見て、しかと思い出してもらいたい。
表1:社共以上の「福祉国家」路線を導入した田中角栄1972年度→1973年度→1974年度      単位は円 社会保障予算 1兆6415億→2兆1145億(29%増)→2兆8907億(37%増) 公共事業予算 2兆1485億→2兆8408億(32%増)→2兆8407億 防衛予算 8002億→9355億→1兆930億
共産党が推進する革命法律はなんでもすぐオーケーの、赤い内閣法制局 内閣法制局とは、憲法違反の立法や既存の重要法律と乖離する立法を、内閣が提出する前に、事前にチェックして、そのような法律が国会に提出されないようにする職務を課せられた官庁である。だが、現実の内閣法制局には、そのような意識はない。そればかりか、それ以前で、内閣法制局には、そのような能力も知見も全くないのが実情。たとえば、文科省が起草し、二〇一三年五月二十九日に制定された「時効中断特例法」である。これは、紛争審査会に係わる東京電力に限るが、民法第七二四条が定める「不法行為の時効三年」の利益を東京電力のみに凍結するとのトンデモナイ法律。 特定個人や特定法人への民法条項の適用禁止など、文明の社会にあって万が一にも存在してはならない、いかに怖ろしい法律であるかは、「特定個人・法人への刑法殺人罪の条項を適用せず」の法律、すなわち「東電社員への殺人は殺人罪とならない」と定めた法律(特例法)が制定されたと想像すればすぐわかるだろう。 法学的にも、ドイツ国籍を保有していてもユダヤ人への殺人は無罪と定めたヒットラーの諸法令によって、ユダヤ人百五十万人以上がガス室その他で殺されたのと同種の法律、それが「時効中断特例法」である。しかもこれ、民法をぶっ壊す法律でもあるから、内閣法制局の部長/次長/長官は、一般法律より上位にある民法を守るべく命をかけても阻止するのが職務であるはず。が、内閣法制局は、文科省がこの法案を持ち込んだとき、断固拒絶すべきが拒絶しなかった。それどころか、文科省の「急いでくれ!」の要請に応じて、すぐ盲判を押した。なぜか。 「時効中断特例法」は、実は共産党員である文科省研究開発局長・戸板一夫がそのまま法制局に持ち込んだもの。法制局は、この事実を知るが故に、即座にO.K.を出した。現在、霞ヶ関の中央官庁がつくる内閣提出法案に、共産主義者が起草した法律が鰻上りに増えている。たとえば、男女共同参画社会基本法(一九九九年、内閣府)、少子化社会対策基本法(二〇〇三年、厚生省)、次世代育成支援対策推進法(二〇〇三年、厚生省)など、挙げるときりがない。そして、裏でこれらのコミュニスト官庁と緊密な通謀関係にある内閣法制局は、これらの法律を無審査で即座にO.K.を出している。なお、上記の阪田雅裕氏は、後者の二法案に、次長として関わった問題人物である。  しかも、ここに挙げた三法律はみな憲法違反である。家族解体を骨格ドグマにしている「男女共同参画社会基本法」「少子化社会対策基本法」「次世代育成支援対策推進法」は、それらの前文を読むだけでも、民法(家族法)とは根本的に乖離するのは、誰にでもわかることではないか。それ以上に、それらが憲法とも違背することも明らか。  先述の「時効中断特例法」も、憲法第十四条が定める“法の大原則”「法の前の平等」に違背することは言うまでもなかろう。万人の権利を守るための民法第七二四条を東電にのみ適用しないことは、「法の前の平等」に反する。これは、説明がかなり長くなるので説明省略。
井上毅顕彰記念館か、コーク/ブラックストーン研究所か――内閣法制局を解体した後の再利用案  内閣法制局が、赤色官庁として登場したのは、一九四五年の終戦と同時であった。GHQホイットニー民生局が明治憲法を解体して現憲法に改悪する際、憲法第二四条を起草したベアテ・シロタ(ウクライナ人、父親がベリア直属のNKGB工作員)がコミュニストであったことなどは知られているが、時の内閣法制局次長(のち長官)であった佐藤達夫がコミュニストだったことは、戦後の日本の学界が躍起となって「検閲」的に消し去った。  GHQ草案では、「堂上公卿は、一代に限り現状のまま(=GHQが去ったあと、日本が世襲公卿制度へ戻すのは自由)」となっていたのを、天皇制廃止に邪魔とばかり、(マッカーサー、フェラーズ、ウィロビーなど)王制主義者(モナーキスト)が首脳部に多かったGHQの目を盗んで公卿の全面廃止をしたのは、共産主義者の佐藤達夫だった。後年、佐藤は、自分の回想記で、「(天皇制廃止への第一歩である)公卿制度廃止はオレ様の功績だ」と自慢している(『日本国憲法誕生記』、中公文庫、一五四頁)。  内閣法制局は“各省庁のクズ法律事務官の姨捨山”にすぎないと、その存在の是非を軽視する向きが多い。が、これは間違い。なぜなら、内閣法制局は、佐藤達夫以来、赤化がいちじるしく赤色官庁になっている重大問題が放置されるからである。   (ロシアや北朝鮮や中国共産党が直営する)“外国の新聞”朝日新聞のインタヴューにはしゃぐ阪田雅裕氏のような“非国民のたまり場”となった内閣法制局をどう処置すればよいのか。結論は、このような盲腸官庁は不要だから解体がベスト解答。だが、単なる解体では芸がなさすぎる。  一案は、日本が生んだ偉大な法曹家である初代長官・井上毅を顕彰する記念館とするものだろう。フランス留学中に反ルソーとなって帰国した井上毅は、反・水戸学の漢学の深い造詣のもとに、「旧慣(=古来からの民族の慣習や伝統)は、法である」を達人の域で感得するに至った。それは、コークの“法の支配”と同種のもので、英米憲法思想に相通じるものがある。明治憲法/皇室典範/教育勅語の“三種の神典”だけが、井上毅の功績ではない。  もう一案は、明治維新以来の日本の法学部で完全に排斥された、最重要な法思想である“法の支配”を、日本に導入して普及させるべく、コークとブラックストーンの研究機関にするのはどうだろう。そうしなければ、民法の破壊を狙った共産革命丸出しの「時効中断特例法」や、ヒトラーやレーニンを真似た裁判所(司法)破壊のADR法など、日本をナチ体制やスターリン体制へと“悪の改造”をなさんとする悪法の乱発があとを絶たない
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜
結局の所 歴代内閣法制局長官は、共産党・朝日新聞などの左翼勢力の使い走りに過ぎなかったということである。

換言すれば歴代内閣法制局長官による集団的自衛権解釈は何ら根拠が無かったことになる。

自民党内での集団的自衛権容認反対派は、つまるところ中国・朝鮮の手先=共産党・公明党=と歩調を合わせる不逞の輩ではないかと断定せざるを得ない。。。。。

安倍首相が国益第一に考える政治家であれば、諸悪の根源である公明党との連立内閣解消を本気で考える時期が迫ったと感じたのではないか????

いくら阿呆でも連立を解消した公明党に尻尾を振る自民党議員は殆ど居なくなるだろう。

維新、みんなの党は集団的自衛権を容認すると表明しているのだから。。。
風船
posted by ヤマおやじ at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月18日

本年初の春の山菜;大平山周回コース整備/旧生活道発見

<3月15日(土)>

好天気なので懸案の大平山周回コース整備を行った。

大平山ロープウエイ山麓駅付近から大平山山頂に向う舗装道路から555mピークに至るルートを探す目的で、舗装道路脇の藪に突っ込んだが地図を確認せず山勘で進んだので方向を誤り、再び舗装道路に出てしまった。ここから仕切りなおして今度は古い道に沿って進み防府市市民農園に到達した。12時になったので市民農園の東屋で昼食を採った。

ふと足元に蕗の薹が顔を出していたので、早速5,6個戴いた。
DSCF7903.JPG < 蕗の薹>

とりあえ整備が未完な555mピークから堀溝地区へ通じるルートの整備を行うべく555mピークへ向った。

大平山から堀溝地区へ通じるルートは、本年1月に自分としては初めてなので試行錯誤しながら555mピーク経由で防府市市民農園経由で確認できた経緯がある。

3月15日には、主として555mピークから堀溝地区へ通じるルートの整備を行った。
防府市市民農園から555mピークまでのルートには要所に赤テープを貼っていたにもかかわらず、2ヶ月のブランクがあったためか、迷う場面もあり改めて赤テープを増やし、視線の邪魔になる小枝を切断したりして進んだ。

更に鞍部(標高525m)から北に下る始めてのコースに足を踏み入れ、耕作放棄された棚田を新たに発見したりしたので、555mピーク到着が大幅に遅れた。

555mピークから堀溝地区へ下るルートでは、赤テープを貼っていなかったのでルート設定に改めて時間が掛かった。どうも555mピークから長い尾根筋を下り牟礼峠方面に至ると思われるルートに赤テープが既に貼られていたので、堀溝地区へ下ろうとするヤマちゃんおやじとしては混乱を招いた。

更に、植林された杉の下刈り作業が極最近に実施されており、刈り取られた膨大な杉の枝が散乱してあったので本来あった通路が見えなくなっていた。

とはいえ一回通過したルートを思い出して、散乱した枝を除去し最低限の整備をして要所に赤テープを貼った時点で17時になった。春とはいえ冷たい風が吹く中を555mピークに登り返し市民農園経由で戻った。

市民農園から曲がりくねった舗装道路を歩くのを避ける狙いで、公園前から大平山〜大谷山縦走コースに入ったが、最近通過する人が少ないようでかなり藪化が進み終に進行不能になった。時間があれば整備しながら進む選択肢もあったが所詮18時が迫ってきたので、進行を断念し舗装道路へ戻り大平山山頂駐車場へ戻ったのは18時10分前であった。


19時ごろ帰着し風呂上りにカミサンが天婦羅にしてくれた蕗の薹をビールの肴にして食した。苦味がある春の山菜特有の味は結構美味であった。


<3月16日(日)>

この日も快晴なので午後から再び大平山周回コース整備に向った。13時頃市民農園着。

早朝目が覚めた時、“いくらなんでも市民農園内を横断する周回ルートは諸事情を考慮すれば好ましくないのではないか?”と気がついた。

市民農園を通過しないで済む新ルート候補として、今回はいったん555mピーク直下の鞍部(標高525m)に達し、そこから南方に舗装道路方面へ延びる古い生活道と思われるルートを整備する意図で作業を開始した。

ルートに生えた立木を切断し、倒木を切断後除去しながら、今回はあくまで古い道筋に忠実に沿っていく方針の下で整備していった。様子を知らないヤマちゃんおやじが自分勝手にルートを新たに作ったとしても決して納得できるルートにはならないと感じたからだ。

案の定、鞍部から概ね400m程度進んだ所で大平山に登る舗装道路に出た。この場所は下の堰堤から40〜50m舗装道路を下った、思ったり適ったりの場所であった。

さらにこの古い生活道と思われるルートは溝を隔てて、昨日通過した市民農園へ至る古い通路につながっていた事も分かった。昨日のルート選定失敗も無駄足ではなかった。

このルート沿いに赤テープを貼り鞍部まで戻り、555mピークに登り見晴らしの良い場所を探したが得られなかったので、堀溝方面へ下り要所に赤テープを追加した。

堀溝林道脇の615mピーク登山口に至り、案内板を設置した。
DSCF7906.JPG  < 615mピーク登山口案内板>

付近に自生し通路に邪魔になる棘のある植物群をなで切りし、さらに10m程度道路を進んだ駐車可能場所に生えていた藪を刈り払った。この一体では3,4台の車が路肩に駐車可能。

帰り道のルート選定は迷ったが、結局堀溝林道終点から大平牧場(三叉路)へ通じるルート経由で駐車した市民農園まで帰ることにした。

先日このルートを下った際、赤テープが少なく通路も荒れていたので、先日設置した案内板を撤去すべきだと思ったからだ。この案内板を見てルートに初めて入った人は、藪好きな人でない限り“裏切られた”と感じる可能性が高いと判断したからである。

夕暮れが迫る中で、通路を邪魔する倒木ならぬ倒竹を鉈で切断しながら赤テープを追加していたら17時を軽く過ぎてしまったので、整備作業を中断して三叉路に出て市民農園に着いたのは18時10分頃だった。

今回は念願の新しい周回ルートを見つけて整備できたのでそれなりの満足感をもって家路についた。

周回ルート整備の残りの焦点は、屈曲する舗装道路をショートカットできる公園前から大平山駐車場に至るまでの大平山〜大谷山ルートの藪化を整備する作業だ。


<3月17日(月)>

好天に誘われて、14時頃から山菜の出具合を探りに周辺山野を歩いた。

まあ“だめもと”であるいたが、タラの芽は予定した場所で小さいのを見つけ3個ほど無理矢理採取した格好となった。ワラビは予定した全ての場所で見つからなかった。

17時を過ぎて帰り道で、道路の法面に足跡があったので周囲を探した所、20本程度のワラビが採れた。この場所は、昨年までは馬鹿にしてパスしていた場所であった。

世に中予想通りにはならないものだ。万物流転。諸行無常。
おそらく20km程度は歩いただろう。
DSCF7907.JPG < 本年初のワラビ&タラの芽 >

太陽光発電設備が3箇所で工事中であった。推定出力は50kw(個人)、1000 kw(完成)、10000kwと独断で想像した。

50kw(個人)の太陽光発電設備は住宅地のど真ん中にあった。工事関係者の話によれば最近は個人の太陽光発電設備の注文が多く多忙を極めているとのことであった。


<3月18日(火)>

9時から12時まで公園ボランティア作業。
松林を生かした展望区域開設も9割程度進捗した。
なにしろ作業者は2人で、全て人力で機械力を有さないので時間が多くかかるのは仕方が無い。自分としては、呆け(認知症)の進行を緩めるための一種の運動と思ってやっている。

キャンプ地に2張のテントがあった。無料なので時々利用者を見つけることがある。
12時頃1張のテントが未だ張ってあり、居間もある快適なテントなので居住者と立ち話しをした。

熊本からきたという若い男性は、広いテントは寝室には3人寝られ、居間スペースは雨天時の炊事にも便利であり、くつろげると言っていた。テント重量は2kg程度で一人で設置・撤収可能であり、値段も手頃だったという。

今からはアウトドアのシーズンだ。この公園で少しでもより多くの方々がアウトドアライフを楽しめれば公園ボランティアとしても嬉しいかぎりだ。

夕食に本年初のワラビとタラの芽に天婦羅を食した。
まあこんなものだろう。諸々に感謝、感謝、感謝。。。。
posted by ヤマおやじ at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月14日

福島第一原発事故の主犯は東電ではない!!!

<地震に想う>

3月14日2時過ぎに激しい揺れが10秒程度続いたので目が覚めた。
30年近くこの地に住んでいるが、今まで最も強い地震の揺れであった。
結構強いゆれであったのでテレビをつけて見ると、2時6分頃伊予灘でマグニチュード6.2震源78キロ最大震度五強とのことであった。

それから頭がさえて中々寝付けず朝を迎えた。昨日昼寝をした影響かもしれない。
地震といえば、平成23年3月11日に発生した東日本大震災を思い出す。


今でも不審に思うことがある。東日本大震災によって引き起こされた東電福島第一原発事故と東北電力女川原発事故である。

東日本大震災で被災した原発に関して福島第一原発の大事故のみが大々的に報じられているが、東北電力女川原発1,2,3号機も東日本大震災で被災し高さ13mの津波を受けたが3基の原発は無事に冷温停止されている事実は、少なくともマスコミや各政党の原発論争では殆ど無視されている。
女川原発のIAEA調査では、“驚くほど損傷少ない”と記載された。

この二つの原発の対照的な被害の大きさの差異は何処に起因したのかを2013年07月09日ヤマちゃん日記http://yamatyan369.seesaa.net/article/368750312.html
に記載した。

マスコミ、政府(民主党政権)は東電を目の敵にしてきた。原子力村という曖昧な団体が悪者にされた。原子力保安院が経済産業省の管轄下にあることが非難されて独立した原子力規制委員会が新たに発足した。

東電の利益追求第一主義は責められるべきであるが、東電福島第一原発の大事故の主たる原因は別の所にある。

襲来した津波の高さは、女川原発では13m、福島第一原発では14mであり、
津波の想定高さは、女川原発では9.1m、福島第一原発では約5.7mであり、
主要設備の標高は、女川原発では14.8m、福島第一原発では約10mであった。

津波の想定高さが約5.7mであった福島第一原発では主要設備の標高を約10mにしていたが、襲来した津波の高さは14mであり、主要設備は津波で水没し激甚事故を誘発した。

津波の想定高さが約9.1mであった女川原発では主要設備の標高を約14.8mにしていたが、襲来した津波の高さは13mであり、主要設備は津波で水没しなかったので放射線の発生はなかった。

大津波から女川原発を守ったのは 1986 年に亡くなった元東北電力副社長、平井弥之助氏であったという (本家 /. 記事、The Mainichi DailyNews の記事、毎日 jp 記事より) 。

869 年の貞観大津波を詳しく調べていた平井氏は、女川原発の設計段階で防波堤の高さは「12 メートルで充分」とする多数の意見に対して、たった 1 人で「14.8 メートル」を主張し続けていたとのこと。最終的には平井氏の執念が勝り 14.8 メートルの防波堤が採用されることとなったが、40 年後に高さ 13 メートル津波が襲来することになるとは!!!氏はさらに、引き波による水位低下も見越していたとのことで、取水路は冷却水が残るよう設計されていた。
「決められた基準」を超えて「企業の社会的責任」「企業倫理」を追求しつづけた平井氏の姿勢に敬服する。

仮に元東北電力副社長、平井弥之助氏が多数意見であった「防波堤の高さは12 メートルで充分」という意見に従っていれば、女川原発も福島第一原発のような激甚事故に見舞われていた可能性が極めて高い。

一番の問題は、津波の想定高さが実際に襲った津波高さよりも5m前後低かったことである。
津波の想定高さが15mであったならば、東電だって当然、福島第一原発の主要設備の標高を15m以上になるように建設したであろう。

この最も重大な失敗を誰が指摘したのか???誰も指摘していないのだ。
この最も重大な失敗は活断層の存在でもない。

平成10年6月東京電力は、平成10年3月26日に建設省など四省庁により公表された「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」に従って、想定される津波に対する福島第一原発、福島第二原発の安全性の評価を行い、最高水位をそれぞれ4.8m,5.3mと得ており想定される津波に対して安全であると評価した。

福島第一原発における津波高さの想定の元となったのは、平成10年3月26日に建設省など四省庁により公表された「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」だった

東電は独自に津波高さを定めたのではなく、建設省など四省庁により公表された「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」に従って津波高さを定めたのであって、津波高さの想定高さを誤った責任は、建設省など四省庁により公表された「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」に帰着する。

これを指摘した情報は、少なくとも広く知られていない。

古い記録には、“青森にあった十三湊という国際貿易港は高さ30mもの大津波に襲われ壊滅した”とある。

未開の地震学を金科玉条の如く信奉する三流地震学者には、30mもの大津波という史実は到底受け入れられなかったのだろうか????

新手法を適用して得られて結果に狂喜して、結果の妥当性の検証を怠ったのかもしれない。。。

やはり普通の学者は単なるオタク馬鹿だとみなさなくてはならない。。。



東日本大震災発生後2年間政権の座にあった民主党政権は、東電福島第一原発の激甚事故の責任を全て東電に押し付けた。

ヤマちゃんおやじに言わせれば、“東電福島第一原発の激甚事故の責任の大本は、「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」を策定した国にあり、これに参画した諸団体(日本地震学会、土木学界、原子力委員会、原子力保安院など?)にある”。

原子力保安院は集中砲火を浴びて原子力規制委員会へ衣替えさせられたが、「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」を策定に関わった諸団体は何らお咎めなしであるのは犯人の隠匿である。

一方、
日本の原子力安全委員会は90年、原発の安全設計審査指針を決定した際、「長期間にわたる全交流動力電源喪失は、送電線の復旧又(また)は非常用交流電源設備の修復が期待できるので考慮する必要はない」とする考え方を示した。だが現実には東日本大震災では、送電線も非常用のディーゼル発電機も地震や津波で使えなくなった。この日本の原子力安全委員会の科学者らしからぬ決定は許し難いのは明白である。

しかし、民主党、自民党も、他の野党も、科学技術専門家達も日本原子力安全委員会を非難する者はいなかった。日本原子力安全委員会から反省の言も聞かれない!!!!

”東電憎し”を強調し、東電に巨額補償を全額負担させて倒産させる目的が隠されていた感がある。
野党であった自民党もこれに何ら反論しなかった!!!

あるのは、悪いのは全て感情的な東電、原子力村論議、活断層論議、原発ゼロコールだ。

この国の理性、知性は何処に行ったのか!!!!

科学的に根拠の無い『1ミリシーベルト以下まで除染すべし』というプロパガンダ(東大アイソトープセンター長が涙混じりに国会で芝居を熱演)がまかり通り、核医学専門家の言が無視されて実際には不要な除染作業が延々と実施されている。

どうもこの国には真っ当な思考が出来なくなった人達で運営されている感がある。。。

正論を吐いてももはや一般国民はそれを理解できなくなったのか???
posted by ヤマおやじ at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月13日

615mピーク、576 mピーク、大平山周回コース

<615mピーク、576 mピーク、大平山周回コース>

3月11日(火)は寒気はあったが快晴なので、3月9日(日)に整備を終えた防府市真尾堀溝から615mピークへ至るルートに案内標識を取り付けると同時に、615mピーク、576 mピーク、大平山を含む周回コースを歩くことにした。また木登り補助具の現場テストも行うことにした。

牟礼峠から堀溝方面へ向かいおよそ1kmあたりに鉱山跡があり、さらにおよそ1km 進み12時頃、赤テープを巻いた堀溝林道の615mピーク登山口に着いた。
DSCF7864.JPG <堀溝林道の615mピーク登山口>

20m位先に2,3台の駐車スペースがありここに駐車しここから登山口に戻り登り始めた。

35分後に615mピーク〜576 mピーク稜線に出た。ここで615mピーク方面への案内板と576 mピーク方面への案内板を立木に固定した。
DSCF7865.JPG <615mピーク方面への案内板>

615mピークで昼食を採り、早速見晴らしが得られそうな立木に登ることにした。持参した木登り補助具を立木の太い枝に固定し、腰にぶらさげた鉈で邪魔になる枝を切り払いながら終に立木の先端まで到達できた。ヤッホーと叫びたくなる瞬間であった。

やはり木登り補助具を持参してまで立木の天辺までよじ登った甲斐があった。
その上木登り補助具も役に立つことが実証されたのも嬉しかった。
DSCF7890.JPG <ヤマちゃん式木登り補助具>

前回615mピークの来たときには立木に遮られて景観は360度ゼロであったので、今回は余り期待していなかったが、どうしてどうして邪魔するものが何も無い360度の絶景が目に飛び込んできた。。。。
DSCF7881.JPG <立木の天辺からの眺め>

想定外だったからかもしれないが、615mピークの立木天辺からの360度の景観は、瀬戸内海方面の景観が一部大平山に遮られるものの、大平山からの景観では得られない北方の山並みの景観が得られるので、大平山からの景観に勝るとも劣らないものに思えた。
DSCF7889.JPG <立木の天辺のヤマちゃん>

仮に615mピークの周囲の立木が刈り払われるならば、素晴らしい景観が居ながらにして得られるものと思った。しかし山頂で立木が360度林立している以上、今回のように高い立木の天辺に登らなければ折角の360度パノラマも宝の持ち腐れとなる。
DSCF7896.JPG <防府市市民農園から見る615mピーク>

幸いにも、倒木を利用して木登り補助具を使用しないでも立木の天辺に登れるように工夫することが出来たので、立木に登れる人であればこの絶景を味わうことが出来るだろう。ただし、立木に登るのはあくまで自己責任で行っていただきたい。万一事故があってもヤマちゃんおやじは責任を負いませんので悪しからず・・・・。。。

更にピークの周囲を一巡してみた。雑木に混じって桜の木が数本あることが分かった。桜の木を生かす意味で、桜の周囲の雑木を少し切り倒して見た。できれば桜の咲く時期に再度訪れてみたい気がした。

周回ルート走破があるので、615mピークを後にして576mピークを経て大平山牧場内舗装道路出会(T字路)へ向い30分後に到着した。ここから大平山牧場内舗装道路を大平山へ向って歩き40分後に大平山山頂に着いた。

太陽もだいぶ西に傾いてきたので、帰路は555mピーク経由とするか、大平山牧場内舗装道路出会(T字路)まで戻り堀溝林道終点に下るか迷ったが、結局後者にした。

大平山山頂から30分で大平山牧場内舗装道路出会(T字路)に着き、更に30分下って堀溝林道終点に着いた。ここから3分程度林道を下って駐車位置に着いた。

大平山牧場内舗装道路出会(T字路)〜堀溝林道終点のルートは今回で3回目であるが、実感としては、藪漕ぎほどではないが、快適さを求める一般登山者にはかなり不安が募るルートだろうと実感した。

周回コースとしては、大平山から555mピークを経由するコースの方が判りやすいかもしれないが、快適さを求める一般登山者向けにはもう少し赤テープを増やすべきだろう。

今回周回したコースの参考時間は、休憩時間を含まないで180分程度=3時間=だった。
周回コースのバリエーションとしては、大平山牧場内舗装道路出会(T字路)から約700m舗装道路を歩き、大谷山へ向うルートに入り望海山(標高616m)まで行き引き返した後、大平山に至るものもある。この場合歩行時間はおよそ6時間程度と長丁場になるが、標高600m級の三峰を一挙に周回できるコースになる。

出来れば、防府市市民農園を通過しないで大平山山頂から555mピークを経て堀溝に至るルートが整備されれば、防府市で最も高い稜線を漫遊できる周回コースとなるだろう。

いずれにしても、数年前から行きたいと願っていた615mピークに登り、一度は失望した615mピークからの眺めを立木の天辺に上ることで予想だにしなかった360度パノラマを見ることが出来たのは誠に喜ばしい限りである。

また、大平山山頂駐車場まで車で行き、そこから大平山〜望海山〜大平山牧場内舗装道路出会(T字路)〜576mピーク〜615mピーク〜堀溝登山口〜555mピーク〜大平山山頂駐車場という周回コースも考えられる。

出来得れば、防府市市民農園を通過しないで大平山山頂から555mピークを経て堀溝に至るルート整備に挑戦したい意欲が湧いてきた。

とはいえ、当面は山菜採りとシャクナゲ尾根・谷コースの湿地対策もあるので、何時ごろ実現するかはわからないが・・・・

さしずめ、大平山牧場内舗装道路出会(T字路)から堀溝林道終点に至るルート案内版は撤去するのが良いと感じている。

帰路防府市真尾一の瀬で、早咲きの桜を見つけた。
今年はじめてみる桜だ。
DSCF7901(1).JPG  <早咲きの桜>

いよいよ春がやってきたようだ。



<共産党が旗を振る憲法9条堅持に賛同する宗教家達>

共産党、社会民主党、朝日新聞などの反日左翼がが旗を振る憲法9条堅持に賛同する宗教家達が大勢いる。

メルマガ"NPO法人百人の会"2014年3月12日 水曜日 午後2:33によると、

〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
白井裕一

いわゆる「憲法9条」を堅持しようという考えを持っている宗教家は意外と多数おります。
日本共産党中央委員会出版局が刊行した小冊子「いま憲法9条を宗教者は語る」というのが2007年5月28日初版で出ています。
これの元になったのは「しんぶん赤旗」政治部取材班が2004年9月から2006年12月まで断続的に取材・掲載してきたインタビュー記事をまとめたものです。
意外と有名な大寺院のトップが、”憲法9条”をも”信仰の対象”wにしているのには驚かされます。
目次をもとに、列記します。(肩書は「しんぶん赤旗」掲載時のもの)
・臨済宗相国寺派管長、京都仏教会理事長 有馬頼底
・浄土宗西山禅林寺派管長 五十嵐隆明
・清水寺貫主 森清範
・真言律宗総本山西大寺宗務長 佐伯快勝
・本山修験宗宗務総長 宮城泰年...
・枢機卿・カトリック大司教 白柳誠一
・京都キリスト教協議会会長 佐伯幸雄
・日本キリスト教婦人矯風会前会長 高橋喜久江
・日本基督教団総会議長 山北宜久
・浄土宗総本山知恩院布教師会会長 岩波昭賢
・真宗大谷派教学研究所元所長 児玉暁洋
・カトリック長崎大司教 高見三明
・日本キリスト教協議会議長 鈴木伶子
・カトリック東京大司教 岡田武夫
・大正大学元学長 村中祐生
・新潟親鸞学会会長 里村専精
・真言宗御室派大聖院座主 吉田正裕
・日本仏教教育学会名誉会長 斉藤昭俊
・カトリック大阪大司教 池長潤
・真言宗須磨寺派大本山須磨寺塔頭正覚院住職 三浦真厳
・日本聖公会・正義と平和委員会委員長 谷昌二
・富山大学名誉教授・哲学、宗教研究(浄土真宗) 中本昌年

奈良県の吉野に金峯山寺という古刹がありますが、そこに参拝に行ったら、本堂の蔵王堂の前で「9条の会」の連中が署名活動をしていました。
金峯山寺は本山修験宗です。お寺の許可を得ていたのでしょう。
また、京都の鞍馬山の鞍馬寺(鞍馬弘教)の本堂に参拝した時、お守りなどを頒布するところで、「9条を守れ」といった類いの書籍が置いてありました。
滋賀県大津市の三井寺(園城寺)の観音堂に参拝した時も、「9条を守れ」といった署名活動用紙が置いてありました。
京都の金閣寺のトップ(住職もしくは貫主)が「9条を守れ」といった内容の講演会の講師となっているパンフも見たことがあります。
日蓮宗の業界紙「日蓮宗新聞」でも、コラム欄で「日本国憲法は仏さまからの贈り物」といった表記が有ったので驚愕した記憶が有ります。
いわゆる靖国神社への訴訟で、坊主と神父が原告団にいるのを見かけますが、相当、左傾化・赤化していますね。
ソビエト崩壊からだいぶ経ち、共産主義がいかに苛烈な宗教弾圧をしていたのか、解らなくなってきたからかもしれません。
また、左翼思想=インテリという構図がまだ効力を失っていないからかもしれません。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

宗教団体の中には曹洞宗のように、檀家の呼び名に差別があった事実を部落開放同盟に非難恫喝されて、ついに反日左翼の言うなりになった教団もある。

キリスト教関係は、韓国系幹部が実権を握り反日活動に注力しているともいわれている。

宗教界の左傾化は10年以上前から一部で指摘されていたが、これほど左傾化がひどいとは思っていなかった。

平和=戦争反対=憲法9条死守=という連想ゲームで多くの仏教教団幹部も憲法9条死守を叫んでいる感じもするが、もう少し世界の現実を知っていただきたいものである。

米国が財政逼迫により世界の警察官の役目を終え米軍がグアムまで後退しようとしている今日、戦力を否定する憲法9条を死守して自衛隊の戦力を否定すれば、軍事力のエアポケットが生じるので中国が一挙に日本を占拠支配できるようになるのである。

共産党が宗教活動を一切認めないのを、これらの宗教家達は知らないのか???
一切の宗教活動を認めない共産党と、仏教教団が何故行動作戦を張るのか???
共産党が宗教活動を一切認めないのを知りながら、曹洞宗のように部落解放同盟などのような恫喝団体に支配されているのかもしれない。。。

坊主は政治に口を出すな!!!


<米国オバマ政権からの圧力>

マスコミは報じないが、最近米国政府が“河野談話の検証をやめよ”と日本政府に圧力をかけているそうだ。

河野談話は、ありもしない旧日本軍による韓国人慰安婦の強制連行が存在したという捏造談話であることが判明している。菅官房長官は、“河野談話は継承するが検証は行う”と表明したのは、米国政府からの圧力に対するものであろう。

“米国が国際法に違反して広島長崎に原爆を投下した”ことがようやく世に広まり始めたので、”日本人は悪いことをした”というネタに“旧日本軍による韓国人慰安婦の強制連行”を利用したい意向が米国にあることが、『今回の“河野談話の検証をやめよ”という日本政府への圧力』で改めて明らかになった。

東京裁判も国際法に違反した裁判であった。
東京裁判にインドから判事として参加したパール判事は、“東京裁判に任命された各国判事の中で国際法のバックグラウンドを有していたのはパール判事だけであった”と述懐している。

換言すれば、最初から東京裁判は国際法を無視して行われるように決まっていたのである。

米国オバマ政権は、あたかも中国と敵対しているかのような演技をしているが、従軍慰安婦問題では、中国・韓国と歩調をとって日本に圧力を加えている。

米国オバマ政権は、安倍首相の靖国参拝に対し失望の意を露わにした。
米国のブッシュ前大統領は、国のために命をなくした英霊を祀る靖国神社参拝を希望したのと対照的である。
ここでも米国オバマ政権は、中国・韓国と歩調をとって日本に圧力を加えた。

米国の外交委員会は民主党の素人議員(肉屋上り)が牛耳っているとの声もある。
米国オバマ政権は、ハンガリー大使にも素人を任命した。


Yes we canというマジックで大統領に当選したオバマの政権担当能力は極めて低いことが米国で露見している。

この無能なオバマを民主党の大統領候補に最初に支持したのがあの現駐日米大使キャロライン・ケネディである。

マスコミはキャロライン・ケネディを好意的に親日だと宣伝したが、来日後は日本への内政干渉に明け暮れているのが実情。

キャロライン・ケネディが何ら実績の無いオバマ上院議員を真っ先に民主党の大統領候補に仕立て上げた張本人であった事実を冷静に見なければならない。

名門といわれるケネディ家ではあるが、何故か不慮死、逮捕者の影が付きまとう。
いずれにしても、キャロライン・ケネディ駐日米大使が日本に好意的だという甘い期待は早急に捨てるべきだ。

キャロライン・ケネディ氏の祖父、JFケネディ元米大統領の父であったジョセフ・ケネディ氏が、1929年の世界大恐慌では株の売り抜け役を務め、駐英大使時代にはポーランドを唆しヒットラーからの理由ある要求を撥ね付けさせて第二次世界大戦に火をつけたイルミナティ一味であったたことは殆ど知られていない。

キャロライン・ケネディ氏にもジョセフ・ケネディ氏の血が流れている。

イルミナティが日本帝国とドイツ帝国を滅ぼすために第二次世界大戦を勃発させた事実も殆ど知られていない。

オバマという無能者を米国大統領にさせたのは、イルミナティの意思であったのかもしれない。
とすれば、オバマの主人がキャロライン・ケネディ氏であり、キャロライン・ケネディ氏はイルミナティの指令で行動する・・・という図式も成り立つ。


北米大陸で多数のインデアンを殺戮しインデアンの土地を収奪し、狭い居住区に押し込めたアメリカ人が人権や平和で他国を非難する資格はない!!!

ヤマちゃんおやじは以前から、中国と米国は似たもの同志だと感じていた。
しかし、今の日本には米国が押し付けた憲法により、核兵器もミサイルも保有していない。

このままで日本に米軍が居なくなったら、日本は早晩中国から支配される可能性が高い。
よって今の日本は米国との間で結んだ日米安保条約を頼るしか選択枝はない。

しかし米軍がグアムまで後退する前に、日本は核兵器を保有しミサイルを中国・北朝鮮に向けて配備しなくては日本の安全は保障されないのは明白だ。

オバマやキャロライン・ケネディなどを上手くかわしながら、軍事的空白を作ることなく核兵器を保有しミサイルを配備するのが日本の最優先課題と思う。

そのためには、憲法9条を廃棄するのは先決だ。
しかし憲法9条を死守しようとする勢力がかなり存在する。

本格的議論になれば、憲法9条死守派は論戦では勝ち目はない。

安倍政権は、オバマやキャロライン・ケネディなどを上手くあしらい、正々堂々と粛々と憲法9条改正・廃棄論議を全国民を巻き込んで進めれば良い。
posted by ヤマおやじ at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月10日

「竹島は日本領」とマッカーサー二世駐日米大使が本国へ打電

<永い風邪>
2月中旬に風邪を引きなかなか治らなかった。完治せぬまま屋外に出たりしたので風邪画長引いた可能性もある。体力の衰えかもしれない。一時鼻水が止まらず花粉症に罹ったものと思い込んだりしたが、最近鼻水が止まったので<永い風邪>も治りつつあると感じる。
花粉症にも罹っていなかったようだ。やはり健康であるのが一番あり難い。。。


<615mピーク〜防府市真尾堀溝ルート整備完了>本年2月27日午後に大平山北方の615mピーク付近から防府市堀溝方面へ下る荒れた道を整備したが夕暮れになったので途中で引き返した。

615mピークとは大平山の北方1.8kmに位置しており、この付近では望海山(標高616m),607mピークとともに標高600m以上の三峰の一つである。

3月中旬以降は当分の間山菜採りで忙しくなるので、できればその前に完了したい気持ちがあり、3月9日(日)に残りの道の整備を行った。

10時40分頃大平山牧場内を走る舗装道路の路肩に駐車して、鋸、鉈、枝カッターを持参して大平山牧場〜615mピーク縦走路(仮称)に入った。

11時頃615mピーク〜防府市堀溝ルートに左折して入り、T字路分岐付近で数本のお茶の木が生えているのを見つけた。この辺りにお茶の木が原生するのは不自然であり、おそらく昔この付近まで田んぼが耕作されており空地にお茶の木を植えたものが生き残っているものと推察した。お茶の木は新しい発見だった。

11時20分ごろ2月27日に到達した地点に着き早速整備作業を開始した。
荒れた道は竹藪の中を進み、稲妻型に下っていく。
幸いにも幅7,80cmもある道は溝状に掘られており見失うことは無かった。道の中に生えた立木も比較的疎らであったので、密に生えた笹薮を切り開く苦労に比べれば比較的楽に進んだ。

問題は道を塞ぐ倒木であり、直径が20cm以上となると切断には時間と労力がかかる。
道を塞ぐ倒木の切断は立木の伐採よりも厄介だ。立木の伐採は、重心位置を確かめ木の重みが鋸の運動を邪魔しない方向に鋸を動かせば余り抵抗を受けずに鋸を動かすことができるのでその分比較的に楽である。

しかし倒木にかかる重力は複雑多岐であり、大きな倒木ともなると重たいので移動も出来ない。したがって一定直径以上の倒木の切断には、立木の場合よりも2〜3倍の労力を要する場合が多い。

今回の一例を挙げると直径25cm程度の倒木の切断には、鋸と鉈を併用して20分程度を要した。
DSCF7862.JPG  <直径25cm程度の倒木の切断>

よって切断は全て人力に頼っているので、通行に支障が無い限り太い倒木は出来るだけ切断しないことにしている。

高度が下がるにつれて、極端に身を屈めなければ通過できない倒木が次第に増えてきた。
6本の倒木が先に見えてきた。この調子で倒木が増えるのであればルート変更も考慮したほうが良いので、様子を見るためさらに下っていく、と荒れた道は何と舗装道路につながっていた。意外とあっけない終点だった。

舗装道路脇の椿に赤テープを貼り、高度計は380mを示していた。
終点が見えたので6本の倒木も一気に切断してルート整備は終了した。
長い石垣がある場所まで戻り14時30分頃遅い昼食をとった。

竹林が道を埋め尽くすのを危惧して、道に生えている竹の幹に鉈を振るい大きな切れ目を入れ立ち枯れするようにした。

帰りは少し余裕が出てきたのか、前回切断を躊躇した倒木5本を切り除去した。
15時過ぎに大平山牧場〜615mピーク縦走路(仮称)に戻り高度計をみると550mを示していた。

折角なので615mピークに登ることにした。615mピークは360度立木が囲んでいるので展望はゼロ。。。。

粉雪がぱらついてきたが、北方に稜線に延びる切り開きに進んでみた。立木がなければ何となく良い景色が得られそうな雰囲気があったのは、欲目であろうか???

2月27日に発見した猪が掘り返した竹藪は更に広範囲に掘り返されていた。猪達はやはり美味しい筍の白子を飽食したのだろうか???

猪が掘り返した土中に何か生姜の根のようなものを発見した。猪が食わずに残している所からすれば毒かもしれないし、味が不味いのかもしれない!!!
DSCF7863.JPG <猪が食い残した生姜の根のようなもの>

いままで見たことも無いこの“生姜の根のようなもの”を参考まで持ち帰った。だけか詳しい人に見せて正体が分かれば・・・・・と思ってのことだが。。。。

615mピークからの眺望がゼロなのは前回の探訪で分かっていた。
堀溝地区にある唯一の民家にも住人は麓から車で通っている様子なので、定住者は居無いと思う。それなのに何故荒れた道を整備したのだろうか。

やはりルートハンターになってしまったからだろうか。。。。。

強いていえば、
堀溝林道合流点〜堀溝林道終点〜2月27日に発見通過したルート〜大平山牧場〜大平山〜大平山牧場〜575uピーク〜615mピーク〜3月9日に整備完了したルート〜堀溝林道合流点という周回ルート”
が可能になる。
この場合、堀溝林道合流点付近の空地に駐車することになる。

まあ、後一年くらいはこの道は荒れずに存在するであろう。
機会があれば、せめてもの記念に、この周回コースを歩いて見たい。


<「竹島は日本領」とマッカーサー二世駐日米大使が本国へ打電>

 わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」3239号2014(平成26)年3月8日(土)に『【痛快!テキサス親父】極秘のマッカーサー電文に明記された「竹島は日本領」「韓国が不法占拠」』という記事があったので紹介します。

〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
◎【痛快!テキサス親父】極秘のマッカーサー電文に明記された「竹島は日本領」「韓国が不法占拠」

マラーノ氏は、米国の秘密電文を入手し、「竹島は日本の領土だ!」と言い切った(ユーチューブから)

韓国が不法占拠する島根県・竹島が、日本領である決定的証拠が存在する。戦後、駐日米国大使を務めたダグラス・マッカーサー2世が1960年、米国務省などに送った「マッカーサー・テレグラム」と呼ばれる秘密
電文だ。「テキサス親父」こと、トニー・マラーノ氏は、機密解除となった同電文のコピーを入手した。竹島に居座り、ウソ情報を吹聴する韓国に向かって、マラーノ氏は「竹島は日本の領土だ!」と断言した。

ハ〜イ! 日本のみなさん。今回は、日本と韓国がともに「自国の領土だ」と主張している、日本海に浮かぶ島について考えてみたい。日本は「竹島」と呼び、韓国は「独島(ドクト)」と呼んでいる。現在は韓国が
占拠している。

2012年8月、こんな出来事があった。

韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領(当時)が、同国大統領として初めてこの島に上陸した。これに対し、日本の野田佳彦首相(当時)は上陸に「遺憾の意」を伝えるとともに、「島の領有権問題を、国際司法裁判所に共同提訴(付託)しよう」と提案する親書を出したんだ。

これに対し、李氏は「独島は韓国の領土だ」「共同提訴の必要はない」として、親書の受け取りを拒否し、日本に送り返した。

一国の最高責任者が隣国の最高責任者に出した親書を送り返すなんて、常識では考えられない。日本と日本国民に対する侮辱以外の何ものでもなく、「国交を断絶する」という意味でもある。俺もこんな「非礼」「無
礼」は聞いたことがない。「韓国は愚かだ」というしかないぜ。

野田氏は当時、この件が両国間で大問題とならないよう、感情を押し殺し、緊張を和らげる対応をしていたが、大したものだった。

さて、この島がどの国の領土なのかを明確に示す文書がある。「マッカーサー・テレグラム(電文)」というもので、1960年4月、連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官、ダグラス・マッカーサー元帥の甥で、当
時、駐日米国大使だったダグラス・マッカーサー2世(任命日56年12月4日〜任期終了日61年3月12日)が米国務省などに送った秘密電文だ。

機密扱いが解除されたために入手可能となり、俺はこの電文のコピーを知人にもらった。本物かどうかを確かめるため、ワシントンの国立公文書館に送り、確認してもらった。同館の責任者は「本物の書類を合法的にコ
ピーしたものだ」と返答してきた。

さあ、これで堂々とみなさんに公開できる。電文にはこうある。

《日本海にある竹島は日本の領土である》《韓国は力づくで不法占拠している》《われわれ米政府は、韓国に圧力をかけて、この島を日本に返さなければならない》《最低限、われわれはこの件を国際司法裁判所に付託し、仲裁を求めることに合意するよう主張すべきである》

これですべて解決だ。あの島は「竹島」であり、日本の領土だ。

安倍晋三首相は就任後、竹島の歴史や島民らの写真、外交文書などの証拠を示して、「竹島は日本領である」と説明する動画を、世界各国の言語で外務省の公式HPに掲載し、動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開している。慰安婦問題も含めて、もっと国際社会にアピールすべきだ

親愛なるみなさんと貴国に神の祝福がありますように。米国に神のご加護がありますように。

 では、また会おう!

 ■トニー・マラーノ 評論家。1949年生まれ。テキサス州在住のイタリア系米国人。サラリーマンを定年退職後、さまざまなニュースについて動画サイト「ユーチューブ」などで連日、評論活動を行っている。世界のあらゆる“悪”と戦う「プロパガンダ・バスター」でもある。大変な親日家であり、日本でも圧倒的ファンを獲得している。 夕刊フジ 2014.03.07
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

『韓国人女性を旧日本軍が強制連行し従軍慰安婦にした』という捏造デマを韓国、中国、日本の反日勢力が世界中に吹聴している。

事もあろうに、島根県議会が2013年6月26日に『日本軍「慰安婦」問題への誠実な対応を求める意見書』を採択しました。島根県議会のど阿呆さには開いた口が塞がらない!!!

日本で40以上の地方議会で同様の慰安婦意見書が採択されています。これらの意見書は、河野談話や米国下院決議を理由に、日本政府が元慰安婦に対して謝罪・賠償すべきである、という内容で、日本の反日左派、韓国・中国側の主張そのものです。

その中で、テキサス親父さんは昨年、米国公文書館から<『韓国人従軍慰安婦に軍の強制なし』と言う証拠が戦時中の米国に有った>という文書を探し出し自らのブログで発表した>ことを2013年10月14日のヤマちゃん日記 http://yamatyan369.seesaa.net/article/377526142.htmlに記載した。

日本政府が『韓国人従軍慰安婦に軍の強制なし』と答弁している中で、島根県議会を始め日本の40以上の地方議会でろくに事実を調べもせず、韓国・中国や日本の反日左翼のプロパガンダに安易に同調している様は“単なる馬鹿だけではなく無責任極まりない”としか思われません。

島根県では昨年夏、捏造慰安婦問題に反対して、島根県人が『なでしこaction』を起こしました。 島根県民が「慰安婦意見書」撤回に立ち上がった!のです。

大変な親日家であるテキサス親父さんに、日本人はいつまでも“おんぶに抱っこ”でよいのでしょうか???

島根県議会よりも一般の島根県民の方々がよほど良識を持って行動しています。
この議決に賛同した島根県会議員は報酬詐欺といっても過言ではないでしょう!!!

“天は自ら助くるものを助ける”という諺があります。
自らが自らを守る気概が無ければ、一体だれが自分を守ってくれるでしょうか???
天の神様だって自らを守る気概が無い人は助けてくれません。

日米安保条約というものがありますが、日本人が日本を守るという気概を待たないにもかかわらず米国は自国の兵士の命を懸けてまで日本を守ってくれるでしょうか??? こんな虫の良い話はありえません。

日本の戦力放棄を明記した憲法9条をかたくなに守るのを信条とする9条の会という日本の護憲派知識人・文化人で結成された会があります。

日本の戦力放棄とは日本が外敵と戦う力を放棄することであり、自らを守る力・気概を捨てることです。

自らが自らを守る気概が無いということは、自らの存在・存続を放棄したことと同義です。

本年3月5日のヤマちゃん日記 http://yamatyan369.seesaa.net/ に記載した、
<3月14日はホワイトディ? そんな安っぽい風俗より大事なことがある>から得られる教訓は、
『隙ができて、軍事力に差が明らかとなり、相手国の脇が甘いと判断したら中国は平然と他人の領土を侵略する。したがって尖閣諸島に中国軍は必ずやってくる』・・・です。


9条の会賛同者は色々美辞麗句を並べて自説を正当化していますが、彼らの主張は”日本が他国から侵略され支配されてもいいよ“と言っているに過ぎません!!!

九条の会オフィシャルブログ http://www.9-jo.jp/message.html
に賛同者897名の氏名とメッセージが掲載されています。各分野にも九条の会が作られています。

また集団的自衛権に反対する公明党などの諸勢力も、『安全ただ乗り論』に乗りかかり、“自分は他人を助けないが他人は自分を助けて欲しい”という身勝手な思想を是としており、日本と米国の間の不信感増大を図る中国の意向に沿って行動する輩でしかありません。


日本にも真面目に日本人のことを思ってくれる有難い勢力も多数おられる中で、日本を弱体化して支配しようとする外国勢力の手先となって働く勢力(共産党、社会民主党、公明党、民主党、生活の党、日本弁護士会、九条の会などなど)がずうずうしく大手を振って宣伝活動しています。

日本人は和を大切にする余り、悪を悪といわず大目に見てきましたが、その悪に寛容すぎる態度が反日勢力の跋扈を許してしまいました。

今後は、島根県人が『なでしこaction』を起こし、島根県議会が誤って議決した「慰安婦意見書」撤回に立ち上がったように、黒は黒として一般庶民が黒(反日本人的活動)を許せないものとして糾弾していかなければなりません。

さもないと早晩日本はウクライナのような外国勢力の草刈場になるか、中国の一自治区(日本族自治区)に落ちぶれるでしょう。。。


沖縄米軍基地反対ニュースを見るにつけ,『沖縄から米軍基地がなくなれば一番喜ぶのは誰か???それは中国だ。』というふうに裏読みしないと敵の術中に嵌ることになります。。。

知者は実際に不幸が起こる前に危険の兆候を察知し防御するが、愚者は不幸の前兆を見逃し実際に危険が目の前に迫ってはじめて気が付くが時すでに遅く万事休すで一巻の終わりとなる。これが”馬鹿は死ななきゃ治らない”の真意だと思います。

(参考:学者馬鹿)
世の中では一般に“学者は偉い人”だと思われている。
しかしそれは嘘だ。極少数の例外はあるが、学者にはいい加減な人間が多数存在する。

学者は知者ではない。学者の大部分は馬鹿で無責任な存在だと思わなくてはならない。だから九条の会の賛同者の中には学者が異状に多い。

学者という者は概ね、自分が信奉する学説に合致する情報、データだけを集め自説があたかも正しいように見せかけるのが常である。

自説への矛盾点が出現すればあれば矛盾点を例外として除外し、あくまで自説が正しいと主張するのが学者の性だ。

学者と弁護士は嘘はつかないが必ず真実を語るわけでもない。世間一般の者をして黒を白と思わせ、白を黒と思わせる情報操作職業だ。

東大教授に意外と反日=悪=が多い。”東大教授の言うことには間違いは無い”という根拠の無い信仰を一般大衆が信じ込まされているから、東大教授には反日勢力からお呼びがかかりやすい。しかし一般大衆は東大教授を信じて崇め奉るのだから反日勢力の手先を一回やったら止められないであろう。

かくして東大法学部主任教授職は人知れず左翼の宣伝塔と化した。。。。。ᙨ
posted by ヤマおやじ at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月07日

名残雪の東鳳翻山

3月6日(金)午前中に散発をして、美祢市別府弁天池で天然水を60リットル採取した。
帰りに山口市東鳳翻山登山口に向った。

最近腹回りが太くなったので出来れば山に登りダイエットしたいという思いが強かった。

あいにく湿った雪が盛んに降っていたので、コーヒーを飲んで様子を見ていると少し雪が弱くなってきたので登ることにした。

ボタ雪の怖さを今年1月に経験していたので、レインウエア上下を着用し、ザック収納品は大きなビニール袋2枚で包み防水対策とした。

12時20分頃駐車場を出発し、二つ堂登山口から登った。
五合目あたりから木々の着雪が目立ち始め、八合目あたりから登山道は2,3cmの雪に覆われ始めた。
DSCF7855.JPG <八合目あたり>

踏み跡がないバージンスノーを歩くのは気持ちがよい。
DSCF7860.JPG <バージンスノーを歩く>

14時45分頃山頂に着いた。
DSCF7857.JPG <寒風が吹きすさぶ山頂>

温かいコーヒーを3杯飲んで、寒風が吹きすさぶ山頂を後にした。
8合目付近で年配の男性が登ってくるのに出会い挨拶した。
やはり雪の中でも登ってくる同好の士がいた。。。。。。
DSCF7861(1).JPG <眼下に金鶏湖を望む>
16時頃駐車場に着き17時過ぎに無事帰着した。

出発時は予想だにしなかった雪山を歩くことが出来て心が洗われた気分になったのは有難たかった。感謝、感謝、感謝。。。
posted by ヤマおやじ at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月05日

BBCは5年毎に公共放送として存続させるか否かwo国民投票で審査される

<英国の公共放送BBCは5年毎に『BBCが英国の公共放送として存続させるか否か』国民投票で審査されるという事実>

2007年7月以来、日本のマスコミが如何に反日であるか・・・・イヤいうほど実感してきた。朝日新聞、毎日新聞はそれ以前から反日だと気がついていたが、日本の公協放送を自認するNHKの反日振りに気がついたのは、仕事をやめて疑問に思う事柄を調べられる時間的余裕が持てる境遇になった2007年以降である。

NHKは日本の公協放送ということでテレビ所有者から強制的に受信料を徴収するので、民間放送の如く広告宣伝で飯を食う必要が無く、視聴率を余り気にする必要も無い。

NHK以外のマスメディアはビジネスなので多少の偏向報道は(良くは無いが)あるものと諦めが付くが、日本の公協放送を自認するNHKが反日偏向報道に走るのは許し難い!!!

反日勢力を話題にするのは気分的に良くないが、反日勢力の影響力が日本から駆逐されるまでやめるわけにはいかない。


<支邦共産党のお抱え放送局=NHK>

NHKがまた偏向報道をしたので、以下により抗議メールを出し、NHKニュース報道基準の偏向振りを問いただした。

〜〜〜3月5日7時からのおはよう日本で、NHKは中国海南島周辺の海上民兵に関し長々と報道した。中国が奪取を狙い領海侵犯を繰り返す尖閣諸島は日本固有の領土であり、NHKが日本の公共放送であるならば、ベトナム領、フィリピン領を中国が武力侵略し自国領土とした以下の4つ事実を報ずべきだった。@1983年ベトナム領であった南シナ海スプラトリー諸島を中国海軍が侵略し中国領土とした。A1974年中国はベトナムが実効支配してきた西砂諸島侵攻し、永興島に2600キロの滑走路をもつ軍事基地を建設した。B中国は1995年にフィリピンのミスチーフ岩礁を突如占拠し、軍事施設を構築した。C中国は1983年、フィリピン領海にあるスカボロー座礁を突如「黄岩島」と命名し、中国領土だと主張し始めた。かかる重大事実を報道せず海上民兵の宣伝文句を長々と報道したNHKの番組報道基準は、中国の島嶼侵略の事実を隠蔽するものであり、中国共産党のプロパガンダ報道そのものだ〜〜〜

2ヶ月前にNHKに出した抗議メールの返答は未だ返信はない。

このままNHKの偏向報道が是正されないで続行されれば、NHKなどテレビ放送局を管轄する総務省にも抗議する考えだ。

先日新藤総務大臣が所轄のNHKの事業計画を承認した時NHKに注文したのは、効率的な経営であって、偏向報道の是正ではなかった。あれだけNHKが北京の代理放送局の役割を代行し、国内の反日左翼と連携する報道を行っているにもかかわらず、歴代総務大臣はこの異状に言及しないのは職務怠慢と思う。

こうなると、一般民衆が立ち上がる他は道がないような気がしてくる。

NHK職員には国籍条項は無い。外国の公共放送では自国籍を持たない者は職員にはなれない。NHKには少なくとも100人以上の共産党員が居り、在日朝鮮人・韓国人も在籍している。

共産党政権樹立のためなら非合法的手段も辞さない共産党に所属している職員が公共放送であるはずのNHKに多数存在するのは極めて異状であり、非常識そのものだ。しかしだれもこれを非難しない!!!

今までの歴代NHK経営委員会は、NHKの偏向報道を放置してきた。民間企業の経営者経験者が多数NHK会長に就任してきたが、全てNHKの生え抜きに洗脳されて擁護者に成り果てた。それだけNHKに巣食う反日勢力は革マル派のようにずうずうしく、狡猾でしぶとく、お神輿に乗って出世しただけのヘナチョコ経営者などでは到底太刀打ちできないであろう。


英国の公共放送BBCは5年毎に『BBCが英国の公共放送として存続させるか否か』国民投票で審査されるという。
BBCは公共放送の役目を立派に果たしていると国民から信任されて始めて存続できるのであり、国民から信任を受けた公共放送であるがゆえに受信料を強制的に徴収出来る資格を得るのである。

しかるにNHKの場合はどうか???
NHKは日本の公共放送として存続を信任されることなく反日本的な独善的編集権を振りかざし偏向報道に日夜邁進しているのである。

さらにNHKは、“英国の公共放送BBCは5年毎に『BBCが英国の公共放送として存続させるか否か』国民投票で審査されるという事実”を隠蔽し、BBCが受信料を強制的に徴収している点だけを恣意的に報道し国民の目を欺いている。

歴代NHK経営委員会はこのNHKの悪行に気が付かないばかりか、NHK側に騙されて受信料の強制的徴収に諸手を挙げて賛成する始末である。

このように日本はリーダー層でも相当劣化しているのが偽らざる現状ではないだろうか???
別な言い方をすれば、つまらない人物がリーダー層に任命されているといえるのかもしれない。

物事が順調に推移する時には誰がリーダーであっても上手く行くのでリーダーの優劣が分からないが、逆風が吹くときになってはじめてリーダーの力量の差が分かるといわれている。

日本は今まで比較的順風であったのでつまらない人物が優れた人物に見えたのかもしれない。

日本では“和を以って尊し”という諺があるように、とにかく悪いことがあっても穏便に処理する人が人徳がある人としてリーダーに祭り上げられる風潮がある。優れた能力を有していても他人を厳しく律する人は、リーダーにはなれないのだ。したがって能力は凡庸だがおとなしい人物がリーダーに推される傾向にある。

振り込め詐欺に引っかかる被害者が後を絶たない。数千万円も騙し取られた人もいる。
犯人側がいくら巧妙に振舞ったにせよ、この種の詐欺に引っかかる人は他人の言を疑うことを知らない馬鹿正直者だと思わざるを得ない。

昔の諺に“人を見れば泥棒と思え”というものがあった。昔よりも悪質な犯罪が格段に増えた現在において、詐欺師の言をやすやすと信じ多額に金品を騙し取られる人が後を絶たないのは、”多くの現在人が大切なものを失っている“からであろう。

有名大学の先生までも、“中国の歴史書に書いてある内容は絶対正しい”と信じきっているご時勢なので、一般大衆が見聞きした情報を疑うことなく信じきるのは仕方の無い現象なのかもしれない。

中国だけではないが、歴史というものは戦いに勝った側が自分たちに都合のよいように書き換えて戦勝者を正当化するものだ。なのに日本の歴史学者は中国の歴史書を金科玉条として崇めたてまつっているのだからチャンチャラおかしい・・・狂っている。

尾のない狐が9匹いて尾のある狐が1匹いると、民主主義では尾のない狐が正式な狐だと認識される。これがギリシャの哲人プラトンは忌み嫌った衆愚政治である。

今のおおかたの日本人はさしずめ、他人を疑うことを知らない平和ボケの衆愚なのか。。。。。


<3月14日はホワイトディ? そんな安っぽい風俗より大事なことがある>

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成26(2014)年3月3日(月曜日)通巻第4168号から引用する。

〜〜〜〜〜〜引用始め〜〜〜〜〜〜
3月14日はホワイトディ? そんな安っぽい風俗より大事なことがある
中国がスプラトリー諸島を侵略したのは3月14日だった
****************************************

1988年3月14日、南シナ海スプラトリー諸島で中国海軍の軍艦の攻撃によってベトナムの艦船が襲われ、64名が犠牲になり、61名がいまも不明。
これを「赤爪礁海戦」と言う。
英語名ジョン・サウス・リーフ(ベトナム語ガック・マ。中国名が「赤爪礁」)が中国の手に落ちた。
スプラトリー(南沙)諸島の主権をまもるために海域に派遣され犠牲となったベトナム兵士を追悼する催しをベトナム政府は、過去二回開催してきた。

現場はベトナムが実効支配しているコリンズ岩礁から僅か4海里の岩礁付近である。
中国軍艦の砲撃と機関銃による発砲で、ベトナムの輸送船(HQ604)一隻が撃沈され、三隻が破損した。火力の差はおおきく、中国側はひとりが負傷しただけだった。
ベトナムの輸送船に搭載された砲は僅か射程500メートル。中国側は射程3・6キロから5・4キロだったと半世紀後にはじめて生き残りのベトナム兵士が証言した。

中国は南沙諸島の数個の岩礁を奪取し、「ここは中国領だ」と主張し始めた。赤爪礁には軍事施設を建設し、軍の常駐がみられるようになった。
あれから26年を閲した。

しかしベトナムは大きな声をあげず、追悼儀式も控えめだったのは、中国との友好を信じてきたからだ。
中国を「大きな兄」と呼んできた。ベトナム戦争では支援してくれた。

しかし1974年1月19日に中国は西砂諸島(パラセル諸島)のベトナムが実効支配してきた諸島にも侵入し、ベトナムの護衛艦一隻を撃沈し、34名が死んだ。付近は殆どが無人島であり、中国の目的は戦略的軍事拠点の確保である。
その後、中国は永興島に2600キロの滑走路をもつ軍事基地を建設した。当時はベトナム戦争中であり、ベトナム側は南北に政府が存在していたため、突然の西砂諸島占拠もうやむやのまま、ベトナム統一後への解決が持ち込まれた。
中国はこの間、改革開放に転じていたが、一方でトウ小平は海軍力充実を劉華清に命じ、中央軍事委員会は了承していた。「沿岸防衛」のスローガンが「近海積極防衛」となった。劉華清は「中国海軍の父」を呼ばれた。


▼排他的経済水域の確保は資源争奪でもある

南沙(スプラトリー)諸島は18の小島でなりたつが、多くが岩礁、あるいは砂州である。軍事的橋頭堡をつくる目的が主だが、中国のもう一つの狙いはEEZ(排他的経済水域)を持つことにより、海洋資源、海底油田の確保がある。
日本が領有していた時代にはリン鉱石を採集していた。

1951年にサンフランシスコ条約で日本が放棄したあとベトナムがフォクトイ省の一部に編入したが、70年代に海底油田の存在が確認されるや、中国は領有権を主張した。その当時、居留していた住民の虐殺も中国軍の手で行われ、これを「スプラトリーの虐殺」というが、ベトナムは公表を控えてきた。フィリピン、マレーシア、ブルネイも主権を主唱している。

西沙(パラセル)諸島は珊瑚礁からなる小島が多く、いまや中国が全域を支配している。フランスがインドシナ植民地支配の頃はフランス軍の常駐もみられたが、1954年にフランスが去ってから、ベトナムが西半分を中国は1956年に東半分を占領してきた。

1988年3月14日の「赤爪礁」海戦以後、中国は1995年にフィリピンのミスチーフ岩礁をフィリピン海軍不在の不意を突いて突如占拠し、軍事施設を構築した。

2007年には中国海軍が西沙海域で軍事演習を行い、南沙、西沙にまたがる「三沙市」を一方的に設立したと主唱し始める。実際に三沙市などと「市」に昇格させ、市長やら党書記を置いた。
海南島には潜水艦基地の存在が明らかとなった。

フィリピン領海にあるスカボロー座礁(黄岩島)はルソン島から僅か220キロ。環状の岩礁であるため格好の漁場であるとともに漁船の避難場所としてフィリピン漁船が活用してきた。
島名は18世紀にスカボロー号という茶貿易船が座礁したことに由来する。


▼スカボロー礁も中国軍の手に落ちた

1983年、中国は突如「黄岩島」と命名し、中国領土だと主張し始める。米軍がスービック湾から撤退したため当該海域は真空状況だった。
1998年にはフィリピン海軍が不法操業の中国漁船を拿捕し、船員51名を半年間拘束した。
99年からスカボロー海域で両軍は軍事的対峙をはじめ、2000年には領海侵犯の船長をフィリピン海軍が射殺するという事件が起きた。

2012年から中国海軍が常時出没しはじめるようになり、軍事的緊張が高まり、13年9月には中国がコンクリートブロックを築いたためフィリピンは国際裁判所に提訴した。このような状況の激変によりフィリピンのチャイナタウンはがら空きとなって反中国感情が高まった。

同様にベトナムでは過去二年、IT革命により若者らがインターネットやスマホで、情報を仕入れ、自由な討論をはじめる。はじめて知った若者らがハノイの中国領事館にデモをかけるようになり、ベトナム政府は皮肉にもこれを規制するということが繰り返されている。共産党独裁のベトナムでもネット世代がふえ、2013年からテレビでも番組が放映されるようになった。

これらのことで得られる教訓とは何か?

隙ができて、海軍力に差が明らかとなり、相手国の脇が甘いと判断したら中国は平然と他人の領土を侵略する。したがって尖閣諸島に中国軍は必ずやってくる。

ましてウクライナの暴動、政変によりロシア軍はクリミア半島へ進出した。米と欧米はロシアを牽制しているが、プーチンは撤兵しないだろう。この空隙を衝いて中国軍が尖閣諸島に上陸占拠する可能性は日々高くなったとみるべきではないか。
〜〜〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜〜


反日勢力は、“秘密保護法によって国民の知る権利が抑制される”と大合唱している。

捏造記事や偏向報道によって国民の知る権利を大いに阻害しているのは、朝日、毎日、読売、日本経済、nhk、民間放送などの反日マスコミではないか!!!!


このように恥も外聞も無く平気で嘘をつくのが反日勢力、反日左翼、中国人、韓国人、朝鮮人の特徴だ。
posted by ヤマおやじ at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月03日

ひな祭りの起源は日本の天帝ウビチニ・スビチニの結婚式

月日の経つのは早いもので、平成26年もはや3月になった。

2月28日(金)
午前3時から7時までは、従軍慰安婦問題の最近の動向、政界を引退したはずの村山富市元首相が政治活動を再開した情報を収集・蓄積し、政界を引退した小泉元首相が昨年10月に反原発運動を唐突に開始した狙いについて思いを巡らし新しい視点(仮説)を得た。

3月1日(土)
午前中には家庭菜園でジャガイモを植えた。今年は3年目だが果たして収穫や如何に???

午後はいったん完成した縄ハシゴの改良版に挑戦し庭木に登ってテストした。今回の改良版は、太さ12mm長さ12cmの鉄パイプの中に細いスチールワイヤを通過させたものを縦に5個並べ長さ1.8mの縄ハシゴたもので、軽量化と持ち運びの便利さを重視した。庭木でテスト後、縦方向連結点の移動を制限する工夫を行い、3月2日には摩擦によるワイヤー切断防止対策として鉄パイプの中に厚い皮(古い腰バンドを活用)を巻きつけた。

昨夜寝た時に更なる改良点に気が付いた。
木の枝から縄ハシゴを吊り下げる形式なので、縄ハシゴを昇降する過程でどうしても重心が移動して縄ハシゴがふらふらつくという問題点は以前のタイプから未解決であった。

この問題点は、枝に立てかけた2本の木材にハシゴを縄で固定すればかなり解消されると同時にワイヤ切断による危険の極小化にも役立つ感触を得たので、次回に現場で試して見たい。

今回の改良によって、1.5kg→0.8 kgの軽量化と、運搬用スペースの小型化も実現できたのは嬉しい。とはいえ、現場テストで性能を確認するまで安心はできない。。。。


3月3日(月)
< ひな祭りの起源を探る >
3月3日はひな祭りの日にちなみ、ひな祭りの起源を俎上に載せてみた。

1.<中国起源説>

日本のひな祭りのルーツは、3世紀前後の古代中国で行っていた風習に基づくといわれています。中国では、“季節の変わり目は災いをもたらす邪気が入りやすい”と考えられ、3月最初の巳の日=上巳(じょうみ)に水辺で禊(みそぎ)*を行ったり、盃を水に流して自分のところに流れ着くまでに詩歌を読む「曲水の宴(きょくすいのうたげ)」を行う風習がありました。これがやがて遣唐使によって日本に伝えられ、禊(みそぎ)の神事と結びつきます。当初は、天子(天皇のこと)をお祓いするための儀式であったものが、平安時代には宮中行事へと変化したといわれています。川のほとりに男女が集まり、災厄を祓う「上巳の祓い」として、「曲水の宴」を催したり、草木や紙などでかたどった人形(ひとがた)で自分の体をなでて穢れを移し、川や海へ流す儀式が行われるようになりました。現在でも日本の各地で行われている「流し雛」は、この名残といわれています。
〜〜〜大人の心得帖
ub.flets.com/pub/pages/contents/list/bunkamura/ls/life/130221_02/01.html
より引用〜〜〜〜

2.<ひいな遊び起源説>

もうひとつのルーツは、「ひいな遊び」という人形遊びです。平安時代に、貴族の子供達の間で紙の人形でおままごとをする「ひいな遊び」が盛んになりました。「ひいな」とは「ひな」の古語で、大きなものを小さくする、小さくてかわいらしいものという意味です。
 この紙のひな人形が発展し、現在の豪華なひな人形になったとされています。また、ひな壇を設けるようになったのは、江戸中期からだそうで、それまでは畳に直にじゅうたんを敷き、人形や調度を飾っていたとか。

〜〜〜キッズgoo子供歳時記 http://kids.goo.ne.jp/seasonevent/march/1.html
〜〜〜より引用


3.<ウビチニ・スビチニ起源説>

池田満著ホツマツタエを読み解く〜日本の古代文字が語る縄文時代〜によれば、
“四代目アマカミ(天帝)のウビチニとスビチニがカップルの固定化をはかるトツギ(結婚)の儀式をとり行って、新たな家族制度の制定を全国に宣言した。旧来の多人数群婚グループ制度に不信を持って来はじめていた人々は、ウビチニ・スビチニの提案を受け入れて、一夫一婦の結婚制度が全国に普及してゆく。すなわちこれが現在にまで受け継がれている3月3日のヒナ祭りの源流である。四代目アマカミのウビチニとスビチニがカップルの固定化をはかるべくトツギ(結婚)の儀式をとり行った場所は、コシノクニノ ヒナルノタケノ カンミヤとホツマツタエに記載されるヒナ祭り発祥の地は、現在での福井県武生市と南条町との境界に聳える日野山の麓の日野神社付近であった可能性が強い。”とある。。。。

ホツマツタエとは、
古代大和ことばで綴られた四十綾(四十章)一万行十一万文字に及ぶ叙事詩です。
縄文から弥生、古墳前期までの日本列島の歴史・文化を今に伝えています。
作者は、前半天の巻・地の巻をクシミカタマ(神武時代の右大臣)が、後半人の巻をオオタタネコ(景行天皇時代)が、編纂、筆録と記されています。

では、ホツマツタエにおいてヒナ祭り発祥を記載した天の巻第二綾(第二章)
天神七代(あめななよ・イサナギ、イサナミ)床神酒(とこみき)の綾の現代語訳をホツマツタエhttp://www.hotsuma.gr.jp/から引用します。

ホツマツタエ天の巻第二綾にはヒナ(成年前の若者)、ヒト(成人)、サケ(酒)、サカズキ(盃)、結婚式の三三九度のお神酒、八朔、桃・・・などの語源・言われもはっきり記載されております。。。。。

〜〜〜現代語訳はじめ〜〜〜
ヒナ祭りと桃の花 男雛・女雛の実名(いみな)は?

第一話 天神四代とお雛様

 この物語は、遠い昔霧のかなたのおおよそ三千年前のお話です。
天照神の日嗣(ひつぎ)の皇子(みこ)オシホミミとタクハタチチ姫(伊勢外宮・豊受神の玄孫・やしゃご)の結婚の儀を間近にひかえて、宮中は支度に追われる気忙しい毎日でした。
 その頃、天照神はイサワノ宮(現・伊雑宮いざわのみや。三重県磯部町)に坐して、君の御心は天下あまねく照り輝き民も豊かに暮らしていました。皇子オシホミミはタカの国府(こふ、現・多賀城市)のツボワカミヤ(壷若宮)に坐して、ヒタカミノ国(日高見国、旧・陸奥)を治めていました。

 そんなある日のことです。もうすぐ君の奥方になられるタクハタチチ姫(真名スズカ姫)の兄タカギが、君に質問をしました。これは、晴れの婚礼前に緊張を少しでも和らげて一時をくつろいでお過ごしいただこうとの配慮あってのことでした。
 「結婚式の時、神前で新郎新婦が交す三三九度のお神酒(みき)には、一体どんな言われがあるのでしょうか」と、居並ぶ諸神の同意を得るかのようにゆっくりとお聞きになりました。
 これを聞いた君はにっこりと微笑まれると、臣や司を始め大勢の諸神、諸民を前にして静かに天地創造の物語から始めました。

 「それは遠い遠い昔のことです。まだこの高天原(天体)が生まれるずっと前のこと、天も地も未だ分かれていない、もちろん太陽も月も星も生まれていない前のことです。このウツホ(宇宙)の闇を支配していたのは、混沌としたアワ、ウビ(エネルギー)のようなもので、それは限りなく巡り漂って煮えたぎり、姿も形もありませんでした。
 それから長い時が流れて、このウツホの闇が陰(メ)と陽(ヲ)に分かれる兆しが現われ初めました。
やがてその中にアメミヲヤ神(天祖神)がお生まれになり、神が最初(うい)の一息(ひといき)をウビ煮えたぎるウツホに吹き込むと、宇宙は静かにまどかに(丸く)巡り始めて、その中心に天御柱(あめのみはしら)が立ち昇り、混沌とした宇宙はやっと姿を現わし始めました。

 清く軽く巡れるものは陽(ヲ・男)となって、左巻に廻り天となり太陽が生まれました。重く濁れるものは、右巻に巡り陰(メ・女)となり、このクニタマ(地球)となり、後に月を生みました。
 さてこの地球に最初にお生まれになられた神のお名前を、クニトコタチと申し、花タチバナの木を植えて理想郷トコヨの国を建国しました。  クニトコタチは八人の御子を産んで、その御子達を世界の八方に派遣し、それぞれの国を建てて治めさせたので、この八人をヤモヤクダリ(八面八降)の御子といいます。後にこのヤミコ(八御子)はそれぞれの国の国王の先祖となりました。この二代目の世嗣(よつぎ)の八御子を総称してクニサッチといいます。そのいわれは、クニトコタチは始め自分同様サギリ(厳選)の道を以て全世界を一人に統治させようとしましたが、各々譲り合ってお互いを立てたので、やむなくサッチ(分割)の道で国を与え治めさせました。
 ト・ホ・カ・ミ・エ・ヒ・タ・メの八御子の名は、各々クニサッチの神の頭文字を表わし、たとえばトのクニサッチ、ホのクニサッチ、カのクニサッチ。。。のように呼びました。このようなわけで、この国では八(ヤ)という言葉にはたいへん尊い意味があり、ヤモトカミ(八元神)とも言って、世界の大元はこの八柱により支えられています。
 後にこのトホカミエヒタメの八神は、各々五人ずつ子供をもうけました。

 次に、この八面(ヤモ・世界)を嗣いで治めた三代目の神の名をトヨクンヌといいます。トヨクンヌは天命を受けて、神の子孫を君、臣、民(きみ、とみ、たみ)のミクダリ(三降・三階級)に分けて各々の役割を定めて国を治めました。
 この神の弟君にウケモチ(保食)という神がいました。ウケモチの神は、何とか民を豊かに繁栄させたいと望んで、ある日天にましますアメミオヤ神に一心に祈ったところ、ついに御心が通じて天からヒヨウル種(太陽と月の精気を含んだ種)が落ちてきました。この種を水辺に蒔いたところ、ウル田(水田)のゾ苗(水稲・うるち)となって、八月一日(旧暦)には稲穂もあつく実って大豊作となりました。ウケモチはこの悦びを先ず兄トヨクンヌに報告して、八房(やふさ)に実った稲を献上しました。
 大変喜んだトヨクンヌはこの稲穂をアメミオヤ神とアメミナカヌシ神に捧げて、先ず感謝のお祭をして、各々県主(あがたぬし)に分け与えて国に籾(もみ)を持ち帰らせて、順次民に分け与えて広めたので、稔りの秋祭を皆が楽しめるようになりました。この時から民の糧も増えて暮しも豊かになり国の平和が永く続くようになりました。
 諸民は、ウケモチの神をイナリ神(稲荷)と称えて、後の世まで感謝の心を伝えました。これにより八月一日には親しい人を招いてご馳走をふるまい、お互いに贈り物をして楽しむ風習が始まりました。これを八朔(はっさく・八月一日)の祝といいます。

 さて話を元に戻して、トヨクンヌの神は男女合わせて百二十人もの御子に恵まれましたが、各々がお一人でお暮らしになり、男女が一緒に暮らす夫婦(めおと)の道はまだ定まっていませんでした。こんな訳で、三代目までの神様を独神(ひとりかみ)といいます。

 丁度、天の真榊木(まさかき)を植え継いで、五百本目になる頃のことです。代目を嗣いだ男神の名前を>ウビチニと言い、この神はスビチニと言う女神と初めてご夫婦になられて最愛の妻としました。
 この両神(ふたかみ)の美しい物語が雛祭の由来となり、男女の結婚制度の始まりともなりました
。」

 君はここまで一気にお話になると、一息つかれて、間もなく迎えるタクハタチチ姫との生活(くらし)に思いをいたし、大層和まれたご様子でした。

「むかし昔、コシの国(越前)のヒナルノ岳(現・日野山、越前富士)の神の宮(日野神社、福井県武生市)で、木の実をお持ちになってお生まれになった男女の御子がありました。
 その種を庭に植えておいたところ、三年目の三月(やよい)の三日に、百(たくさん)の美しい花が咲いて初夏になると香りの良い実が百(たくさん)なりました。花も果も百(モモ)に付いたので、この花をモモの花と名付け、実をモモの果と呼び、モモの木といいました。
 この若い両神(ふたかみ)の名前もモモの木と実にたとえて、男神の名をモモヒナギと名付け、女神の名はモモヒナミと名付けました。
 因にヒナ祭のヒナの意味は一(ヒ)から七(ナ)までで、まだ(成人、一から十、ヒからト)になる前の若者のことです。  君と呼ぶのは、桃の木(キ)と実(ミ)のことで、この時から男神の名前には木(キ)、女神には実(ミ)と付けるのが習わしになりました。(例:イサナギ、イサナミ)

 モモヒナギとモモヒナミが人(ヒト)として立派に成人されたある年の弥生三日のことでした。この時初めて御神酒(おみき)を造り両神に奉りました。このお酒を造った神はイノクチという所のスクナミ神で、庭の竹株に雀がたくさん集まって籾(もみ)を入れるのを見ているうちに、ふと閃いて、籾を醸してにごり酒を造り、桃雛木(モモヒナギ)と桃雛果(モモヒナミ)神に、竹筒に入れて献上したところ、モモヒナギの神は大層このお酒をお誉めになり、スクナミ神にササナミという神名を新たにくだされました。このササナミ神は後にササケ山に祭られて、サケの語源となりました。この両神に捧げたお酒を、桃の木(キ)と実(ミ)にちなんで お神酒(ミキ)と名付けました。

 時は春、満開の桃の花の下で盃に酒を酌み、先ず男神が女神にすすめて女神が先に、逆さに写った月影をそおっと飲み、後に男神が飲んでお二人は床に入られ交わりました。これを、トコミキ(床神酒)と言います。
 お二人の愛の交わりは大層熱く、室に閉じ籠ったまま三日目の朝ようやく姿を現わしました。たぎりつきせぬ情熱を冷まそうと清流で寒川(さむかわ・氷川)を浴びた時、二人の情熱は完全に燃えて昇華していきました。その折に、袖を大(ウ)そう濡らしてしまわれたのが男神、少(ス)々濡らされたのが女神。それ以来、男神の名をウビチニ(大きくちびる)、女神をスビチニ(少しちびる)と名付けました。
 このウビチニとスビチニ神の愛の炎は高く天に昇って、これも古い伝えにある天地創造の頃のウビが煮えたぎる様を彷彿させるものでした。

 この様に多い(ウ)少ない(ス)を表わすウ・スのお名前の両神の美しいお姿は、男神は冠(かむり)をかぶり大袖を召し、袴をはいていました。女神は小袖に上被衣(うわかつぎ)を召して、二人立ち並ぶお姿(立ち雛)は雛形(ひながた)として、永く今日まで伝えられています。
 この時、両神にならって八十人の有力な神様達も皆妻を娶り、結婚式を祝うようになりました。この後、諸民も皆妻を定めて夫婦となり、この時結婚の風習が天下の法(のり)と定まりました。

 三年後の弥生の三日を記念して、ここに三三九度のしきたりがうまれました
 この日の宵に花の下でお神酒を酌み交わした盃に、月が逆さに写り映えるのを楽しんで飲みほしたところから(さかずき・逆月)の言葉もうまれました。人々はこのサカズキを生んだ両神をヒナガ岳の神として末永く称えました。」

 君はこの後、五代、六代、七代の天神のお話に移っていきました。

第二話 少彦名(スクナヒコナ)と雛祭り
 大国主の本当のお名前をヤシマシノミノオオナムチといいます。
 生まれながらにして、優しい性格の持ち主で、人々の信望も厚く、国土経営にも優れた手腕を発揮しました。雨の多い冷害の年も、台風による被害にも、日照り続きの乾ばつにも人々を飢えから守るための倉には、備蓄米が満ち満ちて国は平和を謳歌していました。

 そんなある日、オオナムチが農業指導のために大国の郷(さと、現・豊郷、愛知川町付近、滋賀県)を巡視していた折、湖の彼方から鏡を舳先(へさき)に付けた舟が近ずいてくるのに出合いました。
 オオナムチが供の者に、
 「あれは何者か」と、聞きますが誰も答えられませんでした。その時一人クエヒコ(大神神社、摂社クエヒコ神社、奈良県)という者が進み出て申し上げるには、
 「あの者は、カンミムスビ(タカミムスビ六代目、白山神社祭神)の千五百人もある御子の中でどうしようもない落ちこぼれの、教えの指をもれ落ちたスクナヒコナでございます」と、答えました。
 これを聞いたオオナムチは思うところあって、スクナヒコナを丁重に迎えると手厚く恵んで、供に力を合わせて一緒に諸国を巡り国民の糧となる水田開発に努め、養蚕や裁ち縫いの技術を女性達に教え広めて国土経営に尽くしました。
 又、病める者のためには薬草を栽培して、時には人間にとどまらず鳥や獣の病気も治して愛情を注ぎました。
 ある時は、稲子(いなご)の大量発生の報を聞くとどんな遠方へも一緒に馬で駆けつけて、オシ草(玄人)と言う薬草で虫祓いをして民の糧を守りました。

 この様に、一見順風満帆の二人の国造りにも、満れば欠けるのたとえがあるように、暗い人生を暗示するかのような、むら雲がおおい始めるのを誰が知りえたでしょうか。

。。出雲の国譲り。。
 ついに、オオナムチは、いわれなく諸悪の根源として宮中から攻撃され、国を追われて最北の地、津軽に追放されてしまいました。

 この事件があってからのスクナヒコナは一人オオナムチと離れて、アワ国(現・滋賀県)に伝わるカダの楽器を一心に習得すると、あまりにも献身的に、あまりにも国に思いを託した自分の生き方をすべて捨て去り、心の苦しみを背負ったまま諸国流浪の行脚に身をやつしました。
 津々浦々を巡り歩いてカダ楽器で弾き語る物語は、いつも決まって人の心が美しく優しく輝いていた 天神四代のヒナ祭りの物語でした。
 人々が忘れ去っていたヒナ祭りの物語を全国に教え広めて、やがて年老いるとついに和歌の国のカダの浦に一人至り、ウビチニ・スビチニの微笑む雛の国へと神上がりました。

 今日でも人々は、あまりにも一途で、あまりにも壊れやすかったスクナヒコナの人柄を知ってか知らでか、アワシマ神(注・アワの国に出現した神)としてご当地の淡島神社(別名 加太神社、和歌山市)にお祭りしています。
 毎年弥生の三日になると、全国各地から持ち寄った雛人形を社前に奉納し、雛流しの神事を盛大に祝ってスクナヒコナを偲んでいます。

第三話 結婚三日目朝の祝い歌
 これはヒコホホデミとトヨタマ姫の鹿児島宮(現・鹿児島神宮祭神カモハデズミ)で結婚式後の三日目朝のお話しです。

 トヨタマ姫の兄トヨズミヒコ(弟タケズミヒコは下鴨神社祭神、京都)は、今回新たに定まった六人の局(つぼね)達に、各々桃の花をあしらった揃の玉笠をかぶらせ、皆の手には木の玉椀(たままりも)に水を張って持たせると、いよいよ結婚三日目の朝、新婚ホヤホヤの二人が部屋から出てくるのを待ちました。
 やっと手を取り合って先に現われたヒコホホデミに、六人の局達は一斉に水を降り注いで声をそろえて歌いはやしました。
モモヒナギ  交合(まじばい)後の  三日の日の
川水浴びて  ウビチニの  上(神)から下(シモ・民)へ
花婿(はなむこ)に水  まいらせう  まいらせう
 この時、九州の三十二県の県主達(あがたぬし)も諸民と一緒になって声を揃えて、この祝い歌を唱いはやして、ついには万歳万歳(よろとし、よろとし)の喜びの声が輪となって国中に広がってゆきました。

終り
出典
 ホツマツタエ (国立公文書館蔵)
 秀真(ほつま)政傳紀 (和仁估安聰訳述)


 高畠 精二
〜〜〜現代語訳終わり〜〜〜

和歌山市 淡島神社をインターネットで検索してみました。
和歌山市観光協会のHPがヒットし、神事の写真とともに、
“女性にゆかりがある古の行事そのままに”
雛流しの神事で有名な淡嶋神社の拝殿には所狭ましと人形がぎっしりと並んでいます。幻想の世界が目の前に広がり、神秘的な雰囲気に呑まれそうになります。
ここは薬の神様とされる少彦名命(すくなひこなのみこと)を祭神とし、婦人病や安産祈願など「女性のための神様」として、昔から信仰を集めております。
• URL http://www.kada.jp/awashima/
• ■加太・南海電車「加太駅」
• 下車徒歩15分
• TEL : 073-459-0043・・・と記載されていました。。。。。
淡嶋神社(別名加太神社)が鎮座する和歌山市加太は、少彦名命が愛用した楽器カダに因んでいるのかもしれませんね。

ホツマツタエの記述と和歌山市加太の淡嶋神社の言い伝えは見事に一致しています。
このことからしても、ホツマツタエの信憑性は疑う余地は無いでしょう。

以前から伊勢の二見が浦の謂れは何だろうかと不思議に思っていましたが、ホツマツタエを読んで初めて疑問が氷解しました。


ということで、ヒナ祭りのルーツは3.<ウビチニ・スビチニ起源説>が正解だとおもわれます。

ホツマツタエは山歩きとともに、ヤマちゃんおやじの心をリフレッシュしてくれる貴重な存在だ。


posted by ヤマおやじ at 20:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする