ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2014年01月30日

JR北海道に巣食う過激破壊工作分子=革マル派=

<1月26日(日)>  アラジンの魔法のストーブ?

9時〜12時まで公園ボランティア活動として松林保存コーナーにて作業した。この作業は通常2人であるが、今回は臨時的に2人増えて4人で行った。
2人の加勢があったので、休憩時間にコーヒーor紅茶のホットサービスが行われた。

この時湯沸しに使われたストーブが、ケロシンを燃料とし、燃料タンクに付属するハンドルを回して燃料に圧力を加える形式のもので、始めて見る代物だった。
コッヘルも変形しておりかなり使い込んだ形跡があった。
このストーブとコッヘルの持ち主が若い頃に登山で愛用した道具だった。

今から10年ごろ前の定年退職後から我流で近郊の中低山を歩き始めた当方とは異なり、この道具の持ち主は、どだい登山への年季の入れようが違っていたことが初めて判った。

特に驚いたのは、バーナーの収納箱には何とアラビア文字が書かれていた所だった。

やはり野外でアラジンの魔法のストーブで沸かしたコーヒーは格別美味しかった!!!



<1月27日(月)> NHKが偏向報道で細川候補と宇都宮候補を応援!!!

あの反日左翼放送局NHKが、ニュースウオッチ9でまたも偏向報道を行った。若干風邪気味ではあったもののNHK偏向報道を聞いた途端に腹の調子が悪くなった。こうなると偏向報道に熱心なNHKは朝日新聞、毎日新聞と同様に立派な公害企業に該当する。

1月27日のニュースウオッチ9では、“日本の平成25年貿易収支が輸出は、前年比9.5%増の69兆7877億円で、輸入が15.0%増の81兆2622億円と過去最大に膨らみ、輸出から輸入を差し引いた貿易収支が11兆4745億円の赤字となった。”と報道した。問題の偏向報道部分だけ記すと、『過去最大に膨らんだ輸入の主な原因を価格上昇による燃料輸入代金の増加であり、次いで携帯電話など通信機器の輸入増大だ』と報道した部分だ。

過去最大に膨らんだ輸入の主な原因は、火力発電稼動増加に起因するLNG,,重油、石炭などの化石燃料輸入代金の急増であるが、その原因は原発停止によるものであった。NHKは過去最大に膨らんだ輸入の主な原因である“原発停止”を一切報道しなかった。

原発ゼロによって引き起こされるLNG,重油、石炭などの化石燃料輸入大幅増によって失われる国富の年間損失額はおよそ原発稼動時の2010年に比し4兆円増加すると言われている。

この原発ゼロによる巨大輸入増加額をNHKは全く報じなかったのは、報道機関として大きな欺瞞・怠慢であり、堂々たる偏向報道だ。

NHKが原発ゼロによる巨大輸入増加額を報道しないことで誰が得をするであろうか・・・・東京都知事選挙で原発稼動反対を明確に謳っている、細川元総理陣営(民主党、小泉元首相が支援)と宇都宮陣営(共産党、社会民主党が支援)だ。

換言すれば、NHKは偏向報道によって原発ゼロによる巨大輸入増加を隠蔽することで、細川元総理陣営(民主党、小泉元首相が支援)と宇都宮陣営(共産党、社会民主党が支援)を支援していることになる。

これは放送法第4条【 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
1.公安及び善良な風俗を害しないこと。
2.政治的に公平であること
3.報道は事実をまげないですること
4.意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。】

において、2項及び4項に明らかに違反している。


早速1月28日にNHKに以下の抗議メールを送った。
『過去最大に膨らんだ本邦輸入増の主な要因は、火力発電稼動増加に起因するLNG,重油、石炭などの化石燃料輸入代金の急増であるが、その最大の原因は原発停止によるものであった。1月27日ニュースウオッチ9にて、NHKは過去最大に膨らんだ輸入の主な原因である“原発停止”を一切報道しなかった。
これは原発ゼロを主張している政治勢力を擁護するための偏向報道であり、放送法4条に明確に違反している。報道責任者による再発防止策を聞きたい。』

今まで5回抗議メールを送ったが返事があったのは1回だけだったが、珍しく今回は素早い回答があった。最近代わったNHK新会長が放送法遵守という新方針を発表した影響かもしれないが・・・NHKからの回答は以下に示すように誠意のかけらが無いものだった。

“いつもNHKの番組やニュースをご視聴いただき、ありがとうございます。
NHKでは、ニュース報道については、報道機関として自主的な編集判断に基づいて放送しています。NHKでは、国内外で起きる出来事について、NHK独自の取材と判断に基づいて幅広い角度からお伝えしています。
また、放送にあたっては国内番組基準を設け、この中で、全国民の基盤に立つ公共放送の機関として、何人からも干渉されず、不偏不党の立場を守って、放送による言論と表現の自由を確保し、豊かで、よい放送を行うことを明記しています。
この基準に基づいて、報道の担当責任者が具体的な対応を判断してニュースおよびニュース番組を制作しています。ご理解のほどお願い申し上げます。
今後とも、NHKをご支援いただきますようお願いいたします。
お便りありがとうございました。
NHKふれあいセンター(放送)”

NHKの自主的な編集判断と、国内番組基準がそもそも反日左翼に偏向しているのだ・・・・馬鹿者めが!!!

これに懲りず、上記回答への攻撃を再度行いたい。



< JR北海道に巣食う過激破壊工作分子=革マル派= >

1月25日のヤマちゃん日記に
〜反日マスコミがひた隠す日本の左翼テロ集団〜< 超過激集団革マル派に支配されたJR北海道 >という見出しで、

”JR北海道では、到底考えられないような事件や不祥事が多発している。
ヤマちゃんおやじは昨年夏あたりから、JR北海道ではサボタージュや一種のテロ活動が常習化しているのでは???と疑いを持った。

最近その疑いが嘘ではなかった証拠がかなり集まったので、近く
〜〜〜〜反日マスコミがひた隠す日本のテロ集団〜〜〜〜
< 超過劇集団革マル派に支配されたJR北海道 >
という表題で披露したい所存です”・・・・と書いた。

今回その続きを書きます。


< JR北海道が超過激集団革マル派に支配されている証拠 >

証拠1: JR北海道石勝線の特急列車脱線炎上事故まず、反日マスコミによる報道を以下に示す。
『2011年5月27日午後9時55分ごろ、占冠村のJR石勝線で、釧路発札幌行き特急「スーパーおおぞら14号」(6両編成)が脱線し、第1ニニウトンネル(全長685メートル)内で緊急停止した後、全焼した。脱線は車両床下の動力伝達装置の部品が脱落したことが原因とみられている。火元は最後尾の1号車のエンジン付近とされる。避難誘導が遅れ、車掌らの誘導を待たずに自主避難をした乗客もいた。252人が乗っていたが、煙を吸うなどして複数回通院した人が79人に上った( 2011-09-17 朝日新聞 朝刊 1道 )。』

ところが上記報道内容に反して乗客からは、『JR北海道乗務員の指示に従っていたら死んでいた。煙が車内に充満する中、車外への避難を促すアナウンスは最後まで流されなかった。』などの不審・不満の声が上がっていた。乗客の声を総合すると
@J車内に充満する中、R北海道乗務員による乗客の避難誘導が無かったこと。
AJR北海道乗務員は乗客に「外に出ないように」と指示していた。
B乗客が火事だと気付いて外に出たこと。
C乗務員が「何故かってに降りたか」と乗客に怒鳴りつけた と言うこと。
D結局乗客の判断で全員列車の外へ避難したこと。
となり、JR北海道乗務員からの指示は ”乗客全員の被災・死亡を目指していた”としか考えられない。


証拠2:2013年10月8日JR北海道、非常ブレーキのコック異常発見さる。故意の可能性排除できず。

JR北海道の特急列車が安全装置の作動後も自動で非常ブレーキが利かない状態で 3ヶ月間も運行されていた問題で、非常ブレーキを作動させるため空気管を開けておくコックがディーゼル車の施錠された機器室内にあったことが8日、同社への取材で分かった。
空気管を閉める操作について同社は「故意ということも排除できない」と説明している。

自動の非常ブレーキは空気圧を使って作動させるが、コックの操作で空気管の弁が 閉じられ、空気の流れが遮断されていたことが原因。前回7月12日までの検査で 異常は見つからず、コックは通常は人が出入りしない施錠された「機器室」にあるため、何者かが非常ブレーキが作動しないように故意に閉めた可能性もある

更に、この事件では運転手と車掌は調査対象外とされたのも怪しいが、当然反日マスコミは報道しなかった。

非常ブレーキが作動する状態は大きな危険が発生する場合であるが、非常ブレーキが効かないと大事故に発展する。これはテロ活動そのものだ。
会社側が運転手と車掌は調査対象外にしたのは犯人をかばう為に証拠隠滅を図った可能性を否定できない。

証拠3:自らのミスを隠蔽する為安全装置をハンマーで破壊したJR北海道の運転手

JR北海道の運転手(33歳)は2013年9月7日、札幌運転所(札幌市手稲区)で札幌発上野行き寝台特急北斗星(13両編成)になる予定の列車でATS(自動列車停止装置)の操作を誤り、列車を非常停止させた後、誤操作を隠すためATSのスイッチをハンマーでたたくなどして破壊した。同社は10月2日までに男性を15日間の出勤停止処分とし、1日付で車両の検査や修繕を担当する部署に異動させた。

このような極めて非常識極まりない危険な破壊行為を犯した人物は人命を預かるJR北海道としては、本来ならば懲戒解雇が常識的な処置であった。しかしJR北海道による処置は、たった15日間の出勤停止で保守部門への配置転換だった。危険人物が保守作業した列車には怖くて乗客は乗れないはずだが・・・・JR北海道は、組合からの反発を恐れ正統な厳罰を課せなかった疑いが濃厚だ。2013年11月28日の参院国土交通委員会にて、JR北海道の野島社長は運転士が自動列車停止装置(ATS)をハンマーで破壊した問題について、運転士を出勤停止15日間とした処分を見直す考えがないことを明言した。その後国会での追求が厳しくなった2014年1月23日になって、ようやくJR北海道はこの運転士を器物損壊の罪で北海道警に告訴した
→ JR北海道の野島社長は昨年11月28日までは組合を恐れていた感があり、告訴は遅すぎる!!!

証拠4:乗務員のアルコール検査を組合側(JR北海道労組)が拒否
不祥事件多発を受けJR北海道では2012年7月に他社に遅れてようやく検査を導入したが、「体質的に飲めない」と申告した運転士8人、車掌3人については検査を免除していた。医師の診断書の提出なども求めなかった。追求が厳しくなったJR北海道は、衆院国土交通委員会の集中質疑の2日前の2014年1月20日付で通達を出し、ようやく同日から全員が対象となった(アルコール検査の駆け込み”義務化)。

証拠4もJR北海道が組合側の言うなりになっていた実態を如実に示している。

証拠5:レール幅拡大を1年間も放置し列車の脱線を頻発させた
( 2013-12-18 朝日新聞 朝刊 北海道総合 )によると〜2013年9月19日午後6時すぎ、七飯町のJR大沼駅構内で18両編成(機関車を含む)の貨物列車の6〜9両目が脱線した。運転士にけがはなかった。函館線では8月に八雲町でも貨物列車の脱線事故が起きたばかりだった。七飯町の事故現場についてはその後、レール幅が基準を超えて広がっていたのに、補修されず放置されていたことが判明。放置は道内で計270カ所に及び、脱線現場のレール点検数値は事故直後、データが改ざんされていたことも明らかになった。〜

別の情報によると、2012年10月に行われた定期検査で脱線現場付近のレールの幅が通常のレール幅より20ミリ広がっていたほか、ことし2013年6月の検査でも25ミリとさらに広がり、いずれも社内の基準を上回る値だったことを明らかになり、社内の規程では基準を超えた場合15日以内に補修することになっていたが、担当する保線所は補修を行わずおよそ1年間にわたって放置し続けていた。しかしこの脱線事故の前日の点検結果は『異常なし』であった。

しかし、2013年12月12日になって、この貨物列車の脱線事故で、6月に同じ場所を現場で計測した際、基準値を超えるレール幅の異常な広がりが実際には39ミリだったのに、脱線事故直後に25ミリと改竄(かいざん)して報告されていたことが判明した。

◇ JR北海道の主な特急列車とレールの異状放置が判明した路線
 @JR函館線、特急スーパー北斗、3箇所の異状放置
 AJR宗谷線、特急スーパー宗谷、6箇所の異状放置
 BJR石北線、特急オホーツク、3箇所の異状放置
 CJR根室線、特急スーパーおおぞら、1箇所の異状放置
 DJR室蘭線、特急スーパーすずらん、1箇所の異状放置
 E新千歳〜札幌〜旭川、特急スーパーカムイ、1箇所の異状放置
JR北海道の特急が通過するすべての路線でレールの多数の異状が放置されているのは、普通の鉄道会社の保線状態から大きく逸脱した状態。レールの異状による脱線を期待した保線状態としか言いようが無い!!!

証拠6:保線部署での組織ぐるみの検査データ改竄が発覚
産経ニュースによると〜レール検査データ改竄(かいざん)などJR北海道の一連の問題をめぐり、参院国土交通委員会は2013年11月28日、野島誠社長ら幹部3人を参考人として招致し集中審議を行った。22日の衆院国交委の集中審議で、JR北海道側は9つの保線部署での改竄を公表したが、この日の審議ではそのうち4部署で過去から改竄が繰り返されてきたと明らかにした。2014年1月21日、JR北海道はレール検査数値改ざんにからみ5人の解雇や、野島誠社長ら経営陣の役員報酬減額を含めた計75人の大量処分を発表した。同時に公表した社内調査結果によると、44ある現場の保線部署のうち改ざんが確認されたのは33部署で、判明済みの9部署から大幅に増えた。保線担当者約800人のうち約16%に当たる社員が「改ざんした経験がある」と認め、約20年前から改ざんがあったと話す担当者もいた。〜
別の情報に拠ると〜線路検査データの改竄は過去2回にわたり会社側に通告されたが、いずれも会社側は証拠がないとしてこの通告を無視していた〜ことが判明した。
→これは完全な組織ぐるみでデータを改竄であり、立派な組織的犯罪だ!!!
→データ改竄の通報を無視した会社側(経営者側)は組合との摩擦を恐れて放任していたと思われる。

証拠7:JR北海道はまるで無政府状態不祥事は上記だけではない。本社が現場に送ったとされるブレーキ部品について発送記録も現場が受け取った記録もないことも判明した。 JR北海道のダイヤ改正案が記された文書や、制服、列車の鍵などがインターネットオークションに出品されたほか、一部の鉄道ショップでも販売されていたことも露見した。運転士の覚醒剤使用も発覚したが、JR北海道に採用される以前から覚醒剤を常用しており、JR北海道に採用後たった1年後には特急列車の運転士に就任しているのも極めて異状である。JR北海道は覚醒剤使用検査導入には組合員全員の了解が必要だとので理由で実施していない。2011年5月に発生したJR北海道石勝線の特急列車脱線炎上事故対策を陣頭指揮していた当時のJR北海道社長中島 尚俊の遺体は、2011年9月18日小樽市沖の海上で発見され遺書などから自殺と断定された。中島JR北海道社長が熱心に勧めた事故対策に対し、労働組合は36協定違反を理由に強硬に反抗した。ワープロの遺書には36協定違反をわびる文言があり、中島社長は組合との板ばさみになり自殺したとされている。更に、“JR北海道では安全教育は労働組合に任されており、思想教育も行われている”との情報もある。
こうなるとJR北海道はすでに無政府状態になっていると断定せざるをえない!!!

証拠8:JR北海道社員の8割を占めるJR北海道労組は過激派「革マル派」

JR北海道には3つの主要労組がある。組合員資格者の80%強が加盟するJR北海道労組(JR総連系約5600人)と、約8%のJR北労組(JR連合系約550人)、約2%の国労北海道本部(約130人)だ。

上部団体のJR総連とJR連合が激しく対立してきた経緯などがあり、北海道でも互いを敵視する構図にある。JR総連は、政府答弁書や警察庁警備局長の国会答弁などで度々、過激派「革マル派」の浸透が指摘されている。

<過激派「革マル派」の正体は・・・・・>

元ブント(共産同)活動家と称する坂真のブログというものがあった。

(注)〜ブント=共産主義者同盟=共産同=は、1958年に結成された日本の新左翼党派。主に全学連を牽引していた学生らが日本共産党から離れて結成し、安保闘争の高揚を支えたが1960年解体。1966年に再建され(二次ブント)、1970年に再び解体し、戦旗派、全国委員会派、ML派、赤軍派など多数の党派に分裂した。〜

(注)〜革マル派とは?
革マル派は、正式名称を「日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派」といい、昭和38年2月、中核派と分裂して組織された。思想的には、マルクス、レーニン、トロツキーの革命理論を基礎としており、「帝国主義打倒、スターリン主義打倒」、いわゆる「反帝・反スタ」を掲げ、東西冷戦終えん後もプロレタリア世界革命及びその一環としての日本革命を目指している団体。 現在でも中核派と並ぶ組織力を有し、その数は約4,300人とみられています。機関紙は、「解放」(週刊)と「共産主義者」(隔月刊)を発行しています。 革マル派は、昭和50年代ごろまで陰湿なゲリラ事件を次々と引き起こしていましたが、最近は、表面上暴力性を隠して、組織拡大に重点を置き、各界各層への浸透を図る戦術をとっています。しかし、機関紙紙上では依然として「ブルジョア国家の転覆をめざす革命党」であることを繰り返し主張し、組織内の結束を図っています。
 革マル派は、他セクトと比較して様々な特異性を有しています。同派の指導者は、発足以来30数年間にわたり議長職にあった黒田寛一ですが、平成8年の議長交代後も、引き続き同人が実質的指導者であるとみられています。黒田前議長は、昭和42年以降集会等で姿を現すことはなく、演説は録音したテープを流したり、原稿の代読という形で行われていたと言われています。見たこともない人物を絶対的指導者として支持している点に同派の特異性がみられます。
 また、革マル派は、街頭での集会、デモの際にも、セクト名は出さず実行委員会名等でカムフラージュしたり、参加者同士がペンネームを使用するなど閉鎖性、秘匿性が強いほか、他党派と共闘することもなく排他性が強いのも特徴です。 同派は、東京都内早稲田に構えている「解放社本社」のほか全国6道府県に設置している支社等を表向きの拠点として活動しています。しかし、非公然・非合法活動を伴う“裏の活動”は、全国に点在する、いわゆる非公然アジトを拠点として展開されていることが警察の摘発で判明しています。〜



坂真のブログ2013/09/30 18:25
http://makotoban.iza.ne.jp/blog/entry/3196564/
から引用する。
JR北海道の不祥事が、とどまるところを知らない。
脱線の原因になった基準値を超えるレールの異常は、200か所を超えた。
しかも、その異常は何年間にもわたって放置されていた。
さらに、それを本社が知らなかった(報告されていなかった)。

国民の生命に直接的にかかわる鉄道事業者としては、考えられないというより、ありえないことである。

2011年5月、特急が脱線・炎上した。
11月には、事故処理に奔走していた社長が自殺した。
遺書には社員に宛てて―「お客さまの安全を最優先にする」ということを常に考える社員になっていただきたい―というメッセージが残されていた。
私は、これを知って、この社長の自殺には労使関係が絡んでいると直感した。

調べてみると、JR北海道労組はJR総連だった。
JR総連は革マル派である
そしてJR総連は、国鉄民営化時は経営側と蜜月だったが、それも今は昔。
合法的サボタージュ、管理職の吊るし上げ、指示の無視、革マル系労組は陰湿で陰険なのだ。
社長の自殺の一因が、この革マル系労組との関係にあった、と私は確信している。
そして今回発覚した一連の不祥事にも、革マル系労組が深くかかわっているに違いない。

革マル系労組とは何か?
私は、5年以上前にそのことを書いた。
もちろん、自らの左翼体験に基づいたものだ。
今日は、そのエントリを再掲したい。

2008/02/04 JR東日本に巣食う「革マル派」というカルト


今日は、我々が思いもつかぬところに巣食う極左勢力について言及しよう。

一般国民の日常生活に絡むところに潜む「国家の破壊活動をたくらむ勢力」―その最大のものはJR総連である

JR総連は傘下組合員6万1000人を誇り、JR連合(組合員7万5000人・右派)と並ぶJR労組内の一大勢力である。特にJR東日本では、経営側のバックアップもあって労組員の約8割を占め、圧倒的影響力を持っている。

この、日本を代表する公共交通機関であるJRの巨大労組が、なぜ国家の破壊活動をたくらむ勢力なのか?
それはJR総連が革マル派によって完全支配されているからである


JR総連の前身は国鉄動力車労働組合(動労)である。この動労、国鉄民営化前は順法闘争やスト権ストを繰り広げ、「鬼の動労」の異名を取っていた。

で、このJR総連を革マル派が支配するようになったのは、元動労委員長で現JR総連・JR東労組顧問の松崎明氏抜きには語れない

松崎氏は、1936年生まれ。1955年、国鉄入社。日本共産党に入党。1958年、 (革マル派の教祖)黒田寛一氏と出会う。1959年、共産党を離党。革命的共産主義者同盟(革共同)に加入。
この松崎氏が、左翼運動及び労働運動の中で大きな存在感を発揮するようになるきっかけは、1963年の革共同分裂である。革共同が中核派と革マル派に分かれた時、松崎氏は黒田氏率いる革マル派についた。そして副議長(組織名:倉川篤・愛称:クラさん)になった。

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私が左翼だったころ(38年前)、松崎氏は動労東京地本の書記長だった。が、このとき既に、松崎氏は「動労の最高実力者」と言われていた。
この松崎氏、敵であったが、その卓抜した指導力とカリスマ性は認めざるをえない。この松崎氏の秀でた能力と革マル派の組織力(組織論)が一つになって、革マル派による動労支配が確立されていくのである。

革マル派というのは、新左翼(過激派)の中では異端とも言える存在だった。ほかのセクト(党派)が大衆闘争(学園闘争や街頭闘争)に力を入れていたのに対し、革マル派だけは、組織の強化(前衛党建設)にひたすら励んでいた。
彼らにとって大衆闘争は、組織を拡大するための手段でしかない。だから、国家権力と対峙する局面を迎えると、闘争より「組織の温存」を選んだ。東大闘争がその典型である。彼らは、あの安田講堂攻防戦の時、与えられた持ち場からこっそり抜け出した(=逃げ出した)のである。
だから、全共闘にも入れてもらえず、他党派と常に衝突した(内ゲバ)。特に中核派とは近親憎悪もあってか、「血で血を洗う」抗争を繰り広げ、双方合わせて100名近い死者と無数の重傷者を生み出した。

私が左翼に絶望した直接の原因は、妙義山の山岳アジトにおける連合赤軍による大量リンチ殺人であるが、これはまだ、追い詰められた末の、閉鎖空間における極限的な状況が生み出した面もあるという言い逃れができた。
しかし、革共同両派の内ゲバは、もう「アイツは革命の敵だ!敵は殺せ!」という論理でしかなかった。かつては同志だった者たちが、鉄パイプや金属バットで相手を滅多打ちにしたり、バールで頭蓋骨を打ち砕いたりする。
「人間の真の解放」「人間の真の平等」を叫ぶ連中がこんなことをする。私は、このとき、はっきりと「共産主義」というイデオロギーが“狂気”であることを認識した。

特に革マル派は、その独善性、排他性、意見の異なる者への攻撃性という点で、もう「共産主義」という名のカルト集団にすぎないと確信した。そして私は、きっぱりと「共産主義」と縁を切った

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革マル派が動労を支配できたのは、共産主義者(レーニン主義者)特有の狡猾さによる。当時の動労は日本社会党と総評(現・連合)の影響下にあった。で、社会党と総評は、ベトナム戦争の泥沼化を見て、「日米安保条約反対・ベトナム侵略戦争反対」を掲げてそのための青年組織を傘下の労組の中に作った。
その名を「反戦青年委員会」と言うのだが、新左翼(過激派)各派がここぞとばかりにこの反戦青年委員会に対して加入戦術を取るのである。そして、ほどなく、反戦青年委員会は過激派の影響下に収められ、総評の「鬼っ子」になっていく。

この反戦青年委員会で勢力を誇ったのが、中核派と革マル派である(我がブントは運動論はあったが組織論がなかったのでダメだった)。で、そのころの中核派は過激な街頭闘争を運動の軸にしていた。当然、反戦青年委員会に所属する労働者にも動員がかかる。が、革マル派は組織の強化(前衛党建設)が第一であるから、労働者を街頭闘争に参加させるような真似はけっしてしなかった。
その結果、中核派系の反戦青年委員会は多数の検挙者を出し弱体化したが、革マル派系のそれはかえって勢力を増すことになるのである。

しっかりと理論武装(洗脳)された革マル派の活動家たちにとって、社会党や総評系の幹部(ダラ幹)など赤子と同じだった。彼らは、総評の青年部を確実に侵食していった。
何しろカルト集団であるから、その生存能力と繁殖力は環境に恵まれれば極めて高い。で、動労、全逓(後のJPU)、全電通(現NTT労組)、日教組などの官公労組にその勢力を広げていく

結局、JPUやNTT、日教組などの革マル派は、中核派による度重なる襲撃などによりその勢力を衰退させた。が、動労(JR総連)の革マル派だけは、松崎氏というカリスマの存在もあってその勢力が衰えることはなかった(九州や長野県は離反したが)。
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JR総連(革マル派)の危険性は、国鉄民営化の時の対応を見ればよく解る。国鉄民営化は労働者の側からすれば、まさに大合理化そのものである。したがって、左翼党派であれば、当然反対せざるをえない。実際、当時の社会党や共産党、総評や国労は民営化に反対した。

ところが、である。最左派と目された「鬼の動労」が賛成に回ったのだ。しかも動労から見れば右翼とも言える鉄労と組んでまで。
しかも松崎氏は、このとき、運輸族のボスだった三塚博運輸大臣と手を結び、当時の自民党の実力者だったあの金丸信氏とも親交を深めた。

この、もっともネックになると目されていた動労(松崎氏)の転向によって、国鉄民営化は大した混乱もなく実現するのである。このときから、JR東日本の経営側はJR総連(というか松崎氏)の意向を無視できなくなったのだ。

このあと、動労は鉄労とともにJR総連を発足させる。が、やがてJR総連内の鉄労系組合員は、動労系のセクト主義、その攻撃性に愛想をつかして総連を脱退し、新組織を結成する。
この新組織を積極的に支援したのが、当時、JR東海の副社長だった葛西敬之氏である。で、この葛西氏、自らが非常勤講師を務める大学で革マル派に襲撃される。

JR東日本とJR東海が犬猿の仲なのは、こういう背景があるのである。

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当時、松崎氏はメディアに対して、「私は革マル派ではない」「(革マル派の教祖)黒田氏から思想的影響は受けたが、今は関係がない」と語っていた。そして、「労働者の雇用を守るために民営化に賛成した」とも語った。
が、これはウソだ。革マル派の論理に忠実に従ったにすぎない。

「戦後政治の総決算」を掲げた中曽根康弘首相(当時)は、国鉄民営化の目的を「国労を解体し、社会党・総評ブロックを消滅させ、新しい憲法を安置する」と語っている。この体制側の猛攻に、戦後政治の一方の軸であった当時の社会党・総評ブロックでさえ崩壊しかねないほどの危機に直面した。
そこで松崎氏は、勝ち目の薄い「抵抗」よりも「組織の温存」を選択したのだ

ほんとうに転向したのなら、なぜ中核派が「松崎だけは絶対に殺す!」と言うのか?なぜ、JR総連内から意見が相違する者を暴力をもって排除しようとするのか?なぜ、護衛付きで複数のアジトを点々とするのか?

中核派によると、松崎氏は晩年の黒田氏(2006年死去)とは意見が対立していたようだ。党官僚や学生が黒田氏を支持し、労働者が松崎氏を支持するといった構図らしい。
中核派の機関紙「前進」によると、2000年の12月、松崎氏は「革マルと完全に手を切った」と公言し、一方の黒田氏率いる革マル派は「JR総連本部執行部を階級敵と断罪し、打倒する」との「戦闘宣言」を出したらしい。
が、革マル派はJR総連執行部を批判しても、松崎氏個人は批判しないのだ。
共産主義者を知っている人なら分かると思うが、彼らは裏切り者に容赦しない。松崎氏が転向したのなら、革マル派から壮絶とも言える罵詈雑言を浴びせられるはずだ。「裏切り者」「階級の敵」「反革命」「権力の手先」「ファシスト」「スパイ」―おそらくこれくらいは批判(罵倒)される。が、現実はそうではない。
革マル派はJR総連の労使協調路線を批判しても松崎氏には沈黙する。

これは、黒田氏の「組織現実論」を松崎氏が実践しているからではないのか?

松崎氏は、中核派が言うように「革マル派執行部」と路線対立を起こしているのかもしれない。が、除名されたわけでもない。
私は偽装転向だと思う。

(平成18年10月25日の衆議院国土交通委員会において)米村(警察庁警備)局長は、JR総連・東労組への革マル派浸透の実態をあらためて述べたほか、浦和電車区事件について、「革マル派活動家を含むJR東労組の組合員らが、JR東労組と対立する労働組合に属する者と行動を共にするなどした組合員に対して、組合脱退及び退職を強要した事件を検挙している」と答弁し、「革マル派は今後も労働運動を通じた組織の維持、拡大を図るため、これらの事件と同様の事件を引き起こすことが懸念される」と、その危険性を強調した。
これは、JR総連と対立する「JR連合のホームページ」からの引用である。

警察においては、平成8年以降、日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(以下「革マル派」という。)の非公然アジト15か所を摘発しているが、これらのアジトの一部から押収した資料を分析するなどした結果、全日本鉄道労働組合総連合会(以下「JR総連」という。)及び東日本旅客鉄道労働組合(以下「JR東労組」という。)内における革マル派組織の存在を確認するなど、革マル派がこれらの組織に相当浸透している実態を解明しているものと承知している。

これは、平成15年3月18日付の「政府答弁書」からの引用である。

やはり、松崎氏は「革マルと完全に手を切っていない」のだ。

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カルトと言ってもよい極左が、日本を代表する公共交通機関であるJR東日本に巣食っている。そしてJR東日本の経営陣がそれに屈服している

異論を持つ職員や対立する労組に対して暴力さえ厭わない組織、これがJR東日本の労組員の約8割を握っている。そして―JR総連は、利益のみを追求する新自由主義的な競争社会に反対し、公平・公正な社会を築くために、「反グローバリズム労働運動」を掲げ、世界の仲間たちと連帯して闘っています―などと、もっともらしいメッセージを発信する。

彼らは労働運動をやっているのではない。平和(反戦)運動や人権擁護運動をやっているのではない。革命の準備運動をやっているのだ。

そして、JR総連の潤沢な資金が革マル派に流れていたのは間違いないと思う。昨年、横領容疑で警察の捜索が入ったので今は分からないが。

我々は、JR総連に代表される「普通の顔」を装う極左勢力を注視し、警戒を強めなければならない

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今日のエントリのテーマは、一度は「書きたい」と思っていたものです。
かなりの時間を要しましたが、少しだけ満足感があります。

読者の皆さん、今後ともよろしくお願いします。
〜〜〜〜坂真のブログからの引用終わり〜〜〜〜

松崎明は、盧溝橋の中国人民抗日戦争記念館に1万ドルを寄贈したことが露見している。この事実からすれば、松崎明は、単なる労働運動指導者ではなく、共産革命に心酔した狂信者&稀代のオルガナイザーだといえる

共産革命に心酔した狂信的オルガナイザーである松崎明に率いられた革マル派の牙城JR総連が大勢力を占めるJR北海道労組は、JR北海道経営陣を事実上支配下に置くことで管理体制を無政府状態にして、北海道に鉄道事故を多発させることによって社会を混乱に陥れ共産革命を成就させると言う野望に向ってと着々と準備している。

反日マスコミは、JR北海道の不祥事の表面だけを報道することで革マル派が支配するJR北海道労組のサボタージュ・テロ活動を隠蔽した。が、2013年10月3日発売の『週刊文春(10月10日号)』は「新聞・テレビが報じない事故頻発の深層『JR北海道社員の8割以上が革マル系労組所属』」と題する記事で、一連のJR北海道の不祥事・事故の背後要因として、JR総連傘下の北鉄労における「革マル派浸透問題」にも触れ、その危険性を指摘した。

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監督権を持つ国交省もだらしがない。国交省事故報告書を見ると、組合員による組織的サボタージュやJR北海道という会社自体の無政府状態については全く触れていないのは怠慢または監督の手抜きとしか写らない。

本年1月、大田国交大臣はJR北海道の野島誠社長の続投を支持している。

表面的理由はさておき、共産主擬革カルト集団マル派が支配するJR北海道労組に懐柔されている野島誠社長の続投させることで第三者による社長就任を阻止するのが目的だと思う。第三者による社長就任が実現すれば、共産主擬革カルト集団マル派が支配するJR北海道労組に懐柔されている実体が暴露されるからだ。


大田国交大臣は公明党所属であり、公明党の支持母体である創価学会が反日勢力であることを考慮すれば、共産主義カルト集団革マル派が支配するJR北海道労組の事実上の会社支配を隠蔽したかったという動機は否定できない。


2013年11月7日、参議院国土交通委員会で民主党の田城郁(かおる)参院議員が太田昭宏国交相に要求した。田城氏は、革マルの総大将で動労元委員長の故松崎明氏の側近、JR総連の組織内当選者だ。氏が求めたのは(1)賃金の積み増し(2)レール補修の費用(3)枕木をコンクリートに代える−などである。田城氏からの要求は、『あたかも一連の不祥事件の原因はJR北海道の経営基盤の弱さ&国鉄民営化だった』・・・という宣伝の為のものだ。

民主党の田城郁参院議員の要求は、共産主義カルト集団革マル派が支配するJR北海道労組の事実上の会社支配から目をそらす狙いが感ぜられる。

共産党、社会民主党、国民の生活、民主党などは、JR北海道のあいつぐ不祥事件の連続に対し完全沈黙を保っているのは、何故だろう???

共産党、社会民主党、公明党、国民の生活、民主党などが、共産主義カルト集団革マル派と同じ狙いを共有するからに相違ない

過疎化が進み経営基盤が弱いはずのJR四国は、JR北海道の無政府状態とは大きく違い、真っ当な鉄道会社としての矜持を保っている。
その違いは、JR四国の労働組合では共産主義カルト集団革マル派が少ないからだ。


【正論】において政治評論家の屋山太郎氏は、〜日本航空(JAL)は平成22年に、乗員組合、機長会の横暴の末に経営破綻した。JR北海道も経営破綻させて、経営側、組合側の双方を取り替えて再出発する以外、再建の見込みはない。〜と結論している。


2014年1月15日、JR北海道の坂本元社長の遺体が余市港で発見され、遺書などは無いが自殺とされている。昨年10月には、取締役ではない坂本さんら旧経営陣が、同社の取締役会に毎回出席していることが「現経営陣の意思決定を阻害している」と国会でも問題視され、同社は出席要請を取りやめていた。

遺書が無くて何故自殺なのか???
あくまで仮説ではあるが、坂本元社長が組合との旧経営陣との秘密闇協定を現経営陣に守らせるためのお目付け役だったと仮定すれば、坂本元社長が事実をしゃべると困る団体が坂本元社長を殺す動機を持つのは不思議ではない。

JR北海道の社長を務めた2人が自殺をすること自体極めて異状であり、
事件の深刻さ。異状さを物語っている。。。


ヤマちゃんおやじは昨年夏頃から、JR北海道には何か組織的なサボタージュ・テロの匂いを直観的に感じていたが、いろいろ情報を手繰ってみて、ようやく本年1月下旬になってその危険な匂いが嘘ではなかった確証を得ることができた。

更に昨年秋に野島JR北海道社長の顔を見て邪悪なものを感じた。案の定、野島JR北海道社長の度重なる言動は共産主義カルト集団革マル派が牛耳るJR北海道労組を守り庇うものばかりであり、彼の馬脚がモロに現われた。

フランス政府からカルトと認定された創価学会を支持母体とする公明党所属の大田国交相が、革マル派が牛耳られた野島JR北海道社長の続投をごり押しするのは当然の結果かもしれない。


共産主義カルト集団革マル派をJR北海道から完全に排除しない限り、JR北海道の安全はない!!!


問題は未だある。“カルトと言ってもよい極左の革マル派が日本を代表する公共交通機関であるJR東日本に巣食っている。そしてJR東日本の経営陣がそれに屈服している”ことが大問題だ!!!


JR東日本に巣食っている極左の革マル派を全員追い出さないと、JR東日本エリアでいずれ大規模な鉄道事故が起こる恐れがある。

東京五輪に照準を合わせているのかもしれないが・・・・


現に2014年1月3日発生し、東海道新幹線などが大規模運休したJR有楽町駅近くの店舗火災に不気味さを感じる。ヤマちゃんおやじは、この報道に接して瞬間的に“テロ”を感じた

その後詳細な報道がなされないのも怪しい!!!

反日マスコミが敢えて“テロの真相”を隠蔽しているのかもしれない。。。

いまやソチ五輪でテレビは沸きかえっている。

我々は、反日マスコミの情報操作に惑わされてはならない!!!
公明党が大臣を務める国交省などは、当てにできない!!!

幸いにも、管官房長官は革マル派の罪業を認識している様子なので一縷の望みはある。

鉄道事故を装う鉄道サボタージュ/テロに対しては、破壊活動防止の観点から厳しく取り締まる必要がある。。。。
posted by ヤマおやじ at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月25日

琴音の滝コースから大平山へ

<1月24日(金)>
天気良好に付き、防府市富海 琴音の滝コースから大平山に登った。先日大平山(標高631m)に登った時,琴音の滝コースの新しい看板を見つけたので新規ルートが追加されたものと思い、それを実地に確かめるのが第一の目的だった。

二番目の目的は、大平山から望海山(周南市湯野、標高615m)に至る新コースの可能性を探るための下見であった。大平山から望海山に行く現コースでは、途中いったん標高差80mを下りその後標高差150mを登るものでアップダウンがかなり大きい。出来得ればアップダウン標高差が60m程度にできないか?・・・という意味での新コースへの期待が湧いてきた。

10時10分頃国道2号線脇の駐車場(標高9m)に着き、諸準備後10時15分頃歩き始めた。2009年3月29日に地元のボランティア団体“琴の風(宮田昌弘会長・会員13人)”によって整備開通された琴音の滝コースは琴音の滝を眺めながら登るもので今まで3回登っている。
DSCF7795.JPG < 駐車場からntt中継塔を望む >

ちなみに、琴音の滝の名前の由来は朝日新聞山口版2008-09-29によると、伊藤博文や井上肇が富海で狩猟の折に滝の音を聞いて名付けたと伝えられている。

10時28分頃登山口(標高70m)着、上の道を通り本年初の菜の花を眺めながら10時45分頃妙見址を通過して10時55分頃眺めの良い“いこいの森(標高220m)”に着き小休止した。
DSCF7796.JPG < 本年初の菜の花 >

DSCF7798.JPG < いこいの森 >

標高420m辺りで凄い勢いで登ってきた年配男性にあっという間に追い抜かされた。11時35分頃NTT中継所(標高455m)を通過しいったん舗装道路に出た後11時38分頃新しく出来たコースに入り、標高520m辺りの石柱(富海方面との記入あり)でケーブルカー山麓駅からのコースと合流して12時5分頃大平山山頂に着いた。
DSCF7800.JPG < 新しく出来たコース >

快晴弱風なれど風は冷たいので風が弱い放送設備棟の下で裸になって汗を拭い、シャツの汗を乾かしながらムスビ2個の昼食をとった。12時30分頃「大平山〜大谷山縦走路」目指して出発した。

スポーツ広場の北端に「大谷山縦走路入口」と書いた案内板があったが立木が邪魔して到底歩けそうに無いので防府市民農園方面へ向い、周南市苔谷方面へ向う道路分岐点から「大平山〜大谷山縦走路」に入った。道を塞いでいた倒木を鋸で切断して曲がりくねった道を進むが、赤テープが3,4m間隔で貼ってあるので迷うことは無い。

縦走路は概ね大平山牧場の境界線に沿って進んでいるのは過去2回通過しているのでわかっていたが、茨が群生した5mくらいの場所は持参の鉈で茨を切り払った。道はいったん牧場内の舗装道路に出て40m程度進むと再び縦走路が始まる。

牛舎の傍を通過した時牛糞の匂いがしたので牛が飼われていることが判った。牧場境界線が無くなった後、道は北から北東に向きを変えて下り、少し登った所で壊れかけた鉄パイプ製の櫓があった場所から白いテープに従い稜線を進もうとしたが、急に立木が増えて通行がし難くなった。

少し戻ると赤テープはほぼ北方に下っていたので、そのまま下っていくと14時10分頃何と造成中の作業道に出たが赤テープはハタと姿を消した。以前通ったルートは谷底まで標高差で80m程度下っていたのだが!!!!
DSCF7803.JPG < 造成中の作業道 >

さてどうするか??? このまま作業道を下り谷底に出て再び標高差150mを登り望海山に行きここまで帰るにはおそらく16時40分ごろになり、大平山到着は18時30分を過ぎ暗闇になるであろう・・・と考え、少し様子を見た上で引き返すことにした。

造成中の作業道をいったん下った後登り返していると、前方からキャタピラを履いた小形トラックが下ってきたので合図を送り小形トラックを停めて、運転手さんにこの作業道の開始場所と終点を聞いた。植林伐採のために新しく作っている作業道の開始場所は門がある場所で、終点は二股というので、作業道は大平山牧場に通じているか?と聞くと“そうだ”という返事があった。

後学の為だと理由をつけて帰りは造成中の作業道を登ることにした。古い作業道との分岐点を左に見送り更に上ると、造成中の作業道は久兼から大平山牧場に通じる舗装道路の東側を通っていることがわかった。造成中の作業道が舗装道路に合流する直前に古い作業道に入り南方に進み大平山牧場境界に出会った所で往路に這い上がり戻り、15時40分頃大平山展望台に着いた。
DSCF7808.JPG < 大平山展望台かr周南市方面を望む >

16時25分頃“いこいの森”着き、下の道を通り琴音の滝を経て17時頃駐車場に着いた。
DSCF7813(1).JPG < 琴音の滝と不動明王 >

琴音の滝コースは絶えず手入れがなされており、以前よりも登り易くなり、案内標識、ロープ設置などが一段と充実してきた感があり、地元のボランティア団体“琴の風”の熱心さが窺われた。

また大平山から望海山に至る新ルートは、鉄パイプ製の櫓(標高540m)〜557mピーク〜606 mピーク〜555m鞍部〜望海山(標高616m)が考えられるが標高差は60m程度だが距離は1,4km程度はあり結構長く、藪の具合も不明なので現時点では何とも言えない。
もう少し稜線の具合を調べる必要がある。


〜〜〜〜反日マスコミがひた隠す日本の左翼テロ集団〜〜〜〜
< 超過劇集団革マル派に支配されたJR北海道 >

JR北海道では、到底考えられないような事件や不祥事が多発している。
ヤマちゃんおやじは昨年夏あたりから、JR北海道ではサボタージュや一種のテロ活動が常習化しているのでは???と疑いを持った。

最近その疑いが嘘ではなかった証拠がかなり集まったので、近く
〜〜〜〜反日マスコミがひた隠す日本のテロ集団〜〜〜〜
< 超過劇集団革マル派に支配されたJR北海道 >
という表題で披露したい所存です。
posted by ヤマおやじ at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月21日

冬山市民ハイキング= 広島県 深入山 =

<冬山市民ハイキング= 広島県 深入山 =>

1月19日(日)宇部市冬山市民ハイキングに参加し雪の深入山を歩き雪山の醍醐味の一端を実感できた。

毎年一回開催の宇部市冬山市民ハイキングには、3年前の島根県安蔵寺山(標高1263m)、2年前の小五郎山(標高1162m)、1年前の鬼ヶ城山(標高1031m)と過去3回参加している。

それまで主として無雪期の中低山を中心に我流で山歩きしてきたヤマちゃんおやじにとって、冬山はベテラン専門家が挑むものであって、半素人の自分が行くものではないと心に決めており、“冬山は怖いものだ”として敬遠していた。

ところが宇部山岳会が同行し雪をラッセルしてくれるので “冬山未経験者でもOK”という冬山市民ハイキングの案内を見て参加した3年前の冬山市民ハイキング=島根県安蔵寺山=以来、すっかり白一色の世界に魅せられてしまい、以降毎年参加するようになった。

白一色の世界の魅力に加えて、昼食時に宇部山岳会員によって提供される暖かいスープやコーヒーサービスも寒い雪山では最高のご馳走となるのも魅力のひとつになっている。

1月19日は朝4時半に起床し、前日行った諸準備をチェックし、朝食を採り,コーヒーを沸かし保温ポットにいれザックに収容し6時10分頃自宅を出発した。セブンイレブンで買ったムスビ2個を入れた袋にホッカイロを貼り付け更に保温ケースに入れたものをザックインナーに収容しバス停で6時30分到着予定のバスを待った。

予定の6時30分を過ぎてもバスは来ない・・・おそらく深夜に降った雪の影響で集合時間に遅れた人がいたのだろう・・・と推量していると、15分遅れでバスが到着した。

当初目的地の広島県恐羅漢山(標高1346m)へ中国道経由で行く予定だったが、雪による中国道一部通行止めにより、山陽道経由で広島JNCに至り中国道経由で戸河内ICから恐羅漢山二軒小屋登山口に向うこととなった。

当初案では恐羅漢山牛小屋登山口までバスで行く予定だったがバスが進入出来ないことが判明し、バス乗車は二軒小屋登山口までとなり二軒小屋登山口から牛小屋登山口まで1時間程度歩くことに変更された。

雪の深い急な坂道を恐羅漢山牛小屋登山口までバスで行くのが非常に危険に思われた昨夜を思い出した。

山口市、防府市の低山も真っ白であった。無雪時では平均時速120km前後で走る山陽道では、雪のため概ね時速100km以下で走っており、とても恐羅漢山牛小屋登山口10時到着は無理だと感じていた。

戸河内ICから国道190号に入ると雪はますます深くなり、ついにタイヤにチェーンを装着せざるを得なくなった。この時点で恐羅漢山牛小屋登山口到着は早くても12時頃になり雪中の恐羅漢山登山は到底無理だろうと想定した。

暫く経過してようやく目的地を近くの深入山(標高1153m)に変更したい旨の提案がなされ、10時半頃に雪雲がたれこめ粉雪が舞う深入山山麓のいこいの村広島(レジャー基地ホテ、ル標高690m)に到着した。駐車場には30台程度があり、家族連れの姿もあった。

冬山ハイキングは一ヶ月以上も前から計画されたので、例年にない想定外の寒気到来による計画変更はやむを得ないものであろう。

しかし安全保障や防災という国民の生命と財産が失われるか否かという重大な局面においては、想定外だと言い訳するわけには行かない。如何なる場合に対しても、対策案が事前に用意されていなければならない。

三陸地方には高さ30mの津波が押し寄せたという古い記録があった。中世に世界的な貿易港として有名であった十三湊(現在の青森県 十三湖)を襲った大津波の高さは20mもあったと記録されていた。

本来無力な地震学に絶対の自信を持った馬鹿地震学者どもは、これらの古代記録を無視して巨大津波による最大高さを10m程度と決め付けたために、東日本大震災による被害を甚大なものにした。

真に偉大な科学者は科学の限界を知り抜いているが、日本の地震学者に代表される3流科学者ともなると科学を絶対的なものと過信してしまうのである。


粉雪が舞うのでレインウエアジャケットを羽織り、汗をかかないように脱いだフリースはザックに収容した。アイゼンは当初履く予定にしていたが、ベテラン氏が団体登山では自分の靴を踏む恐れがあるというので持参しなかった。

宇部山岳会員によるラッセル隊が恐羅漢山から到着するのを待って、11時(?)頃男性11名女性33名の一団が登り始めた。
DSCF7784.JPG < いこいの村広島から望む深入山 >

先行者によって踏み固められたルートを進むものの、時々膝上まで雪に埋まることもある。今回の雪山に備えて新調したストック2本と登山靴のせいか、はてまた雪山の神々しさのためか、薄着のせいか、途中で4回も休んだせいか・・・殆ど汗をかくことも無く12時25分頃山頂に着いた。
DSCF7785.JPG < ちょっと一休み >

山頂名を記した案内板が殆ど雪に覆われていたことからすれば、積雪はおよそ1m程度はあっただろう。

集合写真を撮ったあと直ちに下り、9合目あたりで宇部山岳会員が作った雪のひな壇で昼食をとった。先行した宇部山岳会員が作った暖かいスープを2杯も頂きしばし寒さを忘れ、かすかに温かみがのこるムスビ2個を食した後持参のコーヒーをがぶ飲みした。

やはり何処に来ても冬の白一色の世界は美しい。
DSCF7791.JPG < 白い風景(1)>

DSCF7792.JPG < 白い風景(2)>

DSCF7794.JPG < 白い風景(3)>
山頂からスノーボードで優雅に滑降する姿を初めて見た。

下山時前を歩いていた年配男性が深みに嵌り転倒して3m下に転げ落ちたが、自力で立ち上がったので追い抜いて下った。雪で滑り尻餅を一回ついたが無事麓まで下山した。

疲れと昨夜の睡眠不足とで帰りのバスの中ではかなのり間寝ていた。
18時頃バス停で降車したときに問題が発生した。

同じ色、同じ型式のザックを取り間違えたことが、バス発車後に判った。携帯電話をザックに入れていたので使えない!!!

丁度バス停でバスを待っていた男性の携帯を借りて家に電話し、急いで車で迎えに来た後バスの終点営業所まで直行するように頼んだ。何たることだ!!!・・・・嘆いてもしかたがない。

バス終点営業所の職員に頼んで、ザックの取り間違いを運転手に連絡して貰った所、バスの終点営業所で間違ったザックを交換できることになった・・・・ヤレヤレ

色々予定外の出来事に見舞われたが、やはり良い冬山ハイキングであった。
宇部山岳会、市営バス、関係者の方々 有難うございました!!!!

次回からのバスハイクではザックの取り間違いを防ぐ意味で、自分のザックには名札を付けるようにしたい。。。。 



<沖縄県名護市長選挙結果の考察>

1月19日の沖縄県名護市長選挙は稲嶺進候補が得票数19839票を獲得し、4155票差で対立候補を破り勝利した。

普天間基地の辺野古移転に公然と反対する稲嶺進の市長当選は、保守勢力からすればあってはならない悪夢となった。

2010年1月の名護市長選挙では、本土または名護市以外の沖縄から1750人前後の職業的反戦平和団体構成員が名護市へ移住させることによって見せかけの有権者に成りすまし投票することで約1588票の僅差で稲嶺進が勝った。基地の影響を受けるはずの基地周辺では基地賛成票が多く、基地から離れた地域では基地反対票が多いという結果だったという奇異な結果をもたらした。

2014年1月の名護市長選挙では、見せかけの有権者に成りすまし投票に加え、公明党の自主投票による稲嶺氏の得票増によって稲嶺進が勝った。

<名護市では有権者数の増加が異状に高い>

先ず稲嶺氏の得票数の推移を見てみよう。
2010年の稲嶺氏の得票数=17950票、島袋氏の得票数=16362票、稲嶺氏1588票差で当選。
2014年稲嶺氏の得票数=19839票で、末松氏の得票数=15684票、稲嶺氏4155票差で当選。
当選した稲嶺氏の得票数差は、2010年の1588票差から2014年4155票差へと3567票増加した。

過去3回の名護市長選の有権者数、投票者数、投票率を見てみよう。
2006年:有権者数=43144人、投票者数=32350人、投票率=74.98%
2010年:有権者数=44896人、投票者数=34552人、投票率=76.96%
2014年:有権者数=46582人、投票者数=35523人、投票率=76.71%
2014年の投票者数は2010年よりも971人増加している。

2010年の有権者数は2006年よりも1752人増加している。増加率=4%
2014年の有権者数は2010年よりも1686人増加している。増加率=4%
2014年の有権者数は2006年よりも3438人増加している。増加率=4%

一方名護市の人口推移を見ると
2005年:59463人
2010年:60192人、2005年から729人増加
2012年12月1日:61271人、2010年から1079人増加
2013年12月1日に人口は2005年よりも1808人増

2005年から2010年まで人口は729人増加したが、有権者は2006年から2010年まで1752人増加している。
2010年から2013年12月1日まで人口は1079人増加したが、有権者は2010年から2014年1月19日までで1686人も増加している。

選挙権は20歳以上に付与されるので、有権者数の増加は20歳以上の人口の増加とみなされる。

名護市では2005年から2010年までの間人口増加数よりも有権者数の増加数の方が大きく、同様に2010年から2013年12月1日までの間人口増加数よりも有権者数の増加数の方が大きい。

換言すれば、名護市では20歳未満の人口流出数よりも20歳以上の人口流入数が多いことを示している。

名護市では2005年から2014年1月までに労働人口流入を促進するような新しい大企業進出はない。

名護市では一体何故20歳以上の人口流入が人口増加数のよりも有権者数の増加が2倍〜1.6倍も多いのであろうか???

名護市での異常に多い人口流入は稲嶺候補に確実に投票する左翼系有権者数を増すために投票の3ヶ月前までに登記上の架空移転を行うためのものだと解釈することが出来る。

<名護市では期日前投票が異状に多い>

また期日前(13〜18日)投票者数は1万5835人で、前回を1596人上回り、過去最多となった。有権者数の33・9%を占めて、投票者数の45%を占めたのは異状である。この期日前投票者数の多さは半端ではない。

名護市に居住している有権者の殆どは旅行か仕事以外では投票日に投票するだろう。
しかし通常名護市に居住せず遠隔地に居住する有権者ならば、期日前に投票せざるを得ない。最近は休日に選挙へ行くのを避けるために期日前投票する人が増えているが、期日前投票数が投票者数の45%を占る程多くは無いないだろう。

“通常名護市に居住していない人が住民票だけを名護市に在籍させて選挙権を得ている人が多数存在する”という説は、名護市に昔から住んでいる人から発せられている。

<公明党に自主投票による稲嶺氏得票増加 >

2012年衆議院選挙での名護地区の公明党得票数は5531票あった。仮に今回の名護市長選で公明党が末松氏を推薦すれば、末松氏は2万票近く獲得でき稲嶺氏を破り当選した可能性がある。連立内閣を組む公明党の裏切りによって自民党は名護市長選に敗北した といえよう。

朝日新聞は、石破幹事長演説した500億円のばら撒きを稲嶺の勝因にしているが、稲嶺陣営の不正移住をカムフラージュする文言であろう。


<東京都知事選で自民党都連が舛添を公認した裏に公明党のゴリ押しあり>

東京都知事選に立候補した舛添要一は自民党を除名されたにもかかわらず、自民党都連が舛添要一推薦を決めたのは小泉進次郎ならずとも極めて納得がいかない。自民党に反旗を示した人物である舛添要一を自民党都連が推薦したのは何か裏があったに違いないと踏んでいた。

自民党都連が舛添要一を推薦するように公明党がゴリ押ししたという情報が今日入った。舛添要一は過去の言動からすれば、間違いなく韓国系であり民主党に極めて近いので、公明党が都知事に舛添を当選させるべく自民党に罠をかけ、安倍総理が知らない内に脇が甘い石原伸晃と石破が公明党の仕掛けた罠に嵌ったということだ。

憲法改正と集団的自衛権で安倍首相に反対し、名護市長選では政府決定に異を唱える稲嶺を支持して勝利させ、はてまた東京都知事選では民主党命の舛添要一を自民党都連推薦にさせるよう脅迫するなど、公明党は安倍内閣が連立内閣を組む相手ではないことが最近次々と明白になった。

名護市長選挙で共産党、社民党が支持する稲嶺を公明党が応援するということは、公明党が共産党、社民党と同列であり、尖閣諸島や沖縄を欲しがっている中国共産党の手先であることが明らかになった。

今から思えば日本にとって百害あって一利もなかった中国との国交回復を密使として陰で推し進めたのは当時創価学会会長であった池田大作と公明党委員長の竹入義勝であった。

韓国SGI(創価学会インターナショナル)の青年部は、韓国による竹島の領有権の主張や日本の歴史教科書への糾弾を社会活動として行っている。公明党は外国人への参政権付与法案を最も多数回国会に提出している。口で美辞麗句を並べても創価学会/公明党は所詮、中国や韓国、民主党、共産党、社会民主党、反日マスコミなどの味方でしかない。

もともと自民党が公明党と連立を組むこと自体が、保守本流としては誤りなのである。

安倍首相にすれば、中国や韓国のために反日政治行動を取る公明党をキッパリ切り捨てる立派な名目が出揃ったことになる。

自民党は早く公明党と手を切らねば、2008年の選挙大敗北と同様な大敗北をこうむるであろう。

何故反日マスコミが自民党の石原伸展や石破を持ち上げるのか???

脇が甘い自民党の石原伸展や石破などは、公明党や反日勢力にとって扱い易く、御し易いからである。
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2014年01月18日

東京都知事候補 田母神俊雄氏の一喝で反日NHKが縮み上がった!!! 

< 田母神俊雄氏の一喝で反日NHKが縮み上がった!!! >

1月13日(月)のNHK7時ニュース「おはよう日本」のトップニュースでで、イタリア名門サッカークラブACミランに移籍後公式戦初出場しただけの本田圭佑選手の競技映像を(ACミランは試合で敗けたにもかかわらず)、12分もの長い時間を割いて報道した。最後には本田圭佑選手のベストドレッサー振りまでも言及したもので、ヤマちゃんおやじは極めて奇異で非常識な報道だと直感した。

イタリアの名門サッカークラブに移籍されたこと自体は、サッカーファンにすれば一大ニュースかもしれない。1月13日(月)のNHK7時ニュース「おはよう日本」では、本田圭佑選手が試合に出場しただけのことなのに朝ニュースのトップニュースとして12分も時間を割くのは全く異状としか言いようがない。

本田圭佑のACミランに移籍後初出場を相撲で例えれば、学生相撲上がりの遠藤が大相撲の幕内に上がったことと同等ではないか???

遠藤が大相撲の幕内に上がったことを朝のトップニュースで報道するだろうか・・・否である。スポーツ関連で朝のトップニュースに相応しいのは、五輪の金メダル獲得くらいではないだろうか。

歌舞伎でいえば襲名披露であるが、朝のトップニュースで報道するだろうか・・・否である。

仮に本田圭佑選手がACミランでレギュラーを3年間も務め上げれば、サッカー選手としては世界一流の証となり、五輪で言えばメダル獲得と同等クラスに該当する。

スポーツは芸能などの娯楽の一種である。現在のスポーツの起源はギリシャ・ローマ時代では民衆の不平不満をそらすためにコロシアムで開催された格闘技などの各種競技やサーカスであり、近代オリンピックという衣で箔を付けたものだ。

ACミランが所属するプロサッカー界はプロ野球と同様なプロスポーツ競技であり単なる娯楽の対象である。プロサッカーは娯楽という意味ではプロ野球、プロゴルフと同列である。

ニュース報道における報道の順番は、視聴率を気にせずに済む公共放送であれば、公(おおやけ)に関わるニュースが先ずトップになるべきであろう。娯楽の一部に過ぎないプロスポーツの動向がトップニュースになるのはあくまでよほどの殊勲甲の場合にのみ許されることだと思う。

同じ時期に丁度安倍首相が8(?)年ぶりにアフリカ諸国を外遊中であり日本の国益のために精力的に活動したことをNHKは朝のトップニュースにすべきであった。

ACミランに移籍後公式戦初出場しただけの本田圭佑選手の競技映像を朝7時のトップニュースで12分も報道したNHKは、常軌を逸している。

何か隠された意図があるとすれば、ニュース報道の分野までも娯楽化・芸能化しようとする国民愚民化政策の一層の推進を狙っていた可能性を否定できない。

戦後GHQが進めた愚民化政策の重要な柱の一つに3S政策というものがある。3Sをふんだんに国民に露出させて3Sに熱狂させることで政治への関心を引き下げ、国民のまともな判断力を低下させるのがその目的である。

ヤマちゃんおやじは昭和18年生まれではあるが、戦前の威風が色濃く残った昭和30年頃までの日本社会の実像とその後の社会の変化を記憶に残している。今から振り返るとテレビの普及に応じて昭和40年代始めから、スポーツ、スクリーン(映像)、セックスの3S政策に拍車が掛かった強い印象がある。

プロ野球は殆ど毎日テレビ中継されはじめ、プロレスリングやプロボーリングも盛んにテレビで放映されだし、昭和50年代からはプロゴルフテレビ中継も盛んになった。

昭和40年代になると文芸界においてもそれまで抑制されていたリアルな性描写が常識になってきた。
性の解放という殺し文句が氾濫し、不倫という社会現象まで出現した。

同様に映画テレビでも性シーンや暴力シーンが生々しく描写され始めた。
著名な文明評論家が『テレビは白痴の箱』と揶揄した如く、テレビは視聴者を白痴(馬鹿者)にしていくのは明白である。

若干の補足説明をすれば、映像からは毎秒数百メガビットという膨大な情報が脳に入力されるので、脳はそれらの膨大な情報に対して的確に論理判断できないので、脳は単なる印象・感情としてしか認識できない(映像に対しては脳は論理判断が出来ない)。

しかし、映像よりも情報量が約千分の一クラスの音声情報や文字情報に対しては、脳は的確に論理判断を実行できるので印象・感情に支配されないで済む。

テレビや映画等の映像を見る時には、人間は論理的判断ができないので映像が醸し出す印象・感情だけによって価値判断を行うことになる。この時人間は論理判断力を失うので、映像によって白痴化されるのである。

1月13日東京都知事選候補の田母神俊雄氏は、NHKのトップニュースが本田選手のデビュー戦だったことに対し「12分間もやることなのか」「これでは国民が馬鹿になります」などと発言したことをインターネットで知った。賛否両論はあったが けだし正論である。。。。

東京都知事選候補の中で、NHKの常軌を逸した報道振りを批判したのは田母神俊雄氏だけであった。田母神俊雄氏以外にNHKの無軌道報道振りを批判した政治家、文化人、学者などの話は聞かれていない。

東京都知事選挙戦での影響を考えると、普通の候補者ならば誰もマスコミや有権者に遠慮して耳に痛いことは言わないだろう。しかし、田母神俊雄氏だけは反日勢力から批判が上がり選挙戦で不利になる可能性を知りながら、敢えて「朝のNHKでトップニュースとして12分間もやることなのか」「これでは国民が馬鹿になります」などと発言した。田母神俊雄氏は、自分への批判を省みず、NHKの理不尽な反日報道を公に指摘した

3日後 NHKニュースに異変が起こった ので、びっくりした。

1月16日(木)NHK 7時ニュース「おはよう日本」では、”本田圭佑選手が初得点しました、詳しくはスポーツ関係ニュースで報道します”・・・と3秒間くらい報じただけだった。
7時30分頃行われたスポーツ関係ニュースで初めて本田選手の映像が流されたのであった。

一般視聴者が反日偏向報道をNHKに抗議しても殆どの場合無視されるのがオチだ。昨年ヤマちゃんおやじは電子メールで4回抗議し報道責任者からの回答を求めたが3回は半年以上を経過してもナシのつぶてだ。

NHKの経営委員が代わってもNHK反日偏向報道は一向に変わることがなくむしろその度合いを深めている状態だ。

民間から大手企業経営者を務めた人物がNHK会長に就任したが、NHK反日偏向報道は変わることがなくむしろその度合いを深めている状態だ。アサヒビール会長からNHK会長へ転じた人物などは、台湾人10000人から訴訟された番組『ジャパンデビュー』を見て“何処に問題はない”と発言していたが、2013年11月28日NHKが敗訴し賠償金支払いを命ぜられた。JR東海からNHK会長に就任した人物は、反日NHKに取り込まれて“受診契約ナシでも受信料を強制的に収納可能”と言い出す有様である。

大手企業経営者を務めた人物といっても、いまどきの財界には金儲けしか能力がない人達の集まりに過ぎない。彼らは利を追うだけで人間として迫力がないからであろう。

支邦、朝鮮・韓国、左翼は、弱いものには徹底して攻撃を加えるが、強い者に対してはへりくだり、恭順の意を示す特性がある。

大東亜戦争の支邦では、中国共産党軍(八路軍)は日本陸軍の精強部隊であった高田連隊、宇都宮連隊、久留米連隊などと遭遇すれば尻尾を巻いて逃げ回り、弱い補給部隊に遭遇すれば戦いを仕掛けるのが常であった。

所詮金儲けしか能がない経営者上りの日和見主義者では、在日、同和、共産党員が実権を握る筋金入りの反日集団NHKを内部から改革できないことが明白となった。

一般国民を無視し、大手企業経営者を務めた人物たちをもいとも簡単に篭絡する反日集団NHKを根底から改革するには、みずからへの批判を省みず、NHKの理不尽な反日報道を公に指摘した田母神俊雄氏のような勇気ある人物=士(サムライ)でなければならない!!!

何故なら、田母神俊雄氏の発言後、NHK は、ACミランに移籍後公式戦初得点した本田圭佑選手に関して、朝7時ニュースでは3秒の音声報道だけで切り上げ、その報道のすべてをスポーツニュースで行ったからだ。

昔から言うではないか・・・・士農工商。国や地方公共団体のリーダーはサムライの心を持った人でないと務まらないのであろう。

サムライは、自分の身はさておき、公(おおやけ)のために命を懸けるからだ


サムライは終戦後GHQによって忌避された。

日本人には我欲を強めさせ、おおやけ(公)に対する関心を弱めなくればならない!!!
そのためには我欲(個人の権利意識)を高め、食欲、性欲、嗜好欲、名誉欲などを刺激し飽くなき欲望の坩堝に日本人を投げ込む必要がある。さすれば、日本人の中からサムライは育ちにくくなるだろう。

戦前には日本人の90%程度はサムライの心情を持っていた。戦後70年近く経過し、日本にはサムライは非常に少なくなり、殆どの国民は我欲中心の人間となった。

我欲に執着すれば必然的に他人との衝突、いさかいが起こる。
勝者が出れば必ず敗者がでる。そこには共生という考えはない。

一般国民は多少の我欲を持っても良いが、おおやけ(公)に奉仕するリーダーはサムライでなくてはならない。

東京都知事選候補者の中では、サムライはただ一人、田母神俊雄氏しかいない



< 大平山北方の無名峰を歩く >

1月16日(木)は朝から好天なので、かねてから関心があった大平山北方の無名峰を歩くことにした。

先日の山歩きでつまずいた時にストックを踏みつけストックの先端が折損したので、往路の途中 阿知須のアウトドア専門店で代わりを購入した。

昨年夏の富士山登山でガイドが持参していたストックと同じ物2本を11500円で購入した。店員「店長?」の話しでは、カーボンファイバー製ストックは傷がつくと折れ易いという。購入したものはアルミ合金製でフック形式で長さ調節が可能なものだ。果たして使い勝手は如何に???

一昨日の山歩きで道路の状況を知ったので、今回は出来る限り車で進入した。

11時40分頃555mピークを目指して歩き始めた。
一昨日の山歩きでは555mピークで時間切れで引き返したので、今回の目標は、防府市真尾地区堀溝から555mピークを経て大平山市民農園に出ることだ。

一昨日の山歩きでは、555mピークから市民農園に向うルートを発見できなかったが、今回は地形図と磁石を持参して改めて探すと赤テープを見つけた。安心して赤テープに従い200m程度進んでいるとフト赤テープが無くなり、四方を探したものの発見できなかった。

再度555mピークに戻り地図でルートを探し、自分自身の判断で決めたルートを進むことにした。地形図には小ピークは現れないのである程度大局的に地図を読む必要がある。

いったん地図に無い鞍部の出ると再び赤テープと踏み跡が現れしばらく進んで、再び赤テープは消えたが自分の判断通りに進み終に13時30分頃市民農園に出た。
DSCF7782.JPG < 市民農園から見た 576mピーク、615mピーク >

ここには東屋があり意外に景色も良かったので、遅い昼食をとった。
DSCF7777.JPG < 東屋から石ヶ岳方面を望む >

ここから大平山へは簡単にいけるが最近しばしば訪れているので、今回は大平山北方の無名峰576mピーク,615mピーク方面に足を延ばすことにした。

この辺りは標高500m前後の高原であり地形図には大平山牧場の文字があるが、散在する牧場用建物は廃屋となっている。ここに初めて来たのは10年位前でその後大谷山への縦走路を通ったことがある。

大平山牧場の中を走る立派な道路を進み、高台で徳山方面を眺めた後、凍結した道路を進み576mピークを目指した。牧草地から上は道が無いので雑木林を登った。頂上付近に繁茂する茨の群生に道を阻まれここで茨除去に10分程度時間を食われた。
576mピークには雑木林の中に杭があるだけで見通しはゼロ。

幸いにも稜線に踏み跡とピンクリボンがあったので、時間切れの不安はあったが615mピークを目指した。地籍調査のためらしいピンクリボンは稜線伝いにあり、踏み跡も歩くには問題は無かったので15時10分頃615mピークに着いた。

三等三角点らしき石柱があったほかは雑木林があるだけだったので、すかさず引き返した。
DSCF7779.JPG < 615mピークと三角点 >

この雑木林を一部でも切り払えばかなり良い眺めが得られる気がした。

途中堀溝方面に通じると思われたかなり立派な通路があったので興味をそそられた。

復路は出来る限りピンクテープに従い進むことにした所、三本の赤テープがある登山口に出た。往路に通過した時見落とした事がわかった。

時間はかなり遅くなったので、近道のつもりで見知らぬルートに進入し300m程度進むと道は急に無くなった。竹が繁茂して踏み跡が消えていた。谷は薄暗く時間も16時を過ぎたので、無理は禁物として三本の赤テープまで戻り往路をたどり市民農園についたのは16時10分だった。予定時間よりも50分遅れての到着だった。

菓子パンを食べコーヒーを飲んで直ちに下山開始した。後学のために赤テープが無い場所に赤テープを貼りながら下ったので駐車位置に戻ったのは17時25分頃になった。好天だったので暗くならなかったのは幸いであった。

今回の予定では576mピーク、615mピークへの通路探しだったのが、実際に両ピークとも到着したので時間が余分に掛かった。

市民農園からの眺めが予想外に良かったのが印象に残った。無事に帰れたので感謝、感謝、感謝。。。

機会があれば再びこの山域を歩いて見たい。。。
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2014年01月15日

楽天よりも大幅に廉価な商品をジュンテンドーで発見

<1月13日(月)>
メタボ対策として道路凍結の恐れがない防府市の矢筈ヶ岳(標高461m)に登った。

昨年矢筈ヶ岳牟礼コース(仮称)を整備したのでその後の様子を見るという目的があった。
さらに時間があれば、かねてから関心があった牟礼峠から堀溝方面へ足をのばすことも狙った。

防府市に入ると山々が白化粧しているので驚きながら車を牟礼峠方面へ走らせていると、“雪による倒木のため通行禁止”という立て札が道路を塞いでいた。

少し道をバックして空地に駐車し、10時頃から歩いて林道コースから登ることにした。
林道終点の約150m手前の曲がり角(標高200m付近)で人工構築されたような石垣の一部(写真1)を発見した。
DSCF7748.JPG
< 写真1 >

10時23分頃林道終点の15m手前の赤テープから山に入李、10時35分頃大岩に到着。この大岩群もよく見れば水平に切断された後積み上げられた感があり(写真2)、とても自然現象によって加工構築されたとは考え難く人工的構築物ではないか????・・・・と思った。
DSCF7757.JPG < 写真2 >

途中赤テープがあったほうが良いと思われる箇所が2,3あった。七合目付近から雪が目立ち始めたが登るのに大きな支障にはならなかった。

11時15分頃二番目の大岩に到着した。ここでも大岩群は人口構築物と思われる特徴が見られた(写真3)。二番目の大岩付近は急傾斜なので出来ればロープを設置したい場所ではある。
DSCF7754.JPG < 写真3 >


11時50分頃山頂近くで人の声が聞こえ、左コースとの合流点で2人の年配女性とであった。
当方が登ってきたルートは何処に出るのか?・・・と聞かれたので牟礼峠に出ると答えた。

彼女らは西公園登山口から登ってきてが、ピストンで帰ると急坂での雪による滑りや転倒が気になるので左コースから下るべきか否か迷っていたとのこと。

当方は、左コースの一部には断崖があり岩伝いに下る場所もあるので雪道では危険があるので、傾斜が緩やかで岩場がない牟礼峠コースからの下山を勧めた。彼女たちが牟礼峠コースを下るというので、当方はコース紹介にもなるので登山口から車を駐車している西公園登山口まで送ることで話がまとまった。

12時頃鉾岩で昼食をとった。話してみると、周南市から来たという彼女らは色々山歩きをしている様子だった。牟礼峠コースは昨年当方が整備したことも話した。12時10分頃下山開始し、道中色々山話が弾んだ。

シャクナゲ尾根コースの話しをすると、昨年実際に下ったというので、あのコースも実は当方が始めて独力で整備したことも話した。

12時50分頃第一大岩に着き、大平山方面の景色を案内した。このとき眼前に見えた紫色の実は食すと旨いと一人が教えてくれた。これを聞いて当方が、“今年の秋はこの実は独占だ”というと大笑いになった。

石槌神社が山頂にある山上山(標高260m)への登山口も参考までに教えておいた。
13時15分頃駐車場に着いたので、彼女たちを西公園登山口まで送っていった。

お礼の声を後にして再び牟礼峠に引き返し駐車して、13時35分頃堀溝を目指して林道を歩き始めた。堀溝から先は道はないが、峰伝いに歩けば大平山へ至ることはほぼ間違いないので、今回はその前哨戦という位置付けである。

5分くらい歩くと子供の声が聞こえてきた。年配の男女が3人が車から降りて腐葉土を採取しており、お供の男児が嬌声を上げて走り回っていた。

真尾川を渡る時上流に風情がある滝が現れた。初めて歩く道にはこのような楽しみがある。
林道の側に電柱が続いている。人家と鉱山があるのは地図で知っていた。

花崗岩採掘鉱山はすでに操業を終えていた。さらに登ると道路の下に家が見え煙も立ち上っている。VWゴルフが駐車していた林道を離れて家のほうに下ると、丸田家茶室跡という木柱があり、和風の家があった。家の中の人に来意を告げて庭に中を見せて貰った。

ドラム缶に焚き火が焚かれていた庭は古いまま放置されていたが、再建途上であった感がした。さらに林道を登ると2台の車が駐車されていた・・・・何の目的だろうか????

14時10分頃林道終点に着いた。ここから先のルートを探したが通過可能な踏み跡は無かった。地形図ではこの辺りに3軒の民家の記載があった。林道脇の廃屋の中には昭和40年代頃に使われたと思われる形式の脱穀機の残骸があった。

おそらく昭和四十年台の初め頃には、未だこの辺りには人が住む住居があったものと思われた。
林道終点を200m程度引き返し谷川へ向う枝道を進むと川沿いに道が続いていた。

14時46分頃『公社造林 名称 大官原事業所9.85ヘクタール・・・』と記した看板前を通過する。

雪で道ははっきり見えなくなったが、左手のピークを目指し谷底をひたすら登り、最後は道なき道を進み555mピークに着いた。赤テープが表れたのでしばらく進むも再び赤テープが見えなくなった。大平山市民農園まで後一息・・・の感はあるが、時間が15時30分を過ぎたので予定通り下山することにした。

途中鉱山跡前で菓子パンを食べコーヒーを飲んでいると、VWゴルフが下り去った。おそらく丸田家庭園の主が帰って行ったのであろう。

今回の山歩きでは、思わぬ出会いと、矢筈ヶ岳牟礼峠コースの大岩群が人工構築物ではないかという物証を得たうえ、大平山への新しいルートの足懸かりを得ることができた点で有意義であった。

感謝、感謝、感謝。。。。


< 楽天よりも大幅に廉価な商品をジュンテンドーで発見 >

多くの人はインターネットショップ楽天で買物すれば、対面販売を行うリアル店舗よりも大幅に廉い・・・と思っているのではないだろうか????

ヤマちゃんおやじも楽天でものを買えば大幅に廉いと信じ込んでいた。

昨年末に簡易ビニール温室を楽天で送料込みで7100円で購入した。
その後今年になってたまたまジュンテンドーに行った時、楽天で送料込みで7100円で購入した簡易ビニール温室と同一の品物が5200円で販売されていたのを発見して大いに驚いた。。。何これ!!!!!

何と楽天で買った方がジュンテンドーで買うよりも1900円も高価であったのだ!!!

もともと楽天は好きではなかった。楽天会長兼社長の三木谷浩史はケチケチという印象があったからだ。三木谷は内閣日本産業競争力会議メンバーであり、先のインターネットによる薬販売規制緩和に際しては、自らの辞職をほのめかして楽天などのインターネット販売側が有利になる条件を無理矢理ゴリ押ししたと伝えられている。

帝国海軍連合艦隊長官を務めた山本五十六は、自らの辞職をちらつかせてもともと海軍の基本戦略になかった真珠湾攻撃をゴリ押ししたといわれている。山本五十六の犯した罪は、
ヤマちゃん日記2012年10月31日http://yamatyan369.seesaa.net/article/299797938.html
“名将と謳われた山本五十六日本海軍元帥はとんでもない大売国奴か”を参照されたい。

まあ三木谷浩史は起業以来15年足らずで日本人富豪ランキング6位にランクインし47億ドル(約4277億円)保有に成り上がったのだから、どだいケチケチのどケチであったのは間違いないだろう。

楽天ショップ商品が廉くないとすれば、それから上がる利益の多くは三木谷が吸い上げているのではないだろうか???

もう一つ、5年前から土居コーヒーからコーヒーを買っている。
味も香りも従来品とは比べ物にならなかったからわざわざ大阪から取り寄せている。

たまたま昨年末土居コーヒー楽天店で買ったコーヒーは、何となく香りが弱く、味もいまいちであった。もう楽天からは買わないぞ!!!

< 寒の中の束の間のハワイ?! >

1月22日(水)午後1時から3時まで簡易温室で過ごした。
簡易温室内には木製床を設けその上に毛布を敷いている。小さな机もある。
大体は室内で読書をするが今回は、うつらうつらの昼寝をした。

外は一年で最も寒い寒に相応しい寒風が吹いていたが、簡易温室の室内温度は25度C〜35度Cであった。太陽が照っている時は35度C程度だが、太陽が雲に隠れると温度は短時間で10度位下がり25度C位になる。湿度が高くないので暑くは感じない。。。

昨日も同様であった。例え2時間とはいえ、温度的には季節はずれの束の間のハワイだった。昨年末からの簡易温室内最高温度は44℃であったが、このときは前の扉を全開すれば温度は10度程度下がるので適温となる。

このビニール製簡易温室の設置は、昨年駐車中の車の中では冬でも太陽光があれば暖房無しでも暖かかったので読書をしたがくつろげなかった。よって今年は、ビニール製簡易温室を試行してみたものである。

もう少し様子を見てみたい。
posted by ヤマおやじ at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月11日

反日マスコミが報道しない東京都知事選候補者の横顔

<1月7日(火)>

好天に誘われて近辺の山歩きとして山口市火の山連峰に繰り出した。
火の山(標高303m)には過去2回登っている。第一回目は火の山西麓のお寺から、第二回目は潟上中学校横からである。

今回はセミナーパーク駐車場から登って見た。セミナーパークの周回道路を歩くと火の山登山口という看板があったのでそこから登りはじめた。予想はしていたが後半は相当な急登だった。

DSCF7738.JPG < セミナーパーク登山口と火の山 >

火の山山頂からは360度の大パノラマが展望できた。山頂に日章旗が翻り、下方の登山道にも日章旗が見えたのは新しい発見であった。

DSCF7726.JPG < 火の山山頂からの眺め >

引き続き標高60m程度下り35m程度登り梅の木山(標高280m)に着き、25m程度下り20m程度登り遠下山(標高280m)に着き、40m程度下り65m程度登り亀山(標高300m)へ着いた。亀山から少し引き返しセミナーパークへの下山ルートを下った。

この下山ルートの前半はこの近辺では最も急傾斜に思えた。ロープがなければ通常の人にとっては下山できそうにない箇所が2,3箇所あった。このコースを整備された方のご苦労は大変だったろうと容易に想像できた。誠にありがたい。

セミナーパークの周回道路に降りた場所には、亀山登山口とかいた標識があった。
11時10分頃出発し13時頃駐車場所に着いたので、約2時間程度で火の山、梅の木山、遠下山、亀山を縦走周回したことになる。途中で出会ったのは年配男性5人と若い男性1人であった。

あまりにも好天なのでもう一つ防府市の大平山(標高631m)に登ることにした。
いつものロープウエイ乗場付近の登山口から登った。
途中でタイヤの跡があるのに気が付いた。結局山頂直下の階段下までタイヤの跡があった。
タイヤの幅から想像すれば、おそらくMTBで登ったものと思われた。

1時間5分程度で山頂まで登り、40分程度で下った。途中女子小学生2人と父親とであった。合計登り累計標高差は825mであった。


<1月9日>
寒い日であったが晴れ。9時から12時まで公園ボランティア活動。


< 反日マスコミが報道しない東京都知事選候補者情報 >

猪瀬知事辞職に伴う東京都知事選挙での候補者がバタバタと出てきた。

• 2013年12月28日 - 宇都宮健児が東京都内で開かれた市民集会で立候補を表明
• 1月7日 - 田母神俊雄が記者会見を開き立候補を表明
• 1月8日 - 舛添要一が記者会見を開き立候補を表明
• 1月8日 - ドクター・中松が立候補を表明
• 1月8日 - 山口節生が立候補を表明
• 1月8日 - 吉田重信が立候補を表明
• 1月9日 - 中川智晴が立候補を表明
• 1月9日 - 五十嵐政一が立候補を表明
• 1月10日 - 細川護熙が立候補を表明

★宇都宮健児
は、日本弁護士連合会前会長であり、2012年東京都知事選挙では97万票、得票率14.58%で猪瀬直樹に次ぐ第2位であった。日本共産党・社会民主党(社民党)・緑の党らが政党をあげて支援。日弁連は実際には強力な反日勢力。宇都宮健児は反日左翼勢力を代表しての出馬だ。

☆田母神俊雄
は、元航空幕僚長。無所属で出馬するが、元東京都知事で日本維新の会共同代表の石原慎太郎が個人的に支援を決めており、記者会見の場には、石原が衆議院議員の中山成彬・西村眞悟と共に同席し、田母神の支援を表明した。

“日本は侵略国家ではなく良い国であった”という趣旨の論文発表に対し反日マスコミから轟々たる批判が上がり、反日マスコミを恐れた浜田防衛大臣によって航空幕僚長を罷免された。

『大東亜戦争は日本が生き延びるための自衛戦争であった』『日本が大東亜戦争を闘ってくれたのでアジア諸国が欧米の植民地から解放された』ことは戦後69年を経た最近になって話題になり始めた。

ヤマちゃん日記を書き始めて7年目に入った。そこで得られた教訓・法則は、『反日マスコミが攻撃する者は日本国民にとって善であり、反日マスコミが賞賛する者は日本国民にとって悪である』だ。この法則によれば、
反日マスコミが田母神俊雄に猛攻撃を加えた事実は、“田母神俊雄が日本にとってかけがえのない人物である”ことの見事な証明となる。

<田母神俊雄の賛同人、支援者>
石原慎太郎(衆院議員・元東京都知事)
井尻千男(拓殖大名誉教授)
小田村四郎(元拓殖大総長)
加瀬英明(外交評論家)
クライン孝子(ノンフィクション作家)
小林正(教育評論家・元参院議員)
小堀桂一郎(東大名誉教授)
すぎやまこういち(作曲家)
石平(評論家)
中西輝政(京大名誉教授)
中山成彬(衆院議員)
西尾幹二(評論家)
西部邁(評論家)
西村眞悟(衆院議員)
平沼赳夫(衆院議員)
松田学(衆院議員)
三橋貴明(経済評論家・中小企業診断士)
三宅博(衆院議員)
宮崎正弘(作家・評論家)
宮脇淳子(東洋史家・学術博士)
元谷外志雄(アパグループ代表)
渡部昇一(上智大名誉教授) 

★舛添要一
は、元厚生労働大臣。1999年東京都知事選挙にも出馬し、石原慎太郎・鳩山邦夫に次ぐ第3位の得票数であった。無所属で出馬するが、自由民主党東京都連が支援を決めている。舛添要一は一見保守派の如くみられているが、実際には外国人へ参政権を与える法案に賛意を示し、自身も朝鮮からの帰化人の子供であるとテレビで語ったこともあるので、実際は民主党、公明党などの反日勢力とのお友達だ。

週刊文春2007年10月4日号によれば、平成4年(1992年)、当時の舛添要一はタレント学者としてテレビで稼いでおり億単位で不動産を買い漁っていたが、舛添の実姉(北九州市在住)が生活保護受給者であった関係で北九州市の担当職員が「可能な範囲で1万でも2万でもいいから仕送りしてくれ」と頼みに舛添氏の家を訪ねたが追い返された(元市職員談)・・・とある。次長課長の河村準一よりも相当悪質だ!!!

第一次安倍政権末期には舛添要一は与党の要職にありながら当時の安倍総理を痛烈に批判しその後の参議院選挙での自民党大敗北を引き起こしたために自民党から除名された経緯がある。このような卑劣な人物舛添要一を自民党東京都連が支援を決めたのは首をかしげざるを得ない。

舛添要一の2番目も元妻であった片山さつきによると、舛添要一は、 『公私ともに人は利用するだけのもの』と 思っている。例として、このようなことを挙げている。 「最初は小泉さん(純一郎・元総理)を評価していた。ところが、小泉人気が 一時カゲりを見せた02年頃に一転して批判するようになる。
 安倍さん(晋三・同)の時も、参院選(07年)中から支持率が落ちると徹底的 に非難した。
 つまり、弱き状況にある人に強く出た。かと思えば、その安倍さんに厚労相を 打診されると喜んで引き受けたりもしている」。

ちなみに舛添要一は女性関係がはでなようだ。2度の離婚歴があるとの事。最初の妻はフランス人、2度目の妻は官僚時代の片山さつき。 しかし、フランス人女性の前にパリで知り合った日本人女性と結婚していたと週刊誌に報じられた。「結婚は3回ではなく、フランス人と結婚する前に、ヨーロッパで日本人の女性 と結婚式をあげるというので(舛添は)案内を出していた、他の妹たちにも手紙 がいっている」という長姉の証言が出たことがある。

かって反日マスコミがこぞって“総理期待度No.1「舛添要一」”と根拠の無い大宣伝をしていた。反日マスコミが舛添要一を担いだということは、舛添要一は有力な反日勢力の一員だということを如実にしめしていることに相違ない。このような舛添要一が総理期待度No.1とはチャンチャラおかしい!!!

舛添要一はタレント学者として反日メディアに常連として約10年間出演していたことは、舛添要一が反日メディアの御眼鏡に適った人物であった証拠でもあるあの売国奴首相鳩山由紀夫とも友人関係だった

自民党の石破や自民党東京都連会長の石原伸晃らが舛添要一支援を打ち出したといわれているが、彼らが舛添要一という人物を反日勢力だと見抜けないとすれば情けない連中ではある。彼らが舛添要一という人物を反日勢力だとしりつつ支援するのであれば石破や石原伸晃は何者か?少なくとも本来の保守本流ではないだろう。2012年秋に行われた自民党総裁選挙において反日マスコミはこぞって石破、石原伸晃のいずれかが最有力と宣伝していたが、いざ蓋をあけてみると安倍晋三氏が新総裁になった。
反日マスコミからすれば、石破や石原伸晃は御し易い対象なので応援したくなるのかもしれない!

★細川護熙
は、第79代内閣総理大臣。第87-89代内閣総理大臣の小泉純一郎から推薦を受けて、2014年1月10日、「出馬を決断する状況になった」と語った。本人は無所属で出馬するが、民主党が支援を検討中。10年に還暦を区切りに政界を引退し陶芸家として活動していたが、当初と知事選出馬を固辞していたものの、反原発で出馬したらというNHK出身の反日評論家池上彰から説得されて出馬を決めた。

細川護熙は佐川急便から1億円を受領したかどで辞任に追い込まれた人物であり、猪瀬知事が5000万円借り入れで辞任に追い込まれた経緯からすれば後任の東京都知事としては極めて不適格だ。1993年8月15日に開催された 日本武道館の「戦没者追悼式典」において首相として初めて「日本のアジアに対する加害責任」を表明する自虐史観文言を挿入した辞を述べたことで有名。小泉一郎(売国)や池上彰(NHK出身反日評論家)のからの甘言に乗せられ出馬した身の程知らずの老いぼれ馬鹿又は乱心者としかいいようがない。

主な都知事候補を一言で論じれば、

宇都宮健児は共産党、社民党の代表。

舛添要一は反日勢力、反日メディアの代表。

細川護熙は1億円受領の老いぼれた乱心者。

田母神俊雄は身を捨ててまで日本を思う愛国者。

山本太郎という反日左翼を国会議員に当選させたB層が多数いる東京都民であるが、どうか同じ失敗を二度と繰り返してほしくない。

有権者の方々におかれては、反日マスコミが攻撃する候補者に投票してほしい!!!
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2014年01月08日

 一票の重さ違憲訴訟は 日弁連の策謀か?

< 一票の重さ違憲訴訟は 日弁連の策謀か? >

昨年来気になることの一つに国会議員選挙における一票の重みが憲法違反だという最近の裁判ですべて違憲/違憲状態という判決が下されたことである。

2012年12月の衆院選について、最高裁は「違憲状態」としながらも選挙無効の訴えを退けた。一方で2013年7月の参院選については16件の高裁判断がくだされた。「合憲」とされたものはない。

いずれも弁護士グループが選挙無効を訴え裁判を起こした。

ヤマちゃんおやじが不審に思うのは、この一連の訴訟を起こしたのが弁護士グループだという所だ。

弁護士個人個人を見れば、唯ひたすら被告人を冤罪から弁護することを天職と信じる真っ当な弁護士がおられる一方で、反日左翼活動に日夜邁進している赤色弁護士もいることは日弁連(日本弁護士連合会)の実相であろう。

旧日本軍の従軍慰安婦が性奴隷だったという事実無根の反日プロパガンダを国連を舞台に世界中に吹聴した元締めは日弁連であったことは殆どの国民には知らされていない。
詳しくは平成25年11月18日のヤマちゃん日記<反日左翼勢力日弁連の数々の罪業>
http://yamatyan369.seesaa.net/article/380584647.htmlを参照されたい。

日弁連は憲法9条の改正にも、秘密保護法案にも、スパイ防止法にも、集団自衛権にも大反対している。政治的スタンスから見れば、日弁連は日本共産党、社会民主党と同根であり、中国、韓国、北朝鮮を利する言動に終始している。

本年2月の東京都知事選挙に立候補した元日弁連会長の宇都宮健児を共産党と社民党が直ちに推薦した事実が日弁連は日本共産党、社会民主党と同根であることを見事に証明している。


この日弁連が一票の格差をてこに国政選挙の無効を一斉に言い始めたからには、国民にとって何か良からぬ企みが隠されていると考えるのは至極当然の論理といえる。

従軍慰安婦問題では日弁連の悪行をうかつにも看過してきたが、今回は日弁連の良からぬ企みを未然に防がなければならない!!!!

議員数を増やさずに一票の格差問題を解決する手段として比例代表制の一層の拡充が有力である。

比例代表制では候補者の所属する政党名を投票するので、候補者個人に対する信任を問うことはできない。

あの不人気な管直人は小選挙区では負けて信任が得られなかったが、比例区で上位に指定されたので晴れて衆議院議員に復活した。民意に沿わない国会議員が比例代表制によって堂々と誕生したのである。

どのような屁理屈を並べても、本来の選挙(小選挙区〜中選挙区)で信任を得られず落選した政治家が比例代表制でゾンビの如く復活するのは主権在民を否定するものでしかない。

弁護士グループによる最近の一連の一票の格差訴訟は、国政選挙を従来の選挙方式から完全比例代表制に移行させることによって、主権者の意に沿わない国会議員を半永久的に存続させるための陰謀ではないか???・・・・とヤマちゃんおやじは疑っている。

端的に言えば、過去国益を大きく損ね国民に多大な損害を与えた政治家であっても、最大与党において比例代表制の上位に指名されさえすれば、選挙で無条件に国会議員に当選し内閣総理大臣にもなれるのである。

単純に言えば、“国政を預かる政治家に対する個人的資質・経歴・評価は、国政選挙において一切問われない”ことになるのだ。

何処の馬の骨とも判らない人物が占拠の洗礼をうけることなく日本の首相に就任して、日本を滅亡に導くことが合法的に いとも簡単になるのだ!!!

こうなるともはや国政選挙は、主権在民などどころか何処吹く風となり、魂が抜けた蝉の抜け殻でしかない。

韓国人・朝鮮人が日本に帰化したことをひた隠し日本名を名乗っている国会議員は90人以上いる。
D元社会党委員長、F元社会民主党委員長、・・・・・

何故旧国籍を隠すのか????何か良からぬ企てを心に秘めていることが露見するのを恐れているからだろう。

親が韓国人/朝鮮人だった国会議員も相当数存在する。
H元首相、K元首相、K元首相・・・・・


< 元内閣副官房長官を務めた福山哲郎は帰化人陳哲郎だった >

例えば・・・・民主党政権で内閣副官房長官を務めた福山哲郎氏。
二階堂ドットコム
http://www.nikaidou.com/archives/5010 によれば
官報にしっかり帰化したことが書いてあった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
法務省告示第291号
S50年8月29日帰化認可 法務大臣 稲葉 修
 福山栄○(福山一郎、陳栄○) S7年3月6日生
 福山哲郎(陳哲郎) S37年1月19日生
 福山俊○(陳俊○) S45年1月 2日生
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 
ウイキペディアによれば、
福山 哲郎(ふくやま てつろう、1962年1月19日 ‐ )は、日本の政治家。学位は修士(法学)(京都大学・1995年)。参議院議員(3期)、参議院内閣委員会理事、学校法人龍谷大学理事、学校法人瓜生山学園理事。参議院環境委員長、民主党政策調査会会長代理、外務副大臣、内閣官房副長官などを歴任した。・・・とある・・・・誰が帰化人とおもうだろうか???

福山 哲郎は何故か帰化人であることを隠している。

宇宙人鳩山由紀夫が世界に向けて発表したトンデモ目標=温室効果ガスの25%削減=は福山 哲郎が起案。まともな日本人ならばこんな自殺行為的発言はしないはず!!!

龍谷大学は部落解放同盟に支配されているから 在日と左翼の巣窟といわれているが、福山哲郎が龍谷大学理事であることでそのなぞの一端が解けた。


<公明党現役大臣は中国のスパイ?>

自民党は早く公明党との連立を解消すべきだとヤマちゃん日記で書いた。
それを肯定する情報が新たに見つかったので、以下に引用する。

〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
2013年12月09日(月) 週刊現代習近平は本気で日本の航空機を撃墜する
スクープレポート すわ、米中開戦か
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/37748 によれば、<中略>

官邸関係者が明かす。
「中国が防空識別圏の設定を発表した翌24日朝に開かれた閣議で、安倍首相は、航空行政を管轄する太田昭宏国交相に対して、『全日空と日本航空の行為を直ちに止めさせるように』と強い口調で迫りました。すると太田国交相は、『総理、それって一体、何のことでしょうか?』と聞き返したのです」
つまり、安倍首相に指摘された時点で、担当大臣が事態をまったく把握していなかったのである。外交関係者が続ける。
「この回答に、いよいよ怒りが沸騰した安倍首相は、『もういい、官邸主導でやる!』とブチ切れて、菅義偉官房長官に解決を命じました。そこで菅長官は、米村敏朗内閣危機管理監を通じて、同日午後、全日空と日航の幹部を直接、官邸に呼びつけ、中国当局への計画書提出をストップさせたのです」
この官邸関係者によれば、その後、菅官房長官は国交省幹部から事情聴取したという。

「その結果、国交省幹部は、『中国関係の重要案件を大臣に上げると、すぐにアチラへ筒抜けになるリスクがあります』と説明したというのです。アチラとは、東京・六本木にある中国大使館のことです。

程永華大使は、創価大学の第1期中国人留学生三人のうちの一人で、非公式の場で『池田大作先生が私を育ててくれた』と漏らすような人物です。当然ながら、太田大臣とは、心置きなく話せるポン友です」
周知のように安倍政権は、自民党と公明党の連立政権である。すなわち、中国共産党の友党である公明党が与党内にいることで、そのデメリットが出始めているというのだ。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

秘密保護法の対象は公務員となっているが、政治家も対象にせねばザル法となる。

NHK本部ビルの中にCCTV(中国中央テレビ)が同居し、日本の国会中継が筒抜けになっているのも立派なスパイ行為だ。


<インド訪問の山口那津男公明党代表は中国・韓国に忠誠を尽くした>

【ニューデリー共同】によれば、
インド訪問中の公明党の山口那津男代表は6日、クルシード外相とニューデリーで会談した。クルシード氏は安倍晋三首相の靖国神社参拝に絡み「日本は歴史的にいろいろ経験し、振り返って正しくないこともある。学習して先に進むのがベストだ」と述べ、中国や韓国の反発を踏まえた慎重な対応を求めた。
 山口氏は「もっと慎重に、いろいろな影響を最小限にすることが政治家には必要だ」と重ねて参拝に苦言を呈した。〜〜〜引用終わり〜〜〜


インドが英国から独立できたのは日本が欧米帝国主義と戦った大東亜戦争によるところが大きい。インドのクルシード外相は本当にそんな発言をしたのか????解せない。

このニュース配信元の共同通信社の作為的報道ではないのか???
なぜなら共同通信社は反日通信社として勇名をはせているからだ。

いずれにしても、公明党の山口那津男代表は中国・韓国の代弁者であり、集団自衛権にも反対を唱え、憲法9条改正にも反対しており、安倍内閣の足を引っ張ってばかりいる。

先日行われた与党協議会で、井上公明党幹事長は、“安倍内閣の経済政策を評価する”とぬけぬけと上から目線で発言していた。公明党よお前らは何様だ!!!

このような与党らしからぬ態度を続ければ公明党は近い将来野党になるしかない。

オーム真理教がサリンを製造したといわれる第7サティアンは、本来ならば多方面にわたり時間を掛けて捜査すべきであったが、警視庁の手で跡形もなく撤去された。警視庁には多くのS学会員が在籍し、警察司法法曹界には公明党が隠然たる影響力を有していることからして、極めて奇異な行動であった。

外国人への参政権付与法案を公明党が最も多数回国会へ提出している。
創価学会(SGI)韓国支部が、韓国へ竹島乗っ取りを勧めた・・・という情報もある。

安倍首相は公明党との連立解消を決断する時期が近くなったと感じる。
公明党山口那津男代表の安倍内閣への反発は、野党になりたいという意思表示かもしれない。

公明党との連立を解消し、自民党内の左巻き議員を追放して、初めて自民党は保守勢力と呼べる存在になるものと思われる。
posted by ヤマおやじ at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月04日

平成26年初登山は雪の莇ヶ岳

新年おめでとうございます。
本年もヤマちゃん日記をよろしくおねがいいたします。

<1月1日(水)>
実業団駅伝実況中継視聴。南方八幡宮へ初詣。来客対応。

<1月2日(木)>
箱根駅伝往路実況中継視聴。来客対応。
午後2時晴天にて簡易温室内気温は今までの最高の45℃となり、暑すぎたので前扉全開にて35℃とし1時間昼寝した。

<1月3日(金)>
天気予報は午前中晴れで午後は曇りだったので、周南市鹿野町の莇ヶ岳を初登山第一候補として8時頃出発した。

道路凍結を懸念して、徳地町から国道376号−県道192号−県道9号−国道315号を経て戸根橋から登山口へ向った。

県道9号の熊坂峠付近の日陰では路面が2箇所凍結していた。過去10年冬季で2、30回ここを通過しているが路面凍結は初めてであり、果たして莇ヶ岳に登れるか不安がよぎった。

鹿野町に入ると景色は一変し雪景色となったが、行ける所まで行くことにした。国道315号の両脇には除雪された雪が堆積しており、日陰ではセンターラインは凍結している部分もあった。幸いにも戸根橋から小河内地区へ向う道は除雪されていたので目的地である最終民家先にある空き地に無事到着した。

空地で旋回中に前輪が空転したので室外に出て見ると、空地の雪は凍ってアイスバーン状になっていた。運よくトランクに積んでいた鍬でアイスバーンを割り車輪の通路を作り道路脇に駐車できた。

除雪された道は更に奥へ延びていたが、ノーマルタイヤを履いて奥まで突っ込み危険な目にあった過去の苦い経験から、手前で駐車するのが正解だと得心した。

9時50分頃雪の林道を歩き始めた。林道の積雪は概ね18cm程度あり硬化していた。

DSCF7697.JPG <雪の林道>

年末の雪の右田ヶ岳登山で左の登山靴で水が浸みたので、今回は靴下の上にビニール製買物袋を被せて登山靴を履いて対策とした。暫く歩くうちに右の登山靴に冷水の浸入を感じたので、途中で右の登山靴にも同様な対策をした。

さらに歩き始めると年配の男女が乗ったスノータイヤを履いた四駆が下ってきた。10時ごろ下山するには7時前に登山開始しなければならず、ギブアップした可能性があった。

10時25分頃車がない駐車場着いた。雪はかなり深いが数人が登った足跡があり、登れないことはなくそのまま登山口に向かった。

所どころ、登山靴を堅い雪に突っ込み滑りを避けながら登った。

DSCF7700.JPG <雪道を登る>

DSCF7703.JPG <八合目から小峰峠ルートを望む>

11時35分頃白一色の山頂に着いた。

DSCF7705.JPG < 白い山頂 >

周囲の山も遠くの峰々も白い衣をまとっていた風景は、今まで自分が見てきた莇ヶ岳の中では最高の冬景色だった。

DSCF7706.JPG <鈴ノ大谷山、最奥に 安蔵寺山、寂地山、吉和冠山方面を望む >

天気は晴天でほぼ無風なので、真冬にもかかわらず上半身裸となり汗を拭いアンダーシャツを案内板にかけて乾かした。

景色を眺めながらパンとお茶の昼食をとっていると、鈴の音とともに半袖姿の年配の男性が登ってきた。挨拶を交わし彼の話しを聞くと、下松工業高校登山部時代には終業後戸根橋から歩き始め登山口辺りでキャンプして莇ヶ岳に登ったとのこと。

やはり半袖姿は伊達ではなく登山の大ベテランだったのだ。当方がシャクナゲ尾根登山道を昨年独力で人力だけで整備した話を披露した所、彼も石槌神社裏から871mピークを経て莇ヶ岳に至り、小峰峠ルートの途中から林道合流点に下る一大縦走周回ルート構想を話してくれた。

しかしこのルートにはモーレツな藪がはびこりルート開設には大変な困難が横たわっているとのことだった。山の話は尽きないが、せっかくなのでシャクナゲ尾根まで行ってみたくなったので12時25分頃弟見山へ向う縦走路に入った。

足跡のない雪道を歩くのは6,7年ぶりだろうか?
深いところでは膝上まで雪中に沈む中を壷足で進み、無雪時の2倍の時間を掛けて13時頃シャクナゲ尾根との分岐点についた。木々の枝越しに白い十種ヶ峰が見えた。

DSCF7715.JPG <白い十種ヶ峰>

DSCF7716.JPG <シャクナゲ尾根分岐>

天候が良いのでシャクナゲ尾根を標高850m辺りの第3ベンチまで下った。ここから見える弟見山を拝み引き返し14時10分頃かなり老年の男性がたたずむ莇ヶ岳山頂に戻った。

DSCF7718.JPG <シャクナゲ尾根コース第3ベンチから見た弟見山>

DSCF7722.JPG <シャクナゲ尾根コース最後の登り>

話してみると、この男性は下松からこられた80歳の周南愛山会会員で周辺の登山道開設に携われた方であった。登山道整備のお礼を申し上げると、この山頂で積雪が1m以上もありたった10m進むのに15分も要した話しも披露された。また今日は滑り防止の軽アイゼンを持参すべきであった・・・とも語されていた。

80歳という高齢になっても標高1000mを越す雪山に一人で登られるという気力体力にはただ頭が下がるばかりである。

彼はこの山頂からの景色は最高だとおっしゃったが、全く同感である。
車で1時間半程度で行けるこの山の存在は、周辺の山好きには誠にありがたい存在だ!!!

14時35分頃正規ルートから下山し15時45分頃駐車位置に戻った。

車に乗ったとたんに左の登山靴に水の浸入を感じたが後は車で帰るだけであり大きな実害はなかった。今回の登山靴浸水対策は概ね成功だった。

下山時は雪が溶けて滑りを気にしながら下った。やはり軽アイゼンがあれば気分的にもかなり楽ではないかと感じた。

凍結道路を避けて、鹿野から富田に回り国道2号線経由で帰り18時過ぎに無事帰着した。
素晴らしい雪景色と楽しい出会いがあった今年の初登山に感謝、感謝、感謝。。。。

来る市民冬山ハイクでは登山靴を新調し、軽アイゼンを購入することにしよう。
posted by ヤマおやじ at 18:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする