ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2013年11月25日

周南市高瀬湖の紅葉

< 治にありて乱を忘れた >

11月19日(火)の午前中は公園ボランティア活動として、雑木林の伐採を行った。

11月21日(木)は結果的に莇ヶ岳シャクナゲ尾根登山道の整備を行った。

この日は小春日和の好天で当初は莇ヶ岳に登りながら登山道整備を行う予定にしていた。
10時30分頃作業道終点に達し、鞍部までのルートで歩きにくく登りにくい部分に段差を付けたり、倒木を切断して木の階段を設けたりした。

11時頃下方から熊避け鈴の音と共に一人の男性が登ってきた。約2ヶ月前に莇ヶ岳山頂で出会い飯ヶ岳への鹿野側登山口をヤマちゃんおやじに聞いた男性であった。

この男性は、先月ヤマちゃんおやじが付けた目印に従って先日飯ヶ岳に登ったとのことであり、その時周回路との合流点付近で笹が刈り取られていたと言うので、その笹刈はヤマちゃんおやじが行ったことを話した。

この男性は、莇ヶ岳シャクナゲ尾根登山道では急登が少ないので気に入っており、知人にも紹介しているとのこと。彼は登りには谷コースを下山時には尾根コースを下るという。
更に彼は、最近莇ヶ岳シャクナゲ尾根コースは益々登りやすくなっている・・・との感想・感謝を口にした。
。。。。。

登山道を開設し維持管理しているヤマちゃんおやじとしてはこれほど嬉しい話はない!!!

出来るだけ多くの方々にシャクナゲ尾根コースを利用していただきたいので、こうして暇を見つけては道を整備している・・・と胸の内を披露した。

“あまり作業の邪魔をしてはいけない”と言い残し彼はヤマちゃんおやじが作ったルートを登って行った。

少し経って彼が何処の誰か?を聞こうとして姿を追ったがもう姿は見えなかった。

谷底から迂回路までの急坂に、倒木を活用して手造りの階段を設けた。

迂回路は狭く登り辛かったので、長い倒木を道の谷側に据えて杭で支え、山側を鍬で削り道幅を広くした。

作業が一段落したので時計を見ると14時を回っていた。遅い昼食をとると今さら山頂へ向う気が沸いてこなかったので、作業を続行することにした。

迂回路のおよそ半分を整備したので、この日の最後の階段とするために骨張った倒木を切断を作る途中、鋸の刃が滑って布製手袋を破り左手親指を直撃したので激痛が走った。

しまったと思い手袋を外すと後の祭りで、傷口からでる血がなかなか止まらない。傷口を2,3分押さえていると血が固まりかけたので、ザックからバンドーエイドを取り出し傷口を覆うと漸く血が止まった。

半年前までは作業中は常に皮手袋を着用していたのだが、今夏に梅雨で皮手袋が湿ってヌルヌルしたのを機に布製手袋に変えたのが失敗だった。

しかし常に非常用バンドーエイドを持参していたので、これが一人作業での止血に大いに役に立った。

やはり、起こり得る危険に対して平時から準備しておかねばならない!!!
やや大げさだが、“治にいて乱を忘れず”である。

残念ながら大方の日本人は、“終戦以来続いた平和を当然だと思う平和呆け状態に陥り、来たり繰る乱(侵略)に備える気などサラサラない”・・・嗚呼。。。。

今回バンドーエイドを持参していなければ、汚れたタオルかハンカチを使って止血せざるを得ず、傷口からのばい菌が進入を許したであろう。

一応止血に成功したのでやや安心して駐車場所である谷コース登山口に向った。

車のバンパーにメモ用紙が挟んであった。
午前中に話を交わした件の男性は光市在住であり、所属する登山クラブ名が記されていた。

またシャクナゲコースで彼とその仲間に会いたいものである。

止血した左手ではあったが、運転には殆ど支障はなく無事に帰宅した。
入浴時では左手の傷に水か浸入しないようにゴム手袋をはめて片手で頭や体を洗った。
11月25日現在、傷は化膿せず順調に回復している。

今回は迂回路を長さ30m程度を拡幅したが、残りの迂回路40mの整備は傷が癒えて天候が温暖なれば再開できるであろう。


< 晩秋の高瀬湖周辺を歩く >

11月24日(日)、左手親指の傷は時々軽い痛みはあるものの、力を強く入れて傷口が広がるのを避けさえすれば悪化することはないと思われた。

登山は駄目だがウオーキングなら問題なかろう・・・ということで、足早に去り行く晩秋の高瀬湖周辺を歩くことにした。

高瀬湖は佐波川支流島地川の上流をせき止めて作られた島地川ダムによって生じた人造湖であり、ここ数年 紅葉を見に訪れている。

なお島地川の源流は石ヶ岳(標高924m)である。

高瀬湖の下流には高瀬峡という峡谷があり、毎年11月中旬から下旬頃にはもみじが見ごろと言われていたので、ついでに高瀬峡も訪れることにした。

12時前に高瀬峡入口に着き、早速高瀬峡2.2kmを歩いて1時間で往復した。

モミジ谷付近でモミジはあったが、残念ながら紅葉はいまいちであった。
結局一番良かった紅葉は、何と・・・高瀬峡入口の民家の近くのモミジであった。
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13時過ぎに周南市高瀬湖堰堤に到着し、右岸沿いに百m程度進んだところの駐車場に駐車した。殆どの見物客は高瀬湖周回路を車で移動し紅葉を鑑賞するが、周回路を歩く少数派もいる。

最近では11月下旬が見頃であったが、今年は寒さの到来が早いのでほぼ11月24日では見頃であった。途中で出会った車は3時間でおよそ30〜40台はあっただろう。

天候も良かったので運動をかねて左岸沿いに高瀬湖堰堤から黒川橋まで4.6qを往復した。

・右岸から左岸を望む
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・堰堤から先山方面を望む
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・モミジ(1)
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・モミジ(2)
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・モミジ(3)
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・黄−紅−緑
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・山側も紅葉
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・紅−緑
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・千石岳(1)
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・千石岳(2)
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・立ち並ぶ紅葉
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・黒川橋(1)
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・黒川橋(2)
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・千石岳(3)
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黒川橋からの帰途 周回路の直近のモミジの木を数えたところ小さな木を含めて480本くらいあった。湖の反対側の周回路にもモミジは多数存在するので高瀬湖周回路のモミジはかなりの数になるだろう。

今回見えた “モミジ&千石岳の風景”はいままで見た5年間で最高だった。

いよいよ寒い冬が到来するが、おそらく今年最後となるであろう紅葉巡りはなかなか結構であった。

後で分かったことだが、平成15年から『高瀬湖クリーンウオーク』(主催:国土交通省山口河川国道事務所、共催:島地川ダム周辺環境整備地区管理協議会、和田の里づくり推進協議会、後援:周南市)が毎年紅葉の時期にあわせてコース一周約8kmにわたり開催され、島地川ダム(高瀬湖)周辺のゴミ拾いが行われていることを知った。

どうりで周回路が綺麗だったのだ!!!!
皆様方に感謝いたします。

プロ野球広島カープで”炎のストッパ−”として大活躍した津田恒実氏は、高瀬峡、高瀬湖がある周南市和田地区の出身。出身の和田中学校には顕彰碑が建てられています。
posted by ヤマおやじ at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする