ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2013年11月23日

宮崎正弘著『取り戻せ!日本の正氣』を読んで(1)


11月16日(土)木谷峡から馬糞ヶ岳に登って帰宅すると、およそ10日前に予約していた宮崎正弘著『取り戻せ!日本の正氣』(並木書房発行、1575円)が到着していた。

早めに予約したので奥行きには宮崎正弘氏直筆サイン入りであった。

並木書房に直接予約したので送料ゼロ円、代引き料ゼロ円であった。
(並木書房の電子メールアドレス:eigyo@namiki-syobo.co.jp)

入浴夕食後早速読み始めたが、山歩きによる疲労で途中で眠ってしまった。
翌日に第一回読了した。翌日、翌々日に二回目を読んだ。


< ヤマちゃんおやじの永年の疑問 >

ヤマちゃんおやじは2007年から今まで、反日マスコミが隠蔽してきた反日勢力の数々の罪業を出来るだけ発掘してきたが、反日勢力が何故かくも多岐にわたり活動しているのか???と敵ながら半ば感心する場面も多々あった。

公式の場での国歌斉唱を否定する反日政治家=管直人=が日本の首相を務めると言う異常事態は何故発生したのか????

多数の日本人が北朝鮮に拉致されたというのに、日本政府は日本独自で取り返す努力は放棄してひたすら他国に助けを求めるというだらしない国家に成り下がった。

昭和30年頃までは日本では凶悪犯罪はめったに発生しなかったが、現在の日本では凶悪犯罪は何ら珍しいことではなく日常茶飯事になった。


一々挙げればきりが無いが・・・・・

民放はもとより公共放送であるべきNHKまでもが共産党独裁国家中華人民共和国・左翼勢力の宣伝放送局に堕落してしまった。

国民を守るエリートであるはずの弁護士の集団日弁連は、“日本軍による従軍慰安婦強制”という史実に無い捏造史観を国連を舞台に宣伝し国際的に日本を貶める活動に精力的に注力してきた。

曹洞宗は左翼勢力の中枢をなす部落開放同盟に牛耳られ、一部の在日キリスト教勢力も左翼勢力と共闘して反日活動に余念がない。

論壇は今や左翼の独壇場となり、有名な映画監督や俳優は殆どが左翼思想にかぶれている。

今や劇団四季の『キャッツ』の主要俳優は韓国人が独占した。

東大法学部からは、日本を貶める学者連が輩出し、官界の反日左翼思想醸成に大きな役割を果たした。反日左翼思想の大御所であった横田喜三郎は東大法学部教授として幾多の左翼系卒業生を永年にわたり政官界に送り出し、最後には最高裁長官にまで上り詰めた。

学会では多数の大学教授が9条の会に所属し憲法改正反対を声高に唱えている。

文部省は三木内閣以来反日左翼勢力の一方の旗頭である日教組と蜜月関係を構築して、日本の教育水準の低下と歴史教育の改竄に大きく貢献してきた。文部省は最近では、反日国家である中国や韓国からの日本の大学への留学生に対する年間300億円にも達する巨額の無償援助を性懲りも無く継続している反面、日本人の大学生に対しては育英会とは名ばかりで学資を貸し付けて厳しい取立てに拍車をかけている。

内外の左翼勢力に迎合し事実に反して日本を貶める活動に狂奔した宮沢喜一や河野洋平までもが自民党総裁を務めたことは、保守政党の堕落としかいいようがない。

本来の保守勢力である筈の自民党においてさえも中国共産党と連動して、首相の靖国神社参拝に反対する有力者が少なからず存在した。主要閣僚を経験した自民党の某有力議員は,地元に江沢民の銅像建立を図った。

新潟県と新潟市は県民・市民の反対を押し切って、中国領事館用に途方も無い広さの新潟市の一等地を売却した。反日国家中国にこれまでして媚を売る必要はないのに!!!

トヨタ自動車の社長会長を務めた奥田碩は、中国ビジネスに支障があるとして、当時の小泉首相に靖国参拝を止めるように懇願した。

同時期に経済同友会代表幹事の北城 恪太郎は記者会見において、当時の小泉首相に靖国参拝を止めるよう提言したが、全国からの抗議を受けてこれを撤回し謝罪した。

・ ・・・・・
・ ・・・・・・

ヤマちゃんおやじは2007年以前は、“反日勢力は概ね左翼政党である日本共産党や社会党(当時)の周辺だろう”と推定していたが、その後の調査によって、“実は反日活動は日本中の至るところで巧妙に広範囲に着実に実施されている”という現実を知って愕然としたのが本音である。

これだけ反日活動が盛んなのは、終戦後何か相当大きな存在が反日活動を支えているからではないか????と感じていた。

第二次安倍政権が誕生するまでは、このままで推移すれば、“日本はいずれ中国の一自治州に組み込まれる”という危機感にさいなまされていたのも事実である。



< 宮崎正弘著『取り戻せ!日本の正氣』読後感(1) >

広範な内容と日本への深い理解とを含む書籍=宮崎正弘著『取り戻せ!日本の正氣』=の読後感は一々文章化できないので、思いつくままを記載してみた。

この本の真の理解は、この本を購入して少なくとも数回読み返すことで初めてその一端が得られるではないか!!!!


<日本の 正気とは??? >

宮崎正弘氏は『取り戻せ!日本の正氣』の序文において、“日本人の正しい歴史と魂を取り戻す”と呼びかけている。

とすれば、日本の 正気とは“日本人の正しい歴史と魂”ということになる。

換言すれば、今の日本には“日本人の正しい歴史と魂”が欠落している・・・・ということになる。

宮崎正弘氏は更に続けて、

安倍普三政権誕生と、その後の力強い日本外交、経済の急回復により「失われた二十年」の暗い時代が終わろうとしている。平成二十四年暮れの衆議院議員選挙と翌二十五年夏の参議院議員選挙で自民党が圧勝し、日本の前途に明るさが見えてきた。安倍政権は自民党の保守本流が主導する。

しかし、いまなお日本人の多くに名状しがたい不安が残り、政治に「何かが欠けている」と多くの人が指摘する。二〇二〇年夏の東京オリンピックが決定し、明るい展望が開け、「三本の矢」を掲げて驀進するアベノミクスの成長戦略の根幹にある「強靭化プログラム」は良いとしても一体何が欠けているのか?

すなわち、日本の深い根に生まれ育った、思想的な、あるいは哲学的主張がほとんど見当たらないことである。

日本はこれからどのように国家百年の大計(長期的戦略)のもとに進んでいくのか、アジアとそして世界といかに向き合い、最大の脅威となった中国との関係にどう自立的に対応するのかという世界史的な大目標が、まだ曖昧として見えてこないのである。

西尾幹二は、「憂国のリアリズム」(ビジネス社)の中で米中の狭間に立たされている日本が「頼りにしていたアメリカがあまりにもアテにならないと言う現実が、やがてゆっくり訪れるだろう」と予言した。事態はその通りになりつつある。

米国は「核の傘は機能している」(ライス元国務長官)と言いつつも、「尖閣諸島に日本の施政権が及んでいるということは承知しているが、尖閣諸島の帰属に関しては米国は関与しない」(ジョン・ケリー国務長官)と逃げをうった。つまり中国がもし尖閣諸島を軍事侵略しても、米国は日本のために血を流さないと示唆していることになる(もっとも、その前に日本が自衛しなければ何の意味もないが)。

しからば、なぜこういう体たらくで惨めな日本に陥落したのか?

西尾幹二は前掲書のなかで言う。
「そもそも原爆を落とされた国が落とした国に向ってすがりついて生きている」からである。日本は「この病理にどっぷり浸かってしまっていて、苦痛にも思わなくなっている。この日本人の姿を、痛さとして自覚し、はっきり知ることがすべての出発点ではないか」

言葉を換えれば、自立性を回復せよということであり、日本の正気(せいき)を蘇生させよ と主張されているのである。

「今さら東京裁判を議論する必要などない。東京裁判がどうだこうだと議論し、東京裁判について騒げば騒ぐほど、その罠に嵌ってしまうからである。日本国民全員がより上位の概念に生きているのだという自己認識さえ持てば、それで終わるのである。西尾のいう「上位の概念」とは、日本の伝統的思想、その宗教観と歴史観の再構築である。
<中略>

安倍普三は岸信介の嫡孫という毛並みの良さだけではない。彼に流れる熱い血は吉田松陰、高杉晋作、三島由紀夫の伝統を引き継ぐ熱血である。そこに潜む正気(せいき)に国民は期待したのだ。

安倍の奇跡のカムバック劇と自民党の大勝、アベノミクスの発動、円安、株価急上昇という明るさが戻り、逆に中国はシャドウバンキングと不良債権の爆発を誘発して経済が真っ暗になった。韓国経済も沈没寸前となった。

これは奇跡というより、「神風」ではなかったのか?


< 世が乱れると、正気(せいき)が復活して政治を導く >

沈没寸前の日本に正気が蘇ろうとしている。

正気は狂気の対語と考えられがちだが、そうではない。正気(せいき)と呼び、「しょうき」と呼ぶのは狭義である。よく「正気の沙汰か」などとあるのは二義的意味を広義に適用させて使用しているにすぎない。

正気の対語は「邪気」。「破邪顕正」(邪説を打ち破り、真理を広める)は、このことから生まれた日本的熟語である。

日本は長い歴史のなかで、世が乱れると、正気が復活してまともな精神が政治を導くという時代が出現する。<中略>

信長、秀吉の狂気ともいえる独裁専制政治に対して「正気」は建国の理念を追求する清廉なまつりごとを求めた。明智光秀は狂気の主殺しをやったという秀吉以後の解釈は間違い で、天皇伝統を破壊する動きを見せた信長を誅した義挙である。教養人で読書人でもあった明智光秀はまさに狂気の独裁に堕した信長への正気の諫言、その挑戦だった。したがって勝利の打算や政権の掌握という計画性はない。政治の有効性を度外視しての行動をとったのである。

宮崎正弘氏は『取り戻せ!日本の正氣』において、日本の歴史上で「正気」を実践した英雄たちの列伝を追っていく。<中略>


< 天才数学者岡潔が伝えたかったこと >

岡潔は日本を代表する数学者だった。しかし日常を飾らず奢らず、生活はいたって質素で、しかし日本民族の滅びを憂慮して、愛国の弁をつづり訴え続けた。

最近も日本民族論の本質を簡潔明瞭に描いた「日本民族の危機−葦芽よ萌えあがれ!」(岡潔著、日新報道)が復刊された。このなかでも瞠目すべき箴言が並んでいる。

戦後教育の無内容と左翼教条主義の悲惨さが子供たちから精神を奪い、戦後日本をここまで堕落させ、存亡の危機に立たさせた。どうやって日本を救うのか、さまざまな論説が保守論壇で行き交うが、すでに半世紀も前に天才数学者が予言していたのだ。日本を救うのは「情」の哲学である。

この本で岡潔は訴えた。

「真我が自分だということに目覚めるにはどうすれば一番早いか。<中略>日本民族は心の民族で、その中核の人たちは自分が心であるということをはじめから知っていた」「日本民族はアメノミナカヌシノミコト(天御中主命)から数えると、三十万年にはなると思う」「だから日本民族は、私は、他の星から来たのだろうと思います」(このあたりは三島由紀夫「美しき星」の比喩に似ている)

ところが戦後教育で、日本は米国から、わが国の文化、歴史、伝統と絶縁するようなアメリカ人デューイの勧告を容れ、じつに奇妙な、欲望を抑える必要がないという教育を施して、つまりは日本の心が荒みきった。

売春を「仕事」としてビジネス化する若い女性の心理は日本人の伝統的思考にはなかったのではないか。同棲も婚前交渉もタブーではなくなった果てに、いまや女が男をあさり、男はイクメンとかの主夫業。道徳的退廃から道徳の課愛滅状態に陥った。

あまりにも享楽的で刹那的で、生命尊重だけが価値観の中軸にある国家は共同体とは言えず、しかも道徳的に退廃するしか道は残されていない。岡は早くから日本民族の心の衰退が日本の衰退につながることを見通していたのだ。

岡は戦後GHQや日教組などという短絡的、短期限的なパースペクティブではなく、もっと歴史に対して巨視的であり、スパンが長い。遠く仏教伝来はもちろん、明治維新の近代化が非日本的だと説くのである。

つまり岡は「日本民族は知が不得手であり、情の民族であるから、理性主義、合理主義、物質主義、共産主義に汚染される」。じつに嘆かわしいとして、これらの無明と情操を区別せよと訴えたのである。


もう一つ大事なことを岡潔は「風欄」に中で述べている。それは男女の差である。岡が奈良女子大へ赴任して最初に大いに戸惑ったのは、女性が岡の講義内容を「さっぱり分かってくれない」という異端との遭遇であった。そこで調べると、「男性と女性とはちがった、ひじょうにちがったところのある生物であるということが」はっきりと認識できたと告白している。

閑話休題。。。。


< ヤマちゃんおやじの感想 >大いに感じる所が多数あった。

一例を挙げれば、
広島の平和記念公園の原爆慰霊碑には「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」と刻んである。
過ちを繰り返さないと言っているのが日本人とすれば、誠に理不尽だとヤマちゃんおやじは以前か不審にら思ってきた。


『原爆を落とされたから日本人は一億玉砕を免れた、戦争終結が早まった』などという連合国サイドからの言い訳があるが、広島に原爆が投下された時点では日本は既に戦争終結を目的として中立国ソ連などと交渉を開始していたことからすれば、詭弁となる。

原爆投下に対して米国内でも反対意見が存在した中で、ルーズベルト亡き後副大統領から大統領に昇格したトルーマンは、終戦後においても強大な米国を日本だけでなく世界中に印象つけるために敢えて原爆投下を決定したのである。広島に飽き足らず長崎にも原爆投下したのは異なったタイプの原爆の威力を実地確認するためでもあった。

原爆を落としたのは疑いなく米軍であるのに、何か核兵器によって民間人を大量殺戮した事が、日本人の責任に帰せられてしまうかのような印象を多くの人が受けるのはごく自然な反応である。

1952年(昭和27年)8月6日、原爆死没者慰霊碑の除幕式が行われた。慰霊碑に安置してある石棺には、姓名の判明した被爆死没者約27万5230柱(2011年8月6日現在)の過去帳がおさめられている。 石棺に刻み込まれた「安らかに眠って下さい/過ちは繰返しませぬから」という碑文を書いたのは被爆者のひとり、雑賀忠義広島大学教授。
 
当時の浜井信三市長は、「この碑の前にぬかずく1人1人が過失の責任の一端をにない、犠牲者にわび、再び過ちを繰返さぬように深く心に誓うことのみが、ただ1つの平和への道であり、犠牲者へのこよなき手向けとなる」と述べた。

当時の浜井信三広島市長は世界平和を願うという理想主義を高らかに掲げているように見えたが・・・・果たして???

浜井信三という人物を追ってみると、
浜井信三は1931年、東京帝国大学法学部法律学科を卒業し1932年9月広島商工会議所に入り、1935年には広島市役所へ移った。1945年8月6日、広島市への原子爆弾投下により、広島市大河町(現・南区)の自宅にて被爆したが当時の役職は配給課長であった。

原爆投下に対して日本政府は1945年8月10日、スイス政府を通じて下記の抗議文を米国政府に提出した。

朝日新聞(1945年8月11日) によれば、

 (抗議文)
本月六日米国航空機は広島市の市街地区に対し新型爆弾を投下し瞬時にして多数の市民を殺傷し同市の大半を潰滅せしめたり広島市は何ら特殊の軍事的防備乃至施設を施し居らざる普通の一地方都市にして同市全体として一つの軍事目標たるの性質を有するものに非らず、

 本件爆撃に関する声明において米国大統領「トルーマン」はわれらは船渠工場および交通施設を破壊すべしと言ひをるも、本件爆弾は落下傘を付して投下せられ空中において炸裂し極めて広き範囲に破壊的効力を及ぼすものなるを以つてこれによる攻撃の効果を右の如き特定目標に限定することは技術的に全然不可能なこと明瞭にして右の如き本件爆弾の性能については米国側においてもすでに承知してをるところなり、

 また実際の被害状況に徴するも被害地域は広範囲にわたり右地域内にあるものは交戦者、非交戦者の別なく、また男女老幼を問はず、すべて爆風および輻射熱により無差別に殺傷せられその被害範囲の一般的にして、かつ甚大なるのみならず、個々の傷害状況より見るも未だ見ざる惨虐なるものと言ふべきなり、 

 抑々交戦者は害敵手段の選択につき無制限の権利を有するものに非ざること及び不必要の苦痛を与ふべき兵器、投射物其他の物質を使用すべからざることは戦時国際法の根本原則にして、それぞれ陸戦の法規慣例に関する条約附属書、陸戦の法規慣例に関する規則第二十二条、及び第二十三條(ホ)号に明定せらるるところなり、

 米国政府は今次世界の戦乱勃発以来再三にわたり毒ガス乃至その他の非人道的戦争方法の使用は文明社会の与論により不法とせられをれりとし、相手国側において、まづこれを使用せざる限り、これを使用することなかるべき旨声明したるが、米国が今回使用したる本件爆弾は、その性能の無差別かつ惨虐性において従来かかる性能を有するが故に使用を禁止せられをる毒ガスその他の兵器を遙かに凌駕しをれり、 

 米国は国際法および人道の根本原則を無視して、すでに広範囲にわたり帝国の諸都市に対して無差別爆撃を実施し来り多数の老幼婦女子を殺傷し神社仏閣学校病院一般民家などを倒壊または焼失せしめたり、
而していまや新奇にして、かつ従来のいかなる兵器、投射物にも比し得ざる無差別性惨虐性を有する本件爆弾を使用せるは人類文化に対する新たなる罪悪なり帝国政府はここに自からの名において、かつまた全人類および文明の名において米国政府を糾弾すると共に即時かかる非人道的兵器の使用を放棄すべきことを厳重に要求す ・・・とある。

                       
浜井信三は1947年4月、公職選挙による最初の広島市長となり、同年8月6日に第1回広島平和祭と慰霊祭をおこない、平和宣言を発表した。この時はGHQによる占領統治時代であったため、いかに検閲で平和への思いが消されないようにするかに苦労したというが、式典には、当時の片山哲首相、占領軍総司令官のマッカーサー元帥が異例のメッセージを寄せた。これは、米国に媚び諂い迎合し、米国の占領政策に合致した式典であったなによりの証拠である


特筆すべきは東京裁判の判事として日本無罪論をとなえた、ラダ・ビノード・パル氏が昭和27(1952)年11月この碑文に疑問表明し、 「『過ちは繰返しませぬから』とあるのは日本人を指しているのは明らかだ。それがどんな過ちであるのか私は疑う。ここにまつってあるのは原爆犠牲者の霊であり、原爆を落としたのは日本人でないことは明瞭であり、落としたものの手はまだ清められていない。この過ちとは、もしも前の戦争を指しているのなら、それも日本の責任ではない。その戦争の種は西洋諸国が東洋侵略のために起こしたものであることも明瞭である。・・・」

しかし、それにたいしてこの碑文の決定に関わった広島大学の雑賀忠義広大教授がパル判事に「広島市民であると共に世界市民であるわれわれが、過ちを繰返さないと誓う。これは全人類の過去、現在、未来に通ずる広島市民の感情であり良心の叫びである。『原爆投下は広島市民の過ちではない』とは世界市民に通じない言葉だ。そんなせせこましい立場に立つ時は過ちを繰返さぬことは不可能になり、霊前でものをいう資格はない。」という内容の抗議文を送った。
この抗議文の世界市民という文言が曲者だ・・・・反日左翼の常套語だ。。。。

1970年2月に複数の広島市民が「原爆慰霊碑を正す会」を発足させた。会長の岩田幸雄氏は、「碑文は屈辱的で20数万人の犠牲者の霊を冒涜しているので抹消を求める」と宣言。10万人署名運動を展開した。
これに対して当時の広島市長・山田節男氏は「碑文は変えない。碑文の主語は世界人類であり、人類全体への警告、戒めである」と公式発言しました。

当時の広島市長・山田節男氏が言う世界人類とは一体誰か????
世界人類とは感覚的には判るが具体的には、碑文の主語としては全く不明でごまかしでしかない。世界人類と反日左翼の常套語の世界市民はよく似ている。。。

広島、長崎はある意味特殊な街で、子供たちは学校の勉強する時間を割いてまで、小学生から高校生まで徹底的に『平和学習』と言う名の洗脳教育を受けさせられている といわれている。

何故日本が戦争したのか? とか具体的な学習は一切なく、徹底的に「平和は大切」「平和は大切」と教え込まれている。

平和平和と唱えるだけで平和が訪れればこれほど楽なことはないが、実際には平和を唱えるだけで平和が訪れるほど世の中は甘くない。

現在の地球よりも一万年も進化したレムリア文明国家テロスにおいてもシルバー艦隊が存在しているのだ。

広島は反日左翼の牙城でもあり、日教組の牙城でもあった。今でも広島高裁は左翼思想に近い判決で高名である。

北米大陸に移住した欧州人は米国人となりはインディアンから土地を奪い、インディアンを狭い地域に押し込めた。しかし米国は、あつかましくも他国に対し人権の尊重を強要するのだ。

やはり、擬似平和運動の裏にはGHQと反日左翼勢力との共同作戦の存在が窺われる。

原爆投下という戦時国際法に違反する理不尽かつ卑劣な攻撃を受けながら、なお原爆投下した米国に60有余年間の跪く日本の姿は正しく尋常な姿ではない!!!!

この異状を報道しないマスメディアも異状なら、これを放置する日本の政治家も極めて異状というべきだろう。

これらの諸諸の異常さに気が付かない多くの国民が存在することも極めて大きな異状=平和馬鹿=だ。

これでは、中国、北朝鮮、韓国から理不尽な攻撃を受けるのは当然の結果かもしれない。。。

米国は今やデフォルトの淵にある。米国予算の削減の第一候補は軍事費である。米軍が軍事行動は事実上起こさなくなれば、好戦的国家が安心して侵略攻撃を仕掛けてくる可能性が高まる。

日本が従来通り平和ボケに陥っておれば遠からず後悔するはめになるだろう。
しかしその時後悔しても『時既に遅し』である。

早く多数の日本人が『自分のことは自分で守る気概』を持たねばならない時期が来たようだ。

二つ目は、男女共同参画運動ですすめるジェンダーフリー運動に対し、岡潔氏は、”男と女は全く別の生物だ”と断言し、はっきりジェンダーフリーにノーと言明していることだ。男女共同参画運動/ジェンダーフリー運動はイルミナティが世界的に推進している邪悪な運動であるのを岡潔氏は早くから喝破していたのには恐れ入った。。。


posted by ヤマおやじ at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする