ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2012年08月29日

<駐中国日本大使公用車襲撃事件>は 売国奴大使丹羽宇一郎、野田ドジョウ売国奴政権、ゴロツキ中国共産党政府の合作共演猿芝居 !!!???

丹羽宇一郎駐大使らが乗った公用車が8月27日午後4時(日本時間同5時)過ぎ、北京市内で中国人とみられる男が乗った車2台に停車させられ、降りてきた男に公用車の前方に掲げてあった日本国旗を持ち去られた。

日本政府は遺憾だと表明しただけで、中国政府に何らの強硬な抗議を行わなかった。駐中国日本大使が乗った公用車を3km余り追跡されたあげく大使公用車に掲揚された日本国旗を持ち去ること自体、日本国全体に対する野蛮極まりない侮辱であり、中国は経済は発展したが国際的ルールに疎い野蛮国家であることを露呈した。

この日本国全体に対する野蛮極まりない侮辱に対して民主党政府が強硬な態度を取らないのは、野田民主党政権自体が日本の主権を守るという気概を完全に喪失していることをはっきり示したことになる。

口では“冷静に毅然とした態度をとる”といった民主党野田首相は口先だけの単なる演説マンでしかなかった!!!


< 駐中国日本大使公用車襲撃事件 の 4不思議 >

この報道を聞いて不思議に思ったことが色々ある。

疑問1.
大使公用車は3kmもの追跡を受けたが、その前から不審車に走行を妨害されており、異常に気がついて5分程度の時間が経過したにも拘らず公安当局に通報したとの報道はない、大使及び随行者は何故中国公安当局に犯罪行為の発生を何故通報しなかったのか????

疑問2.
丹羽宇一郎駐中国大使公用車が犯人に簡単に発見されたあげく追跡されたのか??? 何の情報も無い一般の中国人が3車線もの北京市公道で疾走する日本大使公用車の後ろに接近し追跡する事は至難の業である。しかし、駐中国日本大使側から犯人側に現在走行位置等の提供があればいとも簡単に実行できる。

疑問3.
政府は東京都が尖閣諸島(沖縄県石垣市)の購入に向け国に提出していた 上陸許可申請について、8月27日午後、許可しないと都側に伝えた。大使公用車襲撃事件は、8月27日午後4時(日本時間同5時)すぎに発生した。この2つはなんと言う符合であろうか。偶然にしては余りにも出来すぎだ!!!

疑問4
野田内閣は当然中国に強硬な抗議をすべきであったが、単に遺憾の意を表しただけであった。

丹羽宇一郎駐中国大使は、石原東京都知事による尖閣列島買取り提案に対し強硬な反論を唱えた反日大使である。この丹羽発言に対し日本国内から丹羽宇一郎駐中国大使更迭の大合唱が上がったが野田内閣は留任させた。

丹羽宇一郎駐中国大使の続投は無く次の駐中国大使人事も発表された。


ここで以下の仮説が頭の中に自然に浮かび上がってきた。

丹羽宇一郎は、“中国を去るにあたり自説(=丹羽宇一郎は石原東京都知事による尖閣列島買取りに反対する、中国は尖閣諸島を領有すべきだ=)が正しいことを世に喧伝し石原東京都知事による尖閣列島買取り案をつぶす意図を持って、敢えて自らが乗車した公用車の走行ルート・位置を中国の犯人側に教えて大使公用車に接近させた上で公用車の日本国旗を強奪させて見せ、”中国世論が石原東京都知事による尖閣列島買取りに強く反対している“ことを内外に印象付けたかったのではないだろうか。

上記4つの状況証拠からすれば、売国奴野田内閣〜丹羽宇一郎中国【反日】大使〜尖閣列島強奪を公言する中国政府・共産軍との連携プレーによる田舎芝居の存在を簡単には否定できない!!!
〜〜〜〜仮説終わり〜〜〜〜


【支邦人(中国人)と朝鮮人は同じルーツ?!】

高慢・傲慢(自国が世界一優れていると自惚れている)、いくら自分が誤っていると判っても決して謝らない、恩義を感じず恩を仇で返す、恥知らず、弱みを見せれば直ちにつけ上がる、死体を思い切りいたぶる残忍さ、倫理観ゼロ、嘘も百回唱えれば真実になると本気で信じ込んでいる、盗作名人、世界中で忌み嫌われている、日本での外国人犯罪者の第1位2位韓国人、中国人  いわば両国は・・・ゴロツキ国家&詐欺国家でありこの隣の両国の国民性は極めて良く似ており 日本人とは正反対だ。

お釈迦様は“人を見て法を説け〜相手の特性に応じて説明方法・対応方法を変えよ〜”とおっしゃった。
<<<ゴロツキに対して紳士淑女に対する礼儀を持ってあたれば、ゴロツキは益々増長し被害が大きくなるだけだ>>>

過去、日本人は外国人を日本人と同じだと勝手に思い込んで交渉・対応に当たり大いに失敗を重ねてきたが、未だ全く反省する所が無い・・・・学習能力ゼロ OR 喉元過ぎれば熱さ忘れる性分 なのか ???

歴史を遡ると1920年代から、日本は中国に対し我慢に我慢を重ね我慢の限界まで引っ張って、最後に我慢が爆発して思慮を失い相手の罠に嵌り不幸な戦争(シナ事変、大東亜戦争)に突入しています。それを回避するには、日中友好思想、日韓友好思想などの空虚な空理空論をかなぐり捨てて最初のトラブル発生時から言うべき事をビシット言うことが必要だ。

ゴロツキにはゴロツキにもわかるように行動することが必要だ。ゴロツキや詐欺師に対して野田政権のように「遺憾」を連呼するだけでは中国や韓国が増長することは当たり前だ。


1937年の「南京事件」は後世に中国共産党と朝日新聞らによって捏造された架空の事件であることは今やかなり知れ渡ってきたが多くの日本人は未だ誤魔化されているが、1927年に実際に起こった「南京事件」は日本では一般的に知られていない。

それは、1927年3月24日、蒋介石・国民軍が南京入城後、軍人と民間人がいっしょになって「反帝国主義」を叫び、領事館や外国人居留地を襲い、掠奪・暴行・破壊のかぎりを尽くした事件です。

その当時日本の加藤内閣の外相・幣原喜重郎が主唱した『互いに腹を割って話し合えば互いに理解しあえる』というノー天気外交政策に従い、日本政府は領事館を警備していた陸戦隊の反撃を禁じたため、日本大使夫人は強姦され、領事館内は中国人が掠奪・暴行の限りをつくした。

歴史的には、日本政府の事なかれ主義が、その後の「通州邦人大虐殺事件」(1937年7月29日)を誘発させ、自らの意思に反して受動的に最後に戦争へ引きずり込まれたのです。

一方 1927年の「南京事件」のとき、南京郊外の揚子江にいた英国と米国の軍艦は、毅然と南京城内へ向けて艦砲射撃を実行したので。中国人はぴたっと欧米領事館への襲撃を中止した。

日本海軍はアメリカ・イギリス海軍のように南京市内を砲撃しなかったため、日本側の思惑とは反対に中国民衆からは日本の軍艦は弾丸がない、案山子、張子の虎として嘲笑されるようになった。まもなく、漢口でも日本領事館や居留民が襲撃される漢口事件が引き起こされることとなった。

この時、日本が断固反撃を実施していたのであれば、その後の歴史は違ったものになり、自らの意思に反して中国との戦争に巻き込まれることにはならなかった可能性が大きい。

この史実をもってしても、外交 = 交渉力 + 軍事力 であることがわかる。

ゴロツキ国家に対処するには、自国で自国を守るという毅然たる態度と、毅然たる態度を裏付ける軍事力が 車の両輪 として必要なのだ。

もう一つ例を挙げよう。


【ハイジャック事件対策での日本政府と西ドイツ政府の大いなる差異】

<日本政府の対応>
1977年9月28日、フランスのパリ発南回り東京(羽田)行きの日本航空472便(乗員14名、乗客137名)が、経由地のインドのボンベイ国際空港を離陸直後、拳銃や手榴弾等で武装した日本赤軍グループ5名によりハイジャックされバングラデシュのダッカ国際空港に強行着陸し、犯人グループは人質の身代金として600万ドルと、日本で服役および勾留中の日本赤軍メンバー及び日本赤軍に加えようと目をつけた囚人9名の釈放を要求した。
これに対して当時の福田赳夫首相が「人命は地球より重い」と述べて、身代金の支払いおよび、超法規的措置としてメンバーなどの引き渡しを決断。身代金と、釈放に応じたメンバーなど6名(3名は拒否)を特別機でダッカへ輸送し人質は全員解放された。

<西ドイツ政府の対応>
1977年10月13日に西ドイツのルフトハンザ航空ボーイング737-200型機がドイツ赤軍(RAF)と共闘するパレスチナ解放人民戦線(PFLP)のメンバー4人により乗っ取られたドイツ航空ルフトハンザ機ルフトハンザ航空181便ハイジャック事件では、ドイツ社会民主党のヘルムート・シュミット首相率いる西ドイツ政府はソマリアのモガディシュにおいて機内にGSG-9(ドイツ国境警備隊(当時)の対テロ特殊部隊)を突入させて犯人3人を射殺し1人を逮捕し乗客全員を救出し解決した。以降西ドイツ政府の取った果敢な対応は各国のテロ対策の見本となった。


<猿は弱みを見せるととことん攻撃してくる>

テロの要求に安易に屈した日本では、ダッカハイジャック事件以降北朝鮮による日本人拉致事件が頻発するに至ったのは、日本政府の弱腰&日本国全体の平和ボケ を ヤクザ国家北朝鮮が見抜いたからだといわれている。

猿は相手が弱いと見ると食って掛かり攻撃するが、相手から威嚇されるとそさくさと逃げる。中国。韓国は猿と一緒だ。強烈に反撃し威嚇しない限り、攻撃をやめることはない!!!

韓国が日本の領海を侵し領土を不法占有し 中国が尖閣列島略奪を図るのは、現在の日本がならず者国家中国や韓国に反論・反発できず、事実上軍事力を行使することがないことを知っているからである。

この冷然たる事実に気がかなければならない。。。。
本来の自衛隊は災害復旧のために存在するのではない!!!

今の日本国憲法では、自衛隊は敵から先制攻撃を受け甚大な被害を蒙った後で、新たに法律を作り国会で承認されてようやく反撃できるという 非常時には全く役に立たない縛りを受けている。
こんな異常事態を永年放置している国は世界中広しの言えども日本以外存在しない!!!

マスメディアが意図的に流す欺瞞報道、グルメ報道、韓国映画、吉本興業が演じるお馬鹿番組、スポーツ番組等にうつつを抜かし、本質を見失ってはてはいけません。。。。

これに気つかず何も行動を起こさない政治家、国民がいたとすれば、もはや救い難い平和ボケ か 間抜けなノー天気 であろう!!!

posted by ヤマおやじ at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月27日

快晴の東鳳翻山を歩く & 売国奴野田ドジョウが東京都による尖閣諸島測量のための上陸許可申請を否認

8月25日(土)は山口市の東鳳翻山(標高734m)に登り、8月26日(日)午前中は公園ボランティアで汗をたっぷり流した。


【快晴の東鳳翻山を歩く】

このところ毎週早朝出発が続いたので8月25日(土)の朝はゆっくり過ごし8時30分頃出発した。山口宇部道路を走り9時20分頃山口市天花畑の 金鶏の滝 駐車場に着いた。

準備運動などをして9時25分頃駐車場を出発して金鶏の滝へ向かった(なまなまコース)。落差60mを誇る金鶏の滝の流れは細く、密かに期待した涼しさは殆ど感ぜられなかった。背後に1300m級の山々が控える寂地川や犬戻峡とは異なり、やはり背後に控える山高さが700m程度なので滝の水流が細くなったものと感じた。。。。

意外と急な登りが続き、無風状態の谷を詰めると汗だくとなる。今までそれほど急な坂だと思ったことは無かったのだが、今回は急坂に感ぜられた・・・・また一段と年老いたのか????

道を塞いだ倒木が意外と多くをその下を潜るのがかなり面倒だった。二つ堂コースと合流後三叉路に至り、山頂直前の日陰で休んでいると足の長い健脚のおばさんに追い抜かれた。11時15分頃東鳳翻山頂着。

早速冷えたノンアルコールビールを飲み、昼食に 冷たいとろろ蕎麦 を食べた。
いつもながら山頂からの360度パノラマは申し分ない!!!!

秋吉台、桂木山、大蔵岳、十種ヶ峰、青野山、高岳山、弟見山、莇ヶ岳、高岳、長野山、馬糞ヶ岳、石ヶ岳、金峰山、徳山湾、四熊ヶ岳、大平山、周防灘、姫島(大分県)、国東半島、矢筈ヶ岳、犬ヶ岳・英彦山方面、阿知須キララドーム、関門方面・・・・・・

高岳山の後方に安蔵寺山(直線距離で60km離れている)ないしは恐羅漢山と思しきプルフィールが微かに見えたのには感動した。

山と海の双方の景色が見え、瀬戸内海をはさんで九州まで眺められる一方で西中国山地脊梁部を一望できるなどを考慮すれば山口県では随一のパノラマではないかと実感する!!! 35分間景色を堪能した。

11時50分頃 時間があるので西鳳翻山への縦走路を下った。山頂でであった若い男性二人は地蔵峠に駐車した車に乗って山口方面へ下っていった。

地蔵峠で道路を渡り縦走路を標高600mまで登り更に進み鞍部(標高555m)に着いた。ここから西鳳翻山までは最短でも1時間30分は掛かるものと思われたのでここから引き返すことにした(12時30分頃)。

帰る道で、二つ堂登山口〜東鳳翻山〜西鳳翻山ピストンを行うとすれば朝7時頃に二つ堂登山口を出発する必要があるだろうと思った・・・・帰って調べるとこのピストン縦走では累計登り標高差は1185mもあり、かなりタフなコースであることがわかった。。。。

13時50分頃再び東鳳翻山に着き、二つ堂コースを下り14時55分頃二つ堂登山口を通過し、15時10分ごろ駐車場に着いた。汗にまみれた衣類を着替え16時20分頃帰着。
累計登り標高差は893mであった。

街中では残暑が厳しいが、山では秋の花が咲いていた。

DSCF6531(1).JPG <おみなえしの後に青野山>

DSCF6534.JPG < なでしこ >

諸々に感謝、感謝、感謝。。。。。。



【公園ボランティア】

8月26日(日)は快晴で最高気温は33度になるというが、9時〜12時までの公園ボランティア作業が待っている。今回は6人で雑木林の整備作業を行った。熱中症予防のため水分補給を1時間ごとに行い、休憩もこまめに取った。

広い雑木林の整備もかなり進んだ。現状では伐採した雑木を林の中に積み上げているが美観という面ではあまり好ましくない。伐採した雑木をチップという細かな木片として林に散布すれば美観は保てる上に肥料にもなる。

次回は伐採した雑木をチップにするチッパーという機械の操作教育が予定されている。



【売国奴野田ドジョウが東京都による尖閣諸島測量のための上陸許可申請を否認】

野田ドジョウが東京都による尖閣諸島測量のための上陸許可申請を否認した。
早速首相官邸に抗議のメールを入れた。
中国からの侵略から尖閣諸島を守るために東京都が尖閣諸島を購入するのは、日本の国益を守る有効な手段であるが、野田ドジョウ政権は東京都による尖閣諸島上陸を拒否したのだ。

換言すれば、“野田ドジョウ政権は中国による尖閣諸島奪取を期待している”ということだ。。。。

野田ドジョウはなんと言う売国奴でろうか!!!!!
首相までが領土侵犯国の味方であり売国奴だとという国は、世界中何処にもない!!!!

これを許す国民がいたらこの国民も好むと好まざるを問わず、反日勢力の応援者ともいえます。

”中国との関係を悪くしないために穏便な対応を取る”という尤もらしい論理が反日マスコミ、反日文化人等から聞こえてきます。

中国、北朝鮮、韓国は世界中で嫌われている”鼻つまみ国家”であり、倫理観の欠落した野蛮国です。
”これらの野蛮国に対し礼節をつくすことは、これら野蛮国を増長させるだけに終わる”ことは、過去の歴史が見事証明しています。

反日勢力は、”中国との関係を損ねたくない”といっていますが、これは欺瞞であり本音は、”中国には無条件に従う”ことを意味しています。

また中国との関係が悪化すれば中国に進出した日本企業が損害を蒙ることを心配する向きがあるかもしれないが、中国に進出した外国企業は成功すれば中国に骨までしゃぶられとても利益をあげることはできません。
成功しなくても法外な課徴金を課せられ夜逃げ同然で引き上げる他に道はありません。

あの王子製紙の中国進出が代表例です。工場建設の認可が下りず莫大な賄賂を使って5年遅れでようやく工場を建設し操業を開始したのもつかの間で、公害問題で民衆のデモに逢い非常な苦境に陥っています。恐らく撤退が最良の選択肢となると思います。

中国という国の野蛮性・特殊性を知らずしてあたかも自由主義国家並と看做して中国に進出した企業の経営者は、馬鹿、無能そのものであり、これは企業の自己責任の範囲です。馬鹿な企業経営者の失敗を国家や国民が面倒見る必要は全くありません。

財界が中国に味方する発言を繰り返しても(例えば、首相の靖国神社参拝反対〜トヨタ自動車元会長、元経団連会長の奥田碩 など〜)、国としてはこれを一切考慮する必要はありません。今の財界は中国にゴマをすりビジネスを有利に展開しようとするエゴに凝り固まっており、日本の国益など眼中にありません。

中国との関係が冷え切っても日本での影響は 割り箸が不足し、百円ショップが品切れする程度 といわれています。日本の財界は中国での一儲けを期待していますが、中国は日本企業に儲けさせてくれないのは火を見るより明らかです。今や日本の財界は日本の国益を無視する単なる欲ボケにすぎません。

民主党は反日の確信犯です。反日的行動をとるたびに首相官邸などに抗議しましよう。
“首相官邸”で検索すれば、政治・政策へ意見・抗議するメール様式等が簡単に得られます。。。。
posted by ヤマおやじ at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月23日

【真夏でも一瞬寒かった寂地山】 & 【忘恩国家韓国による竹島不法占拠対策】

8月16日(木)には寂地山(標高1337m)・額々山(標高1279m)に登り、

17日(金)には9時から11時30分まで公園ボランティア活動として公園内雑木林に散策路作りを行った。

17日午後から18日(土)夕方まで子供用小型プールの清掃・撤収作業、

19日(日)午後から20日(月)午前中にかけて親戚からの招待で萩市笠山中腹のホテルに泊り団欒・交流した。

21日(火)にはメタボ対策として早朝5時に出発して防府市の勘十郎山(標高246m)、大海山(標高325m)、右田ヶ岳(標高426m)に登り11時40分帰宅。累計登り標高差は790m。


【真夏でも一瞬寒かった寂地山】

今年8月5日に行った広島県・三段峡が結構暑くなかったのに味を占め、8月16日(木)には寂地峡・寂地川を遡りタイコ谷を詰めて寂地山にのぼり、さらに尾根伝いに島根県最高峰・額々山に至り寂地山に戻り犬戻峡を下るコースを歩いた。

自宅を5時30分頃出発し、山口市宮野、山口市徳地町、周南市須々万、岩国市広瀬町を経て8時頃岩国市・寂地峡駐車場に着いた。途中国道434号線周南市須万〜岩国市広瀬町では錦川水系平瀬ダムの付け替え道路となる徳山〜錦バイパスが通れるようになっていた(2012年2月20日開通)ので従来の曲がりくねったガタガタ道を運転しないで済むようになったのは新発見。

8時15分頃駐車場(標高455m)を出発し、目覚めた家族連れの姿がちらほらするキャンプ場を抜けて五段滝見物コースの急な階段を登りトンネルを抜け龍生橋を渡り左折して寂地峡上流の渓流を遡上する登山コースに入った。

3.4日前に降った雨のせいか水量が多く水流の音もかなり大きいので何となく涼しげな気分になる中を無数の小滝や白い飛沫が落差20mを流れ下る滝などを眺めながら緩やかに登って行き10時過ぎにタイコ谷分岐(標高850m)に着き小休止する。

前回はここから右側の谷(道なきルート)を溯上して南寂地山(1309mピーク付近)に出たが今回は水量が多くとても遡上できそうも無かった。虻がしつこく付きまとうので防虫スプレーを吹き付けると慌てて逃げていった・・・・夏の里山では防虫スプレーは絶対に手放せない!!!!

過去7,8回通ってきたタイコ谷の入口では流れが高さ20m程度の滝を作っていたがこの滝を見たのは今回が最初である。タイコ谷の下りは楽だがミノコシ峠まで標高差130mを登るのはかなりこたえるが、時々吹きつける涼風が疲れを和らげてくれた。10時45分ごろミノコシ峠(標高1125m)着、ここから寂地山まで稜線歩きが2.5kmもあるので5分間中休止す。

当初右谷山へも登る予定であったが往復1時間以上余分に掛かるので中止し、涼風が吹く中展望の無いゆるい登りではあるがやはり汗をかきながら進み11時45分頃寂地山頂まで200mを残した三叉路に着いた。

ここは風通も良くベンチもあるので昼食を採ることにし、恒例の冷たいノンアルコールビール500ccを保冷容器から取り出し一気にあおった。汗に濡れたシャツに涼風が吹きつけ一瞬ではあるが寒気を感じた。。。。セブンイレブンで買った昼食 とろろ蕎麦は保冷容器と共に密封したインナーに入れていたので未だ少し冷えていたので結構旨かった。

50歳台と思しき男性2人が犬戻林道から登ってきたので挨拶する。一人はへばっていたが山頂にそさくさと登っていった。次いで2人の60歳前後と思しき男性が登ってきた。その後元気そうな50歳台と思しき男性がヤマちゃんおやじが登ってきたコースからやってきた。炊事用のライターを借りたいというので 残念ながら持っていないが山頂には4人いるから借りたら と答えた。

12時頃寂地山頂へ向かい4人が昼食を採っている脇を通り抜けて冠山へ向かう縦走路を約100m進み、額々山と書いた小さな指導票の所を左折し初めてのコースに入った。

ルートは多少荒れてはいるが要所要所にテープがあり迷うことなく12時40分頃額々山に着いた。東よけ岩と呼ばれる高さ約10m横幅70〜80mもの大岩の左側を回り天辺に登ると額々山の三等三角点がある。県境上に無い島根県の山で最も高いのが額々山といわれる(額々山:標高1279m、安蔵寺山:標高1263m)が展望は殆ど無く南方に寂地山頂が見えるだけであり、訪れる人が少ないマイナーな山だ。

三等三角点を北西に進むと“ガクガク岩 10分”と書いた小さな指導票が目に付いたので更に進んで行った。コースは倒木によりかなり荒れてきたが黄色のテープを探しながら歩けば踏み固められた道らしき痕跡がある。帰ってインターネットで探した所 この道は昔は馬が通れる生活道であったとのこと(“山口県側の山麓宇佐集落から島根県側山麓の三葛集落までこの道を通って馬が単独で帰ってきた”との昔話あり!!!)。

10分ばかり歩いた所に二枚に重なった岩があった。これが“ガクガク岩”ということになる。自分勝手にもっと雄大な岩場を想定していたが拍子抜けであった。

再び額々山を経て寂地山に戻り、13時45分頃三叉路を左折して犬戻林道を一気に下り降りた。14時25分頃犬戻林道終点着。

この犬戻コースは階段だらけの単なるピークハントコースでしかなく、長い林道歩きも退屈気味であるが時々吹く涼風は心地く、犬戻の滝、竜神の滝が眞近に眺められるのは良い。15時40分頃寂地峡駐車場に着いた。

DSCF6510.JPG <犬戻の滝>

帰路は崖に沿って2km走る狭い一車線の国道434号通過が嫌になり、広島県吉和ICから六日市ICに回り鹿野町、徳地町、宮野経由で帰り大回りし19時頃帰着。累計登り標高差は1030m。

初めての額々山にも登れて 真夏ながら結構涼しい目にあった今回の山行の諸々に感謝!!!


【萩市笠山・明神池

8月19日(日)14時頃出発し、山口市から県道62号、国道262号、県道32号を経て萩市に入り、国道191号、県道294号経由で笠山中腹にあるホテルに3時30分頃到着。

夕食には間があるので笠山の麓にある明神池周辺を散策した。笠山は、標高 112m の世界 最小の活火山といわれている。
明神池は、その昔、笠山と本土が砂礫の堆積で陸続きになったときに埋め残されてできた池。地下から海水が出入りしているため潮の干満が見られ、池の中では地元の漁師によって奉納された魚が繁殖し、マダイ、イシダイ、ボラ、エイ、コチ、スズキなど、様々な近海の磯付き魚が泳ぎ天然の水族館とも呼ばれる。貞享3年(1686)萩藩2代藩主毛利綱広が、毛利元就が信仰していた安芸の厳島明神を勧請して分祉し、これに因んで明神池と呼ばれるようになった。池の北側に弁財天が祀られていることから、昔は弁天池、また、藩主の茶室が建てられていたことから、御茶屋の池とも呼ばれていた。
周囲は玄武岩の溶岩が積み重なり、老樹が生い茂る景勝地だ(萩市観光協会HP より転記)。

池の周りにある食堂に入り イカの丸焼き を所望したら閉店だと言う・・・・チト早すぎる閉店では???
名所だけあって観光バスが団体客を乗せて来る中を、ウン十年振りに涼しい風穴に行ってみた。

奥の涼しいテーブルに向かって進んでいると、入口の食堂で注文しないとテーブルに座れないことが判明した!!!

ウン十年前に風穴にいった時には確か食堂は無く、誰でも自由に風穴の涼しさを満喫できたという記憶がよみがえった。しかたなくここでも イカの丸焼き を所望したが、支邦人らしきアルバイトの勤務時間の関係からか “もう出来ません” というつれない返事があった。

カキ氷ならできる ということであったがあまり乗り気がせず奥の池へ向かった。溶岩の隙間に流れ込んだ空気が冷やされて周囲はひんやりして涼しい空間を作っている・・・ここは無料だ。。。

17時ごろ帰館し親類と合流し温泉に入り夕食を採った。さすがに近くに越ヶ浜漁港があるだけあってお造りは相当美味であり、久しぶりの肉食となった日本唯一の純粋和牛といわれる見島牛のステーキも中々結構な味であった。日本海を望む大浴場、露天風呂からの展望も良かった。

21日早朝5時にホテルを出て笠山山頂に向い15分程度歩いて山頂公園に着いた。展望台に登ると、さすが北長門海岸国定公園の一角を占めるだけあってほぼ360度の大パノラマが展開した。紺碧の海に浮かぶ六つの島・・・・

山の端から昇る御来光を拝み、しばし太陽エネルギーが体内に入るように左手を太陽に掲げた。太陽の頭が顔を出し始めてから約3分で太陽全体が姿を現した。

笠山散策から帰館後温泉に再びつかり汗を洗い流し朝食をとった後チェックアウトし、萩シーマート(海産品販売所)に立ち寄り11時過ぎに帰着した。なかなか良いショートトリップであった。

招待してくれた親戚に感謝、感謝、感謝!!!



【忘恩国家韓国による竹島不法占拠対策】

最近 李明博韓国大統領が日本の領土である竹島に上陸し韓国による竹島実効支配を更に強固なものにしたが、野田政権は口では“断固たる処置を取る”といいながら、韓国が反対し絶対に実現しない国際司法裁判所(ICJ)への提訴という全く無意味なユルユルな処置しか打ち出していない・・・やはり三代続く売国奴政権でしかない!!!

また香港活動家が日本固有の領土である尖閣諸島に上陸を試みた際、野田ドジョウ政権が防衛大臣抜きで開催した会議で定めた基本方針は“領海領土を侵犯する台湾活動家と日本の警備当局の間に怪我人を出さないこと”という極めて国家感に乏しいものであったことが判明した。

民主党政権になって直ぐに、ロシアのメドベージェフ大統領が本来ならば日本領である筈の北方領土に今までの例を破って上陸した。

民主党の管政権の時には、支邦共産党が雇ったヤクザ者の漁船船長が日本の海上保安庁巡視船に体当たりを敢行し、巡視船乗組員に暴行を加えるなどの海賊行為を働きこの船長は逮捕されたが、支邦からの圧力に屈した民主党政権はこれら支邦人船長による海賊行為を収めたビデオテープの公開を禁止した上で裁判無しで無罪放免とした。

民主党はもともと“日本国は日本人のためにあるのではない” “現行選挙制度の中で如何に日本と言う国家を解体するかが民主党の政治的目標”という売国奴的な基本政策を掲げている政党であった。

2009年8月の総選挙に際してNHK、民放、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞などの日本の主要メディアは、景気を回復させ、国際的にも紛争解決に効果的な政治力を発揮し内政・外交とも善政を敷いてきた時の麻生首相の功績を一切報道せず、反対に“麻生首相高級ホテルのバーで酒を飲んでいるので庶民の敵だ”との取るに足らない中傷報道を針小棒大にぶちかまし、サボタージュして年金誤記録問題を引き起こした自治労の罪を隠蔽し自治労を有力支援団体に持つ民主党が有利になるような偏向報道を連日連夜繰り返し政治に無知な無関心層を洗脳させて、民主党圧勝を実現させた。

さすがにロシア、韓国、支邦などの猛毒・野獣国家首脳は民主党の反日政党=民主党=の本質を熟知しており、民主党政権樹立後、当時の鳩山由紀夫宇宙人首相が“普天間基地の県外移転”を打ち出し日米間の相互防衛信頼関係を低下させたのを機に日本の領土を簒奪する行動を開始しはじめたのだ。


【NHK出身の反日ジャーナリスト 池上 彰の正体】

ウィキペディアなどで検索しても、池上 彰は著名なジャーナリストとしての記述しかない!!!・・・・ウィキペディアは総じて一般通説的内容しか期待できない!!!

最近まで本屋に行けば池上 彰の著書が沢山置いてあり、テレビ番組出演の常連でもあり、一般常識的には人畜無害の日本の代表的ニュースキャスターの一人とも思われていた人物だ。

池上 彰はテレビ報道であからさまな反日洗脳報道を一見さりげなく堂々と行った。

曰く“自民党の麻生総理大臣は一流ホテルのバーで酒を飲むので庶民の心などとはほど遠い存在だが、民主党の管直人氏はサラリーマンが通うラーメン屋で庶民的な食事をし、酒を飲むのはもっぱら安価な居酒屋だ”という内容を全国的に流し自民党をけなし民主党を大いに持ち上げる洗脳報道をシャーシャーとやってのけた・・・だから反日メディアでは大人気があったのだ!!!

一説に東京地区だけでも100人以上のの反日職員・共産党職員を抱えるという情報もあるNHKで池上 彰は、社会部記者、ニュースキャスターを務め、ここでも反日報道に邁進した。

8月15日の終戦記念日特集では、「日本は枢軸国だった」「日中戦争」をやめさせようとしてABCD包囲網ができた」「世界を相手に日本は無謀な戦争を開始した」などなど、池上 彰は巧妙に事実を捻じ曲げ、視聴者を洗脳した。“日本が戦った大東亜戦争がアジア諸国を苛烈な欧米諸国の植民地から開放したという歴史的事実”が今や世界の常識であるが、民主党の江田五月参議院議員(元参議院議長)等が大東亜戦争を“あの馬鹿げた無意味な戦争”などといって切り捨て事実を隠蔽しているのと同罪である。

また池上彰は、韓国内での8月15日の呼び方を「光復節」と呼ぶことを大々的に紹介し、
韓国が日本の支配を逃れて国家に光が回復した日だから「光復節」なのだという(史実に反する)韓国政府の言い分をそのまま鵜呑みにして報道した。

史実の一端を挙げれば、
@日本に併合される前の韓国での識字率はたった4%であったが日本が教育に力を入れたため終戦前には80%まで急上昇した
A日本に併合された後の韓国人の寿命は、併合前の2倍に達した
B日本の大阪帝国大学、名古屋帝国大学設置を差し置いてまでにソウルに京城帝国大学を設置した
C日本は多いときで国家予算の10%以上を投入し朝鮮にダム、発電所、農業用水、道路・通信網などの産業インフラを整備した(当時、冷害に悩む日本の東北地方からは何故韓国にこれほど多額の援助を行うのかという抗議の声が多数政府に寄せられたほどであった)等等。

池上彰ら反日論者は“韓国は日本の植民地支配を受けた”と尤もらしい言葉を並べるがこれは史実ではない!!!

日本は韓国を併合したのであって、併合とは韓国民を日本国民と同等に扱うことなのであり、宗主国が外国人をあたかも家畜のごとく支配する植民地と併合とは天地の差がある。

換言すれば、“併合と植民地主義との区別も知らない無学な贋知識人=池上彰ら=が尤もらしい嘘を国民に触れ回っている”ことになる!!!”

しかし反日勢力が牛耳る日本のマスメディアや言論界では、この基本的な誤りすら指摘され、非難されることは一切無いのだ・・・それほど今の日本のマスメディアや言論界は腐っている!!!  反日勢力にまみれている!!!

反日勢力が支配するテレビに10年近く頻繁に登場したこと自体、池上 彰は大反日キャスターといっても過言ではない。

池上 彰は現在、東京工業大学教授、信州大学特任教授、京都造形芸術大学客員教授、特定非営利活動法人日本ニュース時事能力検定協会理事を勤めている。

東京工業大学は、一般には知られていないが、幾多の反日学者、反日文化人、反日政治家などを輩出している反日大学の名門としてつとに著名である。これらの反日大学では大学の自治というわけの判らない美辞麗句によって反日活動が大々的に堂々と行われているのを文部科学省は見てみない振りをしている・・・これも立派な反日活動である!!!。

池上 彰が現に所属する 信州大学、京都造形芸術大学、日本ニュース時事能力検定協会も反日拠点である と看做さざるを得ない!!!


【韓国は日本への併合によってもたらされた重大な恩義を忘れた忘恩国家だ】

〜〜〜犬や猫でも受けた恩義を忘れず恩人に感謝するが、受けた恩義を忘れ恩を仇で返す韓国は犬猫以下???〜〜〜

日本が韓国を併合した前後の状況をネットから列挙してみよう。。。

1 朝鮮半島の人口が2倍に増えて
2 24歳だった平均寿命が30年以上伸ばされて
3 人口の30%を占めていた奴隷が解放されて
4 幼児売書や幼児売買が禁止されて
5 家父長制が制限されて
6 家畜扱いだった朝鮮女性に名前がつけられるようになって
7 度量衡が統一されて
8 忘れられていたハングル文字が整備され、標準朝鮮語が定められ
9 朝鮮語数育のための教科書、教材が大量に作成され、持ち込まれて
10 5200校以上の小学校がつくられて
11 師範学校や高等学校があわせて1000校以上つくられて
12 239万人が就学して、識字率が4%から61%(終戦直前では80%)に上がって
13 大学(京城帝国大学)がつくられて、病院がつくられて
14 カルト呪術医療が禁止されて
15 上下水遭が整備されて
16 泥水すすって下水垂れ流しの生活ができなくなって
17 日本人はずっと徴兵されていて戦場で大量に死んだのに
18 朝鮮人は終戦間近の1年しか徴兵されす、内地の勤労動員だけで済まされていて
18 志願兵の朝鮮人が戦死したら、日本人と同じく英霊として祀られてしまって
20 100キロだった鉄道が6000キロも敷かれて
21 どこでも港がつくられて、どこまでも電気が引かれて
22 会社がつくられるようになって、物々交換から貨幣経済に転換して
23 二階建て以上の家屋がつくられるようになって
24 入浴するよう指導され
25 禿げ山に6億本もの樹木が植林され、ため池がつくられて
26 今あるため池の半分もいまだに日本製で
27 道路や川や橋が整儀されて
28 耕作地を2倍にされて
29 近代的な農業を教えられたせいで、1反当りの収穫量が3倍になってしまって

加えて、
朝鮮から国会議員も選出し、
「洪中将」のように、朝鮮名であっても、中将に昇進させ、
貧民の出身であっても、朴大統領のように、優秀な人材は、
校長が進学させ、幹部候補生学校で恩賜の金時計を賜った。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

朝鮮人であっても日本の士官学校にも入学を許された。士官学校を卒業した朝鮮人将校は何百人、何千人の日本人軍人を指揮できたのだ。

このようなことは欧米諸国が搾取したアジア・アフリカの植民地では到底ありえない事柄であった。。。

インドを植民地にしたイギリスは、インド人に文字を教えなかった。インド人が文字を知れば知恵がつきイギリスに反抗することを怖れたのだ。。。。これが苛烈を極めた欧米諸国による植民地支配だった。

併合とは英語では、MERGEといい、現在風に言えば 企業の対等合併 を意味する。
日本の朝鮮併合は欧米諸国によるアジア・アフリカ植民地支配とは天地の差があるのだ!!!

この歴史的事実は “当時韓国は儒教思想に縛られて旧態依然たる封建社会から自力で近代国家へと脱皮できずにいた。日本が韓国を併合することによって日本国家の総力を挙げてその近代化を推し進めたお陰で、韓国はようやく近代国家として歩む基礎ができた”ことに他ならない。この歴史的史実を忘れた今の韓国はまさに忘恩国家以外の何者でもない!!!


【韓国人の正体を昔の日本人は周知していた】

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成24(2012)年8月21日(火曜日)参 通巻第3731号読者の声に興味深い記事があったので紹介する。

(読者の声3)竹島・尖閣問題でNHKですら「島根県の竹島」と報道しているのに、共同通信はあいも変わらず「日韓が領有権を主張する竹島」、朝日新聞同様に世の中の空気が変わったことが読めていないようです。

韓国の大統領選候補は今後もさらに「反日」を競い合うことでしょうから、次の大統領が誰になろうと日本との関係改善は不可能。

犬を甘やかすと自分が人間よりも上位だと勘違いしますが、韓国を甘やかし過ぎたためにここまで増長してしまいました。

ネットでよく見かけるものにつぎのようなものがあります。本物かどうかわかりませんが、現在の韓国を見ると本物かと思われます。

併合時の日本政府から朝鮮総督府への通達

一、朝鮮人は対等の関係を結ぶという概念がないので、常に我々が優越する立場であることを認識させるよう心がけること。

二、朝鮮人には絶対に謝罪してはいけない。勝利と誤認し居丈高になる気質があり、後日に至るまで金品を強請さるの他、惨禍を招く原因となる。
三、朝鮮人は恩義に感じるということがないため、恩は掛け捨てと思い情を移さぬこと。
四、朝鮮人は裕福温厚なる態度を示してはならない。与し易しと思い強盗詐欺を企てる習癖がある。
五、朝鮮人は所有の概念について著しく無知であり理解せず、金品等他者の私物を無断借用し返却せざること多し。殊に日本人を相手とせる窃盗を 英雄的行為と考える向きあり、重々注意せよ。
六、朝鮮人は虚言を弄する習癖があるので絶対に信用せぬこと。公に証言させる場合は必ず証拠を提示させること。
七、朝鮮人と商取引を行う際には正当なる取引はまず成立せぬことを覚悟すべし。
八、朝鮮人は盗癖があるので金品貴重品は決して管理させてはいけない。
九、朝鮮人には日常的に叱責し決して賞賛せぬこと。
十、朝鮮人を叱責する際は証拠を提示し、怒声大音声をもって喝破せよ。
十一、朝鮮人は正当なる措置であっても利害を損ねた場合、恨みに思い後日徒党を組み復讐争議する習癖があるので、最寄の官公署特に 警察司法との密接なる関係を示し威嚇すること。
十二、朝鮮人とは会見する場合相手方より大人数で臨む事。
十三、朝鮮人との争議に際しては弁護士等権威ある称号を詐称せる者を同道せる場合がある。権威称号を称する同道者については関係各所への身元照会を徹底すべし。
十四、朝鮮人は不当争議に屈せぬ場合、しばしば類縁にまで暴行を働くので関係する折には親類知人に至るまで注意を徹底させること。特に婦女子の身辺貞操には注意せよ。
十五、朝鮮人の差別、歴史認識等の暴言に決して怯まぬこと。証拠を挙げ大音声で論破し沈黙せしめよ。
十六、朝鮮人との係争中は戸締りを厳重にすべし。仲間を語らい暴行殺害企てている場合が大半であるので、呼出には決して応じてはならない。
 最後から二番目の「朝鮮人の差別、歴史認識等の暴言に決して怯まぬこと」というのはまさに現在の状況です。
韓国は事後法で親日派の財産を奪うという近代以前の国です。韓国がオリンピックを開催した1988年に起った「大沢プレス事件」では社長が日本大使館の公用車に乗っている所を襲撃されて一ヶ月以上も拉致監禁された。社長は結局、5000万円の補償金と大統領側近など政府筋に2000万円もの裏金を支払う事で開放されました。給料不払いだのと問題になった「スミダ電機事件」も同じ頃。今の中国も撤退しようとすると日本人は空港で逮捕されかねない。中国進出は株と同じで余裕資金で行う、あるいは全部捨ててもいい、くらいの覚悟がないとできませんね。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

支邦人と同じく韓国人は世界中で嫌われているのが現状です。

ロンドンオリンピックでも野蛮国筆頭の支邦と韓国はバドミントン競技でオリンピック精神に明確に違反する行為をとり勝利を剥奪されました。韓国は日本とのサッカー試合において政治をオリンピックに持ち込み世界中からひんしゅくを買いました。

終戦後戦勝国気分の韓国人は徒党を組み日本国内で略奪などの犯罪行為を白昼堂々と繰り返し都市部では無法地帯化し警察もお手上げ状態に陥りましたが、日本のヤクザが韓国人無法集団をやっつけ喝采を浴びました。

最近の韓国の行動を見ていると、韓国人の習性は今も昔も変わっていないようです。


日本は従来の弱腰外交を改め、上記“併合時の日本政府から朝鮮総督府への通達”に従い毅然たる態度を早急に取ることが肝心です。

一例を挙げると、通貨スワップ資金の韓国からの全面引き上げ、韓国などへの戦略物資・部品の輸出禁止、パチンコの禁止、戦力を肯定するための日本憲法改正、核兵器保有宣言などなど・・・・

韓国による竹島の実効支配を放置・容認してきた歴代自民党政権、韓国の無茶苦茶な違法行動に毅然たる態度が取れない歴代民主党政権を見ていると、政治の世界では昔の政治家・役人の方が100倍も1000倍も優れていた感を禁じえない!!!


【李明博韓国大統領による竹島上陸は次期大統領選挙のためではない!!!】

日本のマスコミでは、“李明博韓国大統領による竹島上陸は次期大統領選挙を意識したやむを得ない行為であり本心からではない”という説が尤もらしく説明されている。安全保障の専門家という触れ込みで野田改造内閣に入閣した森本防衛大臣まで率先してこの説を吹聴する始末であるのはいかがなものか????

森本防衛大臣は防衛省勤務があるがその後 悪名高い反日官庁=外務省=でも勤務しているので彼の言動は反日的要素があっても一向に不思議ではない。このような反日人間を防衛大臣に任命したのは野田ドジョウだ、ドジョウは消費税増税に政治生命を掛けると見栄を張ったが森本防衛大臣任命では反日政権の本性を露わにした。

ヤマちゃんおやじは、李明博韓国大統領による竹島上陸は本心からである可能性を否定できない。

韓国は北朝鮮と合併し悲願なる朝鮮民族統一国家を諦めたわけではない。むしろ北朝鮮が核兵器を保有した段階から朝鮮民族統一国家実現にいっそう本気で注力するようになったのではないだろうか。。。。

反日勢力は日韓が共同して北朝鮮の核兵器増産・実戦配置を阻止するという馬鹿げた妄想をしきりに宣伝しているが、これは欺瞞であり日本を欺くための真っ赤な嘘だと思う。

小国であっても核兵器さえあればいかなる大国をも恫喝できるからである。

あの傲慢国家支邦の最高の権力者であり国家元首の国家主席、軍事委員会委員長でもあるである胡錦濤が何故に、世界で最も貧しい国家とも言われた北朝鮮の金正日書記の訪中先までご機嫌伺いに出向くのか???・・・北朝鮮が核兵器を持っているからでしかない!!!

誰が大統領になろうが韓国の本音は、“いったん統一韓国国家・政府が実現すれば北朝鮮の持つ核兵器を保有できるので、非核三原則などという夢物語を馬鹿みたいに後生大事にしている上に、戦力放棄を明言した非現実憲法を大事に守る日本など馬鹿国家は物の数ではない”というのが本音ではないかと懸念する!!!

”平和馬鹿国家に落ちぶれた日本が韓国による竹島実効支配を阻止できる筈が無い”・・・これが韓国の偽らざる本音であろう。。。当然日本には日韓友好を謳う強力な売国奴議員達が沢山いるのも韓国側主張をいっそう強硬なものににさせている。。。


今の日本政府は外国民族の本質を知らずして、あたかも他民族が全て日本民族と同じ特性を有するという愚かな誤った基準で判断し意思決定するという、世界に類を見ない大うつけ政府でしかない。

多くのパチンコ愛好国民も、年間20〜30兆円のパチンコ業界売上の大半が北朝鮮に流れ日本に狙いを定めたミサイルや核兵器の原資となるのを知ってか知らずか、折角稼いだお金を連日パチンコにせっせと献金をしている::::まるで自殺行為だ!!!

犬猫にも劣る国家をまともな国家だと誤認して外交政策を進める野田ドジョウ政権の政治は愚の骨頂だ。一刻も早く退陣させなければならない!!!

日本国民も反日政党、反日マスコミ、反日文化人、反日官庁、反日企業などの悪行を正視し、それらの悪影響を即刻排除しなければならない。。。。

橋下大阪市長は韓国が固執する従軍慰安婦問題に関し、“連行、脅迫の事実はない”と正論を発言した。これは公人として初めて聞くまともな意見である。

この勇気ある橋下発言が、呪われた敗戦体勢・極悪非道な反日勢力による日本支配体制からの脱皮に繋がることを切に期待したい!!!
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2012年08月15日

日本は大東亜戦争でアジア諸国を欧米諸国の植民地から開放した功労者!!!

平成24年8月15日は第67回の終戦記念日にあたり、政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で開かれ、天皇、皇后両陛下と野田佳彦首相、遺族ら計5850人が参列して、戦争の犠牲となった約310万人(軍人・軍属約230万人、民間人約80万人)の冥福を祈った。

全国戦没者追悼式典は正午前に開始されて、野田首相は「アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与え、深く反省する。不戦の誓いを堅持し、国際平和の実現を不断に追求する」と述べた。また、「戦没者のためにも、東日本大震災からの復興を通じた日本再生を果たす」という式辞を述べた。

昨年の式典でも総理は、“アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与え、深く反省する”との文言を述べた。


少なくとも1993年8月15日までは、“アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与え、深く反省する”との自虐的文言は無かったが、何故変ったのか?


1982年になってそれまで黙っていた支邦が日本の教科書の内容に対し根拠のないイチャモンつけて火をつけ朝日新聞がこれに油を注ぎ問題を拡大したので当時の宮沢内閣は支邦からの無理難題に無条件に従うという軟弱姿勢を見せ『近隣諸国条項』を定めて以来、支邦と韓国が『日本は大東亜戦争においてアジア諸国に対して多大な損害と苦痛を与えた加害責任がある』と強弁を繰り返し始め、以来歴代政府はなんら反駁することなく彼の国のいわれなき主張に押されて、ついに1993年8月15日当時の細川護熙首相は前代未聞の「日本のアジアに対する加害責任」を表明するに至った。

1993年(平成5年)8月15日に、当時の細川護熙首相は日本武道館の「戦没者追悼式典」で首相として初めて「日本のアジアに対する加害責任」を表明する文言を挿入した式辞を述べた。

第50回終戦記念日の1995年(平成7年)8月15日、村山談話は当時の村山富市内閣総理大臣が、閣議決定に基づいて発表した声明である。以後の内閣にも引き継がれ、日本国政府の公式の歴史的見解としてしばしば取り上げられている。

その村山談話において、“日本が「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与え」たことを「疑うべくもないこの歴史の事実」”と表明した。

以来歴代首相は村山談話を政府公式見解として継承し「大東亜戦争における日本のアジアに対する加害責任」を明言するようになった。

「第2次世界大戦における日本のアジアに対する加害責任」は本当だろうか?
大方の日本人は、政府が閣議決定したのだから間違いない と思うかもしれない。

しかし戦勝国オランダにおいて、第2次世界大戦における日本のアジアに対する加害責任を否定する“平成三年、日本の傷痍軍人会との親善パーティーでのアムステルダム市長エドゥアルト・ヴァン・ティン(Eduard van Thijn)氏のことば= アムステルダムの光芒【照らされた日本の誇り】=”があった ことは日本では殆ど知られていないので本日第67回終戦記念日に当たり意を込めて以下にご紹介する。



「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成24(2012)年3月28日(水曜日)通巻第3603号(読者の声2)から引用する。

日本人は最近やっと自虐史観から目覚めつつあるようですが、世界史的な視点で見ると欧州人の方が日本を正当に評価していて驚くこともあります。

有名なところでは英国のアーノルド・トインビーの言葉。
「第2次世界大戦によって、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために偉大なる歴史を残したと言わざるを得ない。その国々とは日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれた国々である。日本人が歴史上に残した業績の意義は西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去200年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかにした点である。」

 昭和天皇の時代、欧州で反日的なアピールの多い国といえば英国とならんでオランダがありました。ABCD包囲網の中で真っ先に脱落しながら、戦後はイギリスの助力でインドネシアを取りもどそうとして返り討ち。終戦後、報復裁判での日本軍将校の処刑も多かった。とくに加賀藩主前田家の末裔、前田利貴陸軍大尉の処刑などあからさまな報復裁判でした。
http://yamano4455.jugem.jp/?eid=9(読み飛ばしても支障は無い)

そんなオランダですが、平成三年、日本の傷痍軍人会との親善パーティーでのアムステルダム市長エドゥアルト・ヴァン・ティン(Eduard van Thijn)氏のことばがあります。以下、動画サイトより。

アムステルダムの光芒【照らされた日本の誇り】
http://www.youtube.com/watch?v=Dx-BBg0AgP4&feature=related
「あなた方日本は、先の大戦で私どもオランダに勝ったのに大敗しました。今、日本は世界一、二位を争う経済大国となりました。私たちオランダは、その間屈辱の連続でした。すなわち、勝った筈なのに貧乏国になりました。戦前はアジアに本国の36倍もの面積の植民地インドネシアがあり、石油等の資源産物で、本国は栄耀栄華を極めていました。今のオランダは、日本の九州と同じ広さの本国だけになりました。あなた方日本は、アジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない、諸民族に大変迷惑をかけたと自分を蔑み、ペコペコ謝罪していますが、これは間違いです。あなた方こそ、自ら血を流して東亜民族を解放し、救い出す、人類最高の良いことをしたのです。あなたの国の人々は過去の歴史の真実を目隠しされて、今次大戦目先のことのみ取り上げ、あるいは洗脳されて、悪いことをしたと、自分で悪者になっているが、ここで歴史を振り返って、真相を見つめる必要があるでしょう。本当は私たち白人が悪いのです。100年も200年も前から、争って武力で東亜民族を征服し、自分の領土として勢力下にしました。植民地や属領にされて、永い間奴隷的に酷使されていた東亜民族を解放し、共に繁栄しようと、遠大にして崇高な理想を掲げて、大東亜共栄圏という旗印で立ち上がったのが、貴国日本だったはずでしょう。本当に悪いのは、侵略して、権力を振るっていた西洋人のほうです。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現しました。すなわち日本軍は戦勝国のすべてを、東亜から追放して終わりました。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成しました。日本の功績は偉大です。血を流して戦ったあなた方こそ、最高の功労者です。自分を蔑むのを止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきです」親善パーティの参加者全員が感動したのは、言うまでもない。ヴァン・ティン氏はやがて、国民から推されてオランダ王国の内務大臣に選ばれた。

アジア諸国だけでなく、戦勝国の多くの人達も、大東亜戦争における日本の正当性を認めています。現在、日本に謝罪と賠償を求めている国は、日本と戦っていない共産党中国と南北朝鮮だけです。世界から見ても、日本の「私たち日本が悪」という自虐史観は異常なのです。

すべての日本人が真の誇りを取り戻して、祖国を素直に愛せるようになることを願っています。オランダをイギリスに置き換えても同じです。
〜〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜〜

2010年8月16日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/159620474.html
後半に「第2次世界大戦における日本のアジアに対する加害責任」は歴史的に誤りであるの事を理由を挙げて示した。

2010年1月12日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/138064308.html 
に日本は侵略国家ではなかったことを証明した。

1990年頃から第2次世界大戦開始にかかわる秘密文書や書籍が公開され始めた。
ロバート・B・スティネット著『真珠湾の真実』や『ベロナ文書』などである。
これらの文献を見れば“日本は侵略国家ではなかった”のが一目瞭然となります!!!

売国奴マスコミNHKは、性懲りも無く支邦共産党直伝とも言える“日本は侵略国家だった”を印象つける番組をぬけぬけと放映しています。反日勢力も同様です。

先ず国民に一人一人が『日本は侵略国家ではなく、欧米の植民地であったアジア諸国を解放した最高の功労者であった』事を理解し確信することによって、誤った政府見解を糺し、誤った自虐史観を改めさせる行動が必要です。
posted by ヤマおやじ at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月14日

いじめ問題隠蔽に隠された本質とは???

【いじめ問題隠蔽】その後

NHKや民放はロンドンオリンピック報道に狂奔しているが、これら反日マスコミが報道しない重要なニュースは多々ある。

日本テレビ系(NNN) 8月10日(金)12時9分配信によると、

『加害生徒の1人、担任にも暴行 大津いじめ』
滋賀・大津市で去年、男子中学生がいじめを苦に自殺したとされる問題で、このいじめの加害者とされる同級生が、今年5月に担任の教諭に暴力を振るい、重傷を負わせていたことがわかった。学校側は警察に報告していなかった。

 大津市教育委員会によると、今年5月、修学旅行の説明会を途中で抜け出そうとした男子生徒を担任の女性教諭が注意したところ、生徒が暴れ、指を骨折する全治1か月の重傷を負ったという。

 この生徒は、去年に自殺した男子生徒の遺族が、いじめを受けたとして刑事告訴した同級生3人のうちの1人だった。しかし、学校側は、この暴行について、校長や教諭で対応を協議した後、約3週間後に市教委へ報告しただけで、警察への通報もしておらず、被害届も出していなかった。これについて、市教委は「暴行は故意ではなく、本人も反省していたため、生徒指導の範囲で対応した」としている。
〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜


男子生徒が担任の女性教諭に暴力を奮い指を骨折する全治1か月の重傷を負わせたこの事件は、完全なる暴行・暴力事件である。


【いじめ問題隠蔽に隠された本質を追う】

しかしこの暴行事件を学校側は市教委へ報告しただけで、警察への通報はしなかった・・・・・これは極めて身勝手で理不尽な行為である。

この中学校(マスコミは報道しないが大津市立皇子山中学校、校区内に部落開放同盟支部がある)と大津市教育委員会による暴力事件もみ消し行動が、凶悪な暴力を振るう生徒をのさばらせる大きな要因となっている。

また大津市を故郷とする人がこの中学校近辺で色々なうわさを聞いて回ったブログで、“今3人の悪がきが加害者として有名であるが、じつはこの3人は最も悪い生徒の使い走りであり、真の主犯はこうちゃんだよ”と発表している。

この中学の生徒の素行が目に余り、ついに学校に電話したことがあるというこの学校の近くに住む人によれば、

“私が見た事実(万引き、無免許バイク、老人に対する暴力、喫煙など)を中学校教師に散々説明したが、この学校の教師は一切聞き入れようとしなかった”・・・・という情報もある。

この中学校の無法状態は半端ではなく、極悪に近いものだと想像される。

問題をここまで放置したのは、表面上では学校と教育委員会のように見えるが、それは皮相的な見方だと思われる。

この中学と大津市教育委員会は、事件を隠蔽し何も無かったようにして波風を立てないようにして自らの地位/自らが属する団体の安泰を図ったものと思える。

先日某民放が昼の報道番組で、「いじめ隠しの原因が教師を評価する制度にある」という誤った偏向情報を視聴者に押し付けるべく、ゲストのヤンキー先生こと義行弘介参議院議員に同意を求めたが、義行弘介参議院議員はこの問題の本質は“教師を労働者とみなす現行教育制度にある”と喝破したので、反日キャスターは慌てて話題を切り替えた一幕があった。。。。。

自殺した大津市中学生に暴行を加え続ける生徒達を放任した担任教師(専門は体育、彼が学んだ某大学ではアメフトに専念したといわれている)が韓国語を教えていたといわれているが、何故中学校でマイナー言語である韓国語を教えなければならないのか大いに疑問がある。

この担任は、2年前までは滋賀大学教育学部附属中学に勤務しており、附属中学2年生の韓国修学旅行のために行われた総合学習(ハングル講座、韓国の中学生との交流)の担当講師を務めた。


大津市警察は自殺した大津市中学生の父親から出された3回の被害届け受理を拒否したが、全国的な疑惑発展を機に滋賀県警がようやく捜査を開始した。

自殺した大津市中学生に暴行・脅迫を加え続けていた主犯格とされる中学生の母親は、部落開放同盟と関連深い市民団体の代表者だといわれている。

越直美大津市長は自殺発生後半年間もこの事件を無視していたが、大津市中学生いじめ自殺事件に対する大津市長への全国的からの批判意見殺到を機にようやく第三者機関による調査開始を決定した。

10階以上の高層階から飛び降り自殺した遺体の頭部、顔ほかは必ず原形を留めないほど激しく損傷するといわれている。しかし14階のマンションから飛び降り自殺したといわれる中学生の遺体の損傷は軽微であり、とても14階から飛び降りた遺体だとはいえなかった との情報もある。

加害者とされる少年3人が事件当日事故現場をうろついていたことも判明しており、他殺された被害者がアパートの低層階に運ばれて投下され自殺偽装された可能性も否定できない・・・・だとすれば立派な殺人事件だ!!!


嘉田由紀子滋賀県知事は7月17日の会見で、大津市で中学2年の男子生徒が自殺した問題をめぐって県警が学校などに捜査に入ったことを受け、「学校の問題は学校で解決する自治がある中で、警察が入ったことは残念だ」と発言した。

この嘉田由紀子滋賀県知事発言は、今大津市の中学校で頻発する暴力・恐喝事件を学校と教育委員会が放置し死者・重傷者などが続出しているが故に、警察が学校に介入せざるを得ない状況に陥っている現状を完全に無視したもので県知事にあるまじき暴言だ。

換言すれば嘉田由紀子滋賀県知事は、『学校でのいじめによる自殺者発生は容認するが学校や市教育委員会の不始末は隠蔽し不問にする』と発言しているのと同じである。

嘉田由紀子滋賀県知事がこのような暴言を吐いてまで守りたいものは、嘉田由紀子滋賀県知事にとってかけがいのない物=嘉田由紀子滋賀県知事支持母体=であったのかもしれない。または嘉田由紀子滋賀県知事が従う上部団体からの指示があったので、このような発言したのかもしれない。

“学校に自治がある”というせりふは、かって日本社会党左派や日本共産党が日本全国の大学を左翼思想の拠点にするために好んで使ったフレーズである。ヤマちゃんおやじは学生時代に“大学の自治”というわけの判らない言葉を数千回も聴いたので、嘉田由紀子滋賀県知事の発言が左翼のものだと直感した。

この暴言で進歩派知識人を装った嘉田由紀子滋賀県知事の本性が左翼=共産主義による暴力革命信奉者=であることが露見・再確認された!!!

平成18年の滋賀知事選で嘉田由紀子は新幹線駅不要、ダム不要を謳い初出馬で当選を果たしたが、社会民主党の支持を受けた。社会民主党は暴力革命による共産党単独独裁政権樹立を狙うチャキチャキの左翼政党であるのはいうまでもない。

この選挙で嘉田由紀子滋賀県知事は、北朝鮮との関係がある『市民の会』からも組織を挙げて支援を受けていたことが『市民の会』会員のブログから発覚した。

ちなみに危険団体である『市民の会』から支援を受けた篠田昭 新潟市長は、大方の新潟市民の反対を無視して中国領事館として必要とされる土地の数百倍に及ぶ広大な土地を中国領事館に売り渡した売国奴反日市長である。

滋賀県一区選出の川端達夫衆議院議員(民主党)は、朝鮮学校での授業料無料化をごり押しした立役者である。朝鮮学校では北朝鮮が進めるチェチェ思想を含めた反日教育を正規授業として行っているにも拘らず日本の国費を出費してまでその授業料を立て替えてやるというのは、まともな日本人では発想できないことである。

川端達夫の先祖は、近江八幡市で代々薬屋を経営してきたレッキとした日本人といわれるが、あくまで戸籍上のものであって父親が日本人でも何らかの事情で母親が朝鮮人であったものの戸籍上 正規の夫婦の子供として取り扱われるケースもあるので家系図の過信は禁物である。やはりその人の言動で、反日か否かを判定するのが正解とおもわれる。。。。

真偽の程は別にして、あの鳩○元首相はれっきとした日本人である実父が結婚前に韓国人に生ませた子という情報がある。彼は通念的には正妻(ブリジストン創業者の娘)の息子と見られていたが、“日本は日本人だけのものではない”という日本人ならばとうてい発想できない発言を鳩○元首相がしていることからして、この情報は正しいのかもしれない。ちなみに彼の妻Yは在日韓国人である。妻Yの和服を着た時の裾をかき乱し爪先を上に向けて歩く様を見て、“この婦人は日本人ではない”と既に多くの人達から暴露されてはいたが・・・・

鳩○元首相は“最低限でも県外移設”と発言し 丸く納まっていた普天間基地移転計画をぶち壊し泥沼に陥れてさっさと辞職した。。。

しかし彼が日本人ではなく、中国の支配下に落ちぶれた韓国人の立場で行動すると仮定すれば一見唐突とも見えた“最低限でも県外移設”発言が沖縄から米軍基地を追い出し沖縄を丸腰にして中国がこれを占領するための戦略・戦術だと考えることが出来、彼は本気でこの発言を行ったこととなり、この一見宇宙人的発言ともいえる発言の意図が全く矛盾なく説明できる・・・・

現に先祖は中国人だと豪語する仲井眞弘多沖縄県知事はこの“最低限でも県外移設”発言に呼応して、これ幸いとばかり沖縄からの米軍基地追い出し作戦に堂々と拍車をかけ始めた。

在日外国人に参政権を付与する法案を民主党、公明党などが目玉政策として推し進めてきた。おかしなことに日本の主権を放棄し憲法違反にもなるこの法案に賛成するのは反日である民主党、公明党などは当然としても、保守党と呼ばれる自民党政治家の中の数人が賛成するのは、極めて不可思議な現象であった。

山口県選出の河村健夫衆議院議員はこの不埒な非常識法案に賛成する自民党代議士の一人であり、賛成する理由を“自分の親しい友人が在日であるから”としていた。しかしこの理由は私事と国政を混同するものであり、本来の保守政治家のなすべき発言ではないと強く思ってきた。最近真偽の程は別にして、自民党政権の官房長官をも務めたこの議員は帰化人だという情報を得て、ようやく疑念が晴れた。

帰化人自体特に問題は無いが、その人の言動が反日であればこれを看過することはできない!!!

これらを総合すると越直美大津市長、大津市、嘉田由紀子滋賀県知事、川端達夫衆議院議員をも含めた滋賀県全体の反日勢力が一体となって不正を容認する体質を持っているかのような印象を受ける。

嘉田由紀子滋賀県知事がはからずも露呈した左翼反日体質が、マイナー言語である朝鮮語を中学で教えるというゆがんだ教育をもたらすうえで有効に働いたのではないかと推測する。反日教育に邁進する朝鮮学校の授業料までも日本の税金で賄うことを主導した川端達夫議員の意向も大いに組み込まれた結果の朝鮮語教育となったものと推測する。

このいじめ問題をいじめの隠蔽問題の解明・再発防止に止めるだけでは、木を見て森を見ずである。

先述のヤンキー先生こと義行弘介参議院議員は自らの体験を基に、“今の学校では教師は生徒を指導することが出来ず、できるのは生徒を支援することしかできない”という。

ヤマちゃんおやじが子供の頃は悪いことをすると必ず教師から大目玉を食らい、罰を与えられ、厳しい時にはビンタ三発などの体罰をも受けて子供なりにも反省したものである。

今の教育現場では、どんなに悪質な行為があっても先生はそれを注意できない!!!

子供は残酷である。まして日教組は日本人が弱体化するのを活動目標にしているので、日本人が悪質ないじめにあっても教師は制止せず放任するだけである。こうして学校現場の無法地帯化がどんどん進んできたが、教育委員会、学校はこれに対しなす術を持たなかったばかりでなく、いじめを隠蔽するなかで日教組による無責任教育を容認してきたのだ。

終戦後GHQは日本人弱体化計画の一環として教育の劣化を念頭に置き、終戦まで極めて有効に機能した旧制高等学校(五年)を廃止して新たに六(小学)・三(中学)・三(高校)・四(大学)制を導入し、それまで聖職であった教師を一介の労働者に貶めるために教職員組合(日教組)を組織させた。

これで水を得た日教組は、日教組の組織目標を“教育を通じての日本での赤色革命”とし、三木政権で登用された永井文部大臣(反日朝日新聞論説委員、反日東京工大教授を経て)の下で開始された日教組と文部省との長く甘い蜜月関係の間着実に勢力を伸ばし、日本人劣化教育拡充と教職員の労働条件向上などの組合活動に邁進して、日本の教育現場を歪め続け日教組が事実上牛耳るほどの力をつけてきた。

野田民主党政権の幹事長様に納まっている醜悪な顔で有名な輿石東参議院議員が平成18年山梨県日教組から出馬した参議院議員選挙戦では、異常に多数の教職員が授業時間中に狩りだされ、一億円もの選挙資金が教職員から強制的に寄付されるという異例な選挙違反が大規模かつ組織的に行われ見事(?)当選した。

山梨県日教組によるこの大規模な選挙違反は、産経新聞以外のマスコミは全く報道しなかったのは、これらマスコミが全く反日左翼側であることを重ねて証明した。

このときの大違反を強行した選挙対策実務責任者を命じられた某教頭は、日教組からの命令に従わなければ遠隔地に飛ばされるか、閑職に回されるのが確実なので選挙違反と知りつつ指令に従い大規模な選挙違反を行わざるを得なかったと当時を述懐した。

またある日教組では、新しく着任する校長を相手に 着任交渉 を行うと義行議員は指摘する。
入学式など全校生徒を集める行事では、多数の椅子を配置せねばならず校長ひとりではできないので校長はここでも教師の協力を必要とする。

新任校長に対し日教組は校長の弱みにつけこんで多くの要求を提示し、この要求を呑まないと協力しないと脅し例えば、教師による自主的・創造的教育を実施を認めさせる。

教師による自主的・創造的教育とは、学習指導要領から逸脱して教師が独自に作成した指導内容を生徒に教育できることを指す。竹島は韓国の領土である と教える教師も全国的に多数居るのも事実である。

北海道日教組管内では、授業中に“君が代国旗反対闘争”の打ち合わせをするなどの違法行為も合法とみなされ、違法である授業時間中での組合活動がやり放題 だったことが判明している。

嘉田由紀子滋賀県知事が暴言と知りつつも守りたかったのは、教育現場を思い通り牛耳り教育を低質化させることで日本を弱体化させ最終的には共産党独裁政権を樹立するという日教組の一般に知られていない卑劣な実情と、この卑劣な日教組から強力な応援を得ている民主党の現実ではなかったのか。。。。。。。


極めて悪質陰湿ないじめが常態化した教育現場の実態の大部分が隠蔽されていると思う。

教育現場を学校、教育委員会、日教組など一部の者達の聖域とさせず、一般人も教育現場を自由に参観できる制度が欲しい!!!

反日も今ではおびただしい数に達し、今や理不尽な行動を堂々と推し進める構図を見せてきた。

日本人の持つ“和を以って尊し”という習慣はあくまで日本人だけに対して通用するものであり、恥も外聞も無い、傲慢で倫理観に欠ける反日非日本人には通用しない!!!

相変わらず振込め詐欺が盛んである。
相変わらず振込め詐欺に引っかかる(情報を疑うことができない)平和馬鹿国民が多いということだ。

NHK、民放、朝日、毎日、読売、日経などの反日マスコミの正体を知らず、これら売国奴マスコミが報じる民主党の虚像を信じて民主党に投票した多くの有権者も、振込め詐欺にあったようなものである。

しかしその被害は振込め詐欺どころではない!!!

振込め詐欺にあったら失うのはお金だけだが、多くの有権者がうかつにも選んだ民主党反日政権による被害は甚大であり、このまま推移すれば5年〜8年以内に日本と言う国は解体され滅び支邦の自治州に編入されて、支邦共産党・支邦人からの過酷な搾取を受け国民は塗炭の苦しみを味わうことになる可能性を否定できない。

今こそ彼ら反日勢力の業罪を指弾し即刻排除しなければ、李鵬が言ったように早晩日本と言う国は滅びてしまうであろう。

いったん国が滅びれば 国民の生活 なんか吹っ飛ぶのだ!!!!

真偽の程は別にして、国民の生活が第一 を謳う○沢という御仁の実父が済州島出身、実母は在日朝鮮人、○直人の実母が済州島出身など民主党には56人の帰化人議員が居るという情報がある。

○沢氏は若くして自民党幹事長を務め自民党長老からも『いっちゃん』『いっちゃん』とかわいがられていたが自民党を何故離れたのかその動機が今ひとつ不鮮明であったが、やはり血やDNAが反日に走った原動力であったのか!!!!

あの厳しくなった個人情報管理は、反日政治家の隠された出自を隠すためであったといわれるが当を得た解説に思える。
posted by ヤマおやじ at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月06日

真夏の三段峡を歩く

メタボ対策とボケ対策を主目的として概ね毎週1回をめどに、どこかの山に登るか、源流探索か、林道歩きなどを行い長時間歩くのがここ10年間の習慣となっている。

一年で最も暑い真夏の最中の8月5日(日)は,炎天下の山歩きを避ける意味で川沿いに長い遊歩道がある広島県三段峡を歩き、余裕があれば恐羅漢山に登ることにした。

初めて三段峡を訪れたのは相当昔であり、昭和63年の集中豪雨で一段目の滝が崩落し一段滝となった二段滝が未だ正真正銘の二段滝であったことと渡し船に乗った以外あまり記憶は残っていない。

5年前秋の一回目には三段峡入口から二段滝へ行き更に上流の横川口まで歩き、二回目ではモミジ巡りの一環として横川口から入り三段滝を往復した。

このほか、軽い気持ちで国道191号から水梨口まで恐ろしく狭い道を車で下りたが,全ての駐車場が有料であったので興ざめしてそのまま帰ったこともあった。


8月5日朝4時30分頃出発し、広島県芸北への定番コースを辿り8時ごろ三段峡入口に到着した。一般駐車場に駐車し必要最小限の携行品を小型ザックに詰め8時5分頃歩き始めた。

バス停の三段峡観光図を見ているうちに、三段峡入口から12km奥に入った樽床ダム迄足を延ばしたくなり当初予定した恐羅漢山に登山をやめることにした。8時20分頃入口の長淵橋を渡り三段峡に踏み込んだ。

直射日光があたることがない遊歩道は、長淵、姉妹滝、龍ノ口、赤滝、女夫淵、石樋、ぐるの瀬、天狗岩、黒淵と名所が次々に現れ飽きることが無い。

DSCF6495.JPG  <女夫淵>

8時40分頃赤滝着。赤滝は左岸から遊歩道真近に流れ落ちる滝であり、この周辺を天然クーラーのごとく涼しくしてくれるので火照った体に心地よい。

この赤滝の如く左岸から遊歩道真近に流れ落ちる滝は、猿飛まで8ケ所もあり涼を与えてくれたのは予想だにしなかったうれしい誤算であった。

中には左岸の上方25mもの高所から落下する滝もあり涼しさを与えてくれるだけでなく清清しい気分にさせてくれた。

DSCF6475.JPG < 左岸の上方25mもの高所から落下する滝 >

両岸を1000m級の山に囲まれた谷底を流れる柴木川の川幅は目視で30〜50mもあり、水量も豊かで早瀬では岩を噛み轟音を響かせ、淵では碧色に染まり静寂さを湛える。

川に横たわる或る巨岩は、転石ではなく川底の岩石が水流によって浸食された結果であるとの説明もあった。

遊歩道は概ね幅80cm程度のコンクリート舗装だが、断崖絶壁でも高さ30cm程度のコンクリートフェンスが歩道端にあるだけで心もとない。しばらくして、小型バイクのエンジン音がするので振り返ると、若い男がバイクを止め気にせず先へ進めという。

こんな危険で狭い遊歩道で小型とは言えバイクに乗っていくとは不謹慎だとは思いながら、しばらく歩き幅が広くなった場所でバイクに乗った男性を先に行かせた。

その男性は恐縮した様子で “すみません、有難うございました” といい残し先へバイクを走らせた。

9時頃 黒淵渡し場に到着。船も切符売りも居ない。案内書に従い紐を引っ張ると上流から渡し船が現れた・・・・なんとあのバイクの男が船頭ではないか!!!!

往復運賃5百円を支払い船外機付の船に乗るが、船頭は船外機を使わず竿を水底に当てた反動だけで漕いでいく。5年前に比べて淵が浅くなった気がしたので船頭に言うと、上流のダム(樽床ダム)の影響でこの黒淵は年々浅くなりここ5年間で1m程度浅くなった と答えた。

船頭は ダム建設によって柴木川の水は汚くなったが、上流にダムが無い横川川、田代川の水は澄み切っておりきれいなままだという。

上流にダムがある柴木川が流れる三段滝の流れは汚いが、上流にダムが無い横川川、田代川の水が流れる二段滝の流れは澄み切っていることは最初の三段峡訪問でヤマちゃんおやじは気がついていた。

冷たい麦茶を無料サービスするという黒淵の茶屋では、開店準備であわただしくとても麦茶が出る雰囲気ではなかったので釣橋を渡り遊歩道を進んだ。

蛇杉橋、南峰橋、大淵を経て柴木川と横川川が合流する出合橋(水梨口の近く)を過ぎ、10時40分頃 猿飛の渡し場 に到着した。川を吹き抜ける風も心地よい。

ここでは年配の男性が煙草を吸いながら客を待っていた。年配の男性に色々聞くと、夏に三段峡に来る客は少ないという。最近の客は歩くのが苦手なのか、殆どの客が水梨口まで車で来て(水の汚い)三段滝に直行し 水が飛び切りきれいな猿飛や二段滝には来ないで帰るのはもったいないという。

またここから樽床ダムまでの所要時間を聞くと1時間30分程度で行けるというので安心した。

やがてお客が7、8人貯まった頃合に件の男性の奥方らしき船頭が上流から船を操り下ってきた。

猿飛は幅約3m,両岸の高さ約20mの幅の狭い峡谷が約30m続いており水深は約7mで、猿飛入口は二段滝出口と同一水平面にある。狭い両岸を猿が飛び渡ったので猿飛という いわれがある。

渡し舟にはエンジンは無く、狭い峡谷に張り渡してあるロープを船頭が手で引き船を推進させたり方向転換させる究極のエコ船だ!!!

DSCF6478.JPG < 猿飛 >


乗船して3分後の10時43分頃二段滝に到着。轟音を立てて水しぶきを上げて豪快に落下する滝と緑に囲まれた周囲の山々に下船したお客達は一斉に感嘆の声をあげた。

木陰の大岩に座り滝から吹き付ける涼風に吹かれて豪快に流れ下る滝を愛で澄み切った流れに接しやすらぎの緑に囲まれていると、暑さも日常の喧騒も忘れさせて至福の時がしばし流れた。

大岩でヤマちゃんおやじの隣に座ったかなり年配の男性は、“先に猿飛と二段滝に行ってから三段滝に行け”といわれその通りにしたがこのすばらしい二段滝に来て本当に良かった“と興奮気味に語った。彼の隣に座った奥様も感激した雰囲気に見えた。

せっかくなので、ヤマちゃんおやじは、何故二段滝の水が澄み切って清らかなのかを柴木川と対比しながら話した。

DSCF6482(1).JPG < 二段滝 >

早速とっておきの冷えた(ノンアルコール)ビールを取り出し一気に空けた。次いで素晴らしい景色の中で昼食をとった。この感激は大山滝探訪以来のものだ。凡そ30分間えもいわれぬ二段滝の雰囲気に浸り切った後11時15分頃三段滝に向かった。

件の夫婦連れが後を追ってきたようなので少し緩めのペースで歩を進め11時45分ごろ三段滝展望所に到着、件の奥さんから有難うございましたとお礼があった。

幅50m奥行き30m位見えた大きな滝壺の水はやや黒ずんでいるもののやはり30mの高みから4段わたりに豪快に水を落とす様はスケールが大きく、周囲の背景と調和している様はさすが三段峡の顔であり主役であろう。

DSCF6485(1).JPG < 三段滝 >

柴木川上流にある樽床ダムは昭和32年に中国電力によって建設された発電能力24000kw+6600 kwの発電用ダムである。ダム建設によって樽床集落は水没し消滅したが、澄み切った柴木川清流も一緒に消滅したことになる・・・・・嗚呼

夫婦連れに別れを告げいよいよ出合滝や三ツ滝がある三段峡最上流へ歩を進め、12時20分ごろ “名勝三段峡 昭和7年3月建設 文部省” と記した御影石製石柱の横を通過し餅ノ木に着いた。ここから遊歩道は大規模林道大朝鹿野線に合流した。

大規模林道大朝鹿野線は恐羅漢山登山の際常用するので過去20回以上通過しており、途中『出合滝』と書いた看板があるのを知っていたので、樽床ダムへの遊歩道は大規模林道大朝鹿野線と合体したものだと半ば自動的に思い込んでしまった。

『出合滝』と書いた看板の所に着き道を進むと道は消滅した。ただ道の下方に出合滝らしきものが見えたが遊歩道らしきものは一向に見えなかったので、更に進むこととした。

今朝三段峡入口に着いた時点で樽床ダムまで登り詰めるのを決定したので、残念なことに詳細な地形図を見ないままに突き進んだのが仇となった。

しかしいくら進んでも樽床ダムへの遊歩道が見つからないまま終に国道191号まで出てしまった。これから益田方向へ進むと樽床ダムへの道路があることは知っていたので、時間ロスは承知の上だがどうにかタイムリミットの14時30分頃までには樽床ダムへ到着するだろうと確信し道戦峠を越えて国道191号を進み案内板に従い左折し3km先の樽床ダムへ向かい14時20分頃樽床ダムに到着・・・・ヤレヤレ!!!

結局餅ノ木から樽床ダムまで2時間を要したことになり大回りしたことで1時間(3km)程度ロスした。

14時30分頃樽床ダムを出発し急坂を下る手前にまたも“名勝三段峡 昭和7年3月建設 文部省” と記した御影石製石柱に見送られて、三ツ滝へ向かった。

DSCF6491.JPG < 三ツ滝 >

14時42分頃目視で幅30m縦50m位の大きな滝壺を持つ三ツ滝を左手に見送り、15時頃出合滝を左下方に見送り15時20分頃立派な遊歩道大看板がある餅ノ木に着いた。

DSCF6493.JPG < 出合滝 >

この立派な大看板は建物に遮られて大規模林道からは全く見えない!!!!
餅ノ木から三段滝へ向かい小雨がパラツク中15時50分頃三段滝着。

遊歩道には100m毎に行先と残り距離が記入された金属板が埋め込まれており迷うことは無いが、三段峡正面入口まで残り7.4kmの歩きがあるので多少うんざりした。。。

ルートミスはあったが、今回下記BCを通過したので、三段峡に至る入口
@三段峡正面入口 A横川口 B餅ノ木口 C樽床口 D水梨口
を全てを通過したことにになった。。。。

100mを歩く歩数を数えながら単調な歩きにアクセントをつけた。
16時55分頃黒淵に到着し、渡し船に乗るべく橋を渡ろうとしたが、渡し船終業のため既に橋は封鎖されていた。

“帰りの運賃をとった上で、日の長い夏での16時55分で終業は無いだろう”と大いに腹が立ったがどうしようもなく、雨で濡れた急な遊歩道を歩いて下る途中登山靴が滑りもう少しで顔面を岩にぶっつけそうになった。

更に急な遊歩道を再び登った所で小さな男の子を抱いた母親が“三段滝までどのくらい距離ですか?”と聞いたので“少なくとも4〜5キロメートルはあります。途中で雨で濡れて滑る危ない場所もありますので今日はこのまま帰り別の日に早く出て三段滝へ出直すべきでしょう”と返事した。

ここから残りは約3kmだ。。。往路盛んに川を吹き抜けていた風は復路では殆ど吹かないので暑さが堪えた。

やはり渡しの船頭さんが言ったように、往路に吹いた風は台風由来の風であった。。。

途中で若いカップルと年配のカップルを追い抜きほぼ予定通りようやく17時50分頃 終点の長淵橋を渡り終えた。雨と汗でシャツと下着はビショ濡れになった。早速食堂に入り宇治金時を頼んだ。

このとき“黒淵渡し船の終業時間は早すぎるうえに往復料金はちゃっかり取っている”と文句を言うと、食堂の主人(向かいの温泉旅館の主人と兼任らしい)、差額の200円を返してくれた。

今回の三段峡歩きは、二段滝までは 最高 であったが、それ以降は遊歩道間違いも発生し川を吹き抜ける風も止んだので 中の下 であった。

21時10分頃無事に自宅着。

帰って色々調べた結果、累計登り標高差は480m、歩行距離は約30km、歩行時間は休憩食事を含み9時間20分であった。諸々に感謝、感謝、感謝。。。。。。。
posted by ヤマおやじ at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月03日

ロンドン五輪金メダル、松本薫選手柔道女子57kg級、内村航平選手体操個人総合

7月18日に12、3年越しの宿願である信濃川水源および利根川水源探訪を無事終えたので一種の虚脱状態となり7月下旬は休養し体力の回復にあてた。


【その後の山歩き】

7月25日には防府市の阿弥陀寺から大平山に登った。さすがの炎天下では山頂直下の大平山公園で遊ぶ人影は皆無であった。山頂にある藤棚の下の木陰で昼食を採り、心地よい風が吹き抜けるベンチに横たわり30分程度午睡をした。

DSCF6464.JPG  <大平山山頂近くの堤>


その後以前から関心があった周南市苔谷方面へ神宮林道を約2km程度歩いて下り『神宮あさひの里』(標高370m)まで往復した。

『神宮あさひの里』は初耳であったが、行ってみると周南市方面への眺めが中々良い広場であった。

7月31日には9時から12時まで公園ボランティア活動を行い、公園内森林を抜ける遊歩道を作った。熱中症にならないように無理な作業は一切をしなかったが、シャツ、パンツは汗でびしょ濡れになった。

8月1日には暑い最中の日中を避けて8時40分から防府市の右田ヶ岳に登ったが、天徳寺コースで標準時間を25分も上回る1時間45分もかかってようやく頂上に達した。

北は高岳山〜野道山〜三ッヶ峰〜弟見山〜莇ヶ岳〜小峰山〜高岳〜長野山〜馬糞ヶ岳〜石ヶ岳など標高1000m前後の峰が連なる西中国山地脊梁部から、南は瀬戸内海、国東半島まで見渡される右田ヶ岳からの景観の良さは何回見ても一級品と思えた。


【ロンドンオリンピック観戦】

スポーツは観戦専門というヤマちゃんおやじは、オリンピック金メダルなら世界一位、銀メダルなら世界二位、銅メダルは世界三位、決勝入賞八位は世界八位と思っている。

金メダルを取るのがベストではあろうが、決勝入賞八位だって世界中で八位だと考えれば素晴らしいレベルではないだろうか。。。。
ロンドン五輪日本選手団の上村春樹団長は、日本が目標とする「金メダル数で世界5位」について、大会前半の柔道、競泳、体操の3競技がカギを握っており、世界5位の金メダル獲得15個は達成可能と思っていると開会前の選手村で語った。
上村団長は立場上の願い=期待値=を語ったのではないだろうか。

期待するだけで願いが実現するのが世の中であれば,これほど楽なことは無いであろう。

しかし現実は異なる。

期待はあくまで期待であり、期待が実際に実現する保証はないし、根拠も無い。。。
願いの実現に必要な要素を全て保有しなければ願いは実現しない!!!!

“大津波はいやだ”と何百回願いを唱えても、大津波は発生し被害を与える。
平和・平和と叫んだだけでは、平和は実現しない。

金メダル15個獲得と唱えても、一連の試合において金メダルを獲得できるように戦力を高めておかなければ金メダルの獲得はありえない。

水泳の北島選手のオリンピック三連覇が当然の如く期待されていると盛んに報道されるが、世界中で今まで誰も達成できなかった目標をいくら北島選手でも簡単に達成できない=運が良ければ実現する=と思うのが順当ではないだろうか???

日本は8月2日の時点でようやく2個の金メダル(柔道女子57kg級=松本薫、男子体操個人総合=内村航平)を獲得するに止まっている。

柔道女子57kg級で金メダルを獲得した松本薫選手を金メダル獲得予想者としてあげた報道は殆どなかった。

日本男子柔道の金メダル獲得数は8月3日正午現在ゼロだ!!!!
男子柔道90kg級までの試合報道を多数見た。

日本男子柔道金メダル獲得候補者の2人が関節技をかけられ3回戦で敗退した。日本女子柔道金メダル獲得候補者の1人も関節技をかけられ怪我をして準々決勝で敗退した。

この女性選手は敗戦後のインタビューで、“今後は(関節技をとられ)怪我しても片腕で勝てる柔道を目指したい”といった。

(関節技をとられ)怪我して片手で勝てるほど甘いオリンピックの試合はない!!!
関節技に掛からないように訓練するというのが正道であろう。
国を代表する選手からこのような頓珍漢な答えが出ること自体、日本はどこか狂っている。。。。

いとも簡単に関節技をかけられてしまうのは、関節技に対する油断があるのではないだろうか????日常の練習において関節技をかけられないように訓練すればいとも簡単に関節技に掛かることは無いと考える。

また攻撃可能な体勢になっても積極的に攻撃を開始しない日本柔道選手も2,3人いた。

柔道はスポーツといえども格闘技である。敵の得意技に対する防御/工夫やあふれんばかりの闘志は柔道選手としての必須条件であるが、この必須条件を満たさない選手の姿が散見された・・・・これは日本柔道界での選手育成・指導方法に問題があるのではないだろうか。。。。

大方の予想に反して柔道女子57kg級で金メダルを獲得した松本薫選手が見せたみなぎる闘志と積極的攻撃は、大方の日本選手には見られないもので、金メダルを取った北朝鮮の女子柔道選手や上位まで勝ち進んだ韓国柔道選手には松本薫選手に類似した闘志が見られた。

バドミントン戦でも攻撃可能な体勢にも拘らず相手を攻撃せずいたずらに相手の攻撃に身を曝し守勢一方に陥り結局点数を奪われるという、相手と戦うという基本が身についていない選手の存在が気になった・・・・・何を教えているのだ???どのような訓練/練習をしているのか????

闘争心が盛んでなければ、スポーツという勝負には勝てない!!!!
試合を楽しむというのは、己の持てる全力を試合で発揮することであり、だらだらと相手のペースに合わせ楽をすることではない!!!


ロンドンオリンピック男子体操団体戦では、日本チームでは落下・停滞などのミスが多発したうえに怪我人まで発生したこともあって、念願の金メダルはライバル視してきた中国が取り、日本は銀メダルになった。

当初予想された金メダルを逃したという意味で批判する人達も居るかもしれない。男子体操団体予選・決勝戦で落下を繰り返した田中主将はチームに混乱をもたらしたようにも見えるが、予選でのミス連発から体勢を建て直し決勝で銀メダルを取った日本体操男子チームの健闘を称えたい。

ミス連発の団体戦予選が終わった夜、内村航平選手は『団体戦決勝では気持ちを入れ替えて望もう。僕は全力をつくすから、皆さん僕の後に付いてきてください』と全員に檄を飛ばしたといわれている。


内村航平選手は個人総合で見事金メダルを獲得した。
試合前に、『個人総合の優勝は内村航平選手しかいないが、2位には誰が入るかが関心の的だ』とうわさされたそうだ。

団体戦でフル出場し銀メダル獲得に大きく貢献した後、個人総合で圧倒的な大差で金メダルを取った内村航平選手は、真に偉大な選手といわざるを得ない。

と同時に、溢れんばかりの闘志をむき出しにして攻撃を出し続け、大方の予想を跳ね返し柔道女子57kg級で見事金メダルを獲得した松本薫選手にも大きな喝采を送りたい。

運動会で皆が手をつないでゴールインするのをよしとする教育方式が、戦後の日本に蔓延して久しい。。。。これを悪平等といい、諸悪の根源でもある。

“自由と平等”こそ人間と社会を堕落させる猛毒な劇薬だと感じる。

“自由と平等”という悪魔のささやきは人々を酔わせるが、自然界には“自由と平等”は存在し得ないのだ。

“自由と平等”の発祥地=欧米文明=から日本は縁を切らなければならない!!!!
posted by ヤマおやじ at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする