ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2012年06月18日

徳地町 日暮ヶ岳、津々良ヶ岳を歩く


6月17日(日)6時のニュースを見た後の天気予報は 曇り後晴れ だったので、雨で前日までは諦めていた山歩きをすることにした。

キャハン(スパッツ)が行方不明になったので、朝露に濡れないで道が泥んこにならない山ということで、徳地町の日暮ヶ岳(標高693m)、佐波川ダムに注ぐ下ヶ原川上流を歩くことにした。

下ヶ原川上流を歩く狙いは津々良ヶ岳(標高733m)への登山ルートを探すためであった。

津々良ヶ岳は地福富士とも呼ばれており登山欲をそそられるが、インターネットで検索しても登山記録は3件しかなく、いずれも山頂付近で厳しい薮こぎを強いられていたため薮こぎ名人だけが登れるという一般ハイカーにとっては高嶺の花(!?)ともいえるヤブ山でもある。。。

昨年秋に津々良ヶ岳の佐波川側の麓にある観音滝を訪れた後、津々良ヶ岳への関心が高まり情報を集めてきた。いずれ機会があれば登ってみたい山の一つとなっていた。よって津々良ヶ岳登山の前哨戦として津々良ヶ岳山頂付近まで延びる下ヶ原林道を行ける所まで遡ることにした。

まあ簡単に言えば、日暮ヶ岳だけでは食い足りないので、下ヶ原川を林道沿いに遡ることにしたということ。

日暮ヶ岳は昨年冬に登ったが雨で景色が殆ど見えなかったので、今回はそのリベンジと言う意味があった。

日暮ヶ岳の登山口は『国立山口徳地青少年自然の家』と言う広大な敷地の一角にある。
途中 道の駅仁保の郷で大根(2本で140円は安い!!!)を買い、徳地町に向かい9時40分頃『国立山口徳地青少年自然の家』の駐車場着。

冬には駐車ゼロ台であったのに、今回は九州の大学名の入った大型バス2台を初め4,50台の車があったのには驚いた。子供の歓声も遠くから聞こえてきた。やはりシーズンには来訪者が結構あるようだ!!!

自然観察のグループ10人を追い越し閑散としたMTBコース脇を通り9時55分頃登山口を通過し、かなりの急坂を登る。2日前からのかなりの降雨にもかかわらず道は荒れておらず、時々729mピークや津々良ヶ岳が姿を現すのも気に入り10時45分ごろ日暮ヶ岳山頂着。

山頂では北西から南にかけて眺望が得られ、設置された眺望図には22座が示されているのは嬉しい。
右田ヶ岳、山口尾、真田ヶ岳、白石山、蕎麦ヶ岳、黒河内山、西鳳翻山、東鳳翻山、ショウケン山、龍門岳、タツヤ山、男山、物見ヶ岳、高羽ヶ岳の14座は自信を持って眺められた。

DSCF6350.JPG <日暮ヶ岳からの眺め>

眼下には佐波川、大原湖(佐波川ダム)、『国立山口徳地青少年自然の家』などが見え中々の風景だった。眺望図に描いてない十種ヶ峰がはっきり見えたのが嬉しい。

眺望図の反対側方向にほんの少し下ると石ヶ岳が見え南東方面の山並も眺められる。
眺望図の前に出ると津々良ヶ岳方面も見えた。

冷えたノンアルコールビールを飲みムスビを食しながら30分程度風景を楽しんだ。
11時15分ごろ山頂を出発し途中の分岐で大原湖方面へ向かう道から下った。

ただ植林帯を下る感がありわざわざ通る程ではないと感じた。12時15分ごろ駐車場に着き下ヶ原林道へ向かい、12時23分頃佐波川ダム近辺の愛鳥林駐車場に到着した。

12時25分ごろ国道489号を徳佐方向へ歩き始め、100m程度進んだ所の三叉路を左折し下ヶ原林道へ入った。

下ヶ原川はダムに合流する付近では予想外に川幅が広いのに驚き、意外とふところが深い川だと思わせた。

林道には雨による流水を路面から逃がすための古ベルトが道を横断して適宜埋設されており、林道がかなり使用され良く管理されていることが覗われた。

更に初めの2q程度までは土砂崩れによる林道の埋没は少なくとも見られず、急流に沿って設置された林道の路面が荒らされず健全であったのは、ヤマちゃんおやじが歩いた山奥林道の中ではベスト3に入る。

ベスト1は、広島県太田川支流主川に沿って吉和冠山に通じる林道で、ベスト2は島根県高津川支流福川川支流白井谷川上流を走る林道であり、いずれも路面の荒れは殆ど見られない。

13時30分頃 鍵付鎖のある進入禁止柵が突如現れた。右側の隙間をすり抜けコンクリート舗装道を登り、砂利林道を左に見送り、次いでダート道をどんどん登って行き、14時頃林道最高点と思しき部分(標高約682m)を通過しいったん下りアップダウンしながら林道は東へ進んでいく。

15時40分頃山側が明るくなったので林道の曲がり角から山に入ると、何と笹や立木が全て伐採された跡に多数の苗木が植林されていた。植林帯と伐採部分との境は笹の切り株がごろごろしているものの登れないほどではなく、どんどん高みへ登っていった。

何と笹や立木が広範囲に皆伐され見晴らしが利くので200m程度北方の距離に津々良ヶ岳らしきピークが見え、津々良ヶ岳の佐波川ダム側の面は林道から山頂直近まで笹や立木は皆伐されていることが判った。

・・・・何と全く予想しないことに、津々良ヶ岳を一般ハイカーから守っていた密生した笹(スズタケ)は山頂直近まで刈り取られていたのだ!!!

足が取られる笹の切り株を延々と踏み越えて行くよりはいった林道に下り最短距離の場所から再度山頂に登るのが得策に思えたので、いったん林道まで下り更に進んでいくと左側に青いリボンが見つかったので、此処から林道を離れ山頂を目指して笹や立木のない中を登り、15時7分頃津々良ヶ岳山頂直近(標高で山頂の約2m下)に到着した。

山頂と思しき地点は密生した笹を4,5m更に進んだ場所と思われたがあまりに厳しい笹薮に気押されて突入しなかった。地形図はかなりの回数見ていたので、皆伐によって視界の良くなった山頂付近の地形からすれば津々良ヶ岳山頂直近にたどり着いたのはほぼ間違いないと思う。

今回諦めていた津々良ヶ岳に笹漕ぎなしで到達できたのは、全くの想定外であり感激も大きかった。

先ほど登った日暮ヶ岳が南方前面に見え、西南西から北東方角まで視界が大きく開けており、蕎麦ヶ岳、真田ヶ岳、矢筈ヶ岳、錦山(防府市向島)、大平山、石ヶ岳まで広角的に見え、下深山と思しき峰も見えた。

DSCF6377.JPG <津々良ヶ岳山頂より東南方向を望む>

さらに黒髪島の砕石所らしき断崖、瀬戸内海を隔てて九州まで望見できたのは驚きであった。仮に山頂の北面から西側の立木が伐採されればこのあたりでは絶好の大パノラマが期待できるのだが・・・・

恐らく後1,2年経たないうちに笹が再び密集してくるので、笹漕ぎ無で山頂直近まで登れるのは今の間ではないだろうか!!!

機会があれば、笹や立木を伐採できる道具を持参して狭いながらも山頂直近の笹を切り払い、山頂の北面から西側の立木も多少ながらも伐採できれば・・・ とも思うが、何せ 駐車場から3時間30分も林道を歩き標高を500m以上稼がなくてはならないのが決心を鈍らせる。。。。

15時30分頃山頂を後にし、山ゆり5本に見送られて快調に下りながらも獣らしき影が川を横切り向かいの山に登るガサゴソ音を聞いた時は少し緊張した。17時20分頃愛鳥林駐車場に着き18時40分頃無事自宅に着いた。

DSCF6384.JPG  <山ゆり>

累計登り標高差は総計881m(内550mは林道上り)であった。大汗をかき500ccポカリスエット3本を消化した。

夕食後地形図を見て、帰りに729mピークの右側に見えた端正な山は黒獅子山ではないかと思われた。729mピーク付近には林道らしきものと植林らしき形跡が見えたが、この林道は何処から繋がっているのだろうか??? 興味は尽きない!!!

諸々に感謝、感謝、感謝。。。。。
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2012年06月14日

玉ねぎとジャガイモの収穫 & 日本ではプロに対する評価が甘すぎる!!!


昨年初冬に植えた玉ねぎとジャガイモの収穫時期を2週間ばかり過ぎていた。天候の回復を待って遅まきながら収穫した。

家庭菜園では経験が浅く、玉ねぎとジャガイモの栽培は初体験で見よう見まねで作業した感があり収穫にはあまり期待していなかった。

特に玉ねぎは植える時期が遅れた上に、冬には降雪が多く生育が不十分なのは覚悟していた。予想通り小型のものが多かったが、中には大型も結構あり、15kg程度収穫できたのは幸いであった。

ジャガイモの栽培は素人には難しいと言われるが、冬に他に植えるものを思いつかず挑戦した。苗の選別と、畝のかさ上げは行ったが、花の摘み取りは行わなかった。

ジャガイモを掘って見ると、小さなものに混じり大型のものもあり、初回にしてはマアマアという所だった。約10kgを収穫した。

次は瓜を植えるために、玉ねぎとジャガイモの収穫が終わった畑を耕し、石灰を撒いた後再び土を耕した。さらに苗を植える場所周辺に、牛糞と油粕を埋めた。

サツマイモは痩せ地でも良く育ち、手入れは不要なので今年も植えることにした。こちらは石灰を撒き再度土を耕しただけにした。

瓜とサツマイモは梅雨の晴れ間を狙って一週間後をめどに植える予定だ。
20坪程度の畑でこれらの一連の作業には全て人力で行い9時30分から3時間を要した。


家庭菜園をしてみて何時も自然の力の凄さと有難さを感じる。

人間が種さえまけば、後は人間が何もせずとも自然の恵み/力で芽が出て大きく成長し、果実を恵んでくれる。

人間が作り出す製品には、完成までに絶えず人力の投入とエネルギーの投入が必須であり、出来上がった製品の完成度はそれほど良くなく必ず良からぬ副作用がある。

今の人間が作り出す製品は、自然の産物に比べれば、月とすっぽん程度の差がある。
原発がその好例だろう。

原発が正常に稼動し発電する場合でも、核廃棄物と言う無害化不可能な危険この上も無い副産物を生み出す。

東北大震災時の如く原発事故が一度起これば、危険この上も無い無害化不可能な放射性物質を周囲に撒き散らすのだ。

野田ドジョウら4人の大臣が協議して大飯3,4号原発が安全だと判定し再稼動を決めた。
原発を知らない・分からない4人の政治家が、原発の安全性を立証できるはずがない!!!

野田ドジョウは、自分の責任で大飯3,4号原発再稼動を決めたというが、原発事故は発生した場合野田ドジョウはどういう責任をとるのか???

仮に野田ドジョウが切腹したとしても発生した放射性物質が消えるわけではない。どうせ、野田ドジョウの責任の取り方とは、“原発事故が発生しました。お詫びいたします”といって頭を下げるくらいだろう。

原発が分からない政治家と原発を知らない政治家がいくら政治的決定を行っても、全く無意味であることが野田政権には分からないのか!!!

原発の今後に関して、国政を預かる政権首脳がこの程度の杜撰な発想しかできないのが、今の日本の危機を如実に示している。

野田ドジョウら4人の大臣が協議して大飯3,4号原発の安全判定と再稼動決定にいたったプロセスの杜撰さに、多くの人が不信感を募らせている。

原子力に携わる専門家は多数いるが、野田ドジョウら4人の大臣による馬鹿げた決定に異を唱える者がいない!!!

原子力安全保安院の無能さ(原子力工学専攻の学生の中で最も優秀なグループはメーカーに就職し、次に優秀な者が学者への道に進み、最も劣った者達が原子力保安院に就職すると言う情報もある。また原子力保安院には原子力を知らない事務系職員も多数在籍している。前の原子力保安院長は事務屋で専門は國際貿易であった!!)は別としても、原子力安全委員会という組織もある。

原子力安全委員会のホームページによると、
『原子力安全委員会は原子力基本法、原子力委員会及び原子力安全委員会設置法及び内閣府設置法に基づき設置されています。原子力を安全に利用するための国による規制は、直接的には経済産業省、文部科学省等の行政機関によって行われていますが、原子力安全委員会は、これらから独立した中立的な立場で、国による安全規制についての基本的な考え方を決定し、行政機関ならびに事業者を指導する役割を担っています。このため、内閣総理大臣を通じた関係行政機関への勧告権を有するなど、通常の審議会にはない強い権限を持っています。』・・・・とある。

原子力安全委員会は、5人の常勤委員、専門委員400名と事務局員100名の陣容を誇る。 

原子力安全確保に関する日本で最高の権限を持つはずの原子力安全委員会が、野田ドジョウ政権による杜撰な安全宣言を放任しているのは、職権放棄・権限放棄だと思える。

今の日本では、当然果たすべき職責を果たさずに給料だけしっかりとる詐欺師公的組織が横行している。

日本ほどプロ・専門家として果たすべき責務に甘い国民性はないのではないか???

たいした芸もないのに、ただテレビへの出演回数が多いというだけで芸人として評価が上がるのは日本の芸能界だけの特異性と感じる。

プロに対する評価が甘いのだ。換言すれば、辛い評価をはばかる風土が蔓延している。良いことは良いというが、本当に悪いことであっても口に出さない文化が日本中に広まったからではないか!!!

名将山本五十六の名言として“やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ”というのがある。

しかし、悪いことを放置して褒めるだけでは人は進歩しない。
この山本五十六の名言は、子供や青少年向けのものとしか思えない。

事実、連合艦隊司令長官であった山本五十六は、部下である南雲忠一が犯した失敗を温情から咎めることもなく第一航空艦隊司令官という最重要任務にあたらせた結果、日本海軍の圧倒的優勢下で臨んだミッドウエー海戦で決定的な敗北を喫し虎の子の機動部隊を壊滅させたので、以降日本海軍は連戦連敗を重ね敗戦へひた走ることとなった。

山本五十六は名将として知られているが、ヤマちゃんおやじは凡将〜愚将に見える。
彼は大東亜戦争準備段階から、日本海軍は“日米開戦後せいぜい3年程度米軍に抵抗する”を作戦目標にしており、昭和天皇からのご下問に対し“2,3年は暴れてご覧に入れます”と答えている。

真珠湾攻撃に際して、役立たずの敵戦艦を主たる攻撃目標とし、貯油施設や艦艇修理ドックを攻撃しなかったのは、素人からみても怪しい。。。

山本五十六提督は、当初から敗戦を脳裏に描きながら戦っていた売国奴提督にも思える。
しかし、世間は山本五十六を名将という。

山本五十六提督はフリーメーソンの一員であったともいわれている。・・・・とすれば山本五十六提督はフリーメーソンからの指令に忠実に従い日本海軍を破滅に導いたのかもしれない!!!

ちなみに、ミッドウエー海戦の大敗北の責を負って艦と共に運命を共にして海底に眠るべきはずの司令官南雲忠一中将と源田実参謀は艦を捨てて生き延びたという武人たらざる振る舞いを見せた。

艦載攻撃機の魚雷換装中に敵機に攻撃され虎の子の機動部隊を壊滅に導いた南雲忠一中将と源田実参謀はミッドウエー敗戦の責任を追及されてはいる。しかし、水雷戦の専門家で航空戦の経験が皆無の南雲忠一を過去の海戦における重大失敗(この時も艦載攻撃機の魚雷換装中に敵機に攻撃された)にもかかわらず第一航空艦隊司令官という最重要任務に任命した張本人である山本五十六連合艦隊司令長官を悪く言う人は極めて少ない。。。。世間では、あくまで山本五十六提督は名将なのだ。。。。。

一軍人としてみれば山本五十六は極めて優れた人物であったであろうが、日本海軍を背負って立つプロのリーダーとしてみれば失格と言わざるを得ない。

旧日本軍の一兵卒が残した日記を見て欧米軍の高級将校は“旧日本軍の一兵卒の能力は世界で断トツだ”と褒めた一方で、”それに反して日本の将軍連は世界で最低クラスだ”と評したという。

日本人のプロ/リーダーに対する評価の甘さが、今も昔も問題ではないかと感じる。

しかし、鳩山、管、野田と続く今の民主党政権ほど無能で無責任な政権は近世日本以降では見られないと感じる。。。。

高山植物が持ち去られるケースが最近増えてきているらしい。
高山植物を下界に持ち帰り育てても枯れてしまう。
しかし、下界でも育つと思って高山植物を持ち去る馬鹿が増えたということだろう。

右折左折時に点灯する方向指示器を右折左折直前に点灯する馬鹿も最近増えている(ドライバーの半数以上)。本来ならば方向転換行動の概ね30m手前で方向指示器を点灯開始する必要がある。方向指示器の目的が判らないのも馬鹿さ故だろう。

売国マスコミに乗せられて金のバラマキ政策に釣られて民主党に投票した馬鹿が増えたので、無能で無責任な民主党政権が出現した。

多くの有権者が目先の欲得に惑わされている感がある。

お釈迦様は、目先の欲得に惑わされて物の道理がわからない状態を『不明』と呼び、この不明こそが諸々の不幸の元凶だとお諭しになった。

近代文明の恩恵に浴したはずの現在人の多くが、不明になったのではないか!!!!
我欲にまみれ、自然の摂理を離れ、他との競争/戦いに明け暮れる近代文明=欧米型文明=こそ、疑わなくてはならない。。。。

posted by ヤマおやじ at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

十方山、旧羅漢山、恐羅漢山、砥石郷山 縦走


先週思いついた“十方山・旧羅漢山・恐羅漢山”芸北1300m級三座1日縦走を6月10日(日)に実行に移した。

コースは、二軒小屋〜藤本新道〜十方山(標高1319m)〜シシガ谷登山口〜水越登山口〜旧羅漢山(標高1334m)〜恐羅漢山(標高1346m)〜牛小屋登山口〜二軒小屋とし、時間・体力共に余裕があれば=具体的には11時30分頃まで恐羅漢山山頂到着なれば=、恐羅漢山〜台所原〜中川山〜天杉山〜ホタノコヤ〜中の甲林道〜夏焼峠〜牛小屋登山口〜二軒小屋にすることとした。

恐らくこのコースの向きと逆方向の縦走の方が急坂が少なく体力的には楽と思われたが、利根川源流=大水上山=挑戦を考慮し敢えて急坂が多いコースを選んだ。

6月10日午前3時頃目が覚め、諸準備、朝食を済ませ3時50分頃自宅を出発しコンビニでノンアルコールビールを買い、4時頃山口宇部道路に入り芸北方面へのお決まりルートを辿り、6時30分頃二軒小屋の大駐車場に着いた。

厳しい行程が予想されるためストレッチを行った後、6時45分頃藤本新道入口を目指し駐車場(標高800m)を出発した。

6時55分藤本新道入口着、のっけから標高差350mの急坂がはじまる。途中3、4回立ったまま休み呼吸を整え7時30分頃内黒峠からの縦走路と合流する藤本新道別れ(標高1012m)に着き小休止する。

8時5分頃丸子頭前(標高1236m)を通過し、8時30分頃那須分かれ(標高1312m)を左に見送り、8時40分頃奥三ツ倉(標高1322m)に着いた。
DSCF6331.JPG <奥三ツ倉>

鞍部(標高約1270m)である論所まで下り少し進み8時50分頃に4,50pと幅は小さいながらも川が流れているのを発見して大いに驚いた。
DSCF6332.JPG <標高約1270m付近の鞍部に小川が>

凡そ10年前にシシガ谷から登山した際に頂上付近(山頂から標高で約30m下)で水が染み出ているのを確認していたので十方山は水に恵まれた山という認識はしていたが、まさか標高約1270m付近の鞍部に小さいながらも川が流れていることは想像すら出来なかったからだ。。。。

論所とは、YAHOO百科事典によると、“論地(ろんち)ともいう。境界、所有権・用益権などをめぐる紛争の地をいう。”とあり、十方山でも水源の所有を巡って近隣の村間で紛争があったと言われている。

8時57分ごろ藤本新道入口から約2時間で十方山山頂に到着した。

一週間前にも来ている山頂からの眺めはあまり新鮮味はないが、先週ガスに邪魔されて見えなかった安蔵寺山が見えたのはラッキーだった。

DSCF6333.JPG <十方山から安蔵寺山方面を望む>

藤本新道は想像以上に道が踏み込まれていた。丸子頭〜十方山山頂は緩やかに広がる山頂部平原をアップダウンするもので、いったん道を外れると完全に迷ってしまうだろうと思われ凡そ1時間を要した。

ドラ焼きを一個食し、9時7分頃シシガ谷登山口を目指し山頂を後にした。シシガ谷コースは藤本新道に比べると相当の悪路に見えた。

登山道が渓流と出会う岩の上で登ってくるG5(爺さん5人組)とであった。“エライ朝早くから登るの〜”と聞くので、”水越登山口から恐羅漢に登るからだ“と答えると、” 水越登山口からの登りはキツイぞ”と忠告してくれたので“あくまで余裕があればだ”と答え、互いの安全を祈念つつ別れた。

登山道を塞いでいたいやらしい倒木を持参の鋸で切断し跨がないで通過できるようにした。10時5分頃シシガ谷登山口(標高970m)に着いた。林道を少し登り10時12分頃水越登山口に入ると早速枝つきの杉が倒れ登山道を塞いでいたので乗り越して進んだ。

水越登山口〜1271mピークは4、5年前に下ったことがあり、その滅多にない急勾配は記憶していたが、登りの急勾配は非常に厳しく20歩〜百歩登る度に胸の動悸を休ませたほどであった。1271mピークを過ぎた辺りで先行する男女3人組に追いついた。

驚いたことに、彼らもヤマちゃんおやじと同じコースで恐羅漢山に登っているとのことだった。彼らは何かの花を探しながらゆっくり行くらしいので追い抜いていった。

1271mピークを過ぎたあたりから倒木が目立ちはじめ、あまりの多さに疲れた足腰には負担となり始め辟易した。11時25分頃狭い山頂に10人前後の登山者が集う旧羅漢山(標高1334m)に到着した。

“○○○の花が咲いていたか”とベテラン登山者らしき兄さんが聞いてきたが、”当方は花の名前に疎いので気がつかなかった“と答える他はなかった。新手が次々と来るので、昼食を採るために登りかけた岩から下りて恐羅漢山に向かった。

いったん標高で60m程度下り,次いで標高で70m登るのだが、ここでも倒木が結構多くてだらだら登る道にさすがに疲労を覚えてきた11時50分頃、多数のおばさん連に占領された恐羅漢山(標高1346m)に着いた。

僅かに残った山頂の空地で憩う夫婦の側に許可を得て陣取りすぐさま冷えたノンアルコールビールを飲み干すと疲労が一瞬消し飛んだ・・・・やはり山頂での冷えたビールは(例えアルコールゼロでも)最高だ!!!

次に進むコースを考えながら特製の大型ムスビを食していると、ベテランらしき男性グループが隣に陣取り昼食を採り始めた。彼らの話の中で、“台所原で子熊二匹を連れた母熊に出遭い、熊が立ち去るのを長い間待った”という件が聞こえた。

次に進むコースとして、恐羅漢山〜台所原〜中川山〜天杉山〜ホタノコヤ〜中の甲林道〜夏焼峠〜牛小屋登山口〜二軒小屋はノートラブルならば5時間程度は掛かるが出来ないことはない。

実際昨年夏に恐羅漢山〜台所原〜中川山〜天杉山〜奥匹見峡を往復縦走した時には、中川山〜天杉山で熊とおぼしき黒い影を見てガサゴソと動く音を聞いたので、熊との出会いが急に怖くなった!!!

また台所原〜中川山〜天杉山〜ホタノコヤ谷下りでは予想外の倒木などコースが荒れていれば難渋し、特にホタノコヤ谷辺りではコースを外れ時間を余分に食う可能性もある。

後髪を引かれる感はあったが結局無理なコースを諦めて、その代わりに砥石郷山に回って二軒小屋駐車場に帰ることにした。

12時20分頃恐羅漢山山頂を出発し夏焼峠へ向かい、前日の降雨と大勢の踏み跡で滑り易くなった坂を下り13時頃夏焼峠(標高1065m)に着き小休止後、13時5分頃砥石郷山登山口(標高1058m)を通過して砥石郷山に向かった。

かなりの急坂を忍耐強く登り、景色の良い1166mピークで昼食中のパーティに挨拶しそのまま進み13時45分頃砥石郷山山頂(標高1177m)に着いた。見晴らしが殆どないのでそのまま下山し、誰も居ない1166mピークで二回目の昼食を採った。

恐羅漢山山頂で見かけた若い男性が登ってきて声を掛けてきたのでしばらく山談義をした。珍しく行儀の良い若者に出会ったので気分が良くなった。14時30分頃夏焼峠を通過し、14時50分頃牛小屋登山口を通過し、15時20分頃二軒小屋駐車場に無事に着いた。
15時30分頃駐車場を出発し18時20分頃自宅に着いた。

今回は想定外の多数の倒木はあったものの天候にも恵まれ、初の“十方山・旧羅漢山・恐羅漢山”芸北1300m級三座+砥石郷山の1日縦走を無事終えたのは誠に有難い!!!

累計登り標高差は,1275mであった。
諸々に感謝、感謝、感謝。。。。
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2012年06月07日

売国奴丹羽駐中国大使=中国の代理人=の即時罷免を要望しよう!!!

平成24年6月7日夜、売国奴丹羽駐中国大使=中国の代理人=の即時罷免要望書を外務省ホームページご意見窓口と、内閣官房ホームページご意見募集送信窓口へ送信しました。

これだけ政治が乱れてくると、おとなしい日本人では駄目です。
国民が勇気を出して、悪いことは悪いとしっかり政府へ抗議しなければ、日本の政治は何時までたっても良くなりません。

【外務省宛の抗議文の雛形】
を以下に掲載します。

『売国奴丹羽駐中国大使=中国の代理人=の即時罷免を!!!』

平成24年6月7日12時16分の産経ニュースによれば、
”丹羽宇一郎駐中国大使は7日までの英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューで、
東京都の石原慎太郎知事が表明した尖閣諸島の購入計画について「実行されれば日中関係に重大な危機をもたらすことになる」と述べた。”・・・とある。

この丹羽宇一郎駐中国大使の発言は、中国による尖閣諸島侵略を正当化するための中国政府発言と同一内容であり、日本固有の領土である尖閣諸島の権益を守るべき駐中国日本大使としての役割を完全に放棄し中国の代理人に堕した事を明白に証明する内容です。

新潟市中国領事館用土地不当取得事件、中国へのODA再開要請等々丹羽宇一郎駐中国大使は着任以来一貫して日本の国益を損ね中国を利する言動に終始してきた。これ以降も売国奴丹羽駐中国大使を留任させる決定をなせば玄葉外務大臣以下外務省全体が中国共産党の手先であり、多額な尖閣諸島購入寄付へ寄せられた多数の国民の声を無視して尖閣諸島を中国へ売り渡す意図を持った売国奴だと断定せざるを得ない。

着任以来駐中国日本大使としての本来の役割を放棄して中国の代弁者に終始し反省の色もない丹羽宇一郎駐中国大使は即刻罷免されるべきだ。

中国スパイ丹羽大使の即刻罷免こそが日本外交の本来の姿を世界に知らしめることになる。



【要望書、抗議文送信先】
@外務省ホームページご意見窓口
http://www.mofa.go.jp/mofaj/comment/index.html

A内閣官房ホームページご意見募集送信窓口
https://www.kantei.go.jp/jp/forms/cas_goiken.html

皆様
沈没へまっしぐらに進みつつある日本丸を救うために 出来る限り沢山の要望書、抗議文を上記@Aへ送りましょう!!!
posted by ヤマおやじ at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

公園ボランティア & 石巻がれき滞留 &  丹羽駐中国大使の即時罷免を要求しよう!!!


【公園ボランティア】

6月6日の9時から12時30分まで恒例の公園ボランティア活動を行った。
公園に着くと、市のシルバーセンターの一団による公園内草刈作業が既に開始されていた。

シルバーセンターとは、高齢者による有償サービス事業者である。
公的施設での草取り、草刈、清掃などがメインであるが、最近では一般家庭での草取り、清掃作業も有償で行っているらしい。

さてボランティア2人からなる当方は、公園森林内に遊歩道を作る作業をあくまでマイペースで行った。

前回作業では背丈を越える羊歯を刈り払うのに苦労したので、今回はなるべく羊歯が少ない場所を選んで遊歩道を作ることにした。

気温が高く汗ばむ陽気であったが、幸いにも蚊などの攻撃を受けることなく凡そ200m程度の新しい道を作ることができた。後一回の作業を行えば2本目の遊歩道が出来上がるであろう。

2本目が完成したあかつきには、乾杯をあげることで意見の一致をみた。



【石巻がれき滞留について】

AKB48の総選挙についてテレビ各社は大々的に報道しているが、東北大震災に関しては“復興未だ遠し“ と言う嘆かわしい異常状態にも拘らずテレビ報道で取り上げられることが殆ど無くなった!!!

商業放送とは一線を画するはずのNHKがAKB48の総選挙をメインニュースに取り上げたのは、NHKはもはや視聴率にこだわる商業放送と同類だということを自ら体現している。

よって商業放送に成り下がったNHKには、視聴料を強制的に徴収する資格は無い!!!


以下 “石巻がれき滞留”について朝日新聞6月6日朝刊から一部を引用抜粋する。

東北大震災発生からはや1年3ヶ月になろうとしているが、石巻市のがれき処理が滞留している。

石巻市のがれきは約440万トンもあり、そのうち可燃性がれきは約133万トン。石巻市の湾岸に宮城県が新設した焼却場では5月中旬から焼却炉が稼動開始し8月までに計5基が運転を始め年間約54万トンを処理できる計算になる。焼却炉がフル稼働しても市内分だけで2年以上かかるうえ、東松島市や女川市のがれきも受け入れなけれならない。

がれきは現在、市内23箇所の仮置き場に山積されているが、仮置き場は既に飽和状態で、全体の3割のがれきはまだ搬入もされていないという。

石巻市内に点在するがれき置場と134箇所の仮設住宅は、公園や被災した学校などを利用、子供が遊べる場所は減り、新たな住宅用地の確保もしにくくなった。

北九州市の北橋健治市長は当初がれきの受け入れに慎重だった。市議会が3月12日に受け入れを求める決議を全会一致で可決しても、慎重な姿勢を繰り返した。だが3月19日、一転して具体的な検討を始めると表明。細野豪志環境相が訪問し石巻市のがれき受け入れを求め以降試験焼却まで急速に進んだ。だが反対派は、「がれきを燃やせば放射性物質に汚染される」などを主張している。
〜〜〜〜〜引用抜粋終わり〜〜〜〜〜

北九州市の反対派の映像がニュースで流れたのを見たが、ヤマちゃんおやじの目には反対派のおばさんの激しい反対の様子・顔つきは極めて異常に写った〜まるで直ぐにでも命を取られる〜かのようであった。

石巻市のがれきに含まれる放射性物質は微量であることは容易に想像でき、がれきの受け入れ基準にしかるべき放射性物質濃度が規定されているにもかかわらず石巻市のがれき焼却に反対するのは、@政治的意図から A自分にとって実害はなくても少しでも危険がありそうなものには、他人が困ろうとも一切係わりたくないという、“エゴ(利己主義)丸出し”からであろう。

被災地の自治体が膨大な量のがれき処理に苦しむ中で東京都の石原知事が東京都でのがれき焼却を提案するまでは、全国の自治体から誰も震災地のがれき処理に名乗りを挙げなかったのだ!!!

実際の焼却能力面でがれき受入れが困難な自治体は少しはあったと思われるが、大多数の自治体は地元住民による反対を恐れて震災地のがれき処理に名乗りを挙げなかったものと思われる。

ここに大きな問題がある。住民からの要求が例え理不尽であっても、自治体の首長には住民の要求を無視できない〜次の選挙で得票が減少する〜という現実がある。

多くの自治体の台所は火の車であり、市長、助役、収入役の報酬は大幅に削減しても、職員組合からの反発があるので役場職員の給与カットには全く手が出せないことと同様な現象である。

多くの自治体の首長は、明らかに好ましくない事と分かっていても、反対陣営からの圧力を恐れて好ましくない事をどうすることも出来ないのだ!!!
いくら選挙で選ばれた首長といえども、圧力団体には何一つ逆らえないのである。

正に、『無理が通れば道理引っ込む』という諺どうりだ。。。。

これが今の日本の民主主義なるものの実態だ!!!
換言すれば、今の日本の民主主義とは『おとなしい者の立場が無視されて、あつかましい利己主義者が優遇されるいびつな政治形態』をいう。


橋下大阪市長は体に刺青を入れた大阪市職員のモラルを問題にしたが、これに反対する学者や文化人なる不貞の輩(反日勢力)が“橋下大阪市長は独裁者だ”と反撃の狼煙を上げている。

いままで大阪市職員の刺青を容認していた歴代市長の政治姿勢と橋下大阪市長の政治姿勢は眞反対だが、ヤマちゃんおやじは白黒を明言し不合理を積極的に糺す橋下大阪市長の政治姿勢が歴代市長よりも断トツに好ましいと思う。

政治を預かる首長が白は白、黒は黒とはっきり言えなくては、まともな政治ができるわけがない!!!

住民による選挙で首長が選ばれるのが民主主義政治であり、その政治形態が無条件に優れていると常識化されているが、それは大間違いだ。

戦後60数余年日本の政治は住民による選挙で首長・国会議員が選ばれる民主主義政治形態をとってきたが、今や国政レベルは言うに及ばず地方政治レベルでも、政治は一途に劣化し愚民化に走り、それとともに国民も一途に劣化してきた!!!

この劣化の傾向は最近加速した。歴代自民党政権によって3世代を経て確実に劣化させられた国民が、民主党のバラマキ政策に引き寄せられ偏向マスコミの宣伝にも乗せられて騙されて民主党に政権を取らせ、政権を取った劣化政治家集団である民主党が、さらに政治を劣化させてきた。

政治家も国民もただ、『自分(達)さえ良ければ他人がどうなってもいいのである』。

民主党は最低補償年金制度なるバラマキ政策を実現すべく活動中である。
最低補償年金制度とは、保険料を納めなくても全員が最低額の年金だけはもらえるというものだ。

遊んで暮らし保険料を支払わなかったグータラ人間の全てに最低でも毎月7万円を支給すると言うものであり、真面目に働く人を全く馬鹿にした悪平等制度だ!!!

大阪市では100人に5人が生活保護を受けている。企業が厳しい経済状況の中で稼いで大阪市に納める税金の8割が、生活保護費だけで消えてしまう。大阪市の役所も市民も、完全にモラルハザードに陥っている。バラマキ政党民主党の推薦で当選した前大阪市長の平松邦夫(元アナウンサー、ニュースキャスター)は何ら有効な対策を打たずこの異常なモラルハザードを黙認した。

橋下大阪市長の強い意向を受けて大阪市は5月23日、最大労組「市労働組合連合会」(市労連)との団体交渉に臨み、給与制度改革案を提示した。8月から技能職員の給料を府並みにし、最大25%、平均約8%を削減し、約36億円の効果額を見込む。また、団体交渉以外に意見交換を禁じるなど新たな労使間のルールも提案した。

市労連側は「再考がなければ妥結はあり得ない」などと強く反発していると言われているが、大阪府以上の給与を大阪市職員が受け取る理由は何処にもない!!!

また橋下大阪市長は、日教組の反対によって実現しなかった大阪府内統一の小・中学校の学力テストについて、橋下市長は「平成25年度から参加すべきだ」と答弁。学校別の成績結果も「開示をしていくという方向で考える」と述べている。

何故日教組は共通学力テストと学校別の成績開示に反対するのか?
学校別の成績の優劣が公表されると組合活動に力を入れるあまり授業がおろそかになる日教組命の不良教師の多い駄目学校の存在が白日の下に曝されるからである。

リーダーが八方美人では、住民にとって有効な対策は何も打てない!!!

政治家・政党が、金のバラマキ政策などで有権者に取り入り餌を撒き,有権者が甘い撒き餌に釣られてバラマキ政党に投票して政権を委ねるようになったらその国の将来は終わりだ。。。

白は白黒は黒と明言する橋下大阪市長には、衆愚政治に陥った民主政治の欠陥を是正しようとする意気込みを感じる。


ここまで書いたとき以下のニュースに接したので、早速所感を記した。。。


【売国奴丹羽駐中国大使を罷免させよう】

MSN産経ニュース2012.6.7 12:16によると、
『尖閣購入なら「重大危機」 丹羽駐中国大使が反対明言』

丹羽宇一郎駐中国大使は7日までの英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューで、東京都の石原慎太郎知事が表明した尖閣諸島の購入計画について「実行されれば日中関係に重大な危機をもたらすことになる」と述べた。
 日本政府関係者の中で明確に反対を表明したのは初めてで、波紋を広げそうだ。(共同)
〜〜〜〜記事終わり〜〜〜〜

本年6月1日のヤマちゃん日記【売国奴中国大使 丹羽宇一郎】
http://yamatyan369.seesaa.net/article/273021687.html
で丹羽駐中国大使は反日売国奴だと実例を挙げて糾弾した矢先、またもや反日売国奴ぶりを発揮した!!!!

記事にある丹羽駐中国大使の発言内容は、中国共産党の発言の鸚鵡返しそのものだ。

日本の国益を守るべき丹羽駐中国大使の行為は、日本の国益を公然と犯す中国共産党の代弁者に終始し日本の国益を中国に売り渡したものであり許しがたい!!!

皆さん早速外務省に抗議し、玄葉外務大臣に対し丹羽駐中国大使の即時罷免を要求しましょう!!!
posted by ヤマおやじ at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月04日

龍頭山 & 十方山

”梅雨に入る前に、通常あまり行っていない山に登りたい”が今週末の想いだった。

時節柄久住連山でのミヤマキリシマ見物が頭をよぎった。シーズンの土日は久住では芋の子を洗うようだとの話もあり、行くとすれば平日が無難という結論に達した。

6月2日の深夜まで6月3日に訪ねる山を色々考えた末に、未だ登ったことのない龍頭山(広島県豊平町、標高928m)に決め、車によるアクセスルートも確認した。

3日4時過ぎに目覚めると雨音がしていた。一瞬悪い予感がしたが、万一雨に降られ衣服が濡れた場合の着替えの準備をしながら天気予報を見ると、『午前中曇りで午後は晴れ』というので“途中本降りになれば山登りを中止する”というつもりで5時30分頃小雨が降る中を出発した。

山口宇部道路、国道9号、西石見広域農道、国道191号、広島県道307号、国道186号、広島県道40号、国道433号、広島県道40号を経て8時40分頃、道の駅豊平どんぐり村に到着した。

益田市でガソリンを補給した時に雨は止み広島県に入ると薄日が射してきた!!!

道の駅豊平どんぐり村は遊べる・泊まれる・体験でき新鮮な野菜や特産品の直売やそば打ち体験、フットサルやテニスなどのスポーツ、 お食事、温泉、宿泊を利用できる大型の複合施設であった。

多くの施設は開店前なので”しまった昼飯抜きか!!!”と思ったが、物産店で『山菜おこわ』を買い、大型レストランは開店前であったが付属の売店でノンアルコールビールを購入できたので一安心し9時頃どんぐり村駐車場を出発し、9時5分頃駐車場出口のバス停龍頭山登山口から龍頭山遊歩道に入った。

案内板に従い20分程度歩き9時25分に地蔵様がある駒ヶ滝登山口に到着した。登山口の下には10台程度収容できる駐車場があったが時間が早いせいか駐車はゼロ。

写真撮影の3人に挨拶し、きれいに整備された道を登り分岐点から左に分かれ9時50分ごろ駒ヶ滝に着いた。

案内板によると、落差36mの駒ヶ滝の謂れは,
鎌倉時代、源義仲と源義経両軍による『宇治川の戦い』がありその先陣争いに登場する名馬,生月(いけつき)摺墨(するすみ)の2駒が豊平にいた時分に龍頭山を駆け回っていたことから,この滝が駒ヶ滝と呼ばれるようになったといわれている。

また平安時代に弘法大師が訪れられたと伝えられ、この滝の裏側の洞窟には仏像が安置されているとともに、江戸時代には広島藩の絵師岡岷山がこの滝を描いた都志見往来日記を残している。
〜〜〜〜案内板の説明終わり〜〜〜

DSCF6291.JPG <駒ヶ滝>


分岐点に戻り権現坂と言う坂道を登り、分岐から左に分かれ滝の落ち口を見て分岐点に戻りさらに登り10時15分ごろ3台の車がいた駐車場(10台程度収容)、トイレ、大型の遊歩道案内板がある龍ヶ馬場(標高687m)に着いた。ここまで車で来れるし、大型の遊歩道案内板をみるとさらに頂上直下まで車で行けるようだ。

ここから左にトラバースし、階段の登りに汗を流しながら展望所がある前龍頭(標高836m)で子供連れの7人組を追い越し、東屋がある中龍頭(標高878m)を経て10時55分頃山頂に着いた。

頂上は遮るものが無い360度の大展望が広がっていた。早速屋根付休憩所で冷たいビール(ノンアルコール)を飲むと長い階段登りで吹き出た汗が一斉に引いた。その上どんぐり村で買った 山菜おこわ の味は格別であった。

丁度ビールを飲み終え山菜おこわを食い終わった頃に追い抜いた一団が歓声を上げながら山頂に着いた。空缶や弁当箱などをザックに仕舞い、彼らのために休憩所を早めに出た。

山座同定用の金属製の龍頭山展望図が台上に設置されていたのでそれを使って360度に展開する峰峯を追っていると、一団の親子らしき2人と話しが出来た。彼らは岩国から龍ヶ馬場まで車で来てそこから登り始めた、とのこと。さっそくどんぐり村で買った山菜おこわの美味さを宣伝しておいた。

金属製の龍頭山展望図に記載された43の峰峯には広島の山が多かったが、それでもその中でヤマちゃんおやじが登った山が阿佐山、天狗石山、大峰山など13座もあった。

薄いながらも霞がかかっていたので、遠方の大山、三瓶山などははっきり見えなかった。空気の澄んだ晩秋〜初冬などであれば物凄い眺めではないかと思った。この展望のためならば遠路200kmを馳せ参じても悔いは無いと思えた!!!

11時20分ごろ山頂を後にして掛札コースからミズナラやブナの林を快適に下り、別荘地を抜けて12時10分ごろ掛札に着いた。目にした別荘の6〜7割程度は手入れもされておらず荒れ放題の感があった・・・何故???

この掛札コースは嫌な階段下りが殆ど無いのが気に入った。

掛札バス停で時刻表を見ると1時間以上の待ちであったので、どんぐり村駐車場まで2km強を歩いて帰り12時45分ごろ着いた。さわやかな風が吹き暑さを殆ど感じなかったのはラッキーだった。


好天に転じた絶好な山日和に早く帰る手は無い!!!
下山しながらもう一つ芸北の山〜例えば深入山など〜に登って帰る気になっていたのだ。。。

早速往路を引き返し途中県道11号から松原に抜け、結局過去三回の実績があるシシガ谷から十方山に登ることにし、仮に山頂に着かなくても16時になった時点で引き返すことに決めた。

13時55分頃二軒小屋の恐羅漢スキー場入口の大駐車場(標高800m)に着いた。家族に十方山登山の追加を連絡しシシガ谷登山口を目指して14時頃大駐車場を出発した。

二軒小屋から奥へ水越峠方向に向かう道は以前は未舗装であったが、大駐車場から400m程度奥に進んだ所までは舗装されていた。現行の十方山林道に替えて二軒小屋から奥へ水越峠を越えて大規模林道を建設する工事は、細見谷の環境破壊防止の観点から反対運動が起こり、此処から先の工事は中断されている。

過去の記憶では大駐車場からシシガ谷登山口まではせいぜい1km程度の感覚であったが、実際には2kmもあり30分掛かり、オフロードバイク6台をやり過ごし、下山する単独男性とすれ違い14時30分頃シシガ谷登山口に着いた。

防虫スプレーを吹きかけ、熊よけ鈴をつけて休まずシシガ谷登山道へ入ったが、道を塞ぐ杉の倒木の多さが最近の雪害の大きさを覗わせてくれる。

渓流を左に見送り右折した後では、折れた倒木が各所で道を塞いでおり登山道の荒れも以前より大きくなった感があり、一回は赤テープを見失い元に戻った。とにかく赤テープから目が離せない!!!

もともと道の荒れ加減は承知の上なので、問題になりそうな箇所では後を振り返りルートの印象を覚えながら慎重に登った。

15時40分頃十方山頂(標高1319m)に着くと直ぐに来た道を忘れないためにストックを置き目印とした。先客の若い男女のカップルに挨拶する。

木陰は皆無だが心地よい風が吹き抜けるので暑さは感じない中で四囲の景色にしばし見入った。条件さえ良ければ石鎚山まで見えると言われ北方の1323mピーク以外は視界を遮る木立はないが、あいにく雲が湧き絶好調ではなかったものの、吉和冠山・寂地山系の絶好のビューポイントだ。

DSCF6310.JPG <十方山頂から羅漢山、吉和冠山・寂地山系を望む>

足元が見えなくなると事実上下山できなくなるので、コーヒーを沸かしゆっくりくつろぐ若いカップルに別れを告げ15時45分ごろ下山開始し、16時40分ごろシシガ谷登山口着。

折角此処まで来たので水越峠方面へ足を延ばし、十方山林道から1271mピークを経て旧羅漢山(標高1334m)にいたる旧羅漢山登山口を確認し,16時50分頃久しぶりに水越峠を踏んだ後大駐車場へ引き返し17時25分頃到着。

直ちに帰路につき20時30分頃無事に自宅へ帰着した。
累計登り標高差は1122mであった。

帰ってインターネットで調べてみると、二軒小屋から内黒峠に至る間から藤本新道というのが整備されて丸子頭を経て十方山頂に通じていることが新たに分かった。

この藤本新道を使えば色々面白い縦走が出来そうだ!!!!

例えば、かなりのハードコースかもしれないが・・・

二軒小屋→藤本新道→丸子頭→十方山→シシガ谷登山口→十方山林道を少し登る→旧羅漢山登山口→1271mピーク→旧羅漢山→恐羅漢山→立山コース→牛小屋登山口→二軒小屋 と周回すれば、

広島県〜中国地方の名だたる1300m級三座を1日で一挙に縦走できることになる!!!

諸々に感謝、感謝、感謝。。。。。。。
posted by ヤマおやじ at 17:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月01日

ウヨウヨ居る反日勢力: 東大経済学部教授 伊藤元重も


【東京大学経済学部教授 伊藤元重】
ウィキペディア、伊藤元重【人物】によれば“、税と社会保障の一体改革が持論であり、消費税の増税に賛成である。週刊ポストの2011年10月7日号では財務省の御用学者と名指しされている。また、TPPに関しては縮小する国内市場だけでは日本の産業はじり貧になるので、積極的に海外市場に進出すべきであるとの立場から賛成である”とある。

野田ドジョウが吐いている“税と社会保障の一体改革のための消費税増税“という空虚な台詞と伊藤元重の持論は全く同じだ。

TPP賛成も野田ドジョウと同一であり、財務省の御用学者という週刊誌の指摘もうなずける。

また、郵貯を米国に売り渡した竹中平蔵と伊藤元重は旧知の仲と言われており、この点でも間違いなく日本を米国に売る売国奴と言って間違いない。

東大教授といえば偉い学者を連想する人がいるかもしれないが、東大教授にもピンからキリまである。原発事故テレビ報道で事実を曲げて解説した東大教授などのろくでなし教授も多数いる。

大体学者とは、先人が作った論文を学び、その論文を多少ひねって自分の論文としそれを学会で発表することで飯を食っている何の苦労も無い一種の趣味人である。

経済学の分野であれいずれの分野であっても最近では学問の世界は細分化されており、博士であれ教授であれ、極めて狭い分野を専門的に重箱の隅をつついているのが実態なので他の分野については一般常識程度しかない。

まして象牙の塔の中に閉じこもっている経済学者連中は、実際の生きた経済の中での経験が無いので、彼らにできることと言えば机上の空論を振り回すが関の山である。

海千山千の米国銀行家トーマス・ラモント(モルガン商会会長)の口車に乗せられて昭和5年に金解禁を強行し、600トンという巨額の金(キン)を米国に掠め取られ日本に重篤な損害を与えた張本人である当時の蔵相井上準之助も東大出身の経済馬鹿ボンボンであった。

経済馬鹿ボンボンとは、換言すれば井上準之助は、表向きの経済理論には通じていたが世界経済の裏で密かに行われる国際金融投機については全く知らなかったのである。

野田ドジョウは、東大経済学部教授という名前にひれ伏して、伊藤元重の持論をオウム返しに唱えている感がある。馬鹿は馬鹿と徒党を組む!!!

象牙の塔に引きこもっている学者風情には、多少実業界との交流があろうとも国際的な経済戦争・投機の実態は覗うこともできないのは明白である。

少なくとも國際的には経済と政治は不可分の関係にあり、経済学者の観点から政治を論じるのは極めて危険である。

まして伊藤元重には経済学者としての力量も疑われる風評もある。。。。。

郵貯を米国に売り渡した竹中平蔵と同様に伊藤元重も立派な反日勢力=国賊=といえる。

政府の各種審議会に名を連ねる学者どもは全て政府方針に尻尾を振る御用学者であり、大なり小なり反日勢力(反国民勢力)と考えても大きな間違いは無いだろう。。。


実業界にも反日、反日・売国企業がいる。

【反日・売国商社 伊藤忠】
【売国奴中国大使 丹羽宇一郎】
日本を代表する大商社の社長、会長、相談役を勤め上げ民主党政府によって中国駐在日本大使に任命された丹羽宇一郎は平成22年6月就任以来、日本の国益はそっちのけで中国の便宜を第一に考え行動してきた実績があり第一級の売国奴反日だ。

@尖閣諸島での漁船衝突問題に関して日本から中国へのODAを復活させるよう進言。
A中国の新潟総領事館が求めていた新潟市の広大な土地購入は地元の反対で頓挫していたが、丹羽宇一郎が中国が購入できるように玄葉外務大臣に直訴して中国の不相応な広大な土地購入を実現させた。
B桜井よし子氏は自らのブログで
http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2012/02/18/%E3%80%8C%E3%80%80%E4%B8%B9%E7%BE%BD%E5%AE%87%E4%B8%80%E9%83%8E%E5%9C%A8%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E4%BD%BF%E3%81%AE%E6%81%A5%E3%81%9A%E3%81%B9%E3%81%8D%E4%BA%8B%E3%81%AA%E3%81%8B/ 
丹羽宇一郎中国大使の売国奴ぶりを非難している。
C丹羽宇一郎は伊藤忠在籍時、日本の椎茸栽培技術と種菌を無償で中国に供与し日本の技術をパクッテ中国で栽培した廉価な椎茸を日本に輸入し莫大な利益を稼いだ一方で、日本の椎茸栽培業者に甚大な被害を与えた中心人物だと言われている。
D丹羽宇一郎中国大使は学生時代は名古屋大学時代自治会会長として60年安保闘争の学生運動の先頭に立っていた左翼思想の持ち主ですが、年老いても共産党独裁の中国への想いは相変わらず強いようだ。

このような左翼売国奴を中国大使に任命した管前首相も、安保闘争のリーダーであった。
管も赤軍派関係者が主宰する政治団体へ数千万円の寄付をしていたのが露見したが、3,11東北大震災発生で不問に帰されている!!!!

伊藤忠は中国の要人に巨額の賄賂を贈ってきた。
伊藤忠会長の国営テレビへの出演料として江沢民に1億円の賄賂を送った。
伊藤忠は、日本の中国への電力関連ODA事業を受注するために、李鵬の息子(中国の電力事業に権益を有する)に数十億円の賄賂を送ったが、交際費として処理したために大阪国税局の摘発を受け追徴金支払いを命ぜられた。

2005年伊藤忠の中国総代表であった藤野文吾(元伊藤忠商事常務)は「文芸春秋」に「日本人は中華世界の一員となる覚悟が必要である。こちらが中国人にならなければならない」ととんでもない事を書いています。

【反日 トイレタリー会社 ”花王 ”】
日本よりも韓国を大事にする”花王”は、昨年顧客からの不買運動に遭い売上を落とした。
“花王”は以前土地問題を起こした時、在日朝鮮人に弱みに付込まれ以来毎年一定人数の在日朝鮮人を社員に雇うことになり今では社内で相当な勢力となっている との情報もある。


【反日飲料メーカー サントリー 】
“サントリー”は日本海を”東海”と記載したコマーシャルを流した(批判を受けた後謝罪し撤回した)。”東海”とは韓国が日本海の代わりに呼ぶように世界中にごり押ししている反日用語である。

【蔓延する反日ども】
NHK、フジテレビなど民放、朝日、読売、毎日、日経など日本のマスコミの殆どは反日であることは疑う余地もない。

憲法9条を死守する社民党、共産党、公明党、民主党は反日政党であり、米国の言うがままの政治を行ってきた自民党も反日政党といえる。

文壇では大江健三郎、井上ひさし,司馬遼太郎などは反日作家であり、岩波書店も反日出版社だ。

こうしてみると反日分子は各界にウヨウヨいる!!!
posted by ヤマおやじ at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする