ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2011年12月31日

年末の掃除,いよいよ今年も押し迫ってきた


<年末の掃除>

29日は1日中、30日は半日 各部屋の掃除をした。

先週は家の外の掃除、庭木の剪定をした。

昨年末は超手抜き掃除であったので、今年は少しは真面目に取り組んだつもり!!!

今はリタイアーしてサンデー毎日的に生きているので、年末くらいは多少でもお役に立つ事をしなければならない!!!

貯まって欲しいものは中々貯まらないが、ゴミ、垢、ケ、フケ、カビなど貯めたくないものはよく貯まる!!!

実際には、本箱の天辺の塵は取り除かなければ積もる一方であり、1ケース買った缶ビールは毎日1缶飲めば20日で無くなるので、欲しい物、嫌いな物とは一切関係無く、除去・消費の有無の差だ。。。

漸く新年を迎える雰囲気が出てきた。


<古い写真集>
主として<MTB+列車・バス>で水源巡り&トレッキングした1998年当時の写真集を掃除中に見つけた。安蔵寺山に初めて登ったのが1998年だと判った。

1998年には8:30に自宅出発MTBで100Km程度走った後にもかかわらず、高岳山(標高1040m)に16時から登り始め17時に下山したと言う記録があった!!!

当時は未だ50歳代半ばであり今よりも相当体力があったみたいだ!!!


<<思いつくまま2011年を振り返る>>

<最もインパクトを受けた事件>:東北大震災&福島原発事故

<喝采を送りたい>:東北大震災ボランティア活動、女子サッカーなでしこジャパン世界制覇

<最も腹が立つ事項>:不甲斐ない日本政治〜@管・野田民主党政権&自民党ANHK・朝日新聞などの反日メディアBしたり顔をするが地震などの真相を何も知らない学者達〜

<期待したい政治勢力>:大阪維新の会

<1月に公園ボランティアに入会し、12回活動した>

<2月にタバコをやめた>

<家庭菜園>:さつまいも&プチトマト大豊作、玉ねぎ・大根平年作、スイカ3個収穫、オクラ不作

<読書>
池田満著「ホツマツタエを読み解く」、
鳥居礼著「言霊ホツマ」、
宮崎正弘著「ウィキリークでここまで分かった裏情勢」、
宮崎正弘著「震災大不況で日本に何が起こるのか」、
森田健著「観音さまから運をもらう方法」、
浜田和幸著「恐るべきTPPの正体」etc

<メールマガジン>:宮崎正弘の国際ニュース早読みetc

<ブログ>:「ヤマちゃん日記」2007年8月より継続中・・・・
『来場者の方々誠にありがとうございました』

<山菜>:蕨、タラの芽、ウドは平年並み

<アルバイト>:国家試験監督官三回


<今年のトレッキング回顧>

【トレッキング先:75箇所】
1月:大海山(2回)、大平山(2回)、東鳳翻山、小五郎山
2月:狐ヶ峰、魚切山、黒河内山、観音岳、狗留孫山(下関市)
3月:竜王山、影山、牡鋤崎山、鋤崎山、鬼ヶ城山、狩音山
4月:莇ヶ岳、弟見山、真田ヶ岳、物見ヶ岳、葦嶽山、羅漢山、十種ヶ峰
5月:屋敷川上流(標高800m)、犬ヶ岳、恐羅漢山、ミソコブシ山、涌蓋山、莇ヶ岳
6月:阿蘇山、右田ヶ岳、金峰山、大海山
7月:桂木山、御鉢山、龍護峰、右田ヶ岳(2回)、大平山(2回)、白山、弟見山(2回)
8月:由布岳、大山、華山
9月:大平山、東鳳翻山、莇ヶ岳、十種ヶ峰、平谷川上流(標高400m)、由布岳、鶴見岳
10月:天杉山、中川山、恐羅漢山、石鎚山、吉和冠山、莇ヶ岳
11月:右ヶ谷川上流(標高800m)、恐羅漢山、大町谷林道(標高900m)、安蔵寺山、裏匹見峡、莇ヶ岳、飯ヶ岳(2回)、伊源谷上流(標高900m)
12月:飯ヶ岳、莇ヶ岳、大平山、真田岳、日暮ヶ岳、右田ヶ岳

【新規:30箇所】
黒河内山、竜王山、影山、牡鋤崎山、鋤崎山、鬼ヶ城山、狩音山、葦嶽山、犬ヶ岳、ミソコブシ山、涌蓋山、阿蘇山、御鉢山、白山、由布岳、鶴見岳、石鎚山、安蔵寺山(伊源谷新コース)、安蔵寺山(伊源谷モデルコース)、莇ヶ岳(右ヶ谷川本流左股コース〜仮称〜)、莇ヶ岳(右ヶ谷川三段滝コース〜仮称〜)、飯ヶ岳(滑松コース)、飯ヶ岳(沢登り・ブナ林コース)、飯ヶ岳(国道315号徳地コース〜仮称〜)、飯ヶ岳(国道315号鹿野コース〜仮称〜)、飯ヶ岳(鹿野二段滝コース〜仮称〜)、観音滝(山口市徳地)、魚切の滝(周南市大道理)、道川城跡、伊源谷連続滝

【登山ツアー:犬ヶ岳、涌蓋山、白山】

【山小屋泊:白山室堂センター〜初体験、1時間程度しか眠れなかった〜】

【最も高い山:白山(標高2702m)】

【年間最多数回登山:8回、莇ヶ岳】

【1日最長歩行時間:9時間5分;奥匹見峡P〜天杉山〜中川山〜台所原〜恐羅漢山ピストン】

【1日最大累計標高差・単一峰:白山1452m;別当出会登山センター(標高1250m)〜御前峰(2,702m)】

【1日最大累計標高差・縦走:奥匹見峡P〜天杉山〜中川山〜台所原〜恐羅漢山累計標高差合計では1842 m】

【グルメ】:重兵衛茶屋の田楽〜狗留孫山(下関市)の麓〜

【温泉】:塚原温泉、美都温泉、湯野温泉


☆ 2011年は自分にとっては概ねありがたい年であった。。。諸々に感謝、感謝、感謝!!!

☆ 2012年はどんな年になるのだろうか????

インド生まれの異色な米国経済学者であるラビ・バトラ教授は、2012年前後に金融資本主義は滅亡すると予言した。

金融資本主義とは、デリバティブ等の詐欺的金融商品を武器にして世界の金融を支配することにより世界中に社会的・経済的危機を創出し投機で巨利・暴利を貪る投資銀行・ヘッジファンドらが主導する強欲資本主義(この背後にイルミナティ=ロスチャイルド=が暗躍)であり物作りを中心とした資本主義とは一線を画する。

強欲な金融資本主義が簡単に滅びるとは思われないが、2008年のリーマンショック、2011年のEUソブリン危機の根源は強欲資本主義が乱発した巨額(世界の実体経済額の10倍)なデリバティブに対する信用不安にあることを思い起こせば、強欲な金融資本主義が2012年に滅亡するのを期待したい。。。
  
18世紀以降各国の中枢部にイルミナティが秘密裏に憑依し影で世界を支配してきた。
選挙で選ばれた政治家をイルミナティが裏で支配するので、選挙は見せ掛けの隠れ蓑だ。
これが欧米が世界中に宣伝拡張している民主主義の実態だ。

二大政党も各々の党利党略に走るだけで国民不在の政治を行うだけだ。
どの政治家でもイルミナティの指令に反すれば直ちに政治生命・人命を失う。
ケネディ米国大統領は暗殺され、田中角栄首相は米国発スキャンダルで政治生命を絶たれた。。。。

現在の日本の主たる政党、官庁、学会、法曹界、言論・マスコミ界、労働組合などは巨大な反日勢力を形成しイルミナティの指令に従い日本を滅亡に追い込みつつある!!!

日本でも欧米でも議会制民主主義では現在の危機に無力であることが判明した。。。。
くだらない民主主義よりも、まっとうな政治家による独裁政治の方がよほどましである!!!

日本の政治にも何か新しい風が巻き上がるかもしれない。


☆☆☆ では、2012年がよい年でありますように!!!! ☆☆☆
posted by ヤマおやじ at 06:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

年末の山歩き


今年も年末を迎え山間部では積雪を見るようになった。

冬山の経験はゼロに等しく、装備に至ってはアイゼンも持っていないので山行は雪のない近郊の低山となるのはいたしかたない。。。。

12月18日には大平山(標高631m)、21日には真田ヶ岳(標高621m)、日暮ヶ岳(標高693m)、24日には右田ヶ岳(標高426m)に登り回数だけは確保した感がある。


【大平山】

大平山には渓流沿いに谷を詰める阿弥陀寺コースから登った。何と言ってもこのコースの最大の特徴は、東大寺大勧進職として源平の争乱で焼失した東大寺の復興を果たした重源により東大寺の周防別所として、文治三年(1187年)に建立された阿弥陀寺の仁王門を潜り境内を通過できる所にある。

DSCF5888.JPG 阿弥陀寺仁王門

階段をのぼり境内を通過すると谷沿いの登山道が始まる。

今回気がついたことは、中腹以降の登山道の谷側の薮が新たに切り開かれて渓流が見やすくなり急流や岩石が見えるようになり一段とコースの見所が増えた点だ。

今年の夏には谷底まで下って見た斜滝の豪快な眺めは、登山道から眺めることが出来た。。。。

一見代わり映えのしない山でも何らかの変化があるものだ。。。。


【真田ヶ岳】

山頂から眺められるはずの物見ヶ岳、高羽ヶ岳、莇ヶ岳、弟見山などを期待して登ることにした。

国道376号を徳地から山口方面へ向かい荷卸峠にて左折し中国道を跨ぐ橋を渡った場所の空地に駐車し、山村広場方面に向って50m程度歩き左折して林道に入った。

途中で気がついたのは、殆どの松が枯れていることであった。恐らく松食い虫の被害にあったものと推測する。

終戦後以降反日勢力によって三世代にわたり絶えず愚民化・弱体化されて終に亡国左翼政権を誕生させるに至った現在の虚しい日本の姿が、松食い虫に食い荒らされ松林と二重写しになる 嗚呼!!!


林道終点を過ぎて細い舗装道を登り鞍部に至った場所(駐車場所から35分程度歩いた所)に登山口があり山頂まで40分と書いてあった。

登山口から稜線を登り30分弱で山頂に着いた。

山頂から見えると勝手に期待した物見ヶ岳、高羽ヶ岳はぼやけて見え、莇ヶ岳などは雪煙によって見えなかったのは、見込み違いであった。

ここでも小さな変化があった。眺めを邪魔していた山頂の木々が切り倒され西方向の眺めが良くなっていた。

北方の山の中腹に国立山口徳地青年自然の家 らしき建物が見えたので、急に 日暮ヶ岳に登りたくなり そさくさと下山した。



【日暮ヶ岳】

過去5,6年前一回登ったことがあったので半ば安心して登山口を探したが、以前では車で進入できた登山口への道が通行禁止となっていた。

案内図を見ると登山口へは400m下るとあったので、行ってみると登山口らしきものはない!!!

駐車場に入り再び地図を見てキャンプ場の東にある登山口を目指して進むも結局判らず国立山口徳地青少年自然の家に向かう麓の道まで降りてしまった!!!

昔の記憶を辿りながら再び案内図を見ると漸く本来の道筋を思い出し、国立山口徳地青年自然の家の正面入口から600歩程度歩いて漸く登山口に到達した。

地図の誤解釈により結局30分間車でうろちょろしたことになる。
案内図の矢印を馬鹿真面目に信じたのが誤りの原因であった。

実際は矢印方向に10m進みユーターンして逆方向に400m進まなくてはならなかったのだ(案内図はどう見ても矢印方向に400m進むように見えた)!!!


国立山口徳地青少年自然の家の広大な敷地に人影は無かった。
ホームページで施設稼動情報を見ると申し訳程度の利用者数だ!!!

近く閉鎖するような話もチラホラしている。

アクセス道路建設費を含めれば総投資額は100億円近いのではないかと推測した!!!
独立行政法人 国立青少年教育振興機構が管理している。

国立青少年教育振興機構なるものは文部科学省の役人の天下り先だろうと推測する。
霞ヶ関の役人、代議士、土建業者による税金の無駄使いの無残な結果であろう!!!


無人のMTBコースの脇にある登山口には立派な案内板があり頂上まで40分の行程とある。

登山コースはきれいに整備され案内指標も判りやすいので迷うことなく山頂まで行ける。登山口から30分弱歩いて山頂に到着した。

山頂の立木がきれいに伐採されていたので、前回訪問時に比べ景色も良く見えるようになっていた。南西方向への眺望図も新たに設置されていた。。。。

あいにくの天気で遠くの山々は見えなかったが、晴天なれば結構な景色が展開すると思われた。


【右田ヶ岳】

24日には当初徳地町まで車を走らせたが、後背の山々は真っ白な雪化粧を纏い、奥部道路での積雪も予想されたので防府市まで戻り塚原コースから右田ヶ岳に登った。

北方向の山々からは盛んに雪雲が煙の如く立ち上がり、さすがは冬の風情をかきたてていた。

途中で腹を出して汗を拭ったためか、腹具合が思わしくない中で山頂に立ったがムスビを食べて早々に塔の岡コースから下山した。途中で腹痛が激しくなり空地で用をたさざるを得なくなった(此処10年間で2回目の登山中腹痛)。

2009年夏に防府地区で多発した地崩れの生々しい爪あとが残る8合目辺りに、洗濯物が乾してある一角を見つけた。あばら屋風の小屋も建てられていた・・・・新しい発見であった。


今年は52日も山に登った。ほぼ毎週一回のペースだが、まあまあ登ったほうだろう。

25日には今年の山行の中から4箇所(阿蘇山、白山、由布岳、石鎚山)を選び画像を貼り付けた年賀状を投函した。


中低山にしろ高い山にしろ山に登れるうちが花だと思う !!!! ありがたいことだ !!!!
posted by ヤマおやじ at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月24日

野田ドジョウが「泥棒に追い金」


【野田ドジョウが 泥棒に追い金】

売国マスコミが報道しないニュースを紹介します。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成23(2011)年 12月21日(水曜日)     通巻第3521号 によると、

“いみじくも(野田ドジョウ政権は)「売国政権」。今度は中国の国債を百億ドル購入するかまえです。円借款がおわり、日本の対中融資がようやく終わったかと思いきや、事実上の金融支援を追加しようとするのは愚かにもほどがあります。 泥棒に追銭とは、このことかも。”〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜

とあった。。。。泥棒とは日本固有の領土尖閣諸島での実効支配を進めている中国のこと!!!
増税は中国の国債を買うために行うのか!!!


先日韓国の李大統領が来日してドジョウ野田とシャトル外交と銘打った首脳会談が行われた。

吉田清治と朝日新聞によって捏造された従軍慰安婦問題の解決を李大統領が迫った発言に対し、ドジョウは“既に法的には解決済であるが心情的には今後解決の方向で対応したい”旨の回答をしてあたかも従軍慰安婦問題が実在したとの答弁をしたのは憤懣ものである。

(参考;従軍慰安婦問題は昭和58年吉田清治が架空の作り話として著作「私の戦争犯罪・朝鮮 人連行強制記録」の中で捏造したものを平成3年から4年にかけて朝日新聞が大々的に宣伝したがその後実在しない事件であることが判明している。平成5年8月4日、宮沢喜一内閣の河野洋平官房長官が政府調査結果を覆し、「甘 言、弾圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接に荷担したこともあった」と虚偽の発表をした<こんな売国奴河野洋平が2011年秋の叙勲にて桐花大綬章を受章したのは狂っている!!!>のが発端である。

詳しくはヤマちゃん日記2007年10月26日
http://yamatyan369.seesaa.net/article/62566280.html
を参照されたい。また宮沢喜一元首相は度重なる重大売国行為を犯しているが、別の機会に特集しよう。)


この会談において日本の首相としては日本固有の領土である竹島における韓国の各種構築物建設計画を非難すべきであったが、ドジョウは竹島についての言及を怠った。国際社会では、“非難しないと言うことは、認めることである”。

この野田ドジョウの阿呆さを上げればきりが無い・・・時間の無駄だ。
民主党政権も自民党政権も日本の国益を守る気概が無い・・・これが2大政党による政治だ。
これらの無気力政権の存在によって、日本は世界中から侮蔑と搾取の対象となるのだ。

米国、中国、ロシア、ヨーロッパの言うがままに従い、韓国、北朝鮮からも馬鹿にされる日本!!!
政治家が駄目なら国民がしっかり行動する他は無い。。。。



【太平洋戦争での日米開戦はコミンテルンの工作であった】

「太平洋戦争は日本が侵略戦争を開始したので起こった」というのが世間の通説となっており、NHK、朝日新聞などの日本のマスコミは日本侵略者説を執拗に報道している。。。。果たして本当だろうか????その答えが得られた。。。

再び、「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成23(2011)年 12月22日(木曜日)通巻第3522号 読者の声から引用する。

“1995年アメリカ国家安全保障局(NSA)が公開した「ヴェノナ文書」(第2次大戦前後の時期にアメリカ内のソ連のスパイたちがモスクワの諜報本部とやり取りした秘密通信の傍受を解読した記録)の分析によって、ルーズベルト政権に大量のコミンテルン工作員が存在していたことが明らかとなった。大統領側近のアルジャー・ヒス、大統領補佐官ラフリン・カリー、財務省通貨調査部長ハリー・デクスター・ホワイトらがその代表的なもので、対中支援、対日戦争を導く上で重要な役割を果たした。

 政府だけではなく、アメリカの反日援中組織はほとんどコミンテルン工作員、アメリカ共産党の主導により、キリスト教組織、リベラル知識人を巻き込んで作られ、アメリカ世論を反日親中の方向へと強力に向けて行ったことが判明している。

 主な組織は、「アメリカ中国人民友の会」(機関紙編集長フィリップ・ジャッフェ)、「太平洋調査会」(事務総長エドワード・カーター)、「中国支援評議会」(常任理事フィリップ・ジャッフェ)、「日本の中国侵略に加担しないアメリカ委員会」(発起人フィリップ・ジャッフェ、T.A.ビッソン)などであるが、組織を実質的に動かしていた人物が( )に示されているがいずれもコミンテルン工作員であることが確認されている。
 
日中の紛争に際してアメリカの中国支援を拡大させ、終には日米戦にまで持って行った大きな原動力となったのがコミンテルンの工作であったことを明らかにしているのが、江崎道朗氏の「アメリカを巻き込んだ東アジア赤化戦略」(『別冊正論』15所収)である。http://hassin.org/01/wp-content/uploads/War-responsibility.pdf

 英訳版を発信する会サイトに掲載し、下記の通り海外のメディア、学者、知識人4000人程に発信した。          発信する会 茂木弘道”
〜〜〜〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜〜〜〜〜


日米開戦当時米国のルーズベルト政権の中枢に多数のコミンテルン工作員が配置され日本を戦争に追い込んだのは間違いなく事実であろう。

一見“真相解明!!!めでたしめでたし!!!ではあるが、疑問が残る。

<疑問1>
米国は現在の日本と異なり平和馬鹿ではなく外国からのスパイ活動にはしかるべき防御策があったはずである!!!

何故当時の米国ルーズベルト政権中枢にかくも多数のコミンテルン工作員が配置されたのだろうか??? 

<疑問2>
何故1995年にアメリカ国家安全保障局(NSA)が自国の恥ともいえる「ヴェノナ文書」を公開したのか???

このアメリカ国家安全保障局による公開の意図は、“日本を戦争に巻き込んだ張本人は米国ではなくコミンテルンだった”という米国の言い訳(excuse)とも思える。


滞米生活30年元ニューヨーク工科大学教授馬野周二氏によれば、

“1920年代以降米国では外交に関る政府高官は、カーネギー国際平和基金によって設立された「アメリカ学識者協議会(イルミナティの外郭団体)」で信認を受けないと任命されなくなっていた。”

“コミンテルン工作員であり対日石油禁輸などを含む日本に対する最後通告「ハルノート」を作成したとされる財務省通貨調査部長ハリー・デクスター・ホワイトは、戦争が終わった後も「ブレトンウッズ体制」という戦後の世界経済の枠組みが決め、IMFや世界銀行を創設する上で中心的役割を果たしたことは歴史的事実である。ホワイトは戦後まもなく行方不明。何者かに殺されたといわれている。”〜〜〜引用終わり〜〜〜


ブログ『日本人が知らない恐ろしい事実』
http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20060115
から引用すると、

<IMFの生みの親はソ連スパイだった>
第2次世界大戦が終わる前年の1944年7月、アメリカのニューハンプシャー州ブレトンウッズに44ヵ国の代表が集まり、戦後の国際通貨体制のあり方をめぐって協議が行なわれました。22日間にも及ぶ協議の末、アメリカ代表ハリー・デクスター・ホワイトの提案が、イギリスの代表ジョン・メイナード・ケインズの提案を打ち負かし、いわゆる「ブレトンウッズ体制」という戦後の世界経済の枠組みが決められ、IMFや世界銀行が創設されることになります。

経済学者ケインズは今日でも世界的著名人とされていますが、ホワイトについては、ほとんど歴史から黙殺されています。戦後の国際的な通貨・金融体制を決めた重要人物、ハリー・デクスター・ホワイトとはどのような人物だったのでしょう?

ハリー・デクスター・ホワイトは、1892年、リトアニア移民のユダヤ人の息子としてボストンに生まれました。ハーバード大学で経済学博士号を取得し、同大学講師から1934年に財務省入り。ニューディール政策を担当し、ヘンリー・モルゲンソー財務長官の信頼を得て、対外政策担当の首席補佐官となります。

1945年、「赤色スパイの女王」と呼ばれた米国女性エリザベス・ベントレーとカナダ駐留のソ連軍情報部暗号官イゴール・グゼンコが、それぞれ別々に自首して、ソ連スパイ網の存在を自供しました。
FBIは、ベントレーらの証言とNSAのソ連暗号解読記録をすり合わせて、重要スパイのリストを作成。11月8日にエドガー・フーバーFBI長官名で、ホワイトハウスにトップシークレットの書簡を送りました。その書簡の中にハリー・デクスター・ホワイトや国務省のアルジャー・ヒス(国際連合憲章起草者)、ラフリン・カリー(ルーズベルト大統領首席秘書)等の名前がありました。

フーバー長官(『世界の歴史をカネで動かす男たち』の著者W・クレオン・スクーセンはフーバー長官の部下でした)は、その後も二度続けてホワイトハウスに“政府内に巣食うソ連スパイ”について警告する書簡を送りましたが、トルーマン大統領は、それを無視し、あまつさえホワイトを米国のIMF代表に指名しています。

ホワイトがソ連のスパイであったことは、1996年、機密解除されたCIAの内部資料によっても確認されています。

また、ホワイトは、太平洋戦争開戦直前の日米交渉において1941年11月27日になされた米国側から日本側へ提出された交渉案『ハル・ノート』(米国が日本と不可侵条約を結ぶ条件として、日本が日露戦争以降に東アジアで築いた権益の全てを放棄することを求めるもの)を書いた張本人であるとされていますが、これも後にソ連KGBの元諜報員ピタリー・パブロフの証言によって、『ハル・ノート』そのものがソ連で作成され、ホワイトに提供されたものであることが明らかにされました。

ちなみに、ケインズは、フェビアン社会主義者であり、その妻はリディア・ロポコーヴァというロシア人のプリマ・バレリーナでした。結婚したのが1925年ですから、ロシア革命から8年後、つまり共産主義国の女性です。

そして、ホワイトの妻もロシア系ユダヤ人で、有名な童話作家のアン・テリーでした。つまり、両人とも社会・共産主義と深い関係を持っていたのです。その二人がブレトンウッズで戦後の“資本主義体制”を決定したのですから、まるでミステリーです。

余談ですが、元ニューヨーク工科大学教授、馬野周二氏によれば、時の財務長官ヘンリー・モルゲンソーはロスチャイルドの家系の人間であり、イルミナティに属していました。また、ハリー・デクスター・ホワイトやアルジャー・ヒス、ラフリン・カリーもイルミナティであったとしています。
〜〜〜引用終わり〜〜〜

これらからすると、イルミナティが当時の米国やソ連を支配して当時倫理的にも道徳的にもしっかりしていたドイツと日本を戦争に引き込み屈服させただだけでなく、戦後世界を経済で支配する仕組みを打ち立てたといえる。

換言すれば、コミンテルンもイルミナティの手駒にすぎなかったのだ。

当然世界銀行もIMFもイルミナティが世界経済=即ち世界=を支配する手駒に過ぎないのだ!!!


結局 日本が第2次世界大戦に巻き込んだ真犯人はコミンテルンとルーズベルとを陰で操ったイルミナティということになる。。。。


この一週間、ブログ『反ロスチャイルド同盟』
http://www.anti-rothschild.net/
を二,三回読み返していた。

12年前に購入した書籍 馬野周二先生による「日本に亡国の音が聞こえる」、東工大名誉教授矢島鈞次先生による「ユダヤ・プロトコール超裏読み術」などを何度も読み返すことで、19世紀から今日まで世界歴史を陰でエンジニアしてきたイルミナティ=ロスチャイルド集団=の存在と実態は概ね知っていた。

先日のヤマちゃん日記で米国の中央銀行と呼ばれる連邦準備銀行が実質上イルミナティの所有だという事実を書いた。

しかし、何故世界各国の財政赤字が巨額に膨らむか??表面的な理屈は判っても中央銀行との関係がいまいち不可解であった。


今回 ブログ『反ロスチャイルド同盟』を読んで、イルミナティの中央銀行支配による世界経済支配のからくりもわかった。



2005年当時ロスチャイルド系中央銀行が存在しない国は、イラク、リビア、イラン、アフガニスタン、ミャンマー、北朝鮮くらいとのこと。

この内、イラク、リビア、アフガニスタンは米国またはNATOが圧倒的な軍事力を行使し適当な理由を付けて現地政権を倒してしまった。

”リビアのカダフィ大佐が進めた国内政治は専制独裁政治を除けば世界的に素晴らしい水準であったが、消費税を20%も取る欧米諸国が自国を正当化するために高度な福祉社会を実現したカダフィ大佐を抹殺し、カダフィに巻き上げられた石油利権を奪取するために、欧米諸国が軍を派遣しカダフィ政権を打倒した”と先日のヤマちゃん日記に記載したが、これにロスチャイルド系中央銀行を設立するためと言う理由を追加するのが妥当かもしれない・・・・



ミャンマーは最近欧米との和解が成立した。残るはイラン、北朝鮮だ。
核兵器開発という理屈でイランが欧米から狙われている。
欧米多国籍軍の矛先はロスチャイルド系中央銀行が存在しない国と奇妙に一致しているが。。。。



世界中の政府、マスコミはイルミナティが事実上支配しているのでこれらの情報が報道されることはない。


このお正月に、ブログ『反ロスチャイルド同盟』とブログ『日本人が知らない恐ろしい事実』をぜひお読みになり、世界の実態の真の姿を認識されることをお勧めいたします。

常識の嘘で塗り固められた世界歴史の実態の真の姿を上記ブログ、書籍を読んで認識することによって、現在の不条理な夢の無い世の中を良い・明るい方向へ変える糸口が見つかるものと確信しています
。。。。
posted by ヤマおやじ at 02:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月16日

地球温暖化の真の原因は核実験による放射能!!!

本年4月12日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/195461969.html
にて、「二酸化炭素地球温暖化説の大嘘!!!」を記載した。

ヤマちゃんおやじが子供の頃には、冬には膝まで雪が積もるのが常識であった。
最近ではせいぜい積雪10cmがシーズンで1〜2回程度である。

北極圏の氷山が解けて北極熊の住処が狭まっているのも事実であろう。
2011年の冬は大雪が降ったが、地球は温暖化しているのは確かである。

二酸化炭素の増加が地球温暖化の原因でないとすれば、その原因は何であろうか???


ヒントは清家新一著「UFOと新エネルギー」(昭和55年12月31日に(株)大陸書房から初版発行)に記載された、“ダイノ・クラスペドンとのコンタクト”の中にあった。

ヤマちゃんおやじは中学3年生(1958年)の頃から空飛ぶ円盤(UFO)に興味を持つようになった。燃料や飛行場を必要とせず空中や水中を超高速で変幻自在に飛行できるという空飛ぶ円盤に強く惹きつけられ、以来空飛ぶ円盤に関する情報、書籍にはそれなりに関心を持ってきた。

最も関心があったのは、空飛ぶ円盤(UFO)の飛行原理であり、重力克服のメカニズムであった。不時着した空飛ぶ円盤を分解し検査・分析したが欧米の超一流の頭脳が束になっても空飛ぶ円盤の技術を何一つ解明できなかったと言われており、凡人のヤマちゃんおやじに出来るはずがないと諦めながらではあったが・・・・

因みに初めて空飛ぶ円盤が一般的に知れ渡るようになったのは、1947年6月24日にアメリカ人のケネス・アーノルドが、アメリカ、ワシントン州のカスケード山脈にあるレーニア山付近の上空を自家用飛行機で飛行していた際に、レーニア山の上空を飛行する9機の奇妙な物体を目撃し「投げた皿か円盤が水面上をスキップするように凄いスピードで飛んでいた」と報告したのが最初といわれている。


大学では物理学を学び重力の大きさと運動方程式は理解できたものの、重力発生メカニズムや重力克服のヒントは何一つ得られなかった。

その後D・レスリー、G・アダムスキー共著、高橋豊訳「空飛ぶ円盤同乗記」を読み、社会人となって清家新一氏による一連のUFOシリーズの著書も読んだ。

当時は直感的に空飛ぶ円盤は存在するものと確信していたし現在もそうであり、関心の的は円盤の推進原理であった。

現役中は多忙で本を読むだけであり、退職後は空き時間と幾多の情報があるにもかかわらず円盤の推進原理は未知のままであるのは残念でもある・・・・

しかし世界で第一級の学者達が束になっても判らない円盤の推進原理や製作法を浅学非才のヤマちゃんおやじがわかる筈はないと思い半ば諦めてもいる昨今である。


3日前に、清家新一著「UFOと新エネルギー」を読み直した時、“ダイノ・クラスペドンとのコンタクト”の章に 地球温暖化の原因に関る記述があるのに初めて気がついた次第である。

“ダイノ・クラスペドンとのコンタクト”とは、物理学の素養のあるブラジル人ダイノ・クラスペドン氏が木星の衛星(ガニメデ、イオ)から来た円盤の機長と5回コンタクトした時の質疑応答集をいう。

コンタクトの第一回目はアンガツバ山脈(1952年11月、この時は円盤内に案内された)で、第二回目はダイノ・クラスペドン氏の自宅で(1953年4月)、第三回目と四回目はサンパウロの大広場で、第五回目はサンパウロのルーズベルト駅で行われ、大広場での話し合いは有名な物理学及び数学の教授の同席のもとに行われた。

結論から言えばコンタクトには、『南極と同じく北極は氷で覆われている。多くの原子爆発は北半球で行われたのでその塵である放射性元素は南極よりは北極に落ち着く。放射能が磁気を反発することはよく知られているので原子爆発によって発生する放射性元素の塵は地球の北極に降ると北極の磁場の影響で温度が上がり氷冠が解けて北極の質量の減少を招く。解けた水は全海洋に分布する。・・・』という解説がある。

南極の温度は殆ど変化していないが、北極の解氷が進んでいると言われている。

二酸化炭素説では北極と南極は同じように解氷し温暖化しなければならず、南極での温度変化なしを説明できない。。。。

原子爆発によって発生する放射性元素の塵が、地球温暖化の元凶ということになる。
実戦で投下された原子爆弾は広島と長崎に落とされた2発(TNT換算で合計37キロトン)だけである。


原子爆発によって発生する放射性元素の塵の最大発生源は、大気圏内核実験だ。
ウィキペディアhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E5%AE%9F%E9%A8%93
によると、

核実験(かくじっけん)とは、核爆弾の新たな開発や性能維持を確認したり維持技術を確立するために実験的に核爆弾を爆発させることを指す。1945年から約半世紀の間に2379回(その内大気圏内は502回)の核実験が各国で行われた。そのエネルギーはTNT換算で530メガトン(大気圏内は440メガトン)でありこれは広島へ投下されたリトルボーイの3万5千発以上に相当する。〜引用終わり〜


大気圏内核実験によるエネルギーは440メガトンであり、広島と長崎に投下された原爆2発のエネルギー37キロトンの12000倍であるので、事実上地球温暖化をもたらしたのは米国、ソ連、英国、フランス、中国によって実施された大気圏内核実験だといえる。


欧米人は自分の罪を他人に転嫁する大嘘を巧妙に作り世界の常識にまで仕立て上げる天才であることが過去の歴史から証明されている・・・ただ一般の人が知らないだけである。

この責任転嫁の天才が地球温暖化の元凶である核実験を隠蔽し、化石燃料使用増加による二酸化炭素の発生量増加にすり替えたものと思う。


二酸化炭素発生量の削減を謳う京都議定書(正式名称は、気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書)は、2008年から2012年までの期間中に、先進国全体の二酸化炭素等温室効果ガス6種の合計排出量を1990年に比べて少なくとも 5%削減することを目的と定めたが、米国、中国は対象外である。

地球温暖化の元凶である核実験を強力に推し進めた米国、ソ連、英国、フランス、中国の内、米国、中国が京都議定書から離脱していると言う根本的な矛盾を持つ取り決めを国際連合枠組条約としているのは全くの茶番である。

国際連合という国際機関の化けの皮が此処にも現れている!!!

米国は地球温暖化の原因が二酸化炭素等温室効果ガスでは無く核実験であること知っているので、京都議定書から離脱したのかもしれない。


民主党の鳩山元首相は、日本の2020年までの温室効果ガスの削減目標(中期目標)について、「1990年比25%削減を目指す」ことを国際社会に約束した。

NHK、朝日新聞などのマスコミも二酸化炭素削減を真に受けて低炭素社会到来などと大宣伝している。

所詮欧米の言い出したことには何か裏が隠されていると思うのが日本のリーダーとしての最低限の素養であるはずだが、他国(他人)の言質をまともに信じ裏が読めないのは馬鹿正直としか言いようが無い。

ここでも日本のリーダー層の馬鹿さと、日本のマスコミの売国奴振りが如実に表れている!!!

ただ日本の学者の中には地球温暖化二酸化炭素説に異論を唱える人がいるのは、せめてもの救いかもしれないがその声は余りにも小さすぎるのが難点である。


一見常識とも思える事柄が以外にも事実に反していることが少なくない。

以前にも触れたが、聖徳太子は偉人として慕われているようだが、実際は仏教導入をテコにして政権奪取を企てた蘇我氏と組んで物部氏を滅ぼし古来から伝わる多数の歴史書を焼失させただけでなく、古来の伝統を破って史上初めての女帝となった推古天皇(聖徳太子の叔母)を正当化するために先代旧事本紀において歴史を改竄し、男性であった天照大神を女性にすり替えたのである。

爾来日本書紀、古事記において天照大神は女性とされたのである。

天照大神には12名の后妃があり、彼女達を祭る神社が現存することが「ホツマツタエ」により判明しており 天照大神はレッキとした男性天皇であった。。。。

この焚書・歴史改竄の罪状からすれば、聖徳太子とはとんでもない話で悪徳太子と呼ばれるのが正しい。


一々上げればきりが無いが、米国のFRB(連邦準備銀行)は米国の中央銀行と報道されるが実際は政府が出資した中央銀行ではなく民間企業が出資しているので単なる私的金融機関に過ぎない。

FRBの誕生には謎めいたものが感じられ、”J.P. モルガンやポール・ウォーバーグやジョン・D・ロックフェラーの後ろ盾の元に、1913年に、ウッドロー・ウィルソン大統領がオーウェン・グラス法に署名し、同年多くの上院議員が休暇中の12月23日に、ワシントンD.C.に駐在する連邦準備制度理事会と12地区に分割された連邦準備銀行により構成される連邦準備制度が成立した。

単なる私的金融機関であるFRBが中央銀行の役割を担う所に米国と言う国が普通の国ではないヒントになる。

現在、FRBを実質的に支配するニューヨーク連邦準備銀行の株主は、JPモルガン・チェースとシティ・バンクで、この二つの銀行で53%近くの株を所有しています。つまり、ロスチャイルド、モルガン、ロックフェラーという世界最強の財閥連合が相も変わらずFRBを支配しているということになる・・・・・これが中央銀行といえるであろうか?????

ロスチャイルド、モルガン、ロックフェラーといえばイルミナティとの関連が想起される!!!

米国のGDPの4割を金融業が占める。
米国の人口1%が米国の富の40%を占める反面、教会の食料配給に頼る人が2000万人もいる。
これが米国が吹聴し推進するするグローバルスタンダードの実態!!!


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2011年12月12日

徳地町観音滝を訪ね、雪の莇ヶ岳に登り、周南市大道理の魚切の滝を訪る


12月5日に徳地町観音滝を訪ね、12月11日に雪の莇ヶ岳に登り、周南市大道理の魚切の滝を訪れた。


【徳地町観音滝】

12月5日は飯ヶ岳の徳地町側登山口へのアクセスを調べるつもりで大原湖上流から国道489号線を右折し白い橋を渡り滑川沿いの細い道に車を進めたが、離合場所が少なく曲がりくねったガードレールのない細い道をものの2km程度進んだ時点で、恐怖心が昂じたので枝道にバックで入り方向転換して往路を引き返し入口の広場に無事帰着した。

その5分後女性が運転する乗用車が山奥から下ってきたが、当方は広場にいたので事なきを得た・・・・そのまま奥へ進んでいたら左側数m下方に岩に当たり白波を立てて流れる滑川に転落する恐怖と戦いながらガードレールの無い狭い屈曲した道路を離合場所まで延々と後進する羽目になったであろう!!!!

やはり当方の運転の腕では、飯ヶ岳の徳地町側登山口へ車で行くのは無理だとわかった。しかし5,6年前にはこの細い道をどんどん進み県道26号線まで少なくとも三回は通過していたのも事実である。

中型乗用車が飯ヶ岳の徳地町側登山口駐車場まで進入した事実を先日見ているので、運転に自信がある人にとっては問題の無い道であろう。

4年前頃裏匹見峡の100m上の断崖絶壁を走る狭い屈曲したガードレールが完備していない国道488号で非常に怖い目にあった日以降、1車線の細い屈曲したガードレールの無い離合場所まで長い距離を後進せざるを得ない道はトラウマになった感がある。

よってせっかく遠出したので近くにあると記憶している滝を見たくなり、近くの「ふれあいパーク大原湖」に立ち寄り、丁度クリスマス向けのイルミネーションを準備していた管理人に滝への道を聞いた。

滝の名は観音滝といい、ここから国道488号を徳地町側へ400m程度進んだ所の山側に案内板があるというので、車を駐車し歩いて滝へ向かった。

DSCF5844.JPG <観音滝案内板>

入口からトラバース気味に鞍部まで登り下ると林道と合流し、案内に従い林道を登り橋を渡った時点で林道を左に見送り(ここまで約1000歩)、沢を登り渡渉を数回繰り返し進むと第一の滝が、更に150m進むと第二の滝が現れた(沢登り約600歩)。

第一の滝は落差約30m(目視では滑滝部が20mで、直滝部が10m)、 第二の滝は落差約20mで下から見た限りでは3段滝であり、落差は25m位に見えた(落差35mという情報もある)。

DSCF5845(1).JPG 第一の滝 DSCF5849.JPG 第二の滝

この滝も存在を知らなかったのでいずれも想定外の立派な滝だと感じた。
更に上流に進む道を探すも、この滝の両岸は急傾斜の断崖であり巻道は到底ありえない。

復路で高巻出来そうな場所を探したが、右岸は絶壁が続き取り付く島は無く、左岸側が第一の滝のはるか下から登れそうな傾斜があったものの巻いた後谷へ下るルートの様相は不明だ。

帰宅後調べると、この奥に更に第三の滝がある?との情報もあったが、断崖絶壁の地形からすれば無きにしも非ずの感がある。しかしこの第二の滝より上流に進むのは相当困難に思えた。

この辺りの山は初めて歩いたことになるので興味深深ではあるが、情報は極めて少ない。

帰りに別の谷への道があったので登ってみた。石垣が多くあり昔は稲田であったと推定した。荒れた林道が四方に延び興味をそそるが日没も近いので ふれあいパーク大原湖に戻り管理人に帰着を伝え、飯ヶ岳の徳地町側登山口への細い道の話しをした。

管理人は、“自分は細い道を車で行くが、車が駄目なら全て歩けば飯ヶ岳山頂まで3時間で行ける”という(鹿野町側からでは飯ヶ岳山頂まで1時間で行ける)。

登山口まで2時間掛かるとはいささか長いが、水のきれいな滑川を眺めながら歩くのも一興かもしれない。



【莇ヶ岳】

12月11日(日)には雪の莇ヶ岳を見に行った。
道路凍結を避ける意味で国道2号、県道3号経由で莇ヶ岳登山口へ向かい、念を入れて石鎚神社手前の空地に駐車した。

結局道路凍結は取り越し苦労であり、莇ヶ岳登山口駐車場までは問題なく車で進入できたのが真相であった・・・・・

駐車場には6台の車があり、恐らく莇ヶ岳登山愛好会のメンバーであろう。。。
木材伐採の見積もりのために山に入る地元の人もいたが莇ヶ岳には一度も登ったことはないという。
反面年に80回以上莇ヶ岳に登る人もいる。。。。

登山口から10分も進むと道には雪が積もっていたが登山靴だけで進める程度だった。
登山口から55分で山頂着、積雪は10cm程度。自分としては雪道にしてはまあまあの時間だろう。

後続の年配者が登って来て“昨日は雪が降った。避難小屋に入ったらどうか。”と言う。
2日連続の莇ヶ岳登山だという。。。。

先日訪れた飯ヶ岳東麓の滝の方向を眺めると、積雪ではっきり見えないが何か滝のようなものがあるようにも見えた・・・欲目かもしれないが。。。。

DSCF5863.JPG 飯ヶ岳

処々に雪煙のようなものが立ち上り遠くの山々ははっきり見えないのでお言葉に甘えて避難小屋に入らせてもらった。

中では莇ヶ岳登山愛好会のメンバーと思しき4人がおられ談笑中であった。

昨夜から山頂に泊り込み月食撮影に準備をしてきれいな満月を見て月食の瞬間を待っていたら急に吹雪となり撮影はできなかったとのこと。

年末から正月にかけて山頂で泊まるとのこと・・・・やはり莇ヶ岳登山愛好会のメンバーだけのことはある!!!

今シーズン初めての本格的な雪に接し満足して下山した。


【魚切の滝】

往路の県道3号で「魚切の滝」という看板があったのを思い出し、これと思しき地点で車を停め歩いて県道を下るも見つからないので一旦 間上発電所まで下りユーターンして再び鹿野方面に向かい、「魚切の滝」という看板を道路の左側に見つけ近くのスペースに駐車し歩いて看板まで戻り切れたガードレールの間の道に入った。

DSCF5872.JPG 「魚切の滝」看板

ロープに従い富田川の谷底へ繋がる道を標高差で60m程度降りると、轟音を立てて下り落ちる「魚切の滝」が姿を現した。

DSCF5877(1).JPG 魚切の滝

落差は17mと言われており、水量も多く轟音は大きく両岸に岩壁を従えた堂々たる滝の姿は中々圧巻であった。滝の下流には狭いながらも底が見えないほど青い淵があり大きな岩の間を水が流れている。

下流へのルートを探したが、流れを幅1m飛び渡らなくてはならず帰りは上へ向かって幅1m飛び越さなくてはならず失敗する可能性が高いだけでなく、下流にも取り付き不能な大岩が続いている感じがあり、極めて危険なので断念した。

県道へ登り返す途中 ロープを越えて川上へ通じる踏跡があり進むと、「魚切の滝」の上部に出た。
上部から見ると滝は3段に見えいずれも目測ではあるが、直滝部が16m、その下の斜滝が4m、その下の斜滝が3m程度、合計23m前後に見えた。

「魚切の滝」の上部には幅8m縦5m水深3m程度の淵があり、そこに落差3m程度の滝が落ち込んでいた。

正規の道に戻り、県道から6m程度下の所をロープを越えて直進すると左岸に幅1m程度の旧道らしきものがあり更に進む。

左の流れには薮越に所々岩が見え、白い流れも見えるので奇岩急流は未だ続いている様子だ。

旧道を100m程度進むと落差10m程度の滝が現れた。ここで道は途切れてしまったので引き返した。

DSCF5887.JPG 上流の滝

帰ってインターネットで検索すると、この辺りの3つの滝を総称したのが「瀬戸兼の滝」といわれており、最大の滝を「魚切の滝」と呼んでいるとのこと。



此処一ヶ月は今までに無く滝に縁があった。

右ヶ谷の三段滝に始まり、安蔵寺山伊源谷のダブル三段滝、飯ヶ岳沢登りコースの4つの滝、飯ヶ岳東麓の二段滝、津々良ヶ岳山麓の観音滝、周南市大道理の魚切の滝だ。。。

いずれも印象深い滝であった・・・感謝、感謝、感謝
posted by ヤマおやじ at 17:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月09日

周南市飯ヶ岳東麓の滝を探訪す


最近は山口市飯ヶ岳(標高937m)に通い詰めだ。

11月25日及び12月1日の2日間で滑松コース、ブナ林コース、沢登りコース、河内峠徳地町側コース、河内峠市境コース(鹿野町側)、滑松、三本杉という代表的コース&スポットは全て訪れた。

残るは 飯ヶ岳東麓の滝 と 雀谷山 だ。


12月4日に飯ヶ岳東麓にあるといわれる滝を探しに出かけた。

10時40分頃国道315号線河内峠の駐車スペースに着き、10時45分頃鹿野側林道に入る。

中島篤巳著「山口県百名山」に記載の“第一の堰堤の左岸を川沿いに登るコース”を探しそれらしき踏跡を見つけたが薮がひどいので断念し、登山口を右に見送り林道を奥に進んでみた。

通行を妨げる林道に生えた小木を切り払いながら更に進むと10時55分頃第二の堰堤が姿を現す。
更に25分程度歩くと林道は終点となり、終点の前方に白い水流が流れ落ちるのが見えた。

沢に下りてみると予想外の高所から水が流下しているのが判った(11時20分頃)。

DSCF5832.JPG <1段目の滝>


滝の左岸を登る踏跡は浅い滝壺近辺で途絶えた。


どうすべきか・・・・・

右岸は自然林だが左岸は植林されている。

植林されていると言うことは何とか登れるという証だと思い、左岸に取り付き数少ない立木を掴みながら急斜面を高巻いた(落石の恐れあり)。

急傾斜を標高差で10m程度登った所に踏跡があった。
中島篤巳著「山口県百名山」では“踏跡が滝の上に出た”と書いてあったので恐らくその踏跡であったものと思う。

この踏跡を登るも滝の横腹に突き当たった。滝の直登は滑落の危険が大きいので、更に立木を掴みながら上方に左岸を巻いて行くと再び踏跡が現れたのでこれを登っていった。

かなり進んだ所で踏跡から立木を掴まり滝へ下りると、1段目の滝の上部に長さ3m程度の滑滝がありその上に堂々とした2段目の滝が現れた(11時25分頃)。1段目の滝の落差は目視で15m前後、2段目の滝の落差は目視で25m前後と思われた。

 DSCF5834.JPG <2段目の滝>


前日雨が降ったせいか、水量は想像以上に多く感ぜられ、2段目の滝の水流の幅は3〜4m程度と思われた。

最初から“滝があっても落差は低く流れも細いだろう”という先入観があったので、落差40m前後で幅3m前後という実物の滝を目の当たりにした時の驚きと感動は極めて大きかった。

〜まさか飯ヶ岳にこんな大きな滝があるとは!!!〜

踏跡からはこの滝のほんの一部が眺められるにすぎないので、踏跡を通過する限りこの滝の素晴らしさは判らないだろう。

左岸の上方に向かう踏跡を辿ると倒木があり持参の鋸で切断し更に進むと再び踏跡が消えた。

しかたなく薮を20分程度漕いで登り 山口/周南市境の登山道(標高700m?)に出た。
さらに登山道を3分(?)ほど登ると北西方向に弟見山が見えはじめた。

更に進み青いビニール紐がぐるぐる巻きにしてある緩やかな植林地帯のポイントで登山道を離れ谷を南方に下り再び滝の上流に降り谷底との合流点の木に黄色テープを巻き目印とした。

谷底の左岸に荒れてはいたが踏跡があり、これを下ると先ほど到達した2段目の滝の上部に至った。更に往路の踏跡を辿り1段目の滝の上部に着いた。

更に踏跡を辿り下流方向に向かったが再び踏跡が不明瞭となったので、1段目の滝の上部から急傾斜を下り1段目の滝の下部に下り林道終点についた(13時10分頃)。

遅い昼食をとり林道を登山口まで下り、13時22分頃山口/周南市境登山道に入り14時10分頃飯ヶ岳山頂着。14時23分頃山頂を発し、11月25日に通った河内峠徳地町側コースを下り15時過ぎに登山口に着いた。


帰りに喫茶店「さくや」に立ち寄り 栗ぜんざい を食べながら、飯ヶ岳大滝(仮称)を話題にしてしばし店の人たちと歓談した。

此処で聞いた話では、かなり昔には林道は入口付近で無くなりそれ以降は鉈で木々を切り払いながら滝に至ったとのこと。

思うに、林道は2番目の堰堤を設置するための資材搬入道路として作られたものであり、林業のためでも登山のためでもない・・・・と推定した。


あくまで自己責任で登ることになるが、滝を拝みながらの飯ヶ岳登山ルートとして、

鹿野側林道を林道終点まで登り、そこから滝を見物後、左岸を巻き踏跡に達し、踏跡を黄色テープまで登り、黄色テープの場所で登ってきた谷底を離れ植林帯を北へ登り山口/周南市境登山道へ合流し、飯ヶ岳山頂を目指す・・・がある。

さらに時間的・体力的余力があれば、

飯ヶ岳山頂→滑松コース→分岐1→滑松→徳地側登山口→三本杉→徳地側登山口→沢登りコース→分岐2→ブナ林コース→飯ヶ岳山頂→河内峠徳地町側コース→河内峠 の一部又は全部を加える豪華周遊コースも考えられる。


予想外の素晴らしい滝に会えて 感謝、感謝、感謝!!!
posted by ヤマおやじ at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月08日

ドジョウ野田政権の増税を応援するNHK、朝日新聞 ; マスコミが仕える真の主人とは?


【ドジョウ野田政権の増税を応援するNHK】

先週末のNHKニュース深読みという番組で、欧州ソブリンリスク(国家の信用力が損なわれるリスク)について専門家3人を招いて解説をしていた。

国の財政不安に対する市場の目が厳しくイタリア、スペイン、フランスの国債価格が値下がりし金利が高騰している。ドイツ政府が11月23日実施した10年物国債の入札が札割れ(調達予定額を大幅に下回る)となり不調に終わったことから問題がクローズアップされた。

ソブリンリスクに対する厳しい市場の目とは、ヘッジファンド・投資銀行、金融機関、年金基金、個人投資家などが保有する国債がデフォルト(債務不履行)される危険性を厳しく追求して少しでも不安材料があれば保有する国債を売りに出す姿勢とのこと。

問題は、短期利益を追求するヘッジファンド・投資銀行などがソブリンリスク増大を目論み事前に債券を空売りし、ソブリンリスク増大を煽り価格が下がった時点で国債を買うことで莫大な利益を掴むという構図があることである。

債券デフォルトに対する保険の役割をするCDS(クレジットデフォルトスワップ)というデリバティブ(金融派生商品)がありCDSも投機的空売りの対象となる。

結局ヘッジファンド・投資銀行は、狙いをつけた国のソブリンリスク増大を煽り情報操作することによって当該国債の空売りとCDSの空売りで二重に儲かるのである。

空売りによる利益を拡大させるには、少しでも懸念がある国債の人気を下げる情報を撒き散らし投資家を誘導してソブリンリスクを増大させることで事足りる。


“市場によるソブリンリスクの高まりは財政健全化を急げと言うメッセージだ”と言う尤もらしい論調も多用される。

また番組では“円高となる理由は日本の消費税が5%であり先進国の4分の1であるからだ”と言う発言もあり、消費税をあげれば円高が防止できるとのあらぬ期待を視聴者に抱かせたのは、消費税アップを掲げるドジョウ野田を応援したことになる!!!

仮に日本が消費税を10%に引き上げても欧米諸国から見れば未だ1/2の水準であり円高は一向に解消されることはないのだ・・・・
仮に日本が消費税を20%に引き上げても日本には1500兆円の個人資産があるとの理由で円高は一向に収まることはないであろう。

変動相場制による国際為替市場はもはや各国の情報戦争の舞台でしかなく欧米諸国が情報を操作して円高を演出しているのが実際の姿なのである。

最後にNHKニュース深読みでは、“日本の財政赤字を、消費税アップと増税によって解消しなければならない”と言う強い印象を視聴者に植え付けて終わった。

やはりNHKはドジョウ野田による増税をさりげなく応援した。



【朝日新聞も民主党ドジョウ野田を応援】

一方朝日新聞は、12月6日の朝刊にて欧州発の危機にかこつけて、「国が無くても平静」とか「薄れる国境、踏み出す市民」等の見出しで民主党の進める“国家解体”をさりげなく後押ししていた。

NHKも朝日新聞もドジョウ野田を応援している。



【欧州ソブリンリスクの真の狙いは何か???】

<売国日本マスコミが仕える真の主人はイルミナティ>

“日本のマスコミが主張することが国民のためにならない”こととは間違いない事実である事は、ヤマちゃんおやじの過去4年間における調査で明確になった。

国会での一川防衛大臣の失言が物議をかもしているが、これが自民党政権であったならば日本の売国マスコミどもは此処を先途とばかり首相の任命責任を痛烈に批判するであろうが、民主党政権下の閣僚の不祥事に関して売国マスコミは黙認している。

表面上では日本の売国マスコミはドジョウ野田を応援しているかに見えるが、実際はそうではない。世界統一国家誕生を画策するロスチャイルドの奥の院(イルミナティ)が日本の売国マスコミども、いや世界のマスコミの本当の主人なのだ。


自民党は日本と言う国の解体を望んでいないが民主党は日本国の解体を望んでいる。

ロスチャイルドの奥の院(イルミナティ)にとっては民主党が長く政権の座に座るのが好都合であるので、配下の日本の売国マスコミに命じて民主党応援/自民党攻撃キャンペーンを張らしているのだ。




【世界恐慌や世界的金融危機を起こすのはロスチャイルドの奥の院(イルミナティ)】

19世紀以降発生した十回以上に及ぶ世界恐慌や世界的金融危機は,経済活動の結果自然に発生したかのごとく報道され多くの書籍に記述されている。しかし実際には、人為的に起こされたのが真相である。

一例を挙げれば1929年に勃発した世界大恐慌は実はロスチャイルドの奥の院(イルミナティ)が傘下の欧米銀行を通じて市場から資金を意図的に引き上げたので発生した。

1929年世界大恐慌後急に大発展した企業は全てロスチャイルドの奥の院傘下の企業である。

一例を挙げると、石油採掘精製業界のセブンシスターズは1929年世界大恐慌以前では地方の中規模企業に過ぎなかったが、恐慌の大打撃を受け倒産した上位企業に代わり世界大恐慌後世界的大企業に躍り出た。イルミナティは傘下のセブンシスターズに対し世界恐慌を仕掛ける情報を事前に流していたので、セブンシスターズは恐慌の混乱を利用して倒産した上位企業のシェアを労せずして奪うことが出来たのだ。

要は“世界恐慌や世界的金融危機はある集団によってしかるべき目標を達成するために密かに企画され引き起こされたものである”と言う認識を持つことが大切なのである。

1929年世界大恐慌勃発の真相は巧妙に秘されているので、殆ど知られていない。

しかし矢島鈞次元東工大名誉教授や米国在住30年を誇る馬野周二氏などの偉大な方々だけはこの真相を喝破されているが、マスコミに登場する二・三流学者達はこの真相を知らない・・・まして一般市民をや!!!


リーマンショックに象徴される2年前に起こった世界金融危機も、一定の目的を達成するためにイルミナティによって仕組まれた事件(陰謀)であることは間違いない。

当初この世界的金融危機を勃発させる目的を2,3挙げてみたがそれなりに尤もらしかったがいずれも説得力不足であった。

今になって初めてその目的の一端が判った感がある。

2年前の世界的金融危機は世界中にばら撒かれた5京円(世界中実体経済の10倍もの規模)とも云われるデリバティブの価格が暴落し不良債権化したことで、CDSなどのデリバティブを保有する金融機関同士が疑心暗鬼となり金融機関同士での資金流通が滞ったことによって発生した。

米国当局はCDSなどのデリバティブの保有量が比較的少なかった大手投資会社リーマンを破産させて世間への見せしめにし、CDSなどのデリバティブを多量に保有するAIGなどの巨大金融機関には巨額の公的資金を投入して強欲な金融機関を救済した。

このドサクサで最高機密情報に近かったゴールドマンサックスなどのヘッジファンド・投資銀行は空売りで巨額の利益を上げたが、ヘッジファンド・投資銀行のためだけにわざわざ世界的金融危機引き起こすほど彼らは馬鹿ではないだろう。


米国ではバフェット氏のような超富裕層(2008年版の世界長者番付で首位となり資産は推定620億ドル(約6兆4500億円))の税率とバフェット氏の秘書の税率は同じであり問題だとバフェット氏自身が先月来日時明らかにした。

米国では人口の1%の富裕層が国の富の40%を占めると言われている。富裕層は巨額の投資資金をヘッジファンド・投資銀行に預け更に財産を増やすが税率は低いので富裕層は益々富を増やすが、今や米国では中間層が激減し極少数の富裕層と経済的に苦しい多数の貧困層に2分化されたといわれる。


ヘッジファンド・投資銀行に巨額の投資資金を託すのは世界中の富豪である。

世界を股にかけ違法すれすれで荒稼ぎを行うヘッジファンド・投資銀行は、富裕層が存在しないと商売上がったりとなる。

富裕層の税金を安くすれば富裕層はより多くの投機資金をヘッジファンド・投資銀行に供給することが出来、ヘッジファンド・投資銀行は荒稼ぎを行う機会を増し世界中で投機が増える。

富裕層の税率低下による税収不足は、多数の貧困層への課税と消費税で補えば良い・・・これが米国流の民主主義/資本主義であり,グローバルスタンダードである。


ギリシャに端を発したソブリンリスク(実際にゴールドマンサックス社ギリシャ支店がギリシャ政府に入れ知恵をしたのがギリシャ財政破綻の原因となった)がイタリアなどの経済大国までに拡大した理由は、先の世界的金融危機対策として各国が大規模な景気刺激策を実施し財政赤字が急速に悪化したことが挙げられている。


よって先の世界的金融危機は、世界中の国々に財政赤字をもたらし消費税を含む増税を中・低所得国民に課し彼らの日々の生活益々困窮させて思考能力を著しく低下させて統一世界政府樹立を宣伝するマスコミの情報操作を鵜呑みにさせる意図があったものと思われる。

一方では、富を一握りの富裕層に集中させてヘッジファンド・投資銀行に豊富な投機資金を得させ最終的には世界中の富を極一部の集団に偏在させる狙いもあったと感じる。

金融市場自由化、株式市場自由化、為替市場自由化、世界銀行、IMF、OECD、インターネットで網の目のように張り巡られたコンピュータシステムネットワーク、ヘッジファンド・投資銀行の公的資金による救済・温存など、情報操作によって市場から投機的に世界中の富を略奪する仕組み(世界略奪システムと仮称する)は完成し、先の金融危機と今回の欧州金融危機により世界略奪システムの実地テストは成功裏に終わったのである。

世界略奪システムの実地テストは成功裏に終了したので、近い将来真の経済水爆が落とされ世界中の富が略奪され、世界中で大多数の人が貧困層に陥りその日の食料を求めて奔走する状態に落とされる・・・当然国家も解体する。

貧困層に陥った人間にはもはや健全な思考力は存在せず、宣伝のままに世界統一政府樹立を大歓迎するであろう。

世界統一政府では、人民はブタとなり世界統一政府が所有する家畜に成り下がる!!!

この筋書き通りに事が運ぶとすれば、先の金融危機と今回の欧州金融危機は、世界統一政府樹立のために不可欠なステップであると言える。


最近しばしばIMF (国際通貨基金)は、日本の財政赤字への警告を鳴らし増税をせよと迫っている。

IMFは一般的には通貨と為替相場の安定化を目的とした国際連合の専門機関といわれているが、内実は世界銀行、OECD(経済協力開発機構)と共にイルミナティが欧米首脳を通じて世界経済を支配するための機関である。

世界銀行トップ(総裁)は米国ら、IMFトップ(専務理事)は欧州から選出するという不文律がある。

日本の財務省が増税を主張するのは、IMFの指令を忠実に守っているからである。日本の財務省が増税を主導し、ドジョウ野田が財務省の命じるままに増税にひた走っているのが実態だ。

選挙で選ばれた政権、大統領をイルミナティが影で支配する形態が欧米民主主義の実態である。

あのニューヨーク国際連合本部の広大な敷地はロックフェラー家が寄贈した。数ある国際機関は表面上では国際機関であっても内実はイルミナティが欧米首脳を通じて世界を動かす舞台に過ぎない。


レーガン元米国大統領の前職は映画俳優であった〜米国では映画俳優でも選挙に勝てば大統領になれる〜さすが米国は民主主義のメッカだ・・・・と思い込んでいる人は多いだろう。

しかしレーガンは若手俳優時代のころから元米国大統領ニクソンと共にイルミナティが主宰するキャンプに継続的に参加して同じ釜の飯を食った仲でありイルミナティの直系政治家だったことは殆ど知られていない。

歴代米国大統領の中で10数人が在職中に殺されている。大統領選挙出馬時にはイルミナティへの恭順を誓って大統領になったが、就任後イルミナティのご意向に反したため死(肉体的死または政治生命的死)に至ったといわれている人が少なくない。

ケネディ大統領はダラスで狙撃され死亡した。

ニクソン大統領は、ウオーターゲート事件で政治生命を絶たれた。
ウオーターゲート事件ではニクソン追い落としのために実際に盗聴装置設置を指示したのは、あのキッシンジャー国務長官だとも言われている。

なお米国国務省高官は1920年代以降イルミナティ代理機関「アメリカ学識者協議会」の事前承認がないと就任できなくなったとのこと(馬野周二著「日本に亡国の音が聞こえる」より)。

1920年代以降欧米諸国を初め戦後の日本でも,どの政党が選挙に勝とうともイルミナティの支配を免れないのだ。


日本政治の閉塞感云々といわれている。。。。

@国政を担うはずの国会議員は、支持母体の利益に反する政治活動は事実上出来ない。

A総選挙で政権をとっても、主要官庁中枢部がイルミナティに乗っ取られており、マスコミもイルミナティに支配されているので、政権は結果的にイルミナティの指示に従うことになる。

自由経済諸国では現在、結局は経済も政治もイルミナティの指示する所へ向かっているといえる。



“神は全人類のために全てを作り賜うた”として金利の存在を認めないイスラム教世界は欧米が率いる自由経済圏とは相容れない。

欧米諸国は、フセインが率いるイラク、カダフィが率いるリビアを独裁国として軍事介入し政権を倒し、イランへも強硬な内政干渉を行っている。イラク、リビア、イランはいずれもイスラム国家だ。


欧米に搾取されていた石油利権を自国に帰属させたカダフィ大佐率いるリビアは貧者がいないという意味では現代の高福祉国家であったが、イルミナティの目指す多数の貧民からなる世界統一政府実現の邪魔になるので欧米諸国からの空爆(空爆のご褒美に欧米諸国はリビアの石油利権をカダフィ大佐から奪還した)を受けて滅亡した。

あと5年も経てば搾取社会に寂戻りした中でリビア国民は、失われたカダフィ時代を羨ましく感じるであろう!!!


12月8日は真珠湾攻撃の日である。

当時の日本は、イルミナティ・国際コミンテルンによって操られた米国ルーズベルト政権から戦争に進まざるを得ないような最後通牒を受けて大東亜戦争に突入させられたことは、最近公表された多数の米国公文書によって証明された。

日本は侵略国家などではない。大東亜戦争は自衛のための聖戦であったのだ!!!

自分達と異なる価値観を有する国を敵対国として難癖をつけて戦争(軍事・経済・情報戦争)を仕掛け征服する欧米諸国首脳の裏にはイルミナティが潜んでいることを見抜かなければ、苦難の歴史を繰り返すことになるだろう!!!
posted by ヤマおやじ at 14:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月01日

飯ヶ岳・沢登りコース・ブナ林コースを歩く


天気予報では11月30日(水)は暖かいが12月1日から寒波が来るという。

寒波が来れば山間部の道路は凍結・積雪するので例年山奥には行かないことにしている。

よって11月30日は今年度最後の山奥登山可能日となり、11月25日の飯ヶ岳登山で心残りとなった沢登りコース・ブナ林コースを訪れることにした。

11月25日には国道315号線の河内峠徳地側林道入口から登ったので、11月30日では国道315号線の河内峠鹿野側林道入口(河内峠から鹿野側へ約200m下った所)から登ることにした。


登山ルートは国道315号線の河内峠鹿野側林道入口(標高580m)から入り林道右脇の登山口に取り付き植林帯を経て周南市と山口市の境界に沿って飯ヶ岳山頂(標高937m)に先ず登り、山頂からブナ林コースを取り分岐2(沢登り終点、標高700m)に向かい、分岐2から分岐1(標高750m)を経て徳地町側駐車場(標高590m)へ下り、駐車場奥から沢登りコースに入り沢登り終点の分岐2に至り、ブナ林コースを登り返し飯ヶ岳山頂に至り、山頂から周南市と山口市の境界に沿って下り河内峠鹿野側林道入口に帰るルートとした。

多くの方々によるインターネット登山記録によりコースの概要が判っていたので、初めてのコースではあるが不安は殆ど無かった・・・・ありがたい、感謝!!!


【飯ヶ岳への登り】

河内峠鹿野側林道入口を8時22分に出発し、8時30分に林道を400歩進んだ所で小さな古ぼけ倒れた案内板(注意しないと見逃す懼れあり)に従い右側の登山道に入った。植林帯を登り8時45分頃弟見山が見える地点を通過した後 周南市・山口市境稜線へ乗り、連続する急坂をあえぎながら登り、林道入口から約2700歩で9時22分に山頂へ到着。

有り難いことには山頂までの登山道は笹はきれいに刈り払われていたが、定期的に笹を刈らないと笹薮化する可能性は大きいだろう。

シャツを脱いで噴出した汗を拭い、松の枝にシャツを掛けて乾かしながら四囲の景色を眺めると、西方向に比較的近くに見える平べったい山塊の頂上近くを横断する長い林道が見えたが具体的な所在地名は全く想像がつかない!!!

帰宅して方角・距離を勘案して地図上で眺めた所、大規模林道、鹿野・豊田線 徳地・阿東区間とも思えたが距離が遠すぎ高度も高すぎるので該当せず、距離と高度から牛頭山から津々良ヶ岳付近を走る林道ではないかと思ったが自信はない・・・・宿題が一つ増えた!!!


【ブナ林コース】

9時45分山頂を出発し、315号線の河内峠徳地側林道入口への分岐を左に見送り、ついで河内峠鹿野側林道入口への分岐を左に見送り9時50分ごろ鞍部に到着し、案内指標に従い雀谷山に向かう稜線を右折し徳地方面へ向かう ブナ林コース へ入った。

DSCF5793.JPG ブナ林

ブナ西限にしては結構大きなブナが姿を現しブナ原生林の中をトラバースしながから南へ進みその後西方向に支尾根を一気に下降し10時20分頃沢に着いた。案内指標に従い沢を下り10時35分に分岐2(大滝の上部)に着いた。

ここで大滝の左岸を巻き滝の下部に下った。この大滝は落差が目視で約10m程度あり、水流は右岸へ捩れて流れ下り、浅い滝壺の下も水流は滝状に流れ下っているので2段滝にも見えた。

DSCF5801.JPG 大滝

左岸を分岐2まで登り返し10時56分に分岐1に向かって分岐2を出発し11時20分に分岐1に到着。滑松コースを右手に見送りそのまま下り11時40分に徳地側駐車場に着いた。ここで登山靴に細引を巻きつけ固定し、急造の沢登り対策(滑り防止)とした。

中型乗用車が着き夫婦連れが出てきたので挨拶するも、そのまま車で帰って行った。
と言うことは中型乗用車でもこの駐車場まで来れるということだ。


【沢登りコース】

11時45分駐車場奥から沢登りコースへ入った。
11月25日には薄暗く見えた沢も、登山靴に巻きつけた細引のせいか余り不安感無く登ることが出来た・・・・何かプラスαがあると気分的にも楽になるのだろうか???

12時頃第一の滝(高さ3m前後)が現れ、水流の無い右岸を登った。
DSCF5811.JPG 第一の滝

12時8分に第二の滝(高さ3m前後?) が現れ、水流の無い右岸を登った。
DSCF5812.JPG 第二の滝

要所要所には木の枝に結ばれたビニール紐が進路を教えてくれるので安心だ。

12時23分に水流の細い第三の滝(高さ3m前後?) が現れ、水流の無い右岸を登った。
DSCF5813.JPG 第三の滝

12時30分頃第四の滝(大滝)が現れたが、この滝は手強く右岸を巻かざるを得なかった。
DSCF5802.JPG 第四の滝(大滝)上部

12時35分分岐2に到着し1時間弱の沢登りコースは無事に終った。
 


途中両手と膝によるフリクションを効かせて登った箇所が2箇所程度あったのでそれなりのスリルはあったし、滝が4つもあり想像以上に好印象の沢登りであった。

これから登り返す急坂を前にムスビを食しながら休憩した。


【帰路】

12時45分に分岐2を出発しブナ林コースを登り返して13時20分に雀谷山分岐に着き5分間休憩し、13時33分に2度目の飯ヶ岳山頂に到着。ここで休憩し汗を拭いしばし景色を眺める。

13時42分山頂を出発し、往路と同じ周南・山口市境稜線コースを下り14時12分に登山口へ着き、14時23分に駐車場所に着いた。


今回の山行は、飯ヶ岳のブナ林と沢登りを身をもって体験しその素晴らしさを実感できた点で大きな感動を受けた。

ヤマちゃんおやじが今迄登った山口県内の登山コースの中では(通路の笹が駆り払われている限り)見所が多彩な点で 徳地側からの飯ヶ岳登山周遊コースが圧倒的にベストだと感じた!!!

インターネットではでは素晴らしい黄葉の写真が満載された11月10日前後の飯ヶ岳登山記録があった。

機会があれば、ぜひ黄葉ベスト期に再び訪れてみたいものだ!!!!


ブナ林コース、沢登りコース、滑松コースのある飯ヶ岳の滑国有林周辺は、少なくとも7,8年前にはその豊かな自然も登山案内書には記載が無く、登山ルートも整備されていなかった。

しかしその後徳地町関係者などのご尽力で今の立派なコースが出来上がったのは誠にありがたく、関係者への感謝の念は甚だ大きいところがある・・・感謝、感謝、感謝


帰りに島地川ダムへ回り湖畔に点在するモミジを見て帰った。

DSCF5827.JPG

posted by ヤマおやじ at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする