ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2011年11月29日

島根県匹見町伊源谷でダブル三段滝を探訪す


天気予報は快晴というので11月26日(土)に、島根県匹見町伊源谷の上流にあると思われる滝を探訪した。

11月13日(日)初めて島根県匹見町伊源谷新コースから安蔵寺山(標高1263m)へ登りモデルコースから下山した際、下山道の左側に滝(白い流れ)が垣間見られたが時間的な余裕が無かったので後ろ髪を引かれる思いでそのまま下山した。

11月16日(水)に島根県右ヶ谷川の上流において念願の三段滝を探索できたので、その余勢を駆って26日には安蔵寺山東麓の伊源谷に懸かる滝の探訪に出かけた。

事前に電子国土ポータルの地形図を眺めて滝の大まかな位置を推定していた。

インターネットの登山記録を検索したが、伊源谷に懸かる滝に言及したものは見つからなかったが、登山道に聞こえる水音から滝の存在を予想したブログはあったが・・・・・


問題は伊源谷へ通じる唯一の道路である県道42号が伊源谷入口の前後約20kmでは幅員が極端に狭い上にガードレールも無い(下手な)運転手泣かせの道なのである。

現に去る11月13日(日)の伊源谷からの帰路では、2台の対向車と離合できないため退避場所まで細い道を20m程度後進して事なきを得た。

この時は運良く20m程度の後進で済んだが、最悪の場合はガードレールも無い曲がりくねった谷川沿いの道を30~40m後進せざるを得ない場所もある!!!


幅員の広い道路からアクセスするには、上高尻ゴギの里から一旦安蔵寺山に標高差で800m登りモデルコースを標高差で500m下り新旧コース分岐に至りここから沢を標高差で200m程度登り滝を探訪後再びモデルコースに戻り標高差500m登り安蔵寺山に登り返しゴギの里へ下ることになり、安蔵寺山に2回も登ることになり累計標高差は1500mにも及ぶ・・・・多分8時間程度を要するだろう!!!

ゴギの里から自宅まで往復5時間かかるので合計13時間を要すことになる。朝6時に出発すれば19時に帰宅となり問題はないが、累計標高差1500mは相当に厳しい数値だ!!!!

結局実際には5時頃出発したが、“放射冷却により山間部の道路凍結の恐れあり”との国道9号電光掲示板が気になり途中のコンビニでゴルゴ13や週刊誌を読んで時間つぶしをしたので、狭い県道42号から伊源谷に向うこととなった。

国道9号〜西石見広域農道〜国道191号で道川から県道307号に入り匹見から県道42号を通り伊源谷入口駐車場である“ファクトリーみささ”に10時30分頃着いた。

狭い県道42号では大型ダンプとたまたま離合場所で出合ったのでラッキーであった。


県道42号経由であれば時間的に余裕があるので、途中 道川城跡に登り、小松尾城跡の説明板を読んだりした。戦国時代はこのあたりでも、益田氏と吉見氏による激しい領土争いが行われたとのこと。。。。

DSCF5758.JPG 道川城跡から春日山方面を望む

10時35分頃“ファクトリーみささ”を出発、11時15分頃安蔵寺山登山口を通過、11時20分頃新旧コース分岐を通過、11時30分頃渡河地点に到着した。

ここから沢を遡ることとした。
沢の幅は予想外に広い〜30m程度は優にある。

11時50分頃沢が右側へ湾曲する地点を通過した。
途中通行の邪魔になる小枝が折られているのは、誰かが此処を通過した証拠だ〜同好の士はいるものだ〜

更に3,4分進むと小滝が現れその奥に流木が懸かった高さ3m程度の滝が見えてきた。

この滝の近くまで行くが登山靴での直登は諦め、右岸は岩盤であるが左岸は傾斜は急であるがモミの木などの立木があり登れそうなのでを高巻くことにした。

急傾斜の左岸を登りおよそ標高差で25m程度の高みに達し大きな倒木を越えた時、左側前方の高みに別の三段滝が急に現れハット息を呑んだ(12時10分頃)・・・・やはり滝はあったのだ!!!!

DSCF5769.JPG 上部三段滝と下部三段滝の一部

流木が懸かった下側の滝も三段になっており、その滝の上流で谷は二股に分かれ、左側の谷には三段滝があり、右側の谷には細い流れが滝状になって岩の間を下っていた。12時20分頃二股に下りた。

DSCF5772.JPG 上部の三段滝


左右の谷の中間部を更に標高差で20m程度登り右岸側の谷に下ると高さ3m程度の滝があった(12時40分頃)。このあたりでは今シーズン初めて見る雪が残っており、さらに流れは上方に延々と続いているようだった。

ここから左手(右岸)の急傾斜を標高差で30m程度よじ登り12時55分頃モデルコース登山道に出た(標高約930m)。ここから登山道を距離で20m程度登った地点の杉に赤テープが巻いてあった。

この古い赤テープは滝へ下るポイントだと思われたので、その下に黄色のテープを張り付けておいた。

ここから登山道を下り傾斜がゆるくなった辺りで登山道から左方に5m程度離れた所から上流側に滝が見えたが、これは下の三段滝の2段目の滝だろうと推定した。この場所からは上の三段滝は角度的に見えないので、さらに上方に三段滝があるとは想像できないだろう!!!

DSCF5779.JPG 登山道付近から見た下の三段滝の一部

大雑把な滝の下部標高は、下の三段滝で標高850m前後上の三段滝で標高900m前後で、滝の落差は目見当ではあるが下の三段滝で15〜20m程度、上の三段滝で15〜20m程度ではなかろうか。。。

赤テープから900歩下った13時10分頃渡河点を通過した。
13時20分頃コース分岐を通過し14時頃“ファクトリーみささ”に着いた。


往路で土砂運搬中のダンプカーに出会ったので、復路は県道42号を狭い道ながらダンプが通過しない上畑トンネルへ向かいゴキの里経由で帰ったが2台の小型車と出会ったもののすんなり離合できたのはラッキーであった。

今回の伊源谷歩きでは、ダブルの三段滝を探訪できたので久しぶりに興奮した。



家に帰り写真を眺めながら辿った沢の状況を思い出していると、下の三段滝は分離した3つの滝から構成されているのではないかと想像された。

下の三段滝の最下段が流木が懸かった滝であり、その上に釜を持った中段の滝(この滝が登山道から下方に見える)があり、その上に最上段の斜滝がある・・・と感じた。

これに反し上の三段滝はほぼ連続して3つの滝が連なっていたのははっきりしている。

細かく数えれば、標高差約50mの間に少なくとも6個の滝が連なっていることになる!!!

滝を巻かずに登れば実体ははっきりするであろう。。。。


7,8年前に伊源谷近辺の三蔓川・広高谷に懸かる二つの(かなり立派な)無名滝を3回にわたり探訪した時の感動を久しぶりに味わった。

この2つ滝は三蔓から広高山・額々山へ向かう登山道からは見えないので、1回目と2回目は赤テープの場所から登山道からはずれ左岸側岩場を標高差で20m程度下った谷底に二条滝を見つけ、3回目は下流から沢を直接遡り二条滝に到達した。

二条滝の上流にある直滝へは、登山道の渡河地点から下流側へ下り左岸の(スリル満点の)岩場を谷底へ下り到達した。

後日この付近の岩場から谷底へ転落死した人が1カ月後に発見された話を聞きゾーとした記憶があり、ベテラン登山者からは”初心者が単独で赴く場所ではない”とたしらめられた。。。。


伊源谷に懸かる連続滝を今回も無事に探訪できたことに感謝、感謝、感謝!!!
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2011年11月28日

公園林業ボランティア活動 & 大阪維新の会が圧勝 & 山口市徳地町飯ヶ岳に登る


先週末は雨風も止んでアウトドア天気となったので3日連続アウトドアで体を動かした。

25日(金)は山口市徳地町の飯ヶ岳(標高937m)に登り、26日(土)には安蔵寺山東麓伊源谷で滝を探訪し、27日(日)には常盤公園林業ボランティアとして公園内林の整備作業を9時から15時まで行った。


【公園林業ボランティア活動】

公園内をウオーキング中の一市民が作業場所まで来られて、“ウオーキングの度に森林の状況を見ているがボランティアによる公園内の森林整備が着実に進み綺麗になった”と感謝の言葉を戴いた。今年1月から公園林業ボランティア活動を始め10回程度作業をしてきたが、ウオーキング中の一市民が作業場所に来られて謝意を述べられたのは初めてであり、すがすがしい気持ちになった。


【ダブル選挙で大阪維新の会が圧勝】

27日(日)には大阪府知事選挙と大阪市長選挙のダブル選挙が行われ、いずれも橋下氏が率いる大阪維新の会が圧勝した。

大阪市長選挙では民主党、自民党及び共産党が推薦した平松候補は23万票という大差で
橋下氏に敗れた。

政治家としての橋下氏の人となりは詳しくは知らないが、“朝日新聞が世の中から無くなれば良い”と公言し、大阪府学力テストの市町村別正答率の公開を拒否する教育委員会と対決し府民の賛同を得て市町村別正答率の公開を実現した所などは気に入っている。

橋下氏は、日本弁護士連合会が憲法・法律・死刑執行に関し度々意見表明をする事について、「問題は、この弁護士会が政治的な意見表明を行っていることである。(中略)こういう組織は政治的な意見表明をしてはいけないという当たり前の事を理解していない弁護士が多いのだ」と批判したが、ヤマちゃんおやじも全く同感である。
日本弁護士連合会なる団体は、ある特定の政治信条にしたがって発言する政治団体だと感じていた所だ。
“民主党も自民党も国民目線が無いので駄目”だという意味で、民主党、自民党及び共産党が推薦した平松候補が大敗したのは喜ばしいことでもある。

無能かつ有害な野田ドジョウ政権は一刻も早く退陣すべきであり、左翼化した自民党も解体され、真に日本を独立させる新しい政治団体の発足(一同団結)が期待される!!!


【飯ヶ岳に登る】

飯ヶ岳は山口市徳地町と周南市鹿野町の境界にあるが、山口市徳地森林セラピー基地(日本で最初に森林セラピー基地として認定さる)では飯ヶ岳トレッキングを定期的に企画している関係からすれば実質上は徳地町の山と看做してもよいだろう。


とはいえ徳地町側から飯ヶ岳に登る登山口は国道489号線沿いの大原湖近くの入口から細い道を約10km山奥へ走ったところにあり、8年頃前に車で訪れた時には細いダート林道が延々と続くのに根負けし途中でリタイアした苦い思い出があった。

しかし周南市鹿野町側にも飯ヶ岳登山口があり、こちらは国道315号線沿いにあり対向車との離合は心配することは無い。

10年前(?)頃前に「山口百名山(中島篤己著)」を参考にして鹿野町側から飯ヶ岳に登った記憶だけはあるが コース入口以外はどんなコースであったか全く覚えが無い。
インターネットで検索した結果 鹿野町側からの最近の登山記録が複数記載してあったので一応安心し鹿野側から行くことにした。

11月25日(金)に鹿野町側登山口から登り山頂から徳地側コースに下り、再び徳地側コースを山頂まで登り返し鹿野町側登山口に下りることにした。

鹿野町側登山口にこだわった最大の理由は、国道315号を鹿野側に下り喫茶店「さくや」で“松茸入りキノコうどん”を食べたいがためであったのだ!!!


国道315号河内峠(鹿野町と徳地町との境界、標高585m)手前の屋敷川入口の空地に駐車する予定であったが材木の積み込み場所となっていたので断念し、河内峠を徳佐方面へ150m越えた登山口に車で進入しようとしたが幅30cm程度の排水溝があり進入不可なので一旦徳佐方面へ進み鹿野地あたりで方向転換し再び河内峠を過ぎた辺りの道路脇に10時20分頃駐車した。

10時25分頃駐車場から歩き始め、10時28分頃登山口(標高560m)に着き、林道に入る。10時35分頃砂防堰堤を左に見送り10時40分頃林道終点(標高640m)着。ここから植林帯を巻き気味にトラバースしながら支尾根に達した。新しい踏み跡は見られず登山者が少ないコースがだとわかった。

その後一直線の急坂をほぼ南西方向へ登り9合目以降は背丈ほどの笹薮を掻き分けて(支尾根取り付きからおよそ1000歩)11時40分頃山頂に到着した。

山頂からは300度の大パノラマが現出した。北西には秀麗な十種ヶ峰、時計回りに野道山、三ツヶ峰、高岳山、弟見山、莇ヶ岳、長野山、馬糞ヶ岳、金峰山、石ヶ岳、大平山、矢筈ヶ岳、右田ヶ岳などなど。。。。この方向から莇ヶ岳〜弟見山稜線を眺めるのは初めてだ。

DSCF5736.JPG 莇ヶ岳〜弟見山稜線

ムスビを食べカロリー補給をしながら30分程度景色に見入った。

飯ヶ岳山頂から5つの尾根が派生しており4つの尾根に沿って4本の登山ルートが山頂付近から分岐している。

山頂から@東北方向へは国道315号方面へのコースがあり、これを左に見送り東南へ進むとA国道315号へ向う別のルートがあり、これを左に見送り南方へ向かえばB沢コース・雀谷山〜飯ヶ岳縦走路となる。山頂から西側に進み南西に向きを変えてC尾根(滑松)コースへ至り分岐1を経て滑(なめら)林道駐車場(15台程度駐車可、標高590m)、三本杉へ到る。

12時10分頃山頂を横切る登山ルートを西側に辿り南麓に広がる滑国有林方面へ概ね南西方向へ向かい急坂を下り12時40分頃分岐1(標高750m)を通過し、13時頃滑林道駐車場へ到着した。ここから林道を15分程度下り谷川を渡ると「森の巨人たち百選」に県内ではただ一箇所選ばれました三本杉(標高530m)がある。

DSCF5742.JPG 分岐1のルート案内 DSCF5750.JPG 三本杉

さて帰路はあの急傾斜を登り返すのが億劫になり一瞬、そのまま滑林道を下り国道489号、県道、国道315号経由で駐車場所の河内峠に歩いて帰ることも考えたが恐らく5時間程度の時間が掛かるのでやはり飯ヶ岳山頂へ引き返すこととし13時30分頃滑林道駐車場へ着いた。

ここで小さな木橋を渡らず「沢登りコース」に入って見たが水量が多い上に薄暗い谷が続くので3、4箇所ある滝を見たいのは山々であったが乗り気がせず、来た道を引き返すことにした。


13時35分頃「滑松」の看板を通過。

DSCF5753.JPG 滑松

滑松とは、「この付近一帯の尾筋から中腹にかけて天然に生立した樹齢200年以上の赤松の通称」である。なお、昭和40年には皇居造営用材として、昭和42年〜43年には錦帯橋の修理用材として使用されている。

しかし、現在ではマツ枯れの打撃も受けて、山口森林管理事務所によれば名前に値するものは20本余を残すのみとなっており、しかもこれらは禁伐となっているため、被害木の伐採によるもの以外は出材されない。

「滑松」の材としての特徴は以下の諸点が挙げられている。
@ 材が通直でうらごけ(樹幹の上方部が細くやせている形状をいう)が少ない。
A 枝下が高く枝が少ない。
B 樹皮が極めて薄く、赤色が鮮明である。
C 年輪幅が狭く均等で直円である(偏心がない)。
D 辺材(白太)が少ない(心材率が高い)。
E 心材(赤身)は樹脂が少なく、しかも赤色鮮明で光沢に富む。
多くは既に伐採され、さらにマツ枯れが追い打ちをかけ、僅かに残っている国有林の滑マツは現在、「滑山林木遺伝資源保存林」に指定されて保存されており、併せて天然生の残存木の後継樹を育成する取り組みも実施されている。

DSCF5741.JPG 黄葉と滑松

14時頃分岐1を通過し、14時45分頃再び飯ヶ岳山頂に到着した。

国道315号へ向かうルート入口では笹薮が密生していたので気分一新を図るために、持参の枝払いニッパーで通路の笹を長さ15m程度刈り払った後14時50分頃下山を始めた。このコースでは正面に弟見山〜莇ヶ岳の稜線を見ながらの下りが支尾根終点まで続く。15時35分頃支尾根終点を通過し15時40分頃林道終点を通過して16時頃駐車場所に着いた。

帰路国道315号を鹿野側に下り喫茶店「さくや」を訪れ、念願の“松茸入りキノコうどん”を注文した。丁度マイクロバスに乗ったお客が店から出てくるところであったので、品切れを心配したが、何と今シーズン最後の注文となりギリギリ間に合った!!!!

“松茸入りキノコうどん(季節限定1000円)”は裏山で採れた松茸、ナメコ、その他1つのキノコの三種類が具となり独特の甘みがことのほか美味であった。

先日島根県側の右ヶ谷川上流で三段滝を訪ねた話をしたのをきっかけにして、マスターと山談義をして楽しいひと時を過ごした。

国道9号線経由で18時30分頃自宅へ帰着。
別のルートからまた飯ヶ岳に登りたくなった。

概ねマア結構な山行であった・・・諸々に感謝、感謝、感謝!!!
posted by ヤマおやじ at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月23日

「里山資本主義」、「元気バス」に想う


◆ 先週NHKテレビで「里山資本主義」が報道された。

関心があった部分だけをつまみ食い的に記載すると、

ドイツのギッシングと言う人口2000人の田舎町では、EU加盟やグローバル化により農産物が広い市場相手に大いに売れると期待されたが、実際には圧倒的に強い外国産農産品との価格競争に負け農業は衰退し住民の70%は出稼ぎを余儀なくされた。

緊縮財政から開放されるためにギッシングでは従来の発想を大きく転換し、木材チップ専用高効率(98%)ボイラーによる電熱併給システムの導入、家庭での木材専用暖房システムの採用(1冬で5トンの木材チップを使う)など官民一体となって地元木材活用を強力に推進して、外国から輸入していた化石燃料をギッシング産木材(ギッシングで谷間に朽ちるままに放置されていた木材)に転換して年間6億円の経費削減を実現した。

また化石燃料価格は投機により頻繁に暴騰するがギッシング産木材価格は安定しているのでエネルギー価格安定のメリットに惹かれて多くの加工業が進出したので新規に多くの雇用が生まれたという。

また木材からガスを生成し従来の車でガソリンの代わりに使用できるように目下鋭意研究が進められているとのこと・・・・これが完成すれば殆どのエネルギーが自給可能になる!!!


GDPは金を使うほど増大する(お金を使わないとGDPは増えない)。
世を挙げてGDP中心に語られるが、ギッシングではお金を使わず(即ちGDPという無意味な数値にとらわれず)、谷間に朽ちるままに放置されていた木材を活用して生活のゆとりを得た!!!

〜さようならGDP〜 〜さようなら経済統合〜 〜さようなら貿易自由化〜 〜さようなら資本主義〜 〜さようなら市場主義〜 

ギッシングの人達は、“今までは目の前にある資源の価値を見逃していた”ことに気がついた!!!

この話の終わりは『世界経済は一握りの人達によって支配されており良くない!!!』であった。


広島の庄原市では「松茸ヤマ研究会」が発足し、荒れた里山を整備し山の再生に積極的に取り組んできた結果松茸が生えるようになり、新たにきのこの女王と呼ばれる「香茸」まで取れるようになった!!!・・・・今までは宝の持ち腐れであった。。。

資本主義・市場主義では短期の時間軸で効率だけを考える。
しかし子育て・自然では長い時間を必要とする。
どのように文化が進んでも所詮人類は自然を超越できないのだから、視野の狭い資本主義・市場主義中心に物事を考えるのは誤りである!!!


「原価ゼロの里山生活」と言う話では、自然を相手に手間を掛け自然から戴いたものを自分が消費し、他人にも提供する。他人は恩返しとして「手間返し」として自分に不足するものを分けてくれる。何を返したら相手が喜ぶかを考える喜びが大きいという。

人を騙してでも金儲けに奔走する現在資本主義とは対極の生き方である。

資本主義のメッカ米国で三十数年暮らしたある日本人が言うには、「米国の経営者連中は何時競争相手に足元を払われはしないかと気が休まる時が無く、常におびえている」とのこと。

米国ウオール街では雇用を求めてウオール街の大金持を攻撃するデモが連日吹き荒れている。米国では人口の1%が国全体の富の40%を握っていると言う・・・・極端な格差社会だ。米国だけではない、ヨーロッパ、支邦、日本、インド・・・全ての先進国でも同様な格差社会だ。

この番組は極めて示唆に富むものであり、ヤマちゃんおやじの考えとも一致する部分があったので興味深かった。

極言すれば、誰かが世界中の富を全部手中にしても住処たる地球環境が破壊されれば何のことは無い!!!  〜さようなら資本主義〜

お金は人間の奴隷であるべきで、人間がお金の奴隷になるのは全くの本末転倒だ。


現在実体経済規模の10倍以上の虚経済資金(金融商品を含む)が世界中で利を求めて駆け巡っている。CDSなどの金融商品のデリバティブはバクチと同様と言われている。

世界的投資家ウォーレン・バフェットは、CDSの事を「時限爆弾 time bomb」「金融大量破壊兵器 financial weapons of mass destruction」と呼んで警鐘を鳴らしている!!!

金は経済活動の血液と言われるが、いまや猛毒にまみれた汚い血に落ちぶれた。
世界中の銀行は欲におぼれ、この猛毒にまみれた汚い血をも商いしているのだ。

猛毒にまみれた汚い血は、大量にデリバティブを所有する金融機関と一緒に地上から一旦清算されるべき運命にあるのではないか!!!

リーマン危機に続く欧州金融危機は止まる所を知らない!!!

21日来日した世界的投資家ウォーレン・バフェット氏は、ヨーロッパ金融危機では対策を実行できる主体がいないので解決しないだろう と明言した。

支邦のバブル崩壊は秒読み状態ともいわれる!!!



「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成23(2011)年11月23日(祝日、水曜日)通巻第3494号<11月22日発行>によると、


十月速報で外国ファンドが中国からの引き上げを本格化させていることが分かった(ウォールストリートジャーナル、22日付)。
香港財閥一位の李嘉誠の国際ファンドが2014年まで保有すると宣言した大量の中国銀行株を手放した!!!
=====引用終わり====


金融資本主義は2012年あたりに滅亡すると言う予言があることはヤマちゃん日記で過去数回記載した。

ひょっとすると・・・・この予言は当たるかもしれない!!!!!



◆ 21日朝のNHKテレビで「元気バス」が報道された。

三重県度会郡玉城町では、少子化高齢化の進展による採算性の悪化により路線バス各社は既存バス路線を大幅に廃止してきたあおりで公共交通手段を奪われた地域社会に住む車に乗れない老人達は食料品などの生活必需品の買い物がままならぬようになった。この対策として玉城町では「元気バス」を試験的に導入開始した。

「元気バス」とは、利用者が事前に申し出た乗車場所や時間に車両が向かい、希望する目的地まで運ぶオンデマンド形式によるバスです。

 玉城町では、平成21年11月から東京大学大学院との共同研究により実証実験を実施しています。利用登録をされた人があらかじめ決められた玉城町内の乗降場(公民館、ゴミ集積所・リサイクルステーション、病院・診療所、公共施設、一般店舗など)間で、乗合率を高めながら目的近くまで走ります。

「元気バス」のサービス開始によって、いままで出不精となり自宅に引篭もっていた老人達は買い物だけでなく、公民館などでの趣味の会・研修会などへも積極的に参加できるようになり、従前に比べると健康的で積極的な老後生活を送れるようになったと喜ばれている。

中には公民館などで研修を受け資格を取りボランティア活動として老人ケアを始めた70歳後半の年配者も出てきたそうだ。

公共交通手段の消滅により老人が出不精となり家に引き篭ってばかりいると精神的にも肉体的にも不健康となり、結果的に自立生活が出来ず老人ホームのお世話になるルートを辿ることになる。

しかし「元気バス」によって元気なお年寄りが増えるので老人ホームにお世話になることもなくなり、介護費用の低減に繋がるというメリットも期待できると言われている。



この報道でヤマちゃんおやじは2つの事を強く感じた。

1つめは、欧米が呪文の如く唱える規制緩和・市場第一主義・グローバル化など一般国民にとっては有害なものだ。

田舎を走る路線バスの如く、市場にビジネスとしての魅力がなくなる(採算性が悪化する)と,ニーズはあっても企業はさっさと撤退する。

規制緩和/自由化・市場第一主義・グローバルスタンダードとは、国や地方が行う規制を廃止して,財やサービスの提供を市場原理に委ねるのがグローバルスタンダードでありこれが世界の進むべき路であると強弁することだ!!!

また国や地方自治体が国民・住民の便宜のために行う各種サービスも、民業を圧迫するものとして否定される。


広域経済圏=地域経済ブロック=の見本でもあるECは目下未曾有の経済危機に見舞われている。

欧米からの圧力に負けて自民党政権が行った大規模店舗規制緩和により、町の商店街は消滅した。証券自由化により日本の証券市場では外人株主が25%以上を占め,日本式経営は消滅し株主優先政策が先鋭化し従業員軽視が定着した。

野田ドジョウは10年以上前の概念である(東)アジア経済ブロック形成などと吼えているが、ECの経済危機を見ればわかる通り、地域経済ブロックは全く無意味であり、むしろ有害である。

先に自民党政権下で消費税が5%に引き上げられたが、この税収増加は高所得者への減税で帳消しされたのだ(当時の加藤税制審議会会長がしぶしぶこの事実を認めた)!!!

デフレ下では超有害となる増税を売国奴財務省にそそのかされて決めた野田ドジョウは、無責任馬鹿男でしかない。

鳩山、管、野田と国を破壊する政権が3代続けば日本はどうなるか・・・自明であろう。。。
この左翼政権を選んだ国民には責任を取ってもらいたいきがするが、早く何とかしなければならない!!!


2つ目は、現在の誤った老人福祉政策である。

今から50年前の日本には、呆け老人も老人養護ホームも無かった。

昔の老人は家業手伝い、家事手伝いなど何らかの社会貢献または趣味に没頭するなどして決して無為に過ごすことは無かったので呆ける暇は無かったと思う。

それに反して、現在の多くの老人は朝からテレビを見てダラダラ時を過ごし、体に悪い所も無いのに医者にかかりおしゃべりにうつつを抜かす間に痴呆が一挙に進む。

端的にいえば適度の緊張感もなく楽をしているから呆けるのだ!!!

痴呆になれば老人ホームに入り 上げ膳据え膳状態で全てヘルパーの世話になっている。
痴呆でなくても老人ホームに入る老人も少なからず存在する。

老人ホームでの介護費用(600万円/人年とも言われる)は国庫から膨大な補助が行われている。
600万円/人年*200万人=12兆円/年

日本では医療費プラス福祉費で年間35兆円の巨費が失われて行くが税収は年間40兆円程度なので如何に福祉関連費用が巨額であるかがわかる。

老人福祉費の大部分が国庫から賄われるということは、ある意味では介護老人は国民(他人)に甘えているとも思える。

老人が適度の緊張感を持って生活しヘルパーの支援を必要としなくなれば老人ホーム入居も不要となり老人福祉費は大幅に下がるであろう。


医療費でも老人医療費の占める割合は大きい。

自己負担率が1/10なので、医者にかかる必要が無いのに医者に掛かる人も多い。
中にはお友達とおしゃべりするために医者に行くお婆さんも少なくないという。

笑い話がある・・・・
{今日は○○婆さんはどうしたの?}と待合室で婆さん仲間が聞いた。
{○○婆さんは風邪を引いたので今日はお医者通いを休んだそうだ}・・・

無料同然に医療費が安いので、仲間とおしゃべりするために医者へ行く婆さん達も少なからずいる。。。


現在では“老人は他人への迷惑をも考えず自分の好き勝手に生きても良い”という様な意識が強く感ぜられ、この意識が老人医療・老人介護費用を大きく増大させるだのと思う。

やはり人間は死ぬまで必要以上の楽をしてはならないのだと感じた。
老人とはいえ、後輩や子孫に必要以上の迷惑を掛けてはならないとも思う。

そのためには老人と言えども、自分を律し、美食を避け、健康保持に留意し出来る限り他人に迷惑を掛けない生活(自立した生活)を送る義務があるのではないだろうか!!!!

現在の老人福祉政策は、老人ホーム入居者へ補助金を出すことに重点が置かれている感があるが、極めて単細胞的発想〜死んだ金の使い方〜でしかない。

本来の老人福祉政策は、介護を必要としないで自立できる老人を増やす方向に金を使うべきだと思う。

野田ドジョウは将来の福祉財源確保のために増税すると言うが、現在の単細胞的発想による福祉政策を抜本的に改めるのが政府が真っ先にすべき行動である。
posted by ヤマおやじ at 12:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月18日

右ヶ谷川の源流〜三段滝〜探訪


11月16日(水)に本年3回目の右ヶ谷川の源流〜三段滝〜探訪を行った。

ちなみに右ヶ谷川は益田市で日本海へ注ぐ高津川(延長81km、支流を含めてダムが一切無い日本有数の清流)の支流福川川の支流小峰谷川の支流であり、莇ヶ岳(標高1004m)主稜線を水源とする。

今週末は雨天で11月16日は快晴と言う天気予報を11月15日に聞いて16日決行を思い立った。

そもそも右ヶ谷川の源流〜三段滝〜探訪の発端は、2008年11月13日に右ヶ谷川上流のワサビ田経由で道なき道を藪漕ぎ後莇ヶ岳〜小峰峠縦走路に出て莇ヶ岳に登った時出会った年配の登山者から、“右ヶ谷川上流に三段滝がある”と言う話を聞いた所にある。

本年10月28日の1回目の三段滝探訪では、天候不順と久しぶりの道なき道歩行が億劫になり、途中で引き返した。

その後この悔しさを晴らすために地形図を何回も眺め三段滝探訪コースに思いを巡らせてきた。

本年11月2日の2回目探訪では右ヶ谷川第二の二股の右岸を詰めて急斜面での藪漕ぎ1時間という苦闘の末莇ヶ岳〜小峰峠縦走路に出て莇ヶ岳に登りピストン往復したが、三段滝らしきものは見つからなかった。

帰途後学のため第二の二股の左岸を30分程度遡り次回のための下見をした。
帰宅後地形図を眺め次回は、第二の二股の左岸を遡り第三の二股も左岸を遡ることにした。

11月13日伊源谷コースからの安蔵寺登山の帰途鹿野町の自然派喫茶店『さくや』に立ち寄り三段滝の情報を聞き取りしたが確たる情報は得られなかった・・・という経緯があった。



11月16日6時15分頃自宅出発。

国道9号、国道315号経由で一旦鹿野町に向かいガソリン補給後県道3号に入り小峰峠を越え8時40分頃右ヶ谷キャンプ場前空地に到着し駐車。

藪対策カッター(藪漕ぎ用新兵器!?)をザックに固定しキャハン着用後8時45分頃駐車場を出発した。

右ヶ谷キャンプ場を通過しコンクリート製橋を三回渡り第一の二股(縦走路983mピーク行き分岐点)を右に見送り、9時25分頃第二の二股(遊歩道終点)を通過し左岸に進み、9時50分頃11月2日下見時の最奥到達点に着き更に上流へ進んだ。

10時を過ぎた辺りから渓流の傾斜が増し小滝や傾斜滝が多く見られるようになり、10時10分頃高さ2m程度の小滝の左岸を登ると目の前に第三の二股が急に現れた。

当初案では左岸を遡るとしていたが何だか谷自体が薄暗く狭い・・・一方右岸の方が広くて明るいので右岸を遡ることにした。

10時35分頃沢の真ん中に生え右横方向に数本の根を張る3本に枝別れした木の側を通過し1分少々歩くと落差5m程度の斜滝が現れた。

DSCF5672.JPG <右横方向に根を張る木>

10時40分頃第四の二股に至り右岸(左側)に進むと10時48分頃3段に分かれた滝が姿を現した。

下段が落差3m程度の斜滝でその上に落差5m程度の中段の斜滝が続き、その上に落差10m程度の上段滝(傾斜≒70度、上部幅約3m)が連なっていた〜これが右ヶ谷川の三段滝だ〜と直感した!!!

DSCF5675.JPG DSCF5676.JPG DSCF5678.JPG <左から下段・中段・上段の三段滝>

この三段滝の標高は750m前後と思われ水流がやや少ないのはこの高度を考えると致し方ないであろう。

この滝は右側を巻いたが、浮石が多くきつい傾斜面を登ることになるので後続者が有る場合は落石には十分注意する必要がある。

更に沢を登り11時25分頃次の二股に至り、左岸は谷を倒木が埋めていたので右岸(左側)に進むとびっしり密集した笹薮が待っていた。

振り返れば名残りの黄葉の向こうに遠い稜線と青空が見えた。
DSCF5679.JPG DSCF5680.JPG <標高800m付近の風景>

藪対策カッターとストックを左手に右手は笹を掴んで急傾斜の笹薮を掻き分け道なき標高差150mの高みを這い上がる過酷な薮漕ぎがいよいよ始まる。

11時40分頃最初の一滴が沢に滴り落ちる大岩=右ヶ谷川の水源の一つ=に到着した。

DSCF5682.JPG<最初の一滴が滴り落ちる大岩>


上空を仰げば青空が見えたが稜線ははるか彼方の高所にある。

なるべく稜線が低い場所を狙って左側に斜めに進みようやく縦走路に出たと思いきや、出た場所は支尾根であった(がっくり)。。。。

縦走路に出るには標高で20m距離で70m程度の薮漕ぎが更に必要であった!!!

例外ではなくこの支尾根にも多くの曲がり木が枝を広げ行く手を阻んだが、藪対策カッターで通路を塞ぐ曲がり木の枝を一発で切断できるので進路を後退させることが無くなり大いに助かった。

藪対策カッターは700g程度の重量と50cm程度の長さがあり嵩張るが、この薮漕ぎでも十箇所程度使用したが、疲労と所要時間がかなり軽減されたとの実感があった。


13時ごろ待ちに待った莇ヶ岳〜弟見山縦走路(標高約940m)に出た。

出口位置は、莇ヶ岳から弟見山に至る縦走路における2番目の950mピークから100mほど弟見山方向へ進んだ場所であった。

出口のすぐ隣の木に目印の赤テープが張ってあった。三段滝に至る下り口を示す赤テープであろう。

標高差150mを登る急傾斜薮漕ぎに1時間35分を要した!!!

一般的登山道で標高差150mを登るには30分程度あれば良いので、その3倍の時間を要したことになる。反面、道無き道での下りの薮漕ぎ時間は登りに比べると1/3以下の場合が多いが・・・・

今回一発で縦走路に出ず支尾根経由となったのは地形図を冷静に読む力が不足したからであろうと反省するが、三段滝を発見した喜びの方が数段大きい。。。。

13時30分頃莇ヶ岳山頂着。

天気は最高に良く、安蔵寺山の右側奥のはるか彼方に美しい稜線を明瞭に望見できた。
この稜線は冬季には全山真っ白に見える。
恐羅漢山(標高1346m)か十方山(標高1319m)らしいが、方角からして十方山だと思われた。


ムスビを食べながら四囲の風景を愛でる。


春日山、安蔵寺山、鈴ノ大谷山、寂地山系、吉和冠山、大将陣、羅漢山、平家ヶ岳、荒田山、長野山、馬糞ヶ岳、金峰山、石ヶ岳、大平山、右田ヶ岳・・・・


13時50分頃山頂を出発し2回目となる小峰峠コースを下山した。

DSCF5711.JPG <晩秋の莇ヶ岳>

この尾根コースは山口県と島根県との境界(幅1mの溝)そのものであり、稜線歩きの良さもあるがやたらと急傾斜のアップダウン(7箇所)が多いのが薮漕ぎで疲れた足腰には厳しいものがあった。

15時30分頃小峰峠着。これから右ヶ谷キャンプ場前駐車位置まで県道3号線を約4kmをテクテク歩きながら16時30分頃ようやく駐車場所に到着した(ヤレヤレ)。

DSCF5719.JPG <県道3号線の黄葉>

19時頃自宅へ帰着。

8時間の長丁場歩行であったが念願の右ヶ谷川の源流〜三段滝〜探訪が3回目の挑戦でようやく叶えられたのは正直嬉しい・・・もろもろに感謝、感謝、感謝!!!
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2011年11月15日

安蔵寺山伊源谷コース 、裏匹見峡を歩く

【TPPその後】

野田ドジョウ(首相)が環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加方針を決め、ホノルルでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、環太平洋連携協定(TPP)交渉に参加する方針を表明した。

野田ドジョウは国益を守ると言うが、鳩山、管の歴代民主党政権は国益に言及するだけで国益を損なうことはあっても国益を守った実績はゼロであり、野田ドジョウとて例外ではない。

低姿勢を売り物の野田ドジョウは、売国奴マスコミを味方にして国民を騙すことは出来ても、
海千山千の各国代表相手のタフな交渉を乗り切り国益を守るのは不可能に近い・・・殆ど不可能であろう。


その証拠をあげよう。

野田ドジョウがハワイで(APEC)首脳会議中であるにもかかわらず、アメリカ政府はTPP参加加盟交渉で全品目関税撤廃を目的とすると発表した。日本の外務省があわててアメリカ政府に抗議したがアメリカ政府はこの発表を撤回しなかった。

野田ドジョウは今までTPP交渉において日本の米を関税撤廃の例外に出来ると説明してきたが、交渉にも入らない段階でアメリカからピシャリと拒否された格好となったのだ。

アメリカ政府からの要求を後延ばしはしてもはねつけた政権は戦後の日本において皆無であることを考えれば、低姿勢を売り物の野田ドジョウがTPPにおいて国益を守るためにアメリカ政府からの諸要求をはねつける確率は殆どゼロだと断言できる。


日本のTPP加盟は昨秋当時の前原外務大臣がアメリカから帰国して突如として浮上した。
管、前原、野田ドジョウ、仙谷、玄葉などは民主党内で親米/米国追従派閥を形成し、米国追従路線と一線を画する小沢一郎を裁判にかけて権力を握った。

多くの国民は歴代自民党政権による米国追従に嫌気がさし民主党を選んだはずが、何のことは無い・・・・民主党も歴代自民党政権より以上の米国追従ぶりを発揮し始めた。

政府がTPP加盟による経済効果試算を10年間で2.7兆円と発表したが、朝日新聞だけは10年間で2.7兆円と報道したが、他のマスコミは10年間でという文言を削り2.7兆円と発表しあたかも年間2.7兆円の効果があるかのごとき印象を与えるのに腐心した。

マスコミは自民党政権時代では政府のあら捜しに狂奔し少しの問題点でも針小棒大に追及し報道する傾向があったが、民主政権になったとたんマスコミは政府のあら捜しを止め政府の過ちを国民の目から隠すようになった。

TPPが日本にとって“百害あって一利も無い”ことに関するネタは豊富に存在しており、マスコミがその気になれば新聞の一面を連日飾るに事欠かないであろう。

日本解体政権(民主党)+売国奴マスコミの組み合わせは、日本国民にとって悪夢の組み合わせだ!!!



【安蔵寺山、裏匹見峡を歩く】

11月13日(日)初めて島根県匹見町伊源谷から安蔵寺山(標高1263m)へ登った。

安蔵寺山への主な登山ルートは@奥谷コース A安蔵寺トンネルコース B伊源谷コース C高尻コース Dアシ谷 コースの5コースがあるが、実際に登ったのはAが1回Cが10回以上Bが1/2回。

1/2回とは途中まで行き引き返したものをいう。

@奥谷コースは距離が長い、Dアシ谷 コースは不案内であるので敬遠し今回はB伊源谷コースの新コースから登り旧コースから下山することにした。


4時過ぎに自宅を出発し7時15分頃伊源谷入口にある ファクトリーみささ(旧三蔓小学校跡、標高480m)に着き敷地内の空地(旧校庭?)に駐車し「安蔵寺山登山口」の案内標識に従って県道42号を右折して紙祖川に懸かる橋を渡り7時40分頃伊源谷に沿う林道に入った・・・山頂まで4,2kmの長丁場だ!!!

水量が豊富な渓流沿いになだらかに伊源谷を上る林道は結構風情がある。

第一の鉄板橋を渡り8時頃第二の鉄板橋がある空地に到着した。この空地には4、5台位の駐車スペースがあるが車高のある車ならばここまで無難に入れると思われる(車で来てもここで必ず下車し駐車すること)。

この第二の鉄板橋を渡り直進し5分も歩くと登山口(標高730m)の標識がある。

道なりに進み丸木橋を渡り8時30分頃新旧コース分岐(標高740m)に着き、右に進み新コースに入った。分岐点の案内板は新しく中々立派であり、旧コースは安蔵寺登山モデルコースと記載されていた。

DSCF5632.JPG <新旧コース分岐>

これから先は標高差520mを一気に登ることになる。

谷筋を少し登り支尾根に回り987mピークを目指し急傾斜をひたすら登り頭から汗が滴り落ちる。987mピークから左折し尾根伝い道に転ずるが、急傾斜が続きたびたび小休止を取らざるを得ない。

インターネットの登山記録にあった らくらくコース分岐の標識は見つからなかったがトラバース道を進み9時55分頃(安蔵寺山)中峯の縦走路(標高1240m)に出て、寺屋敷跡を経て10時20分頃安蔵寺山山頂(南峯=標高1263m)に到達した。標高差784mを2時間30分で登ったことになる。

ガスがかかり小五郎山がかすかに見えるだけの山頂には長く留まる理由も無くムスビを食べた後10時20分頃山頂を出発し展望所へ向かった。


10時25分頃展望所を通過し右に高尻コースを見送り旧コースに入った、長い急な下り坂が始まる。

10時35分頃狼岩を通過、急な長い下り坂は何処までも続くようだ。
ブナの大木もあちこちに見られる。

DSCF5639.JPG <狼岩>

ようやく傾斜が緩やかになった11時過ぎに左手に落差20m程度の滝が見えた・・・・インターネット登山記事に記載のない滝だ!!!

午後は裏匹見峡へ移動する予定なのでそのまま見送った。機会があればこの滝の近くに行ってみたくなった。。。

登山道は谷底の右岸に出たが、赤テープなどの目印は無いので地形を見ながら感覚的に右岸から左岸へ渡った。左岸を下ること10分程度で新旧コース分岐に到着した(11時15分頃)。

ここまで来れば安心し一気に林道を下り民家の側で吠え立てる犬をめがけて小石を三回投げたらしつこい犬がシューンとなり殆ど吼えなくなったのを尻目に紙祖川を渡った。


8年前?頃鹿野町の石ヶ岳山麓で放し飼いの野犬数匹に囲まれたときに野犬をめがけて石を投げつけて難を逃れた経験の応用であった。

橋の下は深い淵になっており30cm程度の魚影が沢山見えたのは驚きであった。

伊源谷コースを周回した個人的感想としては、新コースは唯黙々と登り下る感じであり、旧コースでは滝,奇岩、ブナの大木などが点在する所が気に入った。

11時50分頃 ファクトリーみささ に着いた。

下着を着替えて県道42号を引き返し裏匹見峡へ向かった。


県道42号の幅員が狭まり1.5車線となった所で対向車2台が来た。左側は川が流れガードレールも無いので、20m程度バックして離合できた・・・・・やはり狭い道はいやだ!!!



【裏匹見峡】


12時30分頃裏匹見峡へ到着した。

裏匹見峡は高津川の支流匹見川の支流、広見川の中流にある峡谷。切り立つ断崖や変化に富んだ渓流が連続する荒々しい男性的な景観が見もので約4kmにわたって渓流沿いに遊歩道が整備されている。
裏匹見峡から先の広見川上流には今では人家は一軒もない!!!

駐車場は大型バスを含め多数の乗用車、オートバイで埋まり10台分のスペースを残しほぼ満杯であった。しかし黄葉の気配は殆ど無い。せっかく来たのだからと所要時間3時間の裏匹見峡ロングコースを歩くことにした。

DSCF5660.JPG <裏匹見峡入口付近>


一昨年来訪時に比べると遊歩道に数十箇所はある階段がきれいに整備されていたので相当歩き易くなっていた。通行禁止の札が有ったがどんどん進み年配カップルが帰ってくるのに出会う。度重なる通行禁止札に恐れをなし引き返してきたが、他の3人は先に進んだという。

更に進み13時40分頃平田淵を通過し赤い橋を渡り、天狗の涼み岩、流石の瀬に到着し更に奥の赤い橋を目指して進んだ。

DSCF5646.JPG<平田淵>DSCF5652.JPG<天狗の涼み岩>

DSCF5647.JPG <流石の瀬>


13時45分頃奥の赤い橋に到着するも「危険につき通行禁止」と言う看板が通行を阻止している。前回も通行禁止であったが2回ともこの橋を渡り一回は再び橋を渡り返し、一回は対岸から階段を上がり県道に出たが、今回はこの橋を渡らずここで引き返した〜年のせいか〜

目視では有るが平田淵は幅約30m奥行き約15mほどの広さがあり、深さは推定ではあるが5m程度はあるのではないだろうか。平田淵の前後300mのゾーンが裏匹見峡のハイライトではないかと感じる。

再び平田淵に戻りここから国道488号に至る階段(約300段)を登り14時頃鈴ヶ岳の対面に出た。
鈴ヶ岳の黄葉は殆ど無く、重いカメラをぶらさげたおじさんも撮影ポイント探しに苦慮しているようだった。

今回裏匹見峡探訪では黄葉・紅葉には殆ど出会わなかった。青いモミジの葉が多かったことからすれば未だ時期尚早とも思われるが、一部の広葉樹では葉が一斉に縮み茶色にくすんでいるものも多い。

裏匹見峡では11月初旬にモミジ祭りを行ったが、感覚的には黄葉は今一歩の感がある。

世の中(政治・社会)も黄葉も読み辛くなった昨今ではある!!!


鹿野に回り県道3号沿いの黄葉の程度を見て、莇ヶ岳の3段の滝情報を得るために国道315を徳佐方面へ向かい、県境の鹿野側の道路脇の高台にある喫茶店「さくや」に立ち寄った。

ここでの情報は目新しいものは無かったが、裏には山野草を植えた二千坪の庭があり、「さくやうどん」も美味しかったので再度来訪してみたい。

11月末まで提供される松茸入りのきのこうどんも賞味してみたいし、手作り山野草庭も明るい陽光のもとで眺めてみたい。

黄葉には余り出会わなかったが新しい発見もあり、確実にメタボ対策にはなった・・・感謝、感謝、感謝。
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2011年11月14日

晩秋の芸北・吉和周遊


11月7日(月) 恐羅漢・台所原、いこいの村、吉和・大町谷を訪れた。

先週は珍しく予定がつまったのでブログ記載がおそくなった。


5時前に自宅を出発し8時15分頃牛小屋駐車場(標高970m)に到着した。先着が2台あった。

予想はしていたが周囲の黄葉は終わっていた。余りにモノトーンな風景を目の前にして他の場所に移動しようと思案していると広島在住のG4(4人組爺さん)が到着し恐羅漢に登るというのでつられる格好で8時20分頃立山コースに入った。

スキーリフト降り場で早くも下山者に出会う。道はぬかるみで滑り易いと注意してくれた。
立ち話した感じではピークハンターらしかった。

9時18分に恐羅漢山頂(標高1346m)着。唯1本残った紅葉が晩秋を告げていた。視界も良くないのでムスビを食べた後直ちに台所原に向かう(9時25分頃)。

木々の葉は殆ど落葉しているので日ごろ見えない春日山(標高989m)などの景色が目に入ったのは想定外の収穫であった。

道は水浸し状態で滑りやすかったので慎重に下った。台所原分岐で案内板にも記入がない亀井谷〜33曲り方向を見やると背の高い笹に覆われていた。機会があれば亀井谷〜33曲り〜台所原〜中川山〜岩倉山〜亀井谷にトライしたいと思うがなかなか手ごわいコースらしい。。。

10時25分に台所原から管理道に入り、最近覚えた(うろおぼえの)アンパンマンの歌を口ずさみながら進んだ。角から急に現れた若いカップルは一瞬びっくりした表情をしていた。

林道終点の少し手前で30m程度の高みから流れ落ちる滝(連続して急斜面を流れ下る小沢)が見えた。
その上にも急な流れが続いていそうな気がして行きたくなったが藪がひどく道も無いので断念。

最近は名も無き小さな滝にむやみに惹かれているのだ。


林道終点から右側に登り11時10分頃 早手のキビレに到着し夏焼峠(キビレ)を経て11時50分頃駐車場に着いた。例の4Gも丁度下山しており、“いまから臥龍山にいくがどうか”と尋ねられた。

“悪くは無いが・・・昨年臥龍山に登った人からは『浜田女子学生殺人事件捜査中の警察に取調べを受けた』という話を聞いた、ただし悪事をしていなければ問題はない”と伝えた。

浜田女子学生殺人事件とは2年前殺された死体がばらばらにされて臥龍山に遺棄されたもので目撃者が無く捜査は難航している。

臥龍山へは過去4回登ったことがある

臥龍山に行くには車幅ぎりぎりの狭い山道を通過しなければならず、人目を忍んで夜間に通過するとすれば至難の業であり、犯人は余程周辺の地理に詳しい者ではないかと思う。


12時前次の いこいの村(深入山山麓)へ向かう。

横川で車から降りて魚止めの滝を県道から眺めた。 周辺は結構な黄葉であった。

DSCF5582.JPG <魚止めの滝(横川)>


以前川底に降りて川下から魚止めの滝に接近を試みたが巨岩と水流で行く手を阻まれた記憶があるので、後学のために上流側から接近するルートを眺めた所急傾斜ではあるが可能性が見込まれた。これも今日の収穫であろう。

いこいの村にいたる国道191号線沿いの黄葉は例年通り見頃だった。車のスピードを緩め黄葉を眺めるシーンも多くみられた。

12時45分頃いこいの村着。グランドゴルフ場では大きな大会開催され多くのプレーヤーでごった返していた。お目当てのトチの実モチを買う。

みやげ物売り場に焚かれているストーブは冬の到来が迫ったのを知らせてくれる!!!


ここでの紅葉黄葉は少し前であったが黄葉は見ごろであった。
DSCF5592.JPG <いこいの村のモミジ>

前回写真を撮った国道脇のモミジの木は無くなっていた・・・・万物流転!!!


ついで吉和の大町谷林道へ向かった。女鹿平山の黄葉は盛りを過ぎていたようだった。

DSCF5595.JPG <女鹿平山>

国道488号へ向いMTBで中津谷川を下り黄葉を眺める予定だったが雨がぱらついて来たので中止し、吉和の国道186号沿いの黄葉スポット(チェーン着脱所)に向かった。

吉和の黄葉スポットは昨年よりかましであった。冠高原の黄葉は少し早かったようだ。

鹿野に回り18時過ぎに帰宅した。
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2011年11月10日

TPP参加交渉に反対する愛国国会議員一覧発表さる!!!リビアのカダフィ大佐は真の愛国者!!!


東北大震災復旧を錦の御旗として不急不要な増税を決定し、日本にとって百害あって一利もないTPPへの参加を画策する売国奴ドジョウ野田は、欧米軍(NATO)が主導する反カダフィ軍による攻撃によって殺されたリビアのカダフィ大佐よりも1000倍も悪質だと10月のヤマちゃん日記に書いた。


【リビアのカダフィ大佐は真の愛国者!!!】

内外の報道は一斉にカダフィ大佐を悪者に仕立て、欧米軍(NATO)が悪者カダフィ大佐を退治しリビアに民主化ももたらした救世軍であるかの如く宣伝した。

当然のことではあるがリビア東部に産する石油資源権益はカダフィ大佐に代わり欧米諸国が握ることとなったが、これは全く報道されなかった・・・結局リビアの石油資源権益は欧米諸国に強奪されることとなりリビアは欧米諸国の植民地に成り下がったのだ!!!。

http://ameblo.jp/energy-shifters/entry-11058353970.html  によると、
真実を広めよう!キャンペーン
超おすすめ動画!「カダフィの真実を知ってほしい」
http://www.youtube.com/watch?v=aggieI4YAVw

教育も医療費も電気代まで無料という福祉国家であったリビア。ローンの金利は0%と法律で決められていた国リビア。そのリビアを爆撃したNATOは何を狙ったのか…。報道と現実とのあまりのギャップが衝撃的・・・・とあった【引用終わり】。

片や欧米諸国を代表とする近代国家並びに日本などでは教育、医療、電気代は当然有料であり各種税金を取られた上に更に消費税まで政府に取られ、国民が銀行から借りた借金には当然の如く金利が掛かるのである。

欧米諸国は極めて高い福祉国家リビアの存在を許せなかった。なぜなら欧米諸国が治める政治・社会がカダフィ大佐が率いるリビアの政治・社会よりも極めて低質・下等であることを認めざるを得ないからだ。

さらには、欧米諸国が治める政治・社会がカダフィ大佐が率いるリビアの政治・社会よりも極めて低質・下等であることの根源が国の富を収奪するロスチャイルドの銀行(民間銀行)の存在であることが露見するからだ。。。。

現にアメリカの富の40%は人口の1%を占める大富豪によって保有されている。米国ではリーマンショック以降巨大銀行(上記のロスチャイルドの銀行)には数百億ドルもの巨額な公的資金が投入され救済を受けたが失業率は10%のまま推移しており、この中には就職を諦めアルバイトしながら食糧配給を受ける1500万人とも言われる貧困層は含まれていないのである(この貧困層を含めた失業率は約20%になる)。

本来ならば銀行は業績不振に陥った場合には企業の自己責任において一般企業のように倒産すべきである。

巨大銀行は利益が上がれば自らの懐に収めるが、自らの経営責任により業績不振に陥った場合でも金融不安解消という錦の御旗によって政府が主導する公的資金注入によって救済を受けるのが常である。

高利貸しで大成したロスチャイルド銀行の創始者は紙幣発行権の獲得を悲願としたが、彼の子孫は欧州各国に戦争を起こさせ巨額な戦費を賄う代償として各国から紙幣発行権を獲得し終に創始者の悲願を達成した。

紙幣を印刷し貸し付ければ利子が利子を生み現在ではロスチャイルド銀行は世界の富の半分を占めるまでに成長し、密かにワンワールド(金による世界一極支配)樹立を狙っている。そのためには世界中の富を極めて少数の大富豪に集中させるのが近道となる。

欧米諸国や日本、支邦その他の国で近年進行した中間層の壊滅による大富豪と貧困層の二極化はワンワールド樹立の重要なステップである。各国政府は高所得者の減税を行う一方で消費税を広く国民に課し貧者を増やすことでにして大富豪と貧困層の二極化を実現した。

ドジョウ野田の増税は財務省の差し金と言う説が尤もらしいが、ワンワールド樹立を企てるロスチャイルド銀行が黒幕であるのは秘中の秘で話題にもならない。

これらの国々の政府はロスチャイルド銀行の下請けとなって尤もらしい理屈を捏ねてワンワールド樹立に邁進しているのが隠された実態といわれている。米国大統領と言えども実態は所詮ロスチャイルド(巨大金融機関の奥の院=イルミナティ=)の番頭に過ぎないのだ。

世界中のメディア、通信社などの報道機関は大なり小なりロスチャイルドの息が掛かっている。各国政府首脳も奥の院の方針に逆らえば即刻政治生命を失うか生命そのものを失うことになるので殆どの場合奥の院の方針に従う。

この最高方針に逆らい生命を落としたのが故ケネディ大統領であり、政治生命を落としたのが田中角栄元首相と言われている。。。以来日本では米国の要求に屈する政治が当たり前になった。。。。。


と言うわけでカダフィ大佐の治世が欧米諸国よりも格段に優れかつロスチャイルド銀行(民間銀行)の存在を許さなかったったために、カダフィ大佐はロスチャイルドの指令を受けたNATO空軍の攻撃を受け最後は命をおとされたことになる。欧米諸国は御褒美としてリビアの石油権益を手に入れたのだ。カダフィ政権が倒れた後真っ先にロスチャイルド銀行が設置された事実が雄弁に何かを物語る。

あたかも反カダフィ勢力がカダフィ大佐軍を打ち負かしたような報道がなされたが、あの貧弱な反カダフィ勢力が単独でカダフィ大佐軍に勝てた確率は千に一もない!!!カダフィ大佐軍を打ち負かした実体はNATO空軍でしかない!!!

戦前日本の台湾・朝鮮統治は欧米諸国による植民地支配と比べれば天(日本)地(欧米)の差があった。

そのままでは欧米の植民地政策が批判に曝されるので、米英蘭は謀略を仕掛けた上に難題を吹きつけ無理やり日本を戦争に引き込み日本を敗戦させた。


終戦後欧米諸国は日本を侵略国に仕立て上げ自らは侵略国日本を破った英雄に仕立てて世界を欺いた。

欧米諸国の基本思想は”私は生きる、お前は死ね”である。他人は自分のために存在しているのであり、自他共存と言う概念は無い。


かって太古にアトランチス大陸とムー大陸が衝突し大戦争が起こったのは、基本思想の相違が原因と言われている。

アトランチス大陸は、“アトランチス文明が最良であり他国はアトランチス大陸の諸制度を採用すべき”とした。

一方ムー大陸は、“自国の諸制度は他国から強要されるべきではなく、各国が望む諸制度を採用すればよい”とした。

結局この二大国家の主張は相容れず宇宙空間にわたる核兵器を含む超弩級兵器による大戦争に発展し、緒戦はアトランチス核ミサイルの先制攻撃によりムー大陸は大きな痛手を蒙り瀕死状態に陥ったが、ムー大陸側は小惑星にロケットを装備しアトランチス大陸に誘導し落下させたのでアトランチス大陸も再起不能な大被害を蒙り最終的には今から11000年前ごろ2つの大陸は共に大洋に沈没した。

アトランチス大陸が沈んだ海域が現在の大西洋(Atlantic Ocean=アトランチス大洋 )であり、北大西洋を囲む米国とヨーロッパ諸国国間での相互防衛条約NATOが北大西洋条約機構 (North Atlantic Treaty Organization )である。

イスラム教では “神は万民のために万物を作り賜うた”と言う根本思想により金利と言う概念は無い。物も金もみんなのために作られたので、特定の個人がこれらを独占するのは許されず、特定の者が他人に金を貸して金利を取ること自体が禁じられている。

本来イスラム教と部族が中心になった統治形態になじんだアラブ諸国やアフリカ諸国に出兵し軍事力で圧倒して欧米式の資本主義/民主主義形態をごり押しした欧米諸国はイラクにしろ、アフガンにしろ統治に失敗し自爆テロ横行などの治安悪化を招いている。

イラク、エジプト、チュニジアでも民主化が進んだと当初報道されたが、部族間闘争が激化し国内政治は混乱を極めている。


欧米の政治・社会・経済スタイルをベストとしグローバルスタンダードとして世界各国に押し付ける欧米の手法は、アトランチス文明に酷似している。

アトランチス大陸の独善的思想はエジプトを経て古代ギリシャ・ローマに伝わり、ヨーロッパ文明の元となりアメリカ大陸に渡りアメリカに継承されている感がある。

今回リビアのカダフィ大佐も、かって欧米諸国が仕掛けた罠に日本が嵌り大東亜戦争に引き込まれ敗れた時と同じ手口で死に至った。

外国へ逃亡せずNATO侵略軍と敢然として死ぬまで戦ったカダフィ大佐の信念・行動は、彼が単なる独裁者ではなく真にリビアを思う愛国者であった証拠だと感じる。

このように考えると、国内の大反対を押し切り国民の蒙る大損害/大苦痛を無視してまでも欧米(即ちロスチャイルド)の言いなりにTPP参加交渉を開始しオバマ政権にゴマをすることで民主党政権を維持しようと企むドジョウ野田は、愛国者カダフィ大佐の千分の一の価値もない売国奴にすぎない!!!


米国は広大な土地を原住民であるインディアンから奪った上に狭い居住区へ追い込んで略奪したにもかかわらず、不相応な人権を叫んでいる倫理観に乏しい国家の一つである。

このことを言及した自民党代議士は日本の売国マスコミの餌食となり即刻辞任に追い込まれた。

これが欧米流民主主義の実体である。つまるところ、“他人はどうであれ自分達さえ良ければ良い”のである。

換言すれば、“私は生きる、お前は死ね”である!!!



TPPは米国の戦略に沿って作られた総合的新植民地政策である、

TPPは完全な関税撤廃を謳っている。

食料は人間の生存に必須である。
TPPと食料の確保の関係、田畑が環境保持に果たす役割の重要性はヤマちゃん日記に記載した。
食料は戦略物質であり、先進諸国は巨額の助成金を農家に支払い自国で消費する主要食料の大部分を自国で賄う体制にしている。

枝野経済産業相はTPPに参加しないと早晩貿易収支が大幅赤字に陥ると半ば恫喝している。
貿易収支の悪化は異常ともいえる円高が主原因であるので問題のすり替えを狙った大嘘発言だ。

玄葉外務大臣は、“TPPに参加しないと40億の人口を要するアジアでの貿易で大きな不利になる”といって大嘘を垂れ流した。
アジアの人口の太宗を占める支邦、インド、インドネシア、パキスタンなどはTPP加盟を考慮していない中で40億の人口は一体何処にあるのか???

民主党、社会民主党、共産党など左翼系の政治家、活動家は平気で嘘をつく。要は政権を奪取し政権を維持するためならばいかなる嘘をついても良いのである。政治家や弁護士は上手に嘘をつくのが仕事であるが、目も当てられない嘘はつかない。
しかし左翼は違う・・・・彼等はいとも簡単に頻繁に出鱈目な大嘘をつくからだ!!!

TPPの問題点は、国民生活を守るために国や地方政府が定めた各種法律・規則が関税障壁と看做され撤廃される所にある。
例えば遺伝子組替食材使用有無の表示が関税障壁と看做され廃止され、購入者は遺伝子組替食材を無理やり購入させられることになるのだ。

換言すれば国民の財産生命を守るという国の主権がTPP参加により喪失されるのである。
こうなれば日本と言う国はもはや存在せず、日本は米国の植民地に成り下がり収奪されるだけの対象にされる。

民主党は日本と言う国の解体を密かに望んでいるので、そのためには国の主権を喪失させるTPPに参加することは大賛成であろう。

TPP参加による弊害は多岐にわたりいずれも国民を苦境に追い込む極めて危険なものが多い。

この紙面には書ききれないので、『サルでもわかるTPP交渉』
http://luna-organic.org/tpp/tpp-1-1.html を参照願う。


◆ TPP交渉参加反対集会で6000人が結集!!!

八日TPP交渉参加に反対する農業団体や消費者団体が国技館で6000人が結集し大規模な集会を開いた。
自民党の大島副総裁、国民新党の亀井代表,民主党の山田前農水相らが出席し交渉参加反対を訴えた。


◆ 超党派国会議員百四十六人が野田首相の交渉参加表明に反対する国会決議を目指し署名を集め!!!

反対派は七日、超党派の決起集会を開き、民主、自民、公明各党などから議員計百四十六人が参加。首相の交渉参加表明に反対する国会決議を目指し、署名集めをした。国民新党の亀井静香代表は「首相が強行すれば、細川政権がウルグアイ・ラウンドでつぶれた二の舞いになる」とけん制した。

◆ TPP交渉参加反対に関する国会請願の紹介議員、356人(衆参議員数の約半分)
 が10月25日 全国農業協同組合中央会から公表された。

http://www.zenchu-ja.or.jp/release/pdf/1320037480.pdf
を参照され、日ごろわかりにくい議員の本性をこの際見届け、次回の選挙投票に反映させるのも一興と思われます!!!

TPP交渉参加反対を表明した議員は、日本国民のことを真に考えてくれている議員であり、逆に反対を表明しない議員は日本国民のことよりも自分の保身が大切と思う屑議員だと感ぜざるを得ない!!!

みんなの党は一人もTPP交渉参加反対を表明しておりません。
と言うことは、TPP交渉参加を望んでいると言うことであり、国民から見れば党全体が信頼に値しないと感じた。


TPP交渉参加反対を表明していない(TPP参加賛成)の有名議員では、

自民党:
麻生太郎、安倍しんぞう、石破茂、石原のぶてる、伊吹ぶんめい、小池ゆりこ、谷垣さだかず、  中川ひでお、川口よりこ、中曽根ひろふみ、丸山かずや、三原じゅんこ・・・・、

民主党:
安住淳、枝野幸男、岡田克也、小沢一郎、海江田万里、川端たつお、鹿野みちひこ、管直人、玄葉こういちろう、仙谷由人、田中まきこ、樽床しんじ、長妻あきら、野田佳彦、鉢呂よしお、鳩山ゆきお、原口かずひろ、平岡ひでお、細野ごうし、前原せいじ、松本りゅう、馬渕すみお、山岡たつまる、横道たかひろ、江田さつき、岡崎とみこ、谷亮子、ツルネンマルテイ、直嶋正行、白しんしん、横峯よしろう、れんほう・・・・、

公明党:山口なつお、

国民新党:自見庄三郎、

社民党:福島みずほ、

無所属:与謝野かおる、浜田かずゆき、などがあり
その他312名を含め361名となる。


最近民主党小沢一郎議員は早急にTPP参加交渉を急ぐ必要は無いと言明し、民主党原口議員も民主党を割ってでもTPP参加交渉に反対すると意思表示した。

野田ドジョウや川口よりこなどは、“交渉で日本の国益を主張し日本に不利な条件をはずす”と言っているが、40年前から今までアメリカからの強要を一体誰が跳ね除けたことがあるのか・・・誰もいないのだ!!!・・・・馬鹿も休み休み言え!!!

野田ドジョウや川口よりこ の発言は単なる意欲を表明しただけであり、それが実現する可能性はきわめて低い。単に”がんばりまーす“といっているだけだ。

言うだけなら誰でも出来る。これらの口先だけの無責任国会議員へ3000万円/人の歳費を掛けるのは
無駄そのものである。


◆ 経団連がTPP参加交渉開始を政府にせっついている理由は???

経団連の米倉弘昌会長は、住友化学の元社長、現会長でもある。
2010年10月20日住友化学は、「農作物保護(雑草防除)分野におけるモンサント社(遺伝子組換え種子のトップ企業)との長期的協力関係について』と題するプレス・リリースを発表した。

両社が協力してモンサントの除草剤ブランドである「ラウンドアップ」と、同剤への耐性を付与したさまざまな遺伝子組み替え作物である「ラウンドアップ・レディ」の種子を組み合わせた効果的、経済的かつ簡便な雑草防除体系を2011年以降は米国内のみならずブラジルやアルゼンチンでも広めるというのである。

だから、日本がTPPに加盟すると
→非関税障壁の撤廃要求によって、遺伝子組換え表示制度がなくなる
→遺伝子組換え食品が食卓に蔓延
→遺伝子組換え作物の栽培が日本でも盛んに
→モンサントと業務提携をしている住友化学が儲かる。


という図式が浮かんでくる。

問題はこのラウンドアップが植物の突然死(SDS)の原因になっているのではないかと2009年から各地で指摘されているのだ。

最近スエーデンで行われた大規模な調査によれば、ラウンドアップを散布する農場で働く作業員とその周辺の住民にはガンに罹病する可能性がそうでない場合と比べて倍増することが確認された。

TPP加盟に関る遺伝子組み換え食品に関してはまだまだ怖い話題=事実=が沢山記載されている『恐るべきTPPの正体』衆議院議員浜田和幸著

http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_ss_i_6_4?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%8B%B0%82%E9%82%D7%82%AB%82%94%82%90%82%90%82%CC%90%B3%91%CC+%83A%83%81%83%8A%83J%82%CC%89A%96d%82%F0%96%5C%82%AD&sprefix=%8B%B0%82%E9%82%D7%82%AB

を参照されたい。


経団連としてはTPP参加によって安い労働力をベトナムあたりから導入してくることが容易に出来るなどのメリットがあるが、それにより日本人の雇用が減少することになり失業者が出てくると言うデメリットが発生する。

現在の経団連は昔の経団連と異なり、日本人の生活よりも企業の利益を優先して考えるようになった。

大企業は多数の派遣社員を安い賃金で雇い多大な利益を上げてきたが、一方ではフルタイムで働いても月収15万円〜20万円程度しかもらえないワーキングプア労働者が多数発生した。

彼らは需要が落ち込むと真っ先に首を切られ一種の生産資材として取り扱われる。
これも欧米式のドライな価値観”私は生きるが、お前は死ね”が日本にも定着した証拠である。

TPP参加によって、”私は生きるが、お前は死ね”と言う価値観が日本で蔓延することになるのは間違いない!!!


欧米は進歩していない倫理的には確実に退歩していくばかりなのだ。それだけではないTPP参加によってワンワールドによる人間の家畜化へ確実に近ずくことになるのだ!!!


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2011年11月03日

右ヶ谷川を遡り莇ヶ岳へ登る


10月28日に右ヶ谷川を遡り莇ヶ岳へ向かったが途中で尻尾を巻き引き返した。

その後地形図を眺めリベンジ案を色々考え、藪漕ぎ用の新兵器も購入した。


11月2日は前日の天気予報では晴れであったので、再度右ヶ谷川を遡り莇ヶ岳に登ることにした。

11月2日朝の天気予報では曇に変わったが、雨にはならない勘がしたので6時45分頃出発し9時頃右ヶ谷キャンプ場駐車場に到着した。

9時5分頃右ヶ谷キャンプ場駐車場を出発。

前回の10月28日ではキャンプ場周辺の黄葉は薄かった、5日後経つと黄葉は相当進んでいた・・・・黄葉の進みは意外と速い!!!

DSCF5538.JPG <意外と進んだ黄葉>

9時30分頃第一の二股(983mピーク行きコース分岐)を右に見送り、遊歩道を更に進み9時45分頃第二の二股休憩所(標高600m)に着いた。

ここで小休止し地形図を眺めた上で実物の地形を良く眺め攻め方計画をチェックする。
左の沢を進み10時5分頃小滝(標高650m)に到着し計画通り右側を進んだ。

水量は少ない上に傾斜も大きくないので小滝を直登する。
ゴルジュもどき谷が連続するが滑らないように3点支持を徹底すれば岩伝いに沢を登ることができた。

通過を邪魔する小枝や立木は、新兵器で切り払いながら進んだ。
新兵器は直径35mmまでの木を一気に切断できるので便利である。
当然笹も一発で切断できた。

10時45分頃 群生したなめこ茸そっくりさんを見つけるも自信が無いのでパスした。

11時50分頃 野生化したワサビを数株発見した。

DSCF5559.JPG <野生化したワサビ>

ということは昔、このあたり(標高740m?)までワサビ田があり里人が登ってきたということになる!!!

同様な状況は、右谷山北側のミノコシ谷や、土滝山(寂地山系)でも見られた。

11時55分頃第三の二股(標高750m)に到着した。

当初ここから尾根を登ることにして密生した笹を新兵器で刈りながら登り始めた。
いくら新兵器でも1m進むのに1分程度かかるのでこの調子では日が暮れても縦走路にでることは難しいと判断し、

この沢には大滝は無く水量も少ないので沢を登った方が効率が良いと判断し、右側の沢を詰めることにした。

谷筋を眺めた印象では左の沢の方が早く縦走路に出るような印象を受けるが、地形図では右の沢を詰める方が高度差で50m程度有利であることを事前に知っていたのですかさず右側の沢を選んだのである。

沢に最初の一滴が流れ始める地点(右ヶ谷川水源の一つ)を過ぎると、いよいよ笹薮が密生した急傾斜が始まる。

笹は身長の高さはあり、縦走路までは標高差で少なくとも50〜60mは両手両足をフルに使い登らなくてはならない。

出来るだけ立木を掴んで登るようにコースを取るが、5歩登っては立ち止まり20〜30秒休むと言う按配なので遅々として進まない。

笹は雪の重みのせいか曲がったものが多く足に引っかかるので、このような悪質な笹は新兵器で刈り取りながら進んだ。

四苦八苦してようやく12時50分頃小峰山縦走路に出た。
小滝からおよそ3時間掛かったことになる!!!

計画通り小峰山縦走路の最低鞍部(標高840m)に出たので苦労も吹っ飛んだ。
左の沢を登ったならば、標高880mまで藪漕ぎ登らないとで縦走路に出なかったであろう。

恥ずかしながら、道なき道の藪漕ぎにおいて計画通りのポイント(誤差5m)に出たのは初めてである。

縦走路に出ればしめたものであり、13時15分頃莇ヶ岳(標高1004m)山頂着。

昼食のムスビ2個を食べながら山頂から周囲の山々を眺めて見ると予想に反して黄葉が相当進んでいた。

DSCF5547.JPG DSCF5551.JPG <莇ヶ岳から弟見山方面を望む>
 
13時35分頃山頂を出発し、14時に最低鞍部に着き往路を引き返す。

14時25分第三の二股を通過し、15時5分小滝通過、15時10分第二の二股休憩所へ到着。
下りは最低鞍部〜小滝まで65分で降りたので、登りのおよそ1/3だ。。。。。

ここで、色気を出し25分程度右側の沢を遡ってみた。
水量は左側の沢より豊かであることが分かった。

15時55分頃第二の二股休憩所へ帰り、16時10分頃第一の二股を通過し、16時30分頃キャンプ場駐車場に着いた。

DSCF5566.JPG <キャンプ場のモミジ>

久しぶりの道なき道へ挑戦し目的を達したので汗まみれになったシャツを着替えて18時30分頃自宅へ無事帰着。

黄葉は標高600〜700m程度まで下りてきた感触を受けた。

天候は曇りであったが予想外の黄葉を見ることが出来た。

感謝、感謝、感謝!!!
posted by ヤマおやじ at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月01日

右ヶ谷川源流部探訪


右ヶ谷川は高津川の支流福川川の上流小峯谷川の支流であり、莇ヶ岳(標高1004m)の北麓及び東麓にその源を発す。

県道3号で小峰峠を島根県側に3km程度下ると猿田原という集落(民家2軒あり)があり右ヶ谷キャンプ場入口の案内板があり左折し、細い舗装道を1km程度進むと右ヶ谷キャンプ場に至り、入口前に4,5台の駐車スペースがある。

キャンプ場の南端を東流し猿田原で小峯谷川に合流する右ヶ谷川は、訪れる人も稀な小さな川であるが3,4年前に右ヶ谷川を周回して莇ヶ岳に登ったことがある(右ヶ谷キャンプ場→ワサビ田→<藪こぎ>915mピーク→小峰峠縦走路→莇ヶ岳→弟見山縦走路→983mピーク→右ヶ谷川二股→右ヶ谷キャンプ場)。

次いで、3段滝があるとの話を聞き二股で遊歩道を奥に進み右ヶ谷川上流を詰める途中で渡河点の増水で渡れず引き返したのが2年前だったと思う。

10月28日(金)久しぶりに右ヶ谷川の源流部を歩くことにした。

「熊生息地」の看板に従い熊除け鈴を打ち鳴らしながら8時55分駐車場を出発。

キャンプ場出口にある第一の橋の手前に軽トラ2台あり。

中央部が板で補強された第一の橋を渡り右ヶ谷川沿いに緩やかな道を400m程度進み、第二の橋を渡り道なりに進み中央部が板で補強された第三の橋を渡り右へ進んだ(案内板なし:笹の無い道を左へ進むとワサビ田に行ってしまうので要注意)。

以前には刈り取られていた道路脇の笹が肩まで伸びていたことで、整備が手薄になったことが感ぜられた・・・裏街道ならぬ裏コースの宿命でもある。。。

笹の下に隠れた道を辿り第三の橋からおよそ1km程度歩くと川は二股に分かれる。

川を渡り正面の標高差400mの急坂を進むと794mピークを経て983mピークに至り弟見山縦走路に出会うが、今回は川を渡らず遊歩道を奥へ進む。


最初の渡川地点は問題なく渡れたので更に奥へ進む。ここから先は未体験ルートとなる。

遊歩道を覆う笹を掻き分けて進むがそれほど大きな抵抗は無く踏跡も見失うことはない。

二股から800m程度進むと何と丸太でできた古い腰掛が2つあった(標高600m)。遊歩道の休憩所のようだ。ここから川は再び二股に分かれる。

左側の流れを150m程度遡った所で前方の高みに流れ落ちる小滝を見つけた。いつの間にか遊歩道は消えていた。

比較的立木が多い右岸側を高巻くつもりで高度を稼ぐが急傾斜の道なき道を大鎌とストックを携え登って行くので中々高度は稼げない。傾斜はますますきつくなり延々と続く感じがした。

尾根を通る道を探すために笹を漕いで東へトラバースし終わる直前で朽木を踏み滑り転倒し3m程度落下した。立木があったのでクッションとなり怪我は無かったが、ストックが見当たらない!!!

周辺の笹藪・立木を切り払い空間を作り迷わないようにしてザックを置き、通過したと思われるルート周辺を5分程度探しようやくストックを見つけた(ヤレヤレ!!!)。

期待していた尾根には通路らしきものは無い。縦走路までは少なくとも標高差200m以上を昇らなければならないが,カッパを着て猛烈な笹を漕いだので大汗をかき空模様も怪しくなってきた。

小休止しカッパを脱ぎ次の行動を考えた結果、二股まで引き返すことにした。

猪の足跡を追う形でより安全と思われるルートを辿り隣の沢に下り遊歩道の休憩所にたどり着いた。
ここでムスビを食べ大休止した。

改めて地形図を眺めて見るが眼前の山川のたたずまいまでの情報は得られない!!!

3,4年前ならば標高差300m程度はものともせず縦走路を目指し道なき道は強行突破したであろうが、最近は歳のせいか安全重視というか臆病になってきた感がある。

周囲を歩いてみたが二股から先の遊歩道は見つからなかった。傾斜の小さな右側の沢を遡ったが流木が堆積し通過を阻んでいる。

およそ3時間奮闘したものの残念ではあるが結局これ以上奥へ進むのは断念した。
〜引き返すのも立派な登山だ〜


断念後の当初計画では第一の二股で983mピークに至る標高差400mの急坂を上り莇ヶ岳へ登る予定であった・・・が霧雨が降り始め順調でも更に4時間掛かる上に何となく乗り気がしないので中止した。

この判断は正解だった・・・・帰って最近の登山ブログをみると、このルートは背を越す笹藪になり猛烈な笹漕ぎを強いられた と書いてあった。


その代わり帰途では第二の橋を渡らず直進し散歩がてらに2,3年前に訪れたワサビ田へ向かった。

このルートの笹は大きくなく刈り取られた形跡がある。新しい足跡があり2台の軽トラの運転者はワサビ田に行ったようであった。

結果的にワサビ田終点(標高700m程度?)まで踏み込まれた道を登りメタボ対策運動量は稼いだ。

前回はワサビ田終点から道なき道を藪漕ぎし小峰山縦走路に出たが、今回は無理をせず引き返した。


このあたりでは落葉はあるが紅葉は殆ど進んでいない。

DSCF5531.JPG <わずかに色付く源流部>

帰りは国道9号を通り長門峡に立ち寄ったがここでの紅葉はかすかに色付いた程度だった。

ワサビ漬けを 買い17時30頃帰宅した。

地形図を眺めて次回の行動を考えたが中々良案は浮かばないが3つのルート候補を決めた。

深谷川最上流部を極め寂地山に至るルートでは、5回目の挑戦でようやく山頂に達した。
当時は5,6年前の話でありまだパワーも若さも残っていた!!!


猛烈な笹藪対策として強力な(と思われる)道具を昨日購入した。

携行品を整理しザックを極力軽くした。

出来れば余り無理をせず再度挑戦してみたい。
posted by ヤマおやじ at 01:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする