ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2010年06月20日

梅雨の合間の山登り&ウド探し

6月19日は曇りという天気予報なので体脂肪燃焼のための有酸素運動とウド探しを兼ねた自然観察に徳佐町の十種ヶ峰(標高989m)に登った。

十種ヶ峰スキー場登山口の駐車場は広いが1台の先着車があるのみ。マムシ対策としてキャハンを着け、防虫スプレーを吹き登り始めた。

単調な登山道歩きも、ウド探しとなれば右に左に視線を走らすので飽きることはない。他所ではあまり見かけない紫色の花弁をつけた草が目立ったがなんと言う草であろうか?

DSCF3825.JPG

お目当てのウドは数が少なく痩せていたので若干失望したが、ちょうど野いちごの実が盛りであり熟れたものを選び口に運ぶのは、少なくとも100個は食べたのは想定外のご馳走だ。

DSCF3826.JPG 黄色の野イチゴ

本年はじめてみる山ゆりをあとに谷筋を登り無線塔(標高570m)に出て、林道を登りチマキ笹に覆われた広い台地に到着した。平成20年建立の立派な石鳥居の脇を通過しさらに登ると平坦なチマキ笹の原っぱに至り、眼前に十種ヶ峰の秀麗な姿が現れる。

よくみるとチマキ笹の間に点在する濃緑色の元気に成長したウドが目立ってきた。やはりウドはあったのだ。柔らかい芽の部分だけを誰かが採取した形跡があった。この時期では茎の部分は硬くて食用に供さないが、柔らかい芽の部分は食べられるからだろうか???

このコースで一番きつい最後の標高差100mの登りは、昨日の雨で滑りやすいので草木の枝を頼りにどうにか転ばずに山頂に立った。360度の大パノラマ展望とともに、十種ヶ峰には来るたびに何かすがすがしい雰囲気を感じる。

伝説によると御食主命が十種神宝を当山に埋めたので十種(徳佐)ヶ峰と呼ばれたが、その十種神宝によってすがすがしい雰囲気が醸し出されるのであろうか。。。

―――――――参考1十種神宝とは?―――――――
フリー百科事典ウィキペディアによれば、

十種神宝(とくさのかんだから、じっしゅしんぽう)とは、物部氏の祖神である饒速日命が伝えたとされる十種の神宝であり(防長風土注進案にも記載あり)、

『先代旧事本紀』の「天孫本紀」の記載によるもので、饒速日命が天神御祖(あまつかみみおや)から授けられたとする。『先代旧事本紀』には「天璽瑞宝十種(あまつしるし みずたから とくさ)」と書かれている。

分類すれば、鏡2種、剣1種、玉4種、比礼(女性が、首に掛けて、結ばずに、左右から同じ長さで前に垂らすスカーフ様のもの)3種となる。これを三種の神器に対応させて、鏡は八咫鏡、剣と比礼は草薙剣、玉は八尺瓊勾玉であるとする説もある。

十種神宝の内容は以下の通りである。
• 沖津鏡(おきつかがみ)
• 辺津鏡(へつかがみ)
• 八握剣(やつかのつるぎ)
• 生玉(いくたま)
• 死返玉(まかるかへしのたま)
• 足玉(たるたま)
• 道返玉(ちかへしのたま)
• 蛇比礼(おろちのひれ)…大国主の神話に出てくる比礼との関係が注目される。
• 蜂比礼(はちのひれ)…大国主の神話に出てくる比礼との関係が注目される。
• 品物之比礼(くさぐさのもののひれ)
―――――――参考1終わり―――――――

――――――――参考2 饒速日命 とはーーーーーーーーーーーー
http://www.janis.or.jp/users/iwagen/nigihayahinomikoto.htmlによると、

饒速日命(にぎはやひのみこと)は天照大御神の御孫神にあたり、大御神の詔を受けて高天原より豊葦原の中津国(神代の日本の呼び名)に降臨された神様です。

饒速命は三十二人の伴緒をひきつれ、天の磐船(UFO?)に乗って河内国河上哮ヶ峯に天降り、のちに大和国鳥見の白庭山に遷られ、土地の豪族鳥見の長髓彦の妹御炊屋媛を妃とされ、大和河内地方の開拓に着手されました。

日本国(やまとのくに)というこの国の呼び名は饒速日命が天の磐船に乗って降臨される時に空よりこの国土を望まれて「虚空見つ日本国(そらみつやまとのくに)」と言われた事から始まるとされています。

饒速日命には、天上において生まれ、尾張氏の祖神となられる天香語山命と、御炊屋媛門の間に生まれた、物部氏の祖神となられる宇摩志麻治命のお二人の御子神がおられます。

神武天皇の御東遷に際し長髓彦は反旗を翻しますが宇摩志麻治命(古事記、日本書紀では饒速日命となっています)は、長髓彦を誅し天皇に帰順し、以後長く朝廷に仕え、物部氏という強大な氏族を形成してゆきます。

また、天香語山命の子孫の尾張氏は尾張地方(愛知県)を開拓した氏族としてその地名に名を残しています。
――――――――参考2 終わりーーーーーーーーーーーー

DSCF3828.JPG 山ユリ

話しはジャンプするが、山口県の山で十種ヶ峰以外にすがすがしい雰囲気を感じたのは、豊田町にある狗留孫山だ。この山の8合目には古刹修禅寺があるからすがしい雰囲気が醸し出されるのかもしれない。

ひそかに期待した山ゆりは、時期が早すぎたのか山上では1本も見られなかった。その代わりに、下山時にはいろいろな草木の花が見られた。

DSCF3830(1).JPG 初めて見た花

閑話休題。

先週末に莇ヶ岳に登った後、錦川源流の屋敷川の西側上流でウド探しを行った。

先々週には屋敷川の東側上流でウド探しを行ったのでその続編である。時間的余裕がないので東側屋敷川と西側屋敷川の合流点まで乗用車で進入した。

それ以降は車高の高い車でないと無理なので荒れた林道を徒歩で登ることとなる。数百メーター行くと諸所に独活が生えている。

3年前の洪水で流出した土砂が林道を遮断している箇所は、踏み跡はあるが修復されずそのままの状態であった。峠を越えた島根県の林道は概ね手入れが行き届いているが、総じてこのあたりの林道は荒れ放題となっているのは何故か?

最もよく維持管理されている林道は、島根県益田市柿木地区白井の弟見山中腹へ通じる林道だった。おそらく地元の人が管理している様子が伺えるが、林道終点まできれいに管理されている。

公的資金を使って作った林道が荒れるまま放置されているのは、公費の無駄使いと思われて残念に思う。

林道が荒廃する最も多い原因は、洪水流水による路面の流出と、土砂崩れによる道路遮断だ。これは林道の設計が稚拙であることに由来する。

広島県吉和地区の主川から冠山中腹に至る林道は、流水による路面の流出が発生しないように、また、土砂崩れによる道路遮断が起こらないように林道構造が設計されていたまれに見る好例だった。

安く作れてすぐ壊れる林道を設計し工事して荒れるに任された林道が圧倒的に多いのは、安物買いの銭失いを想起させると同時に、公的資金を使用する役人どもの無責任さをも感じる。

役人どもは、自分の金を使うのではないので、公的資金が有効に使われなくても無関心なのではないだろうか???

およそ1km進んで川を渡り支流に沿って道なき道を進むと、なんとウドの群生している場所に行き当たった。もはや大きくなりすぎたので食用には適さないが、誰も採取した形跡はない!!!

やはり山奥にはウドがあった!!!

本流に戻りさらに奥へ進む。林道が川水に流されてなくなっている地点で、渓流を渡る。

先々週に訪れた屋敷川の東側上流は、人跡があり通行に邪魔な草木は切り払われて弟見山への登山ルートは整備されていたのだが、今回の屋敷川東側上流をさかのぼる林道には人が最近通過した形跡はなく荒れ放題なので通行を邪魔する草木を切り払いながら進んでいったため、かなりの運動(労働?)になった。

荒れた林道は、いよいよ渓流の高さに近くなってきた。
弟見山の最上流地点に近づいた証拠だ。

小ぶりな3段滝が現れ、3年前にヤマちゃんおやじが通行の便に岩場に設置した長さ3m弱の丸木橋は腐りかけていたので、渓をのぼり渉り易いところで通過した。

やはりこんな辺鄙な山奥を訪れる人は少ないのであろう・・・・

本来の林道終点は数百m先であるが、林道は土砂崩れにより原型をとどめていないので、ここから引き返した。今回はウドの群生を発見したのでそれなりの収穫はあった。腹の周りの脂肪も少しは減ったことであろう。

☆ サッカーワールドカップ日本対オランダ戦

テレビ中継を見てオランダと日本では圧倒的な力の差を随所に感じると同時に、作戦面でのまずさも痛感した。翌日の朝刊の見出しは“日本堅守惜敗”であり、日本のマスコミの馬鹿さ加減も改めて痛感した。

日本チームの戦い振りは最初から精一杯であり、ここぞという時にはもはやダッシュは効かないが、オランダはここぞというときには猛然ダッシュし力を発揮し結果を出した。

素人の感想ではあるが、対オランダ戦ではどうせ勝ち目は限りなくゼロに近いのだから、日本は、最初から守り放しで疲れの出た後半に攻めに転ずるより作戦よりも、疲れがたまらない前半から攻勢をかける作戦が妥当と思われた。“攻撃は最大の防御なり”だ・・・・

岡田監督の石頭では、馬鹿のひとつ覚えの作戦しか思いつかなかったのだろう。

オランダ側は、岡田の選手起用を見て日本の前半は守り後半になって攻勢に移るという作戦を見破り、前半は日本を疲れさせながらオランダ側は疲れない程度に攻撃するスタイルに徹し、日本に疲れが溜まった後半になって、余力を十分残したオランダは一気に攻勢に出て点をもぎ取った感がある。

堅守とマスコミが称える日本守備も、オランダがゴールした直前には、ゴール前でボールを大きく蹴りださずにヘディングで相手の群がるスペースにボール落とすあたりは一瞬ではあるが大事なところで全く守りの基礎ができていないと感じた。

DSCF3822.JPG 若葉の上に弟見山が・・・

日本のマスコミは、またしても誤った記事で読者を情報操作した。一番非難されるのは、監督でも選手でもない。一番非難されるべきは、害毒を流す日本のマスコミだと感じる。
ラベル:十種ヶ峰
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2010年06月15日

はやぶさ世界初の快挙、サッカーワールドカップ日本初戦突破に想う

☆ はやぶさ世界初の快挙 ☆

”7年間にわたる60億キロの世界初の惑星探査の旅終え見事地球へ帰還”

13日深夜、小惑星イトカワの岩石採取に挑んだ探査機「はやぶさ」は、2度にわたる絶望的危機を乗り越え見事に地球へ帰還した。月より遠い天体に着陸し、地球に戻ってくるのは史上初。

はやぶさ本体は大気圏で燃え尽きたが分離されたカプセルがオーストラリア中南部ウーメラの砂漠地帯から宇宙航空研究開発機構(JAXA)によって14日回収された。

カプセルには小惑星「イトカワ」の土壌サンプルが入っている可能性があり、厳重に管理されて早ければ18日に日本へ到着する。

無事着地したカプセルの中にイトカワの砂などが入っていれば、世界で初めて小惑星で直接採取した物質となる。

03年5月の打ち上げから7年。予定より3年長引いた旅の総距離は、月への往復約8000回に相当する約60億キロに達した。

世界の宇宙探査に詳しい米惑星協会のルイス・フリードマン事務局長は「非常に大胆な挑戦だった。賢明な技術者が挑戦を可能にした」と称賛する。

 はやぶさプロジェクトを率いる川口淳一郎JAXA教授(54)は、「もうだめだと思ったことは2度ある」と振り返る。一つは05年12月、イトカワに着陸直後、燃料が漏れて機体の姿勢が崩れイトカワから離陸はしたものの、通信が途絶し行方不明になったこと。もう一つは昨年11月のイオンエンジン(主エンジン)故障だ。いずれも深刻なトラブルで、誰もが地球帰還は絶望的と思った。

主エンジン開発に携わった国中均JAXA教授(50)は「(往復できる)自信は10%もなかった」と話す。

野心的な挑戦の構想は985年8月、当時の文部省宇宙科学研究所で開かれた「小惑星サンプルリターン小研究会」において、主催した鶴田浩一郎・同研究所教授(72)=現名誉教授=は「科学に新しい視野をもたらす」「広範囲の科学者、技術者が情熱を持てる」「文化史的な意義を持つ」などを挙げて「将来へ大きな夢をたくす計画」であると報告した。

 しかし実現への道のりは決して容易ではなかった。プロジェクトが正式に認められたのはそれから約10年後であった。「難しいミッションで、リスクが大きすぎるとさんざんたたかれた」。川口さんと計画を練り上げた上杉邦憲JAXA名誉教授(67)は当時を振り返る。

「米国もやらないような挑戦、できるわけがない」と陰口が聞こえる中での船出だった。「ぶざまに負けるわけにはいかなかった」(国中さん)。

打ち上げの後も、技術者たちはその意地を貫いた。トラブルには知恵を絞って解決策をひねり出し、はやぶさは何度も危機を切り抜けた。いつしか「不死鳥」と呼ばれるようになった。

・・・・・・・以上は、はやぶさ 7年、60億キロ…世界初の旅終え帰還6月14日0時0分配信 毎日新聞http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100613-00000031-maip-sociより抜粋・・・・・・


誰もが地球帰還は絶望的と思った2度の絶望的危機においては、通常ではこの時点で探査機を爆破するものと予想されたが、プロジェクトリーダーの川口淳一郎JAXA教授(54)は爆破スイッチを決して押さなかった。

通信が途絶し行方不明となった第一の絶望危機的トラブルでは、2ヶ月間にわたるはやぶさ発信信号の執念にも似た探索活動により、はやぶさからの微弱な信号を補足したことで交信可能となり、燃料エンジンにてガスのみ噴射させるという荒業によって、また微弱な太陽光圧をも活用して、はやぶさの姿勢制御を取り戻した。

しかし予定した地球帰還軌道に乗る機会をこのトラブルによって逃すはめになり、予定よりも3年長い宇宙の旅を余儀なくされることになった。主エンジンは、当初計画で想定した寿命よりも3年間長く超過して稼動することとなった。

第二の絶望危機的トラブルとなったイオンエンジン(主エンジン)故障では、故障した3つのイオンエンジンの中で故障していないコンポーネント同士を連携させてあたかも別の新しいエンジンのように作動させる非常切換回路(重量1グラム)が用意されていたのが幸いして、絶望的なエンジン故障を乗り切った。

世界初の快挙を成し遂げた要因がいくつか挙げられているが主な要因は第一に、執念にも似た成功への強い意欲を持つ決して諦めないリーダーの存在とそれを受けて奇跡とも思われるトラブル解決策を模索し見事解決した宇宙航空研究開発機構(JAXA)スタッフ。第二に優れたシステム設計能力に象徴されると感じる。

ここでいうシステム設計能力とは、少ない燃料で効率的な航行を可能にする太陽電池/イオンエンジンを主エンジンに採用したことだ。次いで100kg以下という厳しい重量制限が課せられた中で、各種トラブルを想定したシステム設計上のトラブル解決のための最小限の工夫(重量1グラムの非常切換回路など)が織り込まれていたことだ。

第2の絶望危機的トラブルでは、いくらスタッフ全員が執念を燃やしても、この重量1グラムの非常切換回路がなければ、万事休すとなったであろう。執念だけでは実現しない成功の事例でもある。

第1の絶望危機的トラブルでは、関係者みんなの執念が実り、トラブル解決策を生み出した感がある。

惑星間航行の主エンジンにイオンエンジンを採用し成功させたのは、今回が世界初であり、宇宙航空技術で最先端を走る米国でも採用されていない。

また大気圏突入時に発生する2万度という超高熱からカプセルを守る対策も炭素繊維を含む新素材を使用した新しい方式が採用され見事に成功した。

閑話休題

最近韓国では2回目の人工衛星打ち上げに失敗した。1段ロケットはロシア製であり総費用約100億円で契約し、2段ロケット(固体燃料)は韓国製といわれ、今ロシアと韓国間で責任のなすりあいが行われている。

日本は打ち上げロケットおよび探索機はすべて国産技術である。打上ロケットの国産化に関しては単純にコスト比較だけからの国産化反対意見を押し切って今までこだわってきたのは価値がある選択だ。先端技術開発成果は産業界に広範な波及効果を及ぼす。しかし・・・

JAXAは昨年、ようやくはやぶさ2の事業化を決断、10年度予算の概算要求に開発費17億円を計上した。

しかし直後に政権が交代し技術開発の重要性を全く理解していない民主党単細胞馬鹿内閣の出現により3000万円に激減。来年度に予算化されなければ、次の目標の14年打ち上げは難しくなる。

コストの単純比較だけ、効果/費用だけで全てを判断するのはきわめて単細胞的な発想であり、民主党による事業仕分け主催者の知性の乏しさ、国政担当能力の欠如を十分に示している。

全ての産業分野での技術開発競争力の根底となる次世代スパコン開発に関し、民主党の蓮舫参院議員は、事業仕分けにおいて「何故2番ではだめなのか?」という国政政治家としては失格となる愚問を発し開発費を削除したが、ノーベル賞受賞者を初めとする科学者や産業界から猛反対を受けてこれを撤回し予算を回復させたといういきさつがある。


☆ 大多数の日本の政治家は世界最低クラスの無免許運転者 ☆

鳩山前首相は、単なる期待だけで普天間基地の最小限県外移設をぶち上げたが、なんら具体的方策を示すことなく退陣した。発言するだけで物事が実現するほど世の中は甘くない。

今の日本の政治は、国政を担当する能力・識見をなんら持たない政治家が我が物顔で政治を取り仕切るいわば無免許運転状態である。

世界最高レベルの業績を上げた事業を、何も知らない幼稚園児(独裁政権樹立だけを目的として野合した政治集団=民主党政権)がその事業の将来を勝手に消滅させてしまう危険が常にあるのだ。

管新政権は、小沢色を一掃しただけであり、今までの民主党の左翼独裁政権を確立するという基本スタンスは少しも変わっていない。

管新総理は、拉致実行犯釈放を韓国大統領に署名請願した国会議員団に千葉法務大臣とともに名を連ねている(鳩山や小沢はさすがにこの拉致実行犯釈放の署名請願という愚挙には加わっていない)。

管新総理は、国歌、国旗を敬うことに長年反対してきた。管新総理自身が、”自分は今まで国歌を歌ったことがない”と発言している。

管内閣閣僚の半数は、公的場にて国旗に敬意を払わないというレッキとした現実がある。

自国の国旗や国家に敬意を払わない首相や多数の閣僚がいる国は、世界中広しといえども日本だけであろう!!!

むしろ管のほうが日本にとって危険な人物であるのだが、管政権成立後の世論調査では民主党の支持率が大きく改善されたのは、世論の馬鹿さ加減を見事に表している感がある・・・・拉致実行犯釈放を韓国大統領に請願する文書に署名し、国歌、国旗を敬うことに長年反対してきた人物が新たに首相になったのを世論が歓迎しているという奇妙な結果になる!!!

土建業を中心に集票マシンを確立し、米国に逆らえない政治を方向付けたロッキード捏造事件犯人を甘受して逮捕された田中角栄以来、政権維持のための政治に狂奔し、決して儲かりもしない支邦大陸におけるビジネス活動に憧憬し欲の皮を肥大させた財界の要望のままに国家主権を放棄して支邦に媚びてきた自民党政治にも国政担当の能力も資格もない。

日本国民の弱体化を狙ってきた米国、支邦の手先となって戦後60年の長きにわたり世論を操作してきた日本のマスコミの売国行為は、目に余るものがある。

売国マスコミの代表である朝日新聞、岩波書店、毎日新聞、民報、NHKなどとの共同作業で日本国民弱体化のお先棒を担いできた偽文化人、大学教授、評論家も売国奴としての役目を果たした。東大の南原教授、筑紫哲也、鳥越司郎などなど・・・・・

田中角栄以来の日本の政治家とマスコミ、偽文化人らは、世界で最低クラスの存在でしかない。政治のワールドカップがあるとすれば、彼らはアジア地区の予選にも参加できないほど低質レベルに甘んじている。

人間的にも社会的にもワールドカップ予選で、カメルーンに勝った日本サッカーチームはたいしたものだ!!!

マスコミが放つ勝手な雑音など物ともしない本田選手の大人ぶりは、マスコミの捏造報道にコロット影響を受ける阿呆国民よりも、よほどしっかりしている。

まして民主党、自民党などの売国政治家や、売国マスコミなどは、日本サッカーチームに比べれば屑中の屑であろう。

実際、ヤマちゃんおやじもカメルーン戦は十中八、九日本の負けを予想していただけに、日本チームの戦いぶりには感心した。後半のカメルーンの仕掛けるパワープレイを運良く無失点で抑えたのは、オシム前監督が言うがごとく幸運が味方したものと感じる。

しかし数少ないチャンスを得点に結びつけた、松井の切返し後のクロスと、絶対に得点するぞという気迫に満ちて落ち着いて反応し鮮やかな決勝点を挙げた本田選手の会心のプレーと、全員一丸となった組織的な守備には、かっての日本チームにないものを感じた。

特に気に入ったのは本田選手が、インタビューで浮ついたマスコミの下らない問いかけに一切乗らず、引き締まった表情で次試合のオランダ戦について言及したときであった。

今の日本マスコミは、自分では何もできない癖に自分勝手な解釈を押し付けたり、馬鹿げた質問を繰り返し、自らの無知と無神経さと厚顔無恥さを身をもってあらわしている。

名古屋市議会と税金値下げを標榜する河村名古屋市長が対立して久しい。名古屋市議会議員の年俸は2千万円をくだらない超高給といわれている。

河村名古屋市長は、これを900万円程度に抑えるというので、議会が猛反対している。国政だけでなく地方政治も私利私欲に堕落しているのだ。

某赤字市のベテラン運転手の年間報酬が約1000万円という。なんらクリエイティブな仕事をしない市役所運転手に年間1000万円支払うのは、どうしても非常識すぎる。これは市職員労組の賃上げ要求を毎年呑んできた結果に過ぎない。

市長も法外な市職員給与を下げたいのは山々ではあるが、これを追求すれば選挙で票を失うのでこの法外な高給に手を付けられないでいる。

日教組も教育よりも組合活動を重視しながら毎年の賃上げを獲得してきた。旧文部省も日教組に迎合して日本の教育の質の低下にまい進してきた。日教組のドンは、民主党幹部で参議院代表の輿石東である。

民間企業では厳しい仕事にもかかわらず年収300万円以下の労働者が多数存在するが、官庁ではノー天気なしごとをする割には、高給を食んでいる。民主党も自民党も選挙での票離れが怖いので、誰も公務員の高給にメスを入れないで、消費税を上げるといきまいている。

これが欧米型民主主義の目玉である選挙制度の成れの果てである。換言すれば選挙で票が減る恐れのある政治改革は事実上不可能なのである。

柔道のやわらちゃんが、民主党から参議院選挙に出馬するが、参議院議員になっても柔道を続けると宣言した。

国政をなめるんじゃーないぞ!!!
国民をなめるんじゃーないぞ!!!

先日航空自衛隊防府基地で航空ショウがあり、ブルーインパルスの編隊飛行を佐波川河畔で見たので写真に取った。低空を高速度で飛行するのでなかなか撮影が難しかったが・・・・
DSCF3810.JPG DSCF3813.JPG

大多数の日本の政治家は、マスコミは、世界最低クラスの無免許運転者とすれば、それを容認する日本の有権者も世界有数の無免許参政権者となる。

管直人が小沢と距離を置いて新内閣を組織しただけで、管直人の人となりも知らずに、マスコミの誘導するままに民主党支持に回る有権者も世界一浅はかな有権者のように見える。
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2010年06月07日

森林整備支援者育成講習会上級者コース参加


6月5日に第1回講習会があった。今回は上級者コースとのことで昨年度開催の初級コースの次のレベルの講習会である。

参加者は17名であり、1時間のオリエンテーションと座学の後、市有の山林に移動して早速作業実務が11時から始まった。

作業は、地拵(じこしらえ)というもので、未整備の山林に生える高木・低木の中から有効木だけを残し他の草木をすべて伐採し一定の間隔に集積するものであった。

DSCF3805.JPG 作業前の打ち合わせ

3人一組で班を作り指導員の指導を受けながら交代で作業を進めていく。1人がチェーンソー(エンジン付携帯型動力鋸切)で高木・低木を伐採し、次の1人が伐採補助と手斧で伐採した樹木の枝を切り落とし、3人目が一定の間隔に集積する。

ヤマちゃんおやじは、2番目にチェーンソーで伐採した。最初は。軽快なエンジン音も心地よく快調に伐採が進んだ。足場は傾斜地なのでしっかり踏ん張らなくてはならない。チェーンソー自体の重さはおよそ2〜3kgはあり、時間が経過するにしたがって腕が疲れてくる。

ヤマちゃんおやじの班の3人目は、どうも地元の人らしく、自分は日常的に作業をしているのでという理由で交替してくれなかったので、結局2時間程度チェーンソーを使っての伐採作業を続けるはめになった。

この日は快晴で、日中は真夏日になるという予報であったが、山林の日陰での作業であったが、相当汗をかきのどが渇いた。

最後には左手が疲れてきたのでコマ切り(木を狙った方向に伐り倒すための切口を作る作業)が上手くできなくなったが、終了合図までどうにか持ちこたえた。要領があるはずだが、まだ不要な力みがあるので、左腕が疲れるのかもしれない。

日常では左腕はビール瓶以上重たい物を持たないので、左腕が弱いのかもしれないが・・・・

木を狙った方向に伐り倒すのがなかなか難しい。木を伐り倒す方向に直角にコマを切りこまなくてはならないのだ。腕が疲れてくるとこれが難しくなるのだ。

今回の講習は単なる実作業体験ではなく、やるべき面積が設定されており、後2回の講習で終了させねばならないので、あまりゆっくりできないのが難点ではあるが、どうにかできるであろう・・・・

帰って早速ビールを飲もうとしたところ、なんとビールコップを持つ左腕が震えてビールが飲めないではないか・・・・

この腕が震えはチェーンソーの振動と長時間作業による腕の疲れから来るものでありあまり心配しなくてよいと事前に聞いていたので動揺はなかったが、今まではじめての経験であった。


日本の人工林は7000万ヘクタールもあり、世界一の広さといわれる。ご先祖様のご努力の賜物である。この遺産を無駄し荒廃させてはご先祖様に申し訳がない!!!

現在の経済学は極めて幼稚であるので、このような山林の有効性を評価することができない!!!

現在の阿呆経済学では目先の利益だけを追求するあまり、人間や生物の存続に必要な環境の有難さを計量できないため、大切な環境を目先の利益追求で破壊するという愚行がまかり通っている。


今までは山林所有者が人工林の世話を行ってきたが、山林所有者の高齢化で、人工林の世話が行き届かなりつつあると言われている。

山林は、環境保全の要であり、洪水・水害防止の要でもある。今度多少でも山林整備による環境保全に貢献できればと思っている。
posted by ヤマおやじ at 13:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月01日

40数年ぶりの久住山

5月30日(日)に市民ハイキングに参加し60数年ぶりに久住山(標高1787m)に登った。

4時に起床し、コンビニで弁当、お茶とおやつを調達して、6時にバスに乗り込み出発。

山陽自動車道、九州自動車道、大分自動車道経由で牧の戸峠(標高1330m)に9時50分到着。

牧の戸峠の手前3kmあたりから延べ100台以上の路肩駐車が目立ち始め、牧の戸峠登山口駐車場にはバス駐車スペースがなく定期バス駐車スペースを借りて一時停車するなかで49名全員が迅速に下車した。

10時から牧の戸コースを登り始めるが人また人の行列を作りながら行くのでまるで遊園地に来たようだ。

沓掛山(標高1503m)を経て12時過ぎに久住分れ避難小屋(標高1640m)に到着し昼食をとる。ここから眺める久住山の西側斜面は標高差300m程度一気に切れ落ち迫力満点であった。

DSCF3784.JPG 

東側のガレ道をさらに標高で150m登り、久住山山頂に13時ごろ到着。360度の大パノラマからは周囲の標高1700m級の峰々が一望できて、更に南方には阿蘇山、根子岳なども遠望できた。

星生山(標高1762m)、噴煙を上げる硫黄山(標高1580m)、天狗ヶ城(標高1780m)、中岳(標高1791m=九州本土最高峰)が納まる風景はおなじみのものだ。

DSCF3794.JPG 

さすが日本百名山、阿蘇くじゅう国立公園だけのことはあり、西中国山地とはやはり迫力が違う。ヤミツキになりそうだ!!!

帰りは来た道を扇ヶ鼻分れまで引き返し、扇ヶ鼻(標高1698m)に向かう。ここからも星生山、天狗ヶ城、中岳、三俣山、久住山、はるかかなたに大船山(標高1786m)までの一望にできた。

DSCF3800.JPG 後方中央の尖峰が久住山

ここで酸っぱい夏みかんに蜂蜜をかけた自作デザートを食し疲れを取る。

後は一気に瀬の本登山口に下るだけだ。

しかし下れども下れどもバスは見えない!!!

岩井川岳(標高1522m)を過ぎるともう目指すべき目的がない単調な下りなので疲れがどーと出てくる。16時40分ごろようやく瀬の本登山口に到着した。

20時50分バスはに帰着し、9時10分ごろ帰宅した。

今年のミヤマキリシマの満開は天候不順もあって、2週間後らしい。

ミヤマキリシマの満開時に再度行きたいと思うが、最盛期の休日には2万人もの人が久住山に押しかけるといわれているので、平日でも地元の人でないと駐車場確保が難しいものと想定される。

DSCF3802.JPG 阿蘇山方面の展望
6月12.3日には梅雨が始まっているかもしれない!!!
ミヤマキリシマの満開時では麓のホテルも本年は予約で満員であろう。

満開のミヤマキリシマを見るには、1年程度前から麓のホテルに予約を入れなければ事実上遠来の客は不可能と感じる。

しかし久住山連峰を再度訪れたい気が強く湧いてきた良き山行であった。宇部市、宇部山岳会などの関係者に感謝したい。
ラベル:久住山
posted by ヤマおやじ at 14:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする