ヤマちゃんが思ったこと、トレッキング、源流探訪、不可思議現象、反日マスコミがスルーしたニュースなど様々なことについて書き留めます。

ヤマちゃん日記

2016年08月27日

自民党二階幹事長による女性天皇容認論を糺す

<8月25日(木)>

イロイロ行きたいところもある。やりたいこともある。

あれこれ考えながら眠りにつくが、結局行くところはいつも近場。やることは登山道整備に落ち着く。

10時過ぎにシャクナゲ尾根コース登山口に着いた。
その時になって、草刈り機を持参しなかったことに初めて気がついた!!!

剪定鋏を研ぐ砥石も忘れた。ボケか!!! 認知か!!!

しかたなく剪定鋏で谷コースの伸びた雑草を刈り払うことにした。

入口付近は敢えて伸びた雑草を残しておいた。
今春山野草の盗掘に遭って以来、あまり多くの人が谷コースを通らない方が良いのではないか???…と思うようになったからだ。

意外と直射日光が当たらなかったので、あまり汗もかかず草刈りができたのは幸いであった。

“今回草刈りしておけば来年春までは大丈夫”という思いもあり、ザックを下して身軽になり草刈りに精を出した。

今まではアザミは手あたり次第刈り払っていたが、今年6月の草刈りでは少し残しておいたアザミが花を咲かせていた。何か独特なアザミにも見えた。

DSCN3271.JPG

植林帯の直前では、山アジサイが健気にも頑張って花を咲かせていた。
何と6月、7月、8月…と3か月間花を咲かせていたことになる。

DSCN3280.JPG

12時半に作業を終え、剪定鋏を置いて鞍部に登り遅い昼食を採った。
この鞍部には3年前に手作りしたベンチがあり、これに座っていると吹き抜ける涼風が暑さをしばし忘れさせてくれる。道中で最も涼しい場所だった。

DSCN3279.JPG


通いなれた道を登り15時過ぎに誰もいない莇ヶ岳に着いた。
今回は久しぶりに遠く十方山まで見えた。

帰りは、予てから目を付けていた988mピークの手前のピークにある薄い踏み跡に入ってみた。

入口の木の幹には無数の爪痕があり、熊の生息をうかがわせた。
薄い踏み跡は、5mも進むと濃い笹薮に変わった。
さらに15m進むも濃い笹薮が続き、人が通過した気配は無くなったので引き返した。

出来れば秋にもう一回シャクナゲ尾根登山道に生えた笹を刈れば、来年春先まで整備は不要と思われた。

この夏、できれば笹百合の種を集めて、ここぞという場所に撒きたいのだが・・・
単なる思い付きだが、山シャクヤクの種も集めてみたい。


<親シナ共産党の二階自民党幹事長による女性天皇容認発言を糺す>

帰ってビールの飲み夕食を食べていると、<二階自民党幹事長が女性天皇を容認>というニュースがテレビから流れた。

朝日新聞ディジタル2016年8月25日19時02分によれば、

“自民党の二階俊博幹事長は25日、BS朝日の番組収録で司会者から女性天皇の是非を問われた際、「女性尊重の時代に天皇陛下だけはそうはならんというのはおかしい。時代遅れだ」と語り、女性天皇を認めるべきだとの考えを示した。

 自民党内では伝統を重んじる議員を中心に天皇の「男系維持」にこだわり、女系・女性天皇に否定的な声が強い。天皇陛下が生前退位を強くにじませるお気持ちを表明した中で、女性天皇も容認する党幹部の発言は議論を呼びそうだ。

 二階氏は番組で「国民の間にも、(女性天皇が)決まれば違和感はないのではないか」と述べ、女性天皇は国民の理解も得られるとの見通しを示した。番組収録後、二階氏は記者団に対しても「諸外国でもトップが女性の国はいくつかある。なんの問題も生じていない。女性がこれだけ多く各界でご活躍をいただいているところで、天皇だけが女性じゃ適当でないというのは通らない」と重ねて強調した。“
とあった。

この二階発言には怪しい点が三つあり、以下に詳述する。

<第一>に、番組を提供したBS朝日という報道機関は反日・左翼の朝日新聞が100%支配している。

朝日新聞は日本の代表的反日売国奴メディアであり、『天皇陛下生前退位説』に火を付けたNHKと同じ穴のムジナだ。

その上 二階氏は大大親シナ共産党政治家とくれば、“三力士揃い踏み!”の感はいなめない!!!


<第二>に、二階氏は、女性天皇を認めるべきだとの考えの根拠として、「女性尊重の時代に天皇陛下だけはそうはならんというのはおかしい。時代遅れだ」と語った。

確かに天皇陛下が、会社員や大統領や首相と同類のお立場であれば、二階氏のいう通りである。

しかし天皇は会社員でもないし、国民から選挙で選ばれる大統領や首相でもない。

天皇陛下の最も重要なお役目は、二六七六年間前から継続している日本の祭祀王(最高位の祭祀者)として日本の神々とのお取次ぎをなさり日本の安寧と繁栄を祈られることである。

天皇陛下は、ヨーロッパの国王のように政治権力や軍事力によるのではなく神々をまつる祭祀の霊力によって国を治めて来られました。

つまり歴代天皇は「天皇第一のお努めは祭りである」「およそ禁中の作法は神事を先にし他事を後にす」と信じ、神代の時代から営々と公正無視のお立場で、ひたすら「国中平らかに安らかけく」と祈られてこられたのです。



皇室まめ知識によると、;

宮中祭祀は天皇自ら祭典を行われ、「お告文(つげぶみ=祝詞)」を奏上する大祭、掌典長が祭典を行い、陛下は拝礼される小祭、その他の祭儀の三つにわけられます。
それぞれどのような祭儀があるか、またとりわけ重要な祭儀について簡単に触れておきましょう。

まず、大祭は元始祭(げんしさい=1月3日)、昭和天皇祭(先帝祭=1月7日)春季皇霊祭・春季神殿祭(春分の日)、神武天皇祭(4月3日)、秋季皇霊祭・秋季神殿祭(秋分の日)、神嘗祭(かんなめさい=10月17日)、新嘗祭(11月23日)です。『古事記』雄略天皇条にすでにその伝承を示す歌が見いだせる新嘗祭は、大祭の中で唯一古代から受け継がれた重要な宮中祭祀です。また、毎年営まれる新嘗祭に対して天皇のご即位に際して行われる大嘗祭は「毎世(まいせい)の大嘗」と呼ばれる皇室の最も大切な重儀です。

小祭は歳旦祭(さいたんさい=1月1日)、孝明天皇例祭(1月30日)、祈年祭(2月17日)、香淳皇后例祭(6月16日)、明治天皇例祭(7月30日)、賢所御神楽(12月上旬)、天長祭(12月23日)、大正天皇例祭(12月25日)です。祈年祭は「としごいのまつり」とも読み、農作業の開始を祝い、豊作を祈るお祭りとして、新嘗祭と対になっています。

他に四方拝(1月1日)、奏事始(そうじはじめ=1月4日)、鎮魂祭(11月2日)、節折・大祓(よおり・おおはらえ=6月30日と12月31日)、除夜祭(12月31日)、毎朝御代拝、旬祭(毎月1日、11日、21日)、歴代天皇式年祭、さらに恒例の祭典以外に、ご結婚、ご誕生などに関して、臨時の祭典が行われることもあります。このうち、四方拝は元日の未明、天皇陛下が伊勢の神宮をはじめ四方の神々および山陵をご遥拝になり、この年の五穀豊穣と国家、国民の安寧を祈られます。天皇がお一人で行う、御代行できない重大な儀式です。
;とある。

尚 天皇がお一人で行われる重大儀式=四方拝=については
http://blogs.yahoo.co.jp/meiniacc/44184527.html
を参照ねがいます。


一般の日本人は天皇陛下の主なお仕事は、外国要人の接見・おもてなしや、被災地や戦地のお見舞いなどを連想するであろう。これは日本のマスコミが、日本の祭祀王(最高位の祭祀者)としての天皇陛下のお仕事を報道しないからである。

二階氏の発言は天皇陛下の日本の祭祀王(最高位の祭祀者)としてのお立場を無視して、天皇陛下が会社員や選挙で選ばれる大統領や首相と同じ立場であると錯覚した発言である。

換言すれば、二階氏は、天皇陛下の最も重要なお役目の内容を知らない一般国民を騙す意図があった可能性を否定できない。これは国民に対する洗脳とも受け取れる

天皇陛下の日本の祭祀王(最高位の祭祀者)としてお立場には世界に類を見ないものであり、古いも新しいもないので、“時代遅れ”など初めから存在しないのである!!!


<第三>に、古来より天皇は男性に限られてきたが、ある時期を境に歴史上8人10代の女性天皇が出現された。

女性天皇とは女性の天皇であり、推古天皇・皇極天皇・斉明天皇・持統天皇・元明天皇・元正天皇・孝謙天皇・称徳天皇・明正天皇・後桜町天皇が今までに存在された。ちなみに、皇極天皇と斉明天皇、孝謙天皇と称徳天皇は同一人物です。2回天皇になっているため、天皇としてのおくり名が2つあるのです。これを重祚(ちょうそ)といいます。よって女性天皇、いわゆる女帝は10代8人存在したことになります。

ここで肝心なのは、推古天皇までは天皇はすべて男性であった所です。

換言すれ歴代天皇は男性に限るという不文律を破り日本史上初の女性天皇の推古女帝を無理やり創り出したのは、半島出身の蘇我馬子と蘇我氏の一員ともいえる聖徳太子の陰謀であったことは殆ど知られていない。

馬野周二著『人類の文明の秘宝“日本』から引用する。

〜〜〜引用開始〜〜〜
聖徳太子と蘇我馬子は、記紀の典拠となった天皇紀、国紀の記述を改竄し、もともと男性天皇であった天照神(あまてらすおおみかみ=天照大神=)を女性天皇にすり替えて、太子の叔母を称徳天皇に仕立て上げ、自らは摂政となり政治の実権を握ったのである。推古女帝は、蘇我氏および聖徳太子に血縁で繋がり、前代崇峻天皇が蘇我馬子の唆しによって漢直駒(帰化人)によって弑された結果、帝位についた日本最初の女性天皇になった。蘇我氏一族は外教(仏教)と帰化人を使って天皇家を押領し、日本を私有化したのであった。

天照神(あまてらすおおみかみ=天照大神=)が正真正銘の男性天皇であり、13人の后姫があった事実は、各々の后姫を祀る神社が今に至るまで各地に現存することから明白である。
〜〜〜引用終〜〜〜
詳しくは馬野周二著『人類文明の秘宝“日本”』96頁を参照されたい。

いったん推古天皇という女性天皇が誕生した前例にもよるが、日本書紀を編纂した舎人親王や古事記を著した太安麻呂までがもともと男性天皇であった天照神を女性天皇らしく記載したため、推古天皇以降7人の女性天皇が出現する大きな根拠となった。

記紀の典拠となった天皇紀、国紀の記述を蘇我氏と聖徳太子が改竄しなければ日本の歴史上女性天皇は存在しなかったであろう。


<天皇が男性でなければならない理由>

その理由は、日本には古来から、“何かの行為に際しては、必ず男が先行する”という宇宙原理というべきものが守られていたのです。

『秀真伝』には、“男は日の精霊(ウル)と一体であり、女は月の精霊(ナミ)と一体であり”、“月である女は、日である男の光を受けて輝くものである”と記載されています。

月が明るく光るのは太陽光が月の表面で反射されるからなのは現代科学が教える所ですね。

『男先女後』が天の運行に最も調和することを、古代日本人は知っていたのです。

よって、日本で最高位の祭祀者である天皇は、男先女後という宇宙原理に従い、男性でなければならないのです。女が天皇という表に立ってはならないのです。

この原則は決して男尊女卑ではありません。ホツマツタエ(秀真伝)では、第一章は女性である和歌姫の活躍した話から始まります。

君という概念も、男性を木(キ)に譬え、女性を実(ミ)にたとえて「キミ」となったので「君」は男女一対の概念です。君とは常に男女二神、すなわち夫婦の神を示したわけです。

日本においては常に女性が重要な役割を荷っているのです。

このような国柄が、世界初の小説といわれる源氏物語を女性の手で書かしめたのでしょう。

より詳しくは、鳥居礼著『言霊―ホツマ―』187頁〜204頁、411頁〜455頁などを参照願います。


この女性天皇問題に関し、鳥居礼著『言霊―ホツマ―』、馬野周二著『人類文明の秘宝“日本”』を丸一日かけて読み直しました。関連事項もネットで半日位調べましたので、“天皇陛下が男性でなければならないという論旨”が自分なりにかなりまとまりました。


閑話休題


テレビ報道を聞いた瞬間、“やはり自民党の二階幹事長はやはり反日・売国奴/シナ共産党の代理人だ”と直感した。


女性天皇、女系天皇をぶち上げる人物は、例外なく反日・売国奴であると相場が決まっている。

2016年8月8日のヤマちゃん日記、天皇陛下のお言葉の謎 において
http://yamatyan369.seesaa.net/article/440994495.html
シナ共産党の野心〜天皇家解体による日本支配の完成〜を記載した。

先ず、宮内庁に巣食う外務省出身役人(小和田人脈)と創価学会人脈役人らによる『天皇陛下生前退位』リークを反日メディアNHKがいち早く報じた怪しさと、天皇陛下のお言葉の矛盾点を挙げた。さらに『天皇陛下生前退位』リークの背後に日本支配のために天皇家を解体する野望をもつシナ共産党との連携プレーを示唆し、天皇なくする野心をもつシナと日本国内のシナ代理人達の言動に最大の注意を払うべきと感じる…と記載した。

その後保守層から『天皇陛下生前退位』要望に対しては、皇室典範で認められている摂政を立てるのがベストだという見解も出された。

丁度安倍首相のアフリカ出張による不在時に、二階発言が報道されるという手際の良さも策士らしさを感じさせる。

今回の二階発言はシナ共産党からの指令を受けた行動だと受け止められても仕方がない。


先ず二階俊博という人物は、反日活動を大幅に強化した江沢民元シナ共産党主席の銅像を地元の和歌山に建てるべく画策したが地元の反対に遭って頓挫したこと、および、尖閣問題では棚上げ論をぶち上げシナ共産党の味方として知られる、いわくつきの大の大の親シナ(共産党)政治家である。

また、在日外国人への参政権付与に賛成していることからも、二階俊博はバリバリの反日・親シナ・親コリア政治家でもある。

二階俊博は、自民党を飛び出した小沢一郎と行動を共にしたが、民主党の旗色が悪くなるとさっさと自民党に復帰し、経済産業大臣という要職に就任するなど普通の政治家ではないある意味で怪人でもある。

二階俊博は、部落解放同盟、創価学会、民進党とも太いパイプを持ち国会運営上貴重な存在であり、最近では自民党総裁任期延長をぶち上げるなどして安倍政権の中枢に入り込んでいる。

二階俊博は安倍政権にとって両刃の剣であろう。

安倍首相も先の石破同様、危険分子は党三役/閣内に留め監視する腹つもりかもしれないが、二階俊博は石破よりも危険度は格段に大きい所が要注意と思われる。

閣外に去った石破と党幹事長を務める二階が反安倍で行動を共にすれば、シナ共産党はおお喜びするであろう。

とは言え、二階俊博による女性天皇容認論をまず叩くのが保守陣営のなすべき重要対策だと思う。

微力ながら自民党本部に、二階俊博による女性天皇容認声明撤回をメールで要望しておいた。

ご賛同の方は自民党本部HP
https://ssl.jimin.jp/m/contacts?_ga=1.244454981.1993841621.1472170008
へ投稿をお勧めしたい。

<抗議文例>
二階幹事長による女性天皇容認発言の撤回を求む。

本年8月25日自民党二階幹事長は女性天皇を容認する発言をテレビ番組で公式に行った。この発言は日本という国柄を無視した反日的・売国奴的発言そのものです。天皇陛下はエリザベス女王などの他国の国王・元首とは異なり、日本国の最高位の祭祀者(祭祀王)としての役目をお持ちです。この天皇陛下のお役目は外国賓客とのご対応、被災地ご訪問などの御公務とは次元が大きく異なり、天皇陛下御自身しかできない日本国民にとってかけがえのない最重要なお役目です。この天皇陛下の日本祭祀王としてのお役目は他の国では存在しませんので、他国の王族、元首と天皇陛下を同列に比較すること自体ナンセンスであり、天皇陛下に対する冒涜でもあります。古来から日本の国柄では「秀真伝」に記載の如く、『男先女後』という動かしがたい宇宙原理が守られてきました。よって日本祭祀王として表に立たれる天皇陛下は男性であるべきであって、後に立つ女性が天皇として表に出ることはあってはならないのです。よって自由民主党として日本を大切に思う気があるのであれば、8月25日の自民党二階幹事長による女性天皇容認発言は早急に撤回すべきです。日本国民の中には古からの日本の国柄を知っている人間も相当数存在し、広く内外に情報発信も行えます。
〜〜〜抗議文例終〜〜〜

もし、自民党としてこの危険極まりない二階発言を放置し、明確な反対表明を行わないならば、自民党は真の保守勢力ではない単なる無責任政党であることがはっきりするであろう。


<追伸:緊急お知らせ>



ヤマちゃんおやじが責任をもってお勧めいたします!!!


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posted by ヤマおやじ at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月23日

無抵抗が戦争を引き起こした実例が日本にあった

<8月21日(日)>

この日は登山ルート:大平山〜大谷山(真尾)〜林道堀溝線で春先から秋にかけて雑草が繁茂する部分を避けるルートを設定し、通行可能にし、赤テープを張った。

従来のコースでは、大谷山の東側手前から北方の支尾根に沿って下り、植林帯を抜け、日射をもろに受ける草原を50ⅿ程度下った後作業道に接続していた。この50ⅿもの草原では夏草が繁茂し歩行を妨げていた。

今回は、植林帯を抜けないで植林境界沿いに作業道まで下るルートを実見し、通行を邪魔する草木を取り除き、赤テープを立木に張り、従来コースの赤テープを回収した。作業道は5ⅿ位の草原があるが、これは適宜草刈りをする予定である。
DSCN3267.JPG <新ルート;尾根筋を直進して下る>

DSCN3266.JPG <従来(旧)ルート;尾根筋を左折して下る>

特に暑い夏に長さ50⒨もの通路を草刈りするのは一大作業であり、これが無くなったのは登山道整備する身からすれば大きな改善だ。

ついでに作業道を下りながら伸びた雑草を刈り払い、沢を渡った後林道堀溝線に接続するまでの約20ⅿもの通路の草刈りも行った。この部分は先日車が落輪した日に、最小限の草刈りをしていた部分だ。

大した作業に見えないが、10時頃から作業を始め14時頃終了した。作業中の身を狙って多数の虻の襲来ししつこくまとわりついたので5,6匹を殺した。蒸し暑さによる発汗も激しく、首に巻いたタオルを少しつかむだけで汗がしたたり落ちた。

作業道の一角から流れ出る冷たい山水を手ですくい4,5杯飲むと汗が引いた。

一か月以上の干天にもかかわらず冷たい甘露の水をあふれさせる日本山河の恵み深さよ!!!旱魃に苦しむ国々から見れば羨望の的であろうが、多くの日本人はこの豊かさに気が付かないようだ。日本の宝=山野=は荒れ放題!!!何がTPPだ!!!阿保か!!!

その後大平山運動広場わきに駐車し、遅い昼食を採った。ドリンクとカメラを持って登った大平山では木陰では涼風が吹き暑さを忘れさせてくれた。


今回の山行の第二の目的は、林道大平山線のチェックだったので、神宮線入り口付近から林道大平山線に入った。1Km進んだところで下りにかかったので暑さを考慮して引き返した。
DSCN3268.JPG <林道から北へ延びる森林境界線>

綾ヶ峰で出会った男性から、『この林道を下り、さらに高圧線巡視路を使うと椿峠に行ける』と聞いたのだが、林道歩きが長そうなので周回登山ルートとしては面白味があるだろうか??? 時間があれば椿峠まで歩くのも一興かもしれないが、登り返しは楽ではないだろう。


<九条を守る会の危うさ>


戦力を放棄した憲法9条を国宝の如く敬う人達が多い。

作詞家、音楽評論家で有名な湯川れい子氏も

『憲法九条を守る運動は、決して左翼運動ではありません。人間としての、人の子の親としての当たり前の思いから出て来ている感情、そして理想です。誇りを 持って、誰もが参加できる活動にしていきましょう。』と語っている。

憲法9条を守りたいと思う人の中にはいろいろな動機があるだろう。

第一グループは、左翼政党政治家、森村誠一などの共産党員だ。彼らは己の人生を共産主義に捧げた人なので、日本の軍事力保有に絶対反対する。この人種は、生業として憲法9条を死守しようとする救いようがない確信犯的人種だ。

第2グループは、敗戦利得者・東京大学法学部主任教授横田喜一郎の薫陶を受け、『日本はアジアを侵略した』と刷り込まれている学者、大学教授連中だ。この人種は物事を疑う力のない阿呆だ。月給を貰う資格はない。

第3のグループは、戦争が憎いので短絡的に軍事力否定に走り、日本の軍事力保有を禁止した憲法9条に賛同する人種。換言すれば“日本が軍事力を持たなければ戦争に巻き込まれない”という証明されていない個人的仮説を盲目的に信じている人達だ。

この人たちは感情論で“戦争反対=軍事力反対”を念仏的に唱えているように思われ、知性、思考力が欠如している人種に見える。従って、福島みずほの宣伝文句である“日本は憲法9条があったから戦後他国から侵略されなかった”という詭弁に簡単に乗せられてしまう。

湯川れい子氏に音楽の素晴らしさを教えてくれた彼女の兄は戦場で死んでいった。
肉親など身近な人を戦争で亡くした人は、特に条件反射的に“戦争反対=軍事力反対”となるのではなかろうか?

軍隊で古参下士官からしごかれたのを根に持ち軍隊嫌いになった人物も反戦主義を掲げる場合がある。宮沢喜一元首相などもこの部類に入るだろう。

戦争には軍事力はつきものだが、軍事力を行使しなければ戦争が起こらないのか???

<無抵抗が戦争を引き起こした実例が日本にあった>

他国の横暴に対する無抵抗が戦争を引き起こした実例が日本にあった。

この実例からすれば、“戦争反対=軍事力反対”という仮説は大嘘ということになる。

戦う姿勢を放棄した戦前の日本政府の方針がシナの抗日勢力による軍事行動をエスカレートさせ、最終的に日本がシナとの全面戦争に巻き込まれた事実はあまり知られていない。


http://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/a35fb5949dd1bc10edc94a5215cbfcd8
幣原外相の「軟弱外交」がその後の日本に大きな悲劇をもたらす――中西輝政さん
「日本人としてこれだけは知っておきたいこと」
【 中西輝政、PHP新書、p121 】・・・から引用する。
〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
国共合作を果たした中国国民党は、ソ連の進言を入れて、同1924年、広州郊外に「黄埔軍官学校」という、革命軍建設を目的とした左翼的な思想を基調とする士官学校を設立します。総裁は孫文、校長は蒋介石というものの、教官役にはソ連の軍人やスパイが多数配属され、政治部主任には中国共産党のリーダー周恩来が配されるなど、「コミンテルンがつくった学校」であることは明らかでした。

この黄埔軍官学校のもとで、国民革命軍が結成されます。そして、孫文亡き後(1925年死去)、蒋介石が総司令となって10万の軍を率い、1926年7月から、北京軍閥政権の打倒を目指した「北伐」を開始します。この北伐軍が強かった。何よりものをいったのは、ソ連の莫大な資金援助です。1回分の資金額が北京の軍閥政権が持っていた軍事予算の数倍だったといわれていますから、これでは各地の軍閥もどうにもなりません。日本の左派の歴史家はいまでも、こうしたソ連の関与から目を背(そむ)け、「国民革命の意気に燃えた」北伐軍の士気の高さが、軍閥を圧倒した、とまったく的はずれな叙述をしていますが、それは間違いです。それゆえ国民革命軍は、1年も経たないうちに日本人ビジネスマンが数多く居留する揚子江流域を制圧していきます。

こうして1927年、国民革命軍は、急速にいくつもの軍閥軍を蹴散して2月に漢口(いまの武漢)、3月に南京に達します。ただし、ここで内部に亀裂が生じ、中国共産党を中心とする「国共合作軍」は先に武漢入りしてボロジンを代表に武漢国民政府を樹立(1926年11月)します。一方、ソ連や中国共産党のめざましい進出に警戒心を抱いた蒋介石は、1927年4月に、上海で反共クーデターを起こし(共産党指導の「上海臨時政府」を打倒し)、左派の武漢政権に対抗して南京に右派の国民政府を樹立することになります。

しかしその渦中、あの悪名高い「漢口事件」「南京事件」が起こるのです。国民革命軍および中国人暴徒による外国人居留民への大規模な略奪・暴行・虐殺事件です。

まず漢口では、当時、中国革命運動のターゲットとされたイギリスの居留民が虐殺され焼き討ちに遭い、条約によって認められてきた「イギリス租界」が中国軍によって武力接収されてしまいました。暴動は日本人居留民街にもおよび、日本領事館の警察官が最後まで奮戦して日本人居留民を守るために日本刀で斬り合い防ごうとしましたが、領事館に非難した居留民も含めて多くが難に遭(あ)いました。

続く南京では、国民革命軍および暴徒は、漢口を上回る乱暴狼藉の限りを尽します。英米領事館への襲撃に始まり、租界の商店、企業などをことごとく焼き討ちにし、略奪し、各国居留民に暴行を加えました。この事件を後に映画化したのが、スティーブ・マックィーン主演の『砲艦サンパブロ』です。南京の暴徒化した民衆が各国領事館を襲ったり、企業を襲って、「外国人は皆殺しにせよ」と叫びながら青龍刀を振り回して、外国人の首を切り落とすシーンが描かれています。憤慨した英米両国が、砲艦から暴徒に向けて砲撃を加えたのはいうまでもありません。

実は、このときも英米両国は、日本も一緒に行動しよう、と呼びかけているのですが、日本の砲艦だけは発砲に加わらなかったのです。それは、「中国を刺激してはならない」という日本政府の訓令があったためで、日本の軍艦は、避難しようとする日本居留民を見捨てて揚子江を下流に向けて、“逃げ帰った”わけです。戦前の日本にも、こうした普通の国としては考えられない『弱腰外交』の時代が長くあったのです。

このことを知っておくことはどても大事なことです。なぜなら、英米などはきちんと国際法の自衛権を発動して正当に軍事力を行使しているのに、日本だけが「日支友好」に反する、と称して本当の国際協調には背を向けていたからです。つまり、日本は「中国との友好」を、本来の国際協調に優先させたため、英米からは孤立し中国からは「弱腰日本」と見られてしまい、4年後の満州事変へと日本が追い込まれてゆく最初のきっかけとなったからです。

当時の日本外交を指導していたのは、民政党の幣原(しではら)喜重郎外務大臣でした。その対支外交の柱は「日中友好」「不干渉主義」です。そのため、国際法的権利を犯す国民革命軍を懲らしめるために共同歩調をとろう、という英米の要求に対して、幣原外相は決して首を縦に振りませんでした。


こうして、日本も同じように大被害を受けていたにもかかわらず、日本だけは報復せずに、居留民の一方的な引き揚げを決めるわけです。これは、中国共産主義運動あるいは過激化する中国ナショナリズムからすれば、ものすごく弱腰に映ります。「ちょっと暴れれば日本人は逃げていく」と。その後、中国革命運動の矛先(ほこさき)は一気に日本へと集中してゆきます。この幣原外相の危険な「軟弱外交」がまかり通ったのも、ちょうどこの頃、後述するように大正天皇の崩御(1926年12月)と昭和天皇の即位で国内の注目は釘付となっており、同時に南京事件と併行して有名な「昭和2年の金融恐慌」が起こり、政治は大混乱をきわめていたからです。のちに幣原への非難が起こりますが、時すでに遅しで、このことがその後の日本に大きな悲劇をもたらします。
〜〜〜〜引用終〜〜〜〜

この幣原外相の持論は、“人間は誰でも腹を割って話せば理解しあえる”でした。
これは日本人同士ならば成立しますが、日本人とシナ人との間では成立しません。
シナ人は“相手が抵抗すれば引きますが、相手が引けばますます攻めてくる”からです。

幣原外相は外交のイロハも知らなかった!!!
幣原外相はシナ人の特性を知らなかった!!!

幣原外相による“寛容と忍耐の外交スタイル”は、シナ人をして“日本弱し”と思いあがらせたのです。

幣原辞職後でも、蒋介石軍が仕掛けてきた第二次上海事変においても、戦火拡大を恐れたあげく日本政府は“寛容と忍耐の外交スタイル”で和平に終始したので、=日本に戦意なし=というシグナルを蒋介石軍に与えることとなり、調子に乗ったシナ軍が大山大尉事件、通州事件を引き起こし在留日本人を大虐殺するに至ったのである。


詳しくはヤマちゃん日記2012年10月23日
http://yamatyan369.seesaa.net/article/298593713.html
<日支事変では戦争を嫌がる日本を中華民国が無理やり戦争に巻き込んだ>
を参照願います。

この時蒋介石はソ連、米国、英国からの絶大な支援を得ており、日本と本格的戦争を開始すべく日本を挑発してきたのです。

大山大尉事件、通州事件をしった日本国民が激高したので、日本側は正式に松井石根大将を司令官とする上海派遣軍を編成。これにより、日中戦争は本格的に華中にまで拡大した。

いたずらに和平にこだわり、シナ軍の横暴に対し戦火の拡大を恐れ、何の軍事行動を起こさなかった日本政府の弱腰外交がシナ事変を戦争へと拡大させたのである。


戦後、大山大尉事件や通州事件などは日本の教科書には一切記述されないので、日華事変の史実は国民には知らされていない。米国、GHQの意向を受けて文部省が教科書に記載させなかったからだ。

歴史教科書では日本が一方的にシナを侵略したという記述に終始している。
こうなると文部省の役人も反日勢力だ。これを指摘しない政治家も反日勢力ともいえる。
今でも、日本全体が米国のWGIPの洗脳にやられっぱなしなのである。

日中友好とおだてられ巨額国費ODAを貢いだあげく、世界抗日戦線を通じて日本を貶め、尖閣諸島・沖縄まで自国領と宣言させた戦後の日本政府の対応に、重原軟弱外交に対する何の学習効果もない。

人を疑わない日本人。日本政府は他国から騙されるばかりだ。国連からも騙されているが国民はユネスコからの世界遺産認定で大喜びしている。

オレオレ詐欺に騙されているのは、一部の老人だけではない。
多数の日本人・日本政府が各種詐欺に騙されている!!!
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2016年08月20日

周南市奥湯野、魚切の滝・望海山・周南山コースを歩く

<8月19日(金)>

Y氏からお誘いがあり、石砂谷→魚切の滝→望海山→周南山(仮称)→苔谷山(仮称)→石砂谷を周回した。

今回はY氏の知人の中高年男性2人が参加されG4山行(爺さん4人組)となった。

10時40分:石砂谷駐車場着、準備後歩行開始
10時50分:「魚切の滝入口、100m」の案内板に従い右折し、望海山・魚切滝コースに入る
DSCN3263.JPG

10時52分:「→20m」の案内板に従い、登山道を左に見送り右折し、魚切の滝に向かう
DSCN3251.JPG

10時57分:魚切の滝PART1 に到着
11時00分:魚切の滝PART2 に到着。
その後滝の左側の斜面を5m程度登り登山道に合流
11時14分:沢が広がった場所で少憩、
DSCN3255.JPG
 その後沢に沿ってゆっくり高度を稼ぎ、望海山から北に伸びる支尾根を登る
11時54分:望海山(標高614m)着、少憩
DSCN3256.JPG

12時30分:太鼓ヶ岳(標高607m)通過
12時40分:周南山(仮称、標高610m)着
DSCN3258.JPG
      昼食、休憩、13時25分?頃、苔谷山(仮称、標高600m)に向けて出発、苔谷山頂を経ていったん
      沢まで下り、林道(標高500m)まで登り返す。
13時50分:林道へ合流、少憩
DSCN3259.JPG
14時48分:「魚切の滝入口、100m」の案内板を左に見送り林道をさらに下る
14時55分:石砂谷駐車場着

・石砂谷駐車場とは、大谷山石砂谷登山口から林道を15m程度進んだ左側の空き地で駐車スペースは1台分。

・「魚切の滝入口、100m」の案内板〜望海山のコースは、Y氏が若かりし頃に大平山登山道の一環として登ら れた記憶をたどり、今年8月2回にわたりルートを選択し、雑木や倒木を除去した経緯がある。このコースは 沢に沿って比較的緩やかな傾斜を登り直射日光は殆ど受けないので望海山登山コースとしては、城山入口か らの望海山登山コースが近年の植林伐採で荒廃した今では、最も良いコースと思われる。

・望海山頂は伸びた雑草に覆われ腰を下ろすには椅子持参が必要となる。一方周南山(仮称、標高610m)で  は、狭いながらも平坦な岩場があり、4人程度が座れる自然木の腰掛もあり、景色の広がりも180度のパノラ マがあり 望海山からの展望よりも広く、湯野方面から森林の梢を渡り吹き上げてくる涼風も受けるので、 昼食を採るには好都合だ。

・周南山(仮称、標高610m)で飲んだノンアルコールビールは、冷凍したポカリスエットボトル2本に缶ビー ルを抱かせたものをプチプチシートでくるみアルミ箔を内貼りした保冷ケースに入れ、その保冷ケースを  ザックインナーに収容し対流をカットしたので、相当冷たかったので好評を博した。

・帰りの林道でふと芳香が漂ってきた。Y氏によれば芳香の主はくさき(臭木?)という草木であった・
DSCN3260.JPG
・芳香につられ舞う蝶も見た。
DSCN3262.JPG
・全歩行時間中で直射日光に当たったのは2,3分程度であった。
・下山後久しぶりに入った湯野温泉で汗を流し、足腰の疲れをとった。


<日本共産党が進める日本の家族解体=学童保育=>

ある筋からの情報です。驚きです。

学童保育というものがある。
日本共産党女性委員「女性のページ」
http://www.jcp.or.jp/josei/06renewal/06jisseki/06jisseki-04hoikugakudou.html
には、

“学童保育の国の制度実現を国会で初めて取り上げたのは日本共産党です。1974年、学童保育を国の制度として確立し財政措置も行うようにもとめ、「制度として認める以上、財政的な措置が必要であることは言うまでもない」という政府の答弁をひきだしました。同時に、障害児の受け入れももとめました。”

と記載されている。


今までヤマちゃんおやじは、“学童保育とは有り難い”…と信じ切っていた。
ごく最近上記情報に接し非常に驚いた。

学童保育という言葉自体が左翼用語だそうです。

学童保育とは、主に日中保護者が家庭にいない小学生児童(=学童)に対して、授業の終了後に適切な遊びや生活の場を与えて、児童の健全な育成を図る保育事業の通称。

換言すれば、“家族ではなく社会が子供を育てる”ということであり、社会解体を狙う共産主義のメインメニューの一つ。

選挙が近くなると、学童保育に子供を預けている母親には、(保守系の)あの候補に投票してはダメ!!!というような投票誘導が行われるとのこと。

社会解体→家族と個人との絆が薄れ→根無し草的人間が増える→信じるものがない根無し草は容易に共産党の宣伝に乗りやすくなる→全世界で共産主義独裁の実現


ベルリンの壁崩壊を機に共産主義は死滅したかのような通説がまかり通っている。

英国のキャメロン前首相と共に強力な親シナ閣僚であった前財務大臣オズボーンの母親は1970年代に中国へ留学している。文化大革命時代の1970年代の中国に留学する人物は生粋の共産主義者だと言われている。英国のオズボーン家は3代にわたる隠れ共産主義者の家系だった。


また米国で民主党大統領候補をクリントンと最後まで争ったサンダース候補も共産主義者であり、米国にも隠れ共産主義者は沢山いると言われており、米国はデモクラシーの国ではない・・・と河添恵子氏は警告する。


米国には(もちろん日本を含む他の国でも)民主主義など存在しない。1年間の長きにわたる大統領選挙で選ばれた米国大統領を顎の先で使役する勢力がある。

その勢力が今の世界を陰から動かしている。

あのチャーチル元英首相でさえも、グローバリストのエージェント(代理人)の一人に過ぎなかった。今の米国は1920年代後半にグローバリストによって国の中枢を乗っ取られた国だ。

グローバリスト=世界金融資本連合=イルミナティ

グローバリスト=世界金融資本連合=イルミナティは、資本主義と共産主義の双方を操る存在であり、資本主義/共産主義というイデオロギー戦争などは本来存在しない。彼らがイデオロギー戦争を創り出すのだ!!!

資本主義の胴元はグローバリスト=世界金融資本連合=イルミナティであり、共産主義の胴元もグローバリスト=世界金融資本連合=イルミナティだ。

この図式が見えないと、世界情勢の趨勢など闇の中となる。
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2016年08月18日

日本国憲法は米国が作った=バイデン米国副大統領=

<8月13日(火)>


実家の墓に参った。

途中、3年前にガンにかかり放射線治療を受けた知人を見舞った所、予想以上に元気なので一応安心した。あと2年たっても元気であれば、治療は有効であったことになる。

森田健氏が勧める六コウ占術でガンが完治した事例があるというので、3年前当方が六コウ占術によるおまじないを彼の知人に施したが御利益はいかほどであろうか?

周囲の人には、癌になったらだめもとで当方のおまじない(無料)を受けるよう宣伝している。ただし、このおまじないは今まで一回しか行っていないので癌に対する効果のほどは判らない。

実家では恒例となった、般若心経、観世音普門ボンゲ、阿含経などを仏壇の前で30分間大声で唱えた。
今は亡き父親が原始仏教に興味を示していたので、墓参に際しては原始仏教経典を唱えることにしている。


<8月14日(水)>
1

9時から21時まで池間先生による
『知られざる真実の世界史・日本史』無料大公開ビデオ>を視聴した。

〜〜〜池間先生講話始め〜〜

池間先生は今まで、2885回1000校50万人の日本の生徒に講演をおこなったが、規律が無い学校、荒れた学校が非常に多かった。

日本では教師を尊敬する生徒の割合が21%、世界平均は80%、日本は世界最下位。
日本では父母を尊敬する生徒の割合が25%、世界平均は90%、日本は世界最下位。
日本で尊敬すべき人を尊敬できない子供が多い〜世界一悪い数字〜のは、アメリカの洗脳工作WGIPにやられてしまったのが原因だ。。。

多くの日本人は、日本はアジアで嫌われている…と思い込んでいる。

池間先生は200回も外国を訪問したが、中国、韓国、北朝鮮以外の国では“日本人大好き”であった。


『1944年当時アジアで白人に支配されていない国は、タイとにほんだけであった』 『先の大東亜戦争を日本人が家族を奴隷させないために白人国家を相手に戦争を戦った人種戦争であった』と池間先生は喝破された。

欧米諸国(白人国家)は15世紀から約500年間もの長い間、有色人種の国の大部分を侵略し現地人の大量抹殺を行って植民地支配・搾取を続けてきた。

マゼラン、コロンブス、ピサロなどの大侵略者とその後継者は殺戮の限りを尽くし現地人3000万人を殺した。

殺戮国家英国はインド大陸でインド人3000万人を餓死させた。

オ−ストラリアでは原住民のアポリジニは1788年から始まった人間狩りによって100万人から6万人まで殺された。タスマニア島では原住民は全員殺された。いずれもオーストラリア大陸に移住した白人が無抵抗の多数の原住民を殺戮した。

ベルギーが植民地支配したコンゴでは、ノルマ未達の原住民労働者とその家族は手足を切り落とされた。3000万人いた原住民は殺されて900万人になった。

差別と虐殺の国アメリカでは移住してきた白人が原住民のインディアンから土地を略奪したあげく2000万人ものインディアンを殺した。

〜〜〜池間先生講話終〜〜〜


しかし現実には、日本では天皇陛下、歴代首相、政府要人、国が検定した教科書までもが『第二次世界大戦で日本はアジア各国を侵略した』と公言して憚らない!!!

何故か???

日本はこの大東亜戦争で欧米諸国を相手に4年間勇敢に戦かい敗れはしたが、日本が欧米の白人国家を相手に勇敢に戦ったお陰で、戦後多くのアジア・アフリカ諸国は宗主国の欧米諸国から独立を勝ち取った。それまで有色人種は白人には全く頭があがらなかったのである。

マレー沖海戦で世界最強と言われた英国新鋭戦艦プリンスオブウエールズと巡洋艦レパルスが日本海軍攻撃機によって撃沈されたことを知らされたチャーチル首相は、驚きのあまり電話の受話器を床に落とし「あの艦が!」と絶句し電話の受話器を床に落とし、「戦争全体で(その報告以外、)私に直接的な衝撃を与えたことはなかった」と著書の第二次世界大戦回顧録で語らしめている。当時、白人が有色人種に敗れるなどあり得ないことであった。

欧米諸国は日本の敗戦を機に彼らが500年間アジア・アフリカ諸国を苛烈な植民地支配を行った事実をひた隠し、日本にアジア侵略の汚名を覆いかぶせたのである。

戦後日本を占領したGHQは『大東亜戦争で日本はアジアを侵略した』という大嘘話を捏造し日本人全体を極めて巧妙に洗脳した。この洗脳計画がWGIPだ。

戦後71年を経てもこのWGIPは効果テキメンであり、ほとんどの日本人は天皇陛下から一般庶民まで『大東亜戦争で日本はアジアを侵略した』だと固く信じ込んでいる。

日本人の中で敗戦利得者と呼ばれる一群の人々は、GHQによるWGIP洗脳工作に喜々として協力し名誉を得て私腹を肥やしたのである。

敗戦利得者一例を挙げると東大法学部主任教授を務めた横田喜一郎である。横田は、国際法違反の東京裁判を詭弁を弄して正当化し、『大東亜戦争で日本はアジアを侵略した』という自虐史観を教え子ばかりではなく日本国中に広めたあげく、最後は最高裁長官にまで上り詰めた。

詳しくは2012年10月23日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/298593713.html
【 最大級の反日売国奴 = 元東京大学法学部主任教授 横田喜三郎 >
を参照されたい。

中曽根内閣の官房長官を務めた後藤田正晴なども、“東京裁判が正当な裁判であり、A級戦犯を祀った靖国神社への首相参拝は行ってはならない”と大真面目に発言していた。この後藤田発言はまるでシナ共産党、日本共産党、社会民主党、民進党、米国国務省、駐日米国大使の発言と同類である。ちなみに後藤田晴正は日中友好会館会長を務めたシナ共産党の犬であった。

前回のヤマちゃん日記で述べた如く、『A級戦犯』という文言を使用する人物は国際法に違反した東京裁判をまともな裁判だと誤解している輩である。

後藤田正晴などは、裁判と名が付けばなんでも信用する大馬鹿者である。
近年A級戦に言及した美智子皇后陛下は後藤田晴正と同類といえよう。


皇族、政府高官さえもこのテイラクである。

政治家、政府高官、企業経営者、大学教授などの日本のリーダー層に占める東大法学部卒業生の存在は大きく、彼らが『大東亜戦争で日本はアジアを侵略した』という自虐史観に染まっていくのでその影響力は甚大である。

近現代史研究家 関野通夫 月刊正論2015年5月号
http://seiron-sankei.com/9089 から引用する。
〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
 WGIP(War Guilt Information Program)とは、大東亜戦争後の昭和20(1945)年からサンフランシスコ講和条約発効によって日本が主権回復を果たした昭和27年までの7年間の占領期間に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が占領政策として行った、戦争への罪悪感を日本人の心に植えつける宣伝計画です。

WGIPが残した毒は、政、財、官、法律、教育等あらゆる分野で、今も枢要の地位を占める人を含む、多くの日本人の思考を今も縛っています。

最近も、戦後70年の首相談話を検討する「21世紀を構想する有識者懇談会」の北岡伸一座長代理が、「総理に侵略だといわせたい」などと、およそ信じがたい発言をされました。自民党の三役の一人が、「慰安婦問題は終わっていない」などと、歴史事実を知りもせず、韓国に媚びた発言をする光景には、あきれ返るばかりです。普通の国では起こりえない、自虐的な発想や、非常識な外交対応などが頻発する背景には教育などさまざまな要因があるでしょう。ですがその源流はWGIPによる洗脳にほかなりません。そしてその洗脳から日本人は解放されていないのです。
〜〜〜〜引用終〜〜〜〜

日本国民はWGIPが残した洗脳から早く覚醒せねばならない!!!


<8月15日(月)>
71回目の「終戦の日」を迎えたこの日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で開かれた一部始終をテレビで視聴した。挨拶を述べられた方々の言葉を封筒の切れ端に手書きした。

安倍首相のあいさつには、『過去の過ち』という自虐的語彙はなかったが、現在の日本の繁栄は多くの戦没者の尊い犠牲のお陰である・・・という一節もあった。一方天皇陛下のお言葉には、『過去の過ちに対する深い反省』という文言が印象的であった。

ちなみに安倍首相、大島衆議院議長、伊達参議院議長、寺田最高裁長官、遺族代表広島県小西テルヨ各氏のあいさつには、御霊の冥福、御霊の安らぎ、ご冥福を祈る、戦場において戦火に倒れ尊い命を捧げられたご英霊の御霊のご冥福を祈る…という言葉があった。

追悼とは;死者の生前をしのび,その死をいたみ悲しむこと。

“死者(戦没者)が何か悪いことをしたので後世の者がその過ちを繰り返さないように反省する”という風に解釈される挨拶には、死者(戦没者)への冒涜を感じる。または追悼式典を利用した何らかの政治的意図を感じる。

参考までに天皇陛下のお言葉を以下に転載しておく。
〜〜〜転載はじめ〜〜〜
本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
終戦以来既に71年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。
ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。
〜〜〜転載終〜〜〜

天皇陛下のお言葉の中に@『戦没者の御霊の冥福を祈る』というような文言がなかったA今日の日本の平和と繁栄は終戦以来の国民の努力によるもの(戦争で尊い命を日本へ捧げられた人達の存在は、今日の日本の平和と繁栄には無関係)という風な戦没者の死に感謝の念を捧げないような内容は、我国の最高位の祭祀者としての天皇の役割をお忘れになり、戦後の民主主義に浮かれた戦前の一方的批判者というお姿を垣間見た感があった。これも宮内庁に巣食う反日左翼勢力による御進講の影響であろう。

左翼政治家は、先の大戦を『あのバカげた戦争』と表現するのが常だ。

午後リアルインサイトから配信された有料コンテンツ
『中国専門家・河添恵子氏講演会』ビデオを2時間余り視聴し、重要個所を筆記した。

氏は1986年以来一時期を除いて中国に在住されている高名な中国ウオッチャーとしてつとに高名な方である。

日本の大新聞やNHK,民間放送、週刊誌などに中国に関し記載され報道される内容がいかに杜撰であるかがヨーク判った。


<8月16日(火)>

久しぶりの曇りであったが、午後防府市堀溝の大谷山(真尾)〜堀溝林道ルートの草刈りに出かけた。

林道終点近くで車の方向転換した後、路上のやや深い段差を回避する目的で道路の左側を通過しようとし左側前輪が落輪した。

道路に生い茂った草が路側の段差を隠していたので、安易に左側にハンドルを切り過ぎたので落輪した。
まあお馬鹿さん運転の結果である。

前部車軸が路盤と接触しており前進・後退もできなくなった。
停車してもっと慎重に状況を確認した後走っていれば・・・とも反省したが、後の祭り!!!

幸運にも持参していたJAFカードの情報からJAFへ救助を要請した。
携帯電話が故障したままで送話のみ可能な状態であったが、何とか連絡が取れたようであった。

待ち時間を活用して、ルートで最も草深い部分のみ剪定鋏で草刈りをしておいた。

なかなかJAFが到着しないので、電話不通の可能性を考えて堀溝林道を下り民家から電話を借りて再度救助を要請することにした。

この期に及んで、なぜ携帯電話を修理しなかったのかを悔やんだが、後の祭りであった。やはり認知症進展か???

25分くらい林道を下り牟礼峠の手前まで下った所で携帯が鳴り話してみると、JAFの車は堀溝の最終人家あたりまで来ていたようなので、林道終点まで行くように伝えた。

JAFの小型レッカー車が牟礼峠に来たので運転手に状況を話した。

JAFの小型レッカー車は小さな勾配でも横滑りする特性があり過去に沢山失敗をしたという運転主の言葉を受けて、林道終点まで一緒に再び歩き返すことになった。

急いで林道を下った手前もあり、登りはなかなかキツク、スポーツドリンクを飲み景気を付けてようやく現場に辿り着いた。

同行したJAF職員は人力で解決できるという判断を下し、再び林道を下って行った。

車中でクーラーをかけて待つこと30分で土砂降りの中を四駆が登ってきた。
車の斜め後方の立木を支点にしてチェインブロックで車を1mくらい後退させ一件落着した。

後は帰るだけである。びしょ濡れになったので帰る車のなかでズーット寒気がしていた。真夏に寒気とはオツなものではあった。

今日は三隣亡であったが、最小限の草刈りはできたのは不幸中の幸いか。


<8月17日(水)>

2回目の『中国専門家・河添恵子氏講演会』ビデオを2時間余り視聴した。

年間5万円を支払って入手できる情報をペラペラ喋っては営業妨害になるので多くを語れないが、少し書くと・・・


中国の産業の中身は、不動産とバクチだけ。

会社を立ち上げインサイダー取引で得た株を、デマで株価を値上げさせ、高値で株を売り抜け、大きな利幅を得る。後は野となれ山となれ・・・オシマイ。

中国と付き合いのあるヨーロッパのエシュタブリッシュメントの中国評は、
『中国で売っているものは、パンダとプロパガンダだけだ』。



中国が1992年に制定した国内法である『国内法』『領海法』には“尖閣列島と琉球諸島(沖縄)は中国領”と明記してある。

日本の巨額国費が中国ODAに流れたが、その大半は中国共産党内でのワイロ(上納金)に使われた。中国共産党からのキックバックは中国ODAを主導した日本の政治家へも流れたようだ。結局日本の公費が中国共産党内の賄賂と日本の政治家へのキックバックに公然と使われたことになる。

中国へのODAを主導した日本の政治家は、自民党田中派とそのお友達であろうか。。。

シナ(中華人民共和国)は2010年7月10日国家総動員法を施行した。シナ共産党トップ7が一たび有事と宣言すれば、中国内の外国金融機関は封鎖され口座は凍結された後金融資産は中国が接取できる。

シナ(中華人民共和国)に存在する外国企業の資産はすべて中国が接取できる。空港。鉄道などのインフラは中国軍が支配管理できる。よって在中国外国人は中国軍によって拘束されることになる。

より詳しい国家総動員法については2015年7月5日のヤマちゃん日記
http://yamatyan369.seesaa.net/article/421844741.html
を参照されたい。

問題は、中国に進出する日本企業の殆どが、公開された中国国家総動員法の中身はおろか、その存在さえも知らない事である。

企業経営者ならば海外進出する際、カントリーリスクを調査するのが当たり前である。

中国に進出する日本企業の殆どが公開された中国国家総動員法の中身はおろか、その存在さえも知らないとは。これらの経営者は皆大馬鹿だ…ということになる。

あの大トヨタでも最新のハイブリッド車開発拠点を中国に作った。かの国がいかなる悪辣な国であるかを知らないようだ・・・阿保か??? トヨタの将来は危いのではないか???

確かに、中国国家総動員法を報道しない日本のマスコミは良くないが、調べればわかる中国国家総動員法を調べない経営者は、最も無責任&大馬鹿だ。

結局人の好い日本人は、中国人の小間使いか、お手伝いさんでしかないのかもしれない。

日本には中国のスパイがウジャウジャ活動しているらしい。
田中角栄付中国スパイは、角栄氏のウイスキーの好みを詳しく知っていたという。

日本人で中国寄りの言動をとる人物は、概ね中国人のスパイとみなしても誤りはないそうだ。さしずめ
自民党の○○聖子議員は中国寄りの発言が多い。

<日本国憲法は米国が作った>


8月17日夕方のNHKニュースで、
“アメリカのバイデン副大統領は8月15日、「我々が(日本を)核武装させないための日本国憲法を書いた」と発言した”…と報じた。

この発言は、ペンシルベニア州で民主党大統領候補のヒラリー・クリントン前国務長官(68)の応援演説をした際に、共和党の大統領候補、ドナルド・トランプ氏(70)を批判する中で飛び出した。

イギリスのオンライン新聞「インディペンデント」によると、トランプ氏が日本に対して核武装を容認する発言をしたことに対して、バイデン氏は以下のように言ったという。
“核武装を禁止した日本国憲法を我々が書いたことを、彼は理解してないのではないか。彼は学校で習わなかったのか。トランプ氏は判断力が欠如しており、信用できない。核兵器を使用するための暗号を知る資格はない”



日本国憲法に関し左翼勢力は『時の日本政府首相幣原が憲法9条を書いた』などとプロパガンダしている。

憲法の前文を読めばわかるように、現憲法の日本語表現は日本語由来ではなく英文由来である。
現憲法の多くの条文は欧米各国の各種条文のコピー&ペーストそのもの。

最近の研究では、“日本国憲法はGHQが一週間で書き上げたものを多少の字句修正を経て日本政府が公布した”ということになっている。公布に先立ち、GHQは“この憲法を受け入れないと天皇陛下の戦争責任を裁判で問うぞ”という殺し文句で日本政府を脅迫したので日本共産党以外の政党がすべて賛成して正式に公布されたという経緯があった。

当時日本共産党は、日本は自衛のための戦力は保有すべきであるとして、すべての戦力放棄を明記した(憲法9条)現憲法に反対した。

現共産党は、シナ共産党の指令に従って“戦力放棄を明記した憲法9条は絶対守る”と言い張っている。

今上天皇陛下も現憲法は日本が作ったと明言されているが、お付きの者が左翼風説を御進講差し上げた結果であろう。

美智子皇后陛下も“五日市憲法”という左翼用語を持ち出されお言葉にされた経緯がある。これも宮内庁に巣食う左翼反日勢力が誤った説を皇后陛下に御進講した結果であろう。


左翼勢力が今後憲法に関し何というか楽しみですね。。。

どうせ碌でもないプロパガンダしか発信できないでしょうが・・・
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2016年08月13日

2015年8月8日天皇陛下お言葉の謎、望海山魚切滝コース開設!!!

<8月8日(月)>


先日NHKが独断的にスクープした“天皇陛下の生前退位に関し天皇陛下のお言葉がこの日ビデオで発表された。

以下に全文を掲載する。
〜〜〜〜掲載開始〜〜〜〜
<象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日)陛下のお言葉>・・・宮内庁発表
戦後70年という大きな節目を過ぎ,2年後には,平成30年を迎えます。
私も80を越え,体力の面などから様々な制約を覚えることもあり,ここ数年,天皇としての自らの歩みを振り返るとともに,この先の自分の在り方や務めにつき,思いを致すようになりました。
本日は,社会の高齢化が進む中,天皇もまた高齢となった場合,どのような在り方が望ましいか,天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,私が個人として,これまでに考えて来たことを話したいと思います。

即位以来,私は国事行為を行うと共に,日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を,日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として,これを守り続ける責任に深く思いを致し,更に日々新たになる日本と世界の中にあって,日本の皇室が,いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考えつつ,今日に至っています。

そのような中,何年か前のことになりますが,2度の外科手術を受け,加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から,これから先,従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合,どのように身を処していくことが,国にとり,国民にとり,また,私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき,考えるようになりました。既に80を越え,幸いに健康であるとは申せ,次第に進む身体の衰えを考慮する時,これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが,難しくなるのではないかと案じています。

私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この間(かん)私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共に行(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます。また,天皇が未成年であったり,重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には,天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし,この場合も,天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,これまでにも見られたように,社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして,天皇の終焉に当たっては,重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き,その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が,1年間続きます。その様々な行事と,新時代に関わる諸行事が同時に進行することから,行事に関わる人々,とりわけ残される家族は,非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが,胸に去来することもあります。

始めにも述べましたように,憲法の下(もと),天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で,このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。
国民の理解を得られることを,切に願っています。
〜〜〜〜掲載終〜〜〜〜

<お言葉での矛盾点、疑問点を挙げるのは不敬ではない>

天皇陛下のお言葉にコメントし、疑義を挟むのは不敬のそしりを免れないが、これは天皇陛下の自らの意思で発せられた言葉に対してであり、何者かに示唆・使嗾されたお言葉であれば不敬でも何でもない。

このお言葉には国民の象徴である天皇陛下らしからぬご発言内容が含まれ、一部の内容は独断的であり、陛下の下された結論(思い)には明確な根拠を欠いている部分があった。

<このお言葉の矛盾>


1.“私が個人として,これまでに考えて来たことを話したいと思います”。とあり、最後のお言葉は、“国民の理解を得られることを,切に願っています。”とある。
冒頭では、天皇個人の思いと言いながら、最後には国民に同意を願っておられる。

そもそも、天皇の発言には個人的発言も公的発言もない。
天皇の発言は公表されるからには、すべて公的発言である。
“個人的発言を装いながら、その内容について国民に同意を願う”という二枚舌は、およそ天皇陛下の本心からの発言とは到底信じられない。もしくは認知症がかなり進行召された結果かもしれないが・・・

少なくとも、日本国の元首であり象徴である天皇が、自らの思考内容に関し国民に対し同意を求めることなどあり得ないのだ!!!

2.お言葉には“天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます。”とある。
何故無理なのかその理由がなく独断的思考結果に過ぎない。
これは、理由を示さず結論のみを強弁する左翼人の特徴と類似している。

3.お言葉には,“天皇が未成年であったり,重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には,天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし,この場合も,天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。”とあり、摂政の存在・役割を否定されている。

このお言葉の中で、摂政を否定されている根拠を“天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。”とされており、『務めを果たせぬまま生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることが悪い』とおっしゃっている。

天皇が勤めを果たせぬから摂政を置くのであり、この部分は、皇室典範で定められている摂政自体を理由を挙げずに否定していることの裏返しだ。


摂政で日本の歴史上最も有名なお方は、聖徳太子である。
長い皇室の歴史で,摂政を真っ向からに否定した天皇は、今生天皇が最初ではないだろうか??? 昭和天皇が皇太子時代に大正天皇の摂政を務められたことは御存じでのはずだが・・・。

2600余年もの長い皇統の中で、大東亜戦争敗戦よりも大きな事件は多々あったが、摂政が否定されることはなかった。

摂政こそ無能な天皇による悪政から国(国民)を守る“打出での小槌”であったのである。

むしろ有能な皇子は天皇にさせず摂政のままにして有能な力を国政に存分に発揮させたのである。

聖徳太子は何故天皇になれなかったのか???
天皇になるといろいろな政治勢力への配慮が必要となるので、思い切った政策が採れない。よって幼少時から極めて有能であった聖徳太子は、天皇に就任されることなく称徳天皇の摂政として国政に縦横無尽な能力を発揮されて冠位十二階や十七条憲法を定めるなど日本の中央集権政治の骨格をしっかり定められた。

今上天皇陛下が摂政をかるがるしく根拠も示さず否定されること自体、日本の歴史を否定することと同義だ。

お言葉の中で“天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,”と言いながら、摂政という古来から有効に機能してきた制度をきっぱり理由なく否定している。

天皇陛下が摂政を否定された理由があるが公開できない類のものであろう。

皇太子が摂政になれば皇室典範を変えることはない。天皇陛下が皇室典範を変えてまで摂政を否定する理由は、皇太子が摂政になれない可能性を危惧されているからであろうか???摂政になるにふさわしい人物でないと摂政にはなれない。近々に皇太子に天皇を譲位するためには皇室典範を改正し生前退位を制度化するほかに手はない。隠された狙いはやはり、近未来での皇太子への天皇譲位かもしれない。皇太子が天皇になるのを今や遅しと待ち望んでいる勢力がいる。まず、シナ共産党、天皇の外戚になれる小和田一派、天皇制否定の反日左翼勢力などなどだ。。。

少しまじめに読めば、このお言葉には、看過できない矛盾に満ち満ちている。
このお言葉自体が皇室典範を変える意図に満ち溢れている。
今回のお言葉によって、憲法上国民のシンボル(象徴)に過ぎない天皇が皇室典範という法律の改正を求めたことになる。

とても天皇陛下の直接のお言葉とはにわかに信じがたい。
これも認知症の影響か???

天皇陛下の認知症に付け入って誰かが不埒な入れ知恵した可能性を否定できない。

…ということで、ヤマちゃんおやじは.8月8日の天皇陛下のお言葉は自らが発せられたものではなく他人(宮内庁小和田人脈?)からの影響を受けて発せられたお言葉である可能性を感じざるをえない。


更に、最近の天皇陛下、皇后陛下、皇太子のお言葉を調べてみた。

<天皇陛下傘寿を迎えられての記者会見、平成25年12月18日>

“80年の道のりを振り返って,特に印象に残っている出来事という質問ですが,やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。私が学齢に達した時には中国との戦争が始まっており,その翌年の12月8日から,中国のほかに新たに米国,英国,オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が,若くして命を失ったことを思うと,本当に痛ましい限りです。
戦後,連合国軍の占領下にあった日本は,平和と民主主義を,守るべき大切なものとして,日本国憲法を作り,様々な改革を行って,今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し,かつ,改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し,深い感謝の気持ちを抱いています。また,当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。戦後60年を超す歳月を経,今日,日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても,人と人との絆(きずな)を大切にし,冷静に事に対処し,復興に向かって尽力する人々が育っていることを,本当に心強く思っています。
傘寿を迎える私が,これまでに日本を支え,今も各地で様々に我が国の向上,発展に尽くしている人々に日々感謝の気持ちを持って過ごせることを幸せなことと思っています。既に80年の人生を歩み,これからの歩みという問いにやや戸惑っていますが,年齢による制約を受け入れつつ,できる限り役割を果たしていきたいと思っています。
80年にわたる私の人生には,昭和天皇を始めとし,多くの人々とのつながりや出会いがあり,直接間接に,様々な教えを受けました。宮内庁,皇宮警察という組織の世話にもなり,大勢の誠意ある人々がこれまで支えてくれたことに感謝しています。
天皇という立場にあることは,孤独とも思えるものですが,私は結婚により,私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え,これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っています。
これからも日々国民の幸せを祈りつつ,努めていきたいと思います。“


さりげない上記表現の中に、以下の@A問題発言があった。
1..“戦後,連合国軍の占領下にあった日本は,平和と民主主義を,守るべき大切なものとして,日本国憲法を作り,様々な改革を行って,今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し,かつ,改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し,深い感謝の気持ちを抱いています。また,当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。”とあるが、
@現日本国憲法(平和憲法)は日本が作ったのではなく、占領軍が1週間で作った憲法を<この憲法を受け入れないと天皇を戦犯として裁くぞ!!!>という脅し文句で日本に押し付けたのが現憲法(平和憲法)。
A“平和と民主主義を,守るべき大切なものが現憲法というくだりでは、『憲法改正をすべきではない』という主張を柔らかく表現しており、”憲法9条を守る会“の主張と相通じるものがある。換言すれば、『憲法改正はまかりならぬ』とも解釈できる。天皇陛下は日本国の象徴であり、本来生生しいい政治課題に口を挟むべきではない。この発言は象徴天皇の域を大きくはみ出した政治への介入と思われても弁明の余地はない。天皇の政治介入は立派な憲法違反でもある。

象徴としての天皇のあり方を多感な少年時代にバイニング夫人から叩き込まれたはずの今上天皇が自衛のための戦力まで放棄すると明記した現憲法(平和憲法)の改正に反対するのは、あまりにも思慮に欠ける。天皇陛下の御自身の言葉とは思いたくない。。。
宮内庁に抜鈎する自虐史観を信奉する勢力(宮内庁小和田人脈等)の作った作文を読みあげられたのではないか???…と疑いたくなる。

<平成26年、皇后陛下が傘寿を迎えられた時のお言葉>A級戦犯に対する判決の言い渡しを聞いた時の強い恐怖を忘れることが出来ません。まだ中学生で,戦争から敗戦に至る事情や経緯につき知るところは少なく,従ってその時の感情は,戦犯個人個人への憎しみ等であろう筈はなく,恐らくは国と国民という,個人を越えた所のものに責任を負う立場があるということに対する,身の震うような怖れであったのだと思います。
戦後の日々,私が常に戦争や平和につき考えていたとは申せませんが,戦中戦後の記憶は,消し去るには強く,たしか以前にもお話ししておりますが,私はその後,自分がある区切りの年齢に達する都度,戦時下をその同じ年齢で過ごした人々がどんなであったろうか,と思いを巡らすことがよくありました。
まだ若い東宮妃であった頃,当時の東宮大夫から,著者が私にも目を通して欲しいと送って来られたという一冊の本を見せられました。長くシベリアに抑留されていた人の歌集で,中でも,帰国への期待をつのらせる中,今年も早蕨(さわらび)が羊歯(しだ)になって春が過ぎていくという一首が特に悲しく,この時以来,抑留者や外地で終戦を迎えた開拓民のこと,その人たちの引き揚げ後も続いた苦労等に,心を向けるようになりました。
最近新聞で,自らもハバロフスクで抑留生活を送った人が,十余年を費やしてシベリア抑留中の死者の名前,死亡場所等,出来る限り正確な名簿を作り終えて亡くなった記事を読み,心を打たれました。戦争を経験した人や遺族それぞれの上に,長い戦後の日々があったことを改めて思います。
第二次大戦では,島々を含む日本本土でも100万に近い人が亡くなりました。又,信じられない数の民間の船が徴用され,6万に及ぶ民間人の船員が,軍人や軍属,物資を運ぶ途上で船を沈められ亡くなっていることを,昭和46年に観音崎で行われた慰霊祭で知り,その後陛下とご一緒に何度かその場所を訪ねました。戦後70年の来年は,大勢の人たちの戦中戦後に思いを致す年になろうと思います。
世界のいさかいの多くが,何らかの報復という形をとってくり返し行われて来た中で,わが国の遺族会が,一貫して平和で戦争のない世界を願って活動を続けて来たことを尊く思っています。遺族の人たちの,自らの辛い体験を通して生まれた悲願を成就させるためにも,今,平和の恩恵に与っている私たち皆が,絶えず平和を志向し,国内外を問わず,争いや苦しみの芽となるものを摘み続ける努力を積み重ねていくことが大切ではないかと考えています。“

※ <問題の個所>
A級戦犯に対する判決の言い渡しを聞いた時の強い恐怖を忘れることが出来ません。”と明言されている。

『A級戦犯』は、戦勝国が戦争の責任を敗戦国日本に無理やり押し付けた国際法違反のインチキ・東京裁判を肯定したものであり、戦後の日本外交を自虐史観に徹底させた小和田と同じ思想の持ち主が喜んで使う常用句であり、シナ(中華人民共和国)も左派勢力も同じ論旨で日本を貶めている。

しかし史実に照らせば、

昭和28年8月3日付けの、衆議院本会議の決議は、 全会一致(社会党、共産党含む)で戦犯の赦免を求める決議が可決されています。この決議に基ずき、関係各国の合意により、A級戦犯の中で、懲役7年の実刑判決を受けた重光葵は外務大臣に、無期懲役に処せられた賀屋興宣は大蔵大臣に就任できたのである。即ちA級戦犯はこの時点ですべて国際的に免責されたのである。そして無期懲役の判決を受けた人は、勲一等の栄誉を受けた。昭和28年8月3日の時点でA級戦犯という語句は消滅したのでsる。

平成25年にもなって、A級戦犯という文言を持ち出すこと自体、日本近代史の勉強不足を露呈している。象徴であるはずの天皇陛下の伴侶たる皇后陛下がシナ共産党や日本国内の左翼勢力が常用するA級戦犯という文言を軽々しく口に出す様は、政治に口出ししない筈の天皇を憲法違反者に仕立て上げる行為に他ならない。A級戦犯を口に出すということは、国を守るために尊い命をささげた英霊をお祀りする靖国神社をも否定することになるのをご存じないのか???

<皇太子のお言葉>


皇太子殿下が、2014年2月21日のお誕生日に際し、会見で次のように述べられた.

“日本国憲法には「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と規定されております。今日の日本は、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、我が国は、平和と繁栄を享受しております。今後とも、憲法を遵守する立場に立って、必要な助言を得ながら、事に当たっていくことが大切だと考えております”

皇太子殿下はこの会見で、『今後とも、憲法を遵守する立場に立って、必要な助言を得ながら、事に当たっていくことが大切だと考えております』と明言された。これは憲法改正に対する反対声明ではないか???

『日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、我が国は、平和と繁栄を享受しております。』
と発言されているが、『GHQから強要された日本国憲法(戦力を放棄した平和憲法)が我が国の平和と繁栄をもたらした』といっている発言と同じ様に聞こえる。

今上天皇の次の天皇に最も近い人が、憲法改正反対を堂々と唱えてよいはずがない。。。
『平和憲法があったから日本は平和であり繁栄した』という文言は前社会民主党党首福島某の持論であるが、桜井よし子氏からコテパンに論破された。日本が戦後侵略されなかったのは日米安保条約により米軍が日本に駐留していたからである。


上記お言葉に共通する所は、天皇が国政に関する権能を有しないと言いながら、摂政を否定して皇室典範という法律を変えるよう暗に要請し、今上天皇が皇太子と共に現憲法改正反対を唱え、皇后陛下が死語となったA級戦犯を蒸し返す等あまりに国政に口を挟むお言葉は憲法に違反することになるのが気にかかる。。。


一方的にこれらのお言葉を非難する訳にもいかない。
反日役人が堂々と宮内庁で御進講掛を務め、宮内庁に小和田人脈が幅を利かすご時世なのだ。

この反日御進講掛が、天皇陛下、皇后陛下、皇太子殿下に、誤った御進講をしている可能性も否定できない。悪い奴らは、この御進講掛かもしれない。

一例を挙げよう。
鈴木善幸内閣時代にシナ(中華人民共和国)が日本の教科書内容にイチャモンを付けてきた。これは完全な内政干渉であったが、当時の外務省条約局長の栗山尚一は、国会で“内政干渉に当たらない”と明言した。この売国奴栗山尚一は、外務事務次官まで累進し、駐米大使を務めた後、宮内庁御進講掛(2006年4月-2012年3月:宮内庁参与)となり6年間も勤めたのである。この栗山尚一などの売国奴御進講掛が誤った大嘘を御進講したのかもしれない。これが事実であれば、天皇陛下、皇后陛下、皇太子殿下は御不幸にも小和田人脈などの悪徳役人から被害をお受けになった側かもしれない。

数年前から、皇室に関して疑問に思うことがあった。

小和田雅子様が皇太子妃になるのを昭和天皇が大反対されたにも関わらず、皇太子は小和田雅子様をお妃に選ばれた。何故天皇陛下と皇后陛下はこのご婚儀に反対されなかったのか???

天皇陛下、皇后陛下は昭和天皇の御意思を無視して、ご婚儀に賛成されたのか???
それとも誰かに強要されてで賛意を示されたのか???

8月8日の天皇陛下のお言葉御発表以来、それまで公務に殆ど関心を示されなかった雅子妃ががぜん公務にご精勤遊ばれ始めたとの情報もある。

当方は天皇陛下をはじめとする皇族の方々を非難するつもりは毛頭ない。

問題は、天皇陛下のおそばにお仕えする人々の中に,自虐史観にまみれた反日外務省上がりの役人や、親シナ勢力や、反日勢力が多数入り込み皇族方を利用ようと画策・暗躍することである。

本当に監視すべきは、宮内庁に巣食う自虐史観にまみれた反日外務省役人(小和田人脈など)や、親シナ勢力や、反日勢力が仕掛ける謀略だと思う。

天皇陛下をはじめとする皇族方を決して軽々しく非難してはならない・・・と強く感じている。
非難すればシナの思う壺に嵌ることになる!!!


天皇なくする野心をもつシナと日本国内のシナ代理人達の言動に最大の注意を払うべきと感じる。

8月13日01:00産経ニュース(インターネット)
http://www.sankei.com/premium/news/160813/prm1608130013-n1.html
『皇室典範改正は危険、摂政が最善 上智大学名誉教授・渡部昇一氏』という記事があった。聖徳太子が摂政をされた事例などが掲載され、当方と同じく摂政が最善とあったので嬉しくなった。

自虐史観反日左翼・朝日新聞が、早速皇太子皇太子妃に対して、本来天皇皇后両陛下にしか使えない「行幸啓」という言葉を使い始めました
詳しくは
http://www.asahi.com/special/koushitsu/schedule/
をご覧下さい。。。行幸という言葉を知らない人は多いだろう・・・と朝日新聞は読んでいるのであろうか。

この朝日新聞の悪しき企ては天皇陛下のお言葉と関係があるとすれば、もう陰謀くさい話ですね〜

NHK、宮内庁小和田人脈+創価、朝日新聞、場違いな天皇陛下のお言葉とくれば、役者がそろい過ぎです。



<8月10日(水)>


久しぶりに千石岳山麓の金剛水を汲みに行った。
その後、黄蓮華ショウマを観に鹿野町 山野草の宦@を訪れ、次いで高羽ヶ岳に登り案内板を追加することにした。

久しぶりの金剛水の水温は低く、水量は豊富であった。

中国道鹿野ICの近くの山野草の宸ヘ、工業団地の一番奥にあった。敷地は1万坪以上あるかもしれない。
DSCN3188.JPG  <立入自由、採取厳禁・・・山野草の專口>

黄蓮華ショウマが沢山あった。山感ではあるがおそらく少なくとも500株くらいはあった。
蕾が多く開花したものは少なかった。花弁の長さは、3cm位であった。
DSCN3201.JPG

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その後、大規模林道から高羽ヶ岳に登り、案内板を5枚追加した。水場の案内板を取り付けたが、1か月以上続く晴天の為、水の出はチョロチョロであった。コップ一杯の水をためるのに1分掛かった。このまま晴天が続けば枯れるかもしれない。


<8月11日(水)>


〜〜〜望海山魚切滝コース(仮称)開設!!!〜〜〜

Y氏から連絡があり、望海山・魚切滝コース(仮称)の整備に出かけた。この日は山口市から若手のH氏も参加された。

8月6日に周南市奥湯野石砂谷の魚切滝を訪れ、望海山に通じる古い登山道を辿った際、渓流沿いに適度な傾斜で登るルートが気に入ったので、この日のルート整備の運びとなった。

魚切滝100ⅿと書いた案内板から登山道は始まる。少し登った後、右手に進むと魚切滝がある。Y氏とH氏が滝に向かって進み、当方は少し急な登山道を進んだ。

Y氏によると、8月6日に見た滝の上部に少し大きめの別の滝があったとのことで、また見所が増えたことになる。

二股の所で道は左右に分かれる。先日は左に進んだが、先行偵察されたH氏の話から右側を登ることにした。3人で倒木を切断しながら雑木も刈り払いながら進んだ。

標高570ⅿ位でも渓流を流れる水の量は結構あったのは、ちょっとした驚きでもあった。

踏み跡の傾斜は緩やかで、道を塞ぐ雑木も殆どなく快適に進み、最後に支尾根を登ると何と、望海山山頂の真裏(北)に出た。今回登ったルートが先日登ったルートよりも歩きやすかったので、このルートをお勧めすることで意見が合った。

休憩後、『石砂谷へ・魚切滝』とY氏が書いた案内板を出口のヒノキの木の枝に括り付けた。
DSCN3246.JPG

その後、太鼓ヶ岳を経て望周南山(仮称、標高610ⅿ)に登り、昼食を採った。この日も適度に風が吹き日陰の眺望スポットで腰を下ろし昼食を採り涼しさを満喫し、しばし下界の暑さを忘れることができた。

次いで東側の600ⅿ峰に登り返し、谷底まで下り林道に這い上がり、道なりに下り、魚切滝と書いた案内板の下にY氏が『魚切滝 → 望海山』と書いた板を3人で括り付けた。
DSCN3247.JPG

Y氏の運転の車で細い道路を下り湯野温泉街を通り抜け、16時頃ソレーね周南に着き、それぞれの労をねぎらいあいさつを交わして散会した。

欲目かもしれないが、望海山登山ルートでは、このルートが最も人気が高いルートになるかもしれない・・・と想像した。

増水時には滝を訪れて見たくなった。



<学校・テレビ・新聞が教えない『感動の日本史』無料で動画視聴できます>


8月14日15時〜17時、19時〜21時に
当日だけ無料ネット放送されます。

ご視聴は無料です。
http://editor-ex.jp/Lba198051/66511
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2016年08月08日

周南市奥湯野の魚切滝;読売新聞も朝日新聞と同じ反日メディア

<8月3日(水)>


この日第3次安倍再改造内閣が発足した。閣僚19人中、初入閣となったのは8人。また、女性閣僚としては、将来の首相候補とも噂される稲田朋美氏の防衛大臣就任も注目された。

早速稲田朋美氏の防衛大臣就任に対して、シナ(中華人民共和国)、韓国から嫌がらせの反応があった。白髪男(中谷元=前防衛大臣)が防衛大臣に就任した時は、シナ(中華人民共和国)、韓国から嫌がらせの反応はなかった。換言すれば、シナ(中華人民共和国)、韓国から見れば、中谷元=前国防大臣=は恐れるに足らない人物であるが、稲田朋美防衛大臣は、ナ(中華人民共和国)、韓国から見れば手ごわい存在と認識している…ということになる。

殆どの日本国民は、防衛大臣が誰になろうが殆ど無関心である。ところが日本の仮想敵国に等しいシナ(中華人民共和国)、韓国ともなると、日本の防衛大臣が自国にとって手強い人物か否かを絶えず目を光らせており、自国にとって脅威になる人物が日本の防衛大臣に就任すると必ず嫌がらせを行い、その行動をけん制する動きを始めるのが彼らの常套手段だ。

ヤマちゃんおやじ流に解釈すれば、白髪男(中谷元=前国防大臣)は、反日5人衆の一人である石破茂の盟友であり、石破茂はシナ(中華人民共和国)の代弁者なので、中谷元が国防大臣に就任してもシナ(中華人民共和国)にとっては何ら心配はないのであった。

ところが稲田朋美の防衛大臣就任は、シナ(中華人民共和国)にとってはある意味で悪夢の再来を想起させるからである。

2008年稲田朋美氏は、反日宣伝映画『やすくに』に文化庁所管の日本芸術文化振興会が750万円の公的資金を提供している事実を追求し公にした。シナ人映画監督、日本の左翼勢力、文化庁との合作による一大反日キャンペーン映画『やすくに』の全国映写洗脳キャンペーンは、稲田氏によって頓挫させられたのである。この一大事件をまじめに報道したのは産経新聞だけであった。他の日本のマスコミは、この一大事件を無視し報道しなかった。


詳しくは、ヤマちゃん日記2008年4月11日『映画“やすくに”の欺瞞』

http://yamatyan369.seesaa.net/article/93009357.html
同2008年4月14日『映画“やすくに”の裏に“9条の会”あり』

http://yamatyan369.seesaa.net/article/93343037.html
を参照されたい。

本年8月3日夜読売新聞は、“各国のメディア、稲田防衛相の就任に警戒感”と報じた。
しかしこの時点で警戒感を表明した国は、シナと韓国だけだった。

読売新聞の各国という表現は、世界各国からという誤解を生む可能性が大きい。読売新聞は、“シナと韓国が警戒感を表明した”と報道すべきだ。この読売新聞の報道も嘘報道の一種だ。


2003年ペルシャ湾で日本の巨大タンカー高鈴がイスラム国際テロ組織から攻撃されあわや撃沈寸前のところを多国籍軍の決死の防衛により沈没を免れた事件(多国籍軍の決死の防衛で多国籍軍兵士3名が戦死した)は、日本のマスコミは産経新聞以外は一切報道しなかった事実もある。詳しくはヤマちゃん日記2007年9月30日
http://yamatyan369.seesaa.net/archives/20070930-1.html
を参照されたい。このような重大事件が日本のマスコミでは報道されないので、日本で使用される石油は多国籍軍の命がけのテロ対策軍事活動のお陰でペルシャ湾から届けられているという厳粛な現実を知ることがない。

この一つをとっても産経新聞以外の日本のマスコミは、日本人を騙しているのであり、国民の敵=国賊=といっても過言ではないであろう。



シナ人映画監督制作の反日映画『やすくに』に関しては、産経新聞以外の日本のマスコミは映画公開へ制限が掛かったという‘表現の自由侵害“の一点に焦点を絞り報道し、あたかも通常の日中友好映画と同様な扱いの報道に徹したのも、産経新聞以外の日本のマスコミがシナの代弁者に過ぎないことを証明した。

反日映画『やすくに』へ750万円も公金を支出した文化庁外郭団体の裏には『9条の会』が強く関与していた事、日本弁護士会会長も反日映画『やすくに』の全国放映を主張していた事実なども産経新聞以外では一切報道されなかった。

換言すれば、シナ(中華人民共和国)、反日マスコミ、九条の会、日弁連はシナの味方であり、日本人の味方ではないのだ。

読売新聞は穏健派と思う人達があるかもしれないが、読売新聞代表・編集主筆“なべつね”は朝日新聞入社を熱望していた生粋の左翼思想の持主と言われている。

ナベツネは日本国首相の靖国参拝を公然と批判している。これだけでもナベツネがいかなる危険人物かがはっきり判る。

日本のマスコミは『報道の自由』『表現の自由』という錦の御旗を振り回し、『自らの編集権に基づく報道』を主張しているが、実際は「国民が知っては困る情報は隠蔽もしくは矮小化する」という“報道しない自由”を専ら日常的に行って国民を騙し続けている国賊だ。

日本のマスコミは恥も外聞も気にしない左翼、シナ人、コリア等に酷似している。日本のマスコミの論旨は左翼、シナ人、コリアそのものでしかない。


<8月4日(水)>


この日は鹿野町飯ヶ岳大滝コース(仮称)でロープを追加設置した。
DSCN3181.JPG

7月29日に新装なった当該コースに4人の方々をご案内した時、滝下段から第一のトラバース道(旧飯ヶ岳登山道の一部)に登る部分で、左側の既設ロープに加えて右側にもロープがあるればより安定して歩けるのではないか…と実感したからである。

その後、追加の案内札をつけるべく高羽ヶ岳に赴き、大規模林道から主稜線まで登った時点で雨がぱらつき、西側の空も黒雲に覆われてきたので15時ではあったが登頂を断念し帰宅した。

案の定途中で集中豪雨にであった。やはり登山中止して正解だった。

<8月5日(木)>


この日今年3個目のスイカを家人が収穫して持ち帰った。
黄玉で直径が25cm程度あった。甘みを若干抑えたすっきり感が気に入った。
DSCN3183.JPG

苗を植えるために畑を耕し、そのあとの畑に直径1mくらいの穴を掘り、石灰、堆肥、鶏糞、油粕などを埋め込み、草を生えさせないための黒シートを畑に張り、スイカを2株植えた後は何もしていないが、3か月後には大きく育ったスイカが10個位収穫できる。

『自然の恵みは偉大である』と感じざるを得ない。同時に自然の恵みに感謝する。
スイカのプロ農家であれば、直径30cmの大玉が常識かも知れないが、素人でも25cm程度のスイカが育てられるのは有り難いという言葉そのものである。

もっとも、今ではこの豊饒な畑も20年前では石ころだらけのやせた土地であったそうだ。
畑の前の持ち主が、長年の間畑に深い穴を掘っては生ごみを埋めてこられた結果、ようやく今の豊饒な畑に育てられたとのこと・・・このご苦労にも大いに感謝したい。。。


<8月6日(金)>

この日はY氏のご案内で周南市奥湯野地区石砂谷に魚切滝を訪ねた。

石砂谷林道で大谷山登山道入口から更に奥へ進むと『魚切滝、100m先』という案内板があり林道から右折ししばらく進むと水音とともに白い水流を流下させる滝が右前方に現れた。

高さは約6〜7mとやや小振りではあるが、二条になって落下する白い水流は周囲の緑に一段と映えていた。
DSCN3185.JPG

水量が多い降雨後ではさらに迫力が増すであろう。

Y氏の記憶によるとかなり前に、この滝の傍を通って望海山を経て大平山に登ったとのこと。

折角なので荒れた昔の登山道をさらに登って行った。
滝以降の通路はかなり荒れていたが、雑木を刈り払い倒木を処置すれば比較的なだらかな沢沿いの道もそれなりに味わいがあった。

通路を塞ぐ径30cmもの倒木は切断が大変なので放置し、左側を迂回した。

望海山山頂の直下で道は二股になったが、左側を進み、やや急な傾斜を登り望海山登山道に合流し、さらに5分程度歩いて望海山山頂に着いた。

山頂の日陰では涼風が吹き下界よりも涼しい別天地だった。
早速保冷したノンアルコールビールを飲み昼食を採った。
もやがかかった景色は いまいちだったが、涼しい場所で互いの山情報を交換した。

その後、草を刈りながら太鼓ヶ岳を経て、景色の良い望周南山(仮称)に向かった。
Y氏の高度計で608mあった周南山(仮称)でも涼風が吹き日光を受けないので再び避暑地のごとく居心地が良かったのでここでも1時間余り山談義に時間を忘れた。

望周南山(仮称)からは、千石岳から国東半島まで約180度のパノラマが得られる。
この日はもやが北西から押し寄せ景色はいまいちであったが、涼しさだけでまたもや長居してしまった。
DSCN3186.JPG

その後、北東の600mピークを経ていったん谷底まで下り、林道へ出て駐車場所まで戻った。

初めて歩いた石砂谷・魚切滝コース(仮称)は、渓流にそって比較的緩やかに登り、魚切滝というアクセントもあり、かなか味わいがあった。

登山道の新規/復旧整備作業も間口を広げるにも限度がある。そろそろ幕を引くつもりになっていたが、石砂谷・魚切滝コース(仮称)を実際に歩いて考えが変わった。
機会があれば、荒れたコースを少し整備したくなった。


<『知られざる真実の世界史・日本史』無料大公開!!!>

まだまだ大問題があります。
多くの日本人は『通州事件』を知らないであろう。
ヤマちゃんおやじも2005年位まで知らなかった。
日本人として必ず知らねばならないこの大事件は学校でも教えなかった。
マスコミでも取り上げられなかった。
だから多くの日本人はこの大事件を知らないのである。

日本人にとって真に大切な事は何一つ日本人には知らされていないのだ。
半面くだらないどうでもよい情報は氾濫している。

これが今の日本を取り巻く歪んだ情報空間の実態です。

大多数の日本人は誤った日本の歴史しか教わっていません。
だから多くの日本人は日本という祖国に誇りが持てないのです。

しかし、ついに誤った日本の近代史にとって代わる素晴らしい
”知られざる真実の世界史・日本史”が近日無料公開される日が来ました!!!、


「日本はなぜアジアの国から愛されるのか」

を説いたベストセラー著者の池間先生の貴重な映像が1度限りの【無料】ネット放送で提供されます。
詳しくは

http://directlink.jp/tracking/af/1382454/M7r8dlZe/

をクリックしてください。

視聴希望される方は電子メールを入力して視聴希望手続をされれば、当方に申込者一人当たり400円支払われます。もしこの金が得られるならば、当方が自腹で購入した登山道整備資材購入費をその分回収できます。

”知られざる真実の世界史・日本史”に比べれば、学校で習う日本の歴史なんぞ糞みたいなものです。
貴重な映像を無料で観られるだけでなく、ヤマちゃんおやじを応援することもなりますので、奮って申込されるようお願い申し上げます。

posted by ヤマおやじ at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月04日

放射能中和技術発見さる!!!

<7月31日(日)>

いつも登山道整備をするわけにもいかない。
必要な家事は放っておくわけにはいかない。

我が家の狭い庭でも数本の庭木があり、多少の世話もかかる。

この日は、高さ2mほどの木に登り繁茂し過ぎた枝葉を取り除き、取り除いた枝葉をごみ収集袋に詰めた。

次いで、高く伸びすぎた柚の枝を切り除いた。
午前中の2時間程度の作業だったが大汗をかいた。

これで当分は山歩きができる。。。

<東京都知事選結果考>

東京都知事選では小池百合子氏が圧勝した。
NHKでは開票直後小池氏の当確を出した。

主な候補の得票数は、
無所属・政党推薦無しの小池氏が291万票余、自民・公明・こころ支援の増田氏が179万票余、野党統一支援の鳥越氏が134万票余。

当方は東京都民ではないが、主要3人の中では最も好ましいと思った小池氏が当選したので一安心した。

前回の都知事選では、自公推薦とはいえ自民党を除名された親韓反日政治家=舛添要一=が自民党東京都議連の推薦を受け210万万票余の得票で当選したので不快感が残った。

このとき、いくら選挙に勝つためとはいえ、自民党を除名された親韓反日政治家=舛添要一=を推薦した自民党東京都議連に大きな不信感を抱いた。自民党東京都議連会長の石原伸晃は一体何をしているのか???という一種の疑問・批判が生じた記憶がある。

石原伸晃氏は自民党総裁選に出馬したとはいえ、どうせ大した政治家ではないと思っていたが、今から思えば、“東京都議会のドン”と呼ばれる自民党東京都議連幹事長内田氏の意見が強く反映した可能性がある。あの大口をたたく石原慎太郎元東京都知事・元衆議院議員でさえ、内田幹事長には一目も二目も置いていたといわれるのでその権力たるや当時から相当なものであったらしい。東京都選出の国会議員も選挙では都議員の応援に頼らざるを得ないので内田幹事長には頭が上がらないともいわれている。これを小池百合子氏が“都政はブラックボックスと呼び指し選挙戦に活用したフシがある。

ネットでは、自公推薦とはいえ親韓反日政治家=舛添要一=を都知事に選んだ東京の有権者を頭狂都民の揶揄したものもあった。当方も全く同感であった。

今回の都知事選では、先ず第一に反日左翼の野党統一支援の鳥越氏が大敗したのが心地よかった。第2に親韓政治家増田氏が当選できなかったのもその次に大きな喜びでもあった。

今回の東京都知事選の結果のお陰で、東京都民はネットで“頭狂都民”だと揶揄されることを免れた感がある。

当初八方破れにも見えた小池氏の選挙戦略は見事に当たった感がある。

東京都知事として記者会見に臨んだ小池知事は、都政改革、都政透明化・情報公開を第一に掲げたが、この真意は東京都議会のドン内田氏の追い落としを意識したように思えた。

これからは当方の推測に過ぎないが、小池知事が9月に中間報告を行うと言明した“オリンピック・パラリンピック関係予算の透明化”が第一戦になる。内田氏の関係する建設会社(T社)がオリンピック・パラリンピック施設を3つも受注しており、受注に際しては不明朗なうわさがささやかれているからだ。

小池氏を甘く見ると都議会を牛耳る一派でも痛い目にあうのではないか???

今回の都知事選挙で小池氏は、優れた情勢観察力、冷静な企画力、果断な決断力、確固たる意志による実行力、年齢を感じさせない強い気力・体力を見せつけた。

小池氏の実力を見抜けない人間の目は、節穴ではないだろうか。。。

いずれにしても、小池百合子氏は第一ラウンドでは都連・都議会側に大勝した。選挙後に突入した第二ラウンドでは果たしてどちらが勝つのか???

“選挙に勝てるのであれば候補者の政治的資質などどうでもよい”という風潮は日本の戦後政治に深く浸透している感がある。

京都府自民党重鎮は、イケメン候補で女性票を集票する狙いでチャラ男を衆議院議員選公認候補に選定し当選させたが、国会議員育児休暇を唱えたあげく不倫で辞職に追い込まれた。

またチャラチャラ芸能人山本太郎が東京都選出の国会議員になった。

これではAKBの総選挙とあまり変わらない。

政党で縛る候補の増田氏、鳥越氏がこの選挙で敗れたのは、有権者が覚醒し始めた証であれば幸い・・・と感じた。

最もダメだったのは、東京都政という地方政治に対し、安倍政権反対、原発反対、消費委税5%など場違いな主張を繰り返した鳥越俊太郎だ。これの醜態にはさすがに鉄面皮で石頭の民進党岡田代表さえも愛想をつかし、投票日の前日に民進党代表選への不出馬を発表した。

この鳥越ような大阿呆が日本を代表するジャーナリストとして持て囃されテレビで名コメンテーターとして長年君臨したという事実は、いかに日本のマスコミ論壇が貧弱で、左傾化しているかを如実に物語っている。

この老人ボケ・ド阿呆を野党共闘の切り札として推薦した、民進党、共産党、社会民主党、太郎党?などの左翼勢力も、ド阿呆政党であることを再認識させてくれた。


<8月1日(月)>

気になっていた高羽ヶ岳尾根コース入口の草刈りに行った。
今年5月に草刈りしたが、夏になり雑草が繁茂しているに相違ないと思っていた。

9時半頃道の駅長門峡に駐車した。
通常はガラガラの長門峡駅前の駐車場には多数の車があり、阿武川踏切を渡ると阿武川の対岸に三脚を付けたカメラの放列が現れ、多くのSLマニアが格好の位置で待機していた。

近くの花畑で花の写真を撮り暫くSL通過を待ってみたがくる気配はない。
DSCN3169.JPG <花畑の白い花>

通りかったマニア風の男性に聞くと通過は12時位というので、林道たたら線終点を目指して歩き始めた。

林道は残りの1/3になると雑草で覆われていた。
しかし精錬所跡の看板がある広さ200坪程度は綺麗に草刈りされていた。ということは精錬所跡は地元にとって大切な場所なのであろう。

こ林道の雑草をまともに退治していると本来の目的を達せないので、最低限の草刈りをして11時頃林道終点に着いた。

予想通り、尾根コース入口から長さ60m程度先のたたら川まで雑草に覆われていた。
DSCN3177.JPG <草刈り前>

昼食をはさんで13時過ぎまで炎天下で草刈りに精を出した。途中で2,3回たたら川の冷水を飲み熱中症対策とした。
DSCN3180.JPG <草刈り後>

次は、尾根コースを通った人がネットで分かりにくいと書いていた場所(鞍部)に案内板2枚を取り付けた。途中新たな倒木が道を塞いでいたので迂回路を邪魔する雑木4本を切除した。

此処までくると687m峰や高羽ヶ岳まで登りたくなり、そのまま尾根コースを登った。
512m峰を過ぎると登りの急坂は半端ではない。自画自賛めくが、当方が設置した三カ所のロープがなければ普通の人はかなり苦しいであろう。やはり尾根コースは下りに使うのが向いているように思える。

687m峰で横木に座り小休止するも、通行者が褒めた北方の眺めは霞んであまり良くなかった。

687m峰を下りきった鞍部から右折して、昨年パイプを取り付けた水場では最近の晴天続きでも湧水が飲めた。昨年の夏には枯れてしまったが今年はどうであろうか?過去十数回この水を飲んだが、特に体調が悪くなったことはないので、飲用には大きな問題はないと思う。

小さいながらも”水場”案内板を近くの立木に括り付けておいた。物見ヶ岳〜高羽ヶ岳縦走で水が無くなった時にはこの水場が役に立つと思う。この水場は、沢コース 二股にて左から下る水流の水源にあたる。
DSCN3178.JPG <水場>

山頂は5月頃に草を刈ったので殆ど荒れてはいなかった。
高羽ヶ岳と記入した名札が無くなって半年も経過しているので、次回には取り付ける予定。

17時を過ぎたのであたふたと下山した。



<放射能中和技術発見さる!!!>

“放射能は絶対に中和/無力化されない。エネルギー的に不安定な原子核は放射線を放射し続けて崩壊しエネルギー的に安定な原子核に変換し終わるまで放射能は放出され続ける”というのが現代科学の常識であった。

人が原発を恐れるのは一重に、原発事故によって有害な放射能によって環境が汚染され人体に悪影響を及ぼすからである。

放射能が現実的に中和/無力化されることになれば、原発反対を唱える最大の根拠は無くなる。

半素人ながら福島原発事故以降一時期放射能中和/無力化の可能性を探したが、その時点では原理的に可能な技術はあったが、実際に放射性物質の中和/無力化に成功した技術はなかった。


最近ネットを漂う中で、<放射能中和技術発見!!!>を見つけたのでそのさわりを紹介しておく。直接のきっかけはブログ“ルイネット”からだった。

原典は ロシアNOW
http://jp.rbth.com/science/2015/07/17/53699
にあった。

以下転載する。
〜〜〜〜転載開始〜〜〜〜
「放射能を中和させる方法を発見」
2015年7月17日 スヴェトラーナ・アルハンゲリスカヤ
 放射性物質の多くは、自然界で崩壊するのに数十年、数百年、またはそれ以上の長きを要する。しかしながら、ロシア科学アカデミーA.M.プロホロフ一般物理研究所の研究グループが、わずか1時間で中性化、安全化させる方法を発見した。この新しい方法を用いて、福島の水を浄化させることも可能だと、研究者は考えている。

 国際原子力機関(IAEA)が7月に発行した「原子力技術報告2015」によると、昨年末の時点で世界には放射能の度合いの異なる放射性廃棄物が6800万立方メートル以上形成されたという。この状態で、多くの放射性物質の崩壊には時間がかかる。
 プロホロフ一般物理研究所マクロキネティクス非平衡プロセス実験所のゲオルギー・シャフェエフ所長率いる同研究所のチームは最近、放射性廃棄物を処理する課題の解決にかなり近づいたことを明らかにした。一部の放射性元素は、特殊溶液中でレーザーに露光すると、すばやくかつ簡単に中性化することが判明した。

発見は偶然
 発見は実験所でレーザー照射によるナノ粒子生成の実験が行われていた時に、偶然起こった。溶液中の金属から、ナノ粒子は文字通り叩き出される。研究者はさまざまな金属と溶液で実験した。
 研究チームが放射性トリウム232の溶液中に金を浸したところ、溶液はナノ粒子の生成とともに、放射線を放出しなくなった。変換が起こったのである。この効果はウラン238でも同様にあった。福島原発事故で知られているセシウム137の半減期は30年だが、整えられた条件のもとでは、1時間以内に中性バリウムに変わる
 「我々も、核科学者たちも、まだこの現象の科学的説明を行うことができない。おそらく、溶液をこういう条件に置くと、その原子核の周囲、すなわち電子の外殻の状態が変わるのだろう」とシャフェエフ所長は話した。
 崩壊の加速化には、何らかの高融点金属すなわち金、銀、チタンなどが溶液中になければならない。「物質の減衰速度は化学的環境すなわちその原子の外殻電子に依存する。ナノ粒子が局所的にレーザー電磁場を強化できるおかげで、我々が電子配置を変えられることは明らか」とシャフェエフ所長。

検証から実践へ
シャフェエフ所長のチームは現在、ドゥブナ合同原子核研究所の結果検証を待っている。超高純度ゲルマニウムをベースにした敏感型ガンマ線スペクトロメータを物理学実験所に持ち込む。これによって、プロセスをリアルタイムで観察できるようになる。対照実験はセシウム137で行われる。
 ドゥブナ合同原子核研究所核反応実験室の上級研究員であるサルキス・カラミャン氏はこう話す。「このプロセスを自分の目で見ないと、説明探しができない。私は実験核物理分野で50年以上仕事をしているが、レーザー光または特定の化学的環境のもとで核の崩壊が急に加速するとは信じ難い」
 研究者はすでに、未来の開発の具体的な応用についてすでに考えている。土壌へのレーザー浸透力はマイクロメーターで測定されるため、これを使ってチェルノブイリなどの陸上で放射線を中和させることはなかなかできないだろう。だが水であれば、大きな可能性がある。
 「もちろん、土壌を集めて、ろ過することは可能。だが、溶液の方が作業しやすい。つまり、タンクからトリチウムやセシウムを含む汚染水が流出し続けている福島で、この開発が多くを是正するかもしれない」とシャフェエフ所長。
〜〜〜〜転載終〜〜〜〜

別な情報源には次のようなものもあった。
〜〜〜〜転載開始〜〜〜〜
ベルギーのケシュという組織が、数々のフリーエネルギー・反重力テクノロジーを開発し、そのパテントを完全に無料で、世界中の政府に平等に提供しています。財団のホームページに日本は既にケシュ財団の技術を受け取ったと掲載されているようです。その技術の中に、放射能汚染を除去できるものがあるそうだ。
〜〜〜〜転載終〜〜〜〜
ケシュの技術について、
http://blog.goo.ne.jp/capitarup0123/e/f996b7f655e2c9a456a175ced124e2a3
から引用すると、

〜〜〜〜引用開始〜〜〜〜
ケッシュの技術は、重力と磁気の関係を解明し、物質、半物質、暗黒物質のいずれもプラズマ的な動的システムであることを解明することで、物質とエネルギーと重力の生成とコントロールを可能にした、と主張しています。
もっと判りやすく言うと、
ケッシュは、物質とエネルギーと重力磁気の謎、メカニズムを解明したので、物質とエネルギーと重力を自由に創り出し、あるいはコントロールことが出来るようになった、
と主張している訳です。


これを昔風に言うならば、錬金術(つまり元素転換)も可能になった!と言っているのです。
自由に水でも食糧でも創り出すことが出来る! と言っているのと同じです。
重力をコントロールし、光の何倍ものスピードで安全に移動することが出来る、そして、完全クリーンなエネルギーを空間から自由に取り出せる!・・と言っている訳です。
そして、同じ原理を用いることによって、放射性物質を恐らく別の安全な物質に元素転換できる、ということなのです。
〜〜〜〜引用終〜〜〜〜


元素変換といえば、高度で複雑な核反応装置内で発生すると想像する向きも多いかもしれない。しかしある種の元素変換は生体内で日常的に行われていることはケルブラン博士によって科学的に実証されている。換言すれば生体(生物)は体内に元素を変換させる機能を有しているともいえる。鶏の体内で日常的に起こるMg→Caへの元素変換は有名だ。


“ナノ粒子生成”技術はここ10年位で急速に発達した技術である。
最近では、ナノ微粒子を練り込んだ化粧品も出回っている。

この他、放射能浄化技術はかなりあるらしい。

一般財団法人テネモス国際環境研究会の飯島式による、汚染水の浄化や、汚染土壌の浄化方法という情報もある。

HHOガス(オオマサガス)発生装置いう情報もあるようだ。


ロシアNOWでは、『この新しい方法を用いて、福島の水を浄化させることも可能』とあるが、もし事実であれば素晴らしい朗報だ。。。

政府は、役にも立たない放射能汚染水浄化技術を大枚をはたいてフランスから買ったりしたが、もっと上記の新技術の適用に注力すべきと考えるのは、ヤマちゃんおやじだけではないだろう。

当面とりあえず、『ケシュの技術』について更に調べてみたくなった。
その理由は、あの磁気単極に関係があるあるからだ。。。。

ひょっとすれば、『ケシュの技術』は登山道整備に替る暇つぶしの対象になるかもしれない。
posted by ヤマおやじ at 09:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月31日

改修後の周南市鹿野町飯ヶ岳大滝コース披露さる

<7月29日(金)>


先日Y氏から連絡があり、有志の方に改修なった飯ヶ岳大滝コース(仮称)をご案内した。

このコースは少なくとも数年以上前から一部の人達には知られており、通行されてきたことは、薄いながらも残る踏み跡から判断できる。

改修後のコースの概略は、
@国道315号線最高点河内峠から鹿野町寄りに200ⅿ下った所から右折して始まる林道を終点まで沢に沿って登り、
A林道終点から滝の右を通過して、新設したロープ付斜路を登り、第一のトラバース道(旧登山道の一部)に合流し
B第一のトラバース道(旧登山道の一部)を進み滝を左手に見ながら稲妻道を経て登り
C新設した斜道を登り第二のトラバース道(旧登山道の一部)に合流し
D第二のトラバース道(旧登山道の一部)を滝に向かってトラバースし、標高差2ⅿの段差を這い上がり第三のトラバース道(旧登山道の一部)に合流して滝の落ち口に達し
E滝の落ち口から第三のトラバース道(旧登山道の一部)を奥に5ⅿ進んだ後、右折し急坂を上り境界尾根コースに合流する
・・・となっている。

ここでいう旧登山道とは中島篤巳著『山口県百名山』飯ヶ岳の項に記載の登山ルートを指す。この登山ルートは林道延長によって寸断され荒廃していたが一部のコースが辛うじて踏み跡として残存していた。今回のルート改修は、この辛うじて踏み跡として残存していた旧登山道を一部活用すべく3か所に丸太を渡して改修し、2か所の急坂直登をより安全な斜路ルートに変更し、4カ所にロープを設置した。丸太は近くに残置されていた間伐材10本を活用した。

滝の落差はY氏の高度計で測った数値;林道終点で681ⅿ、滝の落ち口で720ⅿ;から推算はすると約40ⅿであったが滝最下段と林道終点の高度差3ⅿを考慮すればおよそ37ⅿ位であろうか。

先日滝の中段の平坦部まで降りたとき観察した目視ではこの滝は、最下段の滝の落差が9ⅿ程度,その上に落差3ⅿ長さ5ⅿ程度の緩い斜滝があり、その上に落差5ⅿ程度の滝があり、その上に長さ3ⅿ程度の平坦部があり、その上に落差3ⅿ程度の斜滝を落ち口に持つ落差20ⅿ程度の滝から構成されている三段滝だと判った。

37ⅿもの落差の滝はこの近辺には見当たらず、滝の側面を観ながら登るという珍しいコースもここらではあまり見当たらない。

林道終点で2ⅿ程度下って達する沢からは、落差37ⅿもの滝のほぼ全貌を見上げることができる。


特に増水時には白い帯がはるか約40ⅿ上方の天辺から滝の最下段まで流下する様は結構見ごたえがある。
半面晴天が続くと水量が減り、迫力は減退するのはやむを得ない所ではあるが・・・
DSCN3124.JPG <増水時の滝全景>

DSCN3101.JPG <増水時の滝上段部>

DSCN3102.JPG <増水時の滝中段上部>

DSCN3103.JPG <増水時の滝中段下部>

DSCN3104.JPG <増水時の滝下段部>


第三のトラバース道から標高差で3m下りると滝の落ち口に出会うが、ここから莇ヶ岳が真正面に望められる。
DSCN3125.JPG <滝の落ち口から莇ヶ岳を望む、左端は弟見山に向かう縦走路の2つの950ⅿピーク>


このような特徴を持つコースは何回も訪れてみたくなる。よってかすかな踏み跡までに退化したしたかっての名ルートを今回改修・一部変更しその復活を図ることにしたという経緯がある。

参考までに記すと、投じた購入資材は、トラロープ20ⅿ6巻、異形鋼支持杭50p長3本、30p長1本、廃棄資材転用は残置間伐材10本、労力は8日人。


7月29日10時20分頃河内峠付近の駐車スペースを出発した。メンバーはY氏、中高年女性2名とたまたま駐車スペースで出会い合流されたF氏の5名であった。

林道終点で2ⅿ下の沢に案内して、滝の全貌を見上げてもらった。

林道終点を出発する前に、『これから進む山道において、落石を起こさせずまた、落石に打たれないように注意して慎重に進むよう』に全員に注意を喚起した。

(このルートを下る時も同様な注意が必要となるのは言うまでもない:為念)

滝の右側を進み、ロープの助けを借りて斜路を登り第一のトラバース道(旧登山道の一部)に合流した。

次いで、落石防止用の丸太が路肩に渡してある第一のトラバース道(旧登山道の一部)をロープを掴みながら進み、滝を左に見ながら稲妻型の旧登山道を登り、
更に、丸太を渡し新規に作った斜路をのぼり第二のトラバース道(旧登山道の一部)に達し、ロープを掴みながら左側が切り立った岩道をトラバースし、滑り易い部分に丸太を渡した所を通過し、標高差2ⅿを登って第三のトラバース道(旧登山道の一部)に達し、滝の落ち口の付近で休憩した。

DSCN3150.JPG <路肩に丸太を渡したトラバース道>

DSCN3151.JPG <上記トラバース道の路肩で丸太を支持する2本の長さ50cm異形鋼杭>

ここで男性3名は2ⅿ下の滝の落ち口に降りて莇ヶ岳を眺めた。

滝の落ち口から真上には東側の尾根を雀谷山縦走路まで直登する踏み跡が続いている。

ここから5ⅿ程度進んだ後直角に右折し、谷筋の道を境界尾根ルートまで這い上がり大休止した。

それ以降は風通しの良い所で適宜小休止しながら境界尾根ルートを登り、12時過ぎに山頂に到着した。

山頂からの風景を観ながらしばし山談義に花を咲かせて昼食を採り、女性軍からのデザートの差し入れに舌鼓を打った。通常は単独登山ばかりなので女性軍から差し入れには久しぶりに感激した。

下山は山頂から登山口まで境界尾根ルートを下った。途中急坂で丸石を踏み滑り2人が転んだが1人は無事だったが下りが苦手な一人は少し足に来たようなので平坦路でしばし休み回復を待ち、慎重に下り登山口まで下山したので大事には至らなかった。

最後の急坂の下り傾斜は半端ではなくかなりの難所であったが、昨年来どなたかが階段を作られ、丸太で通路を安定化されていたので大いに助かった。このルート整備を実施された方に厚く御礼を申し上げます。感謝、感謝、感謝・・・

当方も3,4年前から境界尾根ルートの笹刈を毎年やってきたが、別の方が本格的にルート整備されていることがはっきり判ったので頼もしくもあり,ありがたくも思った。

15時過ぎに駐車スポットに帰着し、互いに健闘を称えお礼を交わして散会した。


<格好の避暑地>


時間があるのでY氏のお誘いでシャクナゲ尾根谷コースから莇ヶ岳に登ることにした。
1日ダブル登山となるとさすがに息が上がりそうになり休みながら登った。
手作りの2つのベンチと三カ所の急坂に自らはったロープは大いに役立った。情けは人のためならず。。。

莇ヶ岳山頂はかなり広くまた夏季では登山者も少ないので、格好の避暑地になるとY氏が話るように、山頂は24度くらいでしばし下界の暑さを忘れさせてくれた。

24度なれば立派な避暑地だ!!!

というわけで周南市鹿野町飯ヶ岳大滝コース(仮称)披露登登山+α は無事終わった。

諸々に感謝、感謝、感謝
posted by ヤマおやじ at 07:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月29日

またもNHKが大嘘報道した;天皇陛下生前退位報道の怪

<7月29日(金)>



朝食を食べながらNHKニュースを何となく聞いていた。
日銀がヘリコプターマネーを検討しているとのニュースで、解説者は“ヘリコプターマネーはハイパーインフレを招き財政規律を害するので実施は非現実的だ”と真顔で解説していた。

しかし現実には、ヘリコプターマネーは米国や中国(シナ)ではリーマンショック以来長期にわたり大々的に実施されており、いずれの国でもハイパーインフレなど発生していない。

昨年まで米国のFRB議長を務めたベン・バーナンキ氏のあだ名は“ヘリコプター・ベン”であった。ヘリコプターマネーを駆使してリーマンショックによる金融危機を脱出させたことで有名である。

いくらNHKの経済記者が馬鹿だとしてもバーナンキ前FRB議長の採った施策は知っているはずだが・・・

NHKはヘリコプターマネーに関して大嘘報道を流し、日銀の政策に影響力を与える魂胆があったのではないだろうか???

最近ヤマちゃんおやじは、“NHKは息を吐くように誤報道・捏造報道を行う”と思うようになった。まるでシナや韓国と同類だ。

こうなるとNHK国民の知る権利を侵すどころではない、NHKの正体は外国勢力の宣伝機関だ。

NHKはシナ、韓国、ウオール街のグローバリストの代弁者だ。

このような嘘つき・スパイ報道機関NHKは日本の公共放送ではない!!!
即刻NHKを解体しなくてはならない。
NHKを解体しても関係者以外は日本国民の誰も困らない!!!


<NHKによる天皇陛下生前退位報道の怪>

7月13日夕方NHKは“天皇陛下が生前退位の意思を持っておられる”という仰天ニュースを他社に先駆けて単独報道したが、その直後、宮内庁次長がこの報道を否定し、さらにその後宮内庁長官までもがこのNHK報道を否定した。菅内閣官房長官もこの報道を否定した。

宮内庁の最高幹部が否定する内容をNHKが関係者からの話として唐突に報道した。
天皇の生前退位は皇室典範には記載がなく新たに法改正が必要となる。

天皇陛下は常日ごろから政治に口出しするような言動は今まで一切口にされたことはなかった。
天皇陛下が法律改定を要す生前退位を言及される事は100%あり得ない!!!

少年時代に米人家庭教師バイニング夫人から9年間新憲法下での天皇の役割を叩き込まれた今上天皇は、米国から押し付けられ象徴の役割に徹してこられ、生々しい政治にかかわる発言は今まで一切なされていない。


NHKは宮内庁関係者からの情報としており、必ずしも天皇陛下のお言葉ではなかったような報道をしていたのも、その辺を考慮していた節がある。

ヤマちゃんおやじは、どうせ反日左翼メディアNHKが単独報道したニュースなど何か邪な意図が隠されているのでは???と直感した。

こうなるとNHKの身から出た錆である。

この怪しげな情報をリークした宮内庁関係者は、侍従長河相周夫と東宮大夫小田野展丈ではないかとの情報があった。いずれも小和田人脈につながる外務省出身である。

小和田といえば外務省条約局長時代に、社会民主党党首土井たか子と示し合わせて “日本は先の大戦でアジア諸国に多大な迷惑をかけたのでアジア各国に対し謝罪外交に徹すべき”国会で証言した悪名高い反日左翼外交官(外務事務次官経験者)小和田恒であり、雅子妃の父親でもある。
参考までにいえば、昭和天皇は小和田雅子が皇太子妃になるのを大反対されていた。
昭和天皇の大反対を押し切って雅子妃を実現させたのは赤い皇族高円宮と民主党(現民進党)国会議員であったことは殆ど知られていない。雅子妃の父親小和田恒は民間人のくせに許可なく東宮伍子胥(皇太子ご一家のお住まい)に宿泊を繰り返すなど公私混同もはなはだしい。

渡部昇一、馬渕睦夫共著『日本の敵〜グローバリズムの正体〜』では実名入りで、日本の敵として批判された人が4人あったの記憶している。実名ではないが誰かと簡単に特定できる注釈で日本の敵として批判された人の中に孫正義があったのもはっきり記憶している。実名入りで、日本の敵として批判された人が4人は、河野洋平、小和田恒、中曽根康弘、石破茂です

日本外交を謝罪一辺倒にして独自性を失わさせた張本人が小和田恒だ。

この日本人の敵である小和田恒が己の息のかかった外務省役人を宮内庁に送り込み幹部として宮内庁を支配する意図で作り上げたのが宮内庁の小和田人脈

安保反対攻勢で岸政権打倒を目指した中国共産党は、政権打倒の失敗を分析した結果、日本支配の戦略を練り直し、日本の皇室をなくさないと日本制圧は困難という結論に達した。 以降中国共産党は天皇制廃止を最重点目標の一つにした…と言われている。

仮に女系天皇が実現すれば、2600年継続した男系天皇の皇統・DNAは断絶し権威を一挙に失いその結果天皇制は一挙に廃止される。

女系天皇賛成論者は大方中国共産党の手先と言って間違いない。

中国共産党が狙う天皇制廃止を狙うステップとして、
@今上天皇が皇太子に譲位する
A新天皇の意向として女系天皇が可能となるように皇室典範を変更する。
B何らかの事件を起こし女系天皇を誕生させる。
この時点で男系天皇の皇統が断絶し天皇制は事実上崩壊する。

中国共産党は2046年までに世界制覇完成という目標(中国の100年マラソン)がある。

あと多くても30年しかない。

今上天皇は後10年いや20年は御健在の可能性がある。
中国共産党としては、“できるだけ早く現皇太子に皇位を継がせたい”のが本音のように思える。

宮内庁には小和田人脈と創価学会人脈が張り巡らされている。創価学会と中国共産党は極めて親密。

今回のNHKによる生前退位報道は、中国共産党、反日NHK,小和田人脈と創価学会の合作による天皇制廃止という筋書きが見え隠れする。
posted by ヤマおやじ at 08:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月27日

滝の落ち口から飯ヶ岳東尾根直登ルート(仮称)を歩きながらルート整備

<7月26日(火)>

この日も周南市鹿野町の飯ヶ岳に行った。

朝“落石注意”の看板2枚を手持ちの木板を利用して作った。
『→境界尾根コース』と書いた案内板も作った。
いずれも透明ニスを塗り太陽光にあてて乾燥させた。

トラロープ20ⅿをナフコで購入し河内峠付近のスペースに駐車し、看板、ロープ、針金、ペンチを持って林道に進んだ。

境界尾根ルート登山口を少し過ぎた林道わきの雑木に“落石注意”の看板を括り付けた。
昨夜いろいろ考えた結果、林道終点までも含め滝コース(仮称)では落石が見受けられたのでコースの入口で注意を喚起する看板を掲げることにした。

DSCN3163.JPG

この林道は公道ではないので、林道管理者には落石を防止する義務はない。
登山道も同様であり、登山自体が自己責任に基づく行為だと思う。

ついで、唯一残ったシングルロープ個所でロープ1本を追加して撚り合わせ2重化した。
その後、滝の落ち口への分岐で、『→境界尾根コース』と書いた案内板を雑木に括り付けた。
滝の落ち口で遅い昼食を採り、境界尾根コースへ這い上がる部分で、“落石注意”の看板を雑木に固定した。


さてこれからが今回のメインイベントである、滝の落ち口から縦走路(飯ヶ岳・雀谷山縦走路)へ直登する未体験ルートに入った。

急坂が目の前に迫った時、目の前に壁が立ちふさがった感じを受け、登攀意欲を失いかけたが気を取り直し壁に挑んだ。この急坂には至るに所に間伐材が放置されているので、邪魔する枝をカッターで切断しながら、ジグザグに登った。

2日前に登った綺麗な植林帯とは異なり、雑木や笹が古い踏み跡を覆っていたのでこれも刈り払いながら進んだ。

要所要所では立ち木には白いテープ(紐)が結び付けられており、所々で古い踏み跡があった事からすれば、かなりの数の先人たちが通過したのは間違いないだろう。

滝の落ち口を出発してから約40分後に2日前に通過した支尾根合流点に到達した。
ここから上のルートは2日前に既に刈り終えていたので、この東尾根直登ルート(仮称)は、一応あまり抵抗なく使出来るようになり、一般登山者でも雑木や笹にあまり苦労されることなく通行できるようになった。

2日前に通過したルート(沢沿いに進み、その後きれいな植林帯の急坂を上るコース)も悪くはないので張り付けた赤テープは回収しないでおいた。

ここから赤テープを付けながら急坂を引き返した。

東尾根直登ルート(仮称)の印象は⓵急傾斜A滝の落ち口を通過するB滝の傍を通る位だったので、滝を見るコース、ルートハンター向けか、飯ヶ岳から下山する際のバリエーションルートなどで使われるのかもしれない。

降雨時の直後に観られた増水時の滝はかなり印象に残った。

滝の落ち口より下の登山道通過時では、今回多少の防護対策は行ったものの、“落石を起こさない”&“落石に当たらない”注意が必要なのは言うまでもない。

昨夜夢うつつでイロイロ妄想した。

国道315号河内峠又は林道屋敷線入り口の駐車スペースを起点・終点にして一日で莇ヶ岳と飯ヶ岳ダブル登山すれば累計登り標高差約1000ⅿが可能になる。
この際、莇ヶ岳登山ではシャクナゲ尾根コースを使い、飯ヶ岳登山では河内峠コース/境界尾根コース/滝見コース(仮称)/東尾根直登ルート(仮称)などが考えられる。
合計歩行時間は7〜8時間になるかもしれない。

この界隈では、標高1000ⅿ級の三山(弟見山、莇ヶ岳、飯ヶ岳)が踵を接しており、いずれも国道315号河内峠又は林道屋敷線入り口の駐車スペースを起点・終点にできるのはかなりの希少価値ではないだろうか???

飯ヶ岳登山では河内峠コースでは眼前に広がる弟見山〜莇ヶ岳全景が見所であるが、山頂付近のルートでの笹の密集が個人的にはいささか気になる。

8日間飯ヶ岳東麓の滝周辺での登山道整備に集中してきたので一応終了することにする。
通行者の方々のご安全を祈る。
posted by ヤマおやじ at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする